蒼姫邂逅

作者:秋月諒

●蒼姫邂逅
 空にあった雲が消えた。吹き抜ける風があっただろうか。僅かな違和感にシル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)は足を止める。
「——なんだろう? 少し、暖かいのかな」
 季節の頃を思えば不思議な——春先に似た風を感じた。頬に触れる熱は、日差しの所為だろうか。一足早く咲いていた梅の花に青の瞳を細める。傍らに見えていたのは藤棚だろう。花の頃には遠くとも、咲き誇る姿をふと思い出して、シルは笑みを零す。
「うん、いっぱい咲くといいね」
 指先をそっと、花咲く地に伸ばすようにして——止まる。あたたかな日差し。あたたかな空気。その熱が、一点で消える。
(「違う。消えたんじゃ無くて、これは私の周りだけがあったかい……」)
 どうして、と思うより先に解に辿りつく。
 自然の中、美しく咲き誇る花々を木々を知っていた娘には分かるのだ。
「——精霊が」
 失われていく。上書きされていく。
 奪われていく。
 リィイイン、と鈴の音に似た、風に引き裂かれるような悲鳴めいた音に足を止める。風よ、と唇に乗せた瞬間、声が、した。
「あぁ、どうぞそのままでいいですよー。ちゃんと、わたしが蓄積しますので」
「え……っと、あなた、は」
 何、とは言えなかった。だが、誰、というには似すぎていたのだ。
「はい。あなたです。シル・ウィンディア」
 来訪者はのんびりとした様子でそう言って、無邪気な笑みをひとつ見せた。
「——アンドロイド・シル。対象を発見。これより情報の収集、及び奪取を開始します。
 つまり、あなたの情報をぜんぶまるっと、もらっちゃいます」
 まぁコピーではあるんですけど、とアンドロイド・シルは告げた。
「たいせつなものも、全部」

●精霊の少女と鋼の娘
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。急ぎの動いて頂くこととなります。シル様があるデウスエクスの襲撃を受けるという情報を掴みました」
 シルの宿敵だ。
 試作型ダモクレスの一種であることは分かっているのだが——問題がひとつ。
「今、シル様に急いで連絡を取ろうとしたのですが、繋がりません。ですから、急ぎ移動の支度を」
 一刻の猶予も無い。
 シルの力が確かなものであるとはいえ——ただ一人で、デウスエクスと戦うには分が悪い。何より、敵は彼女の能力をコピーしているという情報もあるのだ。
「シル様が無事な間に、どうか救援に向かってください」
 辿りついた先、シルは梅の見える広場で戦っているだろう。自然公園の一角、藤棚も見える場所だ。
「戦いが開始されている場所は此処……、円形の広場になります。すぐ近くに木々は無いので、巻き込む事は無いかと」
 人払いについては任せて欲しい、とレイリは告げる。
「敵は試作型ダモクレス。その姿は限りなくシル様に似ています。使用される能力も、恐らくはコピーされているのかと」
 戦闘記録を元にコピーされたのかもしれない。
「近接における格闘技は蹴りを主体としています。その動きの素早さから、スナイパーであるかと」
 それと、とレイリはゆっくりと息を吸って告げた。
「大出力魔法——精霊収束砲を行使してきます。お気をつけください」
 それはシルの扱う精霊魔法のひとつ。複合精霊魔法さえもコピーして使おうとしてくるのだ。
「敵——本体は、アンドロイド・シルと名乗ったようですが更なる情報収集を目的としているようです」
 その言動こそのんびりとしていて無邪気なように見えるが、油断は禁物だ。
「皆様、最後までお聞き頂きありがとうございます。それでは、急いでシル様の元に参りましょう」
 えぇ、全速力で飛ばしますので。
 そう言ってレイリはケルベロス達を見た。
「シル様のところに辿りつき、一緒に戦いましょう。何ひとつ、奪われる理由など無いのですから。では、参りましょう。皆様に幸運を」


