富士樹海魔竜決戦~春遠からじ

作者:天枷由良

 嘆叫が木々を揺らす。
 樹海の奥地。孵る十七の仔。
 母たる大樹の胎を喰い破り、魔竜は今再び、そして新たに、顕現した。
 その威容を誇らしげに見つめて、樹母竜リンドヴルムは朽ちていく。
 供物も時間も不十分なままで行われた再誕の儀により、力を使い果たしたのだ。
 巨躯は瞬く間に萎れて散り、目覚めに至らなかった数多の竜と同様、宝石に変わった。
 ――然し、彼女の意志は、竜の望みは、仔らへと引き継がれた。
「貴女の献身が授けし力、必ずや我が物としてみせましょう。
 ケルベロスを斃す為、そして――来るべき時の為に」
 蒼竜の囁きが木々の合間を抜けていく。
 移ろいゆく時に逆らうような、季節外れの桜吹雪を伴って。

●ヘリポートにて
 富士の樹海に向かったケルベロスたちが危機に陥っている。
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は焦燥を滲ませながら手帳を捲り、さらに駆け足で言葉を継ぐ。
「彼らは邪樹竜クゥ・ウルク=アンを倒し、魔竜軍団の完全復活という目論みを阻んだわ。けれど、樹母竜リンドブルムは自らをも捧げて魔竜を産み落としたの」
 不完全ながらも孵化した魔竜は十七体。それら全てが、クゥ・ウルク=アンを斃したケルベロスたちを蹂躙すべく、既に昏い森の奥から進撃を始めているのだ。

 ミィルの予知に掛かった“蒼帝プリマベラ”は、新たに魔竜となった一体。
 攻性植物と融合を果たしたそれは、桜の花弁を運ぶ清流の如き姿をしている。
「見た目だけなら、春を想わせるようなドラゴンね。……ケルベロスにとっては、真冬の猛吹雪よりも厳しい存在に違いないけれど」
 その咆哮は自身や周囲の水を自在に操り、深山に大河を生み出す。
 激しい流れは仇なす者に災いを、プリマベラ自身には窮地を逃れる恵みを齎すだろう。
「身に宿した攻性植物は鞭のようにしなり、槍のように伸びて皆を貫こうとするでしょう。何処からともなく吹き荒ぶ風には刃と等しい花びらが乗って、嵐の如く襲い来るはずだわ」
 術法による護りすらも打ち破るその力は、魔竜の名に相応しきもの。
 それだけに、孵化したばかりのドラゴンたちが“攻性植物と融合した身体に慣れきっていない”のは、幸いだと言う他ない。
 完全な力を発揮できない今ならば、勝機は充分にあるはずだ。
「ただし、戦いが進むにつれて魔竜たちも今の身体に慣れてくるでしょう。そうして自らの能力を使いこなすようになればなるほど、状況は難しくなっていくわ」
 そうなる前に、全力で短期決戦に持ち込まなければならないが――奮闘虚しくと相成れば、魔竜たちは“聖王女”との合流を目指し、何処かへと退いていくと予知されている。

「魔竜というものが生半可な相手でない事、その身を以て知る人もいるでしょうけれど。それでも貴方たちなら、勝てるはずだわ」
 そして、此処での勝利はユグドラシル残党の一つを壊滅させる事と同義である。
 手帳を閉じたミィルはケルベロスたちを信頼の眼差しで見つめ、出撃準備を促した。


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)
ロミー・ゲベーテン(セレニティプレイヤー・e86489)

