パッチワーク最終決戦~グレーテルと願いの魔法

作者:河流まお


 大阪城を望むとある市街地の一角は、今まさに復興の活気に満ち溢れていた。
 ハロウィンの一大商機を逃すものか、と商店街の皆さんが気合を入れてモール内を飾り立て、訪れた客に溢れんばかりのお菓子をサービス中。
「毎度どうも~。はい、ハッピーハロウィ~ン!」
 ケルベロス達が大阪城を奪還し、ようやく戻ってきた自分たちの街。
 未だデウスエクスによる爪痕は深く刻まれたままではあるのだが……。
 せめて活気は失わないように、というのが大阪の商売人たちの矜持のようである。
「ケルベロスさん達にも、たっくさんお菓子持って行ってもらわんとね~」
「東京の大運動会に負けてられんわ! ここは赤字覚悟の大放出で盛り立てていこうや!」
 商店街が一丸となり、気合をいれなおそうとしていたその時――。
「お、おい! あれ見ぃ!」
 再建中の大阪城に異変が起こった。
 突如として城郭の一角からユグドラシルの根が現れ、そこから次々と白い魔女の軍勢が溢れ出してきたのだ。
「ひッ……た、助けてぇえええ!」
 人々の口から悲鳴があがる。
 復興の一歩を踏み出そうとしていた商店街は、瞬く間に白の魔女の軍勢に染め上げられてしまうのだった。


 集まったケルベロス達にセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が一礼し、今回の事件の概要を伝えてゆく。
「今年のケルベロスハロウィンは、関西市民の熱い要望により大阪で開催する事が決定しました。
 ですが、パッチワークの魔女の首魁である『最後の魔女・ドロシー』が拠点であるユグドラシルの根と共に、大阪城に舞い戻り、残された全戦力を投入して、ケルベロスハロウィンを襲撃してくるという予知が判明しました」
 ハロウィンの魔力を根こそぎ奪うため、パッチワークの魔女達の大作戦である。
「……脱出した経路を逆に辿って、大阪城入りしたってことか……随分と大胆な作戦だな」
 呟いたケルベロスの一人にセリカが頷く。
「ええ、まさに強硬策です。
 これはドリームイーター残党であるパッチワークの魔女が、勢力としてかなり追い詰められているという証左でもあります」
 つまり、この作戦を阻止出来れば、勢力として壊滅状態となるのは間違いだろう。
「パッチワークの魔女たちとの、最終決戦ということか――」
 会議室に緊張が奔る。
 敵も死ぬ物狂いだ。決して油断のできない戦いになるだろう。
「皆さんには、大阪城から出撃してくる、ドリームイーターの軍勢と、パッチワークの幹部を撃破し、大阪城内で季節の魔法を集める儀式を行っている、最後の魔女ドロシーの撃破を目指してもらいたいのです」
 モニターに作戦地域を表示しながら、セリカは敵戦力の詳しい説明を開始してゆく。
 要約すると、概ねこうだ。

 まず敵の主力はユグドラシルの力で量産した『量産型白魔女・エーテル』。
 彼女らは『コギトエルゴスムにユグドラシルの根のエネルギーを与え、ハロウィンの魔力を奪う事に最適化したドリームイーターとして復活させた』ものである。
 コギトエルゴスム化する前のドリームイーターの個性などは全て消して、この作戦を行う為だけに調整したという、パッチワークの魔女の本気度がうかがえる戦力だ。
 量産型白の魔女は、ハロウィンの魔力を奪う事ができる能力を持つものの、戦闘力は高く無く、現在のケルベロスならば苦戦する相手ではない。
 ただ数だけは多く、各方面に百体以上ずつ配置されているので、まともに戦うと消耗は避けられないだろう。

