憂鬱なトランペット少女

作者:青葉桂都

●憂鬱なトランペット
 とある街の公園で、奏は大きな息を吐いた。
 近くにある中学校の制服を着た彼女は、近くにある中学校の制服を着ている。
「あーあ、明日も部活かあ。イヤだなあ」
 浮かない顔をしている理由を、彼女は呟いた。
 吹奏楽部の先輩たちの口癖は『私が1年のときは~~』だ。奏が4月から毎日のように聞いていた言葉。
「部活やめられたらいいのに。全員部活やらなきゃいけないなんて校則、誰が決めたんだろ。あーあ、学校行きたくないなあ」
 休日も常に部活に出ることが強制される。
 親に言われてなんとなくやっていたトランペットは、中学校入学から1年もたたないうちに大嫌いになった。
「……このままどっか行っちゃえば、部活やらなくてすむかな……」
「いいんじゃないかな。笑って暮らせない場所に無理していることないよ」
 声が突然聞こえて、奏は周囲を見回した。
 そこに、小動物のような大きさの奇妙な生き物がいた。
「えっ……なに、あなた?」
「警戒しないでよ。ボクはただ、力を貸してくれる子を探してるんだ。誰もが笑って、楽しく暮らせる世界を作るためにね」
 犬と兎のあいのこのような生き物が可愛らしく首をかしげる。
「君も魔草少女になって、ボクたちと一緒に理想の世界を作ろうよ。君と同じように、イヤなことを強制されて苦しんでた子がたくさんいる。きっと友だちになれるよ」
 ソウと名乗った生き物の言葉、そして語られた彼の主……聖王女アンジェローゼの理想は、奏にとって魅力的に聞こえた。
 ゆっくりと頷いた彼女は、ソウから種を受けとる。
 種が芽吹き、蔓が伸びて黄緑色のドレスとなって奏の体を包む。
 腕にも蔓が巻き付いたかと思うと、まるでトランペットのような形のアサガオが奏の手の中に現れた。
「さあ、まずは理想の世界の邪魔になる連中を片付けちゃおう。君の先輩たちをね」
 肩に乗ったソウの言葉に、導かれるように奏は歩き出した。
 特にうるさい先輩たちはまだ学校で練習を続けている。今ならまだ、彼女たちが帰宅する前に学校に戻れるはずだった。

●ヘリオライダーの依頼
 ユグドラシル・ウォーで姿を消したデウスエクスたちは活動を再開し、今も日本各地で事件を起こし続けている。
「そのうち、攻性植物の聖王女アンジェローゼの動きが判明いたしました」
 石田・芹架(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0117)はケルベロスたちに告げた。
「アンジェローゼは配下を使って、自分の親衛隊である魔草少女の戦力を増やそうとしているようです」
 実際に行動しているのは、播種者ソウという小動物のようなデウスエクスたちだ。
「播種者ソウは各地で悩みを抱いて家出を考えている少女に声をかけ、悩みから逃れられる場所と力を交換条件にして魔草少女になるよう持ちかけます」
 ソウが語るアンジェローゼの目的が『すべての人間とデウスエクスが笑って共存できる世界』であるという点も少女たちを後押ししているのかもしれない。
「ただ、ソウは魔草少女になった少女たちに、悩みの原因になっている人へ復讐するようそそのかします」
 目的はもちろん、グラビティ・チェインを得ることだ。
「私が予知した少女の悩みは部活の人間関係で、復讐されるのは部活の先輩のようです」
 復讐を止め、ソウを撃破して欲しいと芹架は言った。
 それから、襲撃について芹架は説明を始めた。
「魔草少女は自分が通っている学校の近くで、帰宅しようとした部活の先輩たちを襲うようです」
 彼女は手にしたアサガオをトランペットのように吹き、相手を麻痺させる超音波を発して範囲攻撃することができる。
 また、アサガオの種を発射して敵を毒で冒すこともできる。
 草でできたドレスを着ているが、格闘とともにその草を巻きつけて敵を捕縛することも可能なようだ。
「皆さんが駆けつければ、少女はまず皆さんを先に排除しようとします」
 そもそも、彼女が先輩たちを殺そうとしているのはソウにそそのかされたからだ。
 悩みの原因とはいっても、自ら殺意を抱くほどではない。
