パッチワーク最終決戦~夢喰らう魔女たちの夢

作者:白石小梅

●ケルベロスハロウィン
 ……暗い淵で、誰かが呟いた。
『ここは、大阪』
 そう。ユグドラシルの脅威より解放された、関西の中心地。
「関西の? いんや! ここぁ、日本の中心地! どこにも負けへんで!」
 と、市街で声を張り上げているのは、町の顔役。
「東京でのケルベロス運動会は、大盛況でしたな!」
「せやったら、大阪はケルベロスハロウィンでそれを上回らなアカン!」
「デウスエクスなんぞ、地獄の番犬が蹴散らしてくれはる!」
「このハロウィンを、ケルベロスの皆さんの凱旋パーティにするんや!」
 町内会の面々は口々に声を張り上げ、来たる祭りの準備に大阪は大わらわ。
 その最中に。
『通りは煌びやかに彩られ、人々は賑わい、喜びと祝いが溢れる街……時は満ちた』
 再建の進む大阪城の工事現場を、突如として樹の幹の如きものが突き破った。
 太く、長く、ねじくれて大地を貫きながら伸びあがるのは、かつてこの地に繁茂した世界樹の根。
『季節の魔法を。ハロウィンの魔力を』
 貫かれた大阪城から現れるのは、モザイクを背負った四人の魔女。
 その背後で、最後の魔女が手を振り上げる。
『……奪い取れ。魔女、全員で』
 呟きながら、ぞろぞろと現れるのは、白装束の魔女の群れ。
 配下の全てを魔女へ変え、パッチワークは帰還する。

 一方。幾百の魔女の大群の、遥か遠方で。
『来たわね……パッチワーク』
 現れた世界樹の根を、死の臭い漂う五人の魔女が見つめている。
 その背後に、死魚の群れを引き連れて。
 欠落を繋ぎ合わせた魔女の連盟、最後の作戦。
 そこに今、死神の魔女たちが介入せんとしていた……。

●パッチワーク最終決戦
「今年のケルベロスハロウィンは、関西市民のたっての希望によって大阪で開催する事が決定しました」
 望月・小夜が、資料を配る。
 祭りの前に招集された理由について、大方の予想はついている。
「ええ。動くのは、パッチワークの魔女。首魁である『最後の魔女・ドロシー』は、ユグドラシルゲート陥落の際に脱出に使ったルートを遡って、ユグドラシルの根と共に大阪城に帰還。ケルベロスハロウィンを襲撃してきます」
 残された全戦力を投入して……と、小夜は結ぶ。
「パッチワークの魔女はドリームイーター勢力、最後の残党。すでに追い詰められて弱小となり、この作戦を阻止すれば壊滅は必至。決着を、つけましょう」
 大阪城から出撃してくる敵勢と幹部を撃破し、城内で季節の魔法の儀式を行う最後の魔女を撃破する。
 それが今回の作戦だ。

「敵主力は『量産型白魔女・エーテル』の群れ。どうやら奴ら、幹部を除く全配下を宝玉化してユグドラシルの根の力を与え、全個体をハロウィンの魔力を奪う事に特化した魔女として再構築したようなのです」
 宝玉化前のドリームイーターの個性も人格も消失させ、この作戦の為だけに調整した魔女軍団……奴らは、全存在をこの作戦に賭けたのだ。
「白魔女どもの戦闘力は今の皆さんの敵ではありませんが、数は侮れません。正面からぶつかれば消耗は避けられないでしょう」
 敵は『番外の魔女・サーベラス』、『第七の魔女・グレーテル』、『第四の魔女・エリュマントス』、そして最後の魔女と縁深いという『オズの魔法使い』の四体の幹部が、それぞれ百を超える白魔女を率いて、大阪市街の四方面に攻めてくる。
「よってこちらも各方面に戦力を割いて迎撃します。皆さんの担当は『オズの魔法使い』方面軍。他の班とも力を合わせ、白魔女の群れを貫いて奴と最後の魔女を討ち果たしてください」

●死神の魔女の救援
「もう一点。お知らせがあります……実はこの襲撃に先立ち、東京焦土地帯のブレイザブリクに死神からメッセージが届けられたのです」
 死神? メッセージとは?

