アイロンプリント

作者:baron

『ひーと!』
 森の中から奇妙な声が木霊した。
 最初の間は木々に囲まれてあまり聞こえなかったが、ソレが道に出た時、ハッキリと聞こえた。
『ほっと! ぷりーんと!』
 ジュっと音がして、県道の外壁にファンシーな絵柄が転写される。
 そいつは五角形の形状をした……。
『あい、ろーん!』
 かつてはアイロンであった廃棄家電型ダモクレスである。
 県道を下りながら街へと移動し始めた。


「とある県にある山中に不法投棄されていた家電製品の一つが、ダモクレスになってしまう事件が発生するようです」
 セリカ・リュミエールが地図とカタログを手に説明を始めた。
「そこは県境の森で、場所が場所だけにまだ被害は出ていません。今のうちに対処をお願いします」
 そういってセリカはテーブルに地図を広げると、説明を続けた。
「敵はアイロンを元にしたダモクレスです。最後に使ったからか、アイロンプリントを転写するグラビティを覚えているようですね。他はダモクレス戦で良く見るグラビティになります」
 あくまで参考にしているだけで、能力はダモクレスのものらしい。
 セリカが広げたカタログはアイロンの物で、五角形のアイロンが映し出されている。
 そして挟み込まれたメモには、プリンターと何かの用紙が映っていた。
 どうやらプリンターで印刷した内容をアイロンで写すのが流行った当時の物らしい。
 それが故障か何かで捨てられてしまったようだ。
「捨てられた家電は可哀そうだと思いますが、罪もない人々を虐殺するデウスエクスは、許せません。まだ被害が出ない内に止めてください。お願いしますね」
 セリカはそう言って出発の準備に向かうのであった。


参加者
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのガジェッティア・e49743)
 

■リプレイ


 秋の森を横目にケルベロス達が道を登る。
 周囲からは森で見え難いし、こんな所から谷に落とせば確かに見つかり難いだろう。
「……ふう。廃棄物を利用する作戦、中止されないものかな」
 千歳緑・豊(喜懼・e09097)は額に皺を寄せて物思いに耽った。
 山中でなければパイプで紫煙でも喫したいところだ。
「家電に罪はないんですけどね。でも放置はできませんし」
「だねえ。まあ私がここで私が文句を言っても仕方ないんだが」
 アクア・スフィア(ヴァルキュリアのガジェッティア・e49743)の言葉に豊は頷く。
 しかし紳士めいた彼の物憂げな表情の裏では、もっとも他愛なくそれでいて許せない理由があるのだ。
「避難勧告でもしておきましょうか。私が船が出てないかちょっと見てきます」
「では電話の方はこちらでやっておきましょう。船を出しているかも聞けるでしょうし」
 アクアが翼を広げて渓流の見える見晴らしの良い場所に移動すると、タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)はアイズフォンで小料理屋に連絡を入れた。
 これからケルベロス達はやって来る廃棄家電型ダモクレスと戦う事になるのだ。
 巻き込まれる人は一人でも居ない方が良い。

