青空に背を向けて

作者:質種剰


「皆さんは懸崖(けんがい)、大懸崖という言葉をご存じでしょうか?」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー)が集まったケルベロスたちへ問いかける。
「懸崖とは、盆栽の樹形のひとつでありまして、根っこよりも低い位置へ枝が垂れ下がるように仕向けた種類のことであります」
「大懸崖は枝の伸びぶりが懸崖よりもさらに長いもののことじゃな」
 ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)も、大好きな盆栽の話題とあって、饒舌に説明へ加わる。
「そんな懸崖や大懸崖の盆栽ばかりを集めた展覧会兼即売会が、近々行われるのであります」
「もしよかったら一緒に行ってくれんかのう?」
 と、今回はヒールグラビティでの修復の手間がない、純粋なお出かけのお誘いである。
「懸崖の盆栽は、鉢も拘りどころでありますね。その名の通り懸崖を造るための懸崖鉢を使うか、敢えて普通の輪鉢を使って、枝の垂れ下がりぶりを強調するか……まさに、楽しい悩みどころでありましょう!」
「盆栽にする木の種類だって、色々あるからのう。松だけでも、黒松、赤松、五葉松、錦松……」
「松以外なら、真柏、檜、榎、ヒメシャラ、紅紫檀……」
「枝を垂れさせるという先入観から脱却して、藤の花やススキなんかを懸崖に育てるのも良いかもしれんのう」
「花や実をつける木なら、桜、姫リンゴ、ウメモドキ、椿、山茶花、白梅や紅梅……」
 盆栽談議は延々と続きそうだったが、正気に戻ったかけらがコホンと咳払いして話を戻す。
「ともあれ、懸崖や大懸崖の樹形に限られますが、裸木、雄木、雌木、なんでもありの展覧会でありますから、きっと皆さんのお気に召す逸品、運命のひと鉢が見つかるでありましょう!」
 注意事項は、未成年者の飲酒喫煙の禁止、それだけである。
「それでは、皆さんのご参加を楽しみにしてるでありますよ~♪」
「うむ。たくさんの盆栽に囲まれて過ごす1日……楽しみじゃのう!」


■リプレイ


 懸崖・大懸崖の樹形をテーマにした盆栽の展覧会。
「ガイバーンさん、誕生日おめでとうございます!」
「うむ、かたじけない。今年も来てくれたんじゃな。イッパイアッテナ」
 イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は、いつもの通りにミミックの『相箱のザラキ』を伴ってやってきた。
 さらには攻性植物の『Vergiss du Nicht』も装備している。
(「密かに尊敬しているガイバーンさんは、一体どんな盆栽を選ぶのでしょう?」)
 と、盆栽そのものへの興味もさることながら、一番の関心事は知人の盆栽選びらしいイッパイアッテナ。
 ガイバーンの盆栽談議へついていくべく、懸命に目を養ってきたようだ。
「ふむ、なかなか良い枝振りの真柏じゃのう」
「本当ですね。どちらが幹かわからないぐらいの力強さがありますね」
 何本か2人で木を見て回って、最初にガイバーンが目を留めたのは、懸崖の真柏。
 うねうねした幹や細い枝の自然な曲がり具合がいかにも山採りと言った風情である。
 まるでアーチのようななだらかさが多少嘘臭くもあったが、それもまた懸崖の魅力であろう。
「良いですね。私はこれにしましょう」
 段階を経て素直に下へ広がる枝が気に入ったと、イッパイアッテナはその真柏を買うことにした。
(「これ、元の鉢はそのまま活かすにしても、下に水を溜めて苔を敷いて、景色全体で崖を演出するのも面白いのではないだろうか……?」)
 せっかくの懸崖盆栽を安全に持ち帰ろうと相箱のザラキが奮闘する傍ら、攻性植物はイッパイアッテナの腕の下で盆栽の形を真似ているのが微笑ましい。
「ガイバーンさんは盆栽の中で懸崖が好きなのですか?」
「うむ、まるで枝葉がこぼれ落ちそうに動きのある懸崖が好きじゃな」
「では、ガイバーンさんが盆栽に求めるのは躍動感なのですか?」
「う~ん、難しいのう。じゃが、動と静の両方を併せ持っているところが良いと思うのう」
「ガイバーンさんは本当に盆栽に凝っているのですね。やはり風雅……」
 ガイバーンの中身があるのかないのかよくわからない盆栽への拘りも、興味深く聞くイッパイアッテナだった。


