宿世の禁苑

作者:黒塚婁

●ネリネ咲き誇る廃墟にて
 薄紅色の、束ねた小振りの百合が連なって、彼岸花のように揺れている。
 それがまるで、生来の世界を思わせたので足繁く通っていた――ああ、と色の薄い双眸を伏せて、少女は憂う。
 山の端に位置する土地柄だから、人も寄りつかず取り残された廃墟であった。
 きっと、昔は誰かが住んでいたのだろう。立ち入ることも憚られる古い家屋。周囲を彩るネリネの花々が美しく咲く様は、まるで奇跡のようで、これが私の天命だと思ったものだ。
「運命の特異点――私の力が覚醒した土地であった」
 ――などと呟く。
 彼女は眼帯をしていた。そして、両手脚のところどころに包帯を緩く巻き、時々、くつくつと笑う。
 首元には妙に装飾の激しい十字架のアクセサリー。オラトリオが如く、自分の背を彩る羽はないけれど、いつか生えてくると信じている。純白と、漆黒の対翼が――。
 彼女は仰々しい木箱の中に使い古した人形をつめて、廃墟の庭にそっと置いた。
 もうボロボロだから捨てるわよ、という仮の母から言われた使い魔たちだ。此処に埋葬してやろうと思って、少女はスコップを手にすることにしたのだ。
「さらば、我が半生を彩りし使い魔たちよ……時の箱船、巡り合わせることもあるやもしれぬ……」
 その時、歌声が聞こえた。まるで自分を選定する天使の声のようだと、脳内テロップが囁いた――。

●そしてケルベロス達は
 頭痛がするかのようにこめかみを押さえて、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は言葉を絞り出す。
「市民が、攻性植物に寄生される事件が起こった――街外れの廃墟で、攻性植物の胞子を受け入れた植物が其れと化すのだが、不運な事に居合わせた者だ」
 この敵は普通に戦闘して倒すと、取り込まれた人間も一緒に死んでしまう。
 しかし、攻性植物に取り込まれたばかりの人間はまだ生存しており、敵を癒やしながら、回復不能ダメージを重ねて倒すことで、その人物を助け出す事が出来る。
 それを念頭に置き、急ぎ救援に向かって欲しいと言う辰砂に――別にありふれた事件じゃねえかとノゼアン・イグレート(地球人の土蔵篭り・en0285)は微妙にはっきりしない仕草にケチをつけた。
「何を無駄に苦悩感出してやがる」
「……ふむ。では、次に貴様らはその人物の人となりを聴きたがるだろう」
「まぁ、そうだな」
 救援の際、声をかけて励ますのは最早定例だ。届いているかどうかは解らないが、きっと呼び戻す気力に繋がっているはず――そう信じて。
「彼女は『運命』に魅入られているらしい」
「……ハァ?」
 少女、本名は洋子というらしいが、自分ではアポステル(ドイツ語で使徒だと言っている)を名告り、己はいわゆる天使の転生であり、しかしこの身は悪魔の血を引いていて(三親等以上遡っても皆、地球人だが)故に聖邪相反する禁断の力を持つらしい。
 勿論、彼女は本当にただの地球人なので、安心いただきたい。
「おそらく、自分を救いに来た仲間や、宿命の敵であるような事を口走れば、奮起して抗ってくれることだろう」
 辰砂は無責任にいう。いうが、仕方ない。これが現実だ。
 えぇ、とノゼアンは胡乱げに見ているが、綺麗に無視を決めて、彼はケルベロス達へ告げる。
「元より、無事に救出するには、細やかな観察と調整の必要な戦闘になる――然し、できれば、命を取り返してもらいたい」
 武運を祈っている、と辰砂は告げて。人助けは人助けだからな、とノゼアンは髪を掻くのであった。


参加者
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)
ダスティ・ルゥ(長い物に巻かれる・e33661)
曽我・小町(大空魔少女・e35148)
四十川・藤尾(七絹祷・e61672)

