ティトリートの誕生日~覚醒の章

作者:吉北遥人

 ヘリオン内の休憩室にて。
 ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)がソファにぐったりと死体のように身を投げ出していた。
「もうダメだ……あの木の最後の葉っぱが落ちたとき、ボクの命も尽きるんだ……」
「木なんてここにはないと思うのですが……コットンさん、ひょっとしてまたあの持病ですか?」
 レイ・ウヤン(地球人の光輪拳士・en0273)が記憶を掘り起こすように頭に手を当てる。
「たしか、伝説欠乏症でしたか」
「よく覚えていたね。ちなみに正式な学名は、レジェンド・ディフィシエンシー・ディジーズ──LDDさ」
「学名とかあったんですね……」
「それはさておき、レイ。君を呼んだのはほかでもない」
 だらしなくぐったりしたまま、眼差しだけは真剣にティトリートは言った。
「身勝手な願いなのは百も承知だけど、いつぞやのようにケルベロスたちを呼んで来てくれないかい。彼らが纏う伝説が、ボクには必要なんだ……」
「わかりました、お引き受けします。ですが──」
 快く承諾しながらも、レイの瞳がいたわしげに陰った──この人はこれからもずっとこうやって苦しむのだろうか。
「そのレジェンドディフィ……えっと、伝説欠乏症は治療法はないのですか? 完治とまではいかずとも、せめて改善策などは」
「ないよ。ううん、正しく言うならあるけど、不可能なんだ」
 できるのならとっくに実践していただろう。かつての諦観を振り返るようにティトリートは目を細めた。
「治療法は『常に伝説と過ごすこと』。でも普段からボクの物となってしまったら、それはもう伝説じゃないんだ。悲しいけど、特別さが薄れていってしまうんだよ。この子のときだってそうだった」
「この子? 誰ですか?」
「ボクたちが今乗ってる、ヘリオンだよ。ボクの唯一の特別。ケルベロスの皆に武具の紹介をしてもらう前、ボクが長く持病を抑えられたのはこの子のおかげだった……」

 電話する前、レイは考えた。
 ヘリオンはケルベロスたちを戦場へ運ぶ。ケルベロスが伝説を作るならば、ヘリオンもまた飛ぶたびに自身の伝説を更新していると言えるのではないか。
 そのことを改めてティトリートに認識してもらうには──。
 考えた末にレイは、ケルベロスたちに武具の紹介をお願いするとともに、次のように依頼した。
「コットンさんのヘリオンの名前を考えてもらえませんか?」


■リプレイ

 ティトリートを蝕んでいるのは禁断症状のようなものだ。
 古今東西の伝承伝説を浴びるように読み耽ってきた代償。新たな伝説譚を精神が渇望し、身体を疼かせる。
 激しい苦痛が伴う。とはいえ命に別状はない。
 でも、彼ら彼女らは来てくれた。

●エレナの鎌
「んっ、ティトリートが病気で大変だって聞いて……」
 気遣わしげな青い瞳がティトリートを映す。リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)は囁くように言うと、その手に己の武器を顕現させた。
「リリたちの武器のお話を聞いたら元気になるんだよね。お話、あまり得意じゃないけど頑張るよ」
 ガンスリンガーであるリリエッタの手に握られていたのは銃ではなく、大鎌だった。
 刃の先端が赤く染まった、見る者に畏怖を与える造形。これまで多くの血を奪ってきたことが容易に窺える禍々しさがある。
 Scythe of Elena──エレナの鎌。
「これはリリの初めての友達……死神にされたエレナが使っていた武器だよ」
 思い出と呼ぶにはまだ生傷のようだった。黒銀の鏡のように研ぎ澄まされた刃の表面に、痛みをこらえるように細まる青瞳を見ながら、リリエッタは続けた。
「リリに復讐に来たんだって思って……この刃で切り裂いてもらって、終わりにしようと思ったの。でも、今の友達が……ううん、エレナもそんなこと思ってなくて、最後はリリの手で決着を着けたの」
 〝ワタシを……コロシテ……〟──そう懇願しながら凶刃を振りかざした親友。
 そしてエレナをもう苦しませないよう、彼女に二度目の死を与えたリリエッタ。
 あの引き金を引いた感触が指から消えることはないだろう。
「その戦いで壊れたんだけど……少しずつ直していったらエレナが力を貸してくれるのかな? 銃以外でもこれなら、リリでも扱えるようになったんだよ」
 二人を繋ぐ縁となった大鎌。
 今はいない友が手を添えてくれているのかもと、思わずにはいられなかった。

