クゥ・ウルク=アン樹海決戦~深き森の深淵に

作者:椎名遥

 富士の樹海の奥深く。
 人里より離れ、往来する車の音も届かないほどに遠く。
 木々の間にひしめくように並ぶのは、岩とも植物ともつかない歪な塊。
 日の光も無数の木々に遮られ、昼でもなお薄暗いその場所を満たすのは、静寂と――そして、数多の気配。
 ふいに、木々の枝を揺らして、一つの影が樹上から地上へと飛び下りる。
 降り立ったのは、軽鎧を纏い槍を手にした一人の女性。
 しかし、その背にはドラゴンの如き翼を宿し、腕もまた鋭い鉤爪へと変じている。
 それは、ドラゴンを崇めるデウスエクス『ドラグナー』であることの証。
「異常は無いようだな」
 周囲を見回し、気配を探り。
 そうして、槍を担ぐように肩にかけるとドラグナーは傍らの塊へと手をついて、
「あの方達が力を取り戻すまで、もう少しの間だけ辛抱してもらうぞ」
 呟くような言葉は、そのまま樹海へと溶けて――、
『――』
 直後、その声に応えるように、塊が蠢く。
 ――周囲一帯、木々の間にひしめく全ての塊が。
 その塊――植物化したドラゴン『マリュウモドキ』の群れを見つめ、ドラグナーは笑みを浮かべる。
「ああ、その時はそう遠くない。楽しみにしているといい」


「樹母竜リンドヴルムの居場所への手掛かりが掴めました」
 集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は緊張した面持ちで資料を取り出す。
 ユグドラシル・ウォー後にユグドラシルの根と共に姿を消した樹母竜リンドヴルム。
 その胎内に孕んでいた無数の魔竜の卵からは、今も新たなドラゴンが生まれて幾度となく人々への襲撃を繰り返している。
「これまで襲来した魔竜擬きの出現地点などの情報から、ケルベロスの方々の協力を得て探索を行った結果――富士の樹海周辺に、ドラゴン勢力が集結している事が判明しました」
 広げた地図の一点を指さし、セリカはケルベロス達に呼びかける。
「先行したシル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)さんが富士の樹海周辺の探索を行った結果、樹海の中に植物化したドラゴン『マリュウモドキ』の群れが発見されています」
 植物化したドラゴンの群れ、そしてその中心にいるであろう邪樹竜クゥ・ウルク=アン。
 それらを撃破し、突破することが出来れば――その先にある樹母竜リンドヴルムの拠点に手を届かせる事が出来るはず。
 故に、
「今回の作戦は、マリュウモドキを駆逐し、樹海の奥地に居る『邪樹竜クゥ・ウルク=アン』を撃破するのが目的となります」
 そう言うと、セリカの説明は作戦の詳細へと移る。
 マリュウモドキの戦力はケルベロスと同等かやや上と、それなりのもの。
 しかし、その戦意と知能は極めて低く、隣のマリュウモドキが攻撃されても、自分が攻撃されなければ戦闘に参加しない。
 五体や十体ではきかないほどの大軍だが、この習性を利用すれば、一つのチームでも相当の数を撃破することができるだろう。
「ですが、警戒しておかなければならないことが一つ。マリュウモドキの指揮官として、周囲の警戒を行っているドラグナーの存在が確認されています」
 ドラグナー自身、マリュウモドキよりも数段上の戦力を持っていることに加え、指揮官であるドラグナーが戦闘に参加した場合、マリュウモドキはその指示に従って積極的に戦闘をしかけてくる。
 そうなった場合、戦況に応じて順次マリュウモドキを参戦させて戦力を追加してくることにもなりかねないために、ドラグナーを先に撃破する等の作戦が必要になるだろう。
「敵は大軍ですが統率する指揮官の数は少なく、その少ない目を一度に多方面から侵攻する事で惑わせれば、さらに対処は遅くなるはずです」
 陽動の可能性を考えなければならない以上、ドラグナーは周囲のマリュウモドキを動員することはあっても、離れた場所にいる仲間を呼ぶことは無い。
 そして、その戦力を撃破できれば、ケルベロスの牙は群れの中央へ――邪樹竜クゥ・ウルク=アンへと届く。
「魔竜を量産しようとする樹母竜リンドヴルムは、時間を与えれば与えるほどに大きな脅威となっていきます」
 魔竜達が数を増やし、力を取り戻す前に撃破することができなければ――その被害は、想像すらできないほどのものになるだろう。
 だからこそ、この機を逃すわけにはいかない。
 樹海を突破し、邪樹竜クゥ・ウルク=アンを撃破し、その先へ手を届かせるためにも。
「ユグドラシル・ウォーから続くドラゴン勢力との戦い。今が決戦の時です。皆さん――御武運を」


