ホーリー・シャイン

作者:銀條彦

●聖歌降る秋
 雲高く、澄みわたる空の下――ふわふわ、きらきらと。
 輝き漂うその『花粉』は、清浄にして聖なる歌声とともに葡萄園へと降り注がれる。

「……なんて綺麗なうた……でもいったい何処から?」
 巨峰にピオーネにシャインマスカット。
 つやつやと宝石のような粒の数々が実る枝の下、思わず作業の手を止めた女農園主が辺りを見回せどその視界にはただただ無人の葡萄園が広がるばかり。
 ここは都市の外れに位置する観光農園で、ややアットホームな規模ながら週末ともなれば多くの客が訪れ、その殆どが家族連れである――が、今は営業時間外。
 手入れや見回りの為、数人のスタッフが園内に点在するのみであった。
 この農園の所有者でもある老婦人もその1人。
 今が最盛期の葡萄園に多くの客を迎えて楽しんでもらう為にと自ら作業の労を惜しまない彼女はこの日、二つの災難に遭遇する事ととなる。
 一つは、丹精込めて育てあげた葡萄の樹の1本が謎の力に取り憑かれてしまったこと。
「ひぃっ!?」
 もう一つは、ゆらりと大きく身を振るわせたその樹が突如まばゆい光を発しながら彼女へと襲いかかったことである。老齢の彼女が出来た抵抗などただ短い悲鳴を発するばかり。
 樹にと取り込まれ、急速に薄れゆく意識の中で――途切れ途切れ、再び聴こえてきたのは可憐な乙女を想わせるあの歌声だった……。

 そして――ゆらり、ずるりと。
 棚から自らの体を解放した葡萄樹は、眺望の先に待つ都市部めざして歩き始める。

●豊饒の園
「北関東のとある郊外の果樹園で葡萄の攻性植物の発生が確認されました。なんらかの力を受けた樹が変化し、偶然付近にいた農園主の女性ひとりを宿主としてしまった様です」
 ネイ・クレプシドラ(琅刻のヘリオライダー・en0316)が伝えたのはもはやごく典型的とさえ云える攻性植物の寄生事件。
 ただ、今までになかった現象が一つ確認されたのだとタイタニアの少女は語る。
「寄生された女性は何者かの声を――ふしぎな歌を、耳にした様なのです。それは樹が攻性植物化を終える迄だけの、ごく微かなもので……残念ながら私達にはその正体を解析する事叶いませんでした」
 いずれにせよこのまま放置すれば市街に住むより多くの住民までもが犠牲となってしまうため、まずは寄生葡萄樹の討伐を急がねばならない。
 幸い、敵は群れなすようなことも無く1体のみ。
 宿主となった老婦人も寄生されたばかりであるため今ならまだ救出が可能な状態にある。
 グラビティ攻撃とヒールをひたすら根気よく繰り返し、回復不能ダメージだけを蓄積させてゆけば宿主は無傷なまま攻性植物だけを撃破できるはずである。
「ただし、攻撃の手数を敵ヒールに割きながらの戦闘は困難を極めることでしょう。デウスエクスとしては生まれたばかりのこの寄生樹はそれほど強力な個体ではありませんが……だからこそ人命救助を目指すのであれば、ケルベロスの皆さんの強さでうっかりと普通に倒してしまわぬよう、細心の注意を払う必要があります」
 黒蝶羽を震わせながら、ヘリオライダーの少女は宿主の生死については不問であるとつけ加えたが……多くのケルベロス達と同様に彼女もまた、ただ不運だっただけの無辜の一般人が犠牲になるなど望んでいないのは明白であった。

「それにしても――地球では果実の収穫それ自体が遊興の一つとして嗜まれているのですね。このような事態でなければとても興味惹かれた処ではありますが……今は何よりもまず事件の解決こそが第一です」
 ふと、少しだけネイの表情が和らいだがまたすぐにキュッと引き締められ、困難な戦いに臨むケルベロス達を送り出すべくヘリオン発進の準備にと取り掛かる。

