孤高のヴェズルフェルニル

作者:天枷由良

 東で竜が哭けば飛び、西に魔女が嗤えば走る。
 その使命に実直であればあるほど、ケルベロスは安息と程遠い日々を送る。
 誰しもが理解っている現実だろうが、しかし。
(「…………」)
 束の間の休息、不意に思い立って祖父の墓参をした帰り道。
 彼方に秘密基地じみた元雑居ビルを望む、ひと気のない路地。
 立花・恵(翠の流星・e01060)は愛銃を抜き、傍らの暗がりを見据えていた。
 其処から溢れ出る猛烈な殺気は程なく、薄汚れた赤い外套を翻す巨躯の戦士を形作る。
 恐らくは死角から、恵の不意を突く事も出来たはずだ。
 しかし戦士は得物携える腕を震わせたまま、じっと射抜くような視線を浴びせてくる。
「おまえは――」
「――貴様だけは」
 問い質すより早く放たれる言葉。直後、ついに襲い来る槍斧の凄絶な一撃。
 辛うじて躱す恵に、戦士は憤怒で満ち満ちた叫びを浴びせる。
「貴様だけは、俺がこの手で――殺す!」

●ヘリポートにて
 急報に駆けつけたケルベロスへと、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は努めて落ち着いた声音で語っていた。
「――敵は“孤高のヴェズルフェルニル”というエインヘリアルよ」
 冠する名の通り、単身で襲撃を掛けてきたのはそれほどの自信があるということか。
 或いは予知の及ばぬ理由があるのか――。
「ともかく、立花さんの救援に向かわなければならないわ」
 戦場に到着するのは、恵とヴェズルフェルニルの戦闘が始まった一分後。
 付近一帯に一般市民などの憂慮すべき要素はなく、ケルベロスたちは恵の救援に全てを注ぐ事が出来る状況だ。
「ヴェズルフェルニルは、まさにエインヘリアルの武人と言うような相手のようね」
 屈強な体躯は生半可な攻撃など弾き返し、剛腕で繰り出す槍斧の一撃は万物を打ち砕く。
 其処に小細工は一切ない。それ故に、恐ろしい。
「予知の光景からして、狙いを立花さんから逸らす可能性は皆無に等しいでしょう。その事を考慮した上で、戦い方を考えるべきでしょうね」
「ふむ。攻める必要があるのは当然じゃが、守りも疎かには出来ぬというわけじゃな」
 唸るファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)が、杖で足元を叩く。
「さりとて、儂らケルベロスは孤高にあらず。独りっきりのエインヘリアルが絶対に振るわぬ強力な武器――即ち、団結と協力を以て、立花どのの窮地をともに乗り越えようぞ」


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)
ルフ・ソヘイル(嗤う朱兎・e37389)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)
シャムロック・ラン(風の走者・e85456)

■リプレイ


 数多の経験に裏打ちされた嗅覚が、襲い来る“死”を感じ取る。
 咄嗟に身体を捻って躱せば、片手は迷いなく引き金を引いた。
 愛銃“T&W-M5キャットウォーク”から乾いた破裂音が響く。
 飛び出した小さな礫は、襲撃者の額へと吸い込まれるように向かって。
「甘い!」
 正確な一撃が――否、正確であるが故に読まれ、それは届かない。
 赤い外套翻す巨躯の戦士。時勢を顧みぬ急襲に臨んだ男、ヴェズルフェルニル。
 その名に“孤高”を頂くエインヘリアルは大槍斧を軽々と操り、刃を己が目前に回すことで盾とした。厚い鋼に弾かれた銃弾が、明後日の方向へと流れていく。
 ――だが、それはフェイクだ。ただならぬ気配を察し、反射的に銃を抜いた時からそれは“本命”への布石にするつもりでいた。
「これなら、どうだ――!」
 銃撃を凌ぐ為に寄せた得物が、視界を遮る一瞬。
 大地を蹴って跳んだ立花・恵(翠の流星・e01060)は、巨漢を眼下に置く遙か高みから墜ちる。
 まるで己自身を一発の銃弾に見立てたかのような勢いの、されど先の礫と同じく正確無比な蹴撃。如何なる猛者であっても、その直撃を喰らえば――。
「……っ!」
「……ぬるいぞ、小童めが。お前の力、この程度かッ!!」
 首筋に恵の足を乗せたまま、ヴェズルフェルニルは苛立ちを露わに叫ぶ。
 そのまま乱雑に振るわれた空の左手が主導権を奪い返し、投げ飛ばされる形で体勢を崩した恵に再び迫るのは、鈍い光放つ刃。
 最大限の反抗をしても、その軌道から完全に逃れる事は出来ない。
 脇腹を抉る衝撃。しかし痛みに顔を顰める間もなく、槍斧の“柄”が掬い上げるように鳩尾を打つ。
 瞬間、恵には世界が急激に加速したように見えた。

