秋初めマロンフェスタ

作者:崎田航輝

 赤色に、深い青、趣ある緑。パレットのような色とりどりの屋根が鮮やかな家並みに、甘い香りが吹き抜けてゆく。
 新しい季節の始まりを告げる風は仄かに涼しくもあって。それに誘われるよう、欧風を思わせる石畳の道に入れば──多くの人々が行き交っていた。
 市街の一端にある美しいその商店街は、平素より賑やかだ。
 立て看板に、移動販売車、今日だけの品を並べる店々。秋の初めを美味で彩ろうと──マロンフェスタと銘打たれたフェアが催されているのだ。
 カフェではモンブランに香ばしいマロンパイ、ふわふわのスフレにクリームたっぷりのオムレットが人気で、道を歩めば焼き栗の屋台が芳しい湯気を漂わす。
 和の味も栗羊羹に栗きんとんに甘納豆と枚挙に暇なく。
 マロングラッセにガトーマロンと、お土産もたくさん並んでいて。人々は美味を存分に楽しみながら、時節の移り変わりの中を過ごしていた。
 けれど、その只中にゆらりと踏み入る巨躯が在る。
「笑顔に、笑い声。幸せな時間、嗚呼、最高だよな」
 それを斬って捨てることが出来るのだから、と。呟きと共に剣を握るのは、獰猛な笑みに殺意を宿す甲冑の罪人──エインヘリアル。
「総てが、俺の餌さ」
 言葉と共に、道に踏み込むと振り抜いた刃で人々を斬り裂いていく。
 笑顔も愉快も幸福も、全てを喰らって跡形も残さぬようにと。血潮の中で罪人だけが唯一人、愉しげな様相で剣を振るい続けていた。

「暖かさも残る日々ですが……そろそろ秋も始まりますね」
 心地よい風の吹くヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へそんな言葉をかけていた。
「丁度、とある街ではマロンフェスタなる栗スイーツのフェアがあるようで……秋らしい気分にしてくれるかも知れません」
 ただ、そこにエインヘリアルの出現が予知されてしまったのだという。
 現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
「皆さんには、この敵の撃破をお願いしたいと思います」
 戦場は商店街に伸びる道。この道に沿ってやってくる敵を、此方は迎え討つ形となる。
 道幅は広く、戦うのに苦労はしないだろう。
「人々については事前に避難が行われます。皆さんは戦闘に集中できるでしょう」
 景観にも傷つけずに倒すこともできるはずですから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利した暁には、皆さんもマロンのフェア、楽しんでいってはいかがでしょうか」
 カフェやお土産のお店など、色々な形でマロンスイーツが楽しめるだろう。
「そんな時間のためにも是非、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう声音に力を込めた。


参加者
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)
シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)
山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)

