些細な反抗

作者:天枷由良

 父、と表示された画面を苛立たしげにタップする。
「だからそういうのが嫌だって言ってるのに……!!」
 家を飛び出してから暫く。分刻みの着信を示す通知に吐き捨てて、少女はとうとうスマートフォンの電源を落とすと鞄の中へ押し込んだ。
「今日は何処へ、誰と行く。いつ出ていく、いつ帰る。勉強は、学校は、友達は……なんでそれを全部知らなきゃ気が済まないの!? ほんとキモいんだけど!!」
 怒気を帯びた独言と共に夜の街を抜けていく。
 悲しいかな、紺色の制服姿では何処の店に行こうと“お客様”にすらなれない。
 ましてや、あと十五分も経てば無慈悲な大人と規則が働き始める。
 それに捕まれば――。
「……ああ、もう!!」
 家族にも他所様にも迷惑を掛けるなと、怒鳴る父の顔でも想像したのだろう。
 少女は頭を振って短めの髪を揺らし、歩き続けて、そして。

『こんな時間にどうしたんだい?』
 昔から事あるごとに駆け込んだ小さな神社の拝殿で、突如として響く声。
 辺りを見回せば、猫のような兎のような珍妙な生き物が一匹、木の手すりの上に。
「え……なに、あんたが喋ったの……?」
『ボクの声が聞こえるんだね? それじゃあ、やっぱり君は特別な子なんだ』
 真贋の確かめようがない事をさも当然のように言って、それは続ける。
 キミに眠る力を目覚めさせてあげよう、と。
 その力で束縛も雑音も消し去り、もっと幸せで素晴らしい世界に行こう、と。
「……ほんとに、そんなことが」
 出来るとすれば、それはきっと、触れてはいけないものだ。
 少女は恐らく理解しながら、悪魔の差し出す“種”に触れた。
 刹那、その姿は白菫色に濃紫と黄で飾られていく――。

●ヘリポートにて
「攻性植物による事件を予知したわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は語り、頁を捲る。
「ユグドラシル・ウォーの後、姿を消した“攻性植物の聖王女アンジェロ―ゼ”の配下である“播種者ソウ”が、王女の親衛隊となる“魔草少女”を増やそうと画策しているようなの」
 その方法とは、思春期の少女たちに“種”を植え付けてしまうというもの。
 種によって魔草少女となった少女たちは、播種者ソウの誘導でグラビティ・チェインの収集を始めてしまう。
 ケルベロスたちは、まずそれを止めなければならない。

 16歳の“石川彩音”という少女が、魔草少女となるのは小さな神社。
「時間は午後11時頃。無人ではあるけれど、しばらくすると彼女を探していたお父様が来てしまうわ。其処までが変えようのない“予知”になるわね」
 ケルベロスの介入がなければ、魔草少女アヤネは父親を殺すだろう。
 だが、その殺意は本心からのものではない。先にケルベロスが現れる事で“邪魔者を倒す”という理由に逃避出来る為、父親に危害が及ぶ事はない。
 むしろ、問題は魔草少女の方だ。単純にその撃破を目指すだけでは、攻性植物に利用されただけの彼女の命までもが失われてしまう。
 救い出すには、魔草少女の肩に乗っている播種者ソウを倒す必要がある。
「量産型の攻性植物であるソウは貧弱で、ケルベロスの攻撃を受ければあっという間に滅ぶでしょう。それを自覚しているからか、戦闘中は魔草少女を唆しつつ、自身に危害が及ばないよう盾とするつもりのようだわ」
 それゆえに、ただ漠然と攻撃しただけでは届かない。ヘリオンデバイスの強化なども活用して力を高めた者の、最後衛からのよくよく狙い定めた正確な一撃だけが、ソウを貫く唯一の真っ当な方策だ。
 ……ただひたすらに討ち果たすという結果を望むのであれば、まず魔草少女を仕留めてから、逃げ出そうとするソウを倒すという事も出来なくはないが。
「先にソウを倒せば、彩音さんもこちらの言葉に耳を傾けてくれるはずだわ」
 彼女の不満に納得のいく答えを出せれば、撃破後に種だけを取り除けるだろう。