「皆さんであれば必ずや成し遂げて下さると信じて、ご朗報お待ちしております。それでは――『ヘリオライトよ、光を』!」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
八千草・保(天心望花・e01190)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)

■リプレイ

●聖譚曲は遠く……
 丘の上の一本道を下る大木の『脚』を最初に阻んだのは、迅雷の如き光。
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)から狙い済まし放たれた稲妻突きの一撃であった。

「――やり方が気に入らないな」
 文字通り一番槍となった黒豹の獣人から漏れた呟きの代弁とばかりに。
 傍らを飛ぶ『猫』の縞々尻尾から飛来した花輪は、痺れ走る葡萄の枝葉へときつく絡みついて敵の猛りを削ぐ。苦しげに揺れる、翡翠の如き輝く果実。
 まったくもって攻性植物が気安く揮うこの寄生という『暴力』は胸糞悪いと仏頂面の内心で陣内の怒りは深い。
 葡萄の樹とて毎日かかさず世話してくれた人間をこんな目に遭わせたい筈がない、と。
 ざっくり羽織る白衣の袖を大きく振り上げた、秋の色宿すシャドウエルフの少女。
 幾重もの蔓で編まれた脇腹めがけてすかさず叩き込まれたショック打撃は槍傷の上から強き癒しを注ぎ込む。
「その命は摘み取られるものではないからね」
 新条・あかり(点灯夫・e04291)のウィッチオペレーションである。
 彼女達はデウスエクスの攻撃に曝されつつヒール不能ダメージのみを蓄積させるという、困難な長期戦を選んだのである。
「助かる命なら救いたいからね……」
 ふぅと物憂げな溜め息ののち。
 オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)の背中から拡がる阿頼耶識は、その耀きで多くの仲間に破邪の翼を与えてゆく。
 厭世的、なればこそ憂いは一つでも多く速やかに此の世から除去されてしかるべき。
 青年の分け身たる黒きウイングキャット『トト』もまた、既に動き鈍い巨木の根を、黄金装飾の輪の切れ味が薙ぎ払う。
「うん、そうだね。サクッと倒してしまえば楽なのだろうけれど……多のために一を犠牲にするの、僕とても嫌いなんだ、とても」
 女奇術師が覗かせた陰翳は、あるいは、過去に起因するものだったのだろうか。
 けれどあっという間にメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)の所作はいつもの道化芝居を花開かせた。
 彼女自身を含む5名が居並ぶ中衛列でメリュジーヌの同胞による【破剣】付与を補うべくパチンと音高く指を鳴らせば、それを合図に、宙舞う無数の絵札模した御業が出現する。
 一方で、前衛に立つ稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)やレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)はいずれも自前でブレイク攻撃が可能な事もあって後回し。
 そして一丸となって先制攻撃を畳み掛けている今、晴香が繰り出した初撃は節くれだった根元めがけての低空ドロップ旋刃脚。
 まずは膝殺しの一撃で足元から崩し、次の攻撃へと繋げる堅実な組み立てを彼女は選んだのである。
(「一人の命は地球より重い、なんて――いつもこの命かけて闘う私には言えないけれど。でも!」)
 今回の彼女は人命救助が最優先。派手な大技は極力自重すると心に決めていたのだ。
 もっとも、豊かすぎる肢体を鮮烈な紅に包んでの勇姿には、一挙一足、衆目を惹きつける華がおのずと付いて回る点はどうしようも無い。
「私達ケルベロスの矜持に悖るってヤツよね! ええ、多も一も必ず助け出しましょう!」

