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とろりとした闇の中、黒衣が揺れた。
森の中。黒々とした二つの影があった。
ひとつは、黒衣に身を包んだ女の姿をした死神である。そして、もうひとつは藪の中に横たわるエルフであった。
いや、違う。
玲瓏たる美貌は特殊ラバーで造られたものであり、内部は鋼と機械であった。彼女ーーそれはダモクレスであったのだ。
そのダモクレスの身に、死神は球根のような『死神の因子』を植え付けた。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
死神は命じた。するとダモクレスは目を開いた。
再起動した電子脳にかすかなデータが残されている。アレクシアという名で人間社会に潜伏していた時に知り合った男性だ。
命令を受け、殺戮を始めた。が、その男性を手にかけようとした瞬間、動きがとまった。理由はわからない。
刹那、破壊された。ケルベロスの手によって。
その男性は近くにいる。今度こそ使命を全うしなくてはならなかった。
レイピアを手に、アレクシアは立ち上がった。
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「死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走してしまう事件が起きることが分かりました」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「『死神の因子』を埋め込まれたのはダモクレス一体。死神が選んだだけあって、強力な個体のようです」
ダモクレスが狙っているのは東京近郊の街。目的はたった一人の男性だが、当然、他の人間の殺戮も目的の一部ではあった。
「死神の因子を埋め込まれたデウスエクスは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人間を虐殺しようとします。殺戮が行われるより早く、デウスエクスを撃破してください」
セリカはいった。今から行けばケルベロスの到着は街到達直前となるだろう。
「オークの攻撃方法は?」
問うたのは香月・渚(群青聖女・e35380)であった。
「レイピアです。威力はケルベロスのものより強力ですが」
それと、とセリカはケルベロス達を見た。
「この戦い、普通に戦うだけでは死神の思惑に乗ることとなります」
このデウスエクスを倒すと、デウスエクスの死体から彼岸花のような花が咲き、どこかへ消えてしまうのだ。
「死神に回収されてしまうのです。ですが、デウスエクスの残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させた場合は、死体は死神に回収されません」
セリカはいった。それは体内の死神の因子が一緒に破壊されるからである。
「殺戮を許すわけにはいきません。ダモクレスの殲滅を」
セリカはいった。
参加者 | |
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叢雲・蓮(無常迅速・e00144) |
香月・渚(群青聖女・e35380) |
深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165) |
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471) |
九門・暦(潜む魔女・e86589) |
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泣いているみたいだ。
秋の夜空から跳ぶ刹那に見た月をそう感じたからだろうか。闇色の影纏う雲を銀色に煌かす月光を突き抜けて、鬱蒼と茂る森の始まりの路面へ降り立った。
香月・渚(群青聖女・e35380)、彼女が紫の瞳で見た銀盆のような円月が、あまりにも綺麗に一際強く煌いたのは。
けれどその瞬間、真実、月光より眩しく煌めく神速の斬撃が襲いくる。
精鋭たる渚ですら捉えきれぬほどの速さ。研ぎ澄まされた細身の刃で薙ぐ凄まじい斬撃に渚の身から鮮血が散った。
「また邪魔をするの、ケルベロス?」
アレクシアの問に、渚は血笑で報いた。
「それがケルベロスのつとめだからね。それに死神に利用されて、殺戮を起こすなんて許せないし。せめて、ボク達の手で死神の思惑通りにはさせないようにするよ。それがキミの唯一の救いになるとおもうから」
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)はエルフ型アンドロイドと真っ向から向き合った。黄昏色の瞳、光の加減で白光を散らす銀色の髪、成程人間離れした美しい存在と思わせる相手。蓮にとっては少しばかりやり難い敵だ。
「邪魔しないで。今度こそ、やり遂げなければならないの」
「知っているよ。その行いを僕たちは止めに来たんだ」