 量産型白の魔女を指揮するのは第七の魔女・グレーテル。
 更に、大阪城には最後の魔女・ドロシーがいて、幹部たちが集めた季節の魔法を回収する儀式を準備中である。


「むむむ……つまり、三連戦になるかもってこと?」
 流石にそれはキツいんじゃない? と懸念を示したケルベロスの一人に、セリカは歯切れに悪い様子を見せる。
「実は、その件に関することなのですが……今回の作戦で『死神勢力からの救援の申し出』がありました」
 ピッとモニターに死神勢力から届けられたという手紙の内容が表示されてゆく。
 内容としてはこうだ。
 まずケルベロスが討ち漏らして、市外に抜けてくるドリームイーターの撃破を行う準備がある、ということ。
 そして、倒したドリームイーターが得ていたハロウィンの魔力は回収させてもらうが、それ以上を行うつもりは無い、ということ。
 そして最後に、こちらからケルベロスを攻撃するつもりは無いが、戦闘を仕掛けられれば応戦するだろう、と添えられている。
「どこまで信用していいか計りかねますが……。量産型白の魔女を死神に任せられるのであれば、格段に最後の魔女・ドロシー戦に余力を残しやすくなるといえます」
 死神を利用して確実にドリームイーターの幹部や最後の魔女を撃破するか、
 死神を信用せず自分達だけで戦うか、
 むしろ、死神も敵に回して戦うか両方の撃破を狙うか……。
 どれを選んでも一長一短である。どの作戦を採用するかはケルベロス達の判断に委ねられる形になる。
 長くなった説明にセリカは一息をつき、
「今回の大阪でのハロウィンは、ようやく進んできた復興の象徴ともいえる重要なものです。悲しみを乗り越え、復興を頑張っていこうとしている街の人々を守るため、皆さんの力をお貸しください」
 そう説明を結び、セリカはケルベロス達に深く一礼するのだった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ

●1
 作戦開始と同時に、市街の至る所で戦いの喧騒が広がってゆく。
 大阪城から押し寄せてくる量産型白の魔女と街の防衛を担うケルベロス&死神部隊の戦いだ。
「始まったみたいだなッ!」
 ゴーグルの位置を直しながら、仲間達を牽引してビル街を高速飛行するレヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)の姿がある。
「今のところ、戦況は優勢に見えますが……」
 風に揺れる銀髪をサイドに結わいながら、戦いへの決意を締め直す源・那岐(疾風の舞姫・e01215)。
「かつてパッチワークは最期の魔女を寓話六塔にすることを目論んでたけど、
 ジグラット・ハート亡き今、彼女たちは何を望むのだろうね」
 七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が進む先、大阪城を見据えながら呟く。
「あれ、みて」
 戦況の把握に努めていた伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)があることに気が付き仲間達に呼びかける。
 彼女が指差したのは戦いで傷を負った一体の白魔女の姿だ。
 立ち上がろうとしたその魔女に魚型の下位死神が次々と群がり、トドメを刺してゆく。
「うっ……ピラニアみたいだね」
「なさけようしゃなし」
 パニック映画のワンシーンのような光景に、揃って表情を曇らせるベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)と勇名。
「……ああやって季節の魔力を奪ってるんだね」
 死神側の思惑が垣間見えた気がしてベルベットは硬い唾を飲む。
「もしかしたら……今回の作戦で利用されているのはアタシ達ケルベロス側なのかもしれないね」
 つまり、強力な幹部魔女との戦いをケルベロス側に押し付け――。
「労せずシて魔力のみを手ニ入れル、か」
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)もまた頷く。
 互いに利用し合うケルベロスと死神。果たして今回の選択がどういった結果をもたらすのかは、今はまだ判断できない。
 肩に乗ったウイングキャットの『ビーストくん』がきゅっと身を寄せてきたことに気がついたベルベット。
「わかってるよ。今はこの戦いに集中しなくちゃだよね」
 と、心に生まれた小さな不安を無理やり押し込めてゆく。
 そう、今のところ戦況が優勢であることに変わりはないのだ。
「これならパッチワークの魔女との戦いに集中できそうだね」
 風を纏う錨『ヴェズルフェルニル』を構え直しながらイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)。
「大阪の人もやっと解放されて、ハロウィンを楽しみにしてるのに――。
 絶対、護ってあげるから」
 天涯孤独の身なれどこの地球で様々な縁に恵まれたイズナ。もう一つの故郷を護るために、彼女は今日もその力を振う。
「おうっ! グレーテルとドロシー目指して、ここは一点突破だぜ!」
 突き出した拳が、敵の待つ大阪城を指し示す。気合と共に内燃する地獄の炎を燃やす尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)。
「れびん、ガンガンとばす」
 広喜と勇名に、レヴィンは笑みを返し、
「よし、急ぐぜッ! 振り落とされないようにしてくれよ!」
 青い炎が轟と燃え盛ると更なる加速が加わってゆく。
 ジェットコースターのような疾走感を味わいながら、ケルベロス達はビルの隙間を突き進んでゆくのだった。