「ふざけるなよ……ッ!」
 絞り出される怒りが、手放しかけていた意識を連れ戻す。
「まだ終わるものか。終わらせてなるものかッ! 立てッ!!」
「……言われなくても」
 今日を終の日とするつもりなどない。
 灰色の壁に打ち付けた身体を起こして、恵は敵に銃口を向ける。
 だが、照準が定まらない。指先は凍るように冷たく、膝が震え、景色も霞む。
 それでも歯を食いしばって抗おうとすれば、聳え立つような敵が猛然と迫ってくる。
 鬼気迫る面構えで、それはただ一つ求める首級を刎ねるべく槍斧を振り上げる――。


 刹那、静寂満ちる路地を旋風が駆け抜けた。
 ヴェズルフェルニルは全く意に介さず、大上段から刃を下ろす。
 斬撃は力任せなようでいて、しかし正確。
 ――故に、読みやすい。
「――――ッ!!」
 すらりとした首へ迫る驚異を、滑り込んだ影が弾く。
 その姿に、恵は覚えがあった。それを運んで来た一陣の風にも。
「危ないところでしたね」
「帰りが遅いから迎えに来ちゃったっすよ。まさか、お取り込み中とは思わなかったっすけど」
 水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)とシャムロック・ラン(風の走者・e85456)は口々に語り、敬愛する遊び場の長を背に庇いつつ敵と相対して。
「何処の誰かは存じませんが、恵さんを傷つけるのなら容赦しねぇっすよ!」
「私たちの大切な仲間を……貴方なんかに、やらせはしません!」
 敵意を露わにすれば、ヴェズルフェルニルは苦虫を噛み潰したような顔で彼方を見やる。
 釣られて恵も視線を動かせば、見慣れた建物の方から駆けてくるのは、やはり見慣れた幾つもの顔。
 朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)、ルフ・ソヘイル(嗤う朱兎・e37389)、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)、煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)……さらにはダスティ・ルゥや霧山・和希、天雨・なごといった面々まで。
「皆……」
「うちのめぐみちゃんに何さらしてくれとんじゃこらー!!」
 怒りのままに叫ぶ環の台詞で、恵は血を吐きかけた。
 しかし、それも束の間。今度は天から馴染み深い音が響く。ケルベロスを戦場へと運ぶ鋼の鳥の羽ばたき。ヘリオンの翼と心臓が奏でる空を叩くような音。
「立花さん、ご無事ですか!」
 バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)はウイングキャットの“カッツェ”とファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)を引き連れて降下すると、すぐに現況を把握して治癒に移る。
「ファルマコさん!」
「うむ!」
 杖が路面を叩き、大自然と雷の力が恵自身に備わる治癒力を引き出す。流れ出る血も瞬く間に止まり、幾分か明瞭になった視界に移る仲間たちを見やれば――。
「……環、それは?」
「? ――ああっと! これは! GoraQ公認アイドルめぐみちゃんの、あんな姿やこんな姿を収めたクリスマス写真集!! 『恵 - Megumi- X’mas Special Ver.』!!」
 懇切丁寧な環の台詞で、恵は血を噴きかけた。
「いやぁ、今まさに読みふけっていたところだったので! 読みふけっていた! ところだったので! 思わず持ったまま飛び出して来ちゃいました!」
「お前……」
 だから“めぐみちゃん”呼びだったのか。
 熟読していた理由も小一時間問い詰めたいところだが――しかし、その余裕はない。
 そもそも、何故そんなものを手にしたまま来たのかは、問わずとも知れたこと。
 なごなども不思議な魚のぬいぐるみを抱いたままでいた事に気づき、それをカロンと共にこっそりと物陰に避難させている。皆々怒号や銃声を聞きつけ、取る物も取り敢えず……というよりか、置くべきものも置かずに馳せ参じたのだろう。
 それがどれほど心強く、有り難い事か。
 ヴェズルフェルニルにとって、忌々しい出来事であるか。
「……退け。貴様らなどに用はない」
「はいそうですか……って、黙って聞くとは思ってないっすよね?」
「苛立つのは勝手っすけど、仲間に奇襲なんか仕掛けてきた奴を放っておく訳にはいかねぇっす!」
 槍を構えて不敵に笑うシャムロックと、ルフが重ねた言葉は、この場に集った者全てに共通する想い。
「貴方が何者であろうと容赦はしません。……ヘリオンデバイスを!」
 カナが天に叫べば、ケルベロスを支える人々の想いも光となって降り注ぐ。
「……卑怯だなんて言ってくれるなよ」
 一時、神の目を手に入れた恵は銃を握り直して言った。
「これが――この絆が、定命の身である俺たちの武器なんだからな」
「ならば、その一切合切も纏めて叩き潰してくれる。そして貴様を――」
 殺す。
 また獣の如く唸って、ヴェズルフェルニルは槍斧を振りかざす。


