いつか大人になる君へ

作者:七凪臣

●花火の宵の黄昏時
「お父さ……あんたなんて、大嫌い!!!」
 激しく扉を叩きつけて外へ飛び出した初来は、家の裏手に聳える小高い丘めがけて走った。
 いや、走っていたのは始めだけ。やがてまばらな街灯が点り出した坂道を少女はとぼとぼと歩き、項垂れる。
「……今日は花火の日なのに。特別な、日なのにっ」
 ぎりと強く唇を噛み締めては、呪いのように赤くなった口から初来は憎々しさを吐く。
「あんな女、連れたりなんかしてっ……あたしとの約束なんて、どうせ忘れてるんだ」
 住宅街だった街並は、坂を下る浴衣で着飾った人らとすれ違うたびに寂れてゆき、やがて初来は人気のない雑木林へ差し掛かる。
「再婚でもなんでもすればいいんだ。そしたらあたしだって、おかーさんみたいにお父さん捨ててやる」
 腹いせに、初来は足元の小石を蹴飛ばした。
 経年劣化で剥げたアスファルトの欠片は、黄昏時の茜の闇を渇いた音をたてて跳ねて、――そして。
「……え?」
 側溝へ転がり落ちた石に代わって、ひょこりと現れたそれに初来は目を見開く。
 ウサギのような、ネコのような、イヌのような――彷彿させるものは幾つかあるが、結局そのどれでもない生き物が、花かごを抱えてトコトコと初来の方へやって来る。
 そして人の言葉で喋るのだ。
 魔草少女になって、悪いヤツをやっつけてしまおう――と。
 いつもの初来なら訝しがったろう。けれど荒み尖った心を抱えた初来は、差し出された種を受け取ってしまう。
 花が舞う。
 可憐に舞って、是を告げた初来を覆い、初来をただの中学二年生の少女から、大輪の向日葵が袖や裾にあしらわれたミニドレスを身につけた魔草少女へ変えていく。

●いつか大人になる君へ
 ユグドラシル・ウォー後に姿を消していたデウスエクス達が活動を開始したらしい。
 今回、『播種者ソウ』に事件を起こさせているのは『攻性植物の聖王女アンジェローゼ』であると思われる。
「親衛隊である魔草少女の戦力増強を目論んでいるのでしょう」
 ウサギだかネコだかイヌだか分らない生き物のことを『播種者ソウ』と呼んだリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、初来の置かれた状態を語ると、「事は急を要します」と貌を強張らせた。
「もうすぐ初来さんを探しに、初来さんのお父さんが雑木林に現れます。そしたら初来さんは播種者ソウの誘導で、お父さんを襲って殺めてしまいます」
 魔草少女になった初来にとって、これは復讐。同時に、グラビティチェインを得るための大事な行為。
「ですから皆さんには、お父さんを守りつつ、初来さんと対峙して頂く必要があります」
 ケルベロス達が現れると、まずは邪魔者を排除しようと初来の狙いは父から逸れる。
「……だって初来さんは本当にお父さんを殺したいわけではありませんから」
 多感な年頃の少女だ。日頃はそっけなく振る舞っていても、男手一つで育ててくれた父のことは、大好きに違いない。だのにその父が、再婚相手として見知らぬ女を連れてきたのだ。
 知り得た事情をリザベッタは付け足し、諸悪の根源は播種者ソウだと断言する。
「播種者ソウは初来さんの頭や肩に乗って、初来さんが誰かの説得に耳を貸さないようにしています。つまり播種者ソウを倒さなければ、初来さんを止めることはできません」
 播種者ソウだけに攻撃を通すには、『部位狙い』を成功させるより他に手はない。しかも播種者ソウはことあるごとに初来を盾にしようとする。
「簡単に出来ることではないと分かっています。ですが、お願いします――」
 容易でない条件をリザベッタが押し通そうとするには、相応の理由があった。播種者ソウを倒しさえすれば、初来はケルベロス達の説得に心を動かす可能性があるからだ。
「初来さんがお父さんとの関係を改善できたら……いえ、改善の糸口をつかむだけで構いません。そういう風に、納得さえしてくれたなら。魔草少女として撃破した後に、彼女が受け取ってしまった種を分解し、初来さんを初来さんとして救うことが出来ます」
「わたしもお手伝いさせて下さい。皆さんが戦っている間、初来さんのお父様以外の人物を現場へ近付けさせません」
 いつか大人になり得る命を救える可能性に、ラクシュミ・プラブータ(オウガの光輪拳士・en0283)も身を乗り出す。
 折しも、この日は夏の終わりを告げる花火が街の空を彩る日。
 願わくば、夜空に咲く大輪の花を、初来は初来の父にも晴れやかな気持ちで見上げられるよう。
「お送りします」
 ケルベロスたちをヘリオンへリザベッタは誘う。
 やがて目的の地に着けば、少年ヘリオライダーは唱える。
「戦いの後は、優雅にお茶を――」
 それはヘリオンデバイスの発動を促す句。斯くしてケルベロスたちは新たに得た力も味方に、茜から藍へと移ろう戦場に立つ。


