野良猫を車ではねとばすのは大正義?!

作者:秋津透

 静岡県静岡市、市街地を抜けていく幹線道路。昼過ぎ。
「わっ!」
 幹線道路を走っていたトラックドライバーの青年は、道脇の植え込みから不意に飛び出してきた猫のような獣を見て、慌ててブレーキを踏んだ。しかし、まったく間に合わず、猫のような獣はトラックに衝突してはねとばされた。
「……やっちまった」
 苦い表情で呟いて、青年は道路脇にトラックを寄せて止め、何がどうなったか確認のために降車する。しかし、その時。
「大正義~!」
 道路横の歩道にいた初老の男が、いきなり大声をあげ、黄色い羽毛に包まれた怪鳥……デウスエクスのビルシャナに変身する。
「?!」
 あまりのことに立ち尽くす青年に、ビルシャナに変身した男は走り寄り、熱っぽい口調で語りかける。
「君! 君は今、野良猫を車ではねとばしたね! それはね、とても良いことだ! 大正義なんだよ!」
「は、はあ?」
 茫然として怪鳥を見やる青年に向け、変身したてのビルシャナ……「野良猫を車ではねとばすのは大正義ビルシャナ」は、さらに言葉を続ける。
「野良猫は迷惑だ! しかし野良猫を駆除しようとすると、動物虐待だと非難される! ならばどうすればいい? 野良猫が勝手に死ぬのを待つしかない! そうさ! いきなり道路に飛び出してくる野良猫を不可抗力ではねとばしてしまうのは、断じて虐待ではない! 大正義なんだよ!」
「だ……大正義なのか……」
 青年の目がうつろになり、ビルシャナの言葉をオウム返しに呟く。
「野良猫を、車ではねてしまうのは……俺がやったことは……大正義!」
 そう言った瞬間、青年もビルシャナに変身してしまう。二体のビルシャナは、周囲で茫然と立ちすくむ通行人たちに向けて、声を揃えて叫ぶ。
「野良猫を、車ではねとばすのは大正義!!」

「静岡県静岡市の幹線道路沿いで、野良猫と思われる獣が車にはねとばされ、その事故を見た男が大正義ビルシャナと化してしまう、という予知が得られました」
 どうにも苦い表情で、ヘリオライダーの高御倉・康が告げる。
「この男は、以前野良猫を勝手に駆除しようとして、動物虐待の咎で罰せられたことがあるようです。そして、虐待はいけないということは理解したようなのですが……何をどうこじらせたのか「野良猫を車ではねとばすのは大正義ビルシャナ」と化してしまいました。更に恐ろしいことには、車から降りてきたドライバーの青年に、さっそく説法を仕掛け、信者どころか新たなビルシャナにしてしまうのです!」
 康の説明に、ケルベロスたちがどよめく。そして康は、プロジェクターに画像を出して続けた。
「現場はここです。急行すれば、事故が起きる十五分前ぐらいに到着できますが、人払いをしたり、車の通行を止めたり、事故が起きないようにしてしまうと、ビルシャナも出現せず、予知できない別の場所で変身してしまう危険性があります。そうなったら防ぎようがないので、予知を変えてしまうような行動は厳禁です」
 そう言って、康は苦い表情のまま続ける。
「大正義ビルシャナは、普通のビルシャナと同等の戦闘力を持ちますが、変身したてなのでうまく力を使うことができません。戦闘で皆さんが不覚を取ることはないでしょう。しかし、変身後すぐに戦闘を始めれば、周囲の人を巻き添えにしてしまいますし、説法をさせてしまうと新たなビルシャナを生み出すほどの力があります。皆さんの中の誰かがビルシャナに議論を仕掛け、一般人から気を逸らし、その間に避難誘導するのが得策かと思います」
 すると、遠音鈴ディアナ(ドラゴニアンのウィッチドクター・en0069)が真剣な表情で訊ねる。
「お話はわかりましたが、その、猫さんが車にはねられる事故は、どうしても防いではいけないのですか?」
「いけません」
 康は厳しく即答したが、そこで視線を斜め上に逸らせて続ける。
「ただ、私が予知したのは「急に道路へ飛び出してきた猫のような獣」が「車にはねられて道路に叩きつけられる」ところまでです。叩きつけられた「猫のような獣」が、ビルシャナが変身した後、何事もなかったように起き上がって、翼を広げて飛び立ったとしても、それは知りません」
「わかりました。ありがとうございます。では、私は『ロコ』と一緒に参加します」
 ディアナがにっこり笑って応じ、康は渋い顔で溜息をつく。
 そして康は、気を取り直したように、一同に向かって告げる。
「自分の歪んだ信念に凝り固まった大正義ビルシャナの説法力には、恐るべきものがあります。一般人が新たなビルシャナや信者にならないうちに、引き剥がして、倒すしかありません。新装備『ヘリオンデバイス』での支援も可能になりましたし、どうかよろしくお願いします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
日柳・蒼眞(無謀刀士・e00793)
テオドール・ノーネーム(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e12035)
マデラ・フワイス(バルビツレート・e35477)
チャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)

