アルカナルの福音

作者:秋月諒

●アルカナルの福音
 白き都を見たことがある。
 白亜の美しい都。星々と共に訪れた地を私は決して忘れることは無いだろう。
「麗しのアルカナル。幻想の都……ってやるのは良いけどねぇ、結局、テーマパークみたいなものだし」
 くぅ、と背を伸ばす。長雨で遅れていた収穫祭の準備はなんとか前に進んでいた。畑の迷路は今年は間に合わなかったが——南瓜の出来には自信があるのだ。
「それにしても、昔、夢に見た都を再現したーってのは良いけど、なんでグレートパンプキンキングなのかしらねぇ。麗しのアルカナル、なんて言っておいて」
 ほう、と管理人が息をつくその向こう——広大な農園にある倉庫で一つの異変が起きていた。
「——ギ」
 音、だ。軋むような音では無い、獣が唸り出すようなそんな音を立てて『それ』は動き出す。
「ギい、ギ、ギギ」
 巨大な車輪を動かし、地面を荒く削る。収穫祭の為にあった飾りの全てを取り込み、金属の粉のように鈍く光る攻性植物の胞子に入り込まれた耕運機は、機械的にヒールされた体を持ち上げて——吼えた。
「スーパーパーンプキン!」
 南瓜の良い香りがする炎が一体を焼き尽くそうとしていた。——なんか、とっても良い香りで。

●ほくほくパンプキンキング
「実は、アルカナルには南瓜の王様がいるのでしょうか……」
 むむむむ、と眉を寄せるとレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は、集まったケルベロス達を見た。
「アルカナル、と呼ばれるテーマパークにダモクレスが発生するのが分かりました」
「……あぁ、収穫祭があるから。襲撃する、つもりらしい」
 短く告げたのはティアン・バ(焦土の法・e00040)であった。灰色の長い髪を揺らし、トン、と足をついた娘は、ゆるり、と視線を上げる。
「それに、あそこで南瓜祭りがある」
「——えぇ、南瓜祭りがあるんです」
 ぐっと強く頷いてレイリは話を引き継いだ。
「ティアン様から頂いた情報で、屋外で使用されていた耕運機がダモクレスになる事件が発生することが掴めました」
 このダモクレスだが、ひとつ分かっていることがある。
「ダモクレスには攻性植物の特徴がありました。耕運機がダモクレス化した原因は、金属粉のような胞子に憑依されたことにあるようです」
 アルカナルは農業施設を兼ねたテーマパークだ。創始者が夢で見た街を再現したという白亜の都は広大ではあるが——ダモクレスが本格的に動き出せば、街中に出てしまうことだろう。
「多くの人々が被害を受けることとなります。その前に、現場に向かいダモクレスを倒してください」
 敵は耕運機のダモクレス一体だ。巨大な車輪を得た耕運機は、ハロウィン用の飾りを取り込むようにして南瓜の飾りを身に着け、大人ほどの大きさを持った。
「そして、素早く走ります。戦いの場ではある程度、対策を立てた方が良いかと」
 その性質から、スナイパーだろう。勢いよく放たれる突撃の他に、ハンドル部分を勢いよく回して竜巻を起こす。
「それと、炎を放ちます」
「——まぁ、ここまで来ると何でもありだね」
 少しばかり遠い目をした三芝・千鷲(ラディウス・en0113)に、レイリは笑みを見せた。
「南瓜の焼ける香ばしい香りもするので、収穫祭用の飾りの影響かもしれません。それと、周辺の避難指示はお任せください」
 テーマパークにも話は通っている。戦場となる場所もひらけていて、戦うには問題は無いだろう。
「それと、耕運機のダモクレスはどうやら仮装をしている人を狙うようです」
 飾りを取り込んだ影響故か。
 仮装している方が狙われるというのであれば、それを巧く使うこともできるだろう。
「それと、全てが無事に終わったら南瓜祭りのお菓子なんて如何ですか?」
 収穫祭は夕方から行われる予定だ。無事に終わったら遊びに来ないか? とテーマパーク側からこちらに話があったのだ。
「今年はデザートがメインで、カフェが出ているそうです。南瓜のタルトに、南瓜のプリンがあるそうですよ」
 土産話は全力でお待ちしておりますので、と微笑んでレイリは集まったケルベロス達を見た。
「最後まで話を聞いてくださり、ありがとうございました。ティアン様のお陰で、情報を事前に掴むことができました」
 ティアンの方を一度見て、目礼と共に話を続けた。
「この事件は、ユグドラシル・ウォーで逃げ延びたダモクレス勢力によるものかと思います。事件を解決していけば、かれらに繋がる何かを得られるかもしれません」
 ひとつひとつ、だ。辿りつく為に、そして目の前の事件を解決する為に。
「その魂を主として」
 それは『常駐型決戦兵器』ヘリオンデバイス発動のコマンドワード。微笑んでレイリは顔を上げた。
「行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
ティアン・バ(焦土の法・e00040)
落内・眠堂(指切り・e01178)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
蓮水・志苑(六出花・e14436)