参加者
幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ

●精霊儀典
 足音は軽く。一度だけ。そこから先は、襲撃者の踏み込みと風音が同時に来た。
(「——やっぱり、早い」)
 反射的に、シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)は腕を持ち上げる。一撃、腕で受け止めたのは初撃への予想があったからだ。
「痺れる、けど……!」
「あれ、受け止めちゃいましたか」
 衝撃に、腕が痺れる。ぱたぱたと血が落ちる。それでも視界が、歪む程の事では無い。動ける。
「わたしの大切なもの……あなたで抱えきれるかな?」
 左腕で受け止めたアンドロイド・シルの脚を弾き上げる。僅か、身を浮かせたアンドロイドへとシルは青い瞳を向けた。
「わたしの両手一杯に抱えきれないもの……。まぁ奪われるつもりさらっさらないけどねっ!」
 僅か、警戒するように距離を取ったアンドロイドへとシルは不敵に笑った。
「さぁ、流星の煌めき、受けてみてっ!!」
 地を、蹴る。開けられた分の距離を詰めるように一歩前に出て、次は空へ。高く、舞い上がったシルは、空中にて身を回すと己と同じ顔をした機械へと——身を、落とす。
 ガウン、と重い音がした。受け止めるように、両腕を前に出したアンドロイド・シルの腕に軽く罅が入る。
「これは——……確かに重いですね」
 ですので、と声が落ちる。リィン、と低く音が鳴る。至近にて、シルの目に映ったのは広がるエネルギーの翼。空間に満ちていくのは——。
(「——魔法」)
 相手が自分をコピーして来るのであれば——ここで倒れる訳にはいかないのだ。
 左手を前に出す。力を集中させる。キラ、と左手の薬指が光った。
 二つの指輪。
 約束の指輪と永遠の指輪のダブルリング。聖夜に新しく誓ったもの。
「だから、こんなところで止まってられないっ!」
「えぇ。いいですよ、動いて当たってください。わたしの——」
 羽ばたきが一度。次の瞬間、軽く浮いたアンドロイドの体が一気に来る——筈だった。
「シルの「たいせつなもの」は何1つ奪わせないよ」
 横を、駆け抜ける風。明るく、どこまでも優しい風と声がシルの横を抜けてアンドロイドへと向かう。
「——琴」
 薄く呼んだ名前に、返る言葉は無い。けれど、その背が、踏み込む姿が応えている。この声が届いている。
「奪われるような弱い存在でもない――守ってみせるっ」
 幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)の拳が、アンドロイドの射線を——穿った。

●蒼姫邂逅
 ——ギィン、と鋼と鋼のぶつかり合う音がした。踏み込みは二つ、瞬発の加速から叩き込まれた蹴りを、その衝撃波を受け止めたのは長身がひとり。
「遅くなりましタ、シルさん」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)だ。一撃、受け止めた重さに少しばかり息をついた青年に、あれ、とアンドロイドは瞬く。
「増援ですか? 困りました」
 数えるように告げて、アンドロイドは機械の両眼を向ける。
「わたしがコピーするのは、あなただけなんですが」
「他ニ、他にですカ」
 息を、落とす。静かに紡いだ声と共にエトヴァは片手を持ち上げる。
「……誰にも、奪えるものではないでショウ。沢山の絆に守られているのだかラ」
 誘うように揺れた指先は体内に宿した白銀の金属を意図として引き出し編み上げていく。
「真似きれるものでもないでショウ。シル殿自身の輝きヲ」
 キィン、と僅か零れた音を以てアンドロイドが、己の腕を見る。
「動かない……?」
「Guck mal bitte.」
 それは瞬く間の魔法。零れた音とて、構えを取ろうとしたが故のこと。一拍、留めた敵を見据えたままエトヴァは告げた。
「助太刀致しマス、立ち向かいまショウ」
「守るべき盾をここに。——シル」
 エトヴァへと光の盾を紡いだ鳳琴がシルへと向き直る。大丈夫? と問いかける代わりに、今、傍らに立つ。
「んうー。シル、だいじょぶか? ちゃんととんがってるか? しょんぼりしてないか?」
 伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)の声が届く。
「勇名さん。うん、大丈夫」
「……よし」
 こくり、と小さく頷いて勇名は眼前の相手を見た。
「むむむ。なんでしょう? わたしは注目の的ですか?」
「んうー」
 勇名がもやもやとしていたのは、自分と似た姿のダモクレスと対峙したことがあったからだ。なんだか、こうもやもやする。
「地球がもたん時が来たのだ」
 その一方で、新城・恭平(黒曜の魔術師・e00664)は世の終わりを感じていた。魔力が渦巻いているのは良く分かる。肌で、目で、熱せられる空間の意味は知れた。
(「シルのコピーであれば使ってくるのは収束砲か——私は一撃で星になれるな」)
 ざっと見た限りの威力で、少しばかり気が遠くなる。ふ、と小さく息を落とし、帽子を被り直すと恭平はジェットパッカー型デバイスを起動させた。
「まずは、空にてお相手させてもらおう。——行くぞ」
 光が、地に走る。展開されたデバイスが恭平の描いた陣と共に仲間を空に招く。
「えー、飛んじゃうんですか? それって、ちょっと」
 ずるいです、と告げたアンドロイドが地を、蹴った。距離を詰めようとでも言うのか。だが——その足元、狙う力がある。
「ひとまず、うごくなー、ずどーん」
 掬うように勇名の小型ミサイルが爆発する。足元、飛び上がった先を崩されれば——元より届かぬ位置で、アンドロイドは耐性を崩す。瞳だけが、ぐん、と恭平達を見据える。上に行かれれば届かないのは分かっているからか。
(「まぁ、そうだろうな」)
 だからこそ、恭平は黒き鎖を展開する。
「動きを封じるぞ」
「行くのじゃ」
 空中にて展開し、穿つように地に放たれた鎖と同時に空にて身を返したのはウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)だ。流星の煌めきと重力を乗せ——落とす。

