勝利の烙印

作者:秋月諒

●勝利の烙印
 朝焼けがひどく眩しかった。もう随分とそんな日を過ごしている気がする。
「どれほどの日々を過ごしてきたか。もう、どれだけ経った友よ。我が好敵手よ」
 来し方を思い息をつく。寒さが体に堪えるようになってもう随分経つ。初老の男は、冷えてかさついた指先を撫でた。
 全ての始まりは盤上遊戯であった。かの遊戯がこの世界に残り、頂点を競い合う中で好敵手たる者と出会い——戦った。戦い尽くし、彼の方が先にこの世を旅立った。
「友よ、私は——まだ、お前の好敵手たる者でいれるか」
 もう随分に老いた。それでも嘗ての名でこの身を呼ぶ者もいる。東の王者。残った一人として指導者となった。
 ——だが、いつまでこの名に相応しき存在であれる?
「自惚れがこの身を焼いたこともある。お前には、お前の好敵手は私だけで、私の好敵手は……とな。……だが、お前が、真実、好敵手と告げたのは私であったか——相応しかったのか……」
 分からなくなる、と声が落ちた。
 早朝の公園の人の姿は無く、その奥にある墓地にも人気は無かった。だからこそ、男は此処に通う。月に一度、弔いと確認のために。
「……ん? 歌が……」
 ふいに聞こえてきた可憐な歌声に、男は足を止める。瞬間、藤の木が揺れた。ざわめきの理由に男は気がつくことは無いまま、歌声と友に現れた謎の花粉が藤にとりついた。
「花が、咲いて……っこんな、これが私の——……」
 甘い花の香りと共に咲き誇るのは美しき藤の花。鈴の音に似た音を響かせ、藤は揺れ——蔦を、枝を男へと伸ばし絡め取った。
●花振りて
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。早朝の公園にて、攻性植物の発生が確認されました」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って、ケルベロス達を見た。
 何らかの胞子を受け入れた藤の一株が、攻性植物に変化してしまったのだ。
「公園は、墓地に繋がっています。早朝、お墓参りに来ていた方が、攻性植物化した藤に襲われ、宿主とされてしまいました」
 時間帯もあって、幸い他に人はいない。人払いもこちらで行っておくとレイリは告げた。
「皆様は急ぎ現場に向かい、この攻性植物を倒してください」
 あと一つ、とレイリはゆっくりと視線を上げた。
「攻性植物が現れる時に、歌声のようなものが聞こえるようです」
 戦場となるのは広い公園だ。奥が墓地になっており、攻性植物と接触するのは藤のあった円形広場となる。
「敵は藤の攻性植物が一体、配下はいません」
 ですが、とレイリは言葉を切った。
「攻性植物に取り込まれた方がいます」
 男性は攻性植物と一体化しており、普通に攻性植物を倒せば一緒に死んでしまうだろう。
「ですが、救出する方法があります。
 攻性植物にヒールをかけながら戦うことで、戦闘終了後に攻性植物に取り込まれている方を助ける事が出来る可能性があるんです」
 ダメージには、ヒールで回復できない回復不能ダメージというものがある。それを蓄積することによって戦うのだ。
「勿論、攻撃をする代わりにヒールを行う事となる為、戦闘では非常に不利となります」
 粘り強く戦うことで攻性植物を倒し、取り込まれている人を救える可能性があるのだ。
「取り込まれているのは男性です。公園には決まった日にお墓参りに来ていたそうです」
 攻性植物に寄生されてしまった人を救うのは非常に難しいだろう。だが、とレイリは顔を上げた。
「可能であれば、どうか救出してください。後悔も憂いも抱えていらっしゃるようでしたが……、こんな風にいきなり勝手に終わりにされちゃうのとは、きっと違いますから」
 憂いも悩みも、その人のものなのだから。
「それでは参りましょう。皆様に幸運を」


参加者
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ

●烙印