■リプレイ

●キミと仮装と
「スーパーパンプキン!」
 見事な決めポーズ感溢れる叫びと共に耕運機のダモクレスは姿を見せた。ギュイン、と見せたスピンには理由がある。
「……あぁ」
 トラ猫のお面をつい、と上げれば、揺れるは猫又の尻尾。灰色の髪を揺らし、ティアン・バ(焦土の法・e00040)はダモクレスに告げた。
「全員で着てきたぞ」
「!」
 は、と上げられた顔の先にあったのは「なんと!」という驚きであったか喜びであったか。何かは分からないが、無駄にテンションが高い、と灰墨色の化け猫さん――レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は思った。
「……」
 そう、ダモクレスまでテンションが高い。
 全員と聞いて渋々参加した四十路の心は複雑を通り越して哀愁を得る。猫のお面に和風の装。見事な化け猫さんではあるのだが――若者の仮装パーティーに一人混ざるおっさんの心だ。哀愁を醸しつつ、始終半目の男は解せぬ感を零す男をひとり見つける。
「……」
 千鷲だ。
 服装だけは渡されていた、という男の選択肢は「イエス」か「はい」しか無かったという。
(「あんたもか……」)
(「キミもかぁ……」)
 そんな視線を送り合い、そっと落ちた息は、ガシャンと派手に響いた機械音にかき消された。
「パーンプキーン……」
「うん、まったり待ってはくれないね」
 三角帽子をつい、と上げて今日は魔女の姿を得たニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は笑みを見せた。
「可愛いオバケを召喚しなくっちゃ。ね、マルコ?」
 くるり、とステッキを振るも、ピンククマのぬいぐるみのマルコはぷるぷると首を振る。オバケが怖いマルコに、小さく瞬いて大丈夫だよ、と頭を撫でる。
「さあ、行こう」
「旬の南瓜はβカロテンたっぷり美味しい♪」
 ウイングキャットの先生と一緒に南瓜帽子の騎士殿――アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)はばさり、とマントを払った。
「収穫祭の邪魔はさせないッ!」
 格好よく響いた一言が戦いの始まりを告げた。