「ソウさえいなくなれば、説得して止めることもできるかもしれません」
 家出の原因……部活の環境を改善できる方法があれば、改心させられるかもしれない。
 説得に成功すれば、撃破したとき種を分離して救出することができるだろう。
 ただし、ソウがいる限り、彼女はケルベロスの言葉に耳を貸さない。
 ソウは少女の感情を誘導するため戦闘中も肩に乗っている。さらに少女を盾にしようとするので、狙い撃つのは容易ではない。
「事件の解決だけを考えるなら、デウスエクスになってしまった少女を殺して、それからソウを狙うほうが簡単でしょう」
 ソウの戦闘能力は低い。魔草少女さえいなければケルベロスの敵ではない。
 ヘリオンデバイスも使用できるので、必要ならうまく使って欲しいと芹架は付け加える。
「アンジェローゼは魔草少女を集めて戦力を拡大しようとしているのでしょう。せっかくゲートを破壊したのに、残党にいつまでも暴れさせておくわけにはいきません」
 魔草少女を止めて欲しいと言って、芹架は頭を下げた。


参加者
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
蘇芳・深緋(ダンジョンレア倉庫・e36553)
ヒルデガルダ・エメリッヒ(暁天の騎士・e66300)
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)
 

■リプレイ

●学校前の凶行
「ヘリオンデバイス、起動します」
 デバイスを装着したケルベロスたちは、すぐに襲撃が起きる現場へと急いだ。
 事件が起きる場所は中学校だが、すでに日は傾き、遅くまで部活にはげんでいた生徒も帰るころだ。
(「エンジョイ勢なのに、ガチ勢であることを強要されるということでいいかしら」)
 金色の縦ロールを揺らして走る少女は、頭の中で考える。
(「部活がブラック化しているのはビルシャナの影響が疑われるということにすれば、ケルベロスによる強制介入の口実にできますわね」)
 ジークリート・ラッツィンガー(神の子・e78718)は外国からこの日本に来ている。
 日常会話には支障ないが、まだ日本語で難しい表現を話すのは慣れない。
 とはいえ、そんな彼女でも、くだんの少女が問題ある状況にあることはわかる。
 そして少女の問題がデウスエクスに利用されていることも。
「……急ぎましょう。もう襲撃が起きるはずよ」
 はっきりとした声でヒルデガルダ・エメリッヒ(暁天の騎士・e66300)が言った。
 こげ茶色の髪に似た色をしたコートが、冷たくなってきた風を受けて少し浮き上がる。
 夕暮れの町に、ケルベロスたちの足音が響く。
 とある中学校で、襲撃は今にも起ころうとしていた。
「いましたね。あの方が奏さんでしょう」
 バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)はそう言うと同時に、ヴァルキュリアの光の翼を展開する。
「まずは、止めなくてはいけませんね」
 彼が持つアームドアーム・デバイスは翼の形をしている。普段の彼を知っていれば、光の翼が二対、増えているように見えただろう。
 今にも襲いかかろうとする少女の前に、バラフィールが飛び込む。
「ケルベロス……! 理想の世界の邪魔をするの……?」
 驚いた声を少女が発した。
「少女の夢見る力は無限大だ。良くも悪くもね」
 オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)が気だるげに言う。
「奏ちゃん、危ないよ! 離れて!」
 色黒の肌を持つメリュジーヌの青年は、離れた位置のまま手を伸ばす。牽制に放った攻撃から少女が飛びのいた。
 金色の瞳が、草でできたドレスをまとう少女の、肩の上へと向く。
 そこには奇妙な小動物が乗っている。
 だが、ヘリオライダーからの情報を聞いているケルベロスたちはそれこそが本当の敵なのだということを知っていた。
「子どもかどわかして手を汚させようとか、洒落にならんわー。とっとと排除しましょ」