■リプレイ


 何処までも代わり映えしない景色。
 木々が支配する無間地獄の如き世界に、一筋の流星が過ぎった。
 立花・恵(翠の流星・e01060)という名のそれは、彼方から波のように押し寄せてきた邪悪を打ち、その侵略を一先ず押し止める。
 そうして生まれた時間はごく僅かであったが、それでもメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)やステイン・カツオ(砕拳・e04948)、朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)など、森の深部から駆けてきた者たちにとっては価値ある一瞬だった。
 彼女たちは息を整え、反抗への態勢を作る。
 その最中にも攻勢をかけるべく、得物を振り翳したのはミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)。
「グッモーニン……アーンド、グッバーイ!」
 溌剌とした叫びに合わせて打ちつけられる黒い大斧。
 邪悪が――身の内に攻性植物を孕む事で、魔竜と呼ばれるに至ったドラゴンが呻き、のたうつ。
 其処には薄ら寒い気配こそあれ、総毛立つような脅威は感じられない。
「起きてくるのが半年くらい早かった……いや、遅かったんじゃないかな?」
 嘲笑混じりで囁いたプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が、ジェットパック・デバイスを噴かせて魔竜の真上から墜ちる。
 勢いに任せて紫水晶を脳天へと叩き込めば、悶えた巨体は枝垂れるように大きく曲がって、背びれなどから淡い色の花びらじみた欠片がぱらぱらと零れた。
 ともすれば桜の季節を思わせる光景だったが、しかしケルベロスたちの目を奪ったのは何処か侘しい竜の有様でなく、その肉体に浮かび上がる数字。
「まるで雛……いいえ、形作られたばかりの蕾ね」
 傍らのアルマジロにも似たボクスドラゴン“静謐”へと語りかけながら、ロミー・ゲベーテン(セレニティプレイヤー・e86489)が弓に呪いを番える。
 ケルベロスとしての経験には乏しいメリュジーヌのロミーと、個体最強と呼ばれるドラゴンの中でも一際強大な魔竜。本来ならば勝敗など比べるまでもないはずだが――それでも構えてみせたのは、眼力が示す可能性の大きさ故。
 白蛇の半身で大地を掴み、竜翼広げて力を解き放てば、射ち出された呪いは見事に巨躯を穿って新たな悲鳴を齎した。
 その惨憺たる響きこそ、ケルベロスたちの繰り出す全てが会心の一撃となっている証。
「畳み掛けるぜぇ!」
 比良坂・陸也(化け狸・e28489)が敵を威圧するように吠え、体内の力の巡りに作用する符を貼り付ける。
 再び叫喚した魔竜にステインが悪意を弾丸として撃ち込めば、環は凍気纏う超金属の杭を突き刺して、螺旋力で押し込んだ。
 傷口の周囲は一瞬で白く染め上がり――程なく、澱んだ穢れの色へと変わっていく。
「……君が悪いんだよ。君が。君たちが」
 僅かに肩で息をしながら吐き捨てたのはメロゥだ。
 邪樹竜を前に泰然自若としていた彼女も、心のゆとりは何処かでシルクハットと一緒に落としてしまったのだろう。奇術師の正装も蛇の半身や竜翼の現出によってボロ布のように裂け、そんな身形で浮かべた笑みは普段よりも歪。
 其処には奇術師の側よりも、忌み子の陰が滲んでいる。


