ミッション破壊作戦~月明に照らされる真理の浜辺

作者:ほむらもやし

●夜が長くなる
 夜空に浮かぶ月が特別に綺麗な夜だ。
「建物の外に出て、もう暗くなっているのかと驚くことがあるよね。10月に入ったけれど皆は大事なく過ごせているかな?」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は小さく頭を下げると、今月もミッション破壊作戦参加への呼びかけを始めた。
「目指すのはエインヘリアルのミッション地域だ。攻撃可能地域は少なくなってきたけれど選択可能なミッションの中から一箇所、参加メンバーで相談して決めて欲しい」
 回廊攻撃は高空からの降下作戦を実施する。
 ヘリオンが通常飛ぶよりも高い高度からの降下だ。
 攻撃を行ったケルベロスは、自力でミッション地域中枢部から撤退しなければならない。
「撤退を阻む敵に関しては、公開されているミッションのデータが参考になる」
 ミッション破壊作戦の戦術はある程度確立されており、危険と言われたのは過去の記憶になりつつある。
 新たに得たヘリオンデバイスもリスクの低減に役立っているようだ。
「グラディウスは降下攻撃の時に浮遊する防護バリアに刃を触れさせるだけで能力を発揮する。手放しさえしなければ、叩き付けても突いても、切りつけても使い方は自分流で結構だ」
 グラディウスは一度使用すると蓄えたグラビティ・チェインを放出して主要な機能を失うが、1ヶ月程度グラビティ・チェインを吸収させれば再使用できる。
 手放すような使い方は想定されていないため、投げるような使い方をするべきでは無い。
 使用済みのグラディウスを持ち帰るのも任務うちだ。
「限られた数のグラディウスをやりくりしながら、多くの魔空回廊を破壊できたのは、長い間、皆がグラディウスを大切に扱ったおかげだ。ジグラット・ウォーやヘリオンデバイスの獲得で状況は変わってきたけれど、これまでの感謝の気持ちは変わらない」
 市街、城址、島嶼、山岳地帯……地形や状況は、選択したミッション地域によって異なる。
 山中を素早く移動するのに適切な作戦が、掘割のある城址で同様に役立つとは限らない。
 地形に応じた行動を心がけるだけでも、メリットは重なるだろう。
 忘れてはいけないのは、ミッション破壊作戦で攻撃を掛けるミッション地域中枢部は、通常の手段では立入ることが出来ない場所ということだ。
 戦闘や撤退に時間をかけ過ぎれば、孤立無援のまま全滅することもあり得る。
「聞いたことのある方には、繰り返しの説明で申し訳ないけれど、上空から叫びながらグラディウスを叩きつける――という攻撃は目立つ。目立たずには攻撃出来ないと承知下さい」
 この叫びは『魂の叫び』と俗称され、攻撃の破壊力向上に役立つと言われる。
 グラディウス行使の余波である爆炎や雷光は、強力なダメージをばらまいて敵軍を大混乱に陥れる。
 発生する爆煙(スモーク)によって、敵は視界を阻まれ、組織的行動が出来ない状況である。
「スモークが有効に働いている時間が撤退時間の目安だ。攻撃を終えてからスモークが効果を発揮する時間は一定ではないと言われるけど数十分程度という感じだ」
 敵中枢に大胆な攻撃を掛けて、一度も戦わずに逃走できるほど甘くはない。
 ミッション破壊作戦では地域に設置された強襲型魔空回廊の破壊を目指し、魔空回廊の破壊はその後のミッション地域の開放という結果に繋がって行く。
「エインヘリアルに好き放題にされている現状には憤りを感じるよね。これ以上好きにさせないよう、ひとつでも多くの地域を解放に繋げられるように、共に頑張って行こう!」
 戦い続けて行くことで少しずつ変わって行くこともある。
 この戦いは自分だけの戦いではない。今までに歯を食いしばって頑張って来た者の思いをつなぐ戦いでもある。


参加者
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
風祭・古都樹(剣の鬼という程じゃない・e51473)

■リプレイ

●小笠原諸島第二の島、母島
 関東地方から南におよそ1000km。
 出発の頃は月が出ていたのに、進むにつれて雲が多くなり、小笠原諸島、そして母島に近づく頃には漆黒の中に層状の雲が作る巨大な壁の間を飛んでいるように感じられた。
「低気圧のなかに突っ込んだようですね。もう何も見えなくなりました」