 無表情に言った蘇芳・深緋(ダンジョンレア倉庫・e36553)が、武器を構えてしっかりと狙いを定める。
 襲われた中学生たちが悲鳴を上げたが、それはただ驚きと恐怖によるものだ。
 オズの先制攻撃はデウスエクスの注意をケルベロスへと向け、犠牲になるはずだった者たちが逃げる隙を作っていた。
「あいつらは王女様の理想の国を邪魔しようとしてるんだ。片付けなくちゃ!」
「う、うん! そうだよね……みんなで仲良くするほうが、いいよね……」
 肩に乗ったソウの言葉を受けて、奏が呟く。
 自身の発言が矛盾していると気づかないのは、あの小動物のせいだろう。
 いずれにしても、今は戦うよりなかった。

●邪悪を射抜くケルベロス
 アサガオの茎を口に当て、少女が大きく息を吹き込む。
 とたんに、轟音が周囲に響いてケルベロスたちに襲いかかってきた。
 光翼で身を守りながら、バラフィールがとっさに深緋をかばう。
「殺さないよう、気をつけなくてはいけませんね……」
 彼はサーヴァントと共に前衛に立ち、呟く。
 まずは肩にいる小動物から倒すのはケルベロスたちの共通認識だ。
 後衛から深緋とオズがソウを狙い、他の者たちは奏を牽制する。
「とはいえ、なかなか厄介だね」
「うん。うまいこと奏ちゃんを盾に使ってるもんだ」
 後衛の2人が言葉を交わす。
 そして、だからこそ、なおのこと許せないとも言える。
 バラフィールが木製の避雷針を掲げて、雷の壁を作り出す。
 中衛から効果的に支援できる立ち位置で、ヒルデガルダとジークリートは後衛たちの強化しに回った。
「あちらの武器はトランペットですわね。では、わたくしはギャラホルンで重奏いたしましょう」
 無数に現れたジークリートの歌声と楽器が響き渡る。それは、曲もなにもないデウスエクスのトランペットをかき消すほどの音だ。
「やっぱり、楽器はちゃんと演奏したほうが耳に優しいわね」
 ヒルデガルダの手の中で、ガネーシャパズルが完成する。無数の蝶が後衛たちの感覚を高めていく。
 支援を受けてスナイパーたちの狙いが確かになっていく。
 そして、深緋が蹴りだした幸運の星が、小動物の体を引き裂いた。
「さすがにワタシの攻撃じゃ倒れないかな? けど、動きを制限するだけでも違うっしょ」
 静かに言う彼女の視線の先では、ソウがわざとらしく騒いでいる。
「ヤバイよ、あいつらボクを狙ってる! あいつら、聖王女様の理想の世界が都合悪いんだよ! ここで殺さなきゃ!」
「う……うん! ダメだよ、弱いものいじめをしちゃ!」
 わざとらしく助けを呼ぶ声を……少し戸惑いつつも、少女は疑っていないようだった。
「人殺しをすれば理想の世界に近づく? その理想の世界は人殺しで維持されることになりますわね」
 不快そうな声を出し、ジークリートはアリアデバイスに歌声を吹き込む。
「理屈が通っていませんわ。あなたは嘘つきですか、それともサイコさんですか?」
 失われた愛しい者への歌が、また仲間たちを強化する。
 奏がトランペットを吹き鳴らして毒針を飛ばす。狙われた深緋をオズのトトがかばった。
(「控えめに言っても、愉快な気分ではないね」)
 オズは少女を平気で操るソウの姿を見て、思った。
 とはいえ、妖精8種族の中で自分たちメリュジーヌが負った業を思えば、ソウを非難できる立場ではない。
 だから、想いは心に秘めたまま、オズはただケルベロスとして為すべきことを実行する。
 その攻撃が小動物をとらえたのは、それから数分もしないうちだった。
 lamentが響かせる寂寞の音が、希望の光と貸してソウを射抜く。
「うわーっ!」
 悲鳴を上げて、邪悪なデウスエクスが魔草少女の肩から落ちる。
 そして、ソウはそのまま消えていった。

●魔草少女を止めろ
 デウスエクスは消えた。
 けれど、魔草少女となった奏は止まらない。
「聖王女様の理想……かなえなくちゃ。そうしなきゃ……」
 少女は真剣な表情をしている。まだ彼女はソウの言葉を信じているのだろう。いや……すがっているのだ。彼女自身が抱える問題を解決するために。
 そんな彼女の前に、バラフィールは立ちはだかる。
「トランペットを始めたきっかけは何だったか…覚えていますか?」