 さてこちらはララティア乳業の面々。
「崖祭りと聞いて!」
 と、喜び勇んでやってきたのはルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)。
「オウガメタルちゃん持ち込みOKと来れば、FXで全財産溶かした闇金社長が探偵に呼び出されて、崖っぷちで大暴れする展開待ったなし!」
「うるせぇFXの話はするな!」
 なぜオウガメタルとFXが繋がるのか——と思ったら、どうやら闇金社長もとい暗黒街の帝王もといマリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)の武器がブラックスライムなのだ。
 弟ルイス・メルクリオ(キノコムシャムシャくん・e12907)入魂の釘バットだけではないらしい。
「サーヴァントはともかく、オウガメタルや攻性植物も参加出来るお誕生日会って、初めて見た気がするわ……何かのフラグかな?」
 そんなわけで、生きた武器全種持ち込みOKならばマリオンもさぞ暴れやすかろうとルルは踏んだのである。
「日本全国の崖を制覇した崖マイスターとして、臨場感あふれる演技指導をさせて貰おうか!」
 勢いのままに喋りまくるルル。どうやら本人のポジションは、2時間サスペンスの探偵役ではなく撮影監督らしい。
「最後は崖もろとも、大爆発ね!」
 それではまるきりアクション映画であろう。
「ああ、犯人が爆破スイッチ持って炎の中に消えていくとかありますよね……って、大爆発したら崖の意味なくない!?」
 小檻が崖マイスターの謎演出へツッコむ傍ら、
「いや、懸崖って崖の文字が入ってるけど、ちびっこが求める崖とは違うというか……」
 ルイスはルイスで、ルルへ至極マトモな説明をしていた。
「えっ……崖……無いの……?」
 思わずルルが顔色を失う。本人としては余程予想外だったのか。
「マジかよ……」
「絶壁ならそこにも有るけど、これもちょっと違うしな……」
「うるせぇ絶壁の話は……誰が絶壁じゃゴラァァ!!!」
 ——ドゴォッ!!
 などと余計な一言を追加してマリオンにぶっ飛ばされているあたりは、流石ルイスである。
「ガイバーンさん、お誕生日おめでとうございます♪ いやー、抜けるような秋晴れの空とは、この空のようなことを言うんでしょうね!」
 ともあれ、礼儀正しく愛想良くガイバーンへ挨拶するマリオン。ついさっきまで弟を釘バットでメタメタのメッタ打ちにしていた阿修羅と同一人物とは、とても思えない。
「そういや去年、主賓を湖に叩き落とした、とんでもねぇ暴漢が居たなぁ……」
 ふと意味深に呟くルイス。去年の今頃、彼がたまたま屋久島にいたのが原因で引き起こされた『Mの喜劇』についてである。あれが悲劇であるはずがない。
「ああ、水の中から見る秋空も綺麗じゃったのう」
「……秋空? 湖? ……知らんな!! 何のことですかね!??」
 どうやらマリオンの中では、Mの悲劇は無かったことになったらしい。
「ところで、あそこのキノコ野郎に紅紫檀の盆栽を勧められたんですけど、有りますかね? 懸崖なら紅紫檀が可愛かろうって言うんですよ」
 とにかく話を逸らしたいマリオンが盆栽について尋ねる。
「何せ樹形がアンバランスで危なっかしいと言うけれど、こういう根が上がっている鉢植えって『値上がりする』と言われて、投資家にも人気が有るんやで」
「うむ。紅紫檀ならちょうど今が実の見頃じゃな。丸くて可愛い実じゃ。枝が強くて剪定もしやすいから、盆栽初心者にもってこいじゃろう」
 ガイバーンがルイスの見立てに敬服した様子で深く頷いた。
「私はともかく、盆栽様に対して適当なことを言う奴ではないので、素敵な樹だとは思うのですが……」
「適当言われてる自覚あるんじゃな……」
 ツッコむガイバーン。
「いやお前、私にも適当なこと言うなよ!」
「ほら良い紅紫檀あるじゃんこれ! FXでお年玉全部溶かしたと奇声をあげて大暴れしていた帝王様、ゲン担ぎに一鉢どうですか?」
 もはやマリオンがFXでお年玉を溶かしたのは、ララ乳では周知の事実のようだ。こっちこそ正しくMの悲劇である。
