復讐するは熊にあり

作者:秋津透

 その熊は、今にも力尽きようとしていた。
 山の中では並ぶ者のない、大きく力強い熊だった。しかし、餌を求めて人里に降り、人間の家に入ったとたん、銃弾を浴びせられた。凄まじい激痛、身体から力が抜けていく感覚。熊は生を受けて初めて恐怖を覚え、その場から逃げた。しかし傷は深く、熊の生命力を以てしても、回復できるものではなかった。
「人間に撃たれたのですね。哀れな……この種を受けなさい。そうすれば、命を長らえることができます」
 不思議な声とともに何かが現れ、熊は与えられた何かをすぐさま貪った。痛みが消え、身体に力が戻る。いや、力が戻るどころではない。今までにない強大な力……デウスエクス「攻性植物」の力が熊の中に宿る。
「回復しましたか。では、私とともにおいでなさい。危険な人間のいないところで、静かに暮らしましょう」
 何かが穏やかに語り掛けてくるが、その言葉は熊の耳には入らない。この力があれば、人間など怖くない。目にもの見せてくれる。
「ガアッ!」
 歓喜と憤怒が入り混じった咆哮をあげ、攻性植物化した熊は人里へ向かう。熊を救った者、『森の女神』メデインは悲しげにその背を見送り、姿を消した。
 
「新潟県新発田市の郊外……というか、山の中で『攻性植物の聖王女アンジェローゼ』の配下『森の女神』メデインが、人間に銃で撃たれて瀕死の熊を攻性植物化する、という予知が得られました」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、難しい表情で告げる。
「メデインは熊を自分の陣営へ連れて行きたかったようですが、デウスエクスの力を得た熊は自分を撃った人間への復讐に走り、メデインは諦めて去っていったようです。今から急行してもメデインを捕捉することはできませんが、人間に復讐しようとしている攻性植物熊を放置しておくわけにはいきません」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「熊がデウスエクス化した現場は、このあたり。熊が撃たれた人家はここで、熊は一直線に山中を進んでいるものと思われます。念のため地元警察に連絡し、その家に住んでいて熊を撃ったハンターの人や、近隣の住民には避難してもらっていますが、急行すれば、人里に入る前、山の中で捕捉できるでしょう。スナイパーのゴッドサイト・デバイスを使えば、間違いなく抑えられると思います」
 そう言って、康は画像を切り替える。
「攻性植物化した熊は、腕を蔓化して叩きつけたり、締め上げたりして攻撃してきます。デウスエクスとしての戦闘経験はないので、自己治癒や催眠などは使えないようですが、パワーとタフさは侮れません。ポジションは、おそらくクラッシャーです」
 そして康は、一同を見回して告げる。
「今のところ、人間に恨みのある動物に限られているようですが、普通の動物を攻性植物化してしまうメデインの力は恐ろしいものです。今回は捕捉できませんが、メデインが起こす事件を解決していけば、追っていけるかもしれません。『ヘリオンデバイス』でできるだけの支援をしますので、どうかよろしくお願いします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)
チャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)
 

■リプレイ

●迎撃するは河原にあり?
「バリケードの作成か。そんな余裕があるかな?」
 現場に向かうヘリオンの中で比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)から提案を受け、日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は首を傾げた。
「熊の移動は速いぜ。デウスエクス化してりゃ尚更だ。俺はむしろ、止め損なって人里へ飛び込まれるのが怖いけどな」
「だったら、尚更バリケードで少しでも足止めできれば……」
 言いかかったアガサに向かって、蒼眞は首を横に振る。
「デウスエクスに対して、普通の物質で作ったバリケードは何の妨害にもならない。そもそも森自体、本来は立木や岩で直進できないのに、全部ぶっ飛ばして直進してくるんだろう? バリケードも同じことだよ」
「あのー、私思うんですけどー」
 そこへフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が、おっとりゆったり、しかし有無を言わせず割り込んでくる。
「この地図の、ここー。川がありますよねー? もちろん、行ってみて熊さんがもう川を渡ってしまっていたりー、全然違うところにいたらダメですけどー、もし想定ルートをまっすく来るんでしたらー、この河原でバリケードと土俵設置してー、迎え撃つのはどうでしょうかー?」
「土俵?」
 怪訝そうに訊ね返す蒼眞に、フラッタリーは平然と応じる。
「はいー。事前に足場を整えてー、熊さんを組み止めてー、相撲を取りますー」
「フラッタリーさん、クマさんと、おすもう取るの? すっごおい!」
 エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)が無邪気な口調で賛嘆し、蒼眞は何とも複雑な表情になったが、改めて地図を見やり小さく唸る。
「なるほど……あくまで可能なら、の話だが。山中を避けて河原で戦うのは手だな。そこは現場で、ドミネに判断してもらおう」
「ええ、もちろんゴッドサイト・デバイスで、熊の位置と速度を確かめますが」
 そう言って、スナイパーのチャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)は、思案顔の蒼眞、笑顔のフラッタリー、憮然とするアガサ、わくわく状態のエマを順に見やる。
「その……河原で迎撃するメリットって、何です?」
「熊の突進を確実に止める方法として、真正面から組み止める以上のものはない」
 大真面目な表情で、蒼眞はチャルに告げる。
「もちろん、簡単にできることではないし、俺にもそんな自信はない。だが、河原で事前に足場を整えればできるとフラッタラーが言うのなら、試してみる価値は充分にある」
「うふふふふー。ご信頼、ありがとうですー」
 フラッタリーがゆったりと笑い、チャルは釈然としない表情ながら黙り込む。
 一方、蒼眞はアガサに告げる。
「そういうことなら、バリケードは熊を阻止する形じゃなくて、フラッタラーの土俵に熊を誘導する形に作るのがいいと思う。どうだ?」
「やってみよう。どのくらい時間が取れるか次第だが」
 ぶっきらぼうな口調で、アガサは応じた。