 ゴォオオ、と風が空に唸り声を残していた。早朝の日差しが長く濃い影を公園へと残していた。形は樹木のそれに似て――だが、大きすぎた。左右に伸びた枝の影も、幹も。ゆらり、揺れる枝は風とはまるで関係の無い方へ、蛇のように蠢き――ふいに、風に音が混じった。
「――歌か」
 ピン、と比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)は耳を立てた。強く吹く風の合間、届いたのは可憐な歌声。言葉として耳に届くより先に、バキ、と派手な破砕音が届いた。
「……派手な登場だね」
「えぇ。影の通り随分と大きな姿になったのね」
 風が不意に止んだ。
 不可解な静寂にアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は異形の影を辿る。
「寒さの沁み始める頃にモ……この花が咲くのですネ」
 それは、見上げる程に大きな藤の木であった。咲き誇る花の色だけは僅かに薄く、白に見えるだろうか。僅か瞳を細め、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は息を落とした。
「春爛漫と咲く姿とハ、異なる趣があるとは思いませんカ」
 揺れる枝が空を撫で、太い根が地を這う。――バキ、と爆ぜる音と共に地面が揺れれば『それ』は姿を見せた。
「ギ、ァ」
 擦れて響くそれは枝の撓る音か、藤が紡ぐ声であったか。節くれ立った枝が揺れ、太い幹には青白い男の姿があった。
 藤の攻性植物だ。
 取り込まれた老人はぐったりとしたまま、目を開ける様子は無い。揺れる腕は、咄嗟に逃れようとした為だろうか。ぶらぶらと揺れていた白い腕も、巻き付く枝に捕らわれていく。
(「……呼吸が浅い」)
 老人の姿に、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は視線を上げた。
(「助けることができるなら」)
 その術を、ケルベロス達は知っている。
 攻性植物を癒やしながら戦うのだ。寄生されたばかりであるからこそ出来る術。攻性植物を倒した後に、取り込まれた人を助ける事が出来るのだ。だが、敵を癒やしながら戦うと言うことは長期戦を意味する。
 その覚悟を以て一行は、この戦場に立っていた。
「連れ帰るぞ。好敵手と貴方の話を聞かせて欲しいからな!」
 アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)はそう言って、藤の攻性植物を――取り込まれた老人を見た。答えは、今は無くとも。真っ直ぐにその人へと声を届けると、先生、とウイングキャットを呼ぶ。
「ディフェンダーで頼む」
 ゆるり、と揺れた尻尾が応えか。とん、と先に空を蹴った姿を見送れば、足裏に揺れが届く。攻性植物が一歩、大きく動き出したのだ。
「……」
 ――来る、と据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は思う。感じるのは明確な殺意であった。こちらを邪魔者と捉えたか。公園の外へと向かうように、ず、ず、と根を引きずり攻性植物は進む。
「行こう」
 短く、レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)は告げた。ふわり、揺れる銀の髪をそのままに真っ直ぐに見据えた戦場。トン、と地を蹴った彼女を視界に、うん、と火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は頷いた。引き結んだ唇は一度だけ。真っ直ぐに瞳を伏せたままの人へと、声を投げた。
「……おじいさん、絶対助けるからね!」
 絶対に諦めないから、と告げるように。

●咲き誇りしは
 キュィン、とふいに高い音が響き渡った。何が、と思うより先に熱が来る。ひら、と舞うものを見たのは空間が急激に熱せられた事に気がついてからだった。
「……炎ですカ」
 衣を引き、浅くエトヴァは息をついた。
 中衛を焼き尽くすようにまった白は、そのまま動くなという攻性植物からの威嚇か。