● 骸音・【死神熱破】
 ティトリートの視線に気付いて、狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)は灰髪の下、鋭い眼差しをさらに鋭く細めた。
「端からしてねぇと思うが」
 何やらわくわくしているヘリオライダーを制するようにジグは忠告を入れる。
「期待は抱かないでくれよ? 由緒や伝説とは、何かと無縁な代物なもんでさ」
 勝手に期待されて幻滅されるのはごめんだ。ヘリオライダーはまだわくわくしているようだったが、一言入れた以上は関係ない。
 ジグの振った手中に、チェーンソー剣が顕現した。
 燃えるように赤く、そして重厚な得物だ。
「骸音・【死神熱破】──英雄って呼ばれてた俺の師匠から受け継いだ、俺と〝妹〟の武器だ」
「キミと、妹の?」
 重厚なチェーンソー剣は規模こそあれ、一人用に見える。
 その疑問を見越していたのだろう。ジグが剣身をよく見えるようにかざした。
「実はよこれ、チェーンソー剣の内部機構の中に、俺の妹が使ってた大剣がそのまま組み込まれてんだ。だから鎖刃を回すと、中の大剣と鎖刃が擦れて炎が上がるって仕組みだ」
 デウスエクスの残骸を用いた獄炎の剣──相対した者は鎖刃の叫喚に飲まれ、焼き裂かれることだろう。
「もう、二人とも居ねぇんだ。師匠は自分が英雄と呼ばれてた事を後悔しながら死んだし、妹はエインヘリアルに殺された。もう居ねぇから、俺が持ってる」
 かざした骸音・【死神熱破】を見つめる赤い瞳に一瞬よぎったのは、過去の残影だったろうか。
「持ってると実感できるんだ。〝俺は一人じゃねぇ〟って」
 静寂が訪れた。
 無言で、しかし何か言いたげなヘリオライダーをまた制するように、ジグは手を振った。
「……まあ、その程度の与太話だ。お伽噺程度の軽い感覚で聞き流して貰えると助かる」

●カタストロフィ・スコア
「伝説をご所望かい?」
 ヘリオンに背を預けていたルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)が、靴音を小気味よく立ててティトリートに近寄った。青い瞳が影を帯び、口の端が愉快げに吊り上がる。
「ならば、常識への反逆者とまで呼ばれた、ルルの出番かな……?」
 暗く淀んだ空気の中、名乗りとともにルルが一枚の紙を取り出した。
 それは一目、プリント紙に見えた。だがただの紙ではありえない。そう思わせるほどの怨念めいた何かがそこには渦巻いていた。
「たった一枚のこの紙にはね、世界を覆い尽くすほどの嘆き・哀しみが籠められている。その名も『カタストロフィ・スコア』……見る者に昏く哀しい過去を想起させる、悪夢の文書」
「悪夢の文書……!」
 大好物、もとい聞くだに不吉なワードにティトリートの喉がぐびりと動く。ヘリオライダーの頬をつたう汗を眺めて、ルルが低く含み笑う。
「感じるようだね、この波動を……だけど安易に触っちゃいけないよ。力無きちびっこたちの心の叫びを代弁する反逆児だからこそ、この呪われし力を制御できるのさ……」
「子どもたちの叫び……いったい、どれほどまでの……」
「聞こえるだろう?」
 突風が吹いた。泣き叫ぶように。憎しみを訴えるように。
 カタストロフィ・スコアを激しく煽り、呪われし印字がティトリートの前に躍る。
 四則に基づく符号(計算問題)。
 血がごとく赤々と跳ねる斜線(バッテン)。
 右上角の深紅の円環(れーてん)。
「お勉強とか考えた奴、絶対に許さねぇええええええ! 何が0点だぁ! こんなん、丸めてポーイ! だっ!」
 くしゃくしゃになった悪夢の文書が風にさらわれていった。

 カタストロフィ・スコア。
 それは、ルルが悪夢の文書と呼んでいる、ただのテスト用紙。

●風精の涙(シルフィード・ティアーズ)
「んー、どれのお話にしようかなー」
 幻想武装博物館館長のシル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)は選択肢が多い。以前訪れてくれたときは白銀戦靴『シルフィードシューズ』を見せてくれた。
「やっぱり、今回は武器にしよっか」
 悩み抜いた末にシルが抜き放ったのはゾディアックソードだ。涼やかな音に混ざり、淡い碧の光芒が風に散る。
「見つけたときは錆び付いていて武器としては引退してる感じの子だったんだけど、なんか、惹かれちゃってね」
 それはシルの武器を愛する者としての直感だったのかもしれない。
 そしてそれが正統なものだったと裏付けるように、鍛え直された剣は新たなる輝きを獲得し、風精の涙『シルフィード・ティアーズ』として息を吹き返したのだ。
「ケルベロスになってからずーっと一緒に激戦を潜り抜けてきた、そんな相棒なの。だから、恋人さんと一緒でかけがえない存在なのですっ!」
 そう目を輝かせて紹介するシルの笑顔には、揺るぎない信頼と愛情があふれていた。

