殺人鬼マンバ

作者:紫村雪乃


 永きに渡る封印から解き放たれたばかりの男は、朱盆のような月を見上げた。
 秋の夜。風は涼やかで、豊穣の季節にふさわしい。
 しかし同族にすら忌避される罪を犯した男は、そんな事に興味はなかった。ただ月の色が血を思わせるようであるのが気にいった。
「――俺がえらんだ狩場でないことは面白くないが」
 不満に口元を歪めつつ、男は漆黒の巨大な鎌を肩に担ぎ上げると、幾らか先に灯る小さな温かい光たちを見遣った。
 地上に星を散りばめたようにも見えるそれらは、きっと美しいというものなのだろう。だからこそ――。
「壊すと面白そうだな」
 浅黒い肌に、黒い武具。髪と瞳はくすんだ灰色。影絵のような男が、唯一の色彩ともいえる毒々しい赤の唇で獰猛な笑みを形作った。
「蹂躙を始めるか」
 冷たい夜に、月よりもさらに鮮やかな赤い花を咲かせるため。殺人鬼と呼ばれた巨躯の男は足を踏み出した。


「エインヘリアルによる人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「このエインヘリアルの名はマンバ。過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者です。放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます。急ぎ現場に向かい、このエインヘリアルの撃破をお願いします」
「マンバの武器は?」
 深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)が訊いた。
「鎌です。死神がもつに相応しい巨大な鎌。グラビティは簒奪者の鎌のそれです。威力は桁違いですが」
「アスガルドで凶悪犯罪を起こしていたような危険なエインヘリアルを野放しにするわけにはいかない。必ず倒さないと」
 凛然と星憐はいった。


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)

■リプレイ


 緑の枝葉を透かした月光が地を紅く染め上げていた。が、その妖しい紅を、見上げる者はいなかった。
「紅いお月様って何だか不穏な雰囲気になって来ちゃうけれども、その不穏なのを皆に知られる前に片付けるのが今回のお役目なの。なんてね?」
 仲間に、その少年は笑いかけた。紅く染まるその顔は少女のように美麗で。
 彼の名は叢雲・蓮(無常迅速・e00144)。ケルベロスであった。
「殺人鬼ですかぁ」
 深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)がふっと口を開いた。蓮がちらりと見やり、かすかに頬を赤く染めた。少年である蓮をして、そうさせざるを得ないところが、確かに星憐にはあった。
 可憐で楚々としていながら、まるで熟れた果実のように星憐からは色気が滴り落ちている。それは露出の多い衣服から覗くむっちりとした肉体のせいかもしれなかった。
 その蓮にも気づくことなく星憐は続けた。
「凶悪なんですねぇ。そんなのに一般人の皆さんを殺させるわけにはいきませんからぁ、絶対に防ぎましょうねぇ」
 いうと、星憐は彷徨う灯と戯れている少年がいることに気づいた。穏やかな顔立ちだが、どこか冷然としたところのある少年で、名は確か肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)といった。
 他者と一線をひいた態度で大人びた少年だと星憐は思っていたのだが。一人戯れているいる姿は実年齢よりも、むしろもっと幼く見える。
 と、探索を行っていたミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)が突如足をとめた。ゴシックロリータのドレスの裾がふわりと翻る。
 彼女の紫水晶色の瞳に映る闇の中、絶望の権化──禍々しい形状の大鎌を振り上げる巨躯の姿があった。不意打ちをかけるつもりであったが、逆に奇襲をかけられたのだ。灯りをもっていたのが災いした。
 そうと気づいたミントの顔は、しかし人形のように無表情のままであった。少なくとも表面上は。
「マンバ!」
 咄嗟にミントは跳び退った。が、遅い。巨躯の男ーーマンバは大鎌での強烈な一手を叩き込んでいた。
 さらにマンバの大鎌が翻る。血をしぶかせるミントの首を切断すべく大鎌の刃がーー。
 ギンッ。
 横からのびた刃が大鎌のそれを受け止めた。
 赤い闇の中。二つの視線がからみあった。蓮とマンバの視線が。
 その時、地が輝いた。赤い闇を切り裂くように煌めいたのは、地に画かれた星座である。
 星剣を手に星憐がくすりと笑った。
「そんな大きな玩具振り回したってだめなんですからねぇ」
「へぇ、鎌は持ってるけれど、死神っていうより殺人鬼なんだね」
 嘲弄するような声が響いた。真っ白な髪を左で結わえた可愛い娘だ。名を燈家・陽葉(光響射て・e02459)といった。その明るい振る舞いからは、デウスエクスにより両親が殺害された過去があることなど窺い知れない。
「まぁ誰も殺させるわけにはいかないから、討たなきゃいけないね。蹂躙を始めようか…蹂躙されるのは君の方だけどね」
 目にもとまらぬ素早さで和服姿の陽葉は礫を放った。着弾した罪人が衝撃に後ろへたたらを踏む。礫には機関砲の威力が秘められていたのだった。
 が、罪人は踏み留まり、とっさに大鎌を握り直そうとした。
 轟、とそこへ風が唸った。