「みんな、大丈夫?」
「うん」
 声を上げたひなみくにエヴァリーナは頷いた。痛みも熱もあるけれど――でも、それだけだ。動くには問題無い。
「始めましょう」
 短く告げたアリシスフェイルが腰の刃に一度手を添え、静かに言の葉を紡ぐ。
「天石から金に至り、潔癖たる境界は堅固であれ」
 瞬間、戦場に描かれたのは灰と黄の光で描かれた六芒星。前衛へと届けられるのは癒やしと加護。立ち上がりしは青と白の光。
「累ねた涯の青を鏤める――蒼界の玻片」
 ステンドグラスに似たそれは、だが、確たる盾となる。
「ギィィイ!」
「そう、砕くつもり?」
 ぐ、と根が地を掴んだのはこちらに来るつもりか。だが、一足踏み込む竜がいる。
「早々に終わるつもりはありませんぞ」
 赤煙だ。地を蹴り、一気に藤の間合いへと入った赤煙の拳が太い幹に触れる。降魔の一撃が、重く木に落ちた。
「――ァ」
 擦れるように響いたそれは、僅か、藤の巨体が傾いだからか。苦しそうに落ちた老人の声に、視線を上げる。
(「定命である限り、親しい人との死別や老衰は避けられない」)
 だからこそ、齢を重ねながら生きる道を見出す事は、それ自体が意味のある事なのだと思うのだ。
「貴方はまだ――」
「ギィイイイ」
 その先へと続く言葉を喰らうように木が撓った。ひゅん、と叩き付けられた枝は攻撃よりは接近を嫌うそれか。だが、向けられた意識をそのままに、短く距離だけ取ったのには理由がある。
「――ギ?」
「遅い」
 空にあるはヴァルキュリアの翼。流星の煌めきを纏うレイリアがくるり、と空で身を回す。
「スカーレットさん、届けるね!」
 ひなみくの放つ矢は、妖精の祝福と癒やしを宿す。柔らかく届いた風と共に、レイリアは藤を見据える。落下の勢いさえ利用して、ガウン、と叩き込んだ蹴りが、枝に深く沈んだ。
 ――バキ、と一本、枝が落ちた。衝撃が痺れを生んだか。傾ぐ巨体をレイリアは真っ直ぐに見据えた。
(「デウスエクスの長き生の中で一度だけ、後悔をした事がある。それから目を背けるように、ただひたすら忠実に任務をこなし続けた」)
 だが、今は違う。
 短く息を吸って、レイリアは己が武器を強く握った。
(「ケルベロスとして、この力を奮うと決めたのだ」)
 その為に今、この身はある。
「ギィイイイイイ!」
「元気みたいだね。すごい怒っている感じあるけど」
 ほう、と息を落としたエヴァリーナは、双杖を掲げる。トルマリンがキラ、と光り、雷鳴と共に紡ぐ癒やしは藤に向けてだ。裂けた幹が姿を戻し、砕けた枝の代わりに新しい葉が見える。
「ギ、ギギ」
 癒やしを受けた事実に気がついているのか、これを好機と捉えたか。ダン、と踏み込む力が強くなる。
「逃げるつもりかな」
「大丈夫だ。させないぞ!」
 たん、と縮められた距離に構わずアラタは前に行く。一足、踏み込めばもう巨木の影の下だ。だが、その闇をアラタは踏む。踏み越えて前へ――間合いへと、入った。
「捕まえた!」
 手を伸ばせば、踊り出るのは鈴蘭。しゅるり、と巻き付いた蔓が藤の歩みを止める。ギ、と軋む音に老人の首が揺れる。あの時、見えていた白い指先はもう藤の枝が絡め取っていた。
「――」
「必ず、助けますかラ……無事でいテ」
 励ますようにエトヴァは声をかけた。ぴくり、と動いた眉に、浅く落ちた息を白銀の瞳に捉える。
「千鷲殿、制約の解除ヲ、お願い致しマス」
「仰せのままに」
 短く応じた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が中衛に立つ仲間へと制約の解除を紡ぐ。炎の名残だ。
(「攻撃力は特別高くハ、無いでショウカ。まだ断定するには足りませんガ……」)
 クラッシャーである可能性は低い、とエトヴァは思う。憂いがあるとすれば、この熱、炎を用いた攻撃だが――今は、藤への回復だ。
「Das Zauberwort heisst――」
 一言だけの純度の高い声音を投げかける。共鳴による回復を紡ぎ、あと少シ、と声を落とせば「こっちで」とアガサが前に出た。
「回復する」