■リプレイ

●天魔繚乱
 緑溢れる秋の庭で、その花は根を蠢かせ跳ね上げ、娘を呑み込む。
 巻き上がった茎や葉で形成された女のような姿の攻性植物は、両腕に絢爛なるネリネを咲かせ、軽く身じろぐ。裡に納めた少女は、未だ糧とはならず。かといって、抵抗するような動きは外からは見て取れぬ。
 はたして、産まれて直ぐの其に訪れたのは、まさしく試練であった。
 地を重く叩くは、勝色に光る鱗もつ竜のもの――。
「主の命により参じてみれば――彼岸の使者如きに、とんだ醜態だな。貴殿に今消えて頂いては困るのだよ。……真実を知りたくば、精々生き延びることだ」
 厳かに、かつ忌々しそうに眉間の皺を刻んだビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)が、低く唸るように言葉を発しつつ、雷を招く。
 じぃっと白橙色の炎を纏う相棒、ボクスが此方を見ている――ような気がしたが、ボクスはすぐさまケタケタと笑って調子を合わせてきた。
(「個人の嗜好にとやかく言うつもりはない、が。……救出の為とはいえ、俺の精神が保つかどうか」)
 まさか、真っ先に名告りをあげることになろうとは。
 渋い表情は演技にあらじ。ということで、実に堂に入っている。
 雷の壁を軽やかに飛び越え、流星の煌めきを宙に散りばめ――曽我・小町(大空魔少女・e35148)はふわりと翼を羽ばたかせた。
(「理想と現実の剥離って感じ、分かんなくもないわ――その想像力、いつか素敵な使い方を見つけて欲しいなぁって」)
 そのためにも……救わねばならぬ。
「行くわよ、グリ」
 追従する金翼の黒猫にそう一言おいて、鋭く蹴り込み、ネリネの肩を踏みつける。重力を伴った蹴撃はぐにゃりと植物の身体を撓らせ歪めた。
「ねぇ、アポステル、あたしが誰かわかる?」
 そのまま足蹴にして離れながら、小町は語りかける。
「貴女が転生する時――このあたし、悪魔リリムが天使の身体を奪い取ったのよ……どう? この翼、とっても素敵でしょう?」
 大きく広げた白と黒の翼。わざとはらはらと散らした羽が散る中で、桜色の指先を寄せて、ふふ、と小悪魔的に囁いた。
「でもそのせいで、こんな無様を曝すなんて可哀想。ちょっぴり力を貸してあげるわ」
 くるりとスカートの裾を翻し、道を譲れば、グリが羽ばたいて風を送る。
 ふむ、ツンデレ被りだろうか。然し属性が違うので良し――。
 思案し、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は風の加護を受けつつ、駆る。愛読書をざっと思い出せば、口上は直ぐに纏まった。
「懐かしき気配を感じて来てみれば……力を完全に取り戻してはいないとはいえ、情けない姿ですねアポステル殿」
 高く束ねた銀髪を揺らし、セレナが嘲笑するかのように双眸を細める――だが、その青き瞳には植物への敵意が滲んでいた。
 そう、私は白銀の月の加護の下、古より甦りし戦乙女――天使の転生体でありアポステルとは良き好敵手であった……。
(「家にあった騎士物語の蔵書を読み尽くしてしまい、遂にラノベとかネット小説にまで手を出してしまった私ですが……恐らくあんな感じで振る舞えば良いんですよね?」)
 演じつつ、手応えはある。
「まあ、これも私の方が力は上だと示す良い機会です――いかに私の方が優れているか、その眼でしかと見なさい」
 言い放つと遠間から跳躍し、空を駆けた。美しい虹をまとう軌跡を描いて、敵の頭部を強か蹴りつける。
 衝撃に身を戦かせたネリネであるが、特に堪えた様子はなさそうだ。
「こ、この邪悪なる……悪魔が使わした花の……?」
 華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)は相手をどう称するべきか悩んだ。だって、アポステル某は結局、天使の救いが欲しいのか、悪魔の血に逆らえないのか。
 視線を惑わせた先、ノゼアン・イグレートはイイ笑顔で頷いた。いい加減である。
 ふわーっと漂っていたアナスタシアを喚び寄せると、彼女はびしりとレイピアを突きつけた。巻き起こる花の嵐が植物を包みこむ――花の檻に閉じ込めながら、灯も名告りを上げる。
「私とこの翼猫は、天の女神が地上の花から生み出した妖精的なアレ――アナタの使命を支えるため遣わされました。洋……アポステル……さん……様……絶対お助けします!」
 なんだかしどろもどろだった。
 しかし、その視線の先にもう一筋の虹が見え、はっ、と息を呑み振り返る。赤いツインテールを靡かせ、追撃を食らわせたジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)は、しなやかな四肢を撓ませることなく着地した。
「アナタは天界で大評判のあの!」
 灯の振りに、そうです――ジェミは神妙に頷いた。普段の彼女を知っていると、おや、と思うほどに澄ましている。
「私は神……大天使? が洋……アポステルさんの使命を助けるよう遣わした守護者」
 でも設定はちょっと曖昧だった。
(「やるからには全力でやりましょうか!」)
 しかし、やる気には満ちている。いつもならば不敵に笑うところを、そこそこ淑やかな印象に――なっているかどうかは解らない。
「洋……アポステル……聖魔に魅入られし運命の子よ――その束縛は貴方の血を厭う、聖とも魔とも相容れぬ虚ろなる者の差し金。苦難に打ち勝ち、真の力を手にするのです」
 厳かな声音が耳朶を打つ――。
「アナタは今は悠久の時を経て蘇った……氷盤の絶零竜――!」
 悠久(四年)の再会に、灯が棒読みで驚く。
 愛らしきカランコエを腕に巻き付け、収穫した黄金の果実を手に、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)はふっと微笑んだ。束ねた銀砂の髪が都合のよい風で、緩く靡いた。
 洋……と呼び掛けそうになるのを留めつつ、誤魔化すでもなく蠱惑に笑んで、四十川・藤尾(七絹祷・e61672)は嘯く。
「あら、アポステル様、如何に耀けき御魂が宿ろうとも、貴女の身体に流るるは魔の血脈」
 鬼、否悪魔として――聖と魔の饗宴に華を添えるべく。
 大槌を軽々と片手で御して、砲撃の備えを優雅にこなし。流し目と共に、一撃、放つ。竜の咆哮が如く轟けば、植物の片腕を引き千切っていく。
「残酷に引き裂かれ、身悶える程の葛藤と恍惚を」
 けれど、それは直ぐに再構築されていく――。
「大丈夫大丈夫うまくいくうまくいく大丈夫大丈夫……!!」
 植物の背を、特性ニードルでぷすぷすとダスティ・ルゥ(長い物に巻かれる・e33661)が突いていく。攻性植物のツボ――と思わぬでも無いが、生命の流れを捉えて繋ぐ。
 はあ、と一息に施術を終えた後、ダスティは溜息を零す。仕事はよいのだ、仕事は――然し、生来、目立つことは苦手だ。優柔不断の性格が様々な不安を誘う。
(「螺旋忍者の神髄は模倣……即ち物真似もいける――多分!」)
 息を吸って、吐いて。
 きりっと茶色の瞳が植物を見据えれば、彼はもう曾ての彼ではない――。
「……やるからには全力でやる――地の底より這い出たる漆黒の虚無推参!」
 必ず救って見せるという誓いを胸に抱く、実直溌溂な騎士が如く。眼差しは鋭利に、敵を捉えるのであった。

