夏の夜の

作者:東公彦

 勇也は植え込みに面した窓から校舎のなかに滑りこんだ。灯はなくとも目は闇に慣れていた。
 お前の度胸を試してやる。そんなふうに言われて隠された首飾りは祖父から貰った大切なもので、今夜のうちに取り返して明日いつもの自分を見せたかった。
 勇也は幽霊が怖かった。勇ましいなんて名前をつけた両親を怨みたいくらい、友達に揶揄されてきた。そもそも、うちの小学校では男子も女子もこの手の怪談に首ったけで、それは代々先輩から後輩へと囁かれて連面と続いているものらしい。
 これを話し上手な奴が語ると半端なく怖い。もともと怪談話が苦手な勇也にとっては首を竦めたくなるようなものばかりだった。
 だから校舎に潜りこむまではよかったけれど、階段に差しかかったところで足が止まってしまった。隠し場所はどうせ3階の教室だ、わかっているけれど一人で取りに行く道中、どうしても学校の怪談の前を通らなきゃいけない。
 どうしよう、どうしよう……。勇也がうろうろとしていると、
「誰かいるのか?」
 誰かの声がした。
 用務員だ。勇也は柱に身を隠した。懐中電灯の光が警察犬さながら闇を照らす。徐々に光が近づいてきて、勇也は身を縮こめた。用務員は柱にどんどんと近づいていく。
 そんな姿をエインヘリアルはじっと凝視めていた。
 ああ、いたく腹が減る。
 思考能力などほとんど残っておらず、耐えることなどハナから頭にないエインヘリアルは暗がりから人間に躍りかかった。


「真夜中、横枝市の小学校に死神とエインヘリアルが現れるみたいだよ~」
 両手を垂れて古典的な幽霊よろしく正太郎が凄んだ。ひしゃげた唇にギョロリと剥いた目。本人は気づいていないが、お化けなど比べようもないほどの強面である。
 どう、怖かったかな? ひとりごちて正太郎は説明をはじめる。
「この個体は夜が更けてから小学校に現れてサルベージを行なうみたいなんだ。予知の犠牲者も真夜中に校舎にいたみたいだね。だからみんなにも夜に小学校へ赴いてもらうよ。必要のない明かりは消えているから校舎内は暗いだろうね。光源を持っていくことをオススメするけど当然、敵からも見えるだろうから留意しておいてね」
 正太郎は卓上に地図を広げた。
「校舎は大きなコの字に造られていて3階建てだよ。この校舎内のどこかにデウスエクスは潜んでいるはずだから、みんなにはそれを探し出してもらいたいんだ。それで遭遇次第、戦闘に移ってね。死神は低級の個体みたいで、あまり強くないようだね。エインヘリアルも知性を喪っている状態だから、以前戦った時よりも強みはないと思う。とはいえ油断は禁物だよ」
 指を立てて注意を促す。その指で、そのまま地図を指した。
「予知が変化する恐れがあるから学校の敷地外の避難は実施していないよ。小学校への立ち入りは禁止するよう手配してるから、そこは安心して欲しいな。少し……男の子のことが心配だね。忍び込むようなことがないといいけれど、もしも会ったら保護してほしいな」
「怪談には少し季節外れでもずいぶん雰囲気がありそうだね。みんな空気に呑まれないようにね」


参加者
ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)
鍔鳴・奏(碧空の世界・e25076)
キース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)
村崎・優(黄昏色の妖刀使い・e61387)
柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)