 藤の木を狂わせた歌声の正体も気になるけどそれは後回し。まずは東のチャンピオンを助けるのが先。
「……少しだけ辛抱してて」
 それは癒やしの青。捧ぐ癒やしの力。ぶっきらぼうで、無表情な娘の――あまり、感情を表に出さぬだけの淡々とした声が、癒やしと共に届いていた。

●王の所以
 濃い緑の匂いと熱せられた空気が戦場となった公園にあった。癒やしの光を見ながら、ケルベロス達は荒く息を吐いた。敵の攻撃自体はひどく重い、というものでも無い。だが、問題は制約だ。
「毒に炎、大盤振る舞いね」
「この分だと、やっぱりジャマーみたいだね」
 アリシスフェイルの言葉に、アガサは一つ頷いた。毒に炎、長期戦となればきついのはこちらだ。
「えぇ、間違いナク」
 エトヴァは頷いて視線を上げた。あの時感じた熱への違和感がこれだ。炎が、ダメージに対して強すぎる気がした。
「それにブレイクもあるからね」
 頷いてひなみくは戦場を――藤を見た。
「やっぱり少し、回復を増やした方が良いかな」
「……そうだね。多分、少し重い」
 藤への回復を主に行っていたアガサの感覚でもそうだった。動きを鈍らせていく中で、攻撃が鋭く入っているのもあるのだろう。
「うん。それなら回復を増やしつつだね。デバイス、それぞれに使って正解だね」
 ほう、とエヴァリーナは息をついた。
 思わぬ大ダメージに繋がる場合もあるから、とデバイスの使用は一部のポジションのみとしたのだ。容易くは無い戦いだ。
 だが、回復の術を持つ者も多く、仲間の回復も藤へのカバーも出来ているのは幸いだった。藤の攻性植物の状態を小まめに確認し、情報を共有し合うことで、ケルベロス達はこの厳しい戦場の流れを掴んでいた。
 ――確実に、回復不能のダメージは蓄積できている。
「熱いのは一瞬です、ご安心を」
 赤煙のドラゴンブレスが、一点に収束した。枝葉に触れ――だが、炎は焼き尽くすのでは無く、生い茂る緑へと藤を癒やしていく。
「好敵手と見込んだ相手と競い合えない時間を長く過ごされた事、その無念は察するに余りあります」
 応えぬ老人へと赤煙は声をかけた。
「しかし、無念の中にあって尚、貴方はチェスの世界で生きて来られた。暇潰しのために後進を育てた訳ではないでしょう?」
 好敵手を失ったという。早くであった、と。仔細は知れず――だが、東の王者と言われた男が今日まで生きてきたという事実を赤煙も知っている。
「ならばどうか、もう少しだけ足掻いてください。貴方自身の人生は、まだ何も終わっていませんぞ」
「ギィイイイ!」
 かけた声に厭うように藤が身を軋ませた。踏み込みと共に大地が揺れる。石畳が割れ――リン、と鈴の音が戦場に響いた。
「光ですか」
 声ひとつ赤煙は降り注ぐ無数の光を受け止める。加護をも砕く光の雨は、前衛へと降り注ぐ。叩き付けられる衝撃と、焼くような痛みに――だがケルベロス達は前を見た。光の雨は、一帯を焼いた。その分の減衰はある。
「回復、いくぞ! 先生!」
 アラタは薬瓶を空へと投げた。パリン、と割れると同時に降り注ぐ癒やしの雨の中、先生が淡い光を届ける。ひとつ、癒えた体は踏み込みも軽くなる。
 そう、足を止める気も諦める気も無いのだから。
「必ず助けるから頑張れチャンピオン」
 青の光が藤へと癒やしを運ぶ。淡々と、だが毎回、アガサはそう声をかけていた。
「ギィイイイ!」
 それを嫌がってか、藤は暴れるように地を叩いた。かけた声が、老人への届いているのか。単純に邪魔ばかりを叫んでいるのか。ヒュン、と穿つように来た枝に、だがアガサは視線を逸らす事は――無い。
「この回復の意味、気がついたとしても」
「ギィ、ギィイイイ!」
 グン、と伸びた藤の枝は――だが毒の花を咲かせる前に止まった。痺れるように一度、震えたそれはケルベロス達が刻んだ制約だった。

●東の王者
 剣戟と熱の中、戦いは加速する。焼き尽くす炎も、加護をも撃ち払う光が降り注ぐ中、それでもケルベロス達は動き続ける。
「稲妻よ」
 血濡れの腕に構わずレイリアは氷雪の魔力を宿した銀の槍を掲げる。痛みも熱も構わない。この身には、ただ一度の後悔がレイリアの胸にあった。