●焰舞い空に穿つ
 ガウン、と一撃が重く落ちる。恭平の操る鎖が鋼の拳を捉えれば火花が散った。
「ふむ、ケルベロスの姿を模するデウスエクスがおると聞いておったが、これはバレバレなのじゃ」
 払い上げる腕に、ウィゼは身を空に返す。デバイスで引き上げられているのは一部のメンバーだけだ。
「ダモクレスじゃから、より性能を高めようとした結果なのかもしれないが、その胸は無駄ということを教えてあげるのじゃ、シルおねえ」
「うん、ウィゼさんは後でお話しようね」
 盾たる仲間と共に、地上を選んだシルの、にっこりとした笑みにアストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)は似た姿を持つ二人を交互に見る。
(「あれがメカシルさん……ついに最終兵器が目の前に現れてしまったんだね。特徴的だし見分けは付きそうかな?」)
 見分けは付きやすい。それで万事オーケイということで。
「うん、一段と火力も増しているみたいかな?」
 手にしたスマホから、コメントの弾幕を超スピードでアストラは送信していく。アンドロイドの視線がこちらを向く。戦場の把握能力が高い。
「対応も早いかな? 弾幕薄いよ、なにやってんの!」
 回復と加護は、下に残った仲間へと。腕に僅かに残った痛みを散れば、シルは、空より降りる戦乙女を見る。
「加勢するよ」
 リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)だ。流星の煌めきを纏い、その身を地に落とす。ヒュン、と鋭い蹴りは迷わずアンドロイドに落ちた。
(「まさか、団長の偽物が……周囲が廃墟になる前に片付けないと!」)
 ギィン、と鈍く鋼の音がした。火花が散り、は、と落とす息と共にリューインの頬を風が抜けた。
「——」
 身を逸らす。半ば反射的にだ。戦いを知る乙女は、トン、と間合い一つを取り直せば、軽い回し蹴りを入れてきたアンドロイドが息をついているのが見えた。
「上ばっかりは、困りましたね」
 一撃、というよりは間合いを嫌ってだろう。空に身を返したリューインを一度見据え、アンドロイド・シルはその視線を地上へと戻す。
「でも、あなたは残ってるんですねー。シル・ウィンディア」
「……不思議?」
 瞬きも無く、見据える瞳にシルはそう言葉を返す。アンドロイドは、鋼の頬を焦がしながらも、いえ、と紡いだ。
「今は、存分に性能を発揮しようかと。——リミッター解除。闇夜を照らす炎よ、命育む水よ……」
「——それは」
 ひゅ、とシルが息を飲む。一瞬にして展開された魔方陣が複合精霊魔法を組み上げ、撃ち出される光に変わる。
「全てを撃ち抜きし光となれ——儀典・精霊収束砲」
 光に、地面が——割れた。迫る光の奔流にアンドロイドの背に光の翼が生まれる。
「——シルさん」
 光の、向かう先はシルだ。襲い来る光の奔流へとエトヴァが踏み込む。射線を遮るように、前に出れば衝撃がエトヴァの腕を軋ませる。
「——」
 は、と息を落とす。苦笑めいたそれは、一瞬確かに視界が歪んだからだ。
「シル殿は、誰にでも親切で明るく力強い尊敬する方、データがあるだけで真似できるものでもないでショウ」
 何より、彼女の絆ハ、彼女だけのもの。
(「シル殿の「たいせつなもの」ヲ、一緒に護りマス」)
 だからこそ、膝は付かない。顔を上げて、エトヴァさんと聞こえた声に頷く。
「大丈夫デスヨ」
 回復を告げる仲間の声が耳に届く。それに、堪えうるように届いた力もあったのだ。
「どんなに精密に真似ても、例えシルちゃんの全てを奪ったとしても。あなたは、絶対にシルちゃんにはなれないわ」
 さくらのヒールドローンだ。
 アンドロイド・シルを見据え、言い切った彼女と同じように、駆けつけた仲間の姿も多く見える。
「回復するよ、今は動かないでね」
 アストラの紡ぎ出す光は、真に自由なる者のオーラだ。滴り落ちる血だけを残し、二度目の息と共に視線を上げたエトヴァの瞳に、軽く地を蹴るアンドロイドの姿が見えた。
「来ますカ」
「行きますよ、邪魔するひと達には返ってもらいますのでー」
 身を低め、アンドロイドは一気に跳ぶ。地上を選んだのは、先にそちらを倒すということか。
「わたしはシル以外はいりません」
「シルを、やっつけよーとするなら、おじゃまじゃまー、させてもらう」
 だがそこに、勇名が行く。唸る鋼鉄の剣を構え、地上へと滑空する。凪ぐようにチェーンソーを振り上げれば、アンドロイドが身を横に飛ばす。
「んうー、さけるか」
 でも、と呟くのは、踏み込むシルの姿を見ていたからだ。低く、一気に跳ぶ姿は似て——けれど、やっぱり違う。
「……ん」
 頷いた勇名の視界、正面に立った彼女へと意識を向けていたアンドロイドにシルの蹴りが入った。