■リプレイ

 晩秋を告げる冷たい雨が暗闇のなか佇む校舎の頭を容赦なく叩いていた。溜息をもらしながら柄倉・清春(あなたのうまれた日・e85251)は扉を開けた。
 途端、すーっと背筋を撫ぜるような風が吹いて、清春の陰鬱な気分は増した。月の光さえも厚い鈍雲に阻まれたなかでデウスエクスを探すべく校舎を歩き回らねばならない。
 懐中電灯のスイッチをいれる。丸みを帯びた灯が、昇降口の輪郭を心もとなく浮かび上がらせた。
「お~、雰囲気があるな♪」
 キープアウトテープを入り口に巡らせたリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)は弾む声を隠さぬままにライトを左右に振るう。「みんなはお化けとか信じる方だったりする?」
 見つけるべきは敵よりも幽霊と言わんばかりである。先頭をきって歩き始めた彼女を追って一同は慎重に歩を重ねた。
 鍔鳴・奏(碧空の世界・e25076)は、手あたり次第に扉を開けてゆく。窓やドアといった外に通じる扉は鍵が閉められていたが、探索のためか各部屋扉に鍵は掛かっていなかった。
「そうだなぁ……どうせいるんなら色っぽい女性が良いなぁ」
「ま、まぁそんな幽霊なら一度会ってみてぇもんだな。……滝摩ちゃん、怖かったりしたら手を」
「いえ、遠慮しておきます」
 滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)は即答した。無造作に扉に手を掛けては小さな体をめいっぱい伸ばして、各所を照らす。
「それとみなさん。お化けが実在するかはわかりませんが…少なくともデウスエクスはいますからね。気を抜いちゃダメですよ?」
 はーい。一同返事ばかりは立派である。
 さて一階東の階段に差しかかった時のことである。突然に弓月が「あっ」と声をあげた。
 幼い指が階段の袂――ロッカーと壁の僅かな隙間を指す。「あそこでいま何か」
 動きました。
 そんな声を待たずに白い何かが隙間から飛び出した。
「あーっ、待て幽霊!」
「うあー、全く怖がらないでやんの……。あとそれで待つ奴いないだろー」
 白い影を追って二人が駆けだす。一方で。
「あのぉ、柄倉さん。はやく二人を追いかけないと……」
「お、おおお」
 返事こそあったものの、手足はブリキのロボットさながら不自然極まりない。弓月はふとさっきの影を思い返した。予知にもあった少年だろうか。既に校舎のなかならば殺界形成は保護を阻むことになるか。
「えーと、村崎さん聞こえますか?」
 弓月は使い慣れない通信機に呼びかけた後、ようやく動き出した清春と共に階段を登りだした。
 1、2、3……。前知識のこともあり、つい段数を数えてしまう。10、11、12……。トンと踊り場の階に足がかかった。13! 背筋を悪寒が撫でた。
「早く帰りてぇ……」
 血の気を失くした表情で清春が呟いた。段数を数えていたのは自分だけではないらしい。
 ふと二人が目を上げると、踊り場ではリーズレットと奏が抱き合っていた。


 廊下に空気の流れはなく。停滞し澱んで重苦しく漂っていた。俗にいう鉄筋コンクリートの造りには木造の温もりや親しみはなく、今宵、招かれざる客へのよそよそしさに満ちていた。
 学校という構造物の知識はあっても立ち入ることは初めてで、オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)にはそのどれもが新鮮に映った。閉鎖された環境において子供が主となり形成する小さなコミュニティ、それが生み出す怪談という名の寓話……興味につきない。
「ああ、わかった」
 小さく返事をして村崎・優(黄昏色の妖刀使い・e61387)は放出していた殺気を霧散させた。オズは下方へ声を投げる「なにかあったのかい?」
「滝摩さんが少年らしき影を見つけたけど逃げられてしまったみたいだ」
「少年――らしき、というのはどういうことだ?」
 ごくり、喉を鳴らしたのはキース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)だ。掲げるランプの灯が小刻みに揺れていた。「それとオズ……下に降りてきてくれないか。その――色々と、な」
「それは失礼」
 ずるり。蛇体が落ちる。うっ、とうめいてキースは目を背けた。
「確かに見たわけじゃないんだろうね。つまり、少年とは限らないのかもしれない」
 オズの憂うような声音はやけに反響した。まるで闇そのものが答えを出したかのように、ある可能性を強く物語るように。
「幽霊かもしれぬのじゃな」
 ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)があけすけに言った。「下手に怖がったり、脅かしてはならぬぞ。生をまっとうした魂は尊いものじゃ、粗末に扱ってはならぬ」
 ほとんどが師匠の受け売りであるがの。ステラは頭に彼女の姿を描いて――すぐさま消した。いまの状況で思い浮かべるには物騒に過ぎる。
「――っな、幽霊など、いない……。だから、怖くもない」
 キースは素早く瞳を左右させた。しかしいくら目を凝らしても廊下の奥を窺い知ることは出来ない。見かねて優がキースの傍に灯を掲げた。
「……とにかく、仕事は仕事。きちんと遂行しないとね」
 優にとって幽霊はいるだのいないだのという話ではない。呪詛を扱うような職能では殊更に珍しくないわけである。
 少なくとも、今はいない。彼は心中でひとりごちると光の線を投げては暗闇を切り裂いた。
 一同は東端から西端までゆっくりと、三階通路を隈なく調べて回った。しかし噂の徘徊する亡霊とやらもデウスエクスも、影も形もなかった。
「こうなると次は……」
「二階西の女子トイレじゃな」
 ステラが朗らかに笑った。一転、男性陣は顔を引き攣らせる。
「仕事とはいえ流石にそこまでは……誰か希望者は?」
 優がぽつりと漏らすと。
「いや、俺も女子トイレに入るのはな」
 キースも白い顔を青くして呟いた。
「そうだね。倫理観も世間的も気にするケースではないけれど、ここは女性にお任せしようかな」
 頷き合う男性一同。今度はステラが目を丸くする番だった。
「余だけで入るのか!? 本当に幽霊がいたら……いやいや困る! 師匠ならまだしも余には持て余すぞ!」
 少女の悲痛な声を闇だけが受け止めていた。