●ほくほくパンプキン
「パーンプキーンパワー!」
 ギュイィン、と力強くハンドルを回した耕運機が風を招いた。竜巻だ。唸り迫る力に、軍帽を抑えてピン、とキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は犬の耳を立てた。
「やけに力の入った竜巻だな。つか、何故にハンドル……?」
 身を横に飛ばし一撃を躱す。ふさふさの尻尾も器用に避ければ、同じ軍服に身を包んだ猫が視線を上げた。
「そりゃ、全力で収穫パワーの為じゃね?」
 ダン、と地を足裏で叩く。瞬間、描き上げられたのは守護星座の紋であった。ロシアンブルーの猫はゆるり、と尻尾を揺らし、前衛へと加護を届けた。
「耕運機的に?」
 適当にカラリと笑ったサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は、ぴょこぴょこと見える動物の耳に、は、と笑った。
「動物園かよ!」
 周りのアニマル率に指を差してサイガは笑う。そう、仮装はもふもふと騎士のパラダイスだったのだ。たぶん、
「——散らす」
 踏み込みと共にレスターは空に行く。流星の煌めきと重力と共に落とす蹴りを視界に、キソラはその瞳に暴れる機械を捉え――告げた。
「覆い尽くせ、」
「パーンプキ……キン!?」
 それは、解放の言葉。闇の落ちた証。
 耕運機のハンドルが黒く染まる。闇色はその血肉に、細胞に瞬く間もなく広がり――重圧と、成す。ギュイン、と回る車輪が鈍い。
「元気な耕運機さんですが、ここまでです」
 ピンと立った白い犬耳にふさふさの尻尾。踏み込んだ蓮水・志苑(六出花・e14436)のハイカラさんな衣装が揺れた。緩やかに弧を描く刃が、耕運機を切り裂く。
「パンップキ……!」
 暴れるように耕運機が身を回す。攻撃というよりは、間合いを嫌うようなそれに、とん、と志苑は身を飛ばす。
「皆さんで仮装していると、やはり少し目移りしているのでしょうか」
 至近にて斬り合う志苑に対し、時折、ダモクレスの視線は揺れる。包囲しているのもあるのだが沢山の仮装に目移りしているようでもあった。
「あぁ、確かにそうだな、誰か一人を執拗に狙うって雰囲気も無い」
 一つ息を落とし、告げたのは狐面に常通りの和服な落内・眠堂(指切り・e01178)であった。
「お狐さんも大人気だな」
 凍結の一撃を届けたティアンが、ひとつ視線を向ける。小さく笑って頷いた眠堂の狐の尾は三本ほどだ。
「なんなら俺、千鷺に仕える下級の狐かも?」
「僕のとこの狐くんは強いんだよ、って言ってみて良いポジション?」
 九尾っぽく、と笑った千鷲に眠堂はゆるりと笑みを敷いた。
「なら、三つ尾の意地って感じでひとつ見せるべきだな」
 さてと狐が放つは護符。宙にひら、はらと舞えば、奏されし詞に喚ばるるは荒魂の真なる髄。
「我が御神の遣わせ給う徒よ。こなたの命に姿を示し、汝が猛々しき鼓吹を授け給え」
 急ぎ来たれ、と彼は呼ぶ。あかしまなる嵐が戦場に吹き荒れた。