●星に告げる
 ガウン、と重い一撃がアンドロイド・シルに落ちた。あ、と声を落とし、始めてダモクレスは身を傾ぐ。ぐら、と揺れたそこ、すぐに体勢を立て直しに来たアンドロイドの頬に影が、落ちる。
「——これは」
「蹴り合い。しましょうかっ」
 空にて、鳳琴は告げる。流星の煌めきを纏い、叩き込む蹴りは、空にて身を回し、落下の勢いさえ利用する。
「拳法家として、負けるわけには……いきませんねっ!」
 対抗心を燃やして、鳳琴はアンドロイドを蹴った。受け止めるように出された腕を弾くように、一撃を肩に落とす。火花と共に破片が零れ落ちる。始めて、アンドロイド・シルが驚きを見せた。
「連携? わたしの計算では、あなたの単独戦闘能力で足りていると思っているのですが」
 肩で散る火花よりも、アンドロイドは連携してくる力に驚きを見せる。
「理解できません」
 チカ、とアンドロイドの周囲が光る。また、力を解き放つ気か。
「邪魔するひとはみんな、倒れてもらいましょう」
「——みんな、来るよ!」
 シルが警戒を告げる。同時に蒼い光が戦場を駆けた。
 蒼光を散らし、火花を踊らせ戦いは加速していた。アンドロイド・シルの踏み込みは早い。多くの制約を刻んでいるが、それでも尚、命中力は高いのだろう。
 だが、誰一人倒れる者はいなかった。回復に加え、紡ぎ上げた加護——盾が、一行を守っていたのだ。
「守りましょう」
「さあ! これでまだまだ頑張って!!」
 駆けつけたイッパイアッテナが盾として立ち、ローレライの回復が届く。淡い光の中、恭平はその手を大地へと向ける。エトヴァの前、展開された星型のオーラに合わせる。
「凍てつきし刃よ、彼の者を両断せよ!」
「行きマス」
 踏み込みは軽く、エトヴァは光を蹴り——放つ。は、と顔を上げたアンドロイドが身を逸らそうとした瞬間、展開されるのは氷の刃。黒曜石を核にして生成された刃が、今、大地に投射される。
「氷つけ!」
「——あ」
 ザン、と恭平の一撃がアンドロイドの脚を穿つ。バキ、バキと凍り付き——動きが鈍る。その一瞬をエトヴァは逃がさない。ガウン、と光が届き、続けてリューインの振るう大鎌が一撃を生み、勇名のミサイルがアンドロイドを穿つ。
「困り、ましたねー、すっごい困りました」
 ぐらり、と身を揺らし、破片を零しながらアンドロイドは息をつく。
 敵の攻撃精度も少しずつ下がってきた。こちらの一撃も確実に届いているのだ。ダメージは、与えられている。その分、こちらも傷は受けてはいるが——だが、動ける。
「うん、流れはこっちにあるね」
 アストラは回復を紡ぐ。耐性も加護も十分機能している。戦況を見据え、指示を出しながら回復の状況をアストラは確認する。
「このまま、きっと——」
 行ける、と少女は力を紡ぐ。
(「ふむ、この戦いからデータを収集する小型ダモクレスはいないようじゃのう」)
 ゴーグルを上げると、ウィゼは眼下の戦場を見据えた。ならば、目の前の相手を倒せば良いだけ。
「強いのう。流石はシルおねえのコピーなのじゃ」
「わたしはもっと強くなる予定ですよ」
 炎を纏うウィゼの蹴りに、アンドロイドが顔を上げる。その肩口は既に炎を受けて砕けていた。
「不可解です。わたしのコピーが追いつかない?」
「ああ、そんなものじゃ敵わないよ。だって、彼女の強さの秘密は戦闘能力だけではないから」
 盾として立ちジェミはそう告げた。眉を寄せたアンドロイドが、シルへと視線を向ける。
「足らないのは困ります。やっぱり、あなたからにしましょう」
 キィン、と空間が震える。展開する力の意味を、鳳琴も知っていた。