■リプレイ

●爽籟
「秋と言えば甘味!」
 色彩の美しい家並みの間を、甘い香りが吹き抜ける。
 その快さを感じながら、山科・ことほ(幸を祈りし寿ぎの・e85678)は踊る足取りで石畳に歩み入っていた。
 中でも栗はなかなか手が出せない高級品、ならば任務に乗じて楽しむよりないと、今からことほの心はわくわくで。
 オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)も周りの幟や看板に栗の字を見て、手元で興味深げに調べ物。
「熟すまでは身を護るために棘で武装していて、実ったら割れて出てくる、というのはなかなか面白い構造だね。いわゆる、ツンデレというのに通じるんだろうか……?」
「まあ、ともあれ折角の秋の味覚が楽しめる季節だ」
 だからこそと、呟いて道の先を見据えるのはウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)。
「その前に仕事を片付けないとね」
 蒼の瞳を向ける前方。
 そこに甲冑姿で歩み入る巨躯の罪人、エインヘリアルの姿を垣間見ていた。
 オズもウリルに頷くとそちらへ視線を向ける。
「では、悪辣な勇者さまには、僕らの棘を喰らってもらおう──実ではなく、ね」
 言葉を機に、皆は疾駆しその罪人の面前へ迫ってゆく。
 罪人は此方の気配に勘付いて、とっさに刃を構えていた。
「……誰だ。俺の餌の狩りを、邪魔しに来たのか」
「そっちこそ、此処には随分似合わない姿だな」
 と──既にその懐へと軽やかに踏み入る影。
「餌になるのはお前だよ」
 宵闇の衣を翻し、剣へ銀焔を宿すノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)。眩くも鋭い斬閃を見舞うと、いや、と首を振って。
「違うか。僕達番犬が喰らうには不味すぎる」
「……っ、言ってくれるな」
 一歩下がる罪人は、それでも好戦的な顔を見せる。
「死にたいなら、そうしてやるさ」
「いいや。そうはさせないっすよ」
 獰猛な巨躯の威容にも、怯まずシャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)は光の線を虚空へ描いていた。
「食欲の秋に美味い飯を食いに来た、ってんならわかるっすが……」
 明るく、淀みなく。真っ直ぐな声音で描く輝きは星辰の力を発揮して。
「人様の幸せを喰いにきたんなら、容赦はしねぇっすよ」
 瞬間、広がる光が柱を成して、戦線の壁となる。
 それを合図にウリルも視線を流して。
「始めようか。ルルとムスターシュも、頼りにしているよ」
「はいっ! ルル達に任せてね!」
 朗らかな頷きで、可憐に応えるのはリュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)。
 一緒に鳴き声を返す翼猫にも微笑みつつ──美しい鎖を踊らせて、幾重もの円陣を描いて仲間の防護を固めていた。
「……そうか、番犬か」
 罪人は漸く得心して、そして奔って刃を振り上げる。
「いいさ。全部斬って捨てて、楽しみはその後にするだけだ」
「──いいえ」
 と、瞬間。上方より静かな声が降る。
「愉しく過ごすお祭に貴方が遊ぶ場所は無くてよ? わたくし達と遊んでお帰りなさいな」
 であれば、最期はきっと愉しくなるのだからと。
 羽撃き降りるのはシャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)。美貌を仰がす暇も与えずに、巨躯の腕を蹴り払った。
 同時に匣竜のネフェライラが夜風を吹かせて反撃を阻めば──シャーリィンと視線を合わせ、前方から飛び入る影がある。
 猫のように靭やかに、音もなく零距離へと奔るゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)。
 耳と尻尾を靡かせて、体を翻し。炎を抱いた蹴りを叩き込むと、無愛想気味なツリ目を仲間の方へ向けた。
「──今だ」
「ああ」
 応えるウリルがはためいて、強烈な蹴撃を打つ。
 罪人も焔を放ってきたが──ことほがライドキャリバーの藍を奔らせ防御をさせると、オズの翼猫のトトが爽風を送り、ムスターシュもまた羽で仰いで皆を治癒。
 オズも魔力の光を立ち昇らせ、皆を万全とすると──ことほが鎖を波打たせて巨躯の脚を縛ってみせながら。
「藍ちゃん、そのまま行っちゃって!」
 応える藍が体当たりを加える。
 重い慣性によろけた巨躯の眼前へ、シャムロック。
「悪いっすけど、全力っすよ!」
 地を蹴って体を返すと、そのまま持ち上げた馬体を大きく振るって一撃。痛烈な蹄の打撃で巨体を吹き飛ばした。

