秋風に翠の葉が揺れて、仄かに甘酸っぱい芳香を薫らせる。
香りに誘われてそちらへ視線を向ければ──ぶどう農園が広がっていた。
市街から遠くない場所に位置するそこは、少し足を伸ばせば届く果実の楽園。今まさに実りを迎えた深紫と、碧色のぶどうが瑞々しく陽光に輝いていた。
丁度今は、ぶどう狩りも催されている所。人々は枝垂れる房をハサミでパチリと切っては、その新鮮な恵みを味わっている。
だけでなく、園内にはカフェも併設されていて。
採れたての果実を使ったタルトにショートケーキ、レアチーズケーキやタルト、ジェラートにパンナコッタとスイーツが目白押し。
果実やジャム、大福などが手に入るおみやげ売り場も人気で──少なくない来客に、農園は和やかな賑わいに包まれていた。
けれど、そこへただ独り、違う獲物を求める罪人が歩み寄る。
「よぉ、愉しそうじゃねぇか」
俺にも狩りをさせてくれよ、と。
無骨な巨斧を握り、獣の如き笑みを浮かべるそれは罪人エインヘリアル。
「この斧も、たっぷりと血を吸いたがってるところさ」
──だから斬り潰されてくれよ。
言うが速いか、大股に奔る罪人は──悲鳴を上げて惑う人々へ追いついて、斧を振りかざした。
「食欲の秋……色々なものが美味しい季節ですね」
爽やかな日のヘリポート、
イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へそんな言葉をかけていた。
「中でも、とある農園ではぶどう狩りが催されていて賑わっているとか」
しかし、そこにエインヘリアルの出現が予知されてしまったのだと言った。
現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
放っておけば人々が危険だ。
「秋の恵みを荒らされないためにも……この敵の撃破をお願いします」
戦場は農園の敷地。
その一角の開けた所で、現れた敵を迎撃する形となるだろう。
「人々は事前に警察が避難させてくれます。こちらは戦闘に集中できるでしょう」
周囲の環境を傷つけずに倒すこともできるはずですから、とイマジネイターは続ける。
「勝利した暁には、皆さんもぶどうの味を楽しんできてはいかがでしょうか」
農園では食べ放題のぶどう狩りだけでなく、新鮮な果実を使ったスイーツが味わえるカフェに、おみやげ売り場もある。様々な形で美味が楽しめるだろう。
「秋の憩いのひとときの為に……是非、頑張ってくださいね」
イマジネイターはそう声音に力を込めた。
参加者 | |
---|---|
氷岬・美音(小さな幸せ・e35020) |
綾崎・玲奈(アヤカシの剣・e46163) |
青凪・六花(暖かい氷の心・e83746) |
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488) |
●秋景
葉の緑と、果実の紫と碧色。
秋の恵みに彩られた農園は、美しい油彩画のような色合いを見せてくれる。
ふわり、ふわり。
尾を緩やかに揺らし、優美な翼で羽ばたき降りてきたリサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)はその眺めに声音も踊るよう。
「この季節の葡萄はとても美味しいわよね」
「そうですね。とても甘くて瑞々しくて……美音も好物ですよ」
明るいバイオレットの髪を靡かせて、リサの腕に掴まりつつ降り立った氷岬・美音(小さな幸せ・e35020)もまた、見回してわくわくの表情だ。
静風が吹けば、鼻先を甘酸っぱい香りが吹き抜けて。
綾崎・玲奈(アヤカシの剣・e46163)もまた淑やかにその表情を和らげる。
「沢山の葡萄が食べられるなら、願ったり叶ったりですね」
「うん。だからこそ──この秋の実りを荒らさせる訳にはいかないね」
頷いて、視線を横に流すのは青凪・六花(暖かい氷の心・e83746)。
澄んだ金色の瞳が見据える先、農園に歩み入る巨躯の姿があった。
斧を握り、鎧兜で地を踏みしめる罪人──エインヘリアル。獲物を求める本能のままに、視線を左右に巡らせている。
その凶行を許せない心は、皆が同じ。
故に四人は頷き合って前進。即座に罪人を阻むように接近していた。
罪人ははっと此方に気付く、が、既に美音が体勢を低くして至近にまで迫っている。
「眠りし力よ──」
己の内に語りかければ、力強く擡げるのが猫の本能。