参加者
ティアン・バ(焦・e00040)
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
スノードロップ・シングージ(抜けば魂散る絶死の魔刃・e23453)
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)

■リプレイ

 樹海の中をケルベロス達は進む。
 足音を殺し、隠密気流を纏い、フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)が翳す手の先で、茂みが音も無く開かれて。
(「A班。A-1からA-2に」)
 ティアン・バ(焦・e00040)はリビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)がスーパーGPSで示す現在地を確認すると、マインドウィスパー・デバイスを通して別班の仲間達と状況を共有する。
(「便利なものだ」)
 ゴーグル型のゴッドサイト・デバイスを通して周囲を警戒しながら、フィストはそっと息をつき、
「見えてきた。気を付けて」
 フィストの視線の先にあるのは、一つの塊。
 一見、岩のような――しかし、それと知れば見誤ることもない、異質な存在。
 植物化したドラゴン『マリュウモドキ』。
「ふむ、マリュウモドキとはのう」
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が視線を巡らせれば、樹海の中に無数に見える異形の影。
(「モドキということは魔竜のようであって魔竜でない……というわけでも、ないようじゃな」)
 思うことはあれど、答えを知るのは樹海の奥に潜む黒幕のみ。
 故に、
「万が一でも、この中から新たに魔竜を誕生させる訳にはいかないのじゃ」
 ハンマーを構えるウィゼと並び、スノードロップ・シングージ(抜けば魂散る絶死の魔刃・e23453)も愛刀を抜き放つ。
「保護官に見つからないように、密猟からじゃな」
「サア、邪魔な竜ドモを伐採しちゃいマショ」
 ウィゼとティアン。二人が同時に撃ち込む轟竜砲が、未だ動かないマリュウモドキへと突き刺さり、
『――!』
 直後、弾けるように正体を露にする。
 鋭い爪牙に一対の翼。
 その姿はドラゴンそのものであり――何かが決定的に違う。
「魔竜を名乗るか」
 呟くリューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)の手の中でレイピアが変形し、無数の釘を宿す。
 よぎるのは、かつて刃を交えた魔竜の姿。
 種に殉じた誇り高き姿に、敵でありながら敬意に似た感情を抱いたからこそ――魔竜モドキの存在は許し難い。
「……紛い物が」
 怒りと哀れみを籠めた一撃が巨体を跳ね飛ばし。
「うなれ、クラッシャーデバイス。叩き斬りマス」
 回り込むスノードロップの一閃が止めを刺す。
「みなさん、怪我は無いですか?」
「ああ、問題ない」
 華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)に頷き、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は息をつき。
「――いえ」
 次へ向かおうとする足を、緊張を滲ませたフィストの声が制止する。
 直後、
「来ます!」
「――ちっ!」
 警告と同時、炎の影を残し閃くレーグルの扇が飛来する槍の幻影を打ち払い。
 飛び込む人影の槍と、リビィの剣がぶつかり合う。
 槍を握るのは、軽鎧を纏う一人の女性。
 それが誰か、など問うまでもない。
「速いですね」
「お前たちのことは警戒していたからな」
 マリュウモドキを統率するドラグナー。
 早期の遭遇に、リビィの胸中に動揺が生まれるけれど。
(「うん、大丈夫」)
 揺らぐ心を落ち着けて、握る手に力を籠め。
 剣を振り抜き距離をとると、リビィは顕現させた光の剣と共に地を蹴り。
 同時に、デバイスを通して伝わるティアンの思念が、樹海での戦いの始まりを告げる。
(「A班、ドラグナーと遭遇。これより戦闘に入る!」)
「さぁ、勝負ですっ!」


