その、一年に二度目の

作者:東公彦

「ねーママ。お外がすごいよー」
「どうしたの?」
「すごいの、とーってもすごいんだよー」
 娘のマキは何でも『すごい』で済ませてしまう。『すごい』のなかに情緒表現の全てが盛り込まれていることはわかっていても、母親としては不安だ。
 もう少しだけ色んな言葉を学んでほしい。せめて担任から親が呼び出されない程度には。
「ねーねー。ママ、見て見て」
「ママはぶーぶーの運転中なの。スマホつかっていいから大人しくしてなさい」
 ハンドルから手を放さず、後部席にスマホを投げる。バックミラーにうつる娘は手慣れた仕草で指を動かしだした。こういうことだけはマニュアルがなくてもすぐに覚えてしまう。今時の子ってみんなそうなのかしら?
 母親の心配をよそに、マキは液晶に顔を白くしながら呟いた。
「へぇ、あまのがわ、っていうんだ」
 もう一度外を見やる。夜空を真っ二つに割るような星の川がそこにはあった。


「大型プロジェクターがダモクレス化したみたいだね。どうもこのダモクレスには攻性植物の特徴があるみたいだ。金属粉のような胞子に憑依されたのが原因みたいだね。このまま放っておいたら多くの被害が出る……と思うんだけど、この個体は夜空に天の川を映すことに必死みたいだね。元々は夏の七夕祭りで使われる予定だったみたいだから、その思念が残ってるのかなぁ」
 コートの襟をたてて正太郎は呟いた。ヘリポートの上からでも夜空は見えるが、地上の光が空の星々よりも強い輝きを放ち、どこまでも黒く深い暗夜が横たわっているだけだった。
「個体は珍妙な姿形をしていて、言うなれば……木の天辺にプロジェクターが繋がってる、ってとこかな」
 正太郎が頭をかいた「まぁ、想像は難しいからね。やめとこう」
「ダモクレスが現れる場所は自然公園の一画で、事件のある日にはちょっとした秋祭りが開かれるみたいだから本来なら避難が必要なところなんだけど……ここは50haくらいある大きな自然公園なんだ。ダモクレスが今のところ非常に大人しいこと、現れる予定の一区画が湖に囲まれて他の区画と離れていること、以上の二点からダモクレスが現れる区画をピンポイントで封鎖する予定だよ。だから避難は不要、みんなには事件の解決に集中してほしい」
 一本、二本と指を立てて正太郎は説明を終えた。
「とは言ったものの、今年は色んなイベントが中止になっちゃったからね、これもいい機会かもしれない。休息も君達には必要だからね」
 それだけ言い残すと、正太郎は背中を丸めてヘリオンに乗り込んだ。


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
月岡・ユア(皓月・e33389)
アレクシア・ウェルテース(カンテラリア・e35121)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)

