秋華

作者:紫村雪乃


 夜風には、すでに秋の匂いが濃かった。涼しく、肌に心地良い。
 その風に誘われたかのように女が歩いていた。
 屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)。
 呼ぶ声がした。はじかれたように女ーー桜花が振り返る。
 ビルの屋上。朱盆のような月を背に、女が立っていた。
 美しい女だ。玲瓏たる美貌に薄く笑みを浮かべている。しなやかな肉体は良く鍛えられているように見えた。
「蘭・秋華!」
 桜花は瞠目した。女を知っていたからだ。
 蘭・秋華。螺旋忍軍のくノ一である。
 その秋華と、かつて桜花は戦ったことがあった。数人の暗殺者とともに。桜花はかつて、ある組織によって生み出された暗殺者であったのだ。
 が、暗殺部隊は全滅。唯一生き残ったのが桜花であった。
 あの日以後、秋華の姿は悪夢として桜花の脳裏に焼きついている。その悪夢が今、現実となり桜花の前に現れたのであった。
「あの日の決着をつけに来たわ」
 秋華はいった。
「決着?」
「そう。わたしから逃れ得たただ一人の女。生かしておくわけにはいかない」
 秋華の両手に刀が現れた。漆黒の刀身は通常のものより短い。忍び刀というやつだ。
「それなら、どうして背後から襲わなかったの? 不意打ちすれば、簡単に倒せたはず」
「その必要はないわ」
 秋華の笑みが深くなった。
 絶大なる自信。圧倒的な矜持である。
「けれど、それは忍びとしては必要ないものだわ」
「そうかもね。じゃあ、いくわよ」
 次の瞬間、秋華の姿が桜花の眼前に現出した。瞬間移動したとしか思えないほどの踏み込みの速さである。
 反射的に桜花は跳び退った。
 かわした。そう桜花は思った。が、それは間違いであった。
 桜花の腹から血がしぶく。彼女ほどのケルベロスが回避もかなわぬ秋華の手練であった。


「屍・桜花さんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がいった。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることは出来ませんでした。一刻の猶予もありません。彼女が無事なうちに救援に向かってください」
「宿敵はどんな相手なの?」
 凄艶な女が問うた。和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)である。
「名前は蘭・秋華。螺旋忍軍の忍びです。当然螺旋忍者のグラビティを使用します。さらには日本刀のグラビティも。威力は絶大です」
「強敵ね。けれど誰かが助けにいかなくては」
 香蓮はケルベロスたちを見回した。
「桜花さんを救い、螺旋忍者を撃破してちょうだい」


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)
ルティア・ノート(剣幻・e28501)
屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)

■リプレイ

「さすがね」
 美しい娘がいった。やや気が強そうに見えるのは切れ長の目ときりりと引き締まった口元のせいかもしれない。
 名を屍・桜花(デウスエクス斬り・e29087)というのだが、衣服がざっくりと裂け、脇腹から鮮血が溢れ出ていた。
「それはこちらの台詞よ」
 玲瓏たる美貌の女ーー蘭・秋華が感嘆の声をもらした。彼女は桜花を両断したと思ったのだ。
「なんであなたみたいな人が」
 傷を手でおさえながら、桜花は無表情の顔を秋華にむけた。
「私が言うのもあれだけど、あのただ殺したがりのマイルスと組んでいたのかよくわからない…でも正直あの暗殺組織…怖い人達を潰してくれたのは感謝してる部分もある…だから、優しく斬ってあげるね…?」
 桜花の顔に表情が現れた。ニヤリと笑ったのである。
 次の瞬間、桜花の身が鮮やかに躍った。瞬く間に接近、刃を薙ぎつける。
 ひょう、と刃が唸った。憑依させた無数の霊体が哭いているのである。
 切り裂いた。常人の目にはそう見えたであろう。
 が、事実は違った。桜花の刃の鋭利な先端は秋華をかすめてすぎている。
 桜花の一閃の速度はおよそ千三百キロ。音速を超えている。それを軽々と躱してのけた秋華の反射能力こそ恐るべし。
 桜花の顔から笑みが消えた。瞬間、今度は秋華の忍び刀が一閃した。
「あっ」
 空に血の花が開き、桜花ががくりと膝をついた。さすがにもう動けない。
「終わりよ。とどめを刺してあげるわ」
 秋華の忍び刀が疾った。
 ギンッ。
 空で雷火のごとき火花が散った。忍び刀がとまっている。横からのびた鋼の腕によって。