●2
「そこのをまがったさき、つよい死神のはんのうあり」
 ゴッドサイト・デバイスで周囲を確認していた勇名が仲間達に警戒を呼び掛ける。
「恐らく、死神側の指揮官『夢見の偶像・オリヴィ』ですね」
 那岐も頷く。
 オリヴィ側も此方の接近に気が付いていたらしい。魚型死神に指示を出しながらもケルベロス達に視線を送ってくる。
「よう! ヒトがハロウィン楽しめてねえと魔力ってのも減っちまうんだろ?
 だから一般人も守ってくれよ」
 と、広喜が気さくな様子でオリヴィに話しかける。
「みんなもハロウィン楽しみにしてるから、ちゃんと守ってあげてね。
 でも、ハロウィンだからって怖がらせたり、襲ったりしたらダメだよ。
 無事終わったらお菓子あげるから、よろしくね!」
 続いてイズナが天真爛漫な笑顔で声掛けすると、オリヴィは一瞬だけ意外そうな表情を浮かべ、
「勿論、一匹たりとも討ち漏らすつもりはありません」
 と短く返す。
「ああ! よろしくなっ」
 自分の調子を崩されることを嫌ったのか、オリヴィはついっと視線を逸らしてゆく。
「くれぐれも一般人に危害が及ばないようしてね」
 オリヴィに今一度念押ししておく瑪璃瑠。
 時間があれば少し死神側の事情について探りを入れておきたいところだったのだが――。
 他班からの連絡で、大阪城へと続くこの先にある広場で、第七の魔女『グレーテル』が待ち構えているとの連絡が入った。
 2班での撃破作戦となる。ここは急いで足並みをそろえる必要があるだろう。
 再びレヴィンに牽引されて飛び立とうとするケルベロス達。
(死神か……、どこまで信用していいのかな……)
 と、一瞬だけベルベットは死神たちを振り返るのだった。

