すべての美しい歌

作者:土師三良

●古木のビジョン
「信次が退院したら、まずはこの木で木登りを教えてやっかな。難易度がイージーの木だから、あいつでもすぐにクリアできるよね」
 ずっと昔に廃墟と化した神社。その境内の一角で、十歳前後であろうジーパン姿の少女が木登りに興じていた。
『難易度がイージー』と評されたのはナギの古木。手掛かりや足掛かりになる小さな洞が幾つか穿たれているので、木登りの難易度は確かに低そうだ。それらの洞の他、樹皮のそこかしこに浮かぶ茶褐色の斑点や、少しばかり傾いた幹の独特なシルエットや、なによりも廃神社というロケーションのせいで、多くの人は不気味な印象を受けるだろうが、件の少女は『多くの人』に含まれていないらしい。
「とうちゃーく! うん、ゼッケー、ゼッケーかな」
 少女は木の中程の股にまたがり、絶景とは呼び難い無味乾燥な境内を満足げに見回した……が、不審げに眉を寄せた。
「……え?」
 優しくも妖しい歌声が聞こえたのだ。
 歌っている者の姿は見えなかったが。
「なになに? 誰? どこにいるのわぁぁぁー!?」
 絶叫を残して、少女は消えた。
 呑み込まれたのである。
 攻性植物化したナギの古木に。

●陣内&ダンテかく語りき
「広島県大竹市某所の廃神社で事件発生っす」
 ヘリポートに招集されたケルベロスたちにヘリオライダーの黒瀬・ダンテが告げた。
「その廃神社の境内にあったナギの木が攻性植物化させられて、木登りしてた女の子を取り込んじゃったっすよ」
「ん?」
 と、ダンテの言葉に違和感を覚えて獣の耳をピクリと動かしたのは黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)だ。
「攻性植物化『した』じゃなくて『させられ』たって言い方をしたのはなにか理由があってのことか?」
「はい。詳しいことはよく判らないっすけど……攻性植物化が起きる直前、不思議な歌声が現場で聞こえたみたいなんすよ。たぶん、その歌声と一緒に攻性植物の種子かなにかが流れてきたんだと思われるっす」
「歌声の主が種子を散布したのか?」
「もしかしたら、そうなのかもしれないっす。まあ、そのへんのことは後で調査するとして、今はナギの木を倒すことと女の子を救うことを考えましょう」
 ナギの木に取り込まれた少女は四十万・咲恵(しじま・さきえ)、十一歳。信次(しんじ)という病弱な弟がいるが、彼は入院しているという。
「この咲恵ちゃんがまた元気いっぱいな娘でして。弟の信次くんが退院した暁には趣味の木登りを教えてあげようと思ってたみたいっす。で、その予行演習中に今回の一件に巻き込まれてしまったんすよ」
「木登りのレクチャーか……それ、病弱な弟クンからしたら、ありがた迷惑ってやつじゃないか」
 苦笑を浮かべる陣内であったが、すぐに口元を引き締めた。
「じゃじゃ馬なおねーちゃんを救い出すためには毎度の方法でいかなくちゃいけないんだよな?」
「はい。ナギの木に攻撃系グラビティをぶつけつつ、ヒールのグラビティも使って癒してください。上手くいけば、ナギの木だけが死んで、咲恵ちゃんは解放されるはずです」
 そう言うと、ダンテは陣内とは逆に口元を弛めた。
「あ、そうそう。自分、敵の名前を考えたんすよー。いちいち『攻性植物化したナギの木』って呼ぶのはめんどくさいでしょうから」
「いや、名前があろうがなかろうが、いちいち呼んだりしないが……」
 やんわりと拒絶の意を示す陣内。
 しかし、『やんわり』では通じなかったらしく、ダンテはなにも聞こえなかったような顔をして敵の名前を発表した。
「その名も『魔法樹木まきか☆ナゲイア』っす!」
「あー……」
「『まきか』ってのは、ナギがマキ科だからっす。ちなみに、ひらがなっすよ」
「んー……」
「『ナゲイア』ってのは、ナギの学名の前半部っす。こっちはカタカナなんすよ」
「えー……」
「かっこいいでしょ? ね、かっこいいでしょ?」
「……」
 正直に答えるべきかどうか――その一瞬の逡巡が陣内に敗北をもたらした。
 ダンテは沈黙を肯定と受け取とり、満面の笑顔を披露したのである。
「皆さんに気に入ってもらえてなによりっす! では、行きましょう!」
 ヘリオンに搭乗すべく、颯爽と歩き出すダンテ。
 なんとも言えぬ顔をして、ケルベロスたちは後に続いた。
『魔法樹木まきか☆ナゲイア』を倒すために。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)