爪は鋭く、動きは疾く。風をも置き去りにする速度で霊力を込めた一閃、『俊霊斬』を奔らせていた。
光芒の如き残滓が瞬くと、罪人の首元に傷が刻まれ赤い飛沫が飛ぶ。それに巨体がよろめく頃には皆が面前に立ちふさがっていた。
「ここから先は、通しませんよ」
玲奈の凛然たる相貌と声音。
対する罪人は──首を押さえながらも口の端を持ち上げていた。
「……ケルベロスか。丁度いいぜ。こっちも狩りをしたいところだったんだ」
言いながら、斧を振り上げ問答無用に襲いかかってこようとする。けれど高々と跳躍していた六花が、既に頭上。
「この飛び蹴りを見切れるかな!?」
瞬間、吹雪を吹き下ろすが如く、冷気を伴った清冽な蹴撃を叩き込んでいた。
その間に、リサは己を属性の力で防護。玲奈もまた蒼の匣竜をぱたりと飛び立たせて。
「さぁ、行きますよネオン。サポートは任せますね!」
ネオンが一つ鳴いて背を守る、それを一瞥しながら自身はすらりと剣先を突き出している。
「これで吹き飛んでしまいなさい!」
刹那、放たれるのは不可視の圧力。巨体の内部で炸裂したそのエネルギーは、苛烈な爆発となってその臓物を押し潰していった。
口元から微かに血を零しながら、しかし罪人も愉快げに。斧を大振りにして烈風を生み出し、嵐の如き衝撃を放ってくる。
だが玲奈が前面で踏み留まってそのダメージを耐え抜いてみせれば──。
「大丈夫。傷はすぐに治してみせるから」
リサがその細腕を伸ばして掌を輝かす。
共鳴するのは下方に広がる広大な地面だ。
「大地に眠る霊たちよ──」
仲間を癒してあげて、と。
語りかければ明滅する幾つもの光が、想いに応えてくれるように。立ち上る眩い陽炎が濃密な魔力を伴って、前衛の体力を保ってゆく。
ネオンも爽やかな冷気に癒やしの力を乗せて注ぐことで、玲奈を万全とする。
「ありがとうございます。こちらは問題ありません」
「それじゃあ──」
攻めましょうか、と。
美音が言えば、番犬達の視線が素早く交差し、次の瞬間には敵に注がれる。罪人もまた連撃を目論んでいたが──美音の俊敏さがその先手を取っていた。
たん、と。
軽やかな音と共に美音が昇った先は太陽を背にする高空。文字通りに、猫の如く素早く廻転してみせながら。
「この炎で、焼かれてしまいなさい!」
足元から靡かす焔に円形の軌跡を描かせて。眩い火の粉を散らせながら灼熱の蹴り落としを打ち込んだ。
後退する巨躯へ、玲奈が明滅させるのは魔法の螺子だ。
雪の結晶の装飾が施されたそれは、魔力に呼応すると強烈なまでの属性の力を発揮。玲奈の打突に伴って、氷雪の弾けるような極低温の爆破を起こした。
手元の凍った罪人は、反撃すらままならない。
「さあ、今のうちです」
「うん」
玲奈の声に応えた六花は、すぅ、と。
歌声を紡ぐかのように静かに息を吸っている。
「この吐息で、その身を氷漬けにしてあげるわ」
同時、放つのは雪片の煌めく美しい吐息。吹雪へと変じたそれは、巨体の全身に吹き付けてその膚を烈しく削り取ってゆく。
●烈戦
ゆっくりと血溜まりが広がっていく。
緩く歯噛みしながら、罪人は己から零れるそれを見下ろしていた。
「……全く、狩りに来たつもりがこっちが苦戦するなんてな」
「美味しいブドウの為にも、ここで負けるわけにはいかないからね」
六花が言ってみせれば、罪人ははっと笑いを零す。
「果物か。俺にとっちゃ、人の方がよっぽど魅力的な餌に映るがな」
「そう、なら残念ね」
と、リサは刃を構え直す罪人にも怯まずに声を返していた。
「葡萄の美味しさも理解できず、殺戮しか頭にないのなら──退治するだけよ」
「その通りです。さあ皆さん、美味しい葡萄の為に頑張りましょう!」
美音が言えば、皆は頷いて巨躯へ向き直る。
罪人は反抗の意志を露わに斧を翳して走り込む、が。正面へ滑り込んだ美音は敢えて体勢を低くして、巨体の懐を見上げていた。
「雪さえも退く凍気で、凍結させてあげます!」
そのまま掬い上げるように振るうのはパイルバンカー。鮮やかな冷気を刷きながら、撃ち放つ杭は鋭く巨躯の腹部を抉ってゆく。
血を噴きながらのけぞる巨体。
その機を逃さず美音の背後から跳び上がるのは玲奈だった。
「僅かな猶予も、与えませんよ」
言葉を体現するように、振るう剣閃は流麗にして高速。魔力を練り込んだ刃で深々と傷を刻み、躰と共に精神までもを摩耗させてゆく。
罪人が呻いて傾げば、美音と玲奈が息を合わせて同時に飛び退いて。開いた射線へ両手を翳すのが六花だった。
──我が声に従い、現れよ!