「単調な攻撃っすね!」
 如何に烈しい斬撃であっても、その狙いが分かっていれば一先ず対応は出来る。
 シャムロックが吐き捨てながら魔導金属片を含んだ蒸気を噴出して、恵の姿を隠す。
 それにも構わず猛進する敵には、和奏がヒールドローンを放ちながら再び立ちはだかった。
「どうあっても立花さんを殺すと言うなら、まず私を倒してからにしてもらいましょうか」
「退けッ!」
 羽虫でも追い払うかのように振るわれる槍斧。
 アームドアーム・デバイスを叩きつけて尚、その凄まじい威力は全身を軋ませるが――。
「……この程度ですか?」
 あくまでも余裕を装い、和奏は敵の顔を見上げる。
 恵以外は眼中にないと言わんばかりの敵に、己の存在を刻み込むように。
「貴様……ッ!」
「下ばっかり見てると危ないですよー!」
 足の止まった敵へと、環が仕掛けるのは暴雨の如き刃と礫。
 降りて肌を裂き、蒸気と化して肉を焼くその猛烈な嵐が過ぎ去る間もなく、カナが手元のスイッチを押し込めば、今度は足元が忽然と爆ぜる。
「く……!!」
「まだまだ、こんなもんじゃ終わんないっすよ!」
 兎が後肢で蹴り上げるように、力強く跳んだルフが側面から蹴りを見舞う。
 然しものエインヘリアルも、そうして彼方此方から連打を受ければ幾らか体勢を崩した。
 その瞬間を見逃さず、カロンも一気に詰める。
「ただ独りで堂々と仕掛けてくる辺りは、嫌いじゃないですけど」
 如何なる性質のものであれ、友に仇なすなら討ち果たすべき敵。
「負ける訳にはいかない――あんたを許すわけにはいかないのさ!」
 意志は科学を織り交ぜた魔術式を通じ、幾多の魔弾として撃ち出される。
 歯切れ良い音を響かせるそれは暫し続いて、締めを飾るのは精神を極限まで集中させた恵が起こす大爆発。
 丁度、得物を握る手元辺りで炸裂した火球が巨躯を飲み込む。
「……やったか!?」
 ファルマコが思わず呟いた。
 ――が、そうした台詞を誰かが吐く時は、得てして“やっていない”ものだ。
「有象無象が寄って集って小賢しい真似を!」
 横薙ぎの一閃で裂かれた炎の中から、ヴェズルフェルニルは恵だけを見据えて猛然と飛び出す。
 被弾の影響も重厚な鎧の重さも感じさせないその動きは、背に生える白翼の羽ばたき一つでさらに加速する。
(「疾い……!」)
 三度、盾になろうとした和奏の脇を一瞬で過ぎる巨躯。
「それでも、行かせはしません!」
 展開した浮遊砲台に命じれば、越えた障害などに振り向きもしないヴェズルフェルニルを無数の砲弾が包む――が、突撃は止まらない。
 何が其処まで彼を突き動かすのか。ともすれば恐怖すら覚えるケルベロスたちを歯牙にも掛けず、戦士はただ一つの目的を成し遂げるべく翔んでいく。

