富士樹海魔竜決戦~金碧輝煌

作者:柚烏

 ――不吉にざわめく樹々の音が、荒れ狂う波となって樹海を震わせていく中で、ひとりの母が息絶えた。
 己が抱く魔竜の卵に、その身を食らわせ未来を繋いでいく為に。樹母竜たる彼女の肉を食い破り、競うように孵化していく愛し子らは、次々に産声をあげて異郷の地へと羽ばたいていく。
 深緑の胞衣の如く、攻性植物をその身に寄生させながら――宝石化した母の傍らで、その時花開いたのは四季の竜であったのか。
 桜花舞うなかで紅葉が踊り、迸る焔と稲光は今にも空を焦がさんとしているかのよう。
 炎帝、蒼帝、豊帝、そして――全帝。生まれ直し生まれ落ちた今、何を為すべきかはとうに分かっていた。
 ――復讐、だ。

 急ぎの依頼なんだ、と深刻な様子でエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は口を開いた。富士の樹海でクゥ・ウルク=アンとの決戦に向かったケルベロス達――激戦の末、その撃破に成功した彼らであるが、樹母竜リンドヴルムの宿す魔竜の卵が、遂に孵化してしまったらしいのだ。
「完全な復活には至らなかったようだけど、それでも孵化を遂げた魔竜は17体もいるんだ。このままだと、彼らによって蹂躙されてしまう……だから」
 皆には急ぎ樹海に向かって貰い、仲間の撤退を援護しつつ、孵化した魔竜の撃破をして欲しいのだとエリオットは告げた。此度、対峙する魔竜の名はフルゴル――其れは全帝の二つ名を持つ、恐るべき竜なのだと言う。
「……見た目は、雷を操る金色のドラゴンだよ。全帝の名の通り能力的にも安定していて、鋭い一撃を見舞ってくると思う」
 ――つけ入る隙があるとすれば、孵化したばかりで充分なグラビティ・チェインを得られていない所か。それに、攻性植物と融合した肉体にも魔竜自身が慣れておらず、戦闘が始まった直後は動きがぎこちないであろうことも付け加える。
「それでも、戦いが長引けば向こうも慣れてくる筈だから、可能なら短期決戦を挑んだ方が良いかも知れない」
 幸い、体力は突出している訳ではない。空に魔竜の雷が轟くよりも早く、竜を堕として復讐の連鎖を断つとしよう。
「……喰らい、喰らわれ『未来』へ向かう。そんな血塗られた進化を、皆なら終わらせられるって信じているから」


参加者
ティアン・バ(焦土の法・e00040)
天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)
オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)