■リプレイ

 自然公園の第一区画はいわば来訪者にとっての玄関口であった。いま広場は天の川の存在を聞きつけてやってきた人々の奏でる賑やいだ音楽のような喧噪と、夜を切り取る幾多もの光で満ちていた。
「お嬢ちゃんどうしたの?」
「ううん。ありがとう、おじさん!」
 月岡・ユア(皓月・e33389)は歯切れのよい声で返すと屋台を後にした。誰かと出かけるのも、星空を見上げるのも久しぶりだ。わくわくと胸を高鳴らせるビートに自然と軽くなる足取り、月の光をまぶしたような白銀の髪が揺れた。
 あの人はどこだろう? 『ユエ』に袖を引かれて視線を向ければ人混みの中から見慣れた頭が突き出ていた。人の波にのまれないよう後姿へ駆け寄る。
「お待たせ」
 彼女の声に振り返ったレフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)は、手に下げる荷物に見て目を丸くした。
「ずいぶんと買い込んだのですね。……食べきれますか?」
 はしゃぎすぎている心中を見透かされたような気がして。そして、さも姉妹だけで食べるのだろうという彼の言いぐさにユアは赤面した。
「こ、これはみんなで食べるぶんだよ。僕とユエだけで食べられるわけないから!」
「ああ、なるほど。それは失礼を」
 レフィナードは納得して苦笑を浮かべた。女性に聞くようなことではなかったかもしれない。思いふと視線を巡らせて――今度はあからさまに愁眉を開いた。エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)が体全体で抱えこむようにして軽食類の山を運んでいる。
「ふぅ、大漁大漁」
「ええ~! これみんなで食べても余っちゃうんじゃないかな?」
 満足気に顔をほころばせるエリザベスにユアがおずおずと問いかけた。
「えっと、これは私とハクが食べるやつで……」
 と、『ハク』が抗議するように鼻をならした。エリザベスは気まずそうに頬をかく。「あはは、ごめん。主に私が食べるぶんなの。みんなの分忘れてたよー」
 これは忘れてくれて良かったのかもしれませんね……。レフィナードはうず高く積まれた出店の戦利品を想像して、すぐに頭を振った。
「と――とにかく準備は万端なようですし、天の川鑑賞に」
「その前に記念撮影しようよ!」
 エリザベスは二人に腕を絡めて引き寄せると、手をいっぱいに伸ばしてスマートホンのレンズに三人の姿を収めた。
 出店の軒先に掛かる提灯が投げる灯が、彼女達の後ろに点々と光の道を伸ばしている。ユエが画面の端から顔を出し、ハクがひょいとエリザベスの肩にのった。
「あ、画面に入りきらない……と、うん。もうちょっとで――はいったはいった! 撮るよー」
 エリザベスの指が画面に触れる。ぱしゃり、シャッターがおちた。


 活気づく第一区画の歓声も、数多の樹々を隔てた第七区画の近辺を散策する瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)とリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)には無縁のものだった。
 森は深い静寂に包まれていた。遊歩道を歩く二人の足音が淡々と響く。それでも時折かんじる、下生えを駆け抜ける影や虫の音や鳥の囀りに力強い自然の気配が宿っていた。
「天候の影響もあって綺麗な天の川って見れる事少ないから結構貴重な体験ではあるんだよな。どうせならダモクレスの仕業ではなく純粋に使わせてあげたかったが…」
「夏からずっとやりたかったことなんだよね、きっと。でもデウスエクスの力がなかったら、こんなに綺麗な星空を映すことは出来なかったのかも」
 お互いの声がひどく鮮明に聞こえた。二人の眼は天高くに流れる天の川に釘付けになっていた。散策路はマツやスギなどの針葉樹、低木の常緑樹が群生しており天蓋さながらに空へと迫り出していた。ために天の川は切り取られた写真のように全景を窺うことは出来ない。
 しかし却ってそれが二人には面白かった。もう少し歩いてみよう、今度はどんなふうに見えるだろう、そんなことを話しながらしばらく歩いて、うずまきは丈の低い切り株に腰をかけた。
「えへへ、ちょっと休憩」
「実は私もちょっと疲れてたんだ」
 くすくすと笑い合って、二人はまたぼんやりと空を眺めた。
「そういえば、前に一緒に見た星彩の夜もこんな感じで綺麗だったな?」
「ん…あれも綺麗だったね」
 それが夜に消え入るような声だったので、不意にリーズレットはうずまきを抱きしめていた。
「きゅ、急にどーしたの」
「ぎゅーってすれば寒くないからな!」
「……リズ姉はいつもあったかいよね」
 その時、がさりと草むらが揺れた。咄嗟にうずまきはリーズレットの口を手で塞いだ。兎は黒い鼻をひくひくと鳴らしながら左右に跳ねて、ゆっくりと切り株に近づいてくる。やがてうずまきの足元を入念に嗅ぎ回って――ぴょんと膝にのった。
「わわっ」
 声がもれたが兎はちょこまんと鎮座して置物のように動かない。「うずまきさんのお膝が大好きみたいだな」リーズレットが忍び笑いをした。
「こ、これじゃ動けないよー」
「じゃぁ二人で癒し時間を満喫して、それを後でみんなに自慢しちゃおう。一緒にいる今は今だけしかないんだからな」
 いつも通りの何ら変わらぬ彼女の笑顔につられてうずまきも明るい笑顔を取り戻していた。リーズレットは『Prism data』を彼女にむけた。