 しかし、その槍斧は決して届かない。
 バラフィールのウイングキャット“カッツェ”に、カロンのミミック“フォーマルハウト”。
 さらにはゴーグルとフェイスガードで顔を隠す兎耳男――ダスティが、正しく己の身を盾として恵を堅く守る。
「邪魔だァ!!」
 どうしても退かないのであれば蹴散らすまで。
 カッツェを刃の側面で殴り倒し、ヴェズルフェルニルはそのままダスティにも詰め寄る。
 だが――たとえ小さきものたちであろうと、或いはただ一人のケルベロスであろうと、戦場に於いて軽んじる事は出来ない。それが生み出す瞬きほどの時間。その一瞬が勝敗を、生死を分ける境目になり得るのだと、猛者ならば知らぬはずもないのだろうが。
(「……殺させない」)
 誰の耳にも届かぬ声音でぽつりと呟いたダスティが、緑葉と似た螺旋の輝きを纏う。
 それに目を奪われた刹那、フォーマルハウトが鎧ごと咀嚼せんとばかりにヴェズルフェルニルの足元へ齧りつけば、息も絶え絶えのカッツェも甲斐甲斐しく爪を伸ばす。
 反抗が与えるダメージは、ヴェズルフェルニルにとって些事ですらない。
 けれども、障害の排除を強いられた瞬間。戦場の攻守は入れ替わり、ただ一つの目的を成し遂げるべく団結したケルベロスたちからの逆襲が始まる。
(「お前如きに……!」)
 やらせるものかと、冷ややかな表情の中で眼光だけは猛禽のように鋭く。
 狙い定めた和希の長銃から放たれる凍結光線が、反撃の嚆矢となってエインヘリアルの巨躯を貫く。
 それに合わせる形でカナもグラビティ中和弾を撃てば、果敢にも間合いを詰めたカロンは獣化した手で重い拳打を懐へと叩き入れて。
「恵さんから離れるっす!」
 吼えたシャムロックは、槍を小脇で留めたまま敵へと突っ込む。
 ともすれば無謀な攻撃だが、それを勇猛に変えるのはセントールの健脚。大地を一蹴りする度に風へと近づくその疾さには、猛者たるエインヘリアルも為す術ない。
「このまま一気に畳み掛けるっすよ!」
 槍撃の命中を見て、ルフが竪琴を掻き鳴らす。
 僅かな望みを掴んで明日への路を開く、果敢な冒険者の如きその音色に、環は思わず身震いして。
「私たちの立花さんに手を出したこと、あの世で後悔しやがれー!」
 気合と共に刃を振るえば、その一撃が鎧を食い破ろうとする最中、恵が再び弾丸と化して飛んだ。


 気迫溢れるケルベロスたちの反抗は、ヴェズルフェルニルを少しずつ追い詰めていく。
 一方、最先の一撃で痛手を負ったはずの恵はバラフィールとファルマコ、なごに癒やされてほぼ万全の状態を取り戻し、和奏を筆頭とする二人のケルベロスと二体のサーヴァントにきっちりと守られている。
 しかし、それ故にケルベロスたちは僅かに恐れ、首を傾げた。
「何故、そうまで執拗に立花さんを……」
「あいつは一度倒されてるはずなんだ。もうとっくにいなくなっちまった、俺のじいちゃんの手で」
 バラフィールが零した疑問に、恵は滾々と語りだす。
「なんすか、じゃあ亡くなったお祖父ちゃんの代わりに、孫で憂さ晴らしって事っすか?」
「それほどまでに積もり積もった恨み辛み……正しく因縁、ということですね」
 憤慨するルフの傍ら、カナは改めて敵の顔を見据える。
 ヴェズルフェルニルは何も語らない。事此処に至って――恵という存在を前にしては、経緯など明らかにする価値がないと言わんばかりに泰然と構え、変わらずただ一つを為すべく機会を窺っている。
「まだまだやるつもりですねー。でも、私たちの友情パワーも見くびってもらっちゃあ困りますよー!」
 気合も余力も充分な環が、ハンマーを手に吼えた。
 そのまま繰り出される渾身の一撃に対して、ヴェズルフェルニルの動きは明らかに鈍っている。それでも直撃を受けて踏み止まるのは、巨躯の戦士の地力を示すものなのだろうが、しかし。
(「それも、いつまで保つものか」)
 治癒を要する程の者がいないと見て、バラフィールまでもが攻勢に回る。投じられた小さなカプセルは、その中に仕込む死神の鎌を密やかにヴェズルフェルニルの首元へと添えて。
 ルフが蹴りを打てば、カロンは拳を。和奏の砲撃には、カナの放つ霊力の刃が併せて飛ぶ。
 それら全てを跳ね除けて、一歩を踏み出す力は――もはや無い。
「……さあ、決着を」
「お祖父さんからの因縁に終止符を! 立花さん!」
「やっちゃえー!」
「ああ……!」
 和奏やカナに続いたなごが、言葉と共に放つ輝きを受けて、恵は戦士へと銃を向ける。