「いきますっ!」
「いこう、シア!」
「テラ、任せた」
 リビィの呼び出すヒールドローン、灯のブレイブマインに、灯のウイングキャット『シア』とフィストのウイングキャット『テラ』の清浄の翼。
 三重の守りが仲間を包み込み、
「では、イキマス!」
 駆け抜けるスノードロップの刃とドラグナーの槍がぶつかり合う。
 切り込み、かわし、受け流して切り返し。
 火花を散らして刀と槍が交錯し――押し勝つのはドラグナー。
「フッ!」
 刃を強く弾き、突き込まれる槍を、スノードロップは飛び退き回避して。
 入れ替わりに踏み込むリューデの炎を纏う蹴撃が追撃を阻み。
 なおも攻勢をかけるドラグナーへ、フィストがガトリングガンを放つ。
 撃ち出されるのは、爆炎の魔力を込めた弾丸。
 豪雨の如き大量の魔弾が降り注ぎ――、
「起きろ!」
『――』
 ドラグナーの声に応え、マリュウモドキが銃弾を受け止める。
 外皮が爆ぜようとも意に介する素振りも無く、走り出す緑の巨体。
「はは」
 それを前に――ティアンの口から零れるのは笑い声。
(「ドラゴンはきらいだ」)
 真正のものでなくとも、ドラゴンに連なるもの、全てが早く滅びればいい。
 だから、とティアンはもう一度笑う。
(「これは、その為に己ができる一手」)
 笑い声が呼び水となったように、胸元から溢れ零れる炎が、周辺一帯を埋め尽くす。
 逃れる場所も、動く隙も、全てを埋め尽くす業火の海が飲み込み、焼き尽くして。
 倒れた巨体が崩れるよりも早く、跳躍したウィゼがハンマーを振りかぶる。
「そこじゃ!」
 叩きつけられるハンマーを迎撃せんとドラグナーが構える槍に、レーグルのブラックスライムが纏わりつく。
 それが動きを縛ったのは僅かな――しかし、十分な時間。
「受けよ!」
 叩きつけるハンマーがドラグナーを跳ね飛ばし、
「妖精の丘に繋がれしクー・シー、女王の命を待つ番犬よ! 疾く獲物を噛み伏せよ!」
 よろめく敵を見据え、フィストが呼び出すのは牛ほど大きい緑色の犬の妖精。
 敵を睨み、三度凄まじい唸り声を出した後、稲光のような速さで喰らい付き、地面へ押さえ込み。
「――奏でよ、奪われしものの声を」
 抑え込まれたドラグナーへ、レーグルは奪われた両腕に纏わる地獄の炎を呼び出す。
 詛奏(ウケワシゲニカナデ)。
 焼き、焦がし、同時に癒しを封じる呪詛が刻み込まれて――、
「舐めるな!」
 怒りと共に振り抜く槍が、妖精も炎も振り払う。
 通じていないわけではない。
 だが、止めにはまだ遠い。
 動きを鈍らせながらも、疾る槍はウィゼの気咬弾を打ち払い。
 挟み込むように刃を振るうリューデとスノードロップの連携を捌き、押し返し――直後、重なる呪詛に動きを縛られ、たたらを踏む。
「そこ」
「ですっ!」
 その機を逃さず、ティアンとリビィの二重の砲撃が突き刺さり。
 続け、灯の回復を受け体勢を立て直したスノードロップが駆ける。
 割り込むマリュウモドキをかわし、切り伏せ、踏み込んで。
 間合いに捉える――刹那、
「避けろ!」
「なんトォ!?」
 叫ぶようなフィストの声に、スノードロップは横に飛び。
 同時に振るった刃が、槍の幻影を切り払う。
 それは、目の前のドラグナーと同じ技。
 つまり――、
「二体目だと!?」
「なに、ここは私の担当区域でもあった、と。それだけのことだ」
 目を見開くレーグルに苦笑混じりに応え、現れるのは――同じ武具を纏った二体目のドラグナー。
(「なるほどのう」)
 その言葉にウィゼはため息をつく。
 それぞれのドラグナーの警備区域は、ある程度重なっていたのだろう。
(「そして、ここはちょうどその場所だった、と」)
「まあ、運が無かったな」
「いや、運が良かったのじゃよ」
 苦笑するドラグナーに――しかし、ウィゼは首を振る。
「なに?」
「簡単なことなのじゃ。ここに二人も来ているならば、それだけ警備は手薄になっているじゃろう?」
「なるほどな」
 胸を張るウィゼの言葉に、リューデは頷く。
 警備が手薄になり、他の班が潜入しやすくなるならば、十分な支援。
 後はこの障害を超えるのみ。
 それは決して簡単ではないと、理解しているけれど――。
「ここが正念場だ、いくぞ」


