橙灯を歩む

作者:崎田航輝

 風が季節の温度を折り重ねてゆくように、涼しさの深まる秋。
 けれど今宵だけは、藍染の夜をジャック・オー・ランタンが照らし、明るくもあたたかな空気で満たしていた。
 木々や建物、塀までもがそんな橙灯で飾られた市街。その中心は、ハロウィンを迎えて盛り上がっている。
 そしてそんな道を愉しげに歩むのは──仮装行列だ。
 お化けに魔法使い、妖精にミイラ。時に可憐に、時にシンプルに、時に極彩色に。彩りも豊かな衣装の人々が、パレードにも似た賑わいを演出している。
 道々にはハロウィングッズのお店にお菓子のお店、仮装店員が出迎えるハロウィンカフェも軒を連ねていて。
 人々は思い思いの見目で美味にお土産にと楽しみながら。トリック・オア・トリートの言葉を響かす子供達にもお菓子をあげて、特別な秋宵を過ごしていた。
 けれどそこへ踏み入る、甲冑の巨躯が一人。
「ああ、素晴らしい、今宵はパーティかい」
 それなら一層愉しめそうだ、と。
 爽風のような笑みで、灯りを反射させた刃を抜く罪人──エインヘリアル。
 人々の笑顔も賑やかさも、灯りも全てを余興にして。刃を奔らせ、血潮と絶望で宵の時間を満たしていった。

「エインヘリアルか」
 空気が澄んだ夜は星がよく見える。
 その輝きを仰ぎながら、ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)は予知されたという話に声を返していた。
 ええ、と頷くのはイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)だ。
「こんな時期です。街では丁度ハロウィンの仮装行列も始まって、盛り上がるようなのですが──」
 そんな只中に敵は現れるのだと言った。
 現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
「人々の集まる道へ踏み入ってきて……凶行を躊躇わないことでしょう。それでもノチユさんの警戒のお陰で、事前に防げるものでもありますから」
「この敵を、斃さないとね」
 ノチユが言えば、イマジネイターは頷き説明を続ける。
 現場は市街の中心地。
 広い道に現れる敵を、こちらは迎え討つ態勢を取る。
「人の避難は?」
「警察が事前に行ってくれます。皆さんは戦闘に集中できることでしょう」
 街に被害を出さずに終わることも出来るはずですから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利できた暁には……皆さんもハロウィンを楽しんでいってみてはいかがでしょう」
 仮装さえすれば参加できる仮装行列に、グッズのお店やお菓子のお店、カフェなどもある。公園もあるのでそこで寛いでもいいかもしれません、と言った。
「そのためにも、敵は払い除けないとね」
「皆さんならば問題なく、撃破できるはずです。健闘をお祈りしていますね」
 イマジネイターはそう言葉を返していた。


参加者
ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)
智咲・御影(月夜の星隣・e61353)
ヴァイスハイト・エーレンフリート(死を恐れぬ魔術師・e62872)
エトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)
ティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)
九門・暦(潜む魔女・e86589)