 その光景が、差し向けられた死の形が、何かを想わせたのだろう。
 今際の際とは思えない力で大地を踏みしめたヴェズルフェルニルが、槍斧を振る。その一撃は数多の仲間たちの間隙を縫って、恵の銃を弾き飛ばす。
「此処で朽ち果てるとしても! その首だけは、冥府の底へ連れて行く!!」
 もはや亡者の如き形相で、ヴェズルフェルニルは吼えた。
 ケルベロスたちも口々に何かを叫ぶ。
 ――だが、不思議と恵の心に焦りはない。空いた手は自然と動き、お守り代わりだった形見を握り締めて。
「俺たちは、いつか必ず死ぬ。そして永遠に生き返らない。お前たちデウスエクスのように永劫の時を過ごす事は出来ないんだ。……でも、そんな俺たちにも不滅のものがある」
 連綿と受け継がれる意志。その意志で繋ぐ絆。
「言ったはずだぜ。絆が、定命の俺たちの武器だって」
「戯言を! ならば、その絆とやらも纏めて――!」
「そうはさせるか!」
 ただ一発。込められた想いを叩き込むべく、恵は敢えて踏み込んだ。
「借りるぜ、じいちゃん! ――これが俺達が受け継ぎ、繋いできた力だ!」

 引き金を引く。
 撃鉄が落ちて――砕けて。
 雷鳴の如き音が。受け継がれてきた魂の叫びが、鳴り響く。


 そして、程なく。
 砂時計の砂が落ちるように、ヴェズルフェルニルは崩れていく。
 鎧の欠片すら残らない。まるで襲撃そのものが幻であったかの如く、静まり返った戦場にはケルベロスたちの微かな息遣いだけが響く。
(「強さは尊敬に値するものだったっすけど……培ったその技も、アンタが死ねば絶えてしまう。恵さんとお爺さんのように、後世に繋ぎ、受け継ぐ絆が無かったことがアンタの敗因っすよ」)
 消えた影を見つめながら想い、シャムロックは傍らへと目を移す。
(「……終わったぜ、じいちゃん」)
 彼方を見上げた後、恵は手元に目を落としていた。
 敵に最期の一撃を見舞った銃、祖父の形見もまた、崩れかけている。
 それを慎重に懐へとしまい込めば、ぐっと押し寄せてきた疲労が溜息を吐かせた。
 全身の力が抜けていく。そのまま思わずへたり込みそうになるのを堪えて、恵は仲間たちを見やる。
「おっつかれ!! 恵くん! そんで言い逃したっすけど、お帰りっす!」
 ルフが満面の笑みで言ったのを皮切りに、恵を遊び場の長と慕う者たちは続々と安堵を言葉に変えた。
「……皆、ありがとうな」
 視線を彷徨わせた挙げ句にそっぽを向いて、恵は一つ、礼を返す。

「ところで、さ」
 戦場から“秘密基地じみた元雑居ビル”へと至る最中、なごが独り言のように呟いた。
「あのエインヘリアル、恵が仇の孫だって気付いたから襲ってきたんだよね? ……もしかして、おじいちゃんも可愛い系?」
「は!?」
「おやおやおや~? もしかしてそうなんですかぁ? どうなんですかぁ? め・ぐ・み・ちゃん?」
「おいこら環おまえ!」
「おっといけない! うっかり持ってきちゃったGoraQ公認アイドル(中略)の写真集が傷む前にしまわないと!」
 元気の有り余った猫系ウェアライダーが「ばびゅーん」と音立てて駆けるのを、追いかける体力は今の恵には――。
「……いや、まだだ! シャムロック!」
「ほいきたお任せっすよー!」
「ちょ、ま、セントールは反則ですってばー! 誰かー!」
 悲痛な叫びが轟く。
 しかし遊び場の頼もしき仲間たちは団長の為、団結して誰ひとり、動かなかった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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