彼方より此方へ

作者:天枷由良

 燻り続ける災いが、夜更けの空を流れ行く。
 枯骸の如く干からびて、羽ばたく力も既に無く。
 それでも、と。辿り着いて、堕ちて。
 数多の悍ましき同胞の牙に掛かり、食い千切られていく。
 そうして砕けた竜の骨は、雨のように降り注ぐ最中、尖兵と化していく。
 降り立つ先は――地球とドラゴンの運命交わる地、城ヶ島。
 雲霞の如き竜牙兵たちは、今再び、其処に侵略の橋頭堡を築くのだ。

●ヘリポートにて
「竜牙兵の出現を予知したわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は語り、頁を捲る。
 場所は、因縁浅からぬ城ヶ島。
 ユグドラシル・ウォー以降、この島の何処かに潜んだというドラゴン残党、ニーズヘッグたちの蠢動により、次々と竜牙兵が生み出されているという。
 その源となっているのは、竜業合体によってドラゴニア本星から地球を目指していたドラゴンの内、本隊に先行しながらも力尽きて宇宙を漂っていたドラゴン。
「まるでニーズヘッグに呼び寄せられるかのように、城ヶ島の空へと流れてきているのよ。既に幾つか報告が上がっているはずだけれど、どうにも不気味よね」
 加えて、今月初旬には竜十字島でも不穏な動きが見られた。
 一刻も早くニーズヘッグの拠点を暴くべきだろうが――しかし、現況は芳しくない。
 生み出されている敵の数がとにかく多く、島に乗り込んでの探索が行えないからだ。
 そればかりか、溢れ返った竜牙兵は島外への侵略まで目論んでいる。

 此度、ミィルが予知したのも、城ヶ島大橋を渡ろうとする軍勢の動きだ。
 敵は100体を大きく3つの塊に分け、三浦半島への上陸を目指している。最後の部隊には司令官を務める個体がおり、その実力は他の竜牙兵よりもほんの僅かに高いようだ。
「空は飛ばないけど、数に任せて皆の抵抗を押し切り、三浦市へと向かうことを優先する可能性が高いわ。各部隊は多少の間隔を空けて来るみたいだから、後続がやってくる前に、なるべく数を減らせるように戦えればいいのだけれど」
 幸いにも、城ヶ島の住民は以前の経験を活かし、迅速に避難を終えている。
 迎撃以外を考える必要はない訳だ。如何に大軍とはいえ、所詮は生まれたて作りたての竜牙兵。ヘリオンデバイスの力も使いこなすケルベロスなら、必ずや殲滅出来るだろう。

「安心して故郷に帰れる日を待ち望んでいるであろう、城ヶ島の皆さんの為にも。竜牙兵を迎撃して減らし、一刻も早くニーズヘッグの拠点を見つけ出さなければいけないわ」
「そうだね」
 フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)が呟き、空を見上げた。
「……おっかないドラゴンだって、いつ何処から来るか分かったもんじゃないしね」


参加者
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
御影・有理(灯影・e14635)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)