 その内容は……。
『ドリームイーターの残党が、季節の魔法を狙って動き出している』
『それを阻止するため、我々も軍勢を派遣しようと思う』
『そちらが討ち漏らして市街に抜けてくるドリームイーターの撃破を行う予定だ』
『我々が倒したドリームイーターが得ていたハロウィンの魔力は回収させてもらうが、市民の虐殺など、それ以上の行為を行うつもりは一切無い』
『こちらから諸君を攻撃するつもりも無い。だが、戦闘を仕掛けられれば応戦はする』
 ……というものだという。

 全員が、眉を寄せて互いを見る。つまり……援軍の申し出?
「死神を信用は出来ません。しかし死神の最重要目標は『死者の泉の奪還』。そのため、友好関係を築きたいのかもしれません。好意的に捉えるなら、ですが」
 では、別な意図があると見るなら?
「……ポンペリポッサとの取引で死神は多くのドリームイーター残党を組み込みました。季節の魔法の扱い方はすでに習得済み。つまり『パッチワークが集めたハロウィンの魔力を横取りする』作戦……でしょうか。それをどうするのか、油断は出来ません」
 白魔女の群れと正面衝突すれば消耗は避けられないが、不確定要素は拝して自分達だけで闘うか?
 だが死神援軍と協力すれば、パッチワークへ最大戦力をぶつけられる。敵が市民を害する懸念は、死神と組んででも排除すべきでは?
 待て。死神とは東京焦土地帯において停戦状態にあるだけで、他地域では個別に襲撃を掛けてくる奴も多い。死神も併せて、殲滅すべきでは……?
 脳裏に湧くのは、三つの選択肢。
「どれを選んでも一長一短。方針は、皆さんに一任いたします」
 小夜はそう言って、話を締めくくる。

「この作戦を阻止すれば奴らは完全に壊滅するでしょう。もし一部を討ち漏らしても、攻性植物の聖王女や死神に吸収されてその走狗に堕ちるはず。因縁に決着をつけ、人々に愉しいハロウィンを届けてください」
 小夜はそう言って、出撃準備を希った。


参加者
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
輝島・華(夢見花・e11960)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
カテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272)

■リプレイ


 大阪城から、光の柱……すなわち、最後の魔女の居場所を目指して、番犬たちは走る。周囲に、悲鳴が響く中を。
「なんかこう、あまり見たかねェ喧嘩だなァ……追っかけまわされてる方の見た目も見た目だしな」
 舌を打つのは、伏見・万(万獣の檻・e02075)。ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)は、怪魚の群れに白魔女が追い立てられる光景を振り切る。
「一見、普通の女の子に見えますが、毎年ハロウィンに暴れて来たドリームイーターです。ここで完全な決着としましょう」
「だね。白魔女たちもモザイクを飛ばしたりして抵抗してるけど、死神が優勢かな。決着を見届ける暇はないけど……」
 新条・あかり(点灯夫・e04291)は、群れ猛る魚群の向こうに目をやった。
 そこにあるのは、薄笑う紫髪の魔女の影。本当にあれを放置してよいのか。クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)にも、迷う気持ちはある。
「この選択は後悔してないけど。死神が何を企んでるのかは……ちょっと、怖いかもね」
「気持ちはわかるけど……まずは魔女たちに最期のプレゼントを贈りに行こうじゃないか。さあ、こっちだ。敵の配置が薄い」
 混戦の中、仲間たちを先導するのはヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)。ブルームと共に走る輝島・華(夢見花・e11960)は、ちらりと隣を走る女を見て。
「……ええ。今は大阪の安全が第一ですから」
 そうだ。同戦場を駆ける全ての班でそう決めたのだから。もう迷いはしない。
(「フローネ姉様達が頑張って下さったのが、いつか裏切られるような事がないように今は願いましょう」)
 重い沈黙が落ちる中。カテリーナ・ニクソン(忍んでない暴風忍者・e37272)は、ちょっとやけっぱち気味に駆け抜ける。ミニスカートのメイド服で。
「復興に向かう大阪に元気を……とか思ってミニスカメイド着て来たのに、なんか全然そんな空気じゃないでござるな! 滑った分、あの魔女どもをしばき倒すでござるよ!」
 いや、むしろその姿勢を手本にすべきか、と、微笑みながら番犬たちは向かう。最後の魔女へ向けて。
「!」
 その前に項垂れるように立ちふさがるのは、翠玉を浮かべた魔女。白魔女は全て出撃させたのか、たった独り。フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が足を止めて。
「今、優先すべきは、市民を守りこの決戦を凌ぐこと……再建の進む大阪城、人々の復興の象徴として、返して頂きます!」
『……』
 囲む四班。圧倒的な戦力差ながら魔女に怯む気配はなく、熱に浮かされた瞳でじっとりとこちらをねめつけて、その口が虚ろに嗤う。
 番犬たちの布陣に一斉にデバイスから共有する力が迸り、闘いが始まった……。