 次には巨躯の胸に爆裂する衝撃の塊が叩きつけられる。鬼灯が迅雷の刺突を繰り出したのだ。
「やるな」
 赤い唇をニンマリとゆがませ、マンバは大鎌を振った。放たれたのは刃風ではなく、怨霊の群れである。
「くっ」
 怨霊に魂を喰らわれながら、しかしミントの表情は変わらなかった。守護の紙兵をばらまきながら、いう。呆れた、と。
「どうしてこうも、エインヘリアルは殺戮の事しか頭に無いのでしょうか?」
 地を蹴ったミントは、燦めく蒼の髪をたなびかせ──自身こそが壁とならんと罪人の前へ立ちはだかる。同時に、背へ声をかけるのも忘れずに。
「このまま放っておくと危険ですし、ここで倒してしまいましょう」
「莫迦な仔にお仕置きが必要だ」
 嘲笑とも慈愛の笑みともつかぬ不可思議な笑みをたたえ、ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)はいった。
「殺人の罪は深いと謂うが、其処に『超越性』が含まれれば最悪だ。しかし私の胎に還れば貴様は浄化される。騒々しい世界から母の温もりに戻るのだよ。おいで。貴様の安寧は此処に存在する」
 慈母のようにユグゴトは両手を広げた。するとマンバがニンマリ笑った。ユグゴトの異次元の精神とマンバの常軌を逸した精神が、もしかしたら呼応したのかも知れない。
 とまれ、ユグゴトは告げた。
「貴様の物語を否定する」
 瞬間、マンバの動きがとまった。まるで存在そのものが消失したかのように。
「狙い撃ちです!」
 星憐は狙撃銃でマンバをポイントした。混沌を形態させたそれーー狙撃銃の威力は絶大だ。単に威力だけならミサイル並みの破壊力を有する。
 さらにいえば星憐の狙撃技術。標的が停止している必要など彼女にはない。
 狙撃銃が火を吹いた。着弾の衝撃にマンバが後退る。
「ちっ」
 マンバは舌打ちした。着弾した足が痺れている。すぐには動けなかった。がーー。
「これならどうだ!」
 マンバの手から大鎌が飛んだ。旋風のように回転しながら飛翔したそれは、星憐の肉体をざっくりと切り裂いた後、再びマンバの手におさまった。
「ぎゃははは」
 哄笑しつつ、マンバはさらに大鎌を投擲しようとしーー爆発。
 噴き上がる爆炎を、じっと鬼灯が見つめている。思念のみにて対象を爆破する爆破能力者が彼なのだった。
 瞬間、疾風の速さで蓮が襲った。
「ボクたちは万全の人数ってワケじゃない。攻撃力の高い相手に長期戦は不利なのだ。だからガンガン攻めての短期決戦を狙うのだよ!」
 呪詛を撒き散らしながらの蓮の一撃。が、響くのは硬質な金属音であった。大鎌を横に構え、蓮の刃をマンバが受け止めたのである。次の瞬間、距離をとるために蓮が跳び離れた。
 その様を灰猫の鉱石灯が照らしていた。夫の贈り物を活かせるとは悦びの極みとばかりにユグゴトはニンマリ笑う。がーー。
 ふっと灯りが消えた。刹那、ミミックーーエイクリィがエクトプラズムで作り上げた刃で切りつけた。傷を負ったマンバの足が石化する。
 ほぼ同時、ユグゴトもまた攻撃していた。闇に地に光の柱を展開する。地上からはわからないが、それは星座を形作っていた。
「貴様の存在を抱いてやる。蠕動し歓喜せよ」
 殺意より愛。母の慈悲を胸に、ユグゴトはオーラを飛ばした。
 光が炸裂、後退する罪人。が、態勢を崩しながらも、大鎌を放ったのはさすがであった。
 ざくりと肉をえぐられ、今度こそ陽葉はがくりと膝をついた。それでも舞葉の先端は筒口のようにマンバにむいている。
「まだだよ。まだ僕は戦える」
「?」
 マンバの目に不審の光が揺れた。
 彼は恐怖を喰らって生きている。だからこそ陽葉を続けて狙った。
 本当なら、獲物はもう気死しているはずである。それなのに、どうしてあの女はまだ戦えるのだ?
 そのマンバの疑念を砕くかのように飛んだ魔法矢がマンバの肉体に突き刺さった。
 その時だ。闇に炎を刻んだミントはすでに接近を終えていた。
「この炎で、焼き尽くしてあげますよ!」
 炎の蹴撃をミントは浴びせた。
「あっ」
 愕然たる呻きは、しかしミントの口から発せられた。彼女の蹴りは受け止められている。漆黒の大鎌の刃によって。
 ニィ、とマンバの真紅の口がつり上がった。瞬間、マンバの足が跳ね上がった。爆発めいた衝撃にミントが吹き飛ぶ。
「ぎゃははは」
 ミントを追ってマンバが空を舞った。そしてミントの首めがけて必殺の刃を振りおろした。
 キィン。
 ミントの首寸前で大鎌の刃がとまった。エイクリィの刃が受けとめたのである。
 が、が受けきるにはマンバの刃は鋭すぎ、重すぎた。刃ごとマンバはエイクリィを切り下げる。