 やがて連絡が付き、避難勧告は無事に終わったようだ。
「連絡が付きました。今は舟を収めているそうですよ。朝早くに言った戻りだそうで」
「よーし、これで大丈夫そうね。さっさと片付けるわよ!」
 タキオンの言葉を聞いて、ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)はパンと手の平に拳を打ち付けた。
 気合を入れ直して彼方を睨む。そこにはダモクレスが道へと昇ってきた姿が見えたからだ。
 その姿を上空から見つけたのか、アクアもこちらに戻って来る。
『ほっと! ぷりーんと!』
 けたたましく奇妙な叫びと共にダモクレスが現れた。
 県道に飛び乗ったかと思うと、壁やらアスファルトの地面にジュっと何かを焼きつけていく。
「ううむ。ダモクレスの内部も色々事情が変わっているようだし……ここの計画主導している部署も消滅とかしてくれないだろうか」
 これこそが紳士をして、顔をしかめてしまう原因である。
 ダモクレスは機械を元にしたデウスエクスなのだ、豊ならずとも冷徹とは言わずともクールに言って欲しいと思う者も居るだろう。
「あらー。道路に何かプリントしてるわー。懐かしいわねー!」
 心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)は頬に手を当てて、アラアラと微笑んだ。
 昔懐かしいナニカが描かれている。
「ヒーローかな? あはは、思ったよりきれいに付くじゃないか」
 ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)はその絵に描かれた覆面の戦士を見て笑った。
 ポーズを決めているが、何かの技なのだろうか? それとも登場シーンかもしれない。
「ヒーローの絵を転写するんなら、それらしい性格に生まれればよかったのにね!」
「しっかりとしたものなら良いが、古かったり安かったりすると色が滲んで酷い事になったはずだが……」
 ジェミが何がプリントされているかを確認すると、ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)はどんなものかと覗き込んだ。
 すると確かにヒーローらしき絵がプリントされている。
 だが多色刷りに失敗しており、どこかが滲んでいたのだ。
「やはりな。という事はあのアイロンが捨てられたのも、案外、色が落ちなくなったのかもしれないな」
「最初の頃のは色々とあったものー。昔は子供達にせがまれてよく使ってたけど、最近は公式ショップで色々とグッズが出てるからそちらの方を欲しがるのよねー」
 ヒエルは納得したようにうなずき、括は昔を思い出していた。
 この手の技術は年々進歩する物だし、自宅で出来るからと言って完全なモノではない。
 そして最近では、それだけ苦労したモノより、もっと良い品が売られていたりするものだ。
「アイロンプリントって、創作意欲を掻き立てるよね。それはともかく油断せずにいこうか」
「まぁ被害を増やすわけにはいかないものね!」
 ピジョンが楽し気に笑うと、ジェミは身構えながら同様に笑った。
 そしてケルベロス達は道に広がりつつ、ダモクレスと相対したのである。

 山の上から道路を降る様にしてやって来るダモクレス。
 それよりも早く動けると判断して、ケルベロス達は先制を掛けた。
「包囲網を作りながら戦いましょう」
 タキオンは盾や降ることから道の真ん中を疾走した。
 そして飛び込みながら一撃加えていく。
「この蹴りを受けなさい」
 低い軌道の蹴りを浴びせ、相手の回避に合わせて飛び膝蹴りに変更する。
 叩き落としたところへ次なる仲間が攻め寄せた。
「逃がして町に被害を出すわけにもいきませんしね」
 アクアも同じように考えていたが、後衛であることから少し間を空けた。
 代わりに高いジャンプを掛けて、同じ技ながら打点を高くする。
「この飛び蹴りを、見切れますか?」
 カカト落とし気味のアクアの蹴りが見事に決まる!
 アクアとタキオンのどちらの蹴りが効いたのか分からないが、ダモクレスは地面に縫い止められたのである。
「少し出遅れたか? まあ良い。お前の攻撃は必ず当たる。これまで培ってきた経験が生きるはずだ」
「攻撃役の方はまだの様ですし、十分ではないですか?」
 ヒエルはタキオンと肩を並べながら、気脈を操り仲間たちの意識を拡大する。
 集中力を高めあるいは冷静さを取り戻させて、戦いに専念させるのだ。
「と、言う訳で―! 本命いっくわよーどっかーん!」
 ジェミは拳でブン殴る様に突撃した。
 もはや体当たりと言っても良いかもしれない。
 紅蓮の水着に上着を羽織る姿は、レスラーのリングインというべきだろうか。
「元気ねー。風邪ひかないようにするんですよー」
「はーい」
 括が気を通した包帯を巻きつけると、ジェミは一時的に包帯人間になる。
 それは怪我をテーピングしているかのようであり、同時にハロウィンに向かうミイラ娘のようであった。
 他の仲間たちにも撒いていって、まずは防御態勢を作り上げようというのだろう。
「……フォロー」
 豊はパチンと指を弾き、地獄の炎で出来た猟犬を呼び出した。
 ソレが道を走りダモクレスの邪魔をすることで、少し自己嫌悪している心を慰めてくれる。
 後で何かやるのも良いかもなあとか思いつつ、可愛いと思う対象を猟犬に移しておいた。
「まずは包囲すんだっけ? じゃあ……逃がさないよ! マギーも行くんだ」
 ピジョンは動き出そうとしていたダモクレスに接近し、燃える猟犬の影から踊り掛かった。
 ナイフに魔力を宿して斬撃を浴びせ、死角から一気に突いたのである。そしてテレビウムのマギーも回り込んで森へと戻らないように攻撃を加えていた。