 リーズレットは飛ぶような身軽さで階段を登ってゆく。白い影の後姿がぐんぐんと近づく。二階の階段を登りきると、突如として目の前に誰かが立ちはだかった。
 咄嗟にリーズレットは身構えた。相手は体を半身にして一分の隙もなく……、
「なんだ、鏡だ」
 それが姿見に映る自分の姿だと気がついた。これが未来を映す合わせ鏡の姿見だろうか? しかし――、とリーズレットは振り返った。対となる鏡はどこにも見当たらない。それに漠然とした違和感もあった。
「掴まえられたのか? 幽霊」
 きょろきょろと首を巡らせる彼女に奏が問いかけた。「ぼーっとしてんなよ」
 返事がないと見るや先へと駆けてゆく。一刻も早く彼を追うべきであるのはわかっていた、しかし動けなかった。視線を鏡に戻した時、合わせ鏡の疑問が氷解したからだ。
 瞳だ。光彩に縁どられた瞳の奥、鏡の自分が笑いかけている。いや自分ではない、血塗られた翼にキスツスの花。
「誰なの?」
 リーズレットは手を伸ばした。鏡の自分も同じように手をかざす。二人の掌が触れる――その寸前で、奏が彼女の腕を掴んだ。
「様子がおかしいと思って戻ってきたら……。どうしたんだ?」
「~~っ、奏くん!」
 リーズレットは何かにすがりたくて、子供のように奏にしがみついた。
「怖いもんでも見たのか、子供みたいに。大丈夫だ。ここにいてやるから」
 背を撫でようと手を回した時である「きゃっ」と小さな声がして奏は首をむけた。
 踊り場の階で弓月が顔を真っ赤に染めて目を覆っていた。
「お前らなぁ、いくら人目がねーからって……続きは家でやれよ?」
 清春が言うとリーズレットがばっと体を放した。夜気のなかでも湯気が出んばかりに茹だっている。
「あれぇ、こうやってイチャつくカップルは即行で襲撃されるんじゃなかったっけ?」
「そりゃB級映画のなかだけ――」
 清春が呆れたように頭を掻いた直後。西校舎から悲鳴があがった。
 視線で言葉を交わすと、ケルベロス達は一斉に駆けだした。