■リプレイ

●現場到着前。
「ファミリアのひつじねこを、野良猫の代わりに車にぶつけるのですか? それは勘弁してください。予知から外れすぎです」
 現場へ向かうヘリオンの中で、テオドール・ノーネーム(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e12035)から申し出を受けたヘリオライダーの高御倉・康は、露骨に渋い声で応じた。
「ウイングキャットに身代りをさせるのも、本当は望ましくないんです。ビルシャナに変じる人間が「野良猫がはねられた」と認識して変身しなかったら、この依頼、それで失敗ですから」
「ロコのことを気遣っていただくのは、本当にありがたいんですけど」
 ウイングキャットの「ロコ」をサーヴァントとする遠音鈴・ディアナ(ドラゴニアンのウィッチドクター・en0069)も、ものすごく申し訳なさそうにテオドールに告げる。
「どう見ても、ひつじねこちゃんよりロコの方が頑丈そうですし。それに、魔力を籠めないと、ひつじねこちゃん飛べないですよね? それだと、道路に叩きつけられたあと、別の車とぶつかってしまうかもしれません。かといって、魔力を籠めれば車の方が吹っ飛んじゃうでしょうし」
「うーん、どうもコレは難しいみたいアルネ」
 残念そうに、テオドールが唸る。
「車にぶつかったら、死んだりケガしたりしなくても痛いと思うけど、ロコチャン、大丈夫アルカ?」
「大丈夫です。サーヴァントは、デウスエクス相手に戦ってますから」
 ディアナがきっぱりと応じ、聞いていた日柳・蒼眞(無謀刀士・e00793)が苦笑する。
(「そういえば、この間、封印から出てきた巨大ダモクレスと戦った時に、ロコは俺を庇ってダモクレスの攻撃まともに受けてリタイアしてたな」)
 言葉には出さずに呟くと、蒼眞はテオドールとディアナ、そして同行するマデラ・フワイス(バルビツレート・e35477)とチャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)に告げる。
「事故の演出は、遠音鈴とロコに任そう。で、ビルシャナが変身したら、俺がドライバーの兄ちゃんを救出する。ノーネームとドミネが論戦を挑んで、フワイスが周囲の人を避難誘導。分担はそれでいいな?」
「間違いないアルよ!」
 テオドールが応じ、マデラとチャルもうなずく。そしてディアナが、ちょっときょとんとした表情になって蒼眞を見た。
「あの、私も避難誘導を……」
「あまり人が多いようなら頼むが、フワイス一人で間に合うようなら、遠音鈴とロコは、野良猫が道路へ飛び出さないか注意していてくれ。俺たちが何もしなければ、野良猫が勝手に道路へ飛び出すことになってるんだからな」
 ここまでお膳立てしておいて、戦闘中に猫が近くで事故に遭ったら後味悪いだろ、と、蒼眞は告げる。
「正直、俺は、野良猫が交通事故に遭うのがデウスエクスと関係ない運命なら、それを俺たちケルベロスが阻む意味があるのか、疑問に思う。だが、遠音鈴がやりたいならやればいいし、やる以上は後悔しないようにやるべきだと思うんでね」
「……わかりました。ありがとうございます」
 そう言って、ディアナは頭を下げた。