■リプレイ

●橙灯
 深色の夜にオレンジの灯が交じり、鮮やかなコントラストとなって街を飾る。
 今は賑わいの残り香があるばかりだけれど――九門・暦(潜む魔女・e86589)はその中でも通学時のセーラー服にコートを羽織って可憐な学生姿。
 戦いを待つ間にも、眼鏡を拭いては直して景色に溶け込んでいた。
「それにしても綺羅びやかな眺めですね。行列が始まれば、さぞ盛り上がることかと思いますが――」
「ええ。そんな楽しい雰囲気に、物騒で空気を読まない輩がいるようですね……」
 と、応えて振り向くのは如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)。
 透徹な瞳で見据えれば、道の先。薄暗がりから現れる巨躯の罪人――エインヘリアルの姿を発見していた。
「さしずめ本物が寄ってきたってとこか」
 ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)が静やかな声と共に息を吐くと、暦もまたやれやれとばかり、しゅるりと半身を撓らせ蛇の姿に戻ってゆく。
「今宵のドレスコードは仮装ですが、戦装束とは……無粋ですね」
「ああ。魔物退治は、素早くしようか」
 応えてノチユが奔れば、皆も続いてゆく。
 すると此方をみとめた罪人がその相貌に浮かべるのは――喜色。刃へ冷気を纏うとそれを大きく振り抜いてきた。
「人がいて良かったよ。せっかくのパーティなんだろう?」
「……そうさ。今宵はお祭りなんだ」
 襲うのは暴風、だがそこへ真っ直ぐに飛ぶのがオズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)。声と共に自らの体を以て衝撃を受け切って。
「だからキミみたいな悪いやつを追い払う為に、とびっきり怖い恰好で対抗しているのさ――なんて、ね」
「――面白いじゃないか」
 なら一層斬り甲斐があると、罪人は踏み込む。
 だがそこへ素早く向かってゆくのが、智咲・御影(月夜の星隣・e61353)だった。罪人の言う通り、今宵はパーティ、なればこそ。
「魔法の夜を、どうか邪魔をしないでもらいたい」
 兎の耳を靡かせて一閃、抜き放つ刃で眩い刺突を加えていく。
 微かによろめく罪人は、それでも倒れず刃を握って不敵さを誇示していた。
「楽しい夜だというのなら、是非僕も味わいたいところだけれどね――」
「お前は呼ばれちゃいないだろ」
 と、星空を逆光にして跳ぶのがノチユ。
 それでも寂しいのならば、相手をしてやるのだと。尤も――。
「すぐに終わるだろうけれど」
 言いながら放つ蹴りはまるで彗星。光を伴い強打を与えゆく。
 この間に、沙耶は手元から月明かりを棚引かせていた。
 きらきらと、舞い踊る輝きは仲間へ注がれてゆく。『運命の導き「力」』。清らかな光で明るい行く末を示すよう、癒やしと力を齎していく。
 同時にオズも寓話語り『最後の希望』。巡る因果と数奇な希望の物語を紡いで治癒を進め、さらに翼猫のトトにも羽ばたかせて防護を厚くしていた。
「後は、頼めるかな」
「うん。任せて」
 応えたエトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)も、黒鎖を踊らせている。
 その軌跡が描くのは、美しい星座。幾重もの煌めきが力強い加護を与えるように、皆を守って体力を保っていた。
 翼猫のルーナも光の中で羽ばたけば、皆は万全。
「これで大丈夫だよ」
「では参りましょうか」
 直後には暦がゆらりと飛翔。妖しく耀く『魅惑の魔眼』で心を囚えてしまうように、罪人の動きを淀ませていた。
 罪人は僅かに呻きながら、それでも刃を落とさず構え直す。
「……いいじゃないか。滾る剣撃を、楽しめそうだ」
「――ふふ」
 と、それを高みから揺蕩いながら見下ろす影。
 仄かな鱗粉を耀かせながら、ふわりふわりと浮遊するティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)。
 敵の殺意にも怯まず、寧ろ笑みさえ浮かべて見せながら。
「久しぶりの娑婆でお祭り騒ぎだからってはしゃいじゃったかな。でも――その悪戯は刺激が強すぎてよろしくないね」
「ああ、コギトエルゴスム化の刑罰から解放されて早々だけど」
 頷きながら、陽炎の如き魔力を揺らがせるのはヴァイスハイト・エーレンフリート(死を恐れぬ魔術師・e62872)。
「ハロウィーンの最中だからご退場願うよ」
 ――さぁ、死を恐れぬ魔術師の力を披露させてもらおう。
 刹那、オーブから閃かせた光で躰を包み、己が魔力を爆発的に引き上げていく。同時にビハインドのテスタメントも飛来させて鋭い斬撃を与えていた。
 罪人は傷を負いながらも振り払うように前進してくる、が。
「トリック・オア・トリート」
 ちょっと踊ってもらうよ、と。
 ティニアが手を翳し、巨躯の足元から無数の苧環の花を咲かせていた。
 『杯に湛えし勝利への渇望』――急成長したそれは巨体に絡み、拘束し。暴れるように藻掻けば藻掻くほど、その鎧も膚も鋭く斬り裂いていく。
 そこへ跳ぶのがヴァイスハイト。
「では、死を恐怖と……知れ!!」
 宙から足を振り下ろすと、放たれるのは魔力の塊。命中と共に弾けた衝撃が、巨躯を大きく吹き飛ばしていった。