(「エインヘリアルになれそうにない、体の弱かった男。私を恐れるどころか、愛しているのだと笑った。理解出来ないと思いながら何度も会いに行ったのは――きっと、私も」)
 だから、殺してしまった。
 情報を得る為だけに近付いたのだと。そんな他人の言葉だけで、裏切られたと。
「ギィイイイイ」
 威嚇の声にレイリアは地を蹴る。
 男を殺した剣を封じたのは、己への戒め。男が作り、贈った耳飾りも。それと揃いの、男の首飾りを身に着けるのも戒めと。
「今でも、私は」
 薄く開いた唇から零れ落ちた声は、音となって響いただろうか。枝を軋ませ、叫ぶように断ちを揺らす藤を前にレイリアは行く。最後の一歩で加速して、素早い一撃が深く幹に沈んだ。
「ギィイ!」
 暴れる枝を見据える。穿つ槍を手から放す気は無かった。あの日から、戦い続けると決めているのだ。
(「あの男が愛した、私で在る為に」)
 この距離であれば、藤の意識はこちらに向く。動いたのはエトヴァだ。
「きっと、上り詰めた場所かラ、見える景色があるのでショウ」
 藤には回復不能ダメージも目立ってきている。ならば、今は戦い抜くための力を。
「助けまショウ」
 旋律を唇に乗せる。崩された加護を立て直すひなみくと共に盾を回復を紡いでいく。
「前衛のみんなは任せて!」
 おじいさん、とひなみくは声をかける。あと少しだから、と励ますように。
「こんな相手に負けちゃったら好敵手さんに怒られちゃうよ」
 絶対に助けるから、そう言ってエヴァリーナは共鳴の回復を紡ぐ。
「最後まで諦めないで。頑張って」
「必ず助けるから」
 頑張れと、何度となく紡いできた言葉をアガサは届ける。掲げた手で癒やしを呼び――やがて、その瞳で時を捉えた。
「今なら――大丈夫だ」
「えぇ、それなら……」
 行きましょう、とアリシスフェイルが応じる。白銀の砲身触れ、魔力を弾丸として込める。
「……」
 お墓があるというのは弔う相手がそこにいるということ。
(「好敵手だったというのも少し羨ましいわね。……彼と一緒にいられた時間はあまりにも短かったから」)
 憂いを、ただ一度の吐息に乗せてアリシスフェイルは真っ直ぐに戦場を見据える。
「――光を」
 ガウン、と撃ち出される魔法の光が藤の攻性植物へと届く。枝を割り、幹が、その深くまで砕けていく。鈴の音が一つ響けば咲き誇っていた藤の花が一斉に散った。
「――ァ」
 薄く、漏れた声。倒れていく攻性植物の中から落ちてきた老人を赤煙は受け止めた。
「どうやら、手遅れではなかったようですな」
 浅く呼吸をするひとに、一行は、ほっと息をついた。

「そう、でしたか。藤に。……私は」
「あんたのライバルはまだあの世であんたと対面するつもりはないみたいだね」
 揺れた言葉が形と成って響くより先に、アガサはそう声をかけた。は、と顔を上げた老人は、ふ、と息を零す。
「そうか、あれのこともご存じか」
「まだまだこの世でやることがあるんだと思うよ」
 私に、と落ちた息は問いかける程の力を有してはいなかった。それでも、アガサは紡いだ言葉を覆しはしなかった。ただ視線を一つ合わせて、素っ気なく頷く。
「2人で切磋琢磨した思い出と経験から磨いた技術を後進さんに伝えていくんなら、好敵手さんはお爺さんと後進さんの中に生き続けるんじゃないかな」
 エヴァリーナはそう言って、老人と視線を合わせて微笑んだ。
「だからいつか好敵手さんに会いに行く日まで胸を張って生きないとね」
 人が最後まで生き抜ける様に死と障りを払い続ける。それが魔女医の務めで誇りでもあるのだから。
「貴方の疑問に結論を出すのは、寿命を迎えるその時でも遅くありますまい」
 口元、ひとつ笑みを浮かべて赤煙は老人の手を取る。ふいに、柔らかな風が公園に吹いた。きらきらと光って見えるのは、この地に紡いだヒールだ。
「……」
 淡い光の中、皆の声を遠くに聞きながらアリシスフェイルは足を止めた。
「存分に一緒にいて、心残りなく綺麗な別れ方ができたらだなんて」