■リプレイ

●月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
 今回の戦場はなかなか幻想的で美しいね。
 もちろん、私たちが倒すべき敵――攻性植物化した老木はいただけない。虚ろな口笛のごとき音を出して、枝を蠢かせている様は実に醜い。
 だけど、それを取り巻く環境が美しいんだ。
 碧い羽根が花吹雪さながらに舞い散る中を無数の稲光が縦横に交差し、おまけに賛美歌まで聞こえてくる。
 言うまでもなく、それらはグラビティだよ。状態異常を付与する賛美歌を歌っているのは、百合の花を思わせる衣装を着たジークリート君(なぜか、聞こえてくる歌声は一人分じゃない)。同じく異常耐性を付与する稲光の壁を築いたのは、施術黒姿のバラフィール君。両者ともにヴァルキュリアであり、光の翼を展開している。
 そして、碧い羽根を降らせているのは――、
「ボーッとしてんなよ、堕天使」
 ――玉さんだ。黒豹の獣人型ウェアライダーである彼には地を這う姿のほうが似合っていると思うんだが、今日は名無しのウイングキャットと一緒に空を飛んでいる。なんとかデバイスとかいうのを使ってね。
「ボーッとなんかしてないさ」
 そう言い返したものの、心を奪われていることは認めざるをえない。この美しい戦場じゃなくて(なにせ、もっと美しいものを見慣れているから)、玉さんのデバイスに牽引されている私の可愛い瑪璃瑠にね。
「むいむいー!」
 兎の耳を揺らして(瑪璃瑠は兎の人型ウェアライダーなんだ)空中を跳ね回る義妹のなんと愛らしいことか。いつまでも見ていられるよ。
 残念ながら、いつまでも見ていることが許される状況じゃないけれど。
 さて、働こうか。地を這うほうが似合う誰かさんにまたどやれさないうちに。

●ジークリート・ラッツィンガー(神の子・e78718)
 レスキュードローン・デバイスの上に立ち、わたくしは歌い続けました。無数の並行世界にいる『わたくし』たちもグラビティを介して一緒に歌ってくれています。楽器を演奏している『わたくし』もいるらしく、バイオリンや電子ピアノの調べも聞こえてきますわ。それにギターも……いえ、これは『わたくし』ではなく、ヴァオ様でした。体を大きく反り返し、『わたくし』たちの歌に合わせてアレンジした『紅瞳覚醒』を奏でておられます。
 その歌声や演奏にエンチャントを受けた同士の一人――イサギ様が日本刀を抜かれました。敵を前にしていると思えない悠然とした所作。
「こういった面倒な仕事は不得手なんだけどね。気持ちよく斬らせてもらえないから」
「考えなしに斬りまくっちゃダメだからね」
 イサギ様にやんわりと釘を刺したのはアガサ様。イリオモテヤマネコの人型ウェライダーです。
 今回のチームに地球人は含まれていません。しかし、この場所に地球人がいないといわけではありません。
 そう、あの『魔法樹木まきか☆なげいあ』なる攻性植物の中に四十万・咲恵様が取り込まれているのですから。
「判ってるよ。役割はきちんとこなすさ」
 イサギ様はアガサ様に軽く頷いてみせると、飛ぶように地を走り(オラトリオの翼を広げているので、本当に飛んでいるように見えますわ)攻性植物に斬りつけました。
「弟思いのお姉ちゃん、か……」
 咲恵様のことを呟きながら、空中にいる瑪璃瑠様がアニミズムアンクを掲げました。
「兄思いの妹たちとしては助けずにはいられないよね」
 アンクから光の刃が発生しましたが、それは攻撃のためではなかったようです。イサギ様が攻性植物につけた傷が少しばかり塞がりましたから。おそらく、大自然の護りを使われたのでしょう。
 それにしても、何故に『妹たち』なのでしょうか? もしかして、瑪璃瑠様も並行世界に干渉できる……というわけではなさそうですね。
「うん! 絶対に助けないとね!」
 オラトリオの言葉さん(彼女もまた『兄思いの妹』なのかもしれません)が攻性植物に向かっていきます。もっとも、そのシルエットはオラトリオらしからぬものですけど。蜂の着ぐるみのようなパジャマを纏っておられますから。
 いえ、正確には蜂ではなく、彼女の傍を飛ぶ熊蜂型のボクスドラゴン――ぶーちゃんを模したパジャマなのでしょうね。