●3
 大阪城も間近いう広場で楽し気に歌い踊る少女の姿がある。
「りんりんり~ん……んんっ? あっ、ケルベロスだりん♪」
 鈴を転がすような声でグレーテルは微笑む。
(「此方もグレーテルを確認しタ。戦闘ヲ開始する」)
 思念通話で他の班に状況を伝え終えた眸は、牽引状態から降下しすぐさま攻撃態勢へ移行する。
「いつまでも死神に背後を任せていル訳にはいけなイのでな」
 挨拶代わりのスターゲイザーの一撃を放つ眸。
 だがグレーテルはその攻撃を受けながらも――。
「んん? まさかキミ達、その人数でボクと戦う気りん?」
 グレーテルは余裕綽々といった様子である。
「ふふふ、これは楽勝りん♪」
 彼女の口元が三日月のように歪められた、その瞬間――。
 膨大な魔力が一気に解き放たれた。
「なにぃ!?」
 レヴィンが思わず驚愕の声を上げる。
 景色が一変し、瞬く間に戦場が『幻想』へと塗り替えられてゆく。
 顕現したのは『グレーテルの危険な迷宮』。
 チョコレート、ビスケット、生クリーム、飴玉にフルーツ……様々な洋菓子で形作られた巨大な迷宮である。
「おお……なんつー甘ったるい光景だ……」
 かなみさんが見たら喜びそうだな、と思いながらレヴィン。
「ふふーん、恐れ入ったかりん♪」
 お菓子の家の上でえっへんと勝ち誇るグレーテル。
「確かに見事な迷宮だ。だが――」
 真剣な表情でレヴィン。
「この迷宮には『ある要素』が決定的に足りていない――」
「なッ! ……なにが足りないっていうリン?」
 ご自慢の迷宮にまさかのダメ出しを貰い、グレーテルはギリッと歯を噛む。
 レヴィンは勿体ぶるように一拍置き――。
「それは勿論、お餅だ……!」
 カッと目を見開くレヴィン。
 グレーテルは虚を突かれたように一瞬だけ口を大きく開け――。
「ンなもん要るかリンッ!!」
 お菓子の壁から『迷い』を具現化した刃が次々と迫り出してくる。
「チッ、どうやら交渉決裂みたいだなっ! やるしかねぇか!」
 迫り来る刃を戦術超鋼拳で撃ち払いながらレヴィンは舌打ちを一つ。
「……今の、交渉だっタのカ……」
 普段は頼りになる戦友なのだが……眸は時々レヴィンのことが解らなくなることがある。
 何はともあれ、戦闘開始だ。
 まずは情報収集と迷宮を構成する『お菓子の壁』を観察する瑪璃瑠。
「どうやら、この迷宮自体が敵の攻撃……。
 ボクたちのグラビティ・チェインを吸い出す効果があるみたいだね。
 例えるなら、この迷宮はグレーテルの胃袋の中のようなものなんだよ」
 キュアウインドで仲間達を癒しながら、瑪璃瑠は皆に警戒を呼び掛ける。
「へへっ、お菓子の迷宮か! ハロウィンらしくなってきたな!」
 グレーテルの創り出した迷宮を前に楽しげに笑う広喜。
 その背中から展開するのは鋼鉄の翼に似た武骨な機械腕、『アームドアーム・デバイス』だ。
「そうら! ハッピーハロウィンだぜーっ」
 行く手を塞ぐお菓子の壁を『崩シ詠(クズシウタ)』で挨拶代わりに破壊する広喜。
「どっかん、どっかーん。こわしてすすむ」
 広喜と並ぶようにして、小型ミサイルで次々と壁を打ち崩してゆく勇名。
「ええ~……こんな迷宮攻略っていいんでしょうか……?」
 なんだか邪道なような気がして那岐。
 爆風で派手に飛び散ったお菓子の破片が、小雨のようにパラパラと降り注いでくる。
「まあ、ある意味でハロウィンらしいですけど」
 那岐も倣ってゼログラビトンを放つと、壁に大穴が穿たれる。
 そして、開けた道の先踏み出すと、グレーテルがそこに居た。
「ああっ! 壁を壊すのはマナー違反りん!」
 ぷんすかと抗議の構えを見せるグレーテルであったが、そんなもん知らんとケルベロス達。
「見つけましたよ!」
 那岐の轟竜砲が敵を狙い撃つ。
 砲声が大気を震わせ、鉄弾がグレーテルの脚に叩き込まれる。
「ぐぬっ!?」
 態勢を崩すグレーテル。その隙を見逃さずに大錨ヴェズルフェルニルを振りかぶるのはイズナ。
「絶対逃がさないからね!」
 ハンマー投げの要領で遠心力を付け、思いっきり錨を投擲するイズナ。
 風を纏うヴェズルフェルニルは過たずグレーテルの後頭部に命中。
 ゴーンと鐘を突くような荘厳な金属音が響き渡る。
「なっ、なにしやがるリン!?」
 涙目でイズナに視線を送るグレーテル。
 更なる追撃を咥えようと距離を詰めんとするケルベロス達だったが、
「わわ、迷宮が動いて……構造が変わっていくよ!?」
「そっちだってズルしてるじゃないですか……」
 取り逃がしたことを口惜しそうにしながら二人。
「でも、戦い方は見えた感じだねっ!
 壁をぶっ壊して突き進む! グレーテルの迷宮攻略だっ!」
 滾る情熱を燃やして、グラビティブレイクで目の前の壁をぶっ壊すベルベット。
 お菓子のラビリンスの中で、グレーテルとケルベロス達の戦いが展開されてゆく。

