太公望~アーヴィンの誕生日~

作者:あき缶

●堤防にて一人
 秋空にいわし雲。涼やかな風が吹き、小波の潮騒が彼を包む。
 ぼんやりとアーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)は、静かな埠頭の堤防で一人アウトドアチェアに座り、釣り糸を垂らしていた。
 適当な竿、適当な糸、適当な疑似餌。おおよそ釣り好きが見れば、釣る気あるのかと怒り出しそうな装備である。なにせ、クーラーボックスすら持ってきていない。
 アーヴィンは、今日、何を釣る気でもない。
 単に大海原を眺めつつ忘我でいたいから、釣りをしている。
 稀に何かがかかり、気まぐれに竿を引いて釣れてしまっても、魚は海に速やかに返した。
 アーヴィンは天を仰ぐ。
 一羽の鴎が過ぎてゆく。
 アーヴィンは視線を地に戻す。
 一匹の猫が寄ってきて、何も食べるものがなさそうなのを見て、フンと鼻を鳴らして踵を返す。
 ただ、それだけ。ただそれだけのアーヴィン二十三歳初日。

●釣りなどする
 とまぁ、アーヴィンは静かな『釣り』をしているが、そもそもこの埠頭はそれなりにアジだのカワハギだのアオリイカだのハマチだの、夜になればタチウオだのが釣れる漁場である。
 やる気になれば、釣りが楽しめる場所なのだ。
 埠頭は広いので、有志が調理場を用意すれば、釣りたての魚を食べることも出来るだろう。もちろん手のこんだ料理を持ち寄って、海を見ながら飲み会と洒落込むのもいい。
 砂浜はないが、岸壁にやってくる小さなカニやヤドカリと戯れることだって出来るし、船を借りて沖に出ることも可能だ。
 秋晴れの一日、海と遊ぶのも一興だ。


■リプレイ

●砂浜は無いんやけどね
 空高く、鳶が回っている。
 チャプチャプと波が防波堤にぶつかって水音を立てる音を聞きながら、アーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)は折りたたみ椅子に腰を下ろし、竿を振った。
 仕掛けが海に落ちたことを確認し、アーヴィンは小さく息を吐くと空の青さを楽しむ。
 すると遠くから会話が聞こえてきた。
「まずアーヴィン先輩に会わな」
「アーヴィンさんどこだろうね」
 美津羽・光流(水妖・e29827)、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)のカップルである。
 二人はキョロキョロを埠頭を見回していたが、天と海の青のなかではことさら目立つ赤の髪をすぐに目に止める。
「おったおった!」
 光流が大声をあげて、高く掲げた手を振りながらアーヴィンに走り寄るのを、慌ててウォーレンも追う。
 アーヴィンが片手を軽く掲げて応えると、光流はにこやかに話しかけてきた。
「アーヴィン先輩! 書き置きひとつ残して海に行ってまうなんて、水臭いやーん。釣りやったらお供するで。っても釣るのは魚やないんやろな。俺もレニも釣られてきたクチや。俺らはあっちにおるさかい、後で釣果教えてな?」
 と、『書き置き?』と頭上にクエスチョンマークを浮かばせているアーヴィンは気にせず、一気に喋りきり、光流は隣で圧倒されているウォーレンの愛称を呼んで促す。
「え? あっ……アーヴィンさんお誕生日おめでとうー」
 ウォーレンは手にしていた手提げ袋をそっとアーヴィンのクーラーボックスの上に乗せる。
「プレゼントはおさかなのアイシングクッキー。自信作だよ」
「バースデーカードつきやで!」
 とニコニコする二人に、アーヴィンは気圧され気味に礼を述べた。
 礼を聞くなり、二人はお邪魔しましたと一礼して駆け去る。
「お邪魔じゃなかったかな」
 とウォーレンが呟くと、光流は首を横に振る。
「大丈夫大丈夫。アーヴィン先輩だって人恋しくなる時もあるやろ」
「光流さんがそう言うならそうなのかも」
 ホッとしたように頷くウォーレンを見て、光流はニヤンと笑った。
「人恋しいのは俺かてそうやで。今はめっちゃ君といちゃいちゃしたいで?」
「いちゃいちゃ? 良いよー?」
 快諾を聞くなり、光流は大きく両腕を広げた。
「ほな遠慮なく捕まえさせてもらうな! ……あれっ?」
 スカッ。彼を抱きしめるはずの腕は空を切る。
 見れば、ウォーレンは笑顔で走り出していた。
「逃げるんかいな!」
「うん。逃げる」
「なんでぇ! いちゃいちゃして良いって」
 困惑を顔に浮かべた光流を見て、離れた場所で立ち止まってウォーレンは小首をかしげた。
「折角海に来てるから……あの『ははは待てーコイツぅ』『ウフフ捕まえてごらんなさい』みたいなの。やりたいかなって」
「なるほど、海辺のカップル仕草やな」
 一般的には、そういう仕草はこのような無骨なコンクリがための埠頭ではなく砂浜でやるものではないかと思われるが、ふたりにとってはどうでもいいことである。
「そういう事やったら任しとき。猟犬の本領発揮や!」
 ダッと本気の走りを見せる光流。
 そもそも光流のほうが、ウォーレンより脚が速いのですぐに捕まるのはウォーレンも折り込み済みのはず……だったが。
「妙なスイッチ入っちゃってる?!」
 ついつい猟犬の追跡から逃げてしまうウォーレンであった。