●比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
 ぶーちゃんパジャマに包まれた体をぐっと沈め、敵(絶対に名前は言いたくない)に攻撃を加えようとする言葉。
 でも、急にヘンなことを言い出した。
「よく考えると、木が歌ったりとか動いたりとか、普通にホラー案件じゃない? まあ、べつに怖くないけどね。お化けなんているわけないから! いるわけないからー!」
 あきらかに怖がってるよね。陣と同様、ホラー系が苦手なタイプ? 頭の上で本物のぶーちゃんも震えてる。びくびくしているダブルぶーちゃんの図。これはホラーじゃなくてコメディーだと思う。
「攻性植物だって、怖くないし! 余裕で倒しに行けるし! お化けと違って、グラビティが通じるもんね!」
 言葉は体の震えを止めて、スターゲイザーをぶちこんだ。切り替えの早いこと。ぶーちゃんのほうはまだ震えてるけど、しっかりボクスブレスで敵の状態異常を増やしてる。えらいね。
「人命救助のためなら――」
 ぶーちゃんの真下をあかりちゃんが走り抜けた。日本刀の刃が一閃。敵の幹に横一文字の傷がついた。
「――お化けだって、倒してみせるけどね」
 ちなみにあかりちゃんの衣装は特攻服。でも、足に履いてるのはモコモコの猫足型エアシュース。勇ましいんだか可愛らしいんだか。
「――!」
 勇ましくも可愛らしくもない敵が不気味な声をあげて、何十枚もの葉っぱを飛ばしてきた。もちろん、それはグラビティ。攻撃を受けたのは、あたしや言葉やあかりちゃんがいる中衛陣。でも、同じく中衛のバラフィールと瑪璃瑠は無傷だよ。陣のデバイスで飛んでいるから。
「聞いたところによると、ナギの葉は縁結びのお守りとされているのだとか……」
 バラフィールがライトニングウォールをまた生み出した。
「縁結びの木に姉弟の縁を切らせようとするなんて、事を起こした歌の主はきっと性格が悪いんだよ!」
 ぷんぷん怒りながらも、エクトプラズムで傷を塞いでくれる瑪璃瑠。
(「姉弟の縁か……」)
 そのつもりはなかったんだけど、陣のほうに目をやってしまった。
 あいつ、なんでもないような顔をしてるけど、色々と思い出したりしてるんじゃないかな。
 亡くなったお姉さんの名前も『凪(ナギ)』だったから……。

●バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
「ヒール、お願いできるかな?」
 そう言って、あかりさんが攻性植物をシャドウリッパーで斬り裂くと――、
「任せて」
 ――アガサさんが青い光のヒール系グラビティを斬撃の痕にあてました。
「がんばれ」
 と、小さな声で呟いています。攻性植物の中にいる咲恵さんをはげましているのでしょう。
「にゃにゃ!」
 陣内さんの名無しのウイングキャットが攻性植物に爪を立てました。攻撃した端から癒し、また攻撃して……一見、不毛な作業のように見えますが、咲恵さんを助けるにはこうするしかないのです。
「今回の任務はダメージコントロールが重要なんです」
 と、名前のあるほうのウイングキャット――カッツェに私は声をかけました。
「攻撃しすぎないようにしてください」
「にゃー」
 清浄の翼をはためかせるカッツェ。
「すまないが、イヌマルも攻撃は控えてくれ」
 陣内さんが指示した相手はオルトロスのイヌマルです。オルトロスのグラビティは今回のような任務には不向きですから。
「ちゃんとやってくれたら、後で犬用チーズをあげるからな」
「がおー!」
 良い返事ですね、イヌマル。
 でも、主人のヴァオさんのほうは不満顔です。
「いや、人間用にしろよ! 俺、犬用なんか食わねーし!」
「べつにおまえにやるわけじゃ……おえっ!?」
 ヴァオさんになにか言い返してる途中で陣内さんはひっくり返ってしまいました(デバイスで飛んでいたので、地面に転げ落ちたりはしませんでしたけど)。イサギさんが飛び上がり、乱暴に引っ張ったからです。
「なにすんだ、堕天使! 首がオエってなっただろ! オエッて!」
 陣内さんは首のあたりを大袈裟にさすっていますが、本気で怒っているわけではないでしょう。『堕天使』の荒っぽい行動が、自分を守るためのものだったということは判っているはず。そう、攻性植物の繰り出してきた攻撃(木の実です)の範囲内に陣内さんはいたのです。
 その結果、イサギさんのほうが木の実の直撃を受けてしまいましたが、本人は気にしていないらしく――、
「君たちにとっては、木というのは登るもので、見下ろすものではないんだね」
 ――そんなことを言いながら、優雅に着地すると同時に攻性植物に月光斬を浴びせました。
「まあ、たまにはこうして見上げるのも悪くない」
「文字通りの上から目線かよ」
 陣内さんが黄金の果実の光を放射しました。イサギさんを含む前衛に向けて。
「でも、今日はボクたちも兄様と同じ目線で見れるんだよー」
 瑪璃瑠さんが空を舞い、攻性植物に大自然の護りを施しました。