■リプレイ

●深緑の戦場
 色濃い緑が折り重なって波影を生んでいくと、大気の隅々には生命の気配が満ちて、いつしか鼓動が跳ねていく。
 ――此処は富士樹海。樹母竜が自身の命と引き替えに、魔竜の子らを産み落とした場所。その現場へと向かう翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)の頭上では、宝石を散らしたような陽の光が、木々のあいだに降り注いでいるのが見て取れた。
(「そう、我々の仲間を護るためにも、地球に住む数多の命を護るためにも……」)
 コギトエルゴスムとなり、力を使い果たした母のもとから巣立つ竜――彼らが先ず行うことは、自分たちを追い詰めたケルベロス達への復讐なのだと言うが。
「どのような相手であれ、この戦い、負けられないのです」
 緑のいろを溶かした鮮やかな髪が、樹海の薄闇で芽吹くように舞い上がっていくと、風音の相棒であるシャティレが、頼もしげに頷き新緑の尾を揺らした。
「シャティレも、力を貸してね」
「ここで食い止めねばいかんな……!」
 同じくボクスドラゴンを従える、天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)の方も、既にヘリオンデバイスを装着しており準備万端のようだ。
(「うむ、そう遠くはないか」)
 ――菅笠から覗く彼女の耳は、周囲に轟く竜の咆哮を捉えるかのように、ぴんと立っていて。ジェットパック・デバイスによって飛行する款冬・冰(冬の兵士・e42446)も、少し離れた上空から敵の位置を探っていたが、生い茂る木々が邪魔で難航しているらしかった。
「限界高度、危険。……敵が此方を発見、先制されるリスクが大きいと判断」
 人工翼を羽ばたかせる冰はすぐに、飛行すれば却って的になり、一方的に狙われてしまうことに思い至ったようだ。隠密気流も、あくまで目立ちにくくなる為の補助であり、そう過信は出来ない。
「と、なると。これの出番ですね」
 ならば――と、ゴッドサイト・デバイスのゴーグルで辺りを見渡すのは、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)で。その隣では華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)がにこにこと微笑みながら、捻じれた木の根を飛び越えていった。
「でもでも、カルナさん! 迷ってなくてよかったです!」
「……えぇ、まあ、樹海で迷子になるかとドキドキしていましたが」
 先のクゥ・ウルク=アン決戦にも挑んだふたりだが、どうにか合流出来て魔竜の元へと向かえそうだ――引き続き共に戦うティアン・バ(焦土の法・e00040)にも頼もしさを感じつつ、力強く頷いた灯の目の前で、植物がひとりでに曲がって安全な路が生まれていく。
「帰る時も一緒ですよ。……あ、でも、帰り道も気をつけてくださいね」
「帰り道、は……まぁ、なんとか……」
「……灯。真顔になってる」
 隠された森の小路を辿る彼らの足取りは、お伽噺の一場面みたいに軽やかだ。そのささめく声が葉擦れの音となって、辺りを震わせていった時――オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)の目元を覆うゴーグルが、涙のような貴石を揺らして竜の姿を捉えた。
(「いくつも、いくつも」)
 ――目の前で弾けていった光は、竜に挑もうとする仲間たちの煌めきだったのだろう。そろそろ戦闘圏内に入ると合図を送ったオペレッタの足元で、そろりと羊歯の葉がお辞儀をして路を開けてくれる。
(「迅速に、すみやかに――」)
 仮面を思わせるゴーグルをつけ、樹海に踊るはコロンビーナ。即興で紡がれる仮面劇の相手は、強欲なパンタローネと言ったところだろうか。母の胎を食い破り、其の身に四季の花を咲かせようと身悶える――。
「……全帝」
 その時、低く掠れた祇音の声が、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)の耳朶を震わせた。さらさらと流れ落ちる白銀の髪の向こうでは、乙女座の星辰を宿した剣が澄んだ音を奏でていく。
 ――全帝フルゴル。それが魔竜の名であり、彼女たちが倒すべき相手だった。