 夜明けが近いはずだと、外を見ていた、帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)が窓から視線を外す。
「まるで台風の中みたいだね。さっきまでは船の灯りも見えたのに」
 10メートルほどの落下と上昇を繰り返すジェットコースターのような乗り心地。
 シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)は1年前に大きな被害をもたらした台風を思い出す。
「ヘリオンじゃなかったら、絶対に飛行しない気象状況だよね」
「こんなにひどい乗り心地のヘリオンは初めてです」
「全くその通りです」
 シルディの声に、風祭・古都樹(剣の鬼という程じゃない・e51473)と深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)が苦笑いで応じ、そんなタイミングを見計らったように、目標上空への到達を告げるアラームが鳴り響いた。
「僕から行きます」
 露払いを買って出た翔がロックの解除されたドアを開け放つ。
 雨風が勢いよく吹きこんで来ると同時にヘリオンが滑るように揺れた気がした。
「よし――」
 タイミングを見計らって翔は外に飛び出す。
「ケルベロスで無ければやってはいけない危険行為ですよね……」
 星憐が小さな声で呟く。
「だいじょうぶだよ!」
 その声に気づいたシルディが明るく行こうと言う。
 確かにヘリオンは雲中にいて視界はまったく利かないが、不思議と魔空回廊のある場所は分かる。
 グラディウスが命綱だという認識を新たにして星憐が外に出ると、少し間を置いて、古都樹が続く。
 風は相変わらず吹いているが、ヘリオンの飛行は安定している。
 最後に忘れ物がないことを確認したシルディが外に飛び出る。
 シルディが降下を開始、ヘリオンデバイスが起動するのと同じ頃、翔は魔空回廊への攻撃を掛けようとグラディウスを構えた所だった。
「お前達にとっては小さな島かもしれない」
 雲に覆われた空が明るくなり始めていた。
 密度の薄くなった雲の間に、地図で見るよりよりもずっと大きく感じる母島の山並みが見える。
「……でも、この島にも住んでいた人達がいたんです!」
 街や港、学校も整備され、人が暮らすのに必要なものはそろっていた。
 都会のようによりどりみどりと言うわけには行かないが、母島には母島の美しい時間があった。
「人々の営みがあったんです! それを追い出して滅茶苦茶にし、我が物顔で居座るなんて」
 防護バリアの表面は鏡のように艶やかで、灰色の雲とグラディウスを構えた翔の姿を映している。
「……絶対許せねー! いつまでもデカい顔はさせねー! さっさと出て行きやがれ!」
 突き出したグラディウスと防護バリアが触れあった瞬間、青白い光が爆ぜて、十字架の如き光条が空高く立ち上る。
 一拍の間を置いて爆発が起こる。
 次いで、攻撃態勢に入った、星憐の視界に、衝撃波が雲に覆われた大気を揺さぶり、暗い海面に波紋の如き、同心円状に白波が広がって行く様子が見えた。
(「こんな攻撃、続けていたら、島が無くなってしまいそうです」)
 星憐は身に受ける風圧の熱を感じて、魔空回廊を起点に膨らみ始めた火の玉が凄まじい勢いの上昇気流を作り出していることを直感する。
「この島は、居住人口こそ少ないそうですがぁ、大事な島であることに変わりはありませぇん!」
 火球の高熱によって勢いを増す上昇気流が地表にあるあらゆる物を空中に巻き上げ、何もない空中から生み出された雷の輝きがそれらに襲いかかる。
「コールサックさん達もなぜか強くなっているそうですしぃ……放ってはおけませんよねぇ」
 グラディウス行使の余波による破壊は凄まじい。空中に巻き上げられた敵影らしきものが雷の一撃に貫かれ塵となって消えるほどだ。一方でバリアの方は健在に見える。
「取り返させていただきますよぉ!」
 島を開放するには、増援を送り込めまないように魔空回廊を破壊した上で、残った敵を殲滅するしかない。
 魔空回廊を護りバリアの表面は緩やかな曲面でつるつるしているように見える。
 星憐は気持ちを高めて、目の前の壁を貫かんと、意識をグラディウスに集中させた。
 硬い物同士がぶつかり合うような高音が響き渡り、硝子を引っ掻くような音が続いた。
 爆ぜる閃光に押し返されるように星憐は弾き飛ばされるが、バリアの表面には一条の亀裂が走り、ピキピキと音を響かせている。