●決着
 血溜まりの中に罪人は膝をつく。
 掠れた息は苦悶の表れ、だがそれでも変わらぬ殺意と共に立ち上がっていた。
「……やっぱり、愉しませてくれるじゃないか。このまま全部を、喰らってやる」
「ううん、そんなことさせないから」
 エトワールは真っ直ぐに見つめて、否を突きつける。
「魔法の日にみんなと楽しめない人はお帰り下さいっ!」
「ええ。無辜の人々の平和な時間の、邪魔はさせられません」
 故に此処で倒します、と。
 芯の強さを声音に秘めて、沙耶は杖を突き出していた。刹那、赫くのは月白の彩を抱く雷光。奔る衝撃が巨躯を貫きその動きを押し止める。
 そこへ踏み込むノチユが、槌で手心のない一打を叩きつけると――暦は夢を具現したような無限色の流体を鋭く尖らせて。
「蝕まれてもらいましょうか」
 一閃、罪人の腹部を貫き濃密な死毒を与えていた。
 苦痛の中で罪人も刃を縦横に振り回すが――御影は衝撃を受けながら、退かなかった。敵も戦いも、恐くない、と言ったら嘘になるけれど。
 ――でも一番星さんが、隣に居るから。
 きっと大丈夫、と。
 その心に応えるよう、エトワールも煌く蒸気を生み出していた。
 一緒なら、怖いものはない。
 ――あなたの事はボクが守るから。
 想いを乗せて、包む優しさで御影を癒やす。
「ありがとう」
 言って御影も敵へ踏み込み、斬撃を返していった。
 その頃にはヴァイスハイトも宙に無数の魔法陣を展開。霊力で夜を照らすほどの光量を作り出している。
「ちょこまかと動かれると困るからね」
 その足を、ボクが足を止めてやろう、と。
 揺らめかす霊力を全て雨の如く注がせて、巨躯を縛り付けていった。
 そこへ翼で風を掃き、夜風の中を縫ってゆくのがオズ。罪人は身じろぐように拘束から逃れようとするが――。
「そこまでだよ」
 反撃の暇を与えずにオズは躰を翻す。鋭い風音を伴う尾撃は、膚を烈しく破って血潮を散らせていった。
 同時に手を伸ばすのがティニア。
「折角の日だ。楽しい幻想を、見せてあげるとしよう」
 手元から零れた星々の輝きは、くじら座の形をとってゆく。
 ハロウィンに泳ぐ、お化けくじら。大きくのたうつそれが打撃を与え、巨体を宙へと煽っていった。
 ヴァイスハイトはそこへ魔力の尾を引いて、高く高く翔び上がる。見下ろす視線には、咎人への慈悲の無さを覗かせながら。
「今の地球には自由なんてないんだ、キミには、ね」
 だからここで終わり、と。
 蹴り放つ魔力はどの灯りよりも明るく弾けて舞い散って。巨躯の命をその目映さの中に飲み込むように、跡形もなく消滅させていった。

●橙夜
 南瓜色の光が照らす街を、人々が歩みゆく。
 戦闘後、周囲をヒールして無事を周知すれば、賑わいが戻るまで時間はかからなかった。ヴァイスハイトも修復度合いを確かめた後、仮装して戻ってきている。
 その格好は、魔法使い。
「うん、悪くない出来だね」
 元より魔術師ではあるけれど、尖った帽子に暗色のローブを棚引かせ、よりその風合いを増している。
 完成度も悪くない為か、道行く人々の視線を引いてもいた。
「日本のハロウィーンは二回目だけど、楽しむって点では仮装もコスプレも同じだね」
 見回すと、それはそれでヴァイスハイトにも負けぬ程派手な格好をした人々。これがこの国での過ごし方の一つなのだろうと、実感する思いだ。
「幽子さんはどう?」
 と、そこに巫山・幽子の姿を見つけて声をかける。
「そう、ですね……」
 幽子は視線を巡らせつつ頷いた。
「皆さん、とても楽しそうだと思います……」
「そうだね」
 ヴァイスハイトも応え、行列へと加わってゆく。
「こんな笑顔いっぱいなら、悪霊なんて逃げ出しちゃうね」
 だから、その笑顔とこの時間を守れて良かったと。明るい宵を過ごす人々と共に、その時間を送っていった。