●暴虐の全帝
 ぎらぎらと輝く黄金の鱗が、木々の合間から姿を見せたと思うや否や――ぞくりとした冷気が肌を刺して、剣を握るセレナの手に、ゆっくりと力が籠められていく。
(「相手は、魔竜」)
 生まれ落ちたばかりの、まだ全力を出し切れない相手と戦うと言うのは、騎士として思うところはある。けれど、この戦いに星の未来がかかっているのだ。
(「人々を守る為……持てるもの全てを使い、全力を尽くしましょう」)
 ――臆すること無く颯爽と、魔竜の前に現れた白銀の騎士。圧倒的な存在であるデウスエクスに対しても、彼女は一振りの剣を思わせる強い意志で、堂々と名乗りを上げたのだった。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて貴殿を倒します!」
『……ほう、面白い』
 ゆるりと首を巡らせる魔竜を、殊更引き付けるように剣先を向けたのも、戦場から撤退する者たちの時間を稼ぐためだったが、紡ぐ言葉は紛れもなくセレナの本心だ。
「復讐を望むのならば、先ずは我々が受けて立ちましょう」
「そうそう、ドラゴンよりドラゴニアンが強いの見せちゃうのです!」
 その隣では、何故だかドヤ顔をした灯がカルナの背中をずずずっと押していたりもしたが――彼は友人の勢いにも慣れっこらしく、軽く微笑むようにしてふわりと竜の翼を広げている。
「まぁ、灯さんや……皆と一緒なら、ドラゴン相手でも楽勝ですよね」
 そのまま舞うようにして、フルゴルの前へ立ちはだかれば、向こうも興味を惹かれた様子で、肩慣らしと言わんばかりに瞳を細めたようだ。
「……ティアンは、ドラゴンは嫌いだ」
 一方で、刃の如き殺意を研ぎ澄ませながら、吐き捨てたのはティアンだった。彼女の胸元から溢れ出す炎は、その想いが煮詰まったような黝い色をしており――荒れ狂う海と化した地獄の業火は、瞬く間に周囲を埋め尽くしてフルゴルの隙を封じていく。
「一度はせっかく減らしたのに、また増えて……ここで殺してやる」
 揺らめく海に灰色の髪がたなびいていけば、淡々と死を願うティアンの声が辺りの樹々をざわめかせた。あぁ、とかぶりを振ったのは祇音だったが、彼女も内なる衝動を持て余して無意識に指輪を擦っていたのだろう。
(「我が身に来たれ――!」)
 デバイスの加護を受けて具現化した光の剣は、しかし後一歩のところでフルゴルに届かなかった。黄金の鱗に絡まり、今も不気味に蠢く攻性植物を睨みつけたまま、祇音は直ぐに相棒のレイジへと指示を飛ばす。
「来る、……頼んだぞ!」
 そうして霊属性のドラゴンが、回復を担う灯へ属性を注入して耐性を高めていった直後――魔竜の放つ雷霆が、後衛目掛けて一気に吹き荒れていった。
「やっぱり、後ろを狙ってきましたか……!」
 ――前衛で盾になるのはセレナと、仲間たちのサーヴァントだ。しかし、攻撃の主軸であるスナイパーが後衛に配置されているのを確認したフルゴルは、飛行中の冰ともども動きを封じるつもりらしい。
「でも、戦いは……ええ! 最強の私の援護があるので安心ですよ!」
 出鼻を挫かれた形になったとは言え、その程度ではへこたれないのが灯だった。オラトリオの証である木瓜の花を咲かせながら、全身から舞いあがる光の粒子を操ってすぐさま治療を施していく。
「アカリ、感謝する。反撃に移行」
 身体の隅々が覚醒していくのを感じつつ、人工翼を折り畳んだ冰は、先ずはフルゴルの動きを鈍らせるべく刀で急所を断とうと、猛禽の如く急降下を仕掛けた。
「翡翠さん! 麻痺の浄化は――」
「はい、任せて下さい。……シャティレ!」
 一方で灯の声に応えた風音が、生きることを肯定するように力強い歌声を響かせていけば――共に戦うシャティレも緑の息吹を閉じこめた力で、主人の助けになろうと奮闘していった。
(「皆さんが無事であるために……お力、お借りしますね」)
 ――そう、ケルベロス・ウォーの時と同じように、地球のひとびとによって供給されるエネルギーが、ヘリオンデバイスを動かしているのだ。
「……春を謳う命の想いと共に、響け」
 ドローン型のデバイスにそっと思念を送る風音が、全帝の雷から仲間たちを守るべく、奏でるのは二重唱。
 その花と春の女神の歌が、樹海に棲む数多の命のこころを震わせていくと、オペレッタの指先を苛んでいた痺れもいつしか消えたようだった。
(「――ちりり、と」)
 焦げたように感じた指先はきっと、全帝の――轟く雷撃にも似たココロに、触れてしまったからなのかも知れない。
「生まれ、落ちた。気分はいかがですか?」
 彼女の、澄んだ紫の瞳に映るその竜は、赤子である筈なのに、ひどく達観した素振りを見せて咆哮する。生まれながらにして業を背負い、それでも魔竜として進化し続けようとする――そんな覚悟をオペレッタは感じたが、目指す未来が交わらないのであれば、引き金をひくことを躊躇いはしない。
「……ですが。アナタが空を、知る前に」
 ――それは、相手が力を取り戻しつつある影響なのか。次第に周囲の温度が下がり、微かな煌めきも奪われて樹海に薄闇が迫っていく。
「行きます……!」
 それでもフルゴルの持つ可能性を停滞させようと、カルナが重鎚を勢いよく振り上げれば――それに合わせて、オペレッタのトゥシューズがくるりと踊って、流星の煌めきが辺りに散った。
「『これ』は『撃ち落とし』ます」