 火花を散らし、ほくほくの南瓜の香りと共に戦場は加速していた。
「スーパーグレートパーンプキン!」
 高らかな宣言と共に、焼きたて南瓜の良い香りと炎が届く。
「アラタが回復するぞ。先生!」
 黄金の果実を掲げ、回復を届ける。翼を広げた先生の尻尾がもふん、と揺れた。
「もふもふ一杯だねぇ」
「もふもふ姿、似合ってるよ。折角だもの、楽しまなくちゃ♪」
 悪戯っぽく千鷲を褒めたニュニルは魔法のステッキを振るう。ハロウィンとは冥界との通信でもあるからこそ――さぁ、歌うように告げよう。
「それは禁忌か伝承か。嗚呼どちらでもいい、その渇きを癒せれば」
 耕運機の視線が、ぱ、と上がる。ギュイン、と回る車輪は警戒してか。だがニュニルの喚んだカレの方が――早い。
「キミもハロウィンを愉しみたかった?」
 冥府より出る南瓜頭の姿。
 魔女の誘いにて現世に現れたカレは、悦び切裂いた。
「ボクらが遊んであげるから、それで満足しなよ」
「ギィイ、ギ!?」
 火花が散る。ぐらり、と揺れた耕運機が、火を零す。それさえ、南瓜の香りがするのはやはり流石か。
「センスはともかく、大事な夢の都を壊すワケにゃいかないンでね……美味いモンの為にも」
 キソラは掌を戦場へと――耕運機へと向ける。向かうはファミリア。飛び立つ姿を見送ればあと一つ――しなやかにサイガがいく。
「この時期に南瓜ってお前、空気の読めるデウスサンは好きだぜ、手厚くバラしてやらぁ」
 低く一気に踏み込んだ男の手に、宿ったのは降魔の力。
「パンプ!?」
 ガウンと一つ、拳が届いた。回るハンドルに構わず、払い上げれば、ザ、と足を引き、構えろ取る音がサイガの耳に届く。
「此の季節らしい香りが広がっておりますが少々焼け過ぎかと」
 ひとつ、告げて志苑は抜く。刃を晒す次の瞬間には、間合いへと――行く。
「此のままでは収穫祭だけでなく街も人も……早々に鎮火致しましょう」
 深く、沈み込んだ志苑の一撃に氷結の花が咲く。舞い上がった砂塵さえ地に落とし、招く冷気は納刀の瞬間には風に紛れた。今はただ、真横から踏み込んだ眠堂の衣が揺れた。
「楽しい祭りが控えてんだ。早いとこ眠ってもらわねえと」
 トン、と耕運機に触れる。螺旋の力が鋼へと届き――破砕する。バフン、と上がる煙さえ、なんだか香ばしい。
「不思議だね」
 ニュニル志苑は首を傾げる。南瓜成分あたりは何処からやってくるのか、勢いか魔法か。
(「でも、そろそろさよならの時間だよ」)
 ステッキを手にニュニルは戦場を見る。火花を散らし戦いは終わりへと近づいていた。
「やけに毛玉が多い戦場だな……今日の夕餉は焼き南瓜かジビエか、ってとこか」
 そのもふのうちの一人であることを忘れようと努めながら、レスターは銀の獄炎を腕に灯す。
「片付ける」
 熱が、戦場を駆ける。火花散る戦場はどうにも美味しそうな香りが一杯で、もふもふも一杯で。
「……うん、いっぱい、楽しんだな」
 全力で跳ね回り回転し、思えば炎もガンガン放っていた耕運機へと、ハンマーを構えた手をティアンは下ろす。手には銃を。
「今」
 短く告げる言葉、足音より近く届くのは並ぶ銃口。言葉なく、レスターはティアンの隣で撃鉄を引いた。ひとつの命に頭蓋と心臓、同時に奪うは弾丸ふたつ。
 ――ガウン、と放たれた力が耕運機のダモクレスを撃ち抜いた。

●麗しのパンプキン
 無事にダモクレスは撃破され、アルカナルに平穏が訪れた。そう仮装な一行は無事に世界を守ったのだが――……。
「何故俺がこんな格好を? その衣装は今回の戦闘の為ではなかったのか?」
 手伝いに来ていた蓮は新たなもふもふと化していた。
 そう、仮装である。犬の将校さんである。
 衣装を用意したのは志苑だ。袖を通せば大正の将校服。黒い犬耳に尾はふさふさで――相棒の空木のような毛色であった。
「林檎……南瓜のパイも良いですね」
 げんなりとした蓮とは対照的に、楽しそうな志苑の声が耳に届く。カフェの看板を見つけた彼女が蓮の手を引いた。
「よくお似合いで可愛いですよ」
「――」
 微笑んで告げられた言葉に蓮は無言で眉を寄せた。
(「何を好んで好きな女に可愛い呼ばわりをされねばならんのか」)
 異議申し立てにその頬をつまんでやろうとかとも思ったが、指先を僅か上げたところで彼女の興味が他に向く。
「あ、見てください南瓜とチョコのタルトがございます。あれにしましょう」
 白い耳が見つけた菓子にぴん、と立ったように見えれば――結局負けるのは、こっちなのか。
「まあ、いいか」
「蓮さん?」
 落ちた声に滲んでいたのか、諦めか笑みか。
(「笑ったことが気に入らなかったようですが……何とか誤魔化せたのでしょうか?」)
 頼むんだろう、と落ちた声に微笑んで、志苑は頷く。
(「実りの秋だけに此の季節は美味しい物が沢山ですね。お祭りともあり活気がありとても楽しそうです」)
 守る事が出来て本当に良かったです。
 小さく、言葉を紡いで――さぁ、幸せなカフェの時間へ。