 ネリネの娘は、両腕を交差させると緩やかに広げた――姫彼岸花の花弁が視界を覆って、躍る。胸を締め付けるような幻想的な光景の中、惑うこともなくケルベロス達は駆った。
 既にそれは、ほぼセレナとジェミしか見ていなかった。
「私はあなたの使命を助けるため、神が遣わした使徒です――心を強く持つのです、アポステル」
 正面から挑戦を受けるよう、ジェミは斧を振り上げながら跳躍する。
「あなたの使命を、あなたの為すべきことを、心に強く念じるのです」
 口調こそ丁寧だが、叩きつける刃は荒々しく花弁を吹き飛ばし、彼方へと散らす。その向こう側から白銀の戦乙女が鎖を放つ。
 涼やかな鎖の音が鳴り、ネリネの全身を捕らえるように巻き付く。
「いい姿です……誤解の無いよう、これだけは言っておきます。貴殿を助けるのは、こんな格下の敵に殺されたら、仮にも好敵手であった私の実力まで疑われるからです」
 セレナは敵を見つめ、凛然と言い放った。
「決して貴殿に死なれるのは嫌だとか、そんな事は考えていないので勘違いをしないように。いいですね」
 自由を与えぬよう堅く縛りながら疵に触らぬよう捕縛する、ツンデレのお手本のような鎖捌きである。
 厳かな気合いと共に、ビーツーが槍を繰る。雷を纏う一閃を鋭く打ち込む。焦げた緑の身体は痛ましいが、ふん、どうしたその程度かと悪魔的に笑う。どうにも胃が痛んだが、無視する。
「ふふっ、しかしまさかあなたと再びお会い出来るとは」
 妖精とは言い難い悪い顔を刹那見せた灯が、カルナに再び水を向けるが、彼は穏やかに笑って受け流す。
「灯さん、もとい漆黒……遅刻の堕天使も再誕ですね。堕天使って悪魔サイドなのでは?」
「堕天使は浄化され転生した的なえーと……」
「え、浄化され転生した? 本当ですかー??」
 カルナはアナスタシアに問いかける。穏やかな翠瞳は――ふっと笑うような雰囲気が見えた。あれ、そんな子だったっけ? 気のせい?
「改めて説明すると恥ずかしい! これが大人になったということ……?」
 四年前にはもう戻れない――ちゃんと進級しましたし。
 そう、四年経てば十六歳も二十歳を超える。実年齢など忘れて、癒やし系ドラゴンはらしいポーズなどを決めてみた。
「とにかく洋……アポステルさんを無事に救出すべく、癒やし系ドラゴン全開でいきます! この癒やし系ドラゴンパワーで誰であっても滅茶苦茶元気にして差し上げましょう! 光闇一体の究極奥義(ヒール)を今、ここに!」
「でも癒やし系ドラゴン(成人)を見てたら、滅茶苦茶元気になったので頑張ります――光と闇が合一した最強のヒールを見よです!」
 何はともあれ息は合う。
 煩わしいものを振り払うように、ネリネの腕が花を放つ。セレナを捕らえたのは、理想郷の幻影。退廃の城を浮かび上がらせるような光。
 武器を鈍らせる忘我には至らぬが、身を斬り裂いていく疵は本物だ。
「癒しの花束、いかがです?」
「時統べる意思よ、我と共に在れ」
 カルナの敷いた時空干渉治癒方陣が、時を進めて彼女の傷を癒やし。灯の送る花束は、ネリネを癒やす。
 戦場を唸り横断するは、小町の掌から生み出される、竜を象った稲妻。
 傷付けば、すかさずダスティは特製ニードルを振るう。彼の表情は先程よりも凛々しい。
「アポステルは僕の主人にして母上です! 相反する二つの運命が流転する狭間に横たわっていた虚無……そこに使い魔の魂が宿り僕は顕現しました」
 つまり、一瞬限りの奇跡の体現ということだ。
「貴女の強い『運命』のお陰で巡り合えたんです。どうか現世に留まりお姿をお見せ下さい、ムッター!」
 ひとつ決めてしまえば、貫き通すのが、ダスティである。すごい濃密な設定を流暢に語りながら、
「必ずお救い致します――どうか!」
 願う言葉は、些か演技で熱を増そうと、嘘では無い。
 グリとアナスタシアが空を躍って、ボクスも参じる。フォローがメインとはいえ、主から与えられた役割を楽しそうに演じているように見えた。
「……皆、よくやるものだ」
 ビーツーが苦虫を噛み潰したような表情でこぼす。非難しているのではない――感心している。だが、やはり羞恥心が隠せない。共感性羞恥――まあ、居たたまれないというものだ。
 平然と悪の仔竜を演じられるボクスが羨ましい。
「それでも、それが救いに繋がるならば――」
 諦念の唸り声に、くす、と藤尾が声を潜め笑う。向けられた視線に、いいえ、気を悪くなさらないで、と断って、ネリネに封じ込められた娘を見つめる。
「想像力が乏しいよりは豊かな方が私は好きでしてよ――詩篇や絵画、どんな素晴らしい創作物達も、想像妄想を母として、生まれているのですものね」
 想像の翼の形はそれぞれ。
 囁き乍ら嫋嫋と裾を靡かせ、間合いを詰めて無造作に拳を振るう。しなやかで強烈な一撃は、その肩を抉り貫く。その傷口をも伝い、裡に皆の声が届くといい。
「心豊かな人ほど傷つき易く、けれど花を愛でる様に水をやり、ちゃんと扱って差し上げれば――大輪の華を咲かせてくれるものと私は信じますよ」
 戦いに見せる苛烈さを外に、藤尾の声は柔らかであった。