 静かな声で、彼は問いかけた。
「……お母さんがやれって言ったから」
 静かな声で少女は答えた。呟くような声だった。
「他の部活を選ばなかったのは何故ですか?」
「……お母さんがそこがいいんじゃないかって言ったから」
 視点を変えるよううながしてみるつもりだったバラフィールだが、少女自身の中に理由がないなら、変えるのは難しいかもしれない。
「結局……貴女はトランペットが好きなのでは?」
「好きじゃないよ。でも、やってるとお母さんが喜ぶから」
 その答えは静かで、そしてとても投げやりな言い方だった。
 親に言われたから以外に、彼女の中にトランペットをやる理由はないのだろう。
(「ピアノやヴァイオリンならまだしも、トランペット教室はそこまで多くはないはず。親が音楽家という可能性もあると思いましたが……その可能性もありそうですね」)
 それでも、バラフィールは想う。
(「話し合って理解しあうことが出来るのに。失ってからでは遅すぎるのだから……」)
 親や教師と話して部活を変える、部活内で会議の場を開いてもらって相談する、そもそもの部活全員参加という校則を変えるなど……手段はあるはずだ。
 少し興味のありそうな顔で、奏はバラフィールの言葉を聞いていた。
「話し合うことを諦めないでください。必要なら親への説明に付き添うことも出来ます」
「……親は、話し合っても変わらないよ。聞いてるみたいな顔してても、ホントはなにも聞いてくれないんだから」
 草を伸ばしながら、少女の蹴りがバラフィールを狙ってくる。それを、ウイングキャットのカッツェが受け止めて、彼の代わりに縛られる。
 そのまま、彼女はバラフィールの前から離れる。
 戦いながら説得しなければならない。そうしなければ、倒したときに彼女は魔草と共に命を落とすだろう。
「奏ちゃんは『今』から逃げて何がしたいん?」
 けれど、逃げた先で深緋が語りかけた。
「ワタシはとっとと逃げ出した側だからさー。戻れとか我慢しろって言わないけど」
「別になにもしたいことなんて……ううん、違う。聖王女さんの理想を、手伝ってあげたい。それができるって、ソウちゃんは言ってくれたから」
 アサガオを握りしめて奏が言う。そんな彼女へ向け、深緋は言葉を続けた。
「邪魔な奴を殺すばっかりじゃ何も残らないよ。周囲から人がいなくなるだけ。友だちとか作る以前の話やん」
 奏が目を見開いた。
「『孤独』って結構しんどいよ。ワタシが言えるのはそんだけかなー」
「じゃあ……どうしてソウちゃんを殺したの? あなたたちだって、邪魔な相手を殺してるのに!」
 叫ぶ少女を、オズの金色をした瞳がしっかりと見つめる。
 奏が一歩後ずさる。
「僕は逃げてもいいと思うよ。学校が辛かったら不登校になったっていい、それと一緒だ」
 気だるげな声で、彼は語りかける。
「だけどね、理想の世界を作るために仲間探しの家出をしてしまったら、それを『強制される』状況にならないかな?」
 果たして、それが望む状況なのかと、その目が問いかける。
 少女はなにも答えられないようだった。
 そこへ、ジークリートも声をかける。
「人殺しか家出、どちらか片方だけで十分なのに、どうして両方ともやろうとするの?」
「……別に、人殺しがしたかったわけじゃ……」
 言いよどむ奏へと、金髪の少女はさらに言葉を続けた。
「人殺しの前に家出をするべきですし、家出をする前にトランペットを捨てるか部活のサボタージュをするべきですし、トランペットを捨てるか部活のサボタージュをする前に誰かに相談するべきですわ」
「相談したって、誰も聞いてくれなかったよ……」
「でも、事件が起きたら部活のせいだと即座に誰かが証言できる程度には、周囲に相談しておきなさいな」
 それから、ジークリートは少し首をかしげる。
「エンジョイ勢のための第二吹奏楽部を作ることとトランペットを捨てる事、やりやすいのはどちらかしら?」
「もう、それ以上、言わないで!」
 またアサガオが吹き鳴らされるが、誰も倒れはしない。
「誰もが笑う世界の為に、誰かを殺すなんて間違ってるわ。先輩たちの家族も悲しむでしょうし、奏さんが居なくなったら、あなたのご家族も悲しむわ」