 ほー、ほー。こだまする。ほー、ほー。どこかに誘うように。
 声の方へ耳を澄まし足を向けていたアレクシア・ウェルテース(カンテラリア・e35121)は不意に立ち止まって息を吸った。乾いた土と枯れ葉のにおいが胸に満ちる。刺すような冬の冷気ではない、晩秋の空気は背筋をしゃんとさせるような清々しさがあった。
 遊歩道はいつの間にか並木道にさしかかり、左右には見上げんばかりに背伸びをしたプラタナスが大きな手を広げていた。もうしばらくすればきっと、打掛を枝にさげたような見事な山吹色が楽しめることだろう。
 その時にはキャンバスとイーゼルを下げてまた訪れるのも良いかもしれない。
 ほー、ほー。鳴りやまぬ呼び声にアレクシアは返した「私をどこまで連れていくの?」
 その声に応えるように、プラタナスから大きな影が羽ばたいた。羽を広げ夜空を滑るそれを目で追って――アレクシアは唇を噛んだ。
「失敗したわね。こんな出会いがあるのなら、荷物になっても持ってくるべきだったかしら」
 夜空を流れる星々の川をプラタナスが縫い付けている。樹々はまるで橋脚のように星を支え、天の川は一瞬で天を架ける橋に変わっていた。特定の位置と角度でなければこうもしっくりとは見えまい。
 教えてくれたのだろう、森の賢者の異名をもつ鳥が。
 アレクシアは携帯を操作して自分の視野に合わせるようにして夜空を写した。肉眼に映るそれと比べればひどく陳腐に見える。願わくば絵筆を以て一枚のなかに塗りこめたい景色だが、道具がなければ仕方がない。
「……投影といっても、本当の星空みたいね」
 夜空を見上げてアレクシアはひとりごちた。一枚の写真を、一綴りの映像を芸術足らしめんとするのはアウラのなせる技である。複製の時代においてそれを持つものだけが昇華し芸術性を手に入れる。
 きっとあのダモクレスにも……いいえ、プロジェクターにも魂があるのかもしれないわね。


 キャンプ場を兼ねる第三区画は上空から見れば、広大な森をぽっかりとくり抜いた大穴に見えるだろう。備えられた簡単な焚火台に火をくべて、オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)は掌を焙った。
 温め直したスープに口をつけて一息つく。夜風は遮るもののない第三区画を頻繁に吹き抜けて草の海を揺らし、オズの背も震わせた。風にのって一際強く鈴虫やコオロギの合奏が耳に届く。初めて聞いた秋の風物詩はどこか物悲しい音色に聞こえた。
「トト、おいで」
 とぐろを巻いた膝に『トト』を招き寄せた。つるつるとした背を撫でて、その温もりを抱き、ゆっくりと空を見上げた。
 数え切れぬほど瞬く星々。その星の空を、手を伸ばせば触れられそうなほど濃密な一筋の闇が泳いでいる。
 天の川、失ったものを引き合わせる魔力を宿す七月の星図。だが自分と母星を引きあわせるほどの力はさしもの天の川であっても持ち合わせてはいないだろう。幾星霜の旅を続けてもなお遠く、肉眼ではその星の僅かな残光すらも捉えることは出来ない。
 いいや、見つけてどうするのだろう。オズは自問した。故郷は記憶のなかでしか色を成さないというのに。
「ねえトト。僕らの居場所はどこにあるのだろうね?」
 トトはくりくりとしたつぶらな瞳を持ち上げると、タシッ、タシッとオズの腰布を叩いた。ぽとり、滑り落ちたのはスマートホンだ。
 拾い上げてギョッとした。通知とかいうものが大量にやってきている。未だ扱いなれないそれを消音にしてしまっていたようだ。
 まさかダモクレスが動き出したのでは。オズは素早く指を滑らせて画面に触れる。と。
『戦利品たくさん』
 映し出されたのは秋祭りを背景にした一枚の写真だった。指をスライドさせる。
『ウサギonうずさん』
 スライド。
『天の橋脚』
 スライド、スライド、スライド――。
 極彩色に彩られた世界がそこにはあった。
「――トト、見てごらん。この星は、この星の人達は凄いね」
 郷愁に駆られていた僕の世界を一瞬で変えてしまったよ。
「オズさーん。みんなで一緒に天の橋脚見にいこー!」
 遠くでユアが手を振っている。近づくとレフィナードがにこりと微笑んだ。
「珍しいものが見られそうですよ。アレクシアさんに案内をお願いしましょう」
 一も二もなくトトが羽をばたつかせレフィナードの懐に飛び込んだ。どうも天の橋脚を堪能したいらしい。
「じゃあ、僕も行こうかな」
 オズはもう一度耳を澄ませてみた。秋の音色は福音のように聞こえた。


 セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は小さな林の中から、湖に囲まれて浮島のようになっている第七区画を眺めていた。隣を歩く白狼も、その動向を気にしているらしく、落ち着かない様子で視線を散らしていた。
「監視に付き合ってもらってすまねぇな」
「あら、ここからの星空が一番良く見えるから居るだけよ。あなたに付き合ってるわけじゃないわ」
 うぬぼれ屋さんね。セレスティンがクスクスと鈴の鳴るような声で笑った。さて狼には分が悪い。
 こうした手放しの自然はシャドウエルフである彼女には心地よく、清涼な活力が体の隅々に満ちていた。いまは古墳に眠る者達も、かつてはこの道を歩き、同じように自然を愛でていたのだろうか。死霊術師としては話してみたくもあるが、こうして先人の道を辿るのも一種の会話の形態であるかもしれない。
 セレスティンはゆったりを歩をすすめて無理に言葉を探しはしなかった。無理に語らずとも分かり合える、そんな沈黙が心地よく胸に響いていた。
「あれ、男郎花よ。貴方にそっくりね」
「どこが似てんだ。俺様はもっとクールでナイフみたいになぁ」
「はいはい。冬毛でふかふかのあなたはさぞ切れるナイフなんでしょうね」
 狼は喉の奥で声を詰まらせた。反論は思い浮かばないらしい。ふっと視線を逸らしてセレスティンは空を見上げた。
「それにしても、あれがプロジェクターの星だなんて信じられないわね。誰も現在の姿を見たことがない星を写した物は……果たして本物かしら、偽物かしら?」
「さあな」
 ぶっきらぼうな口調にセレスティンが苦笑を浮かべると、そっぽを向いたまま声が続いた。
「見る奴によって違うんだろ。前に言ってたよな、誰と一緒に見るかが大事だって。俺にとってはセレスと一緒に見る星はどれも本物――」
 セレスティンは白い毛に覆われた鼻先に指をたてた。
「その先は、また後で。ね」
 そろそろ頃合いかしら。セレスティンが踵を返し第七区画へ向かうと、何も言わず狼も静かに並んだ。