●バトルおぶ海釣
「釣りバトル」です!!」
  華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)とカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が高らかに宣言し合う。
「渓流魚のつかみどりでは遅れを取りましたが、今日こそ私が最強ですので!」
 と胸を張る灯は、釣り竿を自信満々に設置し始めるが、やり方は付け焼き刃のネット情報である。
「シアも尻尾をセットです!」
 ウイングキャットのシアの尻尾にも糸をつけてやる灯だが、シアはちょっと迷惑そうだ。
「挑まれたからには受けて立ちましょう」
 灯にそう言い返したカルナも、釣りは好きだがもっぱら自然をぼんやり眺めたり考え事をするための『ついで釣り』なので、釣り名人なわけではまったくない。
 それでも自然な仕草で、針に餌をつけて、ぽーんと海に放った。
(「あとは待つ!!」)
 カルナは泰然自若、腰を下ろした。
 ざざーんざざーん。爽やかな秋風が通り、潮の香りが鼻腔をくすぐる……。
「海を前にすると自分がちっぽけに感じますね」
 ざざーん。そよそよ。
「…………」
「…………」
 ざーん。そよー。
「…………」
「…………釣れませんね」
 釣れない。
 まあ釣れない。
 お互い釣果ゼロ。
「シア……は飽きてますし」
 尻尾の糸を外して、消波ブロックを這うヤドカリにちょっかいをかけているシア。
「ネレイドは魚食べてる。……屈辱」
 カルナの相棒の白梟は、自らの爪を生かしてわしづかみにしたアジをついばんでいる。
 はあーあ。
 二人、期せずして同時にため息。
「これでは『私に大感謝しながら美味しくお魚パーティー』の野望が潰えてしま……」
 灯の様子を見ようと首を巡らせたカルナは目を見開いた。
「何か引いてますよ!?」
「あ……っ手応えです!」
 ぐぐぐっとしなる竿に慌てて灯が取り付いた。
 ぐいぐいぐいぐいと容赦なくしなる竿に灯が焦る。
「重い! 大物の予感です! シア手伝っ……カニさんに夢中!」
 シアはヤドカリの横にやってきた大きなハサミのカニを威嚇していた。
「あわわ、お近くのどらごにあんさん援護をー!」
 呼ばれてカルナも走り寄り、一緒に竿を掴んで引く。
 ばしゃん! と大きな飛沫をあげて、釣り上がったのは――。
「これは! 大……きな足にも合う長靴ですね」
「僕のわくわくを返して下さい」
 二人は真顔を見合わせた。
「うう、しかし私はこの挫折で気付きました。協力して釣った方が良いのでは?」
 灯が提案すると、カルナも頷く。
「二人で協力して釣れば釣果も二倍で楽しさは四倍なのです。ついでにネレイドも動員しましょう」
 呼ばれて、アジを完食したネレイドが無音でカルナのそばに降り立つ。
「シアとネレイドさんも一緒です! その方がパーティーも楽しいですね」
「皆で釣った魚はきっと最高の味ですね」
 気を取り直し、二人は肩を並べて糸を垂らすのだった。