■リプレイ


 ――新たなる一頁を。
 今日を明日へと繋ぐ祈りの如き言葉が響き、ケルベロスたちを眩い光が包み込む。
 それは次第に形を変え、大橋に並び立つそれぞれの望む姿で実体化を果たした。
 力が漲り、心は奮い立つ。戦を前にして、自然と笑みさえ零すものも居る。
「何だか懐かしいね、リム」
 主に呼び掛けられた黒竜が、肯定するように「がう」と吼える。
 御影・有理(灯影・e14635)が城ヶ島を初めて訪れたのは、もう四年以上も昔。あれから幾度もの戦いや数多の出来事を経て、しかしあの頃と同じような使命の為に今日舞い戻らざるを得なかったのは、些かどころでなく切ない。
「私は――三度目かな? この辺りで奴らと戦うのは」
 二度目はつい最近の話なんだけどね、と。
 千歳緑・豊(喜懼・e09097)は上着の袖を捲りながら言葉を継ぐ。
「多勢に無勢を実力でひっくり返しにかかるのは、楽しいよね。油断もできないし」
「うむ、まったくじゃ! わはははは!!」
 大きな笑い声を響かせるのは服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)。
 地平の果てにまで届きそうなそれに、オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)が思わず目を丸くした。
 しかし、それも束の間。黒馬の騎士はきりりとした表情に直すと、仲間たちとは(セントールの間隔で)一歩分だけ距離を置いて、ジェットパック・デバイスの稼働を確かめる。
 その機能で空を駆けるのは、彼女にとって初めての事だ。緊張しているのか、或いは集中しようとしているのか――と見せかけて、少し高揚しているだけなのは、ここだけの話。
 高く持ち上がって揺れる尾から少々露呈しかけていたのも、ここだけの秘密。
 さておき、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)や、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)などは無言のままで配置につくと、ただ一点だけを――橋の向こう側だけを見つめて。
「全力で頑張ろうねっ!」
 シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)が平時と変わらない明るさを振り撒く。
 対する敵は弱卒の集まりといえど、大軍は大軍に違いない。シルの溌剌とした声は聞いているだけで士気が高まり、一人でも多くの戦力が必要だろうと駆けつけた相馬・泰地が、拳を打ち鳴らして気合を入れた。
 けれども、フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)は何故か、ぼんやりと空を眺めたまま。
「……気になりますよね」
 バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)が声掛け、ウイングキャットの“カッツェ”と一緒に天を見上げる。
 青く晴れ渡った其処は穏やかで、これから始まる戦いなどとは無縁のように映る。
 だが、遠からずやって来るのだ。青の向こう側から、彼らが。
 竜業合体で星々の海を越えて尚、力を残すドラゴンたちが。必ず。
「ですが――」
 バラフィールは一足先に視線を下ろす。
「まずは、目の前の脅威を取り除かないと、ですね」