●救済の刻
「神のご加護があれば……こうして!」
 筋肉で攻撃をはじくことだって、できますとも!
 どんと受け止めるように両手を広げる。ぱーんと、目の前で幻影が弾けて消えた。
「ま、まさかアレこそ天界で最強と称される輝く腹筋!」
 灯の合いの手に満更でも無く、ジェミは胸を張る。鍛え上げた肉体は神秘に至るのだ――彼女の場合、割と間違ってはいない。
 果たして――しおしおと、ネリネは悄げていた。最早紡ぐ幻影は、ケルベロス――否、運命に導かれしもの達の演出と化し、小さな花弁が舞い踊って彼らの勇士を彩るだけ。
 サーヴァント達の奮闘もあらば、呪いに浸る憂いもない。
 然れど目標は哀れな虜囚の解放。その時が訪れるまで、気を抜かず敵の状態を見定め斬り込み、癒やすを繰り返す。
 機は来たれり、神妙な表情で灯が皆を振り返る。
「これはまさに聖魔を超えた絆。ここに集うはアポステルを救う運命の星――まさか……アナタが導いたのですか、裁定者ノゼアン――」
「はァ!?」
 急に振られてノゼアンは普通に驚いていた。驚いていたが、どうにかせねばならない。何となく。取り澄ました表情で、彼女は重い剣を手に厳かに言う。
「如何にも、我こそ聖と魔の領域の管理者。境界を彷徨うこの者を、この地に再び誘うため、お前達を呼び集めた――さあ、救済の時は今だ!」
 魂移しながらの宣言である。割とノリが良い。
「神は言われました。アポステルさんはここで死ぬべきではないと――裁定者が導いた聖縁、未来へ繋ぐために!」
 勢いを繋いで、ジェミが地を蹴る。眩しい夜明けの輝きを翼と広げ、両腕に纏うと、身を守るように身を縮めたネリネに、音速を超える拳を打ち込んだ。
 全身を戦慄かせるそれへ、ビーツーは治療を行う。
「チッ、世話が焼ける」
 天使の打撃に悪魔の治療、楽しそうに唄い、藤尾が地を蹴る。
「天も魔も、皆貴女に夢中ですのよ……なんて罪深い子――是非帰還なさって」
 牢獄が如き植物の器を削ぐように、大胆に黄金の手斧で斬り裂いた。悪魔のように残酷に。手応えと切り口に、焦がれるような眼差しを注ぎ、さあ、と彼女は次を招く。
 小町が静かな旋律を爪弾く。前奏から流れる儘に、奏で始めるのは、生きる道を照らし導く標、星々の歌――。
「――Listen to the 『Song of starlight』!」
 軽やかなフレーズから、何処までも駆け上がっていくようなメロディを。
「ちっぽけな自分が押しつぶされそうなときこそ、顔を上げて知らない道を駆け抜けて見るんだ。いつだってその光が導いてくれるエール――どこまでも高いばしょへ」
 これは、貴女のための歌。
 白黒に塗り分けられたボディに黒白の薔薇の意匠が施されたギターを抱え、思いを籠めて、彼女は歌いあげる。
 歌声を背に、身を低く屈めたセレナが声を発する。
「アポステル、早く目を醒ましなさい!」
 彼女は皆に目配せし、応答を見て軽く頷く。この一刀においては、タイミングが重要であると自覚があった。深手になる可能性が高い。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
 魔力を巡らせた彼女の身体は、閃光の如く。滑らかな一閃はネリネの両腕を切り落とす。
 戻って来てください、ダスティは願いを籠めて槍を繰り出した。雷がネリネの核を貫く。ひらりと彼らを包むは、木瓜の花。
「さあ、行きますよ!」
 灯が花と羽を戦場に放っていた。カルナの掌には緋色の花の中心から産まれた黄金の果実。仲間を癒やし乍ら、枯れ行く敵をただ見つめる。
 優しい芳香の中で、ぐずぐずと黒ずんだネリネの攻性植物はその形を崩していった。
 その根元に身体を丸めて眠るような娘の姿を、残して――。