 空気を読んでそっと離れるルーナへ、エトワールはいつもありがとう、と小さく笑って見送って。それから御影と共にゆっくりと歩み出していた。
「お揃い、だね?」
 そう伝えたエトワールの姿は、花の妖精。
 桔梗のドレスは永遠の愛。飾る銀木犀は初恋。可憐な装いに、純な想いを込めている。
 言葉に頷く御影は、耳を仄かに揺らす人型になって――妖精と共に在る悪戯小僧の仮装。
 いつも並んで歩けるだけでも幸せだけど――こんな魔法の夜に、合わせた衣装が尚のこと嬉しい。
 だからエトワールもまた、ふにゃりと柔らかい笑みが零れた。そんな手元へ、御影は可愛らしい橙色を差し出して。
「ほら南瓜のランタン」
「わあ! 可愛いの~!」
 やさしくてあったかい灯りを、一緒に持てばゆるゆると心も暖かい。
 そのまま歩んで出店を巡り――色とりどりの食べ物にエトワールが瞳を輝かせれば、御影はその中にパンプキンパイを見つけて二人分購入して。
 丁度公園が見えてくれば、その一角のベンチに座って一休みすることにした。
 そこは仮装行列もよく見えて、その雰囲気も賑やかさも楽しめる。パンプキンパイをはむっと食べながら、エトワールもそんな人達の姿を映すけれど。
 その瞳は自然と、隣に向いてしまう。
(「やっぱりボクは……空駆ける夜――ミカさんが特別」)
 ふわり咲う花の妖精はいつだって――。
「あなたに恋してるんだよ」
 その心に、言葉に、御影も応えるように見つめ返していた。
 『おとなりさん』はできないけれど、いつもみたいに愛しい気持ちと共に――そっと抱き寄せる。
 こうして隣に居られるなら、いつまでだって夢の中だから。
「きっと星夜だって飛んでいける、よ」
「……うん」
 抱き寄せられて高鳴る鼓動。
 自覚しながら、エトワールは身をそっと預けて、空へ何かを振りかける仕草をした。
 ――ボクたちだけの魔法の粉はきらきらの星屑。
「飛ぶなら、ふたりいっしょに、ね」
 そう言って当たり前みたいに傍で笑ってくれる姿が、御影にはとても愛しくて、魔法みたいで。
 消えてしまわないようにと、抱き締める。
 そうして髪を飾る銀木犀に、そっとくちづけを落として。
(「きみは初恋だと言ってくれるけど」)
 ――おれにとってもきみは初めて愛したひと。
 そしてこれからも、ずっと。
 想いと共に、あたたかな幸せが積もってゆく。

 橙灯が彩る、鮮やかなまでの仮装行列。
 その景色を眺めながら、ノチユは幽子と共に公園をゆっくり歩む。
「寒くない?」
「はい、大丈夫です……」
 そう応える幽子にノチユは、それなら良かったと安堵する。ただノチユの視線はすぐには外されず……幽子のメイド衣装に注がれてもいた。
 去年が未だに鮮烈なせいか、今年も全く予想はできなかったけれど。
「メイドか……そう来たか……」
 知らずぶつぶつと呟きが零れる。
 ただ幽子が小首を傾げてくると、ノチユは「ごめんなんでもない」と首を振って、素直に伝えた。
「似合ってる。すごくかわいい」
 こんなメイドさんが家に居たらどきどきする、と。
 幽子は静かな歩みを続けながらも、仄かにだけ赤らみながら……ありがとうございます、と微笑んで。
「エテルニタさんも、素敵です……」
「ありがとう」
 と、ノチユが見下ろす自身の格好は、マントを纏った吸血鬼。黒を基調に、すらりとしたシルエットが目を惹く見目だった。
「サキュバスだし、普段と変わんない気もするけど」
「それでも……素敵だと、思います……」
 幽子は言いながら、元気に走ってきた子供達へとお菓子を渡している。
 そんな姿にもぐっときて、ノチユも一緒になってクッキーをあげて。お礼を言って去っていく子供を見送ってから、隣の横顔をちらりと見た。
「カフェにあたたまりに行こうか。甘い物も、食べに」
 ――僕が噛みつかないうちに。
 幽子は少しだけ照れたように笑んで、同時に嬉しそうに頷いて。
 カフェでケーキにパイにと、甘味を味わいながら――共にのんびりと、宵の楽しい時間を過ごしていく。