 ダモクレスに動きがあった。そんな連絡がアイル・クラウドから届いて、一同は第七区画に会した。
「不吉な動きではないんだ、一度身じろぎをした程度でな。俺はこれで。……いいものを見せてもらった」
 ダモクレスがいる出島のような第七区画には、浅瀬の湿地帯にかけられた橋をわたるしかない。一同が頷きあって橋を渡ろうとしたその時、『響』と『ねこさん』がばっと飛び出して湖面の上をすべるように舞った。
 二人を追ってエリザベスは「わぁ」と声をあげた。「すごーい!」
「これは壮大ね……」
 アレクシアが呟き、誰もが息をのんだ。
 湖は鏡面さながら夜空に映しだされた星々を己に投影していた。湖面から顔をだす花々は星の輝く宇宙に華やかな色彩を付け加えている。
 ぽかんと口をあけたままリーズレットが呟いた。
「天の川って愛する二人が引き離されちゃう話なんだよな、なんか悲しいぞ」
「そうね、好いた仲なら年に二度も三度も会いたいでしょうに。まあ、これだけ明け透けだと流石に大胆だけれど」
 セレスティンがうっとりと湖面を見つめたまま声にした。
「中国に伝わる伝承ではそのようです」
「中国では?」
「ええ、西洋ではミルキーウェイといって女神が産みだしたとされているんですよ」
 レフィナードの説明に、エリザベスが目を輝かせた。
「へぇー、なんでそんな由来があるのかしら?」
「だね、気になる!」
 ユアもユエも、どころか少女達の視線が一斉に集まる。レフィナードは己の失言を悔いた。この瞳達を前にしてまさか、ゼウスが本妻の母乳を浮気相手の子供に呑ませようとしてこぼれた、などとはとても言えない。
「それは……なんででしょうね」
 誤魔化すように頬をかいた。かつては男同士で星々を語らったこともあったが、女性が相手では言葉を選ばねばならない。不意にそんなことを思って、レフィナードはかつての友を頭に描いた。どうにも、難しいものですね。
「他に気になる星はありますか?」
 ユアはうなりながら湖面を見つめ、一角を指さす。
「あの星は?」
「デネブ、白鳥座の一つですね。ゼウスが王妃との逢瀬を重ねるため白鳥になったと言われています」
 ユエも興味津々といった具合で指をさす。あれはなに?
「アルタイルですね。ゼウスが美少年を攫った逸話が残っています」
「うわぁ……、全然ロマンチックじゃないや」
「……すいません」
 ギリシアの主神にかわって頭を下げるレフィナードに、ユアがもう一つ問いを投げた。「あっちの明るい星は?」
「ベガ、琴座でもっとも明るい星ですね。死んだ者を蘇らせるために死者の王に挑んだ音楽家オルフェウスの物語が有名でしょうか」
 どきり、ユアの胸が鼓動した。他人事とは思えない気がしない話だ。
「その人はどうなったの、幸せな結末を迎えられたのかな?」
「彼は約束を破って振り返り、その手を放してしまうんです。そして二度と、会うことは出来なかった」
 ユアは無意識にユエの手をたぐった。手を繫ぐ姉妹をみて、レフィナードは優しく微笑んだ。安心なさってください、あなたがその手を放すことは絶対にないでしょう?
「人が星に意味を与えるということも多々あるよね。例えば天の川を見て、どう思うかな?」
 沈黙を守っていたオズから急に問われてエリザベスは首をひねった。
「えーっと宿命、かな。私は星詠みの一族って家の出だから」
 彼女はふと祖父の言葉を思い出した。星は我々の未来の姿だ、我が一族は星を詠み、凶事を阻止せねばならん。いつもは好々爺とした祖父が、その時だけは眼差しを強くしたものだ。
「そんな風に、人は自らの想いや訓戒や吉凶を星に映すのかもしれない。太古から未来まで変わらぬ光の指標とするために。僕たちを映すこの湖面のようにね」
「だったら今日の思い出も星を見るたびに思い出せるね」
 うずまきはぐっと伸びをして、星を胸に落とすように深呼吸をした。
「星空も大きいけど、この湖も広いね」
「どこかの御伽の王国と同じくらいの広さらしいですよ」
「もぉー、その話は忘れてくれー!」
 珍しいレフィナードの揶揄にリーズレットが両手をふるって異を唱える。と、
「あれ? いま星が」
 エリザベスが首を傾げた。湖面に映る星が一つ、また一つと瞬いては消えてゆく。そのたびに一同の間で悲鳴のような吐息が漏れた。
「力が弱ってきたようね」
 感慨深げに空を仰いでアレクシアが呟いた。ケルベロス達は名残おしく空の星々を目に焼き付けた。赤く光りを放つアンタレスが消えると、秋の夜空の星は遠く彼方にあり、うずまきは祈るように手を組み目を閉じた。
「お疲れ様でした。もう『頑張ら』なくて良いんだよ。どうか安らかに眠れます様に」
「ありがとープロジェクたん! 凄くいいモノが見れたぞ。私達だけでもちゃんとあの空を心に刻んでおくからな」
 リーズレットがダモクレスに呼びかけた。天に向かってまっすぐ伸びていた大木も徐々に朽ちて傾き、頭部を支える力すら失っていた。
「子守歌にもならないかもしれないけど……。せめて歌で眠らせてあげよう」
 ユアの唇が開いた。澄んだ歌声が湖畔に響き渡った。
 この時間は君にとって楽しい夜になっただろうか? 僕には本当に良い夜だったよ。
「いつか、あなたの魂も星となって輝く日が来るかもしれないわね」
 セレスティンは呟いて、そっとダモクレスの最後を見守った。その一年に二度目の日は、聞く者を震わすような情感を込めた歌に送られて幕を閉じたのだった。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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