●大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
「可愛くなぁーれっ!」
『女の子は正義(キューティフル・ガーリー)』であかりちゃんをヒール。これはリボンやお花で傷を癒すグラビティなの。はい、あかりちゃんの頭もオラトリオみたいにお花でいっぱいになりましたー。
「あ、ありがと……」
 お礼を言うあかりちゃんの口元にはちょっぴり苦笑が浮かんでいるようにも見えるけど、気にしなーい。
 それにしても、仲間をヒールするのはこれで何度目かしら? 魔法樹木まきか☆ナゲイアへの攻撃回数も覚えてないわ。長期戦になることは覚悟してたけど、さすがに疲れてきたかも。
 でも、頑張らなくっちゃ! 咲恵ちゃんを助けるために!
「神の加護がありますように……」
 ジークリートちゃんが『スカイクリーパー』を歌い始めた。聴かせてる相手はまきナゲ(面倒だから略す!)。アリアデバイスによる拡声&ヴァオさんの伴奏で癒しマシマシ?
 ちなみにジークリートちゃんもバラフィールちゃんもまだ光の翼を広げてる。まきナゲちゃんに取り込まれてる咲恵ちゃんへのダメージがレッドラインに踏み込んじゃってるかどうかを確認するたでしょうね。ほら、ヴァルキュリアの翼は瀕死の人に反応できるから。
「絶対にしくじることはできませんね。咲恵さんの身にもしものことがあったら――」
 バラフィールちゃんがメディカルレインを降らせてくれた。こっちのヒールの対象はまきナゲじゃなくて、私たちよ。
「――弟さんの予後にも関わるでしょうから」
「確か、信次だっけ?」
 弟くんの名前を口にして、漆黒のローブと大きな赤いリボン姿のアガサちゃん(リボンのほうは私のグラビティの副産物というか主産物だよ)が青い光でまきナゲをヒールした。
「きっと、咲恵は信次が可愛くて心配でたまらないんだろうな。ひとりっ子のあたしにはよく判らないけど、きょーだいってそういうものなのかな?」
 と、尋ねた相手は絶賛演奏中のヴァオさん。
「さあ? 俺もひとりっこだしー。でも、うちの娘二人はめっちゃ仲いいぜー。特に上の娘はお節介なほどに妹思いでさー」
 ……このオジサン、隙あらば娘さんたちの自慢話を始めるのよね。
 でも、話を振ったアガサちゃんはまったく聞いてない。ヴァオさんを見てもいない。視線の先にいるのは陣内くんよ。
「まあ、出来の悪い子ほど可愛いって言うし……姉弟の場合もそうなのかな?」
 と、ちっちゃな声でぼそっと呟くアガサちゃんなのでした。

●玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
 ヴァオの話をテキトーに聞き流しつつ、俺は翡翠の羽をまた降らせた。
 軽口を叩きながら。
「程度の差こそあれ、おねえちゃんってのは、どこのご家庭でもそういう『生き物』なのかねえ」
 なんやかやと思うところはあるが、顔には出してないつもりだ。変に気遣われるのも嫌だしな。まあ、あかりやアギー(アガサのことだ)は察しているだろうけど。
 べつに咲恵とその弟に俺と凪のことを投影しているわけじゃない。俺は病弱じゃなかったし(やんちゃして心配や迷惑はかけたかもしれないが)、凪も咲恵のようにお転婆じゃなかった。だけど……いや、心の中で渦巻いてるなんやかやはしまっておこう。
 俺が考えるべきは弟思いの姉を助けることだ。
 そう、姉を助けることだ。
 今度は……助けてみせる。
「でも、ダンテ君にも困ったものよね」
 言葉がドラゴンサンダーを攻性植物にぶち込んだ。
「こんな木に可愛い名前をつけなくてもいいのに」
「可愛いかどうかはさておき――」
 アギーもドラゴンサンダーを発射。
「――ダンテが困り者なのは同意。あいつのネーミングセンスの暴走を誰か止めてやってよ。いや、冗談抜きで」
 無理だな。ダンテの暴走はデウスエクスにだって止められない。
 だけど、もしかしたら……俺の心情を慮った上で、あいつは『ナギ』という単語が含まれていない名前をつけてくれたのかもしれない。
 ……って、それはないな。
 うん、百二十パーありえない。