 カランカランとなるドアベルは小さな南瓜。店番のぬいぐるみ達も南瓜に腰掛ける。
「うん、壮観だね」
 綺麗にくりぬかれた南瓜達に、三角帽子の魔女も思わず頷く。カフェのテラス席からは、沢山の収穫祭の飾りが見えた。大きな南瓜にちょこん、と腰掛けた黒猫。その影から姿を見せたマルコは南瓜の帽子を被ってぴょんぴょんと踊っていた。
「ふふっ、マルコも似合ってるじゃない」
 笑みを零したニュニルに、マルコは嬉しそうに踊る。くる、くるりと回って腰掛けてどうぞとある南瓜にお行儀良く座る頃には、丁度ニュニルのテーブルにも南瓜プリンが届いていた。
「はむはむ……んっ、まろやかで美味しーい♪」
 しっとりで滑らかで。
 メニューに踊る南瓜君達に寄れば生クリームも使わずにこの濃厚な南瓜プリンができるという。
「タルトはお土産に買っておこうかな。秋もいよいよ真っ盛り、しっかり楽しんで帰ろうね」
 持ち帰りには、可愛いリボンで飾られるという。

「レイリへのお土産か?」
 メニュー表を前に唸っていた千鷲は、アラタの言葉に「持ち帰れそうならね」と笑みを見せた。
「アラタちゃんは?」
「選べない……両方頼む!」
 そう、二つという選び方もあるのだ。ゆるり、と揺れる先生の尻尾はご機嫌にふさふさだ。
「そういえば、三芝は鳥っぽいイメージだったから九尾は新鮮だったな……。似合ってるぞ、尻尾触らせて貰ってもいいか?」
「うん、どうぞ。レイリちゃんが拘ったらしいからねぇ」
 和服も、耳も尻尾も一揃えで既に用意されてたのだ。
「すごいもふもふだな」
 おぉ、とアラタは息を零す。笑いかけながら彼とレイリ、彼の友との繋がり。
(「何だか温かいものが宿っている気がするな」)
 ふと、母親代わりの保護者の顔が思い浮かんだ。眉を寄せた先、出会った瞳。
 人を縛り、突き動かす。代えの無い宝物――切ないまでに愛しいもの。
「ハロウィンに霊が帰って来るなら、こうやって仮装してるアラタ達を揶揄って笑ってくれたりするのかな」
 賑やかな南瓜たちと、もふもふ度アップな仮装に、さぁ何を言うだろうか。
「友を笑って迎えられるなら、アラタはとても嬉しい」
 顔を綻ばせて笑うアラタに、千鷲は小さく瞬いて笑った。
「きっと賑やかなハロウィンになるね」
 ふいに、先生がつん、とアラタに鼻先を寄せる。甘い香りに誘われたか、微笑んだアラタに寄り添ったのか。やってきたのは南瓜のプリンと、南瓜のアイスも飾られたタルトのプレートだ。

「お狐サマこと千鷲クンは御利益ありそーだし拝んどくか。手あわせときゃたとえば奢ってくれたりな」
「えー、狐は半分悪戯するもんだってレイリちゃんに教わったんだけど?」
 ふさふさの耳もオマケで揺らして見せた千鷲に、サイガは小さく唇を尖らせた。
「しねえワケ? ケチー。しゃあねぇからキソラともふもふで手を打つ」
 そう、もふりタイムだと。何せ尻尾が九本なのだ。
「まぁ最高のモフになるまで色々あったからねぇ」
「流石レイリちゃんチョイス」
 笑みを零して、キソラは記念にとカメラを向ける。触れれば確かにもふもふでふかふかの尻尾だ。
「なあ、千鷲、尻尾、もふもふしてもいい? レイリが選んだ狐の尻尾ならさぞホンカクテキだろう」
「どうぞ。これはレイリちゃんにも好評だったって報告しとくべきかな」
 感想なら、任せて欲しい。とティアンが触れた九尾の尻尾はもふもふであった。ふかふかでもふもふ。家で飼っている猫のもふもふ感と似てるようで少し違う。
「他の人の尻尾もくらべてみたい。……キソラもサイガも、もふもふ?」
 軍服猫さんと、軍服犬さんだとどちらがもふであったのか。最後にじ、と視線を向けられたレスターは、一言カフェに行くんだろう、と告げた。
「タルト、食べる?」
「香ばしい香りをたっぷり浴びたせいで今は南瓜しか受け付けん」
 四十路の仮装は若者とは違って、色々こう――そう、色々あるのであった。