●烈戦
 引き摺る脚で血痕を描き、罪人は怨嗟の声で立ち上がる。
「……痛めつけてくれるぜ。俺は只、餌を求めただけだってのに」
「餌だなんてとんだお門違いよ」
 リュシエンヌは首を振りながら、凛と声を返していた。
「ひとの幸せも栗のお菓子のひとカケラだって、罪人の口になんて入れてあげないのよ!」
「ああ。残念だが、お前は餌にはありつけない……飢えたまま消える事になる」
 ゼノアが冷徹な声を投げれば、罪人は刃を握り直しながらも、嗤いと毒づきを零す。
「……憎まれたもんだな」
「当然だろ」
 ノチユは星色に閃く光剣を抜いていた。
 幸福が満ちる場を壊す奴が嫌いだし、同時に哀れだなと侮蔑もする。何より、周りを一度見回して。
「──餌と呼ぶには美しすぎるものだろうに」
 甘さを運ぶ風を感じる。涼しくてだいぶ過ごしやすくなったと、そう思うから。
「さっさと終わらせよう。今日はそういう気分だ」
 刹那、痛烈な一閃で巨躯の胸部を抉り裂く。
 ゼノアもシャーリィンへ目線を向けて。
「……さっさと片付けて食いに行くぞ」
「ええ、そうね」
 余興は短くて良い。だからここまでと、宵の娘は『夜籠りの蜜血』──忌血を咎人の傷から流し込み、心を侵して正気を奪った。
 生まれた隙にゼノアは跳んで廻る。鋭利に蹴り放たれた『ムーンサルトファング』は、違わず喉元を裂いて鮮血を散らせた。
 呻く罪人は、それでも憎しみに刃を掲げる。
「全部……喰らってやる……!」
「させないと、言ったっす。笑顔も、愉快も、幸福も──アンタに喰わせるものはひとつも無ぇ!」
 抗するシャムロックは荒々しくも剛速に駆けた。
 草原の走者<feroce>──蹄を響かせ奏者となり、敵を圧倒して戦場の操者となるように。獰猛な嵐の如く放つ斬打が巨体の全身を穿ち貫く。
 声を上げながら、罪人もシャムロックへ剣撃を返した、が。
 ことほが清らかに舞うように、腕を動かしてエクトプラズムを輝かす。
 ──夢つぼみ、ひかり望みてまだ咲かぬ。
 ──夢ふくれ、のぞみ開いて咲きほこれ。
 ──里に花舞い、野に風巡れ。
 折り重ねられた光は『小さなつぼみ』となって丸く圧縮され、反動で大きく開く。その力が癒やしの力を風に乗せてシャムロックの苦痛を拭ってゆく。
「これで、あと少し……!」
「なら、後は任せてもらおうかな」
 声を継いで、伸ばしていた細指を拳に握り込むのはオズ。
 そこに耀くのは治癒の魔力。バイオレットを刷いた銀髪を、揺らりと魔力に揺らめかせながら──その掌を向けると、眩い光が閃き体力を癒やしきった。
 これで戦線に憂いはない。ならばとリュシエンヌは『Coin leger』──天より光の粒子を降り注がせて、巨体を貫きながら縫い止める。
「うりるさんっ!」
「ああ」
 終わらせようか、と。
 ウリルは翼を広げて手を翳す。
 『Enfer』──瞬間、噴き上がる焔が罪人を檻のように閉じ込めて。灼熱で巨躯を灰燼と成し、跡形も残さなかった。

●秋初め
 甘い香りが新しい季節を呼び込んで、人々に笑顔を咲かす。
 戦いの痕を癒やした番犬達は、人々へ無事を伝えて催しの再開の運びにも手を貸した。今や皆が、秋の味を求めて散策を始めていく。
 それはもちろん、番犬達も例外ではなく。

 仄風に髪をそよがせて、シャーリィンは歩み出す。
 芳香に誘われて、お腹を軽く押さえながらも視線を隣に並ぶゼノアへ向けながら。
「たくさん動いたからお腹がぺこぺこなのだわ」
「……そうだな」
 存分に身体を動かした後であれば、ゼノアも同じ気持ち。ネフェライラもまた小さく鳴いてみせるから、シャーリィンはそっと撫でてあげていた。
「ネフェライラも頑張ったものね」
 そんな様子を見ながら、ゼノアは見回す。
 こんな機会なら多少思うままに買い食いしてもバチは当たるまい、と──考える傍から、シャーリィンが屋台を見つけて。
「……あら、焼き栗なんて良さそうじゃないかしら?」
 歩み寄って早速注文。ゼノアも一緒に、焼き立てのものを購入した。
 湯気の立つそれを、ゼノアは器用に割って口の中へぽい。
 ほっくりとした甘味を味わいつつ、背中側を浮いているネフェライラの口にも投げる。ネフェライラももぐもぐしつつ……心配そうな視線をシャーリィンへ。
「焼き栗の殻が上手く割れないのだわ……うぐぐ……」
 少々手こずるそんな姿を見守っていた。
 そのうちほろりとまろび出た栗を、シャーリィンもあむり。優しい甘味に瞳を細めた。
「美味しいわ……あら、鯛焼きもあるのね」
 と、次に興味の視線を向けると、早速買って実食。
 栗餡のふくよかな甘さを堪能しつつ、横を見れば──ネフェライラがはむはむと尾ひれ側から齧っていて。
(「お魚加えた黒猫さんなのだわ……」)
 思いつつ目線を動かせば、ゼノアもかぷりと味わって。
「……うむもぐ。まさに、秋の到来といった味覚だな」
 もちっとした食感と普通の鯛焼きとの味の違いに、尻尾をぱたぱたさせていた。
 少し漫ろ歩いた後は、ベンチへ。
 ネフェライラが膝で昼寝している姿を見つつ……シャーリィンはボリューム満点のモンブランクレープをあーん。
 嬉しそうに頬張って、尻尾もご機嫌にゆらゆら。
 隣ではゼノアもマロンソフトクリームを一口。水分が欲しかった口内が爽やかに潤う感覚を楽しんでいた。
「さっぱりしてて丁度良いな……お前も食うか」
「それじゃあ、一口」
 お言葉に甘えたシャーリィンはあむり。齧って表情を柔くして。
「ふふ、ソフトクリームも美味しいわね」
 こうして陽の下で過ごせる時間が増えたのも、彼のおかげ。そう思うと、ふわりと穏やかな微笑みも零れて。
 優しい風に、二人の時間が過ぎてゆく。