●祝い酒
 アーヴィンが竿を垂らして数時間後、背の太陽を遮る人影に気づいて、彼は振り向いた。
 影の主はハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)。
 隣には、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)もいる。彼の手には魚籠だけ。竿はない。
「アーヴィン、隣いいっスかね?」
 ハチに穏やかに尋ねられ、アーヴィンは頷く。
 ハチは持ってきた椅子を据え、腰を落ち着けると、
「今年も誕生日おめでとうっスよ!」
 弾けるような笑顔で祝いを述べた。
 その間に、しれっと千梨もハチの横に座る。
「どうもどうも。アーヴィンは誕生日か、おめでとう。うむ、若者の成長は日進月歩。ハチも追いつかれぬよう、弛まず修行してくれ」
「いやあ、あと二、三年もしたら年を追い抜かれてしまいそう……って、千梨、いつの間に!?」
 頭を掻き掻きからの飛び退き。見事なノリツッコミが決まる。
 くすくす肩を揺らす千梨に、ハチは少し頬を染めながら椅子に座り直すと、気を取り直して大きくうなずいた。
「っス! 日々是修行っス! 頑張るっス!」
 アーヴィンは滑稽なやり取りを頬杖をついて眺めていたが、表情は口端に笑みすら浮かべるほど穏やかだ。
 千梨は肩をすくめる。
「俺は釣り気分だけ味わいに来て、酒に釣られたダメ公望」
 酒と聞いて、ハチは思い出したように荷物から一升瓶を取り出した。
「そうそう、今日はとっておきの日本酒を持参してるんスよ! 祝い酒! よければぜひに!」
 と追加でぐい呑も三つ出してくるハチから、その一つを受け取りつつ千梨は片目を瞑ってみせた。
「まあ、祝いなら賑やかな方が良いだろう? 枯れ木でも、賑わいの一助になるなら幸いだ」
 アーヴィンはふっと笑って首肯する。
「ま、昼から飲むってのも贅沢で乙なもんかもな」
 と言って、ハチの手からそっとぐい呑を取る。
 とくとくと清酒がぐい呑に満ちて、
「では乾杯だな。えーそれではアーヴィンの誕生日を祝ってーかんぱーい」
「乾杯! っス!」
「乾杯」
 かちんかちんと硬い音を奏でた後、各々酒を煽る。
「さーて自分も太公望になるっスかね! 料理の腕はともかく、魚を捌くのは中々なんスよ? 酒のツマミに、誕生日のお祝いに! っス!」
 ハチは意気揚々と竿を振った。
「だそうなので、つまみと馳走はハチに期待を。何しろ俺は本当に気分だけの男」
 とうそぶく千梨は、アーヴィンの視線が魚籠に注がれているのに気づいて苦笑する。
「これは弁当の籠」
 取り出したるは握り飯だ。
「具は鮭にタラコと海産物 ……完成品を先にお持ちしました……ってことで。よければどうぞ」
 ぽいぽいとそれぞれに握り飯を投げよこす千梨に、ハチは目を輝かせた。
「お! 美味そうなおにぎり! 流石は千梨! これで釣れなかった時も気が楽っスなぁ!」
「なんでも前向きだな、ハチは」
 ふふっと笑いをこぼし、アーヴィンは酒を舐める。
 ハチは眩しいほどの笑顔で糸の先を見つめている。
「アーヴィンの隣は居心地がいいっスから、 釣果に拠らず自分は楽しいんスけど!」
「ほう。そんなに居心地が良いなら 暫く邪魔しようかな」
 千梨も笑顔で椅子に座り直し、ぐい呑片手にハチの糸の先を見つめた。

●祝い膳
 アーヴィン、ハチ、千梨の三人が肩を並べていると、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)がやってきた。
「アーヴィン殿、お誕生日おめでとうございマス。幸せ満ちる一年となりますように」
 と祝いだ後、エトヴァはレンタルしてきたであろう釣り道具を両手に掲げてみせる。
「宜しけれバ釣りのコツを教えていただいても、宜しいでショウカ?」
「あー……釣れたのはこれぐらいだぜ?」
 とアーヴィンが苦笑しながらクーラーボックスを指す。
 ウォーレンが置いていったおさかな型クッキーの袋が鎮座していた。
 エトヴァはニコリと微笑んで、アーヴィンの横に椅子を据えた。
「いいのデス。この頃、忙しくしておりまシタ。のんびりと釣りに挑戦したク」
 エトヴァはそう言いながらのんびり釣りを始める。手付きはそれなりだ。
「さテ、何が釣れるのでショウ。『今日』はたくさん釣れると良いデス」
 いつもは何かと騒がしいハチも真剣なのか静かで、四人肩を並べて穏やかな時間が過ぎていく。
 ちゃぽんと竿を引いて、餌が取られていることに気づいたエトヴァは、しばらく黙ってから、淡々と餌を付け直してもう一度海に投じた。
「……海を眺めているのは好いものですネ。地球が鼓動しているみたイ」
 穏やかに微笑みながらエトヴァがポツリと呟くと、アーヴィンが共感を示した。
「ああ、そうだな。波ってのは面白い」
 またエトヴァが竿を引く。今度はちゃんとヒットしていた。針の先でぴちぴちアジが跳ねている。
 アジを回収して嬉しそうな笑顔を浮かべるエトヴァに、
「おお、おめでとうっス! 負けていられないっスね!」
 拍手を贈ってから、ハチはますます真面目な顔で竿を振った。
「頑張れ頑張れ」
 千梨も応援する。
「調理の準備をしてきたのデス。ごちそうしマス。メニューは刺身や煮炊きなどでショウカ」
 エトヴァが荷物を開いて、簡易キッチンを組み立て始める。
「おお、料理が出来る人が来てくれて助かるっス。よかったら自分が捌くからその先をお願いしてもいいっスか?」
 釣れた大物を持ってきたハチの提案を快諾し、エトヴァは料理を始める。
 美味しそうな香りが漂い始め、
「これは本当に期待できるな」
 千梨がにこっと笑ってアーヴィンを見やると、アーヴィンも頷いた。
「飯にありつけるとは、良い日だ」

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月4日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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