 ヒール完了を待ち詫びていたかのタイミングで、黒き竜人の両腕を覆う巨大縛霊手の隙間からは地獄の焔が噴きあがる。
 直後。
 大気を震わせた轟音は、一切の手加減なく振り抜かれた縛霊撃。
 至近からモロにレーグルの強撃を受けた葡萄樹の幹からはごっそりと樹皮が削り取られ、粉砕された果実がきらきらと淡い煌めきを撒いて散る。
 敵内に収納された老婦人はいまだ一体化の状態にありその意識も完全に失われている筈である為、彼女の心身を脅かす心配など、少なくとも現時点では無い。
「それにしても唄とは気になるな……」
 一行のなかで唯一、レーグルだけは短期決戦を望んでおりデバイス強化された状態でクラッシャーに位置した事に加え、活性グラビティの射程はヒール1種も含めて全てが近接。
 ケルベロスの眼力を以ってしても敵体力までは詳細に見通せぬ中での闘いに過剰ともいえる威力を備えて臨む彼とて、勿論、優先すべきは救出であると考えてはいるらしい。
「……大丈夫。無事に助けるからちょっと我慢しててくださいな」
 深く傷ついた幹の、その奥へ。
 閉じ込められたままの老婦人に八千草・保(天心望花・e01190)は優しく語り掛ける。
 おっとりとしたその声音と対照的に。
 幾重にも蔓が巻き付いた医療杖を掲げての施術は、ジャマー位置からの、荒々しいまでに強引な魔術切開であった。
 彼女が耳にしたとされる歌声の事は保とて気にはなったが今はそれ以上に目の前の生命を守り、すくい上げる事に手一杯だ。

 ヒールにおける共鳴力と攻撃命中時に猛威ふるう行動阻害BS。
 そのどちらでも強みを発揮出来るジャマーばかりを実に5名揃えた極端な配置は、一種の奇策ではあったが刻一刻と変化する敵状況に合わせて戦わねばならない寄生型攻性植物との戦いにおいてきわめて効果的に機能している。

「たったひとりだからって、犠牲にしていい命なんてないの……」
 仄光るようなピンクブラウンの髪に、決然と、可憐な白芍薬が揺れる。
 全治せぬ樹傷を見つめ、リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)が深緑の蔦鎖を纏わせヒールを追い重ねる。
 降下時での何らかの手違いによって彼女は今、本来意図しなかったジェットパック・デバイスを白翼広げた細いその背に装着中。デバイス効果を捨て初ターンの一手損を冒してまでしてメディックに移る事はせずそのまま役目を果たす事となった。
「キュアが絶対ついて回るメディック治癒よりむしろ敵ヒール時にはありがたいかも?」
 明るく笑いかける晴香の科白は本心からのもの。
 パタパタと清浄の羽ばたきでリュシエンヌを補助した『ムスターシュ』を含め翼猫計三体と盾役を手分けするこの人気女子プロレスラーにとっても列減衰の発生は思わぬ事態だった筈だが彼女は特に気にした様子も見せなかった。
 重力子演算による未来予知そして必ずや宿主となった農園主を救うのだというケルベロス達の堅い意志の前に、完全に後手へと廻った葡萄樹。
 おそらくは必死に痺痛や縛めの数々に耐えて抗いながら……シャインの名を冠する果実を文字通り輝かせて反撃の熱線が発射される。
 他とは段違いの殺意に反応したのだろう、真っ先に狙われたのはレーグルだ。
 しかし、咄嗟に大きく跳躍し身体を張って射線上へ飛び込んだ晴香が肩代わりする。
 堅守をまったく感じさせないリングコスチューム姿だが、耐性も功を奏し、露出する肩をうっすら焼かれた程度。
「誰もが誰かの大切なひと。失うことで悲しみの連鎖を生まないように必ず助け出すの!」
「ありがとリュシエンヌさん。うん、その意気その意気♪」
 揺れる真紅のVカットの胸元に灯りかけた【炎】もその後即座に揺らめく極光の紗幕に包まれて全て拭い去られ(色々な意味で)大事には至らず。

 その後もケルベロス達は一丸となって、ダメージとダメージを打ち消すヒールとを代わる代わる葡萄樹に与える戦いを粘り強く続けた。
 敵もまたジャマーとして光輝く【破剣】に乗せて、遠近、蔓触手や光線を繰り出して来たがブレイクの打ち合いであれば手数に勝るケルベロスらが断然に有利である。
 くわえて三匹の翼猫達による耐BSの加護にも守られた番犬達の勝利はもはや磐石といっても過言では無い。
 勿論ただ打ち勝つばかりでは今回の彼らは勝利し得えない。
 取り込まれた農園主を確実に助け出す為の細やかな各自判断と相互連携が不可欠な点がこの救出作戦を困難なものとしているのだが、彼らは見事にやり遂げつつあった。