 虫が良すぎるのよね、私がトドメを刺したのに。
 この心にある想いが分からなかった。戦うしか無かった。そうするしかない再会だった。
「……」
 薄く開いた唇でその名を呼ぶ。心にある想いに名前はつけられないまま。殺した事も、自分が生きている事も後悔はない。
(「ただ今はきっと心が迷子になってるだけ」)
 この世界の何処を探しても貴方はいないのだから。

「同じ姉妹達と育ったアラタに、好敵手という感覚は正直ピンとこない」
 同じ景色を分け合った者だけが抱ける特別な何か。
「でもレイリや先生、三芝や仲間達と乗越えて来たから今は、前より少し理解出来る様な気がするんだ」
 ぱっと、顔を上げてアラタは老人を見上げた。
「だから聞かせて欲しい。貴方と思考の世界で闘った好敵手の話を」
 辿る記憶があの藤花の様に咲いて。朧な迷いに何かを探れないかと願うから。
「あれの話を……? 若い子にとって面白い話かどうかは……」
「それでも、聞かせて欲しい」
 勿論、途中で寝たりしないぞ、と笑ったアラタの横、ひなみくが、ひょい、と顔を出した。
「おじいさん! わたしにチェスを教えて欲しいんだよ!」
「――チェス、を?」
 それは、今日見た中で、一番の驚いた表情だった。二度、三度と瞬いて老人はひなみくを見る。
「君は……」
「……って、突然なんだ? って感じだよねえ……えへへ。でもでも、凄い人なんでしょ?」
 少しだけ身を乗り出すようにして、ひなみくは笑みを見せた。
「そのすごさは、きっと西の人が一番知ってるんだよ!」
「――あいつ、が」
 落ちた声が揺れていた。小さく息を飲むようにしてシノは紡ぐ。西の、と紡ぎ落とされた声が涙を招く。頬に一筋――きっと。もうずっと流されていなかった涙が。
「わたし、その二番目になりたいな!」
 とびきりの笑みを浮かべて、ひなみくはそう言った。
「うちのおじいちゃんも言ってました! 極めても繋いでいかねば意味はないって! だから、教えて欲しいんだよ!」
「――あぁ」
 あぁ、と吐息一つ零すようにして東の王者は笑う。嘗て獣が牙を磨くようだと西の王者に言われたチェスプレイヤーは、穏やかに笑う。
「私は厳しいぞ」
「も、勿論!」
「ふふ、冗談だ」
 小さくシノは笑った。瞳を伏せ、皺の入った顔で。
「三芝はチェスするのか?」
 そんな二人の話を聞きながら、アラタは千鷲に声をかけた。
「もし嫌じゃなければ今度アラタとも闘ってくれ勉強しておく!」
「僕で良ければ。今ひとつつまらないやり方するってレイリちゃんから言われてるんだけどね」
 小さく肩を竦めて男は笑う。柔らかに吹く風は、ゆっくりと朝を――昼を招いていくのだろう。
「相応しい在り方って誰が決めるんだろうね?」
 コツン、と足音一つ響かせてエヴァリーナは視線を上げる。視線を向けた千鷲は、瞳を伏せるようにして告げた。
「結局、自分なんだろうね。誰かに言われて納得出来なくて――でも、自分を納得させるのが一番難しい」
 きっと正解なんてないのにね。
 小さく苦笑を残して、キミは?と千鷲は問うた。

 吹く風が心地よく頬を撫でていく。花の香りが遠ざかり、公園に朝の心地よい空気が戻ってくる。
「……ご友人のこと、とても支えにしていたのですネ」
 コツン、と一つエトヴァは足音を残す。
「盤上で戦い尽くしたのなラあなたが感じていたこと、あなたの見た景色ヲ……彼もまた見ていたト、信じても、良いのではないでショウカ」
「あいつも――同じ、景色を」
 それを信じる事は東の王者たるシノにしかできない。僅か息を飲んだ人に、エトヴァは微笑んだ。
「咲きたいならバ、その力と意思があるならバ……花は咲くのデス」
「――ああ」
 二度、三度と頷いて東の王者は顔を上げる。やることがあったな、とアガサにそう言って、笑った。
 ――これから先を、最後まで生きていく為に。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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