 状況や、簡単に集められた情報から推察する限り、石川家に重大な問題はない。
 父、正晴はごく普通のサラリーマンであり、妻(彩音の母)との仲も良好。経済面などにトラブルを抱えている訳でもなく、彩音自身も学校では多くの友人と平穏かつ愉快な日々を過ごしていて、近所の評判も“礼儀正しい良い子”に落ち着いている。
「……要するに、思春期の些細な反抗なのよ。まだまだ子供は子供であるという親と、自分の世界に干渉されたくない娘。その間に埋めがたい溝や、どうしようもない憎しみなんかは存在しない。だから彩音さんの目線で諭してあげれば、必ずわかってくれるはずよ」
 無辜の命を徒に失うべき理由はない。
 出来得る限り少女の救出を目指してほしいと、ミィルは頭を下げた。


参加者
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ


 暗がりに浮かぶ、濃紫と黄をあしらった白菫色のドレス。
 子どもたちが夢見る魔法少女の如きそれは、しかし魔法でなく邪草が生み出した幻。
(「救い出してやらねばな」)
 それこそが、師より技と甲冑を受け継ぎし者の務め。
 スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)は魅惑的な声で呟き、剣を構えながら言葉を継ぐ。
「君が居るべき世界は、此方側ではないはずだ」
「いきなり誑かさないでほしいなぁ」
 返答は虚ろな眼の少女でなく、その右肩に乗る播種者ソウから。
 クリーム色の毛をしたそれは小馬鹿にするように言って、少女の頭を撫でる。
「困ったねぇ、アヤネ。アイツらはキミを連れ戻しに来たみたいだ。きっと、キミのお父さんの差し金だね。キミのお父さんはそれくらいやったっておかしくはないんだろう?」
「よく喋る毛玉ね。舌の裏に口内炎が出来る呪いでも掛けてあげましょうか?」
 寂れた神社という戦場が“呪い屋”としての気を昂ぶらせているのか、気合漲る遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)がやや慇懃に脅してみれば、ソウは大袈裟な身震いをしてから少女の細い首に縋り付いた。
 其処へ片手を重ねてから、アヤネはもう一方の手をケルベロスへと向ける。緑が宙空に伸びて、ささくれだった心を表すような刺々しい長剣の形を成していく。
「如何にも『反抗期です!』と言わんばかりね」
「大変、です、ね。反抗期、というの、も」
 篠葉の台詞に、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)もおずおずと言葉を重ねる。
「生物学的、には、親からの独り立ちを促す本能、とも言われています、が……まあ現代社会にはなじみません、よね」
「……でも」
 反抗をぶつけられる“相手”がいるのは、少し羨ましい。
 思わず零しかけた想いを、華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)は既の所で飲み込む。
 両親が行方知れずとなって幾年か。そんな灯の事情などアヤネには関わりないこと。
 そうでなくとも、誤解を招きかねない言動は慎むべきだろう。
 たとえ、今のアヤネにソウの言葉以外が届かなくても。
(「あなたを苦しめる悩みは、あなたにとって、とっても大事なことだものね」)
 ぐっと堪えて少女を慮る灯に、ウイングキャットの“シア”が寄り添ってくる。
 その柔らかな毛並みを一撫でして寂しさや怒りを鎮めれば、灯はきりりとした自信溢れる眼差しに朗らかな笑みを合わせて。
「必ず、助けます!」
 自らの決意を言葉にすると、手元から光の蝶を飛び立たせた。