 しかしどうやら動き出そうとしたのは回避ではなく、攻撃の為だったようだ。
 ダモクレスもまた突進を開始し、飛び掛かって来た!
『ひーと!』
 ジュジュっと何かが蒸発する嫌な臭いと焼け焦げた煙。
 小さい痕ではあるが、僅か一瞬である事を考えれば恐ろしい熱量が伺える。
「おっと。そうはさせませんよ」
「ありがとう。助かったよ」
 これに対して正面に居たタキオンが割って入り、ピジョンは事なきを得た。
 焼け焦げる煙が腕より立ち昇るが、タキオンは気にもせずソレを掴む。
「丁度良いので、こうしてしまいましょう。ドリルの腕です、これでその身体に穴を開けてあげます」
 タキオンは眉一つ動かさずに腕を回転させると、そのまま突き刺して穴を空けていく。
 燃え上がる腕には仲間が回復してくれる。ならばこの場で遠慮は不要という事だろう。
「回復助かります」
「お互い様だからな。そっちと同じだ」
 タキオンの腕にヒエルの腕が添えられた。
 気の力で痛みがある程度退くと共に、火傷が消え失せていく。
 タキオンが仲間を庇ったのが役目ならば、ヒエルが彼を癒すのも役目。気にするなと青年たちは視線を交わし合ったのである。
「残りの傷は私がやっておくわねー。ソウちゃんも手伝って―」
「お願いしますね。その間に私達は攻撃を加えて行きましょう」
 括が翼猫のソウと共に手術に向かうと、アクアは急加速を掛けた。
「一気に……断ち切ります!」
 瞬間的な加速を掛けて、その後は力任せに斬り掛かったのである。
 目にも留まらぬ一撃を浴びせ、仲間たちに先駆けた。
「これは負けてられないわね! 本気で行くわよ!」
「……試みに尋ねるのだが、本気でない時はあるのかな?」
 尋ねる時間も有らばこそ、ジェミは豊の疑問が届く前に走り出していた!
 槍を構えてドーンと突撃するが、ケルベロスの脚力ならば既に敵の元にまで到着している!
「ん? 何か言った?」
「……いや。いつでも全力の若さは。羨ましい限りだ」
 改めて首を傾げるジェミに豊は苦笑しながら炎を銃剣の様に固めて攻撃。
 同時にタキオンの様子を眺めて、傷の深さを確認する。
 余りにも強烈な様なら、牽制攻撃を多めにする必要があるかもしれない。
「今度は注意したいところだけど……。まあそうもいかないかな」
「問題ない。攻撃があれば我々で止めて見せる」
 ピジョンが冷気を放出させながら攻撃を掛け、一点に集中させてダモクレスに氷を這わせる。
 それに合わせてヒエル達も動き出しており、敵の攻撃を受け止めてくれていた。