「誰が帝王じゃ!! この紅紫檀の実の如く、素敵なお姉ちゃんやろが! もっと敬え! 敬服しろ!」
 マリオンがルイスの胸ぐらを掴んでガクガク凄む一方。
「はぁ……いや、しょんぼりしているのは野良ちゃんに同情している訳じゃなく、崖が無かったことによる肩透かし感というか……」
「……ちびっこも余計なフォロー要らんから! 余計哀しくなるやろ!」
 ルルは明後日の方向へフォローをして、マリオンをますます怒らせていた。
「……じゃあガイバーンさん、来年は断崖に生える松を直接剪定する、『ドキッ☆ 落下死だらけの盆栽祭り』を……」
 ルル自身は、あくまで冗談のつもりで言ったのだろうが、
「ほう、面白そうじゃのう! 早く着いた者から剪定する枝を選べるようにして」
「タイトルさえ工夫すれば充分開催可能でありましょう! ライバルを文字通り崖下へ蹴落とすのもアリで!」
 意外にもガイバーンや小檻の食いつきが良くて、
「……マジかよ……」
 さっきとは違った意味で目を丸くした。
「じゃあ、崖をほうふつさせる、良い盆栽を紹介して欲しみ……」
 ともあれ、少し元気が出たらしいルルの要望には、
「まぁ、この美しい真柏盆栽でも眺めて、心を和ませたまえ」
 ルイスが、まるでファンタジーものに出てくる触手のごとく細くうねうねした幹と枝が特徴的な、真柏を薦めていた。
「うむ、崖崩れの一瞬を切り取ったかのようなこの動きのある枝……素晴らしい!」
 と、ガイバーンも大絶賛である。
 他方。
「なーなーガイバーンの兄貴―」
「うん? どうしたんじゃチロ」
 チロ・リンデンバウム(ダイナミックわんこ・e12915)は、彼女にしては珍しくマトモな相談を、ガイバーンへ持ちかけていた。
「実は近々、チロのお爺ちゃんとお婆ちゃんの、結婚40周年のお祝いが有るでなー。丁度樹齢40年の盆栽をプレゼントしたいんじゃが、何かお薦めは有るかのー?」
「ほう、それはめでたいことじゃな。樹齢40年か……何が良いかのう」
 養い親想いなチロに、顔を綻ばせるガイバーン。
「ほんと、おめでとうございますチロ殿♪」
 小檻も笑顔でお祝いした。
「……は? 珍しく真面目に参加しとる?」
 が、果たして誰の心の声が聞こえたものか、チロは怪訝な声をあげてから、
「……ハハッ」
 いかにも含みのありそうな黒い笑いまで洩らす。
「あっちの愉快な仲間たちが、火曜サス……サス……サスペンダー?」
 ちなみに愉快な仲間たちとはもちろん、ルル、マリオン、ルイスである。
「惜しい。一字違いじゃ」
 とガイバーン。
「さすまた?」
「面白い。けど遠さがった」
 と小檻。
「……劇場を繰り広げている間に真面目に頑張れば、相対的に出番が増えるでな」
 特に苛烈な出番争いなどはないのだが、やはりチロはチロ。相も変わらず独特の策を練っていた模様。
「連中がバカを晒せば晒すほど、癒し系白わんこたるチロさんの評価が上がるって寸法よ! ククク……」
 到底癒し系白わんことは思えぬ腹黒発言なのだが、本人はその矛盾に気づいているのかいないのか、
「……なにせ、宇宙船地球号の仲間たち格付けランキングで、チロの下っていうと、もう、デウスエクスとコロコロ虫くらいしかおらんでのぅ……」
 なぜかやたらと遠い目をするチロであった。
「チロ殿、かけらもいますから元気出して……にしても、なぜにコロコロ虫……」
「そう自分を卑下するでない。どうじゃ、樹齢40年を誇る南天の盆栽を見つけたぞ」
 ガイバーンはそんなチロの嘆きを真面目に受け取って、南天の実が可愛らしい懸崖盆栽を持ってきた。
 チロのおじいちゃんとおばあちゃんへの贈り物は、無事に決まりそうである。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月7日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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