●殲血魔掃剣No.4【ガミュギュン】
「皆と違って、こんなよく分からない物しかないけど……」
 シーリン・デミュールギア(メモリアルブレイカー・e84504)が自信なさげにティトリートに見せたのは一振りの長剣だった。
 刀身が骨骸のようであり、異様な雰囲気を漂わせているが、立派な拵えの剣だ。シーリンが引け目に思う理由はないように感じる。
「サイズがこうだけど、一応、惨殺ナイフなのよね」
「え、これが⁉︎」
 思わず声が出た。ナイフのカテゴリに加えるのは巨大だ。しかし形状を鑑みれば、なるほど、惨殺ナイフと言えなくもない……。
 殲血魔掃剣No.4【ガミュギュン】──それがこの異形のナイフの名だった。
「故郷の跡地から出てきた、死神の大規模儀式用の魔具の一つよ。なんで死神の儀式用具があたしの故郷にあったかは未だに謎だけど……」
 シーリンが幼い頃、死神の群れがシーリンの住む集落を襲った。
 一方的な虐殺に集落が地獄と化す中、眼前に迫った死をきっかけにシーリンはケルベロスへと覚醒した。シーリンは目覚めた力で死神の撃退に成功するが、強すぎる力は彼女の手に収まりきらなかった。大切な全てを守れる力は、大切な全てへと牙を剥いた。
 シーリンが我に返ったとき、集落は何もかもが無惨に失われていた。
「本当は思い出したくもない記憶だけど……忘れないために、これを使ってる……。あたしの村を襲った死神を……村を守ろうとして、暴走して村を滅ぼしたあたしを……絶対に、何があっても忘れないために……」
 嘆きを、後悔を、怒りを混ぜ合わせて決意で蓋をしたような、そんな声だった。
 いつの間にかガミュギュンをきつく握りしめていたことに気付くと、シーリンはそれをごまかすように笑顔を作った。
「なんならティトリート、コレクション感覚で集めてみる? 全部で七十二本あるらしいから、やりがいはあるけど……」
「わぁ、ちょっとやってみたくある、けど……」
 長い旅になりそうだ。興味本位でも即答は難しかった。

●骸
 レスターとは約束があるのだと、ティアン・バ(絶海の則・e00040)は教えてくれた。
 彼の持つ大剣の話をいつか詳しく聞かせてくれると。
「ティトリートも一緒に聴こう」
 灰色の娘の誘いを断るはずもなく、ヘリオライダーは喜んで乗った。
 対する白髪の偉丈夫──レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は寡黙に引き結んでいた口を、約束を果たすため開いた。
「いい機会だ。この大剣『骸』の話をしよう」
 硬質な響きとともにレスターの手中に顕現したのは無骨な鉄塊剣だった。
 長身のレスターに匹敵する全長のその大剣は、剣身もまた長く厚く、抵抗を許さぬ破壊を体現しているかのようだった。剣の峰は骨のような棘を鎧って恐怖心を喚起させる。
「そう遠くない昔の話だ。〝無風〟と呼ばれた老竜がいた──」

 〝無風〟は強き竜だった。
 数多の町を灼き、数々の戦士を葬ってきた。
 だがその豪傑もグラビティチェインの枯渇には勝てず、命尽きようとしていた。
 〝無風〟は掉尾を飾る戦いをするため、番犬と呼ばれる者たちを焚きつけた。

 弱れどもなお余りある力を誇る竜との戦いは、長く続いた。
 永劫とも錯覚しそうな戦いだったが、終焉は唐突に訪れる。
 ついに力尽き、死の淵に立った竜は、腐りかけの嘴を自らの背に突き立てた。
 枯れかけの命の水を噴き出しながら、竜は自らの背骨を引き抜く。
 そして、首を落とさんと迫る剣士に吼えた。

『喰うた魂を主に貸す。我の骸を刃とし、竜種を蝕み殺すが良い。誇りなき民に成り下がらぬ内に我が同胞に速やかな死を!』

「──こいつはその骨を基礎に作られた」
 語り終え、偉丈夫は二人の聴衆の様子を窺った。静かな、しかし疑問も残るような様子に、自嘲気味に息を吐く。
「とても信じられんか」
「レスターの言うことだ、信じるけど」
 壮大な伐竜譚だった。ただその中で気にかかることがティアンにはあった。
「……その、首を落とそうとした剣士がレスター?」
「なぜそう思う」
「なに、随分詳しく、直接ドラゴンの言葉を聞いたみたいな言い方だったから……ケルベロスがドラゴンとそんな風に言葉を交わすことも、あるんだな」
 ただ種族の行く末を案じるがゆえに、己を屠りし者に我が身と遺志を託した老竜。そして託された竜骨が、その大剣になったというのなら。
 ティアンの疑問に、レスターは、
「そりゃ想像に任せる。その方が御伽噺らしいだろ」
 そう話を締めくくった。

●星と風と道と
 自分だけの特別は、やがて色あせ日常となる。
 だから伝説と共に過ごすなんて不可能だった。
 ああ、でも。
 特別だと思う人が名前を付けてくれた物なら、いつまでも色あせない。
「きっとそう思う……」
 機体に足を踏み入れる。
 新しく色づいて見える。
 操縦席に腰掛ける。
 息を吸う。少し迷ったけれど、自分はこれからも特別な人たちの道をひらいていきたいと思った。だから──。
「よろしくね、闢」
 ティトリートはそう呼びかけて操縦桿に触れた。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月31日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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