 やがて何度かの攻防が行われ、数分の時間が過ぎていった。
 さすがに盾役たちも全ての攻撃を防ぐことはできない。
『ほっと! ぷりーんと!』
「何、これっ……! どうせならレッド! せめてピンクのカラーにしなさいよ!」
 ジェミの肌を焼いたのは緑色のヒーローだった。
 敵の転写攻撃は色々滲んでいるので多彩だが、信号機の青と呼ばれる実際には緑色。
 熱いのは熱いが、彼女はむしろ自分が好きな色ではないことに怒りを覚える。
「落ち着け。後で落とす事はできるから」
「ひーくん! 女の子にはもっと大事なことがあるのよ!」
 ヒエルは怪我を癒すというよりは落ち着かせるために癒し、括はクールに育ち過ぎたわねぇと溜息を吐いた。
 もちろんソウちゃんと共に回復に動いている。
「……回復は不要そうですね。火傷の痕もないようですし、ダモクレスは倒してしましましょう」
「もはやこちらの火力の方が上ですよ」
 タキオンは冷静に傷を見てから攻撃に移り、アクアと挟み撃ちで攻撃を仕掛ける。
 飛び蹴りと炎の蹴りが交差して、ダモクレスを浮き上がらせる。そこへ仲間たちの攻撃が訪れ、置ける暇もない程のラッシュを掛けさせた!
「こんにゃろー! 乙女の柔肌は、大事なんだぞっ!」
 ジェミは髪の毛を逆立てそうな勢いで迫り、これがあたしの魔法よ! と掌で殴りつけた。
 切れ味の鋭い打撃ではあったが、どこが魔法なのだろうかと周囲は首を傾げそうになる。
「もう休み給え。……見て居られんよ」
「そうかい? 僕は何色まで出るか試してみたい気がするけど」
 豊はかつての同胞がすっとんきょうな動きをするのに耐えられず、ピジョンは薄く笑いながら敵を追い詰めていく。

 解き放たれた氷の力がダモクレスを粉砕すると、炎の猟犬が雄たけびを上げて消え去っていく。
 その様子からケルベロス達は戦いの終わりを察した。
「大丈夫ですか? 傷が痛むのであれば緊急手術を施術しますけれど」
「僕の方は問題ないかな? 一回か二回くらいだしね。援護のついでに直ってるよ」
 タキオンの申し出にピジョンはゆっくりと首を振った。
 今回の敵は威力こそ強烈だったが、単体攻撃ばかりだったので、みなが集中治療してくれると回復しきれていた。
「問題ないようですね。では周辺を修復して帰還しましょうか」
「そうだね。さて、クリーニングが必要な人はいるかな?」
 アクアが道路の修復を始めると、豊は自分の服に付いた埃を綺麗にした。
 彼自身は特にペイントを受けなかったが、仲間の服を綺麗にできると見せてあげたのだ。
「お願いしたいですねぇ。やはりこの白衣に赤というのはどうも」
「手術の後みたいですしね」
 タキオンに付けられた色は真っ赤でまさに大手術だと、アクアは感想を漏らす。
「お安い御用」
 豊はパイプを手にして、一息吹かすと魔法の様に色が消え去った。
「ひーくんも素敵なプリントを押してもらってるわねー! 折角だからそのままにして帰らないー?」
「そういえば喰らっていたか」
 括が声を掛けるとヒエルは巻きが付いたとばかりに我が身を見た。
 傷つくのはいつもの事だし、治療するのもされるのもいつものことだからだ。
「さすがに絵柄が付いたまま帰るのは流石に厳しい所だが……。俺からは見えないんだが、何色なんだ?」
「白よ。ひーくんと同じ色のヒーローだもの。みんなに見せてあげましょうよ。ソウちゃんはブチになっちゃったわね」
 ヒエルは括の言葉に、思わず唸りをあげた。
 武道着にヒーロー……。子供たちが喜びそうな絵ではあるが。
 翼猫のソウは黒ブチであり、これはこれで子供たちがよって来そうだ。
「あたしはクリーニング、よかったらお願いできるかしら」
「僕はせっかくだし、思い出にしばらくこのままにしておくよ。満足したら、落ちないかもしれないけど後で洗ってみる」
 ジェミは素直にク―ニングを頼み、ピジョンは反対に記念に残しておくことにした。
 彼の服にも赤が付いているが、落そうと思えば洗剤を使ったり蒸気で何とかできそうな気もするし。
「記念って事なら、終わったらお着換えして渓流釣りとか楽しむのもいいかもね。ふふふ、最近勉強したから結構釣れるかも!」
 ジェミが提案を申し出ると、何人かが賛同して数名で渓流釣りと食事に行くことに。
 こうして一同はプリントを綺麗にしたりしなかったりして、それぞれのペースで帰還していったという。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月31日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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