「さて『聖女の林檎』の寓話をあなたに贈るとしようか。 ――昔々、病の流行を知らずに街を訪れた林檎売りの娘がいました……」
 ゆさり、ざわざわ。
 激しく枝揺らす葡萄樹を相手に、悲劇と皮肉とそして……オズはまるで読み聞かせるかのように詠唱を始める。
 苦しむ多くの人々を救うのと引き換えに総ての林檎を手放し人知れず死んでいったその娘が街に遺した裔だと嘯いて果実を差し出す蛇体の青年。
 滔々と紡がれたペシミズムは迸るヒールグラビティの完成を以って締め括られた。
「その寓話、確かに悲劇だが君にしては随分と『やさしく』はないのかい?」
「…………」
 ニタリと浮かべた笑みの怪しさに比してメロゥの声こそ途惑う程いつになく優しげで――と想わせたのは一瞬。
 聖女の『贈り物』が癒した箇所は、そっくり丸々、奇術師のコインマジックによる力尽くの不等価交換で奪われ抉られてしまったのだから。

 こうして長きに及んだ戦いも、敵の消耗の様子から既に終盤近くにまで差し迫ったとケルベロスの誰もが確信し、詰めを誤らぬようにと細心の注意と調節が図られている。
 序盤を除けばほぼ前衛列への近列【破剣】ヒールのみに専念する事となったレーグルもまた撃破は間近と睨み、先んじて敵体内から老婦人を引き剥がしておこうと声を掛ける。
 だが依然として樹に厚く覆われたままの彼女の姿は外からは全く窺えず、意識を取り戻した気配も無かった。
「……辛抱強くヒール不能ダメージを重ねて攻性植物だけを殺す以外に、一体化を解除する手段は無いぞ」
 それ以外の方法が存在したというのなら今すぐにでも教えを請いたい位だと零した後に、陣内は再度の『炎祓』を冷静に急かした。
「この農園主はんはこんなにも美味しそな果物、育てられるお人。そして食べてる人の笑顔を知ってるお人やから……」
 和装に合わせ高下駄じみた外見にアレンジされた保のデバイスはエアシューズと一体化。
 ざりり、
 足下の赤土を擦る脚捌きからの――嵐舞一閃。
「きっと、助けてみせるよ」
 列攻撃であるレガリアスサイクロンを敢えて彼が選んだのはむろん繊細なダメージ調節の為である。
 そんな保の深慮に感謝して、直後、陣内が樹に分け与えた癒術は『てぃーだかんかん』。
「――これはヌチグスイ。太陽の恵みが、ここにある」
 降り注ぐ陽光は燦々と真夏の熱。
 まるでそれは、歪められたまま去りゆく秋の豊饒を惜しみ、巻き戻しを望んだが如く。
 そして……さあ朱の散華とともに世界へと還れ。
 タマちゃん、と、一声だけ発して駆け出したあかりが深々と剣先を突き立てる。
 生じた裂け目から無数の花びら零れて嵐と化せば、ここに命運尽きた葡萄樹はゆっくりと朽ち崩れ、やがては光一粒すら遺さず消滅していった。
 ケルベロス達の眼前、無傷の老婦人ひとりを優しく地にと横たえたままで。