●4
 グレーテルも逃げ隠れてばかりというわけでは無い。
 むしろ迷宮の地形を利用し、ケルベロス達に対して積極的に奇襲をかけてくる。
「チッ、なかなか厄介だな。こいつは……」
 リボルバーを構えながら歯を噛むレヴィン。
 パッチワークの魔女の中でも唯一、二段変身した魔女であるグレーテル。
 その実力は他の魔女達より頭一つ抜けているようである。
「この強さ――。ドロシー戦に余力を残せるほど、甘い相手では無かったようですね」
 全力を尽くさねば勝てない相手だと判断して那岐。
 ならば、と抜き放つのは守護刀『ミストルティン』。
 那岐が旋ぐ風のように髪を揺らして舞い踊ると、その涼やかな刀身に藍色の風が纏われてゆく。
「さて披露するは我が戦舞の一つ。風よ、斬り裂け!!」
 放つは一閃。されど、その剣閃は幾数千。無数の風の刃が現れ、グレーテルを切り刻む。
「さあ、敵はこっちだよ。みんなカモンっ!」
 スマホから流すBGMを増幅させて、交戦場所を他班にも報せてゆくベルベット。
 神出鬼没な迷宮の主に対しての対策であって目立ちたいわけじゃないからね!。
「改めて……ケルベロスorトリート! お菓子をくれなきゃアタシが来るぞ!」
 敵を見つけ出したベルベットが達人の一撃を敵の横っ腹をに叩きこむ。
「ハッピーハロウィンだぜ! こいつがクラッカー代わりだ、喰らえっ!」
 小気味よい発砲音が連続し、レヴィンのリボルバーが敵を穿つ。
「そういえば、このお菓子って食べられるのかな……」
 焔の蝶を従えながら、撲殺錨打法でボコボコにしてゆくイズナ。
「くっ、なかなかやるリン♪ じゃ、そろそろボクも本気を見せてあげるリン♪」
  心を抉る鍵を構えるグレーテル。
「さぁ、キミの『迷い』を見せてリンッ!」
 狙い澄ました刺突の一撃が広喜を貫く。
「――ぐッ!?」
 心の中を覗かれるような不快感が広喜を襲う。
「むむ、キミ案外悩み少ないタイプみたいリン……ん~」
 ガチャガチャと鍵を抉りながらグレーテル。
「あっ♪ でも奥の方にあるコレは……♪
 んん~、大切なものを失うことへの恐怖?
 それとも誰かの大切なものを壊しちゃった後悔カナ?
 うぷぷ♪ ブリキ人形の元ダモクレス風情が贅沢な悩みリン♪」」
 ケラケラと楽し気に笑うグレーテルに対し、広喜もまたニヤリと笑みを返す。
「……そう、かもなっ!」
 広喜の四肢から地獄の炎が噴き上がり、グレーテルの心の鍵をガッチリと掴む。
「だがな、そうやって心を持ってるフリしてるてめえより……! 俺たちのほうがずっと強いぜ!」
「……!」
 自らの欠落を見透かされ、グレーテルは押し黙る。
「広喜!」
 グレーテルを機械歯車式駆動剣で斬りつける眸。
「……余所見は許さぬ。貴様の攻撃、ワタシが受け止めてやろウ」
 敵の意識を自分に向け、広喜を庇う眸。
「尾方も君乃も、ぶじにかえす――。じゃましないで」
 勇名が小柄な体を翻しながら距離を詰め、敵の顎元に紅蓮立体機動ギアシューズのカカトをお見舞いする。
「――ッ!?」
 吹き飛びながら、グレーテルは更に狂気の笑みを深めてゆく。
 表情豊かなはずなのに、どこか『空っぽ』に見える奇妙な笑み。
「ブリキの人形どもが上等リン♪ バッラバラに解体して、本当に心の容器があるのか見てやるリンッッ!」
 敵の攻撃が苛烈を極めてゆく。迷宮が不気味に蠢き、勇名を圧し潰さんと迫ってくる。
「こころのありか。それがどこにあるのかは、わからない」
 ポツリと呟く勇名。
 いや、そもそも『それ』が何なのか、そんなものが本当にあるのかは、まだ勇名には解らない――。
「でも」
 尾方や君乃と一緒にいれば、いつかそれを見つけられる気がする。
「だからぼくも、ここでこわされるわけにはいかない」
 そう小さくシャウトし、敵の攻撃を耐え凌ぐ勇名。
 敵の攻撃は激しいが、ケルベロス達は互いを支え合う様にしてこれを乗り越えてゆく。

●5
 もうひとつの班と連携し、攻撃と回復を交互させることで長期戦を安定させてゆくケルベロス達。
 そしてついに、この長い戦いを決着に導く決定打が訪れる。
 量産型白の魔女の討伐を終えた2班が合流に駆け付けたのだ。
 ケルベロス達の攻撃がついに敵の迷宮修復スピードを凌駕する。

「君は自分の心の欠損を探していたんだね……。ボクにはこの迷宮が君の心の表れのように思えるんだよ」
 お菓子の迷宮の光景を心に刻みながら、瑪璃瑠はグレーテルに狙いを定めてゆく。
「ボクたちは迷うことを知っている……。
 だからこそ迷いを知らない君の迷宮を踏破できるんだよ!」
 夢現時喰砲(ムゲン・クロノス)の十字斬撃砲火がグレーテルを撃ち抜いた。
 迷宮の主が、ついにぐらりと揺らぎ――。
 トドメの刃が差し込まれてゆく。
「あれれ!? ボク死ぬりん!? みんなバイバイり~ん!!」
 と、最後まで仮面のような笑顔を浮かべて、グレーテルは消滅するのだった。

作者:河流まお 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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