(「明らかに、壊れ始めているようです」)
 バリアの異変は、続けて攻撃態勢に入った、古都樹も理解出来た。
 ケルベロス自身の成長によるものか、グラディウスの変化か、敵の防衛力の変化か……それとも何か別の異変が起こりつつあるのかは、想像するしか出来ないが、以前よりも魔空回廊が壊れやすくなっている気がする。
「たとえ小さく人が少ない島であっても、そこに暮らす人にとっては大事な島なんです! 奪われたままにしてはおけません!」
 しかし、どんなに状況が変わっても、魔空回廊が破壊されない限り、島民は家に帰れず、苦しい避難生活が続くことになる。早くしなければ、家に帰ることが出来ないまま死んでしまう人も出てくるかも知れない。
「元々住んでいた人達のもとへ返してもらいますよ!」
 限られた時間は少ない。だからこの一撃で破壊したい。一刻も早く島民が戻れることを願って古都樹は振り上げたグラディウスを叩き降ろした。
 重い門を開けるような振動が海と大地と大気を揺さぶる。
 星憐の刻みつけた亀裂に直交する向きにグラディウスを振り下ろした。
 孔を穿つには裂け目に刃を突き刺すのも手だが、落下の向きを調整しながら狙うのはハードルが高い。直交させる向きならば狙いやすく、また横に広げる力を加えれば、鶏卵を割るように裂け目が広がる可能性もある。
「やりました……」
 重い門を開くような振動と共にバリアの裂け目が広がり始め、強襲型魔空回廊を形作る渦が裂け目から噴き上がるようにしてバリアの破片と混じり始める。
「壊れ始めた――」
 一足早く山の斜面に降り立った、翔と星憐は思わず声を上げるが、頭上の圧迫感は変わらず、まだ魔空回廊の完全破壊には至って居ないことを直感する。
「いいえ、まだです」
 たくさんの人たちの期待を背負っているのだ。
 期待には応えたい。
「そういえば、ここはあのレリさんと会談が開かれ、仲良くなれるかもって期待した場所だったね」
 シルディの胸に悲しい記憶が蘇る。
 デウスエクスと人間の価値観のストライクゾーンは異なる。
 人間にとっては思わず手を出したくなる魅力的な提案でも、デウスエクスにとっては無価値なことも多い。
「だからここには手を出さないでおきたい、なんて一瞬考えてしまったけど……」
 既に死んだレリが母島の奪還をしないことで生き返ったり、感謝してくれるはずも無いことは、シルディにも分かっている。だから、スッキリしない気持ちはあるけれど。
「もともとここは地球の皆のもので大切な場所だし、それに、もう終わってしまった事にしがみつくのではなく……」
 自分たちを殺し、滅ぼそうとしている敵の事情を考えることは尊いことだ。
 しかし敵が自分や仲間、自分に繋がる大切な者たちを殺そうとしていることは変わらない。
 そこが変わらない限り、敵は敵として打ち倒さなければならない。絶対に倒さなければならない。
「僕は、今結ばれようとしている新しい縁を大事にしたいんだ。だから、ここは返してもらうよ!」
 誰が好き好んで、自らの命運をかけて藻掻く相手を殺したいものか。
 グラディウスを行使するシルディの視界が潤み、直後、バリアと魔空回廊は閃光となって爆散した。

●撤退戦
 閃光が消えた後には、浮遊していた魔空回廊とバリアは消えて無くなっていた。
「まるで、初めから何も無かったみたいだよね」
 最後に合流を果たしたシルディがぽつりと呟いた。
 母島付近の上空だけ、台風の目のように雨雲が消し飛んでいて、青空が覗いている。
 母島の大半が濃霧のようなスモークに覆われて、標高462mの乳房山の頂だけがスモークの上に突き出ている。
「どう? 都道241号を南に進むか、北に進むかのどちらかになると思うけど……」
 シルディの問いかけに、ゴッドサイト・デバイスを操る星憐が首を傾げる。
 敵の密度は意外に高く、今すぐにでも戦いになりそうな状況だった。
 しかも南北の遭遇リスクはどちらに進んでも、同程度で即断はしにくい。
「直線距離が短くなるほうが良いのではないでしょうか」
「それじゃあ、集落のある南をめざしますよぉ」
 そこでジェットパック・デバイスの仕様も考慮した、翔が急くように言い、星憐は決断する。
『シュー、シュー』
 だが、撤退を開始しようとした一行の背後から不気味な呼吸音が響いた。
「すみません。見つかってしまったようですぅ」