●現場到着後、事故勃発前。
「とにかく予知を狂わせないよう、目立たないように用心しろ。遠音鈴は角、尻尾、翼を隠して普通の人間のふり、ロコは翼を隠して普通の猫のふりだ。フワイスは殺気を完璧に抑えさせすれば、近くで待機で問題ないだろう」
 わざわざ現場から少し離れた公園に着地し、蒼眞はメンバーに念を押す。
「ノーネームは、人間の振りしたところで悪目立ちするだけだから、作戦開始まで俺と一緒に近くの大樹の上に潜む。問題は、ドミネだな」
「私の何が問題なんです?」
 チャルが声を尖らせると、蒼眞は真面目な口調で応じる。
「ドミネは、人間に化ける気はないんだろう? かと言って、俺やノーネームのように大樹の上で待機したら、出ていく時に雨を降らせることになる。ビルシャナが変身した後ならいいが、変身前に雨を浴びさせてしまったら、冷静になって変身しないかもしれない。そのリスクは冒せんな」
「うー……」
 憮然として、チャルは唸る。確かに、メリジューヌ本来の姿は、町中では目立つなんて生易しいものじゃない。
 かといって、下半身を人間態に変えるのは、彼の誇りが許さない。百歩譲って変えたとしても、人間態用のズボンとか用意してないから、下半身裸体になってしまう。それは、あまりに不都合すぎる。
「……わかりました。あなた方と一緒に樹上で待機し、ビルシャナの変身を確認してから出ます。論戦の先陣は、テオドールさんに譲りますよ」
「お任せアル~!」
 嬉々としてテオドールが言い放つ。
「動物愛護の根幹は生命倫理の尊重ネ! それができないからビルシャナになるアルヨ! 完膚なきまでに言い負かしてやるアル!」
「こら、騒ぐのはビルシャナが出てからだ」
 この公園で人目を集めるのだって、厳密にいえばヤバいかもしれないんだからな、と、蒼眞は唸る。
「では、とっとと分散だ。開始目安は15分後だが、多少ずれる可能性はある。遠音鈴、目標のトラックはわかってるな?」
「はい」
 もちろんです、と、ディアナは真摯な表情でうなずいた。

