創の誕生日―秋に愉しむレザークラフト

作者:柊透胡

 長年愛用してきたキーケースが、とうとう壊れた。
「折角ですので、手作りしてみようかと考えました」
 青竜のヘリオライダーの言葉に、降魔巫術士なドワっこは「らしい」と思ったものだ。
「……これって、レザー?」
「はい。学生の時分、自動車免許を取ったお祝いで……気に入ってずっと使っていました」
 鍵をすっぽり収納出来るファスナー付きのタイプで、上部にナスカンが付いている。確かに随分とくたびれていて、ファスナー部分が綻びて閉まらなくなっていた。
「レザークラフトって難しい?」
「専用の道具が必要になりますが、今はキットも色々と出ていますし。クラフト教室に参加すれば、それこそ手ぶらでチャレンジ出来ますので」
 ――という訳で、今年はレザークラフトです。
 
「近々、レザークラフト教室に行く予定なのですが、宜しければ、ケルベロスの皆さんも、息抜きに参加してみませんか?」
 チラシ片手に、ケルベロス達に声を掛ける都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)。
「革小物は使い込む内に風合いが変わり、魅力も増してきます。普段からよく使う小物を、ハンドメイドしてみては如何でしょうか」
「だったら、お財布が良いな。革財布って大人っぽいし……梓織さんは?」
「わたくし? そうねぇ、ポーチは欲しいけれど、本当に初心者でも大丈夫かしら?」
 興味津々の結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)の対して、貴峯・梓織(白緑の伝承歌・en0280)はちょっぴり不安そう。そんな2人に、創はいつもより穏やかな笑みを浮かべる。
「様々なキットから作りたい物を選べるようですので、気軽に愉しめるかと思います」
 財布・バッグ・キーケースなど、小物の種類も様々。専用の道具は貸してくれるし、基本は説明書に従って作業していけば良い。勿論、講師もいるから、いざという時のヘルプも万全だ。
「予めパーツが全て裁断されていたり、バッグのボタンや留め具等が装着済みのキットもあるそうです。ビギナーの方も安心ですね」
 高級感のある革小物を、手軽に作れる所が魅力的。一方で、革から選べる本格的な上級者コースもある。トコノールなどレザークラフト用の塗料を塗ったり、スタンピングでより高いクオリティを目指すのも面白いだろう。
「皆さんの作品は、私も拝見したいですね。宜しければ、拘りなどもお聞かせ下さい」

「今年は『工作の秋』に戻ったみたいね」
 美緒曰く、レザークラフトの教室がある9月14日は、創の誕生日。三十路を1歩進んで31歳だ。
「ちなみに、キーケースを作るみたい。工作中でも、声を掛けてあげれば喜ぶんじゃないかしら」
 何歳になったとしても、年に1度の『特別な日』なのだから。


■リプレイ

●秋に愉しむレザークラフト
 陽射しの強さは夏の名残。だが、吹き抜ける風は涼を帯びて――秋の足音は確実に近付いている、そんな9月14日の朝。
 革製品のお店で催されるレザークラフト教室は、のんびりした雰囲気で始まった。
 最初からパーツに切り分けられ、ボタンなどの装飾も付けられているお手軽キットの初心者コースから、革から選べる上級者コースまで、難易度も小物の種類も様々。
 受講生達は、思い思いにレザークラフトをスタートする。
「あの……シガレットケースを作りたいのですが」
 工作の邪魔にならないよう、白い髪は一纏め。ずらりと並ぶキットに目を瞠りながら、バラフィール・アルシクは講師に声を掛ける。
 革細工のイロハも覚束ないので、初心者でも作れるか、心配だった。
「ウォーターフォーミング、ですか……?」
 勧められたのは、掌サイズのシンプルなデザイン。既に、箱形に形成されてパーツに分けられているので、後は縫い合わせていけば良い。
 ちなみに――革を水で濡らして木枠に挟んで乾かすと、その木枠の形になるのがウォーターフォーミング技法だ。小物作りに重宝するので、レザークラフトを続けるなら身に着けておきたい所。
「……なるほど。長く使えるように、口の部分は二重に補強してあるのですね」
 指導して貰いながら、真剣に丁寧に勤しむバラフィール。
「……喜んでいただけるといいのですが」
 ワンポイントに、翡翠のコンチョ(装飾ボタン)を付けて完成だ。一抹の不安混じりの呟きに、ウイングキャットのカッツェの翼がふわりと揺らいだ。