●守られた豊饒
「もう大丈夫」
 そう微笑み掛けた保に農園主はほっと心落ち着かせ、自らの足で歩み出した。
 この分ならば念の為のヒールも必要なさそうだとあかりやメロゥも安堵する。
 戦場となった農道周辺の被害も微少だがどうせなら完全にゼロにと気遣うケルベロス達は各々ヒール作業に励んで。
 そして――雲高く、澄みわたる空の下。たのしいたのしい葡萄狩りの始まりである。
「ムスターシュもお疲れさま。さあ、狙いはシャインマスカットよ……!」
 優しく翼猫を撫でて労った後。
 リュシエンヌの手には借り物の籠と鋏がバッチリと準備万端だ。
「たくさんお土産持って帰るってうりるさんと約束したの♪」
 パチリ、パチンと、鋏の音は何処かリズミカル。
 おうちで留守番中の旦那さまの顔を思い浮かべればそれだけで、オラトリオの若奥さまの胸は甘く幸せな気分で一杯になる。
「!! おいしい……ほら、ムスターシュもたくさん食べてね?」
 特別に綺麗で甘い緑の房を見つければいっそう瞳輝かせて翼猫と分け合いせっせと手籠に摘み取ってゆく。
 翼猫連れで葡萄狩りといえばトトを伴うオズもまた同様だった。一見すればアンニュイな空気ばかりを纏う青年の両腕にはしっかと黒と白の葡萄が確保されている。
 彼もまた、手ずからトトにとっておきの一粒を与えたり真剣な面持ちで食べ比べたり……もしかしたら最も葡萄狩りを堪能した1人なのかもしれない。
 小さな宝石達の瑞々しさを堪能したレーグルはうち何房かを土産に持ち帰るべく直売所に持ち込み、老婦人と再会。改めて『歌』について訊ねたのだった。
「……そう、ね。なにぶん、記憶はもうすいぶんと曖昧で……でも少しでもケルベロスさん達のお役に立てるというのなら……」
 恐怖の記憶の前後を懸命に手繰った老婦人からは『ハミングのようなとても可愛らしい歌だった』『声はおそらく若い少女のもののように聴こえた』等の証言を得る事が出来た。
 スタッフ達に請われての記念撮影を終えた晴香はようやく公式ウェアを上だけ羽織り園内の散策を開始。垂れ実る巨峰に、大人な配慮と食欲の狭間で揺れ動きつつ舌鼓を打つ。

「陽当たりぽかぽか、葡萄狩り日和やねぇ」
 蔦の天井を仰いだ保がわくわくと視線巡らせればぶらりと下がる黄緑の房。
 特に立派な一房に鋏を当てて摘み取れば水気を帯びた重みがずっしりと掌に伝わって。
 思わずぱくりと一口。
「……わぁ……甘うて瑞々しぃ」
 含み噛むほどに弾けて広がる芳醇はまさに陶然。
 もう一粒また一粒と手が止まらず、我しらず頬も綻ぶばかり。
 ひどく美味しそうに食すオラトリオの様子に寄って来たメリュジーヌはオススメを交換し合おうと提案する。
 メロゥの一押しは、大粒のスタールビーすら思い起こさせる果皮の赤紫色と光沢が美しいサニードルチェだ。
「見事やなぁ。つやつやの実、綺麗やねぇ」
「ふふふ、本当に宝石みたいだ……。綺麗で美味しくって、しかもこれ、皮ごと食べられるやつって、とっても良いよね!」

 ハニーシードレスはこの地方ではやや珍しい品種で早生種、所望した陣内もダメ元だったが今その一房が彼の手に収まっている。
 小粒なこの葡萄は名前の通り種無と濃厚な甘さが特色だが彼がお気に入りなのは何といっても食感だ。
 やや硬質な円い実をまるごと猫科な口に放れば、ぷっつり、果皮の心地好い弾力が牙へと伝わるやたちまちに甘い果汁が溢れ出る。
「まん丸なその葡萄もこれも僕初めてだけど、皮まで食べられるんだってね」
 農園主さんからの受け売りだけどと言い添えて。
 あかりはシャインマスカットの大粒をまるでガラス玉みたいに翳して蜂蜜の瞳を細める。翡翠色は、僕が世界で一番好きな色合いなんだと彼女はそっと語ってくれた。
 定命の先人達からの連綿たる結実。驚くほど多彩な果実達は色とりどりに緑、赤、黒……覆い茂る鮮緑をきらきらと透かして注ぐ木漏れ日の下に揺れる。
 穏やかな光と影が織りなす情景は絵心を刺激し――陣内はいつしかスケッチ帳と水彩画材をその手に取っていた。

 たとえどれほど清浄だろうと世界にただ一色不変の強き光ばかりが射すのなら、
 色彩豊かなこれら豊饒の美はきっと生まれ得なかったのだろう――。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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