●事故勃発、作戦開始。
「わっ!」
 道路脇の植え込みから飛び出した猫のような獣が、走ってきたトラックに衝突、跳ね飛ばされて道路の反対車線側へと吹っ飛ぶ。
「……やっちまった」
 トラックは道路脇に寄って停止、ドライバーの青年が降りてきた、その瞬間。
「大正義~!」
 歩道にいた初老の男が、いきなり大声をあげ、黄色い羽毛に包まれた怪鳥……デウスエクスのビルシャナに変身する。
 そして、その刹那。
 頭上から急速降下してきた、ジェットパックを背負った青年……蒼眞が、トラックドライバーの青年を抱えて急上昇する。
「?!」
 あまりにも予想外の展開に、さしもの大正義ビルシャナもあっけにとられて凍りつく。何しろ、感性はまだ人間のままなのだ。
 そこへ続いて降下してきたテオドールが、堰を切ったように論戦を挑む。
「その理論が真ならば逆もまた真のはずヨ。『断じて虐待ではないならばいきなり道路に飛び出してくる野良猫を不可抗力ではねとばしてしまう』、意味が通らないヨ? 裏も言おうカ? 『最初から視界に入っている飼い猫を意図的に保護するならばおそらく虐待である』 完全にイミフヨ。すなわちオマエの大正義は穴だらけネ。理論武装もろくにできないゴミはすっこんでるヨロシ!」
「いきなり何をほざくかと思えば、トカゲ女が。何を言っているのかさっぱりわからんのは、貴様ではないか」
 そこは変身したてとはいえ、大正義ビルシャナの本質的な性(さが)。ビルシャナは即座に論戦に応じる。
 そして、遅れて飛んできたチャルが周囲に雨を降らせ、ビルシャナとテオドールを除く、その場にいる者の冷静さを取り戻させる。
「よし」
 近くに待機していたマデラが、悠然と歩み出て、周囲の人々を誘導する。
「なんと、デウスエクスだね。でも幸い、ケルベロスも来てるよ。巻き添えにならないよう、連中が言い争ってるうちに、静かに離れよう」
「は、はい……」
 落ち着き払ったマデラの物腰に、人々は一も二もなく従って、静かにその場を離れる。
 そしてビルシャナは、離れていく一般人には目も向けず、テオドールに向けて言い返す。
「その理論というのがどの理論か知らんが、もしかすると『いきなり道路に飛び出してくる野良猫を不可抗力ではねとばしてしまうのは、断じて虐待ではない』という大正義命題のことかな? だとすれば「理論が真であるためには、対偶が真であればよく、逆や裏が真である必要はない」という論理の初歩の初歩を、お前は知らない、あるいは誤解しているのだな。何が「その理論が真ならば逆もまた真のはずヨ」だ、馬鹿が!」
「くっ!」
 逆襲を食らって、テオドールは絶句する。ビルシャナが青年に語り掛けるのを許したらまずいので、早々と論戦を吹っ掛けたはいいが、まだビルシャナは何も言っていないので、揚げ足を取れない。
 しかも「理論が真なら逆もまた真」というのは、ビルシャナの言う通り、理論的には間違いなのだ。
 もちろん、間違いだろうが何だろうが、ビルシャナの注意を一般人から逸らすのが目的なので、その目的は大成功なのだが。
 更にビルシャナは、嬉々として続ける。
「貴様がほざく逆だの裏だのは、貴様の言う通り意味不明だが、それは大正義命題が間違いだという証明にはならん。そもそも、きちんと逆や裏になっているかも怪しいものだな。正しい逆は「断じて動物虐待ではない行為として、いきなり道路に飛び出してくる野良猫を不可抗力ではねとばしてしまう行為があげられる』かな。正しい逆は『道路に飛び出してこない猫を不可抗力でなくはねとばす行為は、動物虐待でないとは言えない』だろう。どちらも偶然正しいようだが、まあ、それはどうでもいい。貴様の言葉によって証明できていることは、ただ一つ。貴様が救いようのない馬鹿だということだ」
「ぐぬぬぬぬ……」
 好き放題に言い立てられ、テオドールは表情を歪めて唸る。目的はきちんと達しているが、しかし、どうにも気分は良くない。
 そこへ、チャルが悠然と降下する。
(「ご苦労様でした。まあ、テオドールさんが救いようのない馬鹿だというのは否定しませんが、それはそれ、これはこれですね」)
 口に出したら内輪揉め必須の言葉を、さすがに声には出さず呟くと、チャルはビルシャナを冷たい目で見据える。
 もっとも、チャルは忘れているが、もしもテオドールがジャマーではなくキャスターを選択していたら、マインドウィスパーデバイスによって、口には出さない内心の声が伝わってしまう可能性はあるのだ。
「正義ではありません。不可抗力なら罪には問われないでしょう。ですが、意図的にはねとばせばそれは虐待です」
 チャルの言葉に、ビルシャナは平然の答える。
「その通りだ。意図的にはねとばせば罪に問われる。だが、不可抗力でも正義ではないというのは、なぜかね?」
「迷惑な野良猫を駆除と言いますが、交通事故を起こすのも迷惑です。迷惑は口実にしか過ぎず、野良猫が無残な目にあうのを喜んでいるだけでは?」
 鋭い口調でチャルは続けたが、ビルシャナはいきなり呵々大笑する。
「それはもちろん、大正義が行われれば喜ぶのは当然ではないか。よくわかっていないようなので重ねて言うが、私の主張は『いきなり道路に飛び出してくる野良猫を不可抗力ではねとばしてしまうのは、断じて虐待ではない。大正義である』というものだ。そもそも、車が野良猫をはねとばして、誰が迷惑するのかね? ドライバーが、無用な「良心の呵責」とやらに責められない限り、誰も迷惑しないだろう」
「それに先ほどはねとばした猫はいないようですが? そもそも本当に猫だったのでしょうか? いい加減ですね」
 言い放つチャルに、ビルシャナは鼻で嗤って応じる。
「これだけ轟々と多くの大型車が走る道路だ。はねとばされた野良猫など、とうの昔にぺしゃんこの粉微塵になってカケラも残っていなかろうよ。その何が悪い?」
「猫をはねとばすのは正義などという心算でいい加減な運転をして、人を害した場合はどのように償うつもりですか」
 チャルの言葉に、ビルシャナは馬鹿馬鹿しいという態度を露骨に見せる。
「もちろん、人をはねれば不可抗力でも罪になる。だが、貴様ら蛇小僧には人と猫の区別がつかんのかもしれんが、地球人は、そんな間抜けには運転免許を出さんのだ。それとも、さっきはねられた野良猫は、実は人間でしたとでも言うつもりか?」
 そう言ってから、ビルシャナは何とも嫌な嗤いを漏らす。
「おっと、そういえば、まだ会ったことはないが、貴様ら人外種族には動物に変身する奴らもいるそうだな。もしかして、さっきの猫は人外種族の変身か? 動物に変身している人外種族を不可抗力ではねてしまった時に、それが罪になるかどうかは、これは法律の専門家に訊かんとわからんなあ。いずれにしても、はねたのは我ではないしな」
「い、言わせておけば……」
 もうそろそろ避難は済んでませんか、この話の通じない馬鹿鳥ぶちのめしていいですか、とチャルが切れ気味に周囲を見やった時。
 蒼眞が、その肩をぽんと叩いた。
「ご苦労さん。避難は済んだ」