「では、行こうか」
 愉しげな空気に満ちる道へと、ウリルも歩み出していく。向ける視線は、肩を触れ合わす最愛の妻、リュシエンヌへ。
「来るのを楽しみにしていただろう? 食欲の秋……ルルの秋とも言えるからな」
 揶揄うように笑って言うと、リュシエンヌは少しばかり照れながらもうん、と頷いて。
「一緒に来られるの楽しみにしていたの」
 甘味は勿論だけれど、隣に大切な人がいる、その時間を何より期待していたからと。
 ムスターシュも腕に抱き、リュシエンヌは共に歩んで──秋色に彩られた綺麗なカフェへと入っていった。
 席につくと、空調で調節された涼しさにウリルは一息。
「秋になるとはいえ、やっぱりまだ暑いね」
「うん」
 リュシエンヌも応えて、ひんやりした風にほっと息をつく。
 それでも確かに今は栗の季節。お口だけでも秋を感じて楽しみたいからと、瞳を輝かせてメニューを開いた。
 すると並ぶのは魅力的な栗色で。
「やっぱりモンブランは外せないと思うの……でもこのマロンパイも美味しそう。うりるさんはどれが好き?」
「そうだね……あ、このマロンタルトも美味そうだよ」
「……え! タルト!」
 と、覗き込んだウリルが言えば、リュシエンヌは気づかなかったお菓子の存在にわくわくと身を寄せる。
 けれどその途端、二人の間にもふっとした感触。
「ああ、ムスターシュも何か気になる?」
「もちろん、ムスターシュのことも忘れてないわよ?」
 オムレットの写真を真剣に見つめる翼猫に、二人は目を合わせつつも表情を和ませて。
 結局皆でどれか一つには絞りきれずに、ウリルは笑いも零した。
「これは全部頼む流れだな」
「全種類制覇! うりるさんにはアイスコーヒーもね?」
 と、注文すれば甘やかな薫りのモンブランにパイにタルト、オムレットが揃い踏み。
「さて、ご褒美の時間だ」
 ウリルがフォークを取れば、リュシエンヌも一緒にいただきますをして。
 モンブランの濃厚な甘味を味わうと、パイの程よくしっとりした生地と栗のハーモニーを楽しんで。
 クリームも乗ったタルトをさっくりと噛めば、二人の間でムスターシュもオムレットをもふもふ。たっぷりと堪能して満足げだった。
「帰りに土産も買わないとね?」
 ウリルが言えば、リュシエンヌも笑顔でこくこく頷いて。甘い秋が、ゆっくりと始まってゆく。

 カフェのテラスへと、ノチユは巫山・幽子を誘って訪れていた。
 綺麗な屋根の群れを望める席で、メニューを開けば彩り豊かな品々が並んでいて。
「食べたいもの、頼んでね」
「はい……。では、モンブランと、マロンパイを……」
 ノチユの言葉に、淡く瞳を輝かす幽子は写真を覗き込んで応える。飲み物は紅茶にして……ノチユもまたオムレットとカフェラテを注文した。
 やってきた品を食べると、オムレットはふわりと柔らかい。クリームも適度な甘さでもったりしてなくて。
「栗の甘みってしつこくないから、結構すきだな」
「私も、好きです……」
 はぐはぐ食べながら、幽子も嬉しさを抑えない。
 ふと風を感じれば、残暑の中にも涼しさがあって。ノチユは真夏より随分マシな体調だと自分でも判る。
 何より、彼女が幸せそうに味わう姿が──。
「……うん、一番健康にいい」
 真顔で呟きも零しつつ。
「秋は美味しい物が増えるから、幽子さんが嬉しいのも、増えるといいね」
「はい、これから楽しみです……」
 幽子が頷く。と、同時にそわそわしているのがノチユには判る。
 だから街に視線を巡らせて。
「お茶屋とか、焼き栗もあるみたいだし、折角だから全部見ていこうか」
「はい……ご一緒させて頂けるなら」
 嬉しいです、と。
 幽子が言って綻ばすその顔を、見ていたい。だからノチユは食事を終えると──幽子を連れてまた、甘い秋風の中を共に歩き出す。