 それがひらりひらりと宙を舞っている間に、アヤネが大地を蹴る。
 生気に欠けた操り人形の如き雰囲気でありながら、その動き自体は俊敏で力強い。一息で間合いを詰めてから振るわれる草の剣は、灯の肌を容易く斬り裂く。
 だが、少々後退りはしても彼女の表情は変わらない。
「気味が悪い奴だなぁ。ズタズタにされて嬉しいのかい?」
「……まさか」
 そんな趣味はないが、さりとて攻性植物などに己が矜持を語ってやる義理もない。
 灯はただひたすら、全身から溌剌とした気を放ちつつ笑顔を保ち続ける。小煩い毛玉ではなく、今は言葉の届かぬ少女の瞳を見つめながら、じっと。
 そうしている間に、夜闇に仄かな軌跡を残していた蝶が、ウィルマの元へと下りた。
 肩口からひっそりと吸い込まれていくそれが、呼び覚ます第六感。より鋭敏な感覚で以て彼女が狙いを定めるのは、此度の事件の元凶たる攻性植物、播種者ソウ。
 紅い輝線を描いて閃く金属糸が密やかに伸びて――。
「おおっと!」
 目ざとくも察した毛玉がわざとらしい悲鳴を上げれば、灯と相対するアヤネの身体が不自然に傾く。
 その僅かな変化で、ソウの首を縛り上げるはずだった糸は空を裂いた。
「危ない危ない! ……おいこら! ボクが死んだらオマエも終わりだぞ!」
 少女を叱りつける攻性植物の態度からは、アヤネを所詮“道具”としてしか見ていないであろう雰囲気が伝わってくる。
「やはり、一刻も早く助け出してやらねばな」
「そうね。その為には……」
 とかく一撃の正確性を求め、ソウだけを貫かなければならない。
 その役割を担うウィルマと篠葉の感覚を研ぎ澄ますべく、スルーは戦場にオウガ粒子を散りばめる。
 深々と雪が降るように銀の煌めきが舞って、その厳かな景色の中で篠葉が繰り出すのは――もちろん、呪い。
「治りかけの口内炎に醤油が染みる呪いなんてどう?」
 そんな頓痴気な発言とは裏腹に、祈る篠葉が引き摺り出すのは大地に隠れ潜む怨霊。
 冥府よりひたひたと忍び寄るそれは、魔草少女アヤネの足元から右肩へと迫って。
「――おい、動け馬鹿!!」
 ただならぬ気配を感じ取ったか、ソウがアヤネの首を蹴りつける。
 ふらりと蹌踉めくような足取りはおよそ戦いに相応しいものでなかったが、しかしそれでも呪いから逃れる事は出来たのだろう。依然として右肩に留まるソウが手足と言葉でさらなる指示を下せば、一時の森閑を挟み、忽然と大地が揺れた。
「皆さん、下がって!」
 灯が呼びかけるのと同時に、シアが尻尾の輪を飛ばす。しかし、その束縛をも千切るかのように伸びた根は、参道をも砕きながら灯やシアを襲い、傷つけるだけでなく猛烈な毒で侵していく。
「“良い子”の反抗、にしては、過激です、ね……」
 盾役の奮闘によって難を逃れたウィルマが呟き、片腕を動かした。
 それに――果たして反応したのかどうか。そもそも、己が戦場に居ると理解しているのかどうか。
 其処まで訝しんでしまう程に“のそのそ”とした動きで、翼持つ猫“ヘルキャット”はのんびりと宙を扇ぐ。
 そよ風の如き羽ばたきは、戦場に清浄なる流れを齎して邪な毒気を攫う。其処に、スルーが剣で大地へと刻んだ獅子座の輝きが加われば、灯とシアを蝕む痛みは大きく薄れていった。