 即座に前へ出るのは、フローネ、華、カテリーナ。
「ここは速攻で片をつけさせていただきます! お覚悟を!」
「頑張ろうね、ブルーム。楽しいハロウィンを皆様と迎えるんです……!」
「お主等の所業甚だ遺憾でござる。遺憾の意が、エンドレスでござるよ!」
 白銀のアームにはめたアメジストから現れる、女神の幻影。愛車と共に、煌びやかな虹を描いた蹴り。終わりなく唱えられる念仏のような遺憾の意……他にも、四班から同時に攻撃が殺到して、爆炎と土煙が立ち昇る。
 だが。
『可哀そうなドロシー。こんな奴らにあんたを痛めつけさせたりするもんか。あんたは私たちが守ってやるよ……!』
 魔女はその周囲に煌めく碧玉を舞わせ、土煙から飛び出した。傷は少ない。
(「この手応え……!」)
 すかさず飛び出したウィッカの槌が地面を抉るが、魔女はくるりと身を躱す。
「あの碧玉の魔石で攻撃の過半を受け流した……回避に力を振っていますね」
 恐らく敵はキャスター。攻めながらも持ち前の知識で敵を分析するウィッカの前で、魔女は憑かれたようにタクトを振るう。
『ああ、ドロシー……ドロシー! そんなに傷ついて。……あんたたち、生きて帰れるだなんて思っちゃいないだろうね』
 現れるのは、犀のような頭をしたおぞましい獣の幻影。護り手たちがその前に身構えると同時に、クラリスがその身にエクトプラズムの膜を張る。
「攻めて来た四人の中では多分、上位の力だね。でも、たかが番犬なんて言わせないよ」
 この戦力差で、負ける要素は皆無。最後の魔女を含めても低くはない実力の相手だとしても……。
「それなら、僕らがその足を鈍らせればいいだけだからね」
「独りでも退かねえとは、潔いなァ……ま、容赦はしねェが!」
 ヴィルフレッドと万の構えた砲口が、竜弾を弾き出した。続けざまに各班の狙撃手から飛ぶ爆炎が、次々と魔女を狙い撃つ。
『ああ、やめろ! ドロシーに手を出すんじゃないよ、悪い魔女め!』
 憎悪に燃える魔女は、碧玉から火炎を迸らせる。受け流すのは、あかりが放つ稲妻の壁。
「……?」
 だが、何か妙だ。魔女の浮ついた瞳は、番犬たちを通り過ぎて別の物を映しているかのよう。
「……さっきから、何を言ってるの? ドロシーは、大阪城にいるんでしょ?」
 あかりが、そう漏らした。各班からも、同じような疑問がぽつぽつと。それらの問いに、魔女は目を見開いて立ちすくむ。
『違う……違う! ドロシーは私の、私たちの目の前で喰われてしまったんだよ! だからもう、二度と殺させはしないと誓ったのさ!」
「え? でも、ドロシーは……」
 誰かがそう言いかけた時。魔女はいきなり頭を掻きむしる。
「出てきな! 大事な大事なドロシーを護るんだよ! あんたたちにとってもそうだろう!」
 割れるような悲鳴に、零れる涙。敵の突然の錯乱に、一瞬、番犬たちの手が止まる。
 その時。
『僕らは……』
『ドロシーを……』
『守るんだ……』
 【オズの魔法使い】の呼び声に応えるように、三つの光が大地に突き立った。その中から、形を成すのは【能無しカカシ】、【ブリキの木こり】、そして【臆病ライオン】。
「!?」
 現れた三者の夢喰いは、魔女の指揮に従うように、各班へと躍りかかって来た……。