 しかし、ケルベロス一人が醸し出す雰囲気など、ドラゴンにとっては何の意味もない。老若男女如何なる種族であれ、それがケルベロスであるというのならば斃し、踏み越えていくだけなのだから。
『馴染み切らずとも、私自身の力であれば……!』
 食いしばって苦悶を堪えた魔竜・プリマベラが、せせらぎを思わせる声色で呟く。
 途端、四方から轟音を伴って激しく噴き出したのは、凄絶なる濁流。
 木々の海に洋々と流れる大河を築かんと迫る圧倒的な水量が、最前線を形成するステインやロミーを飲み込んで大地へと還り――またすぐさま現れて、命を弄ぶかのように荒れ狂う。
 それは紛れもなく、究極の戦闘種族たるドラゴンの力。
 まともに喰らえば、如何に歴戦のケルベロスといえど忽ち足元の腐葉土と接吻する羽目になるだろう。
 ――まともに喰らえば、だ。
「虚仮威しにもなってねぇんだよ!!」
 聳え立つ濁った水壁から、ステインの叫びが轟く。
 合わせて放たれた氷結の螺旋力は濁流をも砕き、魔竜を厳しい冬の寒さで包み込んだ。
 またしても身を捩るプリマベラ。対してステインの迷彩柄には泥水の名残など殆どなく、ドワーフらしい頑強な短躯で悠然と構える姿からは、まだまだ戦い続けるに十分なだけの体力を残している事が伺える。
 そればかりか、ロミーに至っては水と触れた痕跡すら存在しない。
「水遊びも満足に出来ないなんて、本当に大したことないのね」
 くすくすと笑いながら言って、静謐にステインの回復を命じる彼女の余裕は、敵味方どちらから見ても信じ難いものだろう。
 しかし、ロミーが無傷で在るのは紛れもない現実。そしてプリマベラに不自由を強いる全ての原因が、未だ完全なる同化に至らない攻性植物の部分にある事も明白。
「さあ、一気に行きますよ! 皆さんっ!」
 ステインの小さな背に守られていたミリムが、大斧を担ぎ直して吼える。
 プリマベラの動きが、ドラゴンらしからぬ緩慢なものである内が勝負なのだ。それを理解しているからこそ、ケルベロスたちは意志を口々に言葉と変えて、猛攻を仕掛けていく。
 脳天を割るミリムの大斧。ロミーが撃ち出すグラビティ中和弾。
 恵のリボルバーからは空の霊力を帯びた弾丸が飛び、それが穿った穴を陸也の災厄齎す手がさらに切り開くと、まだ万全に近い仲間たちを一瞥したメロゥは、不屈不撓の歌声と共に希望の光で魔竜を射抜く。
『く、う……ッ!』
「痛い? 辛い? ……それじゃ、少し気持ちよくしてあげるね」
 歪むプリマベラの顔に鼻先触れる程まで迫って、プランが艶やかに囁いた。
 その声が木々のさざめきに消えれば、プラン自身の姿も緑色に溶けていく。どろりと垂れる粘性の液体は桜の幹と似たプリマベラの体表を汚し、其処で辛うじて人の形を保ったものが頬ずりするように動く度、ドラゴンの口からは苦しげな吐息が忙しなく漏れる。
 そうしてガードの緩んだところを、環は鼠でも仕留めるかのように素早く突いた。
「上にばかり気を取られていると――!」
 足を掬われる、と言葉にするより早く突き出るのは、降魔の力が食らってきた魂の一部。
 地雷のように忍ばせていたそれは、槍状に変化して回転しつつ、プリマベラに“不幸”を植え付けていく。
「とっくに不幸かもしれませんけどねー!」
「まだ“底”だとは限らねぇだろ?」
 軽口を叩く環に、陸也が禁呪符を貼り付ける機会を伺いながら答えた。
 応酬は油断ではないが、しかしケルベロスの余裕を感じさせるものには違いなく。
 それが、どれだけプリマベラを苛立たせるかもまた想像に難くない。

 弱肉強食を是としてあらゆるものを喰らい、宇宙に覇を称えるだけの力を有していたはずのデウスエクス・ドラゴニア。
 その栄光は母星のグラビティ・チェインの如く枯れ果てて崩れ去り、僅かばかり地球に残る者の一部は大阪から富士の麓まで惨めったらしく逃げ落ちて。
 其処で密やかに起死回生の策と講じた儀式はまたしても阻まれ、生まれたのは魔竜とは未だ名ばかりの不完全な竜が十七。
『……それでも此処で、此処で散る訳にはいかないのです』
 口惜しさを露わにしたプリマベラが、間欠泉の如く湧いた清流の中へと姿を隠す。
「回復するつもりだよ!」
「回復ぅ? 魔竜が甘えたこと言ってんじゃねえ!」
 環の言葉に弾かれるようにして、陸也が狙いを定める。
「――死ねよや!!」
 荒々しい台詞の後に鋭く差し向けられた符は、水柱の中へと吸い込まれていく。