 とはいえ、流した血は確かに戦場の其処彼処に残る。
 最も大きな盾として最前で攻撃を受ける灯と、それを支えるシア。加えて、我関せずと言わんばかりのマイペースながらも壁役の一端を担うヘルキャットが健在である間に、ソウを仕留めなければ此方がやられてしまうだろう。
「大人しく呪われなさい! でないと、食事中に勢い余って唇の裏を噛んじゃうわよ!」
「……それも、呪い、ですか?」
「もちろん!!」
 自信たっぷりに言う篠葉が妖精弓を引き絞れば、ウィルマは金属糸を手繰ってソウを狙う。命中力に幾らか強化を受けた二人の攻撃は、ソウを充分に捉えられる可能性を有していた――が、しかし。
「ほら来る! 来るだろ! 避けろよ愚図!」
 ソウの必死の要求に従ってアヤネが動き、またしても攻撃は空を切る。
「全く、厄介なものだな……!」
 治癒と強化を一手に担うスルーが思わず吐き捨てたのも無理はない。
 これが単純なデウスエクスの討滅であれば、今頃は度重なる攻撃に敵の動きも鈍り、一方で様々な術法・技能による恩恵を受けたケルベロスはより勢いを増した攻勢に出ているところだ。
 しかし、此度の戦いはそうもいかない。ソウを狙う二人の攻撃は、その目的を成し遂げない限り戦況に何ら寄与しない。
 かと言って現状に焦り、戦いの時間を稼ぐ灯たち盾役やスルーが遮二無二攻撃を仕掛けてしまえば、ソウが消えるより先にアヤネを酷く弱らせてしまうかもしれない。
 敵の撃破と合わせ、彼女の救出を目論むケルベロスたちにとって、そうしたリスクはなるべく遠ざけたいところ。
(「だから、今は耐えるしかないよね……!」)
 再び光の蝶を放った後、灯はガネーシャパズルから女神の幻影を現出させた。
 蝶と同じく魔や神秘の力に拠るそれを、敢えて此処で放ったのもソウを仕留めるため。
「……あっ、この馬鹿! そっちじゃないだろ!!」
 毛玉が吠えるのも虚しく、アヤネは花の大砲で狙う相手を篠葉から灯へと変えた。
「そうです。それでいいんですよ、彩音さん。それで」
 向けられた敵意にも怯まず笑って、灯は自身から狙いを逸らさないように振る舞う。
 こうして、少しでも攻撃を引き付けておけば、その分だけ篠葉やウィルマがソウを狙う機会も増える。癒し手のスルーが倒れる可能性も減る。即ち、アヤネの救出という希望を長く繋ぎ止めておく事が出来る。
 その為ならば、多少の痛みは耐えてみせよう。
「私は、彩音さんよりもお姉さんですからね!」
 子供っぽくも勇敢に言えば、無言のまま放たれた光が灯を包み込む。
 刹那、スルーが生み出した光盾さえも突き破らんとするその烈しさは、悲鳴を上げてもおかしくない程。
 それでも笑顔を崩そうとしない彼女に、仲間として出来る事があるとするなら。
「いい加減、呪い倒してあげるわ!」
「……燃え落ちろ」
 呻く怨霊。撓る鋼鉄糸。
 全神経をただ一つの目的に集中させた篠葉とウィルマが、再びソウへと襲いかかる。
 そして。