「何故、ルフと……」
「まぁまぁ、たまには思い出を作るのも、悪くねぇと思うっすよ?」
 気楽に背中を叩いて来るルフ・ソヘイルの手を、すげなく払いのけながら――ナノナノのルーナと顔を見合わせた朧・遊鬼の表情が和らぐ。
「思い出作りな……まぁ、たまには良いか」
 革細工に心得があるのか、上級者コーナーに向かう2人。
「ホースヌメもあるのか」
 用意されたヌメ革は主に牛革だが、黒い馬革を手に取る遊鬼。
 ホースレザーは、その上品な風合いから「しなやかな革」と称される。特に、フルベジタブルタンニンなめしでより柔らかくなめされたホースヌメは、表情豊かなエイジング(経年変化)を楽しめるのだ。
 このホースヌメを使って、遊鬼が作るのは二つ折りの財布。シックなデザインだが、小銭入れが広めで、使い勝手も良さそうだ。
「俺は……リボルバーのホルダーがくたびれてきたっすから、新しく作るっすかね」
 ルフは、ガンスリンガーならではのアイテムを。遡る事西部開拓時代から使われてきた牛革は、成型のし易さ、耐熱性、高級感のある仕上がりから、いまだ人気のあるホルスターの素材という。
「そぉ言えば、その銃のケースはどれ程使っておるのだ?」
「あ~……大体10年とそこそこっすかね。よくここまで持ってくれた方っす」
 カラーは焦げ茶色。デザインはシンプルに。流石に、ガンホルダーのキットは用意されていなかったので、今使っている物を参考にした。
「まぁ、なんだ。新しくなったからと言うて、銃を取り出すのを遅れるなよ?」
「あははっ、当たり前じゃねぇっすか!」
 その実、信頼に基づく遊鬼の煽りを、ルフはカラリと笑い飛ばす。
「寧ろ遊鬼より、早く動いて笑ってやるっすよ!」
 勿論、遊鬼を弄り倒せるように、しっかり使い慣らす気満々である。
「ベルト部分には、ウサギのスタンプを入れてっと」
「お、スタンプも出来るのか?」
 俄然、碧眼を輝かせる遊鬼――ナノナノ柄はあるだろぉか?
 あるなら、ルーナによく似たスタンプを、財布の内側と外側の端に押すとしよう。

 元は、亡き主の形見の牙――紐に通してペンダントトップとして身に着けていた。
 その紐を通す箇所に亀裂が生じてしまったので、改めて収め直すペンダントトップを作るべく、レフィナード・ルナティークはシルバーグレーと緑のヌメ革を取り上げる。
 知識欲は強い方だし、手先も器用だ。カービングの手際も淀みなく。
 レザークラフトにおけるカービングとは、厚さ数㎜の革に凸凹を作っていく技法。つまりは、革を素材にした彫刻の事だ。
 黒豹と狼、そして、竜――今は亡き故国の紋章を、内側に刻んでいく。
 ペンダントヘッドの亀裂は、宿敵として邂逅し、そして奇跡の様な対話と永劫の別れがあったあの夜の縁。だが、今、思い出すのは……主や友との暖かな記憶だ。
(「興味を惹かれた彼等に、作り方などを教えた事もあったな」)
 無意識の内に、唇に笑みが浮かぶ。穏やかな心持で、レフィナードはスーベルナイフを握り直した。