 雑多な足音が聞こえてくる。
 島の緑と、大橋の灰色。その境目を少しずつ侵していく、白。
 言わずもがな、竜牙兵の軍団である。
 予知によれば総数が百。そのうち第一波は二十五体。
「聞いた通りだけど、少し前衛の方が多いかな!」
 ジェットパック・デバイスで空へと飛び立ったシルが眼下に叫ぶ。
 地上からでは掴みづらいであろう敵の陣形は、ざっくりと三角を作っている。最も広い辺に盾を構えた十四体、その後ろに槍や鎌を携える八体、そして最後衛には杖を握る三体。
 その進軍を見やるレスターの視線には、様々なものが含められていた。一匹たりとも通さないという決意。所詮、塵は塵に過ぎないという嘲笑。それでも竜に連なる相手だからこそ湧く、怒りと憎悪。
 饒舌ではないが故に、それらは射抜くような眼差しや――竜翼の如く広がるアームドアーム・デバイスの動きとして滲み出る。
 敵方からすれば恐ろしいものだろうが、しかし肩を並べる仲間としても壁役としても、これ以上頼もしい雰囲気はないはずだ。
「熊野で両手の指に満たない数の竜牙兵に苦戦していた頃が、少し懐かしいですな」
 同じく壁役を担う赤煙が、東洋の竜の如きデバイスをうねらせて言った。当時とはあらゆる物事が変わったが、それでも変わらないのは不撓不屈、不退転の決意。
 かつて竜牙呪林とまで呼ばれた地も人の手に返って久しい。幾度となく戦災に巻き込まれている城ヶ島にも、いつか必ずや平穏が戻る――否、ケルベロスたちが取り戻すであろう。
 今日の戦いは、その為に積み重ねるべき一つ。
「この橋通りたければ押し通ってみよ! 受けて立つ!」
 横陣を組む中、無明丸が堂々と吼え――。
「……いや“端じゃなく真ん中を通れ”と言う駄洒落ではないぞ!?」
 忽然と自らの発言にツッコミを入れた。
 途端に風が吹き荒び、少し早い冬の気配が立ち始めて。
「そのつもりで言っても通じないと思うなぁ、あれには」
 フィオナが堪らず零す。しかし、この余裕めいた態度、皆々揃って神妙な顔で意気込む訳でないという多様性も、ケルベロスが勝利を重ね続けてきた理由の一つに違いない。多分。
「いくよ、みんなっ!」
 気を引き締め直したシルが、左手の薬指をなぞる。
 其処に宿る絆、交わした約束を、いつまでも護り続けるのと同じように。
 人々を守るべく。
「絶対に、ここで止めさせてもらうよっ!」
 宣言するやいなや、シルは溜めに溜めていた力をいきなり解き放った。
 青い瞳の先、突き出した両腕の前で魔法陣を展げると、其処に収束した風火水土の属性を無数の砲弾として竜牙兵団の最先に降らせる。
 精度の悪さを圧倒的な数で補うその砲撃は、ヘリオンデバイスによる強化も相まって恐ろしい程の威力。大橋が落ちるのではないかと思うほど揺れて、衝撃で生まれた空気の波が此方にまで押し寄せてきた。
「……凄いね」
 それを用いた実戦に初めて臨む有理が、思わず呟く。
 眼前の光景からだけではない。自身の肉体でも、装着するゴッドサイト・デバイスによる恩恵を既に充分感じられていた。今なら何が相手でも――とまでは言わなくとも、竜牙兵相手なら必中を宣言できる程だ。
 その源となるのは、決戦都市に改造された東京からヘリオンへと供給されるエネルギー。
「人々の想いによって支えられている力、という訳だね」
 そう感じれば、益々身が引き締まる。砲撃にもめげず、けらけらと嘲るように笑いながら進んでくる竜牙兵を、その骨片の一粒に至るまで三浦市に入れてなるものか、と。
「行くよ、リム」
 傍らの小竜に言って構えれば、同時にレスターが自陣後方で色鮮やかな爆発を起こした。
 風向きが変わり、ケルベロスたちの背を押すように流れだす。其処へ有理が喚んだ氷河期の精霊が乗り、風はすぐさま猛吹雪と化して竜牙兵に襲いかかる。
「いやあ、骨身に沁みるってのは正にこういうことかい?」
「でしょうな。……どれ、少し暖めてやりましょう」
 一番年長の豊がくつくつと笑って言えば、三十代とは思えない落ち着きの赤煙がすっと息を吸った。
 刹那、放たれるのは竜の息吹。煌々と燃える炎は真白の中に埋もれかけていた敵の姿を再び炙り出し、その表面を黒く焦がして。
 続く新たな脅威は、またもや空から来る。
「この先、易々荒らせると、思うな――!」
 気迫溢れる叫びと共に、オルティアが宙空で一度回る。まるで天馬の如きそれが太陽を背負って槍を振れば、滅びの光が流星雨のように降り注ぐ。
 多くを標的とすれば攻撃が広く浅くなるのは避けられないが、さりとて今のオルティアにはそれを補うだけの力が溢れている。一連の攻勢を受けた竜牙兵団第一陣の前衛部隊が、幾度嘲笑を繰り返しても取り繕えない傷を負っているのは当然の事。
 それでも、竜の骨牙から生まれた兵士たちは歩みを止めないが。
「その意気やよし!」
 仕掛けるタイミングを今か今かと待ち侘びていた無明丸が、肩を回しながら歩みだす。
 一歩、二歩――足取りはすぐさま加速して、黒翼はためかす女闘士は敵群のど真ん中へと突っ込んだ。轟く咆哮は、もはや敵のみならず味方さえ怯ませるが、無明丸には一切合切瑣末事。その思考にあるのは、ただ一つ。
 即ち、殴る!
「ぬぁあああああああーーーっ!!」
 気迫に満ちた右拳がおとがいを打ち砕く。
「もういっぱぁつっっ! ぬぅあああああああーーーッッ!!」
 間髪入れずに振るわれた左拳が、今度は眉間を叩き割る。
 響き続けた嘲笑の一つが、ぷつりと切れるように止まった。
「わはははははははっ!」
「……笑っている場合か」
「いくら何でも飛び出しすぎですよ」
 興奮度合いを高める一方の無明丸を挟み込んで、レスターと赤煙が言う。
 直後、二人は敵の中段から飛び出してきた何本かの大鎌を叩き、受け、しかし凌ぎ切れずに幾つかの傷を作った。
 その姿と言葉を間近で見聞きすれば、さしもの無明丸とて竜牙兵とぶっ飛ばす以外の事を(小指の爪くらいには)考えなくもない。
「はい、下がって下がって」
 豊までもが来て言うと、吶喊拳士は来た時と同じ速さで定位置に返る。
 無論、敵も追いすがっては来るが、豊が“雷電”による制圧射撃で安易な追撃を許さない。
 ならばと、鎌を振らなかった竜牙兵たちが金切り声のような咆哮を上げたが、鼓膜から脳髄までを掻き混ぜるようなそれには、レスターと赤煙だけでなくリムやカッツェまでもが身を擲った。
 その献身に応えるべく、バラフィールもすぐさま雷壁を最前線に構築して次撃に備える。すかさずカッツェが清浄なる小翼で羽ばたき、リムがブレスを吐いて攻防の支援を行ったのは、常日頃から共に戦う主達との固い絆の証明だろう。
 さらに泰地が大橋を踏みしめて強烈な衝撃波を起こせば――その効果が敵群に及ぶ頃には、上空のシルが第二撃の用意を終えていた。
 過ぎ去ったとばかり思った猛吹雪が、再び真正面から竜牙兵を殴りつける。
 天地双方から襲いかかるケルベロスたちの猛撃は、着実に敵意の塊を削り取っていく。