「――ぎゃぴ」
 終わりは呆気なく。とうとう捉えられた諸悪の根源、半肩に纏わりつく呪いの如き存在は、滑稽な断末魔と共に消滅する。
 同時に、魔草少女アヤネにも変化が生じた。
 色彩の戻った瞳が揺れ動く。それが播種者ソウの支配より解き放たれた証で在ることは明らかだ。今のアヤネになら、ケルベロスたちの言葉も届くはず。
「君を利用していたものは消えた。これ以上は……」
 様子を窺うべく、まずはスルーが語りかけてみれば――。
「これ以上は、何だって言うのよ!」
 駄々をこねるように叫んで、アヤネは再び花砲を作り上げた。
 収束する輝きが一筋の光となって夜闇の合間を駆け抜け、スルーを庇うため射線上に割り込んだ灯を焼く。その眩さと熱が通り過ぎた後、然しもの灯もふっと崩れ落ちるように膝を折った。
「……っ!」
 痛々しいケルベロスの姿に、アヤネの両眼がまた揺らぐ。
 未だ魔草少女としての力を有してはいても、ソウ亡き今、その精神は平凡な日常を過ごしていた思春期の娘。自らの行動が齢も近いであろう相手を苦しめた現実は、そう容易く受け止められるものでないだろう。
 ――だが、ケルベロスたちは彼女を悩ませる為に来たのではない。
「こんな力で、お父さんを消してしまいたいと。本当にそう思っている訳じゃ、ないですよね」
 あくまでも笑みを絶やさない灯が、ぽつぽつと語り出す。
「“良い子”なだけでなく、大人になってきたことを……その成長を、お父さんにも理解してもらいたい。認めてもらいたい。ただ、それだけだったんですよね?」
「……そうやって、解ったような事を言って!」
「ような、じゃないです。解ります。……解るよ」
 羨むからこそ零した本音の呟きはアヤネにまで届かず。
 灯は表情に滲みかけたものを引っ込めて、笑顔で語り続ける。
「ふふ。大人のレディに癇癪は似合いません! お話し合いはエレガントに。そして気持ちを知って欲しいなら、相手の気持ちも少し、聞いてみましょう?」
「今更、そんな……」
「今更も何もないだろう。君の父上も其処にいらっしゃる事だしな」
「……え……?」
 平然と放たれたスルーの台詞に、アヤネでなく彩音としての気配がより色濃く滲む。
 同時に、木陰から姿を現したのは、父という言葉を絵に描いたような中年。
「お父さん……なんで……」
「あなたの事が心配で来たに決まってるでしょ。それに日頃から煩いと思われるほど娘の事を気にかけてなきゃ、こんな寂れた神社にまっすぐ探しに来るなんて出来ないでしょうし……まったく、随分と希少なお父さんもいたものよねー」
 篠葉が呆れたように言ってみせれば、彩音の父親はそろそろと近づいてきた。
「気づいていながら申し訳ない。下手に声掛け、巻き込むわけにもいかなかったのでな」
 スルーが告げると、父親は何度も頭を下げる。悲痛な面持ちは己の無力を嘆くだけでなく、異形に弄ばれた娘を慮ってのものでもあろう。
 しかし、その手に石塊が握りしめられているのをスルーは見逃さない。
(「ともすれば、たとえ敵わない相手でも一矢報いる覚悟だったのだな」)
 その有り様を父と呼ばずして何と言おう。
 しかし、そのままを押し付けては反抗するのが娘だとも解る。
 故に、スルーは己の考えを簡潔に纏める。父娘双方へと語り聞かせるように。
「過干渉は良くない。だが、大事な子供だからこそ――娘だからこそ、父はそうなってしまうのだ。世に蔓延る様々な悪が、君に及ばないようにと。……そんな父の、男親の心も、どうか分かってあげてほしい」
「……それで、私が何か言えば我儘だっていうんでしょう?」
「そうは、思いません」
 足掻く少女に、ウィルマも言葉を紡ぐ。
「波風の立たない生活をして、いても、苦労をして、いても……同じくらいわずらわしく、つらい思いはするもの、です。それはあなたにとって、とてもとても大事で重い、こと……」
 その重さに耐えかねて、時に衝突するのも自然の理。ウィルマの言を借りて表せば、生物として独り立ちする為の本能的なものだ。
「でも、家族が嫌いでは、ないんで、しょう?」
 無理解と罵るのは、理解を求める心の裏返し。
 蛇蝎の如く嫌厭するような想いなど在りはしない。
「だから少し、だけ、歩み寄ってあげません、か?」
「ちゃんと落ち着いて話し合えば、あなたのお父さんも分からない人じゃないでしょ? ……もし分からないっていうなら、私からも言ってあげるわ。『根掘り葉掘り聞くのは勘弁して!』って」
 篠葉はちらりと父親を見やり、微笑みながらも真剣に語った。


 連ねた言葉の数々は、どれも常識的に宥めるもの。
 だからこそ、真面目で“良い子”な少女は返す言葉もなくなったのだろう。俯く顔が小さく縦に揺れたのを、ケルベロスたちは全員が同じ意味として取った。
 しかし、魔草少女としての力はアヤネに戦いを強いる。
 ケルベロスたちは、各々の言葉が届いたと信じて――彼女を倒す。

 程なく白菫色のドレスが霧散した後、少女の身体から“種”が浮き上がって爆ぜた。
 そのまま地面に横たわる彩音を、父親が抱き起こす。ケルベロスたちもすぐに駆け寄るが――生命にも、父娘の関係性にも、これ以上案ずるところはなさそうだった。
「お、お疲れ様、でした。我々の勝利、です」
 ウィルマが辿々しく宣言すれば、篠葉も親子を眺めたままで頷く。
「そうね。まあ、一件落着ってところね」
「めでたしめでたし、ですね! 篠葉さん、いえーい!」
「いえーい! じゃなくて、大丈夫?」
「大丈夫です! ……あの、ほんと、そんなカジュアルに呪おうとして頂かなくてもこの通り、大丈夫なので!」
 最も消耗しているとは思えないテンションを訝しんだか、治癒という名の呪いを掛けようとする篠葉を灯が押し止める。
 その姦しいやり取りを聞きながら剣を収めたスルーは、父娘に目を向けた。
 刃の如く鋭い輝きを放っていたその眼差しは、暫しの間、柔らかなものに変わっているのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月22日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。