金色の双眸で少女を見据え、オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)は神話そのもの姿で言葉を紡ぎ出しはじめた。
「昔々、大陸のほぼ全てを恐怖で支配した魔王を倒すために、伝説の剣を手にした少年が遠い旅路へと向かいました。長い道行きの果てに――」
オズの語る物語そのものが光を放った。渚の傷が癒え、のみならず前衛に立つ者たちの力が底上げされる。
「死神の因子を埋め込まれたダモクレスですか。これが噂に聞く、死神のリサイクル技術……というわけですね。自分達の戦力は温存できるうえに、うまくいけば強力な手駒が増える。よくできてるものです。さて、お仕事ですね」
レンズを拭いた眼鏡をかけると、月光めいた光の粒子を吹雪かせたのは、オズと同じメリュジーヌたる少女ーー九門・暦(潜む魔女・e86589)だ。腰までのびた艶やかな黒髪といい、理知的な眼鏡をかけた相貌といい、メリュジーヌの本性さえ見せなければ優秀な学級委員長としか見えない美少女である。月に掛かる光暈めく粒子で前衛に超感覚の覚醒を暦は促した。
渚のボクスドラゴンに微笑した瞬間、
「エルフの女性の姿をしたダモクレスさんなんですねぇ。しかも何やら…ある男性に恋していそうな雰囲気がしますよぉ。そんな彼女を倒さなければならないというのは…遣る瀬無いですねぇ」
私がこの月光夜の、先駆けとなろう。
のんびりとした口調とは裏腹に、そう決意した深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)は驚嘆すべき身体能力で彼方まで跳び退った標的をめがけ、己が腕をスナイパーライフルと化さしめた。轟音とともに吐き出されたのは、不死たるダモクレスですら撃ち抜く大口径弾である。
「見蕩れるのも結構ですが、油断は禁物ですよ、叢雲さん?」
「はいなのだー!」
顔を真っ赤に染め、蓮がこたえた。そしてアレクシアの、超硬度鋼の足先が砕け、機械の破片が散り煌く様を超感覚で捉えた刹那、蓮は己が技量を疾風と成して標的へと斬りかかる。
「ん~…何か街に用事でもあったのかな? ま、分からないけれども。けど、もうこれで戦わなくて済むから…おやすみなさい、なのだぜ。むぅ…やっぱり相手が綺麗なお姉ちゃんの格好してると何か慣れないの~!」
「!」
アレクシアの玲瓏たる美貌がわずかにゆがんだ。
根源的な喪失感があった。蓮の手の喰霊刀が、文字通り啜ったのである。
瞬間、アレクシアの反撃。逆しまに噴き上がる銀光が蓮を切り裂いた。
すると、すかさず翼もつ猫ーートトが動いた。翼から癒やしの風を蓮に送る。
が、まだアレクシアに動揺はなかった。癒やしが追いつかぬほど切り刻めばいい。そう彼女は判断した。
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「さぁ、行くよドラちゃん。援護は任せたからね!」
小竜に告げると、渚は跳んだ。衝撃に地が爆ぜ、つま先に銀の流星を燈した渚がアレクシアの肩を確実に捉えて彼女を蹴倒した。跳ね起きた瞬間には呪詛を流しながら呪われた刃が迫り来る。
アレクシアの反応は速かった。澄んだ金属音を発し、アレクシアのレイピアが蓮の喰霊刀をはね返した。いやーー。
アレクシアの顔に笑みがういた。彼女は蓮の接近を待っていたのだ。
返すレイピアの刃が蓮を切り裂いた。たたらを踏む蓮めがけ、さらに三撃め。これで終わりーー。
雷火のような火花が散った。横からのびた漆黒の大鎌がレイピアを受け止めたのである。
「早く叢雲さんの治療を!」
大鎌を手に、星憐が叫んだ。すると、再びトトが涼やかな風を送った。さらにドラちゃんが属性をインストールする。
「あのダモクレスさんはもしかして、心を持ちかけていたのでしょうか。だとしたら」
覚醒の銀光を撒き散らしながら、暦はいった。すでに彼女は幻獣の本性を現し、下半身が蛇のそれと化している。
「だとしたら、切なくて……悲しいね。だけど」
やはり、斃さなくてはならない。彼女は殺戮者。そしてケルベロスは守り手であった。おそらく、憎むべきは死神であろう。
それぞれに想いを抱いて駆ける戦場、秋の銀夜に浮かび上がる世界は、酷く幻想的で美しかった。
瞬間、オズの尾がはね上がった。鞭のようにしなって疾るそれをかわすことは、さしものダモクレスにとっても困難だ。
打たれたアレクシアが跳び退った。その磁器のような白い肌が黒く裂けている。毒におかされているのだった。
「やってくれたわね」
アレクシアの目が凍てつく光を放った。肌を汚されたことに怒っているのだ。ダモクレスといえど、やはりアレクシアは女性であるのかもしれなかった。
等間隔に聳える樹の影が月光に長く長く伸びる中、逆光を背に跳躍したアレクシアがレイピアを振り落とした。すると刃の軌跡にトトが躍り込む。爆ぜ散る翼猫の血が舞い、月光に淡く光る地を濡らした。
その不吉な赤を視覚の隅に捉えつつ、渚は大きく間合いを取ったアレクシアに追いすがる。冴え渡る超感覚をもってしても完全には捉えきれない相手だ。がーー。