 それでも、竜牙兵団の第二波が現れた時にまだ多くの第一陣が残っていたのは、弱兵とはいえ竜業合体の成れ果てに生まれた者たちが一分でも長く戦場に留まることを優先し、ケルベロスたちはより多くを纏めて屠らんと最先の壁役に攻撃を集中させていたからだろう。
「新手だ! 盾が五、弓が二十五!」
 空舞うオルティアが簡潔に編成を報告する。反抗の中核となる主力弓兵に、少数ではあるが壁役の補充。それが合流を果たした時、戦力比は一対五にまで及ぼうとしていた。
「……行かせるものか」
「残念、ここでストップです」
 レスターと赤煙がアームドアーム・デバイスを広げて威嚇すれば、バラフィールは揺らぎ輝く戦乙女の如きドローンを飛ばして注意を引こうとする。
 だが、敵の歩みは緩まず、眼窩は真正面を向いたまま。たとえ行く手にどれほどの脅威が在っても、脇目も振らずに課せられた使命を果たすだけだと。竜牙兵たちは進軍する態度で雄弁に語ったようだった。
「っ、それならっ!」
 武を以て制するのみ。突破だけは許すまじと仲間たちが横陣を僅かに下げ始める中、シルが魔法陣を展げる。
 再び降り注ぐ四属性の魔法弾は……幾つかの壁役を塵に変えた。
 敵の最前線は、やはり限界が近いのだ。
「攻撃を集中させる――!」
 オルティアが蹄に衝撃拡散の魔術を施しながら一気に駆け下りる。無明丸の突撃に負けず劣らずのそれはあっという間に敵陣へ到達し、何度も、何度も何度も何度も骨兵を頭から踏みつけた。
 膝が折れ、腰が曲がり、大橋に眉間を擦り付けるより先に頭蓋が砕けて粉になる。その激しい攻撃の核たる要素は、勇ましさとは真逆の徹底的な拒絶。
 寄るな、と。オルティアをオルティアたらしめるその衝動を、寄られたくないなら相手を打ち飛ばす、という行動に換えて解き放つのだ。
「沈め! 落ちろ! 這い蹲れ! ――これ以上、一歩たりとも、進ませるものか!」
 澄まし顔が剥げ落ちて、半ば狂乱じみた蹂躙はいよいよ壁役たちを壊滅させていく。
 其処に無明丸の翼から聖なる光が伸びると、有理の放つ火球は瓦解した前衛の向こうに狙い定めて放たれた。
 第二陣として加わった竜牙兵が咄嗟に庇う動きを見せて、全身で猛火を受け止める。
 そうさせるのが目的だと見破る程の頭はないだろう。使命に忠実なのは、自己判断が出来ない裏返しだ。
 故に、現状の主力たる弓兵たちの動きも簡単に予想がつく。
 骨に矢を番えて弦を引き、二十五の鏃が狙う先は全て同じ。
「――っ!」
 夥しい程の殺気が集まった時、バラフィールは流石に少々怯んだ。
 他の仲間よりも自身が少々脆いから(あくまで今日の仲間たちと比較して)だろうとは理解できる。それでも想像した敵意と、実際に浴びる敵意は違う。先に豊の赴いた戦いを支援した時など比較にならない。
(「……ですが」)
 正に今感じている圧力に屈し、竜牙兵を通す訳にはいかない。
 カッツェが果敢にも主の前に出る最中、バラフィール自身も覚悟をもって殺気と相対す。