●突進阻止は相撲にあり?
「デバイスに反応が出ました。デウスエクスが一体、想定ルートをまっすぐ進んできます。かなりの速度ですが、川に到達するまでは、多少の間はありそうです」
 飛行して先行したチャルが通信機器に向かって告げると、蒼眞の声が応じる。
「了解。デバイスに敵を捉えた状態で、こちら、河原まで急いで戻ってくれ。間違っても、接敵しないでくれよ」
「ええ、わかってます」
 少々憮然とした表情で、チャルは答える。正直なところ、デウスエクス化した野獣がどこでどう気を変えるかなどわかるはずもないので、河原で待ったりせずにとっとと接敵、交戦した方がいいのではないか、とは思う。
 しかし、河原での迎撃を提案したフラッタリーは経験豊富な高レベルのケルベロスで、ケルベロスとしてはまだ新米の域のチャルが異議を唱えるのは憚られる。
(「まあ、お手並み拝見といきますか。しかし、デウスエクス化した熊と相撲とは……」)
 確か、相撲というのは下着姿の太った男たちが、狭い競技場で衝突したり組み合ったりして、転んだり押し出されたりした方が負けという競技だったはずだが、と、地球での生活があまり長くないチャルは唸る。
 ちなみにチャルは、相撲についてはかろうじて知っていたが、熊と相撲を取った足柄山の金太郎伝説は知らなかったようだ。
 そして、彼が全速飛行して河原に到着すると、既に急ごしらえのバリケードと、足場を整えたフィールドが出来ていた。
 蒼眞が指示した通り、バリケードはハの字型に二つ設置され、その空いた部分のフィールドに、フラッタリーがほわんと佇んでいる。
 アガサは「バリケードに砂利をかけており、蒼眞とエマはジェットパック・デバイスで低空に飛翔している。
「大抵の熊は、精々自分と同じ程度の大きさの相手としか戦った事はないだろうからな。上からの攻撃に慣れているとは思い難い」
「そうですね! 納得です! わたしも蒼眞さんと一緒に、上から熊を攻撃します!」
 深紅の鎧に身を包んだエマが、元気よく告げる。
 そして、蒼眞はチャルに目を向けた。
「どうだ? 敵さんの様子は?」
「相変わらず、想定ルートをまっすぐ突進です。まもなく来ますよ」
 チャルが応じた、その時。
 何かが大きく跳ねて、川の堤を飛び越えてきた。
(「ふむ……堤を体当たりで破られたら、あとでヒールしなきゃならんと思っていたが、跳んで越えたか。粉砕できるということが、わかってないな」)
 どん、と、河原に着地した大きな熊……外見からは攻性植物化しているのはわからない……を上から見下ろし、蒼眞が声には出さず呟く。
 どんなに堅牢な建造物でも、グラビティが籠められてでもいない限り、デウスエクスが衝突すれば粉砕突破されてしまうのだが、デウスエクスになりたての熊は自分の力がそこまであるとは把握していないらしい。
 再び突進を開始した熊は、しぶきをあげて川を渡ると、バリケードの間を抜ける形で、まっすぐフラッタリーへと突っ込んでくる。
 すると、フラッタリーのサークレットが展開、金色瞳が開眼、狂笑を浮かべ額に隠した弾痕から地獄の炎が迸り、とても人のものとは思えない異様な咆哮を放つ。
「イィィ阿亜aaAァアアア!!」
「なっ!?」
 思わず呻いたチャルに、蒼眞が冷静な口調で告げる。
「フラッタラーは、脳を地獄化したブレイズキャリバーだ。普段はアレだが、戦闘時には本物の怪物と化す。……暴走してるわけでもないのにな」
 そして、フラッタリーの咆哮にひるんだか、突進の勢いが明らかに鈍った熊に向かって、彼女は躊躇なく真正面から踏み込み、精霊手「蝶之掌」「廻之翅」を填めた両腕でがつんと挟み込む。
「グアアアアアッ!」
 熊が苦痛の咆哮をあげ、肋骨がめきめきと軋み音を立てる。技としては二つの精霊手で相手を挟み込んで破壊する「双掌裂界撃」だが、どう見ても熊に対して「ベアハッグ」を仕掛けているとしか思えない。相撲で言うなら、もろ差しからの極めだろうか。
「よしっ!」
 蒼眞が上空から急襲し、組み止められて動きの止まった熊の後頭部から首にかけてをざっくり斬り割る。
「ガアッ!」
 喚いた熊は、苦し紛れか、あるいは本能的な反撃か、フラッタリーに極められた両腕を蔓化して束縛を逃れ、ぎゅんと伸ばして相手の背中を突く。
 フラッタリーが負ったアームドアーム・デバイスに攻撃が命中、機械腕が千切れ飛ぶが、彼女自身のダメージは浅い。
「えいやっ!」
 アガサが紙兵を撒き、フラッタリーの傷を癒し、前衛にBS耐性を付与する。続いてエマが、オリジナルグラビティ『PBW(スゴクキョウリョクナバクレツダン)』を発射する。
「ファイアー!」
 熊の太い首の付け根あたりに、グラビティの弾丸が喰い込み爆発する。普通の熊なら確実に頭を吹き飛ばされるだろうが、そこは変化したてとはいえデウスエクス、大きく肉を抉られながらも耐える。
(「確かに、足を止められれば圧倒的に有利なのは確かだが……何と言うか、無茶苦茶だな」)
 声には出さずに呟き、チャルはドラゴニックハンマーを砲撃形態に変化させ、熊の背に竜砲弾を撃ち込んだ。