「間に合ったようですね」
 ギリギリと忍び刀の刃とアームドアーム・デバイスの機械腕を噛み合わせながら、ルティア・ノート(剣幻・e28501)がいった。その目から噴き流れる地獄の業火がさらに赤く燃え上がる。
「誰なの、あなた?」
 さすがに驚いた顔で秋華が問うた。
「ケルベロスです」
「ケルベロス?」
 ふっ、と秋華は笑った。
「番犬ね。助けに来たの?」
「そうなのだ!」
 怒りの絶叫は雷鳴とともに。稲妻が空を灼きつつ疾った。
 稲妻は一人の少年から発せられていた。紫電をまとわせた少女と見まがうばかりに美しい少年だ。名を叢雲・蓮(無常迅速・e00144)といった。
 咄嗟に秋華が跳び退った。が、遅い。稲妻に撃たれ、秋華が吹き飛んだ。
 地を削りつつ後退。態勢を立て直した秋華は目を見開いた。桜花の傷が完全ではないものの回復していたからだ。
 桜花の身が半透明の鎧に覆われていた。御業である。
「大丈夫なのー。これ以上、桜花ちゃんを傷つけさせないのー」
 盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)が花のような笑みをみせた。
「ボクとも遊ぶのなのだ!」
 地をすべるように接近、蓮が刃をたばしらせた。緩やかな弧をえがく光流はあまりも美しく。さすがの秋華も一瞬見惚れたほどであった。
「――くっ!?」
 鮮血をしぶかせ、秋華はたたらを踏んだ。斬撃の衝撃によるものだ。がーー。
 蓮の身から血が噴いた。接近した際、秋華が手を触れ、破壊の螺旋力を流し込んだのである。
 その時だ。戦場に光の柱が屹立した。放たれる星の輝きがケルベロスたちに強靱なる力を与える。
「正面戦闘を好む螺旋忍軍ですか。その意気やよし。ですが仲間を殺させはしませんよ」
 ルティアが叫んだ。
 刹那だ。摩擦熱により生じた炎を地に刻みつつ接近、灼熱の蹴りを桜花が放った。
 が、秋華は刃で蹴りをはじいた。のみならず、蹴りで反撃。
 脚をぶち込まれた衝撃で桜花が吹き飛んだ。ビルの外壁に激突。コンクリートの破片を舞わせた。
「……強い」
 ルティアは戦慄した。精神はすでに地獄化されているが、それでも恐怖は消えない。そして、誰かを護りたいという思いも。
 その思いに衝かれたように、ルティアは馬鹿げたほど巨大で無骨な剣ーー煉獄の魔剣を疾らせた。
 咄嗟に秋華は忍び刀を交差させて受け止めた。が、さしもの秋華にしても受けるに重すぎた。地を削りつつ後退する。
 瞬間、蓮が稲妻を放った。超高圧の紫電が秋華を灼く。
「やってくれたわね」
 秋華の顔から笑みが消えた。
「遊びはここまでよ」
「秋華ちゃんが本気になってくれたのー」
 ふわりがパチパチと手を叩いた。まるでパーティーの始まりであるかのように。
 瞬間だ。秋華の身が爆裂した。爆風とともに血肉がばらまかれる。
「なにっ!?」
 愕然として秋華は呻いた。何が起こったのか、わからない。何者も攻撃態勢をとっておらず、また秋華自身も攻撃を受けた覚えはない。
 その時だ。またパチパチと手を叩く音がした。ふわりだ。
「あなたの仕業ね」
 秋華がふわりを睨みつけた。
 然り。秋華がにらんだとおり、ふわりの仕業であった。精神を極度に集中させることにより、ふわりは対象を爆破することのできる超常能力者であったのだ。
 秋華に一瞬の隙が生じた。その隙をつくように桜花が迅雷の刺突を叩き込んだ。


 街路を迅雷の速さで秋華は疾走した。ケルベロスたちの優れた動体視力をもってしても追いきれない。見失った時、彼らは身にはしる激痛でようやく自分たちが斬られたことに気がつくのであった。
「……なんという機動力」
 ルティアの口から喘鳴のような声がもれた。が、すぐに瞳に決然たる光がやどる。
「それなら、その迅い足を止めるまでです。コード申請。使用許可受諾。天地創造の力の一端、見せてあげましょう」
 ルティアは煉獄の魔剣を秋華にむけた。そして空間をかき混ぜるような仕草をした。
 煉獄の魔剣には一時的にであるが天地創造の鉾の権能が宿っている。それは空間を固定する神の御業を模倣するものだ。
「あっ」
 秋華の動きが突如とまった。彼女の周囲の空間が凍結されたのだ。その時ーー。
「かみさま、かみさま。わたしのきらいなものぜんぶ、ぜんぶ、こわしてほしいの。わたしのかみさま、わたしだけのかみさま……おねがいなの」
 まるで幼子のようにふわりが祈りを捧げた。すると驚くべきことが起こった。辺りの景色に亀裂がはしったのである。
 ピシッ。
 景色が砕けた。後に闇をのこし、その現象は秋華まで到達した。
「ぬあっ!」
 秋華が膝を折った。景色と同じように、自らの肉体もまた砕け散ってしまったかのような幻痛に襲われたのである。
 その眼前、ぬっと蓮が現出した。一瞬間で駆け寄ったのである。
 反射的に秋華は忍び刀を薙ぎつけた。が、その一撃は空をうった。蓮の姿は横薙ぎの白光の上を舞っている。
「月明りが在るのに襲撃して来るようなニンジャには負けないのだよ!」
 空間のみを足場とし、蓮は抜刀した。無数の霊をはらんだ呪われた一閃が秋華を切り裂き、その傷口を呪詛で汚す。
「くっ」
 血をしぶかせながは秋華が跳び退った。一気に十メートルの距離を。
 間合いを開け、態勢をたてなおすつもりであった。が、同じ距離を跳ぶ者が一人。桜花であった。
「何っ!」
 呻く秋華は見た。懐に飛び込んできた桜花の顔が、ニィと凄まじくも美しい笑みを浮かべた瞬間を。
「ふふふふふふふふふふ…あはははははははははは!」
 狂ったような桜花の哄笑が響いた。その手の喰霊刀が秋華でさえ視認不可能な速度で疾る。
 無数の傷口から鮮血が噴く。それは、まるで弔う花吹雪のように秋華を吹きくるんだ。


 戦いは終わった。先ほどの哄笑が嘘のように桜花の美貌は静かなものとなっている。が、久しぶりの斬るという感触に戦慄身悶えし、桜花の朱唇は濡れていた。
 その興奮を隠すかのように仲間に礼をのべ、彼女には珍しいことに蓮のアタマを撫でたりした。そんなこととは知らぬ蓮は、ただ子犬のように笑っている。
 その蓮の顔と秋華の顔が重なった。立場はどうあれ、彼女はひあすら誠実ではあったのだ。
「次は、殺す必要のない良い娘に生まれ変わって…」
 桜花は手向けのように呟いた。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月29日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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