●作戦遂行!
「ぐわっ!」
 ものも言わずに蒼眞が抜き打ちに放った斬霊刀の一撃を存分に浴び、ビルシャナは苦痛と驚愕の呻きを発する。
「な、何をする、いきなり……」
「俺たちは、地球の守護者ケルベロス。地球を侵略するデウスエクス、人に憑りつき狂わせるビルシャナは討伐あるのみ。それが俺たちの正義だ」
 淡々とした口調で、蒼眞は告げる。
「さんざん人のことを人外人外言っておきながら、自分が人外、それも地球の敵に成り果てていたことに気づいていなかったのか。哀れだな」
「そ、そんな馬鹿な……」
 呻くビルシャナに、チャルが鬱憤晴らしとばかりに遠気投げを打つ。
「お前など、触れるのも汚らわしい。さっさと死ぬがいい」
「な、なにを……我は、大正義に目覚めて……人間を越えた……」
 苦し気に口走るビルシャナに、テオドールがガトリングガンの遠慮会釈ない連射を見舞う。
「人間越えた、違うアル! 人間やめた、だけアルネ! オマエの大正義同様、穴だらけにナルヨロシ~!」
「ぐおおおおおおお……」
 胴中に無数の銃弾をくらって、ビルシャナは悶絶する。
 するとマデラが、礫(つぶて)を放ってビルシャナの両腕を貫く。
「まあ、こんなものかね」
「し、死ぬ、死ぬ、死んでしまう……」
 呻きながら、ビルシャナは怪光を放って自分の傷を癒す。
 気持ちはわかるが、それは苦痛を長引かせるだけの行為だ、と、蒼眞は声には出さずに呟く。
「今更言っても始まらんが……大正義なんてものは、ないんだ」
「な、なにぃ!?」
 目を剥くビルシャナに、蒼眞は更に斬霊刀の一撃を加え、付加した氷を増す。
「ぐわああああっ!」
「正義はある。人の数だけな。だが、他人の正義を無条件に押し潰せる大正義は、ない」
 独言のような調子で、蒼眞は続ける。
「地球を守る俺たちケルベロスの正義だって、正気と力を保つためグラビティを求めるデウスエクスの正義と正面衝突して、どっちが勝つか、押し合いへし合いだ。そりゃあ、正義は必ず勝つさ。戦ってる両方が自分の正義を奉じてるんだからな」
「しかし、そうすると……正義は必ず負ける、とも言えてしまうわけですね」
 沈痛な口調で言いながらも、チャルはしっかりビルシャナに光弾を叩きこむ。
「そうだな……ただ、勝った側は、敗者の正義に悪と名付ける。それでも、悪として残ればまだいい。そんな正義があったことすら、忘れられることも多い」
 蒼眞が言うと、テオドールが辛辣な口調で応じる。
「少なくとも、アタシは、こいつの大正義は覚えてないのコトネ! 『いきなり道路に……』後なんだったアルカ? 長すぎのコトヨ!」
「わ……我が敗者になって……忘れられると……ぎゃああっ!」
 テオドールの強烈な炎の蹴りを顔面に受け、ビルシャナは転倒する。
「まあ、これでまだ勝てると思ってるなら、もはや正気じゃないねえ」
 物憂げに言い捨て、マデラはビルシャナの傷をカードで切り裂く。
「そもそも大正義ビルシャナが、正気かどうかなんて、考えても仕方ないけどさ」
「だ……大正義に目覚めた我を……忘れられる敗者のみならず……狂者とまで言うか……」
 ぐばっ、ぐばっと血を吐きながら、ビルシャナは呻き、再び治癒の光を使う。
「……そろそろ、楽にしてやろうか」
 呟いて、蒼眞は斬霊刀を高く構える。異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けるオリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』の構えだ。
「ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
「ぎゃあああああああっ!」
 断末魔の叫びとともに、ビルシャナの身体が両断され、元の人間の身体すら残さず、そのまま完全に蒸発して消える。
「終わったか」
 呟く蒼眞に、テオドールが訊ねる。
「あの、トラックドライバーの人はどうなったアルカ?」
「今はもう、道路近くに猫はいないと確かめた遠音鈴が、ロコと一緒にべこべこ謝ってる」
 そう言って、蒼眞は苦笑した。
「もちろん、ビルシャナを出すためトラックにわざとサーヴァントぶつけた、なんて言いやしない。サーヴァントがデウスエクスを捜索中に、うっかりあなたの車の前に飛び出してしまいました、心配かけてごめんなさい、てなもんだ」
「嘘も方便、ですか」
 チャルが少々複雑な表情で言うと、マデラがとぼけた口調で応じる。
「この場合は、嘘も大正義、かもね」

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月1日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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