参加者
幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
サイファ・クロード(零・e06460)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)

■リプレイ

 最初はみんなを真似ただけ。
 だってみんな言うんだもん。「パパ、ウザい」「お父さん嫌い」って。
 同じでないと変って思われる。初来のとこは、お母さんいないからわかんないねって言われちゃう。
 だから、好きって言わなくなった。嫌いって言った。
 嘘だった。でも繰り返すうちに、だんだん本当になった気がして。
 お父さんとのキョリカンが掴めなくなって。そして、そして――そして?


 起動させた神の視覚野。示された『人』の位置を頼りに、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は黄昏の暮明に凛と声を響かせた。
「それはデウスエクス、貴女を騙し利用しようとしている……人類の敵よ」
 突然の警鐘に、初来を追うようだった人影の動きが止まり掛けて、加速する。デウスエクスという単語に怯みかけるも、我が子を案じる父の動きだ。
 ――間違いありません。
 アウレリアと交わした視線で得た確信に、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)はレスキュードローンを飛ばし、その尾を逐ってウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)は坂を駆け下る。
「初来さんのお父さんですね?」
 ほどなく出くわした男へウォーレンが問うと、仕事帰りの貌から血の気が失せた。
「ま、まさかういがっ」
「落ち着いて下さい。大丈夫、僕らが必ず助けます」
 一連の流れで娘の身に何が起きているのかを悟った父の動揺を、ウォーレンは一手に引き受け柔らかく微笑む。
「初来さんを元気に出迎えてあげられるように、どうか今は僕らを信じて。そしてご自分の安全を第一に行動して下さい」
 ウォーレンの謂わんとする事を察した男の、前に踏み出しかけた足が止まる。俯いた顔は唇を噛んでいる筈だ。
「アタシ達に任せてくれてありがと!」
 名も知らぬ父の忍耐と決意を背に、ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)は地獄の焔に赤々と照らされた口許に溌剌とした笑みを浮かべる。
(「親殺しになんてさせるもんか、初来ちゃんの心は絶対に守る!」)
 心に掲げた誓いを果たす為、ベルベットは魔法陣ホログラムから光の蝶を躍らせた。
(「――ん」)
 蝶の舞に意識が研ぎ澄まされるのを知覚したアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は、ベルベットが連れた翼猫のビーストの羽搏きが齎す自浄の加護も身に宿しつつ、風の速さで巨大鋏を模した剣を投じる。
 残り僅かな陽に情熱の橙を灯した真鍮色が、矢のように飛ぶ。
「初来、守って!」
 魔草少女の肩の上を掠める――つまり自らへの直撃コースに、播種者ソウが『可愛らしく』鳴く。途端、魔草少女――初来が右腕を高く掲げた。
「痛っ」
 バルーン袖を切り裂かれた箇所から血を流す初来の苦痛に、幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)は目尻を吊り上げる。
「卑劣な言葉で幼き者を惑わす外道。我が拳で打ち砕くッ!」
 渾身のフルスウィングに、竜の鎚が咆哮を上げた。正面から襲う砲弾に初来の膝が笑う。だが虚ろな目をした少女は両手を高く掲げて、光の花を咲かす。
 果実に代わり結んだ炎弾にサイファ・クロード(零・e06460)が組み付いたのは、半ば反射だ。けれど意思と意地でサイファは炎弾を抱き潰すと、さらに初来へ一歩迫る。
「『悪いヤツをやっつけよう』か、それには同意する」
 何せこっちはその道の玄人だ、とサイファは嘯き、初来の眸の奥に光を探す。
「つぅか、目的がオレらと同じなら、いっそ手に手を取って協力しようって話じゃん……でもさ? お父さんって『悪いヤツ』なワケ?」
「聞いたらダメだ、初来」
「――チッ」
 すかさず初来の耳元に擦り寄るソウにサイファは舌打ちすると、まずは自身の回復に努める。が、状況は決して悪くない。
 チラとサイファが後方に遣った視線を受け止め、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)はオウガメタルに意を通す。
 播種者の者が蒔いた種は、花咲く前に刈り取らねばならない。魔草少女になっても碌なことはないのだ。
 ソウの円らな緑の眼の邪さを識るウィゼは、更に後方に構える狙撃手たちへ銀に輝く粒子をそっと吹かす。
 リコリスが守護の陣を足元に描き上げた直後、恩恵に与った地に足つかぬ銀髪の青年――アウレリアのビハインドのアルベルトが白銀の銃より放った一撃がソウを掠める。
(「これなら」)
 見えた光明に、アウレリアも黒鉄のリボルバー銃の引金を引いた。