「もっとお仕置きが必要なようだな」
 ユグゴトの信念ーーそれは暗黒の深淵的なものではあったがーーを込めた拳がマンバに叩き込まれた。
 ふらついた罪人は、ようやくユグゴトたちの正体を把握したようだった。
「……そうか、お前たちは番犬か」
 マンバは舌打ちした。狩りは好きだが、狩られるのは好みではない。
「なら、一匹残らず狩り尽くすだけだ」
 マンバが躍りかかった。その前に走り出たのは鬼灯である。
 二人の周囲に雷火のような光が幾つも散った。常人には視認不可能な速度で刃を打ちあわせているのだ。
「僕を見くびった貴方の負けです!」
 マンバの刃圧に侮りを見て取って、鬼灯は背負い太刀・星辰にすべてのグラビティを流し込み、一閃した。凄絶の一撃はマンバの刃をはじき、のみならず巨躯の骨肉を暴力的に切り裂いている。
 が、呻く罪人は反撃を狙っていた。態勢を崩しながらも、逆しまに疾らせた大鎌の刃が鬼灯の股間を切りーーマンバが跳び退った。その眼前を漆黒の弾丸が流れすぎていく。星憐が放ったトラウマボールであった。
 着地と同時に、マンバは大鎌をかまえた。ミントが眼前に迫っていたからである。
「遅い。雪さえも退く凍気を、食らいなさい!」
 必死に繰り出されたマンバの一閃をかわし、巨体が傾いだところへ、改めて体を翻し旋風の如き拳撃をミントは見舞った。打撃と同時に打ち出された超硬度鋼の杭がマンバを貫く。
「……っ」
 罪人は声をなくした。不死たる肉体が凍結していく。ミントが打ち込んだ杭には絶対零度の凍気がこめられているのであった。
 その隙に陽葉はロッドをファミリアに戻していた。鶏ーー舞葉である。
「放て!」
 陽葉が命じると、舞葉が嘴を開いた。溢れ出た白光が空を灼きつつ疾る。
 マンバがもがいた。が、凍結した肉体はまだ動かない。
 一瞬後、白光がマンバを撃った。熱核爆弾の破壊力すらはねのける絶対無敵の肉体が滅殺されていく。罪人は立つのも苦心するように、ゆらりとよろけた。
「……馬鹿な。俺がこんな奴らに……」
 信じられぬというように、そして敗北を拒もうとするかのようにマンバは躍りかかった。が、相対する蓮に隙は無い。
 マンバが大鎌を横殴りにふるった。常であれば蓮の首ははねられていただろう。が、この時ばかりは違った。
 身を沈めた蓮の頭上を大鎌は薙いですぎた。翻った髪がざっくりと切られ、もっていかれる。
 刹那、蓮は踏み込んだ。一歩で地を踏み砕き、抜刀。
 たばしる銀光は二条あった。弾正大疏元清と玉環国盛の二刀での閃撃である。暴走状態にある二刀には神ですら喰らう力が秘められていた。
 手応えを覚えた瞬間、蓮は跳び退った。その眼前、両断された罪人は命を刈り取られ、魂を消滅させていった。


 敵のいなくなった森には、芳しい秋風が吹く。
 はらりと舞う紅葉の中で、蓮は武器をおさめた。
「やったのだ」
 蓮はためていた息を吐いた。さすがに戦闘種族であるエインヘリアルとの戦いはきつい。
 その蓮の頭にそっと手がおかれた。ミントである。
「ありがとうございます」
 礼を述べると、ミントは蓮の頭をぎこちない仕草で撫でた。蓮が子犬のように笑うと、 ミントは夜空を見上げ、
「綺麗な月ですね。戦いが無ければ沢山この景色を楽しめたでしょうけど」
「おやすみなさい」
 愛し子を眠りに誘うようにつげると、ユグゴトは背をかえし、独り紅い闇にきえていった。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月26日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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