「どういうこと……! これは、グラビティではありません! 実体です!」
 こちらへ向かってきたブリキの木こりへ咄嗟に組み付き、フローネが叫ぶ。
 見れば、他の班も即応して陣を組み替え、それぞれに湧いて出た敵とぶつかり合っている。戦力が充実していた班が、場に残った魔女と向き合う形で。
 そのままフローネを押し切ろうとするブリキ男へ、華の蹴りが一閃した。虹を描いてブリキ男を弾き、そのままブルームがそこへ突っ込んで。
「サーヴァントの一種? 似てるけど、一度に三体なんて……あなたは、一体?」
 ブリキ男は、軽快な金属音を立てながら飛び起きて、色を失った瞳でこちらを睨む。
『私たちは、ドロシーの友達さ……あの子は、私の心を埋めてくれた』
 突進してくるブリキ男から飛び退きながら、二人は叫ぶ。
「お友達? それなら、私達だって。いつも通り皆様を守るだけです……!」
「少し驚きましたが、連戦は元より想定済みです。作戦通り、誘引します!」
 ブリキ男はそれを追って、斧を振り回す。ヴィルフレッドがその足元に滑り込み、脛を絡め取るように蹴りつけた。
「大阪城で魔女たちのところに潜入した班が、こんな敵にぶつかったって情報があったね。その時は、もっと弱いのが何体も出たみたいだけど……」
「その召喚能力の持ち主があの魔女でしょうか。またはこのブリキ男の分裂能力……?」
 ウィッカの刃が怨霊を宿して、空を断つ。火花を散らしてブリキが裂けて、血のような滲みが飛び散った。だが胴体に食い込んだ一撃は、途中で止まって。
『私たちはドロシーと一緒に……欠損を補い合って、慎ましく暮らしていただけなのに』
 ブツブツと呟きながら、ブリキ男は体ごと回転し始める。ウィッカは僅かに舌を打ち、そこから飛翔して。
「とにかくこの堅さは、護り手です。厄介ですね」
 ブリキ男の周囲を、竜巻が薙ぎ払う。仲間を庇うミニスカメイドが、強引にそれを断ち割って。
「魔女のドッキリも、これが最後。完全閉店セールにするでござる。戦闘時は不思議な力で、チラリを回避するミニスカでござるゆえ、安心して喰らうがよろしかろう!」
 カテリーナはくるくると回転しながら堅固な鎧の歪みを見極め、渾身の蹴りを放った。吹き飛ぶ敵を、飢えた狼が待ち受ける。
「ちょいと驚く手品だったが、それだけだ。雑魚ってほどじゃねェが、あの魔女に比べりゃ弱ェ。その躰、喰い千切らせてもらうぜ!」
 万がその身を禍々しき顎で覆い、喰らい付く。火花が散って、錆びかけた躯体が軋む悲鳴が轟いた。
『それなのに……どうしてこんなことを』
「あの魔女も、このブリキの人も……なにか、おかしいよ。まるで……私たちじゃない過去を見つめてるみたい」
 がむしゃらに振るわれる斧も、クラリスの張った鎖の結界が絡め取る。
「ドロシーのことを護りたいっていう強い意志は感じるけど……ねえ、最後の魔女は、そんなに大切な人なの?」
 そう問うあかりの慈雨が護り手たちを癒せば、致命打とはなり得ない。
 勢いは、まだこちらにある。
 しかし最後の魔女は、まだ大阪城で健在なのに。この敵たちはなぜ過去形で喋るのか?
『ドロシーは……あの日』
 そして番犬たちは、彼方の悲劇の頁を開く……。


 激しい衝突音を立てながらも、敵の殺気は虚ろ。華は、無言で斧を弾く。
『アイツらに……私たちの力を狙う、邪悪な【パッチワーク】の【最後の魔女】に……』
 横から蹴りを入れた万さえ、胸糞の悪い気配に眉を寄せつつ黙り込む。手心は加えないが、邪魔する無粋はしない。これを聴く、仲間たちのために。
『ドロシーは……存在を喰われてしまったんだ。私たちは、小さなドロシーを護り切れなかった……』
 その時、あかりの脳裏に答えが結びあがる。稲妻のように。
「まさか。最後の魔女は、あなたたちの【ドロシー】じゃ、ないの?」
 ブリキ男は答えない。これはただの、漏れる苦悶であったから。
『私たちは【ドロシー】を求め、彼女を護る定めだ。例え……』
 それが喪われた愛し子を取り込んで成り代わった、パッチワークの魔女であっても。
 悲痛な沈黙が、その答えを物語る。
 華の舌の根に、嫌悪の苦みが走って。
「なんてことを……同じ苦しみを背負った同族に、なんてことをしたんですの!」
 大切な何かを欠損する痛みを、華は知っている。思わず攻撃の手を止めそうになる彼女の傍らを、目を凍らせて飛び込むのは。
「ヴィルフレッド様……!」
「わかるよ。確かに胸の悪くなる話だ。でもね。そうまでして配下にした彼らは、最後の魔女の隠し玉ってことさ! 速やかに、楽にしてあげるよ……!」
 瞬間的に、頭に一発、胸に二発。その銃弾は冷徹に、敵の急所を穿ち抜く。だがすでに心と愛を喪ったブリキ男は、歪んだ躯体で跳ね起きる。
 すぐさま敵が巻き起こした竜巻を、フローネがシールドで抑え込んで。
「恐らく無数の分身体を生み出す能力は、本来のドロシーとこの人たちのもの……! 可愛そうですが、今、ここで倒さねばなりません!」
 血の滲む手に走る痛みは、非道への怒りで握り潰す。その両隣から跳躍するのは、ウィッカとカテリーナ。
「ええ。放置は出来ません。彼らの危険度は、最後の魔女に勝るとも劣らない。このまま最後の魔女が倒れ、枷が外れてしまったら……」
「彼らは、もういないドロシーを求めて永遠に増え続けるかもしれないでござる……! そんなことさせないでござるよ!」
 振るわれるは、描いた五芒星から呼び出された刃と高周波苦無。紅い軌跡が交差して、ブリキの胸倉を抉り抜く。
 開いた胸の奥に滲むのは、行き場のない哀しみ。クラリスは一瞬、瞑目して。
「なんて哀しい……今夜、ここで終わりにしちゃおう。その悪夢を。今の私にできる最大限……とっておきを、あげる!」
 現れるのは、金の瞳を輝かせた闇の蛇。巻き取られたブリキ男は、その瞳に魅せられて、迷妄の中で石と化していく。
『ドロシー。今、いくよ……』
 最後に幻に手を伸ばして、ブリキ男は砕け散った。