「――暁の約定」
 物語を紐解くが如く詠唱の末、光の速度で間合いを詰めたアリシスフェイルの一閃が、ソウの尾を断ち切る。
 ビーストによって花の顎から庇われたウィゼは、幼い顔立ちにはアンバランスな威厳と知性の象徴とする付け髭を揺らして、ふぉふぉと笑った。
「そういえば、あたしも魔草の力を使うのじゃ。油断せんことじゃのう」
 言うが早いか、ウィゼの手元から蔓草が伸びて初来の足に絡みつく。
「初来っ」
 『盾』の自在な動きが封じられ、ソウが焦りを叫ぶ。
「あと一息だよ」
「ええ」
 和楽器の調べに合わせ癒しの舞を踊るベルベットのリズムに、リコリスも失われた愛しい想いを旋律として奏で乗せた。
 今ならば針の孔さえ射抜ける心地に、アウレリアが「死の運命」と銘持つ対物ライフル型ドラゴニックハンマーに竜の砲弾を轟かせる。
 しかしこれはソウに致命傷を与える為の一撃ではなく――。
「鳳琴」
「はい!」
 たおやかに呼ばれた名に、鳳琴が固めた拳に龍状に輝くグラビティを収束させる。振り抜くのは、アウレリアの一撃に眉間を掠められたソウが仰け反り、腹を晒す瞬間。
「さぁ我が「龍」よ。喰らいつけッ!」
「そん、な――」
 撃ち出された牙に全てを喰い破られ、播種者ソウは初来の傍らから消え逝った。