 黒歴史か、華やかなる戦歴か。
 今こそ穏やかに微笑んでいるが、来年あたり、また苦悩しているのではないか、癒やし系ドラゴン。花から生み出された妖精は、ジェミとハイタッチしながら、心のメモに彼の言動を深く刻んでおく。
「その、壮健であるか――」
 気遣うようにビーツーが問う。ボクスも、グリとアナスタシアも倣って覗き込んでいる。
 意識を取り戻した娘は、眼帯をしていない方の瞳を瞬かせた。身体的には無事だが、今だ現状認識は曖昧であろう彼女へ、小町はびしりと指を突きつけた。
「この身体も聖魔の宿命も、あたしが預かるわ。いつでも奪い返しにいらっしゃい――出来るものならね?」
「なっ、なんと……!」
 言うなり翼を広げて去ってしまう――劇的な演出、或いはプロ意識。セレナが困ったように笑う。
 まあ大変、まだ混乱の渦中にある娘へ、藤尾は微笑みかける。
「雛が殻を破り捨てた先で、棘となり残るもの。わたくしはそれこそ愛おしいと想いますのよ」
 貴方はそのままでも大丈夫。
 何となく、そんなことが伝われば良い。
「――助かって良かった……『本物の使い魔』達もきっと同じ思いだ」
 いつの間にか離れ、身を潜めていたダスティが、そっと呟く。

 人知れず戦場から避けられていた木箱の人形達の表情は変わるはずもないが――何処か穏やかに、賑やかな庭を見つめているようであった。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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