「逃さないよ。逃がすわけにはいかないんだ。それっ、炎に包まれてしまえ!」
跳び退ったアレクシアを追うように、摩擦熱で生じた炎を地に刻みながら渚が迫った。翔けあがる炎の蹴撃がアレクシアを撃つ。
金瞳が吹き飛ぶアレクシアの姿を捉えた途端、オズがかまえた妖精弓から煌めく矢が放たれた。魔弾のごとき矢は、回避せんとするアレクシアを惑わず追い、彼女の左の胸を深々と貫きーー。
はじかれた。アレクシアの細剣の一閃によって。
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中天に月はさらに冴え冴えと。
波打つ雲に煌月が触れれば、それは波頭のように銀色に輝いた。光と影も滲む路面に、激しい剣戟の影絵も融けるように躍る。
渚の身を無残に引き裂かんとした斬撃に身を挺し、ドラちゃんが鮮血をまき散らせた。渚の目に怒りと悲しみの色がはしる。
「このままだと、キミもこの哀しみを知ることになるんだよ」
「哀しみ?」
とまどいつつ、アレクシアは跳んだ。横薙ぎの斬撃の反動も活かし渚の視界から掻き消えんとするアレクシアを、しかし渚は逃さない。怒りと哀しみを脚に、そして跳躍の力へと変換させた渚は翔んだ。
「この飛び蹴りを、避けきれるかな?」
彗星の軌跡を描いて煌めくつま先を蓮はアレクシアに叩き込んだ。衝撃の凄まじさに、たまらずアレクシアは一瞬動きを鈍らせた。
その隙を蛇身の美少女が捉えた。
「やれやれ……あまり怒らせないでくださいよ」
眼鏡をついと指で押し上げ、暦がいった。魔性の証たる紫瞳がきらりと光る。
おそらく、眼前のダモクレスは悲劇の主なのだろう。が、仲間を傷つけることは、やはり許せない。
アレクシアの背がぞくりと戦慄した。暦という少女には、ダモクレスをして戦慄せしめる凄みのようなものが確かにあった。
瞬間、暦の瞳の光がさらに強まった。見つめられたアレクシアの身がびくりと震え、硬直する。
魅惑の魔眼。
それは暦のみ持ちうる異能であった。魔力を秘めた瞳で対象を見つめることで、対象を魅了したかのように無防備にさせる恐るべき業なのである。
「あとはお任せします」
「はい」
星憐が腕を掲げた。のばしたそれは、すでに砲身へと形態変化を終えている。
「哀しみより、もっと素晴らしいそのものが芽吹く様を見守ることができたなら――」
どんなにか幸福だったろう。彼女も、自分達も、そしてきっと、哀しみではない温かな何かを心に蒔いた誰も。
指の合間から零れ落ちてしまった未来に心を悼ませながら、星憐は撃つ。哀しみを怒りに変えて。
撃ち出されたのは虚数の海からくみ出された混沌の砲弾だ。まるで意志あるかのように複雑な軌跡を描いて飛翔したそれは、確実にアレクシアを捉え、爆発に飲み込んだ。
「死神のために失ってしまったのですね」
「いや、想いはきっと胸の底に――」
残っている。
爆炎から力尽くで逃れて跳んだアレクシアを追って、蓮は疾駆した。疾風の速度で地を滑るように接近。
懐に飛び込んだ蓮の視線とアレクシアのそれが一瞬間だけ絡み合う。永遠のような一瞬間だけ。
蓮の腰から銀光が噴いた。抜刀したのである。
得物は共に喰霊刀。玉環国盛と弾正大疏元清だ。
たばしる二刀を蓮は交差するように薙ぎつけた。その一刀を、アレクシアはレイピアで受け止めた。迅雷の蓮の一閃を受け止め得たのはダモクレスをしてあるアレクシアなればこそだ。
が、残る一刀を防ぐことさしものアレクシアにしても不可能であった。光流が確かにアレクシアを薙ぐ。
アレクシアが倒れ伏した時、すでに二刀は鞘におさめられていた。
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「……終わったようだね」
オズが重い息を吐いた。
誰にでも、物にすら物語がある。その物語の中で生まれる人間模様やドラマに彼は興味を持ち、オズはそれを己の力とするのだった。語り部とは、そういう生き物である。
そのオズにはわかっている。物語には始まりがあるように、必ず終わりがあるということを。それが喜劇であろうと悲劇であろうと。
蓮が瞑目して祈りを捧げている。この時、できることはそれくらいであろう。
今できることを、今する。
蓮から視線をはずすと、暦は辺りの修復を始めた。
誰からともなく月を振り仰いだ。きらきらと煌きながら月光が舞い降りてくる。
月はやがて降りるだろう。そしてまた太陽がのぼるのだ。
幾度も夜と朝を重ね、巡りゆく時の何処か。きっと二つの命が微笑むだろう。
そう願わずにはいられない夜であった。
作者:紫村雪乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年10月10日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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