 ――ここにいて。
 ――どこにも行かないで。
 操り糸を無事に断ち切った事に胸を撫でおろし、サイファはねだるように唱えて蕩けた大気で初来の足を絡め取る。
「思い出してみて? ソウに誑かされる前に抱いた感情があっただろ」
 ポジティブな感情ではなかっただろうけど、と前置くサイファの言葉に初来の肩が震えた。成程、今ならば初来の心を揺らせそうだ。
「『殺意』じゃなかった筈だよ? ネガティブな感情を抱いてしまうのは悪いことじゃないよ、それがヒトだもん」
 膨れ上がる負も否定しないサイファに、初来が湿った溜め息を吐く。
「っ、知らないくせにっ」
(「ん?」)
 ウィゼが割った地面に足元を掬われぐらつきながら否定を訴える初来に、サイファは違和感を覚える。しかし正体を確かめる間もなく、猟犬たちの想いは連なっていく。
 氷のように冷たい悲哀と慟哭を歌い上げたリコリスは、詩の侭に泣きだす手前の貌で初来に添う。
「約束を破られるのは、悲しいですよね。その相手が大切なお父様なら……猶更の事」
「教えて? お父さんとどんな約束をしてたのかな?」
 パチンと軽やかな検索結果フィンガースナップで重たくなりがちな雰囲気ごとカラフルな爆風で吹き飛ばしたベルベットは、煽られる初来の姿にサイファと同様の違和感を抱いた。
 サイファもベルベットも、ずっと初来を間近で見ているからこその――。
「そんなに急がずとも貴女もいずれ大人になり父親の元を巣立っていくでしょう」
 ソウを討つ為に強化を重ねられた一撃が、アウレリアの気遣いと共に初来を貫く。アルベルトが繰り出す銃撃も同様に。
「初来ちゃん、お父さんは本当に約束忘れてたの? そう言ってた?」
 特別な日や大事な約束を忘れられたら寂しいよねと、優しく告げるアリシスフェイルの視認困難な斬撃は鋭さを極め、鮮やかでさえあった。
「でも忘れていたのかどうかちゃんと訊いて欲しいの。まだ訊けるのよ」
 ――まだ、訊けるのよ。
 ――まだ。
「そうです、初来さんはまだ話せるのですから、これから、めいっぱい!」
 アリシスフェイルの言葉を継いだ鳳琴の言葉も蹴撃も、熱い。
 ――まだ。
 ――本当に?
「待って!」
 続く可能性を、初来の守りに徹していたウォーレンの聲が遮る。振り返れば、初来の父がウォーレンの腕の中でもがいていた。
「初来さん、強がりだから分かりにくいらしいけど。多分、このまま攻撃し続けたら長くはもたない。説得が終わる前に、撃破してしまうよ」
「「っ!」」
 戦乱に押し流されるより他ない父の細い訴えにも耳を傾けられたウォーレンだから気付けた事実に、サイファとベルベットは違和感の正体を知る。
 そうだ。ソウに盾にされた初来には、既に相応のダメージが蓄積されている。手を弛めねば、彼女の未来は途絶えてしまう。
「そういうことなら、あたしの出番じゃのう」
 氷つきかけた局面を、ウィゼのやけにたっぷりな自信が解す。
「ふぉふぉふぉ、」
 のんびりとしたウィゼの笑いに、事態を呑み込めぬ初来が首を傾げ、それから手元に視線をやって目を瞠る。
「ようやく気がついたようじゃの、お主の武器の異変にの」
 いつの間にか、魔法少女の定番武器であるステッキをウィゼに奪われていた。大輪の向日葵のステッキだ。存在感は相応にあった筈なのに。しかもあろうことか、ウィゼはその場に座り込んで花びらを一枚一枚むしり取り始めるではないか!
「初来おねえは、お父さんのことがすきー、きらいー、すきー、きらいー……ぬう、さすがひまわり。花びらが多いっ。すきー、きらいー」
「……え?」
 よもやの花占いの始まりに、初来の表情が完全に素に戻る。予想外の出来事に、今にも笑い出しそうなほどだ。
 そして。
「すきー、きらいー、すき! うむ、やはり初来おねえはお父さんのことが好きなのじゃ!」
「好き?」
 ウィゼの占い結果を最後まで待ち、初来は大きく瞬く。
 大人の目には子供騙しに過ぎない花占い。けれど初来は、まだ花占いを信じてしまう――縋ってしまう年頃。
 きっかけは、他愛ない日常の模倣。
「そうじゃ、初来おねえはお父さんが大好きなのじゃ。そんなお父さんを殺してしまったら、もう二度と一緒に花火を見ることは出来なくなるのじゃぞ」
「すき? だいすき?」
 閉ざされていた少女の心の扉が、僅かに開く。