「お疲れ様、眠堂君」
 狸の面に、帯から揺れるずんぐりの尻尾。ひらり、と手を振って出迎えたのはゼレフだ。
「その色柄の衣はやっぱり似合うな。……あ、葉っぱも良いじゃん」
 頭にピンで留めた葉に、小さく笑った眠堂は、狐面に三本の尻尾のおきつね様。二人、入ったカフェには、ほくほくと甘い南瓜の香りが踊っていた。
 メニューから選んだのは、ゼレフが南瓜のタルト、眠堂が南瓜のプリンだった。コトン、とテーブルにやってきた誘惑の香りに二人して思わず笑みを零す。
「甘いものには既にありつけた、けれど」
 そう、今日は頂きます、よりもっと似合う言葉があるから。悪戯な挨拶のかわりに乾杯の台詞に。
「トリックオアトリート」
「トリックオアトリート」
 重ねて響いた言葉に、零れた笑みはどちらが先であったか。
「なあ、もし誰かに仕掛けるなら、お前はどんな悪戯をする?」
 普段はそういうことしなさそうだし、尚更知りたくもなるのだ。眠堂の問うた先、ゆるり、瞳を細めたゼレフは口元に笑みを浮かべた。
「……相棒や、お世話になってる人の家にコッソリ、葉っぱで包んだ山の幸とお菓子を山程置いてこようかな」
 これぞ狸の恩返し。
「それ悪戯ってか、むしろトリートな気が」
 けれど、ゼレフらしい振る舞いに思えて頬が緩む。
「そう言う眠堂君の悪戯は何だい」
「俺なら?」
 小さく、首を傾いだ眠堂にゼレフは頷いた。
 ひとの在るが侭を好しとする君は、どんな風にひとを化かすのだろう。
「聞かれると悩むな……びっくり箱を渡す、とか?」
 長考の後、紡がれた言葉と共に眠堂は眉を寄せた。
「いや……ベタすぎる……?」
 お狐様と狸様の悪戯談義はこれにて終了。後は甘い誘惑にスプーンを滑らせ、フォークで一口だ。

 キソラが選んだのは南瓜のプリン、千鷲が選んだのは小さな南瓜が器になった丸ごとプリンだ。そして、サイガが選んだのが――……。
「ホイ、お裾分け」
 ゴーストハロウィントリックスペシャルムーン(以下略)なタルトであった。オプションの期間限定ソースはとろり、と甘い紫色。
「ホラホラ、分けて上げようって言ってんだろ? あ、そこの貰ってくわ」
「待っ……いや、ソレ絶対ぇ怪しい」
 全力でキソラは押しつけ返す。このタルトはヤバい。何がってこう、もうめちゃくちゃ甘そうで。
「あ、コレお土産にしたらイイんじゃね?トリック的に!」
 ぽん、と上がった提案ひとつ。プリンをハロウィンスペシャル(略)の行き先は――さぁどっちだ。

「秋の幸せだな」
 タルトはホクホク南瓜に優しいクリームとサクサク生地の調和。プリンは滑らかに豊かな甘味が広がる。二つの甘さを堪能したアラタは、ほう、と息をついた。
「いいにおいと体動かしたのとでおなかが減っていて丁度いい」
 ティアンとレスターは南瓜のタルトとプリンを楽しんでいた。
「……うん。あまい。おいしい」
 同じものを食べておいしいって言い合える人たちがいるともっとおいしいから、更においしく感じのだ。目の前にはタルトもプリンも空きっ腹を満たすまで頬ばった猫さん。
「化け猫はこのぐらい食うんだ」
 知ったか顔で告げたレスターは、ざっくりとプリンを掬う。ん、と小さく零れた声に視線を上げれば、美味いデザートにティアン達の楽しむ姿が見える。
「たまには悪くねえ、こんな日も」
 仮装の気恥ずかしさを忘れ、落とした息は笑みに変わった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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