●葬送するは荼毘にあり。
「ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
 蒼眞が、異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けるオリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』を発動させ、熊の背を深々と斬り割る。
「グア……グアアアッ……」
 もはや力尽きかけているのか、弱弱しい唸り声をあげ、熊は相変わらず自分に組み付いて動きを封じているフラッタリーを攻撃する。
 もちろん、相手がディフェンダーでダメージが半分しか与えられないとか、適宜シャウトをかけて自己回復しているとか、そんなことは熊にはわからない。わかるわけがない。
「そろそろ終わりか?」
 呟いて、アガサがオリジナルグラビティ『あらしまのかぜ』を放つ。猛烈な暴風が、熊単体だけを巻いて徹底的に痛めつける。
 しかし、熊は倒れない。見ようによっては、フィラッタリーと組み合っているので、かろうじて立っているようにも見える。
「エマ、いっきまーす!」
 宣言とともにエマが殺到し、ビームサー……もといマインドソードで熊の首をぶった切る。一瞬、首を刎ねられて斃れるか、と見えたが、蔓のようなものが切られた首をつなぎとめ、頭が落ちるのを防ぐ。
「それが攻性植物の力か。だが、単に苦痛が長引くだけだな」
 美女ならともかく、熊が苦悶して喘ぐ姿を見ていてもちっとも楽しくない、と、少々問題ある呟きを漏らし、チャルがオリジナルグラビティ『棘荊蛇の牙(イラクサヘビノヒトカミ)』を放つ。
「少々痛くしますよ……と言っても今更だな」
 呟きとともに、チャルはたった今再生して危うく頭を繋ぎとめている熊の首に掌底を打ち込む。単なる掌底打ちではなく、掌から飛んだ無数の棘が熊の首を引き裂き、もはや再生も及ばず熊の頭が胴から離れて落ちる。
「どうやらー、終わったようですねー」
 展開していたサークレットが閉じ、見開いていた金色瞳の両眼も閉じ、ふうっと息をついたフラッタリーが、完全に平常の調子で呟く。
「よいしょ、っと」
 首なしの熊の遺体をひょいと横に倒し、フラッタリーは何事もなかったかのような様子で、鼻歌を口ずさむ。
 そしてアガサが、蒼眞に告げる。
「ここに葬ってやって、いいよな?」
「いや、熊だけならそれもいいが、攻性植物が入ってるからな。埋めたところから変なものが生えてきても困る」
 応じて、蒼眞は熊の頭を持ち上げ、胴の上に乗せる。
「グラビティの炎で、完全に焼いて灰にして、川に流そう」
「わかった」
 アガサがうなずき、少し距離をとる。フラッタリーも下がり、最後に蒼眞が下がって、熾炎業炎砲の巫術を使う。
 一瞬で、熊の巨体が炎に包まれ、そのまま轟々と燃える。
 フラッタリーは、我関せずの様子でゆらゆらと遠くを見ながら鼻歌……兎追いしで有名なあのフレーズの唄を口ずさんでいるが、他の三人は燃えていく熊を見ている。特にエマが、彼女が滅多に見せない厳粛な表情をして、直立不動の姿勢で見守る。ああ、そういえば彼女は死の看取りを司る妖精種族ヴァルキュリアだったな、と、蒼眞は声には出さずに呟いた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月17日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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