(「お父様」)
 胸中で繰り返すだけで、リコリスの貌は儚く憂う。
 リコリスも父に裏切られた事がある――それも、二度。
 一度目は、妻子があることを秘し母と結ばれたこと。二度目は、遠き日に亡くなった母の面影を成長したリコリスに重ねて――。
(「私の……私の家族はもう、壊れてしまったけれど」)
 思い出すだけでリコリスの心は軋む。でもだからこそ初来の『家族の形』を守りたいという意識が鮮明になる。
「急に知らない女性を連れてきて、再婚すると聞かされたら。心の準備も出来なくて吃驚しますよね」
 大切な事。家族の事。だのに相談も無しに決められて。裏切られたと感じるのは当然。だから。
「初来様は怒って良いのです」
「怒って、いいの?」
 困ったみたいに反芻された台詞にリコリスは頷き、同時に「亡くしてしまえばそれも出来ません」と仮定の思考を促す。
「結婚なら、平均年齢から計算して5479日。大学を卒業し社会人になってからなら凡そ3652日……此方なら貴女が生きて来た日数より短いわね」
 攻勢を休めた手の指を折り、アウレリアは時の流れを端的に数えてみせる。敢えて天寿を全うするまでの父の残り日数は示さずに。
「共にいられる大切な時間は限られているわ、どうかその時間を大切に」
 ――喪ってからでは遅いのだ。
 そっとアルベルトに身を寄せ、アウレリアは切なく微笑む。
「貴女の思いを伝えてお父様の気持ちを聞いて二人で話してみて。お父様はその為に貴女を追って来たのでしょうから」
 生きて共に在れる奇跡に気付いて欲しい。そう願うのはアリシスフェイルも同じ。
 幼心に駄々を捏ねた事もあったが、憎さを知れる頃にはアリシスフェイルの父は鬼籍に入っていた。
 己の手で殺めたルクス――宿敵も、そう。
(「もっと沢山言葉を交わして、触れ合えたら良かったのに」)
「初来ちゃん。お父さんは本当に約束を忘れてたの?」
「忘れてない!」
 羨望を隠したアリシスフェイルが今一度の問いを口にすれば、否定は件の父から上がる。
「忘れてない、憶えてる。新しい浴衣も買って来た、けどういが気に入ってくれるか分からなくて……」
 何てことはない、思春期が拗れただけだ。微笑ましさにアリシスフェイルは目を細める。
「ね? だったでしょう。けどもし忘れられてたら、怒っていいし、約束し直すことも出来るのよ。『また』があるなら」
「!」
 気付きを得たのだろう。これ迄より意識がはっきりと感じられる初来の眼差しに、父をデウスエクスに討たれて亡くした鳳琴は心を震わす。
「もう……話せなくなってからは遅いんです……初来さんは、まだ話せるのですから、これから、めいっぱい……!」
 知らず溢れた涙を頬に伝わせ、鳳琴は視線で齢近い少女を誘導した。
「お父さんが初来さんを大切にしていることは分るはずですよ。そして初来さんもお父さんが大好きですよね?」
 確認であり断定でもある鳳琴の言葉に、初来は反論に声を荒げることなく、目を泳がせる。
 あと一押しだ。
(「本当、不器用な親子だね」)
 もしかしたら再婚相手の女性を連れてきたのだって、同性ならば初来の複雑な心境を察してくれるからかも――と父親と接したウォーレンは考えつつ、ありがちなすれ違いを真綿で包むように受け止める。
 義理の両親と色々や、複雑な過去を持つウォーレンも、まだ間に合う初来親子の仲直りは願って止まぬもの。
(「混乱を、複雑な心を、『悪』の一言で切り捨てさせはしないよ」)
「初来さん。まだお父さんを殺したい? 言いたいのは『嫌い』だけ? 他にも言いたいこと、いっぱいあるよね?」
 殺しては、全てが無に帰す。
 急ぐ必要はないのだ。絡まった気持ちも、ひとつひとつほどいていける。
「ゆっくりでも大丈夫だよ」
「そうそう、ゆっくりゆっくり」
 ウォーレンにつられたみたいにサイファも詞を重ねてにっかりと笑った。
 反抗期めいた時期があったサイファだ。でも初来のように深刻なものではなく、むしろ親子めいたことをしたかっただけ。
(「フツーの、親子になりたかったんだ」)
(「初来には、フツーの幸せを手に入れて欲しいんだ」)
 上手く言える気のしない事は胸に留め、サイファはことさら晴れやかに言う。
「今すぐでなくていい。落ち着いてからでいいからさ、初来の感じたこと、話してみよう。時間はまだたっぷりある――家族だもん」
「かぞく……」
 光の花を咲かす為に掲げた手を口許へ運び、サイファの一言を初来は噛み締める。その様子を横目にウィゼは、義母候補の女が此処へ現れぬ事に安堵と複雑さを覚えていた。
 分別のある女性なのだろう。打ち解けられれば、良い関係を築ける気がする。
(「いつか『家族』の仲間入りを果たせるやもしれぬなあ」)
 ――いつかは、きっとある。
 ――断たれる未来は、防がれる。
「ね、お父さんとどんな約束してたのかな?」
 教えてと二度目をねだるベルベットの口振りは、もう弾んでいた。
 物心がついた頃から孤児院で育ち、今は引き継いだそこで不器用なりに身寄りのない子らの世話をするベルベットには、初来の心の動きはとても分かり易かった。
 素直な子だ。愛されて育った子だ。
 ベルベットも義母が大好きだった。5年前、孤児院を襲われ義母も義兄弟たちも行方不明になるまでは。
「ずっと一緒に花火を見よう、って。とっておきの場所で」
「そっかあ。アタシは孤児院育ちだけどお義母さんの事が大好き。家族が大好きな初来ちゃんと一緒だね」
「だい、すき?」
「そう! そしてね、大好きな人にはもっと幸せになってもらいたいって思わない? アタシはもう出来ないけど。君は間に合う。ね、お父さんの幸せを見届けてあげて」
「っ、うい。いいんだ、無理しなくて」
 慌てた様子の父親の声に、けれどベルベットは胸を張る。だって、ほら。
「ううん。あたしもお父さん大好き。冷たくして、ごめんね」