 真夜中の校舎というのは不気味だ。しーんと静まり返っているのに、何故か時々音が鳴る。誰もいないはずなのに、どこか気配を感じる。怪談としては主役級のステージである女子トイレに入れば、それはなおさらのことだった。
「う~、薄情者どもめぇ……」
 口を尖らせてステラはうめいた。男性三人は入り口で待っている。ほんの僅かの距離だが今は途方もなく遠く隔たっているように感じられた。
 ぴとん、ぴとん。どこかで水の落ちる音がする。そのたび背中にぞわぞわっと鳥肌が立った。
「よし」
 嫌なことは早く終わらせるにかぎるのじゃ。ステラは決意を声に出すと、個室に手をかけて左端から順繰りに押し開けてゆく。
 ひとつ、ふたつ。扉の奥には何もいない、普通と変わらない少しばかり古い形式の便器があるだけだ。
 みっつ、よっつ。何もないからこそ、むしろ緊張は高まる。もしも何かがいるのならば相手だって現れる瞬間を、息を殺して待っているはずだ。
「――皆が笑顔で過ごせるよう」
 祈るように小さく声にして、ステラは最後の扉に手をのせた。勢いよく扉は開いた。内側にではない、外へ弾け飛んだのだ。扉が肩に直撃して、ステラは悲鳴をあげた。
 扉の奥からのそりと何かが姿を現した。虚ろな眼窩、毛髪の抜け落ちた頭、血塗れの相貌、強い腐臭……。
 二匹の死神を巨躯に纏わせたエインヘリアルには生者や死者の尊厳など欠片もない。命を不器用に縫い止められている肉の人形だ、幽霊などよりずっと怖気がした。
 血錆びのついた槍が揺れた、その瞬間。突然飛来した影が巨躯を蹴り飛ばした。
「お前らのような相手なら、単純でいいんだがな」
 キースはすっと目を細めた。敵を前にすれば逆上せていた思考は氷のように研ぎ澄まされ、回転をはじめる。
 エインヘリアルが叫び声をあげながら突進する。避けるにしろ防ぐにしろ、狭い空間の中では思うままの動きを取ることは難しい。思い切ってキースは前に出た。
 しゃにむに振り回される槍を避けると、懐に潜りこんで鳩尾に魔術を叩きつける。巨体が冗談のように吹き飛んで廊下に飛び出た。
「ようやく、お化け退治の開始ってわけだな」
 声と共に暗闇のなか紫炎が灯った。優は素早く二刀を薙ぎ払った。旋風のような動きは捉えどころがなく、敵の攻撃は優の着る黒衣の一端さえ掠めることはできない。
「ひどく単純な思考――いや、それさえ失っているのかな」
 そんな戦いの様子を暗く澱んだ瞳が静かに観察していた。星霊甲冑に僅かな綻びが視えた。間髪いれずにオズは脚――尾というべきか――をくねらせた。
 瞬時に姿が掻き消えて、エインヘリアルの眼前に現れる。突きだした矛先が滑り込むように鎧の綻びに突き立った。
「これを聞いて、あなたは何を想うだろうね」
 オズは唄うように物語を紡いだ。美しい娘が身を焦がした決意の炎。それは時空を超えてエインヘリアルをも焼き尽くした。
 その炎が燃え移る前に、死神は巨躯から飛び立った。


 やばいだろ!
 西校舎に足を踏み入れた瞬間、目に入ったのは蹲る子供とそれに向かって飛行する死神の姿だった。
 奏は光の翼で加速をつけて廊下を全力疾走する。間に合え、間に合え!
 死神は裂けた大口を開き――そのまま少年の隣を駆け抜ける。
「んなっ、逃げる気かよ!」
 体を反転させようとするも間に合わず、清春が驚きの声をあげた。死神はケルベロス達の虚を突いて、一直線に西校舎を遊泳する。行く手には夜景を切り抜くガラス窓。
「止めろ!!」
 奏が叫んだ。直後、それを掻き消すほどの重低音が震動を伴って校舎を駆け巡った。
 窓は突き破られていない。どころか死神は強かに頭を打って苦しみ悶えている。
 清春は一瞬現実を疑った。自分の頭がこねくり出した妄想の類でも見ているのではないだろうか? だが体は勝手に動き、思考は別の答えを探しあてていた。
 あんな所に窓などなかったはずだ。つまりあれは誰かが作りだした――例えば分厚いコンクリートの壁に精巧な窓を描いたものだとしたら……。
「だまされたぜ、滝摩ちゃん!」
「お気に召して頂けたようで何よりです」
 数本の絵筆を指に挟んだまま、ませた調子で弓月が口にした。
「これならば、さっきのお返しをする時間はありそうじゃな!」
 女子トイレから駆けつけたのだろう。ステラは疼く肩を叱りつけて攻性植物を伸ばす。壊死した亡者の指先に似た蔦が死神をがんじがらめに縛りあげると、「こっちもプレゼントだ!」リーズレットの『黒影縛鎖』が死神の体を更に絡め取り、自由な身動きを封じる。
 死神は中空を幾度も跳ね飛んだ。怒りを露わにし、がむしゃらに空を尾びれで蹴っている。
「往生際が悪いな」
「だな、編にかかった魚がジタバタしてんじゃねぇよ!」
 死神に向かって奏と清春が飛び込んだ。『戦術超鋼拳』と『達人の一撃』が死神の頭を打ち貫く。
「ハッ、ぶん殴れる相手は単純でいーぜ」
 一際大きく中空で跳ね飛んだ死神は、どっと音を立てて地に落ちて動きを止めた。