 緩やかに文様を描く石畳を、オズは見回す。
 趣のある風景は一つとして欠きたくない。だから建物だけでなく、足元の細部までしっかりと修復できたことを改めて確認していた。
「景色が元通りになって、良かったね」
「そうっすね。皆さんも楽しそうっすし──」
 と、ぐるりと見渡すのはシャムロック。行き交う人々も、今はこの平穏と催しを謳歌するように笑顔を浮かべているから。
「これは自分達も、秋の味覚を目一杯堪能したいところっすね!」
「もちろん! マロンフェスタを全力で楽しもうー!」
 腕をぐっと天に突き上げて、明るい声音を聞かすのはことほ。ね、と傍らに視線を降ろすと、藍も応えるようにふぉんとエンジンを吹かして。
 早速皆で散策を始めようと歩き出していた。
 すると右から左から、甘い芳香が鼻先を擽ってくる。カフェに屋台に、ことほは顎に指先をあてて、んーと迷う素振りだ。
「いい匂いだねー……一杯あってどれにしようか悩んじゃう……」
「これはもう、順番に食べていくしかないっすね!」
 と、シャムロックが歩み寄っていくのは、傍にある焼き栗の屋台だ。
 芳醇に薫りが漂っていて……オズもそれに誘われるように仄かに体を波打たせて近づいていく。
「とても甘い香りだ。美味しそうだね」
「じゃあ、まずはここに決定! みんなで食べよー!」
 ことほもとてとてと歩んで皆と一緒に購入。皮の切れ目から湯気を立たせるそれを、早速剥いて一口。
「んー!」
 思わず目をつむって感嘆の声。
 口に入れると濃密な香りが広がって、ほくほくの食感が深い甘味を運んでくれる。オズも味わいながら静かに頷く。
「自然のものとは思えないほどの……いや、自然のものだからこその甘味か」
 優しい風味と溶け合う甘さに、ほうと温かな吐息をしていた。
「しっかし、あんなトゲトゲと硬い皮の下に、こんなに甘くて美味いもんがあるなんて知らなかったっすよ」
 と、シャムロックもはふはふ齧りながら、満足げだ。
「今日ここに来なかったら、栗の魅力を知らないままだったかもしれないっす」
 単純な美味だからというだけでなく、季節の恵みを楽しんでいる感覚がまた、一層味わいを深めるように。
「さぁ、まだまだ食べ歩くっすよ!」
「ここは……カフェ、か」
 次にオズが見つけたそこは、可愛らしい店構えのカフェ。
 勿論マロンの品も数多あるということで、皆でそこへ。席についてメニューとにらめっこしつつ、ことほはまたまた悩ましげだった。
「うーん、どれも美味しそう……」
「ここはひとつ、お店の人のおすすめを聞いてみようかな?」
 オズが思い立って店員に尋ねれば、モンブランとマロンパイが人気だいう。ことほは成程と腕を組んだ。
「美味しさのマロンパイをとるか映えのモンブランをとるか……んん」
 迷いつつ、それでも最後には両方行くしかないと決心して。二人も同じものを頼み、テーブルに栗色がいっぱいに広がった。
 ことほは早速、スマホでパシャリと撮りつつ……モンブランを一口。風味が凝縮されたクリームを堪能する。
 オズもパイを食べて、ほろりとほどける生地を楽しみつつ。
「ん、軽い食感だけれど……美味しいね」
「どっちも最高っす!」
 シャムロックも美味に舌鼓を打って上機嫌だった。
「そうだ、お土産のオススメってあるっすか?」
「あ、私栗きんとん買うよー。名店のがあるんだ」
 ことほが言うと、二人もまた興味を持って。食事をゆっくり楽しむと、次はお土産をゲットするため、再び通りに出ていくのだった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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