凛然たる声音により顕現せしめるのは、紅、蒼、白に煌めき明滅する色彩。
「三つの属性の水晶体よ──敵を取り囲み、魔法を放て!」
六花の言葉と同時、撃ち出されるのは火炎と凍気と雷光。
『トライアングル・マジック』──色と属性が混じり合い弾ける衝撃は、烈しく鎧兜を砕きながら膚を灼き、凍らせ、裂いていく。
がぁっ、と呼気を溢れさす罪人は堪らず膝をつくしかない。
それでも消えぬ殺意が戦いを止めさせず。がむしゃらに振るう腕から斧が投擲された。
けれどそれも玲奈が盾となって受け止めれば──。
「自然界に揺蕩う、属性の力よ……!」
護ってと、純な思いで治癒の力を具現して、リサが光を雨の如く注がせていた。
清らかに、すべらかに。触れる雫はその一粒一粒が温かな心地を運び。傷を拭い、不調を祓い──齎された癒やしは玲奈に憂いを残さなかった。
戦線にもう不安はない。
ならばとリサは見送るように、皆へと信頼を込めた声を贈った。
「後は任せるわ。終わらせてきて」
「では、行きましょう」
美音が応えれば、玲奈は嫋やかに、六花も誠実に頷いて。
まずは美音がロッドを燦めかせてファミリアを解放。奔らせた黒猫に巨躯の足元を咬み抉らせていく。
罪人が均衡を崩してふらつけば、玲奈が剣を横一閃に振るって剣風を放つ。苛烈な圧力と共に爆散したそれが巨体を吹っ飛ばせば──。
「お願いしますね」
「了解。これで、最後だわ」
六花が氷気を纏わせた駆動剣で連閃。罪人を千々に切り裂いて、残滓すら無く霧散させていった。
●甘秋
心地良い静けさに、秋果の芳香が薫る。
んー、と伸びをした美音は、柔和な表情で皆を見回していた。
「お疲れ様でした。後は周りをヒールしておきましょうか?」
頷く皆は、それぞれに荒れた地面を修復。元の長閑な眺めを取り戻している。
それから農園の管理者へ無事を告げ、避難していた人々も呼び戻せば──賑やかさが帰ってくるまで時間はかからない。
少しの後には皆がぶどう狩りや店に赴いて、農園は穏やかな平和に満たされていた。
六花はくるりと回ってそんな景色をみやりつつ──楽しみがやってきたというように声音を明るくする。
「さて、折角だから皆でカフェでスイーツを食べて行かないかな?」
「良いですね。皆で一緒に頂きましょう」
美音が笑みを浮かべれば、リサは勿論と頷き、玲奈もご一緒させていただきますと清楚に笑んでいた。
そうなれば行動は早く、四人で並んで……足取りも軽くカフェへと向かってゆく。
その建物は、ぶどう色の屋根が何とも可愛らしい。
ドアベルの快い音色と共に店内に入ると──少しずつ肌寒くなってきた中では丁度いい暖かさで。
何より一層甘い匂いが漂っているから。
「さあ、早く座りましょう!」
「それにしても楽しみだわね」
「葡萄狩りが見えるあの席にしない?」
「まあ。こちらの席とテーブル、とても色合いが可愛らしいですね」
と、期待感も一層強く、一行はわいわいと愉しげに席についた。
それからメニューを見てみると、どれもこれも、ぶどうが魅力的な品ばかりで。
「色々とスイーツがあって目移りしそうだわね」
六花はふむふむと頁をめくっては、中々に悩ましげな様子。
リサも感想は同じだったけれど、折角平穏を取り戻した上でやってきたのだから、と。
「頑張った自分へのご褒美って事で、沢山食べて行きましょう?」
こんな機会なら、我慢はせずに。
言えば皆も頷いて、今日ばかりはカロリーも気にせず行こうと決める。そうなれば後は好きなものを挙げていくばかりで。
「ジェラートを頂きたいなー」
六花が呟けば、美音もいいですねと相づちをしつつ。
「美音はショートケーキを食べてみたいです」
「では、私はレアチーズケーキを頂きたいですね」
玲奈がそんなふうに声を継ぐと、リサは思い至ったように品の写真を見つめて。
「なら、私は果実を使ったタルトにしようかしら?」
そう決めれば誰も異論は無く。
どうせならそれぞれ少し多めに注文して、シェアもしようかということになって。早速注文して、わくわくと待つことにした。
「あ、来たみたいね」
リサが目を向けると、次々に運ばれてくる美しいスイーツ達。
分量も相まってテーブルの上は何とも華やかで。壮観ね、とリサが緋の瞳を開くのも道理だろう。