「まったく、馬鹿げた真似をするな」
 保護した少年から話を聞いたキースは溜め息をついた。
「これくらいの年齢だとよくあることですよ」
「うーむ、この年頃は悪戯さかりじゃからなぁ」
 年寄りじみたことを言う弓月とステラから視線を戻して、キースは少年と目線を合わせるようしゃがみ込んだ。
「だがお前はもっと怖いものを見た。それに落ち着いているじゃないか。友達に度胸を見せるなら今しかないかもしれないな。……一人で行けるか?」
「うん。僕、一人でいってくるよ!」勇也は言うが早いや駆けだした。「お兄ちゃん、お姉ちゃんたち、ありがとー」
「……やっぱり本物の幽霊なんて居ないのかな?」
 晴々とした表情で去っていった少年を見送って、リーズレットが呟いた。










 と、夜はこれでは終わらなかった。少年が一向に帰ってこないのである。
「探しにいく」
 真っ先に痺れを切らしたのはキースだった。深夜の校舎を探索など二度とゴメンと言いたいところだったが、そこは流石はケルベロス。
 一同は再び校舎の中を蛇腹を描くようにぐるりと回った。しかし一階の正面口まで隈なく探そうとも少年は煙のように消えていた。
「屋上を除いた全ての出入り口には内側から鍵が。正面口はキープアウトテープがあるから外へは出られない。いったい彼はどこへ消えたんだろうね」
「ひ、一人で帰ったのではないか?」
 オズの問いかけるような独白にステラが剣呑な答えを返した。「屋上から1階まで下りてかい?」すぐに突き返されはしたが。
 その時――「あっ……そうだ」とリーズレットが声をあげた。よくよく思い返して、彼女は違和感の正体に気づいたのである。そしてごくり喉を鳴らした。
「あの子を追いかけてる時に階段を登ってて、踊り場の姿見に何故かあの子は映ってなくて――」
 キースの顔から血の気が引いた。
「いや、待て。短慮だろう」
「そういえば、少年を最初に見つけたのって階段の登り口だったよな」
 奏の言葉に記憶を手繰り寄せ、清春は頷いた。「ああ。怪異を呼ぶ……十三階段」
「そうか。徘徊する亡霊!」
 優が納得したとばかりに手を打った。びくり、幾人かが音に縮みこむ。
「そして少年を『見えていないかのように』通過していった死神たち。知らないうちに僕たちは怪異に引き込まれていたのかもしれないね」
 クスリ。オズが静かに笑った。それは廊下に反響して幾度も響き――。
「お、」突然に清春が走り出した。「オレはもう帰る、用事思い出したわ!」
「あーっ、待つのじゃ柄倉。余も一緒に帰るー!」
「ア…足が……っ」
「キースさん、産まれたての小鹿みたいになってるよ!?」
「むむむ村崎さん、二人で支えて一刻もはやく出ましょう」
「楽しくなってきたな。まだ行ってない所とか行ってみようぜー」
「帰ろう今すぐ帰ろうマッハで帰ろう奏くん!!!」
 脇目もふらずに走り去る皆の背を見て、オズは少し自戒した。おどかしすぎたろうか?
 彼が生身の人間であったのか、はたまた人ならざる怪であったのか、確証などどこにもない。それは聞いた人が判断すればいいことだろう。
「想像が物語を創造する」
 それは語り継がれることに意味がある。
 どちらにせよ、彼が首飾りを探して夜の校舎に現れることは、おそらくもうないだろうから。


「怖がりなのに何でこういう依頼を受けちゃうかなぁ」
「だ、大丈夫――」
「いや、肩かりてる時点でぜんっぜん大丈夫じゃないでしょ……」
 よいしょ、年寄りじみた声をあげてグレイシアはキースの体を引き継いだ。この身長差が少し怨めしい。
「大人の僕かぁ……。ねぇ、タマちゃん。念願のお医者さんになれてるのかな?」
 声に振り向けば陣内とあかりがケルベロス達と入れ違いに校舎へ向かっていた。
「それは心配ないだろうが。隣に俺がいることを祈るだけだな」
「そっちこそ心配ないと思うけど」
 口にしながら、ツカツカと校舎に入る。と。
「暗いからな、あまり離れると危ないだろう?」
 あかりの手を引き寄せるように陣内が手繰った。尻尾はぴんと張り詰めてそわそわとしている。何故だろう、グレイシアには小さなあかりが大きな陣内の手を引いているように見えた。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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