●七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
「歯応えならぬ刃応えがなくなってきたね。そろそろかな?」
 兄様がナギの木に斬りつけ、ジークリートさんをちらりと見た。
「大丈夫です。光の翼は反応していませんわ」
「うん」
 あかりさんがジークリートさんの報告に頷き、ナギの木に指先を突き込んだ。
 そしたら、びっくり! 幹のそこかしこに薔薇の花が咲いたんだよ。樹皮を内側から食い破るようにして。
 すかさず、アガサさんが青い光でナギの木をヒール。
 そして、たまにいが――、
「……」
 ――なにか呟いたけど、聞こえなかったんだよ。甲高い音を立てて、何十本もの剣が降り注いできたから。
 剣の雨(死天剣戟陣かな?)を浴びて、ナギの木はぽっきり折れ、ゆっくり倒れたんだよ。まず、枝の先端が地面に触れて、次にそれらを押し潰すように幹が地面に落ちる……かと思ったんだけど、まだ宙にいる間に弱々しい光を放って、溶けるように消えちゃったんだよ。
 幹の中に閉じ込められていた咲恵さんまでは消えなかったけどね。

 咲恵さんをヒールした後、ナギが立っていたところにボクたちは自然と集まったんだよ。
 ナギの大部分はへし折れた時に消えたけれど、根本のほうはまだ残ってる。でも、これっばっかりはヒールしても無駄。炭化して死んでいるから。
「長い間、ここを守ってきてくれたんだよね。おつかれさま。ゆっくり、おやすみ……」
 あかりさんがナギの根本に塩とお酒を撒いた。
「――」
 と、ジークリートさんがラテン語(なのかな?)で祈りを捧げた。神社という場にはそぐわないかもしれないけど、べつにいいよね。ヤオロズの神様たちはそういうところユルそうだから、きっと気にしないんだよ。
「……あたしのせいで、この木は死んじゃったの?」
 ナギの残骸を見つめながら、咲恵さんが誰にともなく尋ねたんだよ。なにがあったのか説明してあげたんだけど、まだよく理解できてないみたい。
「違いますよ。誰のせいでもありません」
 バラフィールさんが優しく声をかけた。
 そして、カッツェちゃんが咲恵さんの肩に乗り、頭を頬にすりつけたんだよ。
「んにゃー」

●新条・あかり(点灯夫・e04291)
「木登り、僕にも教えてくれる?」
 と、僕は咲恵さんにお願いした。今回の一件で彼女が木登りが怖くならないよう、楽しい思い出で塗り替えてあげたいから……。
「うん。イージーでいい?」
「いいよ」
「じゃあ、あの木にしよう。ついてきて!」
 元気に駆けていく咲恵さん。さっきまで悲しそうにしてたのが嘘みたい。
「切り替えの早い娘ねー」
 言葉さんが苦笑してる。
「うん。早いよね」
 アガサさんが同意してるけど……なぜか、咲恵さんじゃなくて、言葉さんのほうを見てるよ。

「どう? ゼッケーでしょ?」
「うん。ゼッケー、ゼッケー。景色が一気に開けるのって、気持ち良いよね」
 咲恵さんの指導でイージーの木登りをクリア。視点が高くなると、同じ場所でもかなり違って見えるね。
 この高さからの光景を見慣れているであろう玉ちゃんの猫ちゃんとカッツェちゃんとぶーちゃんも楽しそうに周囲を飛び回ってる。
「皮パンがピチピチだから、足が突っ張って登れなーい!」
 ヴァオさんは悪戦苦闘してるみたい。ドラゴニアンなんだから、飛べばいいのに……。
 飛ぶといえば――、
「どうだい、瑪璃瑠? 空を飛ぶとはこういう気分なんだよ。心から自由で、楽しい……」
「うん! 楽しいんだよー!」
 ――イサギさんと瑪璃瑠さんも飛んでる。もちろん、瑪璃瑠さんのほうはデバイスを使ってるの。
「兄様といつか空を飛べたら……て、ずっと思ってたんだよ。こんな形で願いが叶うなんて、ヘリオンデバイスに感謝だね」
「牽引ビームを出してる俺への感謝も忘れないでくれよ」
 距離を置いて飛んでる玉ちゃんがそう言ったけど、仲良し兄妹の耳には届いてないみたい。
 苦笑混じりに飛び続ける玉ちゃんと木の股にまたがって足をぶらぶらさせてる咲恵さんをなんとなく見比べながら、僕は心の中で願った。
 一日でも早く咲恵さんが信次君と一緒にこの景色を見られますように、と……。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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