 ヒルデガルダのそう言うと、奏が表情を歪めた。
「私も一緒に行くから『練習があまりにもつらい』って先生に相談しましょ。先生が聞かないなら、もっと上の機関に掛け合いましょう」
「……もっと上?」
「ええ。ケルベロスの権限で取り次いで、話を通すわね。休日は自主練したい人だけにするとか、そのぐらいはできるはずよ」
 奏は少しだけ、期待するような顔をした。それでも、彼女はすぐに頭を大きく振る。
「きっと……きっと無理だよ。そんな人が、私のためになにかしてくれるわけない!」
 少女の心に、ケルベロスたちの言葉がどれだけ届いているかはわからない。今はまだ、奏の口からは否定の言葉しか出てこない。
 ただ、届いていると信じて、言葉をかけ続けながらケルベロスたちは彼女と戦う。
 奏の攻撃は、ケルベロスたちを追い込むほどではなかった。守りを固めている仲間たちのおかげかもしれないが。
「雷よ、絡めとれ!」
 攻撃を防いだバラフィールの避雷針から、雷の網が広がって奏をとらえる。
「もう、止まりなさいな!」
 ヒルデガルダの怒號が雷となってさらに少女へと絡みつく。
 ジークリートの手にあったヴァナディース人形が形を崩して、槍となって魔草のドレスを貫いた。
 縛られた少女はそれでも戦いを続けるが、抵抗はけして長くは続かなかった。
「あと一息か……皆の声が届いていると期待したいところだね」
 オズは気を用いて奏の体をつかむ。
 説得の声が届いているかどうか確認するすべがない以上、言葉を尽くした後は攻撃するよりない。
 投げ飛ばした先で、仲間たちがさらに奏へと攻撃を加えていく……。
 倒れこんだ少女がまとう草のドレスが動き、一回転して彼女を立ち上がらせる。
 深緋は意識を集中し、立ち上がろうとする奏へ視線を向けた。
 魔草のドレスはすでにボロボロで、その下に着ていた制服が見えている。
 その穴のあたりで、大きな爆発が起こった。
 力なく倒れていく奏の体から、魔草が飛び散っていく。
 そして、アスファルトの上に分離した種が落ちた。
「……無事だといいのですが」
「きっと無事ですわ。そう信じております」
 バラフィールやジークリートが、言葉を交わしながら少女の様子を確かめる。
 ゆっくりと、奏が目を開ける。
「どうやら無事なようだね。傷は癒しておこう」
 そう言って、オズが語りだしたのは聖女の物語。人を救い、そして自らは無言で息絶えた少女のお話。
 倒れた彼女は、自らを癒すその寓話を黙って聞いていた。
「……いいお話ですね。……ごめんなさい、迷惑をかけたみたいで……」
 傷が治ったところで、少女が体を起こした。
「気にする必要はないわ。それより、無事なら約束通り、あなたの問題を解決しに行きましょう」
 ヒルデガルダの言葉を聞いて奏が目を見開く。
「えっ……本当に、なにかしてくれるんですか?」
「当たり前よ。約束は守らなきゃ」
 目を丸くしたままで、彼女はヒルデガルダを見ている。
「でも、その前に1度ワタシのギターとセッションしない? 有名どころの曲なら、だいたい合わせられるからさ!」
 深緋の提案を聞いて、彼女は少し迷ったようだった。それでも、最後には頷く。
 日が沈んだ町に音が響く。あまり上手ではないトランペットを、ギターの音色がうまく支えている。
「音楽って音を楽しむんだってよ。思いだしたかなー?」
「思い出せないです。音を楽しんだことなんてなかったから……」
 深緋に聞かれて、奏は首を横に振る。
「でも、今の演奏は……ちょっとだけ、楽しかった、です」
 けれど、その後、彼女は少しだけ口の端をあげた。
 少女の問題が解決すれば、少しは音楽への意識も変わるかもしれない。
 それは、間違いなくケルベロスたちの活躍の成果だった。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月26日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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