「精霊収束砲の力も、頼もしさも良く知っています。けれど、力を引き出すことが出来るのは私の愛する人だけだっ!」
 鳳琴は空に手を翳す。指先から飛び上がるのは光の龍であった。シルへと癒やしを届け、制約を振り払う。
「では、その全てをわたしがまるっといただきましょう。——儀典展開、疑似精霊開放」
 アンドロイドを中心に魔方陣が描かれる。四色のそれは属性エネルギーを一点へと収束させるもの。
「精霊収束砲……その威力はわたしがよく知っているけど……弱点も知ってるよっ!」
 真っ直ぐに告げて、シルは地を蹴った。前へ、アンドロイドへと向かいながら魔方陣を展開する。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ」
 これは増幅魔法「六芒増幅」を使った精霊収束砲。威力に全てのリソースを振り分けたが為に、命中精度、そして、射程を犠牲にした。
(「でも、射程なら——」)
 詰めれば、良い。
 跳ぶように前に出る。詠唱と共に行く背にフィストの加護が届く。
「母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ……」
 射程一杯。視線は真っ直ぐに。鋼の娘を見据え、ふ、とシルはやわらく笑った。
「それに……わたしのほんとの力は収束砲じゃないの。みんなとの……そして、愛する人との絆……」
 手を前に出して、多重展開した魔方陣を今——一つの力とする。
「それが詰まった一撃。しっかり味わってねっ!」
「これで終わりです、精霊姫」
 魔方陣の展開はアンドロイド・シルの方が早いか。
「行きます、儀典精霊収束砲!」
「行くよ、六芒精霊収束砲っ!!」
 光が大地に走った。
 アンドロイド・シルの一撃と、シルの解き放った放った力がぶつかり合う。瞬間、風が空に抜け、戦場に蒼い翼が生まれた。
「——あれは」
 アンドロイド・シルが息を飲む。
 それは、砲撃の反動を抑える為に生まれた翼であり——あと、一つの力。蒼き翼は、追撃の光となり拮抗する力を——打ち崩す。
 轟音と共に光が、駆け抜けた。収束砲を打ち消し、六芒精霊収束砲がアンドロイドに届く。
「驚き、です。わたしは、もっと——……」
 収集を、とノイズがかった声が途切れる。伸ばす手さえ届かぬまま、光に飲み込まれるようにしてアンドロイド・シルは倒れた。

 戦いが終われば、季節らしい風が戻ってきていた。自然公園へのヒールが終わる頃には、鳥の声も聞こえて来ていた。
「みんな来てくれてありがとね」
 くるり、と振り返ってシルはそう言った。
「……すごく素敵な縁に恵まれてるよね。本当に、ありがと……」
 とびっきりの笑顔でシルはみんなを見た。
「それじゃ、何か食べに行こうか? わたしが出すよ♪」
 奢りだと、賑わい出す皆の姿を見ながら、歩き出したシルの傍らに鳳琴がやってくる。そっと、と手を繋ぐ彼女にシルは首を傾げた。
「琴?」
「シルの紡いできた「これまで」こそがあなたの一番の力だよ」
 微笑んで鳳琴は告げた。
「けして真似できない」
 そうして囁くように告げる。シルにしか聞こえない声で。
「そんな貴女を愛しています」
 繋いだ手は左。絡めた指先から、プロミスリングと、エンゲージリングが出会う。微笑んだ彼女に、シルは頷いてその手を握り返した。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 1
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