 ウォーレンが降らせた雨に、アリシスフェイルが躍った。
 踏み込んだ一閃に、デウスエクスは終焉を迎え、初来は真実に目覚める。


 鬱蒼と茂る木々を抜けた先、ひっそりと開けた夜空に夏を惜しむ光の大輪が花開く。
 その美しさに鳳琴はただ見入った。
(「父の肩車、一緒に眺めた星空。ルクスと仰いだ静かな夜空……」)
 陽光の名残を手に、アリシスフェイルはもう二度と一緒に見られない人と眺めた空を、今に透かし見る。
 巻き戻し得ぬ情景を重ねるのは、光の彩と胸を叩く音に身を委ねるリコリスもまた。
 視界の端には、寄り添う初来親子。
 その姿に安堵と共に、僅かに残る幸福な家族の記憶をどうしたって見てしまう。
「皆さま、其々ですね」
 ウォーレンもウィゼも、アウレリアとアルベルトも。合流したラクシュミの複雑さを内包した感慨に、言葉に詰まったサイファも結局は花火を見上げた。
「……花火綺麗だよな!」
「そうだね」
 普通の感想。だからこそ、素直さの吐露にベルベットはビーストを撫でながら爽快に笑む。
(「アタシは笑って生きる」)
 此処は地獄じゃない。
 ならば生きてさえいれば、明日は訪れ、未来は拓かれてゆく。
 いつか大人になる日まで――いや、なってからも。初来たちの親子の絆が続いていくように。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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