(「革細工を作れたら、カッコイイよね」)
 ウォーレン・ホリィウッドは、八島・トロノイと差し向かい。挑戦するのは、バイカーズウォレット――コンチョが付いた長財布で、又の名をライダースウォレット。バイク乗り定番のアイテムだ。
 縫い穴を開け、各パーツを縫い合わせる工程までは、順調に進んでいたけれど。
「ええと、ここがこうなって……あれ?」
 次の内張りの手順が面倒だ。
「結構難しいね」
 すっかり凝ってしまった肩をグルリと回し、ウォーレンは溜息1つ。
 収納スペースが充実していれば、それだけパーツも工程も増える。完成まで、まだまだ先は長そうだ。
 やむを得ず、方向転換する事にして、シェイプパンチを手に取るウォーレン。レザークラフト用の穴開け工具で、花の形に幾つも型抜きしていく。
 そんなウォーレンの奮闘を、自らの手は休めず見守っていたトロノイだったが。
「そういえば、いつのまにか人妻になってたんだったか」
 さらっと、豪速球を投げ付けた。
「うん、去年結婚したよ。人妻、でいいのかな……?」
 パートナーも男性ならウォーレンも男性で、語法に悩む相手の様子も構わず、笑みを浮かべるトロノイ。
「じゃあ、革婚式にはまだ間に合うな」
「3年目の記念だっけ……迎えられるかな」
「大丈夫さ。俺が必ず治療法を見付け出す」
 何処か儚い呟きに対して、即答だった。
「バッドエンドにはさせないさ」
 ウィッチドクターの決意が頼もしい。
「ありがとう……僕も頑張る、ね」
 取り敢えず、今は目の前の革細工に全力投球しよう。

●三十路を一歩進みて
「創殿、誕生日おめでとうございます。良き一年となりますよう」
「ありがとうございます」
 レフィナードの祝いに、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は会釈を返した。その手元には、今しがた完成したばかりのキーケースが置かれている。
 バッグタイプのデザインで、複数の鍵を収められる。口が大きく開くので、使い勝手も悪くない。
「創くん! 誕生日おめでとうっす!」
「器用なのだな。もしや、壊れたキーケースも手作りだったのか?」
 やはり、ルフのお祝いに謝意を示して、遊鬼の質問には小さく頭を振る創。
「両親からのプレゼントでした。革小物に興味を持った切っ掛けではありますが」
「なるほどなぁ。この先も幸せであるよぉ祈っておるぞ」
 レザークラフトのペースも人それぞれ。ケルベロス達も三々五々、創に声を掛けていく。
「この度は、お誕生日おめでとうございます。よろしければこれを……」
 バラフィールが差し出したのは、掌に乗る程度の包み。中身は、手作りのハーブクッキーだ。
「あなたとは、ケニアの集落ヒール以来でしょうか……あの地域の皆さまも、お元気だと良いですね」
「ケニアの大運動会は……もう3年前ですか。正に、光陰矢の如しです」
 頷いた創も懐かしそうだ。
「ケルベロスの皆さんの尽力で復興した村です。きっと大丈夫かと」
「まあ、わたくしがケルベロスになる前のお話ね?」
「炎天下のヒール、結構大変だったなぁ」
 ポーチのファスナー付けに勤しみながら、老淑女が興味津々に小首を傾げれば、縫わずに仕上げた革財布を手に、ドワッこはしみじみと回顧の面持ちか。革小物を手に、暫し思い出話に興じる。
「やぁ、調子はどうだい」
 そこへ、屈託なく声を掛けてきたトロノイは、創の前に丸箱の革の小物入れを置く。
「内側はベルベットさ。蓋を開けてみてごらんよ」
「拝見しましょう」
 トロノイに促され、衒いなく小物入れの蓋を開けたヘリオライダーは、思わず眼鏡越しの双眸を瞬かせる。
「……」
 フィルムに包まれたバターケーキの焼き印は、「お誕生日おめでとう」。
「バターケーキは、僕が作ったんだよ」
「勿論、どちらもプレゼントだ」
「素敵な1年になりますように」
「ありがとうございます」
 ウォーレンとトロノイの笑顔に、穏やかに微笑む創。
「もう1つ、これもお祝いー」
 ウォーレンが差し出したのは、革細工の花束。秋らしい暖色の染色が美しい自信作だ。
「じゃあ、俺は、この作りかけのバイカーズウォレットを完成させようかな」
「あ……」
 尤も、ウォーレンの得意げな面持ちは、すぐにきまり悪そうに顰められたけれど。
 何食わぬ顔で、トロノイは花模様のカービングをウォレットに刻み始めた。

 三十路より一歩進みて、31歳の始まりの日。青謐のヘリオライダーは、静けさに程遠い、けれど長閑な1日を過ごす。
 今年も実り多き、革小物のように表情豊かなエイジングとなるように――鉄面皮の内で、願った。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月24日
難度:易しい
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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