 直後、ケルベロスたちはそれを肌で感じ取り、眼で確かめた。
 飛沫を撒き散らしながら再び姿を現したプリマベラ。
 其処に示される可能性が、崖から滑り落ちたかのように大きく減っている。
「不味いぜ、幾らか“馴染み”やがった!」
「ですが、傷は殆ど癒えていません! 今のうちに!」
「ああ!」
 ステインやミリムに首肯して、恵が大地を蹴る。
「もう一篇寝てろ!」
 繰り出された飛び蹴りはプリマベラを着実に捉えて、続けざまルーンの輝きと共に振り下ろされたミリムの大斧や、ステインが放つ悪意の弾丸もまた新たな傷を作り上げた――が、しかし。
 明らかに手応えが悪い。最初の一撃が悉く最高の一撃であった分、その落差は焦燥に変じてケルベロスたちの心を侵していく。
 一方、肉体を翻弄するのは濁り切った水の流れ。
 押し寄せる波を真っ向から浴びたロミーの身体は静謐共々大樹の幹に叩きつけられ、頑強さに物を言わせて第一波を耐え忍んだステインも、真上から迫るような水の圧力に抗えず押し潰される。
「っ、二人とも――!」
 無事か、と呼びかけるくらいなら治癒に勤しむべきか。
 攻勢に傾けていた力の方向を変えるべく、メロゥは魔法の竪琴に歌声を注いで。
「……大丈夫よ、まだ立って居られるわ!」
 帛を引き裂くようなロミーの声に、音を奏でたまま視線で応える。
 虚勢を張っている――訳ではないようだ。同胞は確かに強烈な一撃を貰ったが、自力で態勢を整えてさらに言葉を継いだ。
「急ぐんでしょう?」
「……そうだね」
 プリマベラの力がいつ、何処まで膨れ上がるかも定かではない。
 ならば、響かせるべきは不屈の決意でなく未来を切り拓く意志。メロゥは竪琴に捧ぐ声の色を変えて、ロミーのように戦場の最前列に立つ者たちを僅かに癒やしながら力付ける。
 その一端を受け、ミリムは手元に一つの紋章を描き出した。
「魔竜プリマベラ! 眼を見開き、とくとご覧あれ! 刹那のショーを!」
 舞台の幕開けを告げる高らかな宣言の後、魔竜を巻き込んで始まったのは命懸けの演目。
 失敗すれば――否、成功すれば真っ二つの大切断マジックは粛々と進み、巨大な刃の先が魔竜の鱗を擦り上げる。

 その時、薄暗い戦場に吹き荒れたのは淡い花びら。
 まるで嵐の如く、西から来る風に乗って押し寄せてきたそれが彼方に過ぎ去れば――ミリムの前にはステインの小さくとも頑丈な身体が在って。
 それは枯木を切り倒すかのように呆気なく、前のめりに崩れ落ちる。
 もはや驚愕すら声にはならなかった。全身に夥しい程の裂傷を負ったドワーフだけでなく、回復支援に努めていたボクスドラゴンの姿が見えないのも、盾の役目を果たして力尽きたからだろうと理解は出来る。出来るが、しかし。
(「……何処が春を想わせる竜ですか」)
 ミリムは改めて相対する敵を見据えた。
 命芽吹く、暖かで優しい季節。春。
 その象徴とも言える花びらが作り出したのは、殴りつけるような猛吹雪より厳しい現実。
 これが――これが魔竜の、プリマベラの真なる力であるとするならば。
「早く倒さないとね」
 敢えて淡々と、プランが事実を告げる。
 そうだ、それしかないのだ。まだ立っていられるのなら。
 踏み躙られるよりも先に踏み躙るしかない。