玲奈は運んできてくれた店員にそっと会釈をすると、華やいだ表情でスイーツに向き直り。
「では頂きましょう」
「ええ」
応えた美音から、まずはケーキを食べてみる。
ぶどうのショートケーキは、なめらかな白のクリームに、宝石のような紫と碧の果実が映えるのが特徴的。
口に運ぶと甘いクリームと一緒に弾けんばかりの果汁が甘酸っぱく。瑞々しい味わいに、ほう……と美音は甘美な吐息だ。
「葡萄をふんだんに使ったケーキ、凄く美味しいですね」
「んー、こっちは冷たくってとても美味しいな♪」
と、六花が嬉しげに瞳を細めているのは、ジェラートを食べているから。
秋の旺盛の時期には少々冷えるメニューだけれど、六花にはその温度が何とも丁度良く。
果汁を濃縮したような甘味に、ミルクの濃厚さ、そして凍った果実のつぶつぶが気持ちの良い歯ごたえを運んでくれて……六花の耳もぴこぴこと動いていた。
その隣でレアチーズケーキを頂いているのが玲奈。
こちらは、果実の形ではなく艷やかなピューレの層としてぶどうが使われている。
だけでなく、果汁を使ったクリームの層も交わっていて──口に入れるとチーズとクリームが優しくもふくよかな風味を運び……そこにピューレが加わって得も言われぬ美味。
玲奈も思わずほんのり頬に手を当てて、幸せそうな笑み見せていた。
「濃厚な酸味と甘みが絶妙にマッチして、美味しいです。ネオンも食べますか?」
と、一口分差し出してあげると……ネオンは小さく嬉しそうに鳴いてぱくり。美味しさを表すように羽をぱたぱたさせていた。
そんな様子を見つつ、リサがさっくりと齧っているのはタルト。
「ん、流石取れたての果実ね。絶品だわ」
口の中でほろりとほどける生地に、たっぷり乗った果実が甘く蕩けて。見目もきらきらとして鮮やかなら、食も更に進むというもの。
はむりはむりと、一人分の完食も早く──すぐに二皿目に入りつつ、皆とのシェアも始めていた。
「ふう、お腹いっぱいだわ」
食事を始めてからおよそ一刻半。
六花が少々お腹をさすっていると、三人もそれぞれに頷いていた。
あれからまた幾つかのを注文した皆は、ぶどうメニューを十二分に堪能したのだった。
食後の紅茶を飲み終わり、温かな吐息を零す美音は──それから思いついたように皆を見回す。
「そうだ、この後、売店を見に行きませんか?」
「そう言えば、色々と売られているのをさっき見たわね」
リサが楽しみな色を浮かべてそちらの方向を見やると、玲奈もええ、と応える。
「とても美味しい葡萄でしたから。お土産は、是非欲しいですね」
といわけで、お会計を済ませると四人で売店へ。
そこはカフェとはまた違った品揃えで……美音は瞳をやわく燦めかせた。
「ジャムに、大福……生の果実もあるんですね」
折角だから一房買っておきましょう、と籠に入れて上機嫌だ。
玲奈が手に取ったのは透き通った色味が綺麗なゼリーだ。
「紫も、碧色も……どちらも魅力的ですね」
「折角なら、両方買っちゃえばいいと思うわ。私も──」
言いつつ六花もゼリーを確保しつつ……パウンドケーキや瓶入りジュースも選んでいく。
リサは少々上品に、ラッピングの美しいヴェリーヌを買ってみることにした。
「何にしても、美味しそうね」
「ふふ、お土産までたくさん買えて大満足です」
美音が微笑めば、皆もそれぞれに同意の頷き。
見回せば、周りの人々も平穏の中でゆったりとした時間を楽しんでいて。
「被害を出さずに済んで良かったわ」
リサは呟いて外を見やる。
そこでは秋の実りの元で、子供の愉快げな声や大人達の微笑ましげな声が響いている。それこそが戦いの成果なのだと強く心に実感できるから。
「では、帰りましょうか?」
「そうだね」
そんな穏やかな景色を見ながら、六花も応えて。皆でのんびりと歩き出していった。
作者:崎田航輝 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年10月20日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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