 感情を抑えて、番犬たちは即座に跳ぶ。もう一人、悪夢に囚われた女……僚班とまだ争う、オズの魔法使いに向けて。
「くだらねェ話だ。したくもない喧嘩に付き合わされて時間喰ったなんてな。終わりにしようぜ、とっとと!」
 火焔を纏って、万が戦場に蹴り込む。その後を追い、ヴィルフレッドとカテリーナが飛び込んで。
「獅子とカカシもすでに倒される寸前だね。他の班も、すぐに来る」
「ならば残るは、この魔女だけ! 援護に回るでござるよ!」
 次々に打ち掛かる内に、やがて全ての敵を駆逐した仲間たちが、魔女へと殺到して。
「僕らは進むよ。囚われた追憶から、せめて貴女たちの魂が前に進めるように……」
 あかりの手から零れ落ちるのは、真っ赤なカランコエの花びら。過去を引き受け、皆を前へと進める祈り。その加護を身に受けながら、ブルームに乗った華が杖を振るって。
「めでたしめでたし……とは言えません。でも悲劇は、ここでおしまいです……!」
 全ての花弁を巻き込んで、戦場に花吹雪が巻き上がる。
 最後の集中攻撃が殺到する中、僚班の青年が放つ茨に、魔女は呑まれて。
「喰らいつき、魔女の妄執を飲み込んでしまえ」
『……ああ、ドロシー。どうか笑っておくれ』
 そう呟き、オズの魔法使いは消えていった。
 終わりの来なかった物語に、ピリオドを打ちながら……。


 闘いを終え、番犬たちは駆ける。大阪城へ向けて。
「結局あの場で連戦か。結構、時間喰ったぜ……ったく」
 万が舌を打った時、華が視線を上げて指を指した。
「あっ、光の柱が消えていきます。あれは、つまり……」
 萎むように細くなって、潰える光。あかりが足を止め、クラリスがそっと手を合わせる。
「最後の魔女が倒されたんだね。つまり、本物のドロシーも、きっと」
「うん。解放されたよね。天国では、みんな一緒になれますように」
 瞑目する彼女たちの脇で、ヴィルフレッドが息を吐く。
「諸々、決着だね。さて……気になるのは、死神たちの方だけど」
 振り返る。先ほどまでの混沌が嘘のように静まり返った、戦場を。
「あれほどいた白魔女も魚も、いなくなったでござるな。残るのは……」
 カテリーナが地面を見れば、ぽつぽつと宝玉が転がるのみ。一人残さず死滅させられた白魔女たちの形骸に、フローネは眉を寄せて。
「……死翼騎士団との交渉には多く携わって参りましたが。これは」
「強敵を押し付け、美味しいところを掠め取った……そんな具合ですね」
 ウィッカが、そう締めくくる。

 ……こうして大阪の街は守られ、夢喰らう者どもとの闘いは終幕を迎える。
 だが番犬たちは、この道の先に大量の力を貪った死神たちの企みが蠢いていることを、予感するのだった。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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