 その決意を見透かしたかのように、プリマベラが己を水流で包む。
 相も変わらず傷の治りはよろしくない。けれど、その要因である数々の呪いは、完全とまではいかなくとも着実に洗い流されているだろう。
「陸也!」
「呪を禁ずれば即ち自らに呪を巡らすこと能わず――御霊は鈍り、死へ至れ!」
 呼び掛けと同時に駆け出す恵の背を見やって、陸也は袖から抜き取った符に念じると、自身も果敢に敵との間合いを詰める。
 何度外されようとも枷を掛け直すのが陸也の、そして環の役割。二人でタイミングをずらして編み上げた不癒の罠に他の仲間たちの呪いまでもが混ざれば如何に魔竜の力でも完治は成し得ないはず。
 ならば、後は全身全霊を賭して押し切るだけだ。大斧を振り回すミリムと、粘体と化したプラン。猛攻の両翼である二人に続いてロミーのバスターライフルが唸り、恵のリボルバーは超至近距離からの一撃を炸裂させる。
 環の駆動剣は竜の鱗を喰い破るように斬り裂いて。傷口を陸也の手がさらに無残な形に刻めば、溢れ渦巻くメロゥの呪いが其処を不治の澱みへと変えていく。
「……まったく、気に入らないね」
 呟くメロゥは癒し手を務める身でありながら、治癒と五分になる程度には魔竜を攻め立てていた。序盤には敵が精度を欠いていたからで――今は癒やすべき相手を失ったから。
 盾役が自身を擲ったが故に、攻勢以外の選択肢も無くなったのだ。それは期せずして巡った好機ではなく、忌むべき自己犠牲の副産物。
 眼前の竜にしても同じようなものだ。口が裂けてもリンドヴルムの行いを“献身”とは言えない。
 自らを捧げるなど、それは唾棄すべき愚行だ。

 そう思うからこそ、メロゥは再び吹き荒れた花嵐の後に複雑極まりない表情を浮かべた。
 傍らに臥せるのは同じ妖精種族であるロミー。悲鳴すらも纏めて攫われたそれが、己を庇って見るも無残な姿に成り果てたのは言わずもがな。
 プリマベラの力は尚も増大しているのだろう。でなければ、同じ力に拠る奔流と西風を続けざまに繰り出して、ここまで酷い有様にはなるまい。
「……ふざけたヤローだぜ」
「ゲートだって壊したんだ。今更、こんな奴に良いようにされてたまるか!」
 陸也が唸り、恵は叫んで攻撃を仕掛ける。
 その感触がますます悪くなっているのは誰しもが感じ取り、その理由が何であるかは皆が両目で視ているから誰も口にしない。
 プリマベラとて、あちらこちらに裂け目を作り、澱みを抱き、呪いで侵されて限界が近いはずなのだ。
「魔竜は、此処で斃します!」
 頭に鳴り響いて止まない警鐘を無視して、ミリムが突撃を掛ける。
 振り上げるのは幾度も大きな傷を与えた黒き大斧ではなく、終焉を齎す竜の咆哮と力を噴出する巨塊の如き鎚――!

『――漸く、漸く理解しましたとも、全てを!!』
 危機に瀕して叫ぶ竜から梢が伸びる。
 瞬く間に迫ったそれはミリムの身体を貫き、まだ十分に残していたはずの力を根こそぎ奪ってから、幼子が玩具を放る手付きのようにしなった。
 巨鎚が地響きを鳴らして落ちる。当然、その持ち主も樹海の傍らに転がったままで動く気配はない。
 だが、其処に目を向けている余裕もない。敵が伸び切った梢をずるりと戻している今こそ、弾丸を叩き込む好機。
「一撃をッ――!!」
 ぶっ放す。叩き込む。撃ち貫く。そしてドラゴンを屠る。
 気合十分に、神風の如き疾さで迫った恵を襲うのは二撃目の梢。
 引き金を引けば何もかも片付くだろうに、指は鉛のようになってぴくりとも動かない。

 それでも。
 恵は苦痛で歪む顔に笑みを被せた。
 刹那、交差する二つの斬撃に紫水晶の衝撃が重なる。
 僅かだが、しかし上回った。徹底的に治癒を封じた策が奏功したか。
 環、陸也、プラン――彼らが渾身の一撃でへし折った魔竜の骸は、冬の気配がする風に流されていった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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