●進化の道を断て
 ――初めは動きのぎこちなかった魔竜も、時を刻むごとに肉体に馴染んでいっているらしい。序盤から足止めを重ね、攻撃を当てることを最優先にはしていたが、フルゴルの強さはそれをも上回る。
「……このままでは」
 力比べなどしている場合ではないとは思うものの、建御雷神の太刀で魂を啜りながら祇音は思う。長き進化の果てに――いつかこの竜は、四季さえも操れるようになるのかも知れない。
「その輝きは、太陽の如き灼熱を。……或いは光を奪い、極寒の地に変えることすらも」
 祇音の肌を這う黒い紋様が、穢れとなって痛みを訴えていくが、天津罪の禁術を用いる覚悟は出来ている。一方で皆が無理しないようにと、セレナ達も矢面に立ってくれていたのだが――フルゴルの雷はしぶとく後列を狙っており、庇い続けていくのにも限界があった。
「調整も……そう細かくはいきませんか」
 ――誰かひとりを庇うにしても、此方の狙い通りに行える訳ではない。なるべくなら体力に余裕があるものが向かえれば良いのだが、そもそも庇えるかどうかも確実ではないのだ。
「ですが、私は騎士。最後まで皆さんの盾であり続けます」
 灯のウイングキャットのアナスタシアは、魔竜にも気圧されずに立ち向かっていたが、ミョルニルの直撃を受け散ってしまった。レイジやシャティレと言った他のサーヴァントも、残りの体力を考えると一撃で倒されてもおかしくはない。
「……私、も。皆さんの戦線を維持するため、……皆さんと無事に戻るため、全力を尽くします」
 卓越した剣技を繰り出しつつ、肩で大きく息を吐いたセレナの元へ、優しく届けられた癒しの歌声は風音のもの。恐らく彼女の方も限界が近づいているのだろうが、森を護る一族としての意地があるのだろう。
「稲妻の『煌めき』は、大空を奔ることなく――」
 そして――樹海を滑空する翼とともに、冰の構えた平家星が唸りを上げれば。仕込まれた鋸がフルゴルの鱗を引き裂いて、今まで蓄積された傷を一気に押し広げていったのだった。
「樹海にて、消灯」
 一手を無駄にしないのだと言う、冰の決意と共に――瞬く間に氷に覆われていった植物は、魔竜を戒める鎖のようにも見えて。聖王女の元へと、無意識の内に向かおうとするその足を狙って、影の如く忍び寄ったティアンが刃を繰り出す。
「……どこにも、行かせるものか」
「はい。聖王女への合流も、喰らいあう進化も、……復讐も」
 そうしてひらりと翻ったオペレッタの左手が、虚空の鍵盤を叩くように踊れば、無数の『0』と『1』が螺旋の如く竜を捕らえて、刻まれた『苦痛』を増幅していった。
「すべて、すべて、させません」
 咆哮と同時に放たれた、ブリューナクの閃光からも目を逸らさずに。マーノ・シニストラ――いつかと同じように手を伸ばして、貫いて。その時、とくんと音を立てたココロの名前を、彼女は既に知っていた。
(「それでも、『これ』は……」)
 ――宙を舞う身体に気づくと同時に、耳元で鳴り響いていく警告音。純然たる死のリフレインによって、オペレッタの視界が赤く霞がかっていく中で、灯の生んだ蒸気の壁がどうにか意識を繋ぎ止める。
(「帰る時も、一緒ですよ」)
 そう言って微笑んだ、灯が居た。それに、どんな状況でも自信に溢れた彼女の姿に、勇気づけられたのはカルナだって同じだ。
「……だけど。被弾してしまったのは、ちょっと気になりますからね」
 お返しとばかりに全力で、手にした杖をファミリアに変えて、魔竜目掛けて一直線に向かわせる。銀砂の髪を波打たせるようにして、白梟のネレイドが魔力を纏っていくのを見つめながら、カルナはこの一撃で勝負がつくことを確信していた。
 ――このまま、押し切る。押し切れる。だから。
「攻撃は最大の防御です!」
 その言葉と同時に、全帝フルゴルの胸にある宝玉が砕け散って――その身に纏う攻性植物もまた、急速に枯れるようにして塵に変わっていったのだった。

 もしかしたら、魔竜も迷子ではなかったのかと。戦場へ向かう際に交わしたやり取りを思い返しつつ、カルナは静寂を取り戻した森の中で大きく伸びをした。
「それでもこうして……ばっちり倒して、樹海で迷いませんでした! って報告が出来そうで何よりです」
 そんな風に――灯みたいなドヤ顔をして、彼女と顔を見合わせて。一方で仲間たちとは少し離れた場所を、ゆったりと人工翼で飛翔しているのは冰だった。
 ――魔竜の脅威は去った。けれども、ドラゴンと言う種族そのものは未だ侵略を諦めていない。
「……強者だけが生き残る、種としての在り様は承認不能」
 しかし、自身の失われた記憶の代わりに、今回の経験と知識を蓄積していくことにしよう。そっと目を閉じて零した冰の呟きは、樹海を揺らす雫の一滴になるかは分からないけれど。
「ただ、冰のメモリーに記録」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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