「受けろ!」
 フィストの撃ち込むガトリングガン。
 相手を蜂の巣にするが如き弾丸の雨を、縦横に走る槍が切り払う。
 同時に、もう一体のドラグナーが槍を構え、身を沈め――。
「やらせない」
 踏み出す足をティアンの銃弾が撃ち抜き、突進を封じ。
 たたらを踏むドラグナーへ、ウィゼの砲撃が、リューデの蹴撃が撃ち込まれ。
 砲撃こそ受け止められるも、突きこむ蹴りはドラグナーを跳ね飛ばし。
 追撃をかけるスノードロップへ、マリュウモドキが回り込む。
「邪魔するなデース!」
 閃く刃は狙いを変えて、緑の巨体を両断するも――その背後には、体勢を立て直し槍を構えるドラグナー。
「あ、ヤバッ」
「通しませんっ!」
 その一撃は、割り込むリビィが剣を盾に受け止めるも、こらえきれずに大きく跳ね飛ばされて。
「まずは、一人!」
 さらに、槍を構えたドラグナーが渾身のチャージで追撃し――、
「っ、まだです!」
「癒しの天使な私にどーんとお任せです! 絶対誰も倒れさせたりしませんから!」
 両肩のショルダーシールドを展開したリビィが、その槍を受け止める。
 押し切られそうになる足を、灯のスチームバリアを受けて踏みとどまり。
 左右の腰アーマーから展開したアームドフォートの砲身を、至近距離からドラグナーへと突きつけて。
「盾は簡単に抜けるとは思わないでくださいね」
 ゼロ距離から撃ち込む砲撃がドラグナーを跳ね飛ばし。
 レーグルの撃ち出す無数の炎弾が体勢を立て直す間を作りだして。
 そっと、レーグルは息をつく。
「やれやれ、随分と厄介な取り巻きがいるものだ」
 ドラグナーもさることながら、マリュウモドキも無視できる存在ではない。
 戦力としては数段劣るも、手を裂かれることは避けられず。
 それが無数となれば、危険性は相当なもの。
「ええ、本当に」
 頷くリビィの声にも隠し切れない疲労が滲み――、
「でも、今が勝機です」
 しかし、悲観の色は無い。
 戦いが続く中で参戦し、倒されて。
 視界に映るマリュウモドキは、いまや片手の指で足りる程度。
 戦場を移せば健在な個体もいるだろうが――今この場において、増援はもういない。
「ああ、押し切るぞ」
 視線を交わして頷き合い。
 レーグルのレゾナンスグリードがマリュウモドキを捉えると同時に、リビィとスノードロップの刃が十字に走り、切り開かれた道へとケルベロス達は駆ける。
 ティアンとウィゼの轟竜砲が宙を走り、ドラグナーを、マリュウモドキを退かせ。
 踏み込むスノードロップの刃が、レーグルのブラックスライムが、ドラグナーの槍と交錯する。
 火花を散らして打ち合い、押し切ろうとする刃。
 絡みつき、喰らい付こうとするブラックスライム。
 二種二様の攻勢が槍と交錯し、ぶつかり合い、受け流されながらも喰らい付き。
 それでも決定打は得られず、振り抜く槍に距離を取られ、突き出す槍に跳ね飛ばされ。
 ――そうして開いた隙間を縫って、リビィとリューデが重ねて撃ち込むグラインドファイアがドラグナーを退かせ。
 灯にテラにシアの回復を受けて力を取り戻したレーグルが、フィストの弾幕と共に再度踏み込み切り結ぶ。
 斬撃銃撃魔術に体術。
 持てる技と力の全てをぶつけ、押し込んで。
「くっ……いい加減に、倒れろ!」
 突き出す槍がティアンの肩を裂き、レーグルの腕を貫くも――、
「まだ」
「まだだ!」
 攻撃を受けながらも、ティアンのフォーチュンスターとレーグルのフレイムグリードが突き刺さり。
 そのカバーに最後のマリュウモドキが動く――よりも早く、
「動くな」
 フィストが再度呼び出す巨大な犬が唸ると共に、リビィが剣を振りかざす。
 纏わせるのは光の翼の粒子。
 束ねた光は、大きな光の剣となって輝きを放ち。
「私の光の刃は、一味違いますよ。さぁ、勝負ですっ!」
 放つは一閃。
 光刃を消滅させるリビィの背後で両断されたマリュウモドキが崩れ去り。
 阻む者のいなくなった道をウィゼが駆ける。
「癒しの花束、いかがです?」
「うむ、感謝するのじゃ。灯おねえ!」
 その身を包み込むのは灯が舞い散らせる光る羽と花。
 優しい光とほのかな香り、そして――、
「ウィゼのドキドキ女子力クッキング! 今日の料理はこれなのじゃ」
 舞い散る花を手に取って、ウィゼが呼び出すのは数多の食材。
 灯の手を取り、食材を並べ。
 二人で刻んで、混ぜて、焼き上げて。
 作り出すのは女子力満載のお菓子の数々。
「樹海系ドラゴンに都会女子の手料理を馳走してやろう!」
「……ぐはっ」
 お菓子を口にねじ込まれたドラグナーが、物理的に天に昇りそうな表情になったのは……都会的な女子力についてこれなかったのだろう。多分。
 そうして、ドラグナーの注意が引きつけられていたのは僅かな間。
 けれど、この戦場にあっては致命的な隙。
「ヘイ!」
「――しまっ!?」
 スノードロップの声に不覚を悟り、振り返りながら槍を振るうも、
「とっておきを見せちゃるデース!」
 振り抜く槍をさらに身を沈めてかわし、広げた手を宙へと伸ばし。
「くっ」
 もう一人のドラグナーが紫電を纏う槍を振りかぶり――静止したように動きを止める。
 その胸に咲くのは一輪の花。
「手出しはさせない」
 リューデが咲かせ、敵意に根を張り花開く、白い小さな沈黙の静(チンモクノセイ)。
 散り落ちる花弁は脆弱なれど、刃を鈍らせ力を削いで。
 跡形もなく消えた後に残るのは、倒れ伏すドラグナーのみ。
 そして、詠唱は完成する。
「わが声に従い現れヨ! 抜けば魂ちる鮮血の刃!」
 スノードロップの手に現れるのは、一振りの剣。
 基にしたのは、一度鞘から抜けば、生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まらないという魔剣の逸話。
 鞘走る紅の魔刃は、生血を求めるように閃き、
「ダインスレイブ!」
 崩れ落ちたドラグナーを見下ろし。
 血を浴び、紅に輝く刃をスノードロップは鞘へと納め。
 キン、と響く鍔鳴りの音が、戦いの終わりを告げた。