 間髪を入れない身のこなしで、古都樹は、エインヘリアル『コールサック』の斬撃を受け止めると、大太刀・灯桜羅刹を片手で振り上げ、
「なかなかお強いそうですね――お手並み拝見いたします」
 そして、地面に向け、無造作に突き降ろす。
『シュシュ……ッ?!』
 ザン、という衝撃と共にコールサックの足元の斜面が崩れて、バランスを崩す。
 畳みかける好機だが、シルディはメタリックバーストを発動し、超感覚を呼び覚ます。
「本当は速攻で、行きたいところだけどね」
 敵の強さの見極めはつきにくい。人数が少ないから一手も外せないとシルディは慎重を期す。
 一方、クラッシャーである翔は一手でも多く攻撃を繰り出すべく空高く上がる。
「もらった」
 バランスを崩し、勢いを削がれたコールサックに、落下の勢いを加えた翔の飛び蹴りが激突する。
「狙い撃ちです!」
 星憐はワイルドウェポンを狙撃銃形態と変える。目にも止まらぬ速さで撃ち出された輝きに手足を打ち抜かれて、コールサックは膝を着き、慌てたように自らにヒールを掛ける。
 先手は取られたが、護りに重視した編成が幸いして反撃に転じる一行、古都樹は被弾したが、耐性が適切だったこともありダメージは小さい。
(「やっぱりデウスエクスでも死にたくはないよね」)
 シルディは傷が癒えたばかりの、コールサックの身体を見上げながら、星形の鉄球にお揃いのリボンをつけたドラゴニックハンマーを背中側に構えた。
 直後、3メートルを超える巨体、女性の身体の線を強調したような全身甲冑のシルエットを目掛けて、シルディはドラゴニックハンマーを叩き付ける。
 グシャリという音と共に装甲が千切れ跳び、次いで腰のくびれたコールサックの身体が大きく変形する。
『フシュウウウウーー!』
 苦しそうな呼吸音が悲鳴の如くに響き、追い打ちを掛けるように変形した甲冑が身体に食い込む。
 戦いは優勢だ。このまま一挙に決めようと、翔はワイルドブレイドを発動し、苦痛に喘ぐコールサックとの間合いを詰める。
「このまま逝っちまいな!」
 巨大剣に変化した翔の腕が斬撃となってコールサックを捉える。
『アッ……ガアアアッ……」
 装甲に覆われた口から血をだくだく噴き零しながらよろめく巨体。
 翔は撃破間近を直感しながら、巨大剣となった腕にいっそうの力を込めた。
 瞬間火花が散って、身体に食い込んでいた装甲が地面に落ちる。
 それはまるで自由を奪うために取り付けられた貞操帯が剥ぎ取られた瞬間のようにも見えた。
 早く戦いを終わらせなければ。
 間髪を入れずに、星憐はボロボロになった全身甲冑を纏うコールサックの前に立った。
(「その甲冑をつける前は、どのような方だったのですかぁ?」)
 ふと、思い浮かんだ疑問は口に出さないまま、星憐は刀を構える。次いで地を蹴って、コールサックの頭の高さに跳び上がると、有明の月に導かれたような緩やかな斬撃を描いた。
 直後、コールサックの装甲に刻まれた緩やかな線に沿って黒い全身甲冑が崩れ落ちる。
 だがまだ倒れない。
「これでとどめです!」
 間合いを詰めた、古都樹は最少の動作から、鮮やかな薄紅色の刃を突き出した。
 雷の霊力を帯びた刃は、何の抵抗もなく、ズブリと突き刺さる。
 次の瞬間、踵を踏み込んで後ろに退いた古都樹の前に、コールサックの巨体が倒れ伏した。
「さあ急がないとね!」
 まだ充分にスモークは濃度を保っている。
「分かりました。それでは、皆さん、準備はいいですね」
 胸に満ちるたくさんの思いを振り切るようにして、シルディが言うと、翔は丁寧に応じ、ジェットパック・デバイスで飛び上がり、続けて3人分の牽引ビームを発動させる。
「行きます――」
 翔のジェットパック・デバイスから伸びるビームに牽引される3人がゆっくりと地面から浮かびあがる。
「これなら道に影響されずに撤退できますね」
 かくして一行は起伏のある島の地形に影響されること無く、最短距離で沖港のある集落の方を目指す。
 そしてミッション攻略中のケルベロスたちに、魔空回廊の破壊に成功という最高の結果を伝えるのだった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月18日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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