 ジャック・オー・ランタンに飾られた店々は、ウインドゥショッピングだけでも楽しいけれど――沙耶はその内の一件へと入っていた。
「中も、何だか賑やかそうですね」
 端々にハロウィンの彩りを加えた店内は、この日だけの品も数多い。
 沙耶はお菓子の棚に歩いて、いくつかを見繕った。
「これと……これも可愛いですね」
 選ぶのはオレンジが宝石のように綺麗なキャンディーに、南瓜が練り込まれているというクッキーやビスケット。
 夫と義姉夫婦へのお土産が揃えば、後はハロウィンカフェへ。
 お化け風のユニークな店員が運んでくれるケーキを、早速頂く。スイーツには目がない所もある沙耶は、はむりと食べて瞳を細める。
「美味しいですね――」
 昔日には、こんな時間を送るなんて考えられなかったろう。
 悔いる過去はある。
 けれど支えてくれる夫や家族がいて、前を向くことも出来ている。
 だから。
「楽しい、夜ですね」
 平和とこの景色を護ることが出来たことに、今は素直に安堵して。笑顔を浮かべて、沙耶はこの心踊る夜をゆったりと楽しんでいく。

 ティニアはお店を巡っていた。
 ハロウィンも二度目だから、少々楽しみにしていたところ。
 配る用に食べる用、お菓子はちゃっかり持参しているけれど……更に自分のお土産用にもと、お菓子を眺める瞳は愉しげで。
「南瓜のミニケーキに、マカロン、クッキーにキャラメルも勿論買わなきゃだからね――」
 暫し上機嫌に買い揃えつつ――それから仮装グッズの店にも寄る。
 こんな特別な雰囲気の中だ、自分も行列に参加してみようと思ってのこと。巨大リボンがあったので、ドレスと合わせて――。
「いい感じかな」
 仮装を済ませたティニアは、可愛らしいアリススタイル。
 その格好で外に戻ってゆくと――丁度そこにオズもやってきたところだ。
「そちらも仮装行列に?」
「うん。せっかくだからね」
 ティニアに応えるオズの仮装は、『原罪の蛇』。
 文字通り、長い蛇の躰が樹に巻き付いているが……それは全身ではなくメリュジーヌの天然のしっぽの活用。
 体は色黒な錯覚を利用して見えにくくしつつ、樹の部分を持って浮遊することで、そのままの状態でふよふよ移動していた。
 トトも勿論一緒。黒猫なので色合い的にもばっちりだ。
 そのクオリティ故に、周囲からも一目置く視線を注がれる中――行列へ加わっていく。
「一緒にどう?」
「もちろん」
 と、ティニアも共にそこに入って人々と共に進行を始めた。
 すると子供達も集まってきてトリック・オア・トリート。ティニアは配るように準備していたお菓子をあげていく。
 オズも店で買ったキャンディを提供。子供達はありがとー! と明るく言っては、また別のところへねだりに向かっていた。
 オズは表情を仄かに和らげる。
「子供達が元気で、良いね」
「此方ももっと盛り上げるとしようか」
 ティニアは言って、その翅で少々高く翔び上がっていた。
 そこに落とした鱗粉を魔力で橙色に染め上げて、行列を幻想的な彩りに飾ってゆく。人々が歓声を上げる、そんな景色をオズは見回して。
 ――平和が戻って良かった。
 そんな実感と共に、行列での行進を暫し続けていった。

 暦はゆるりと街の通りを歩んでいた。
 見た目は人型の学生姿へと戻っている。こつりこつりとローファを鳴らしつつ、公園があればそのまま中へ。
「少し、休みましょうか――」
 戦いの疲れを癒やしがてらに、珈琲を片手に暫しそこで留まることにする。
 ブラック無糖なのが暦のこだわり。藍空に湯気を昇らせる一杯でゆっくりと体を温めつつ、吐息も白に染めていた。
 それから、通りを進んで行く行列の人々の仮装を眺める。
 ゲームか漫画の仮装か、艶美な衣装に驚きを得たり――コミカルなキャラクターの着ぐるみを見て、純粋に楽しんだり。
「皆、色々考えるのね」
 見ている内に、暦の心も興が乗ってきた。
 傍らの樹にそっと寄りかかると、手に取ったのは竪琴。ぽろん、と美しい音の粒を響かせて、旋律を組み立ててゆく。
 それは北欧の風を感じるような、爽やかながら明るい曲。
 優美さと楽しいリズムを同時に感じさせるメロディーに、行列の人々は時に足取り軽く、時に踊るように。
 皆が盛り上がり、一層愉しげな空気に満ちていた。
「こんな夜も、良いものね」
 呟きながら、暦は弦を爪弾き続ける。橙色に照らされた夜の中、平和を祝福する音律が夜空にまで響き渡っていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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