「勝てた、か」
「デース……」
 深々と息をつくレーグル。
 応えるスノードロップも、疲労の色は隠せない。
「しばし休もうかのう」
「そうですね。シア、その辺のモドキはボールじゃないです。見つけてもつついたらダメですよ!」
 携帯食料と水をウィゼから受け取って、灯は傍らのシアへと呼びかけて。
 こっくり頷く姿に目を細めるリューデにテラを渡すと、フィストも息をつく。
「もふもふは……良い」
「そうですねー」
 リューデと一緒にテラを撫でつつも、リビィの視線は自然と樹海の奥へ。
「みんな、大丈夫でしょうか」
「カルナさん……まいごニアンになってないか心配です」
 灯もまた、樹海の奥にいる近しい人へと思いを送り。
 ふと、ティアンが首を傾げる。
(「……これだけ増えているとなると、そろそろ樹母竜のグラビティ・チェインが足りなくなるんじゃないか?」)
 あるいは、まだ裏があるのか……。
 そんな思いが頭を掠め――直後、遠くに見えていたマリュウモドキの影が、同時に音も無く崩れ去る。
「なっ!」
 目の前で起こる異常事態に、ティアンは身構え。
 直後、デバイスを通して伝わる知らせに目を見開く。
「クゥ・ウルク=アンは倒した。だが――魔竜が復活する、一時撤退だ」

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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