 だが、彼女には傷一つ付かなかった。
 滾る銀炎が大橋に滴る。その源であるレスターは、得物で竜牙兵を指し示して嗤う。
 背を押す風はこれまでに吹いたものと少し違っていた。
 其処から聞こえる声に――退くな、討てと告げる亡者に、彼は応える。
「必ず」
 僅か四音の決意が裂けた肉を埋めていく。
 共に並んで庇い漏れを引き受けた赤煙が、竜の炎で秘孔を刺激すれば、痛みも和らいで。
「……私も、護るために」
 力を振るう。仲間が強靭な肉体で護るなら、此方は治癒の力で護る。
 バラフィールは緊急治療の用意を整え、より多くの矢を浴びたレスターに処置を施す。
 敵に僅かな進軍すら許さない程の手早いそれが終わった時、弓兵が狙った渾身の一射は、もはや何の意味もない出来事と化していた。


 その事実を知った時、他よりごく僅かに強く賢い竜牙兵は愕然としただろう。
 最前線で壁となるべきものは全滅。弓兵部隊も崩壊寸前。継戦第一と命じたが為に、大鎌担いだ阿呆共は壊れたスピーカーのように笑いを響かせるばかり。三騎しか居なかった治癒役など――ともすれば最初からいなかったのではなかろうか。
「いやー、遅かったね」
 両腕からミサイルの雨を放ちつつ、豊が言う。
 何処か楽しげに見えるその男が、たった一人で弓兵の一団よりも多い銃弾とミサイルを撃ち放ち、第二波の主力と目された者たちに碌な働きをさせなかったのだとは、竜牙兵の指揮官は知らない方が幸せだろうか。
 もっとも、先の短い者など案じるだけ無駄かもしれない。
 無明丸が殴り掛かっていく。道を作ったのはシルの砲撃。維持したのは赤熱吐きつけるレスターと、倒した数を数えるのを止めた赤煙だが、彼らが躊躇わなかったのはバラフィールが必ず癒す/護ると解っているからこそ。
「おぬしが大将か! いざ尋常に、勝負ッ!!」
 答えを待つでもなく繰り出される拳。直後、オルティアが天から射ち下ろした矢と、有理の掌より翔び立った幻影竜が合わせて炸裂する。

 ……かくして群れの頂点を失った後も、残る竜牙兵は使命に忠実だった。
 だが、最も堅牢であった壁役も悉く粉砕したケルベロスたちからすれば、剣振り上げて真っ向から来る相手など、自ら火葬を求める愚者の列。
 無防備な懐に全力が突き刺されば、野垂れ死んだ骨は全て跡形もなく消え失せていく。


「わははははっ! この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ! 鬨を上げい!」
 無明丸が拳を突き上げて吼える。
 朗々とした声は大橋の向こう側にも届いているだろう。
 城ヶ島にひしめく竜牙兵たちは――異形の竜、ニーズヘッグは何を思うか。
「覗くついでに、もう一狩りと行かねえか」
「おおっ! 行くか!」
 レスターが冗談とも本気ともつかない声で呟けば、無明丸は早くも一歩踏み出す。
「弾もまだ充分に残ってるしね。……行くかい?」
 豊までもがスリルを求めるかのように言って、拳銃に新たな牙を籠めだした。
「いやいや待って待って」
 如何に大勝の余裕があっても、橋向こうは敵の制圧下。
 フィオナが行く手を阻み、バラフィールはカッツェと一緒に豊を制して首を振る。
 レスターも、まさか本当に乗り込むつもりではなかったはずだ。……もっとも、そうせざるを得ない状況だったなら、彼も何ら躊躇いなく飛び込んでいったのだろうが。
「城ヶ島の人たちに一日でも早く島を返してあげたいと思うのは、私も同じだけどね」
「想えばこそ、小さくとも一歩ずつ進んでいこう。あの島と、其処に住まうべき人々に穏やかな日々を取り戻せるのは、私達ケルベロスしかいないのだからね」
 シルと有理が口々に言えば、リムも「がうがう」としきりに頷く。
「……だけど、あまり悠長に構えていられないのも事実だ」
 オルティアが独言のように言って、空を見上げた。
 予知という強力な手段も決して万能ではない。先んじて螺旋の星から来たドラゴンのように、動向を掴んだ頃には地球滅亡の間際だった、という事もある。
 ――それでも。
「何、なんとかなりますよ。今の私達ならね」
 不安を胸の奥深くに押し込めて、赤煙は確信に満ちた声で語る。
 その言葉に、ケルベロスたちは強く、強く、頷くのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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