その名は『門』

作者:砂浦俊一


 捻じれた螺旋の石柱が連なり、波打つ歪んだ床が果てなく続く奇妙な回廊。
 この回廊を、全身を甲冑で包んだ黒騎士が大剣を引きずり歩いていた。
 黒騎士、その名は『門』。
『門』は己がいつからこの回廊にいるのか、考えることはなかった。
『門』は己がいつまでこの回廊にいるのか、興味もなかった。
 与えられた使命を確実に遂行するために、『門』は存在していた。
 かつて死者の泉の門番であったエインヘリアル、それが死者の泉に取り込まれて『死を与える現象』へと昇華した存在。それが『門』だ。
 この場所に侵入してきた者へ等しく死を与える、それが『門』を『門』たらしめる全て。
 不意に、頭上から何かが落ちてくる。
 石柱の欠片、小さな石ころ。
『門』が引きずる大剣の切っ先が石畳の床から離れ――そして超高速の斬撃。
 刹那の間に繰り出された無数の斬撃が、瞬時に石ころをさらに小さな欠片へと変える。
 床へ散らばって落ちた石の欠片の全てに鮮やかな切断面。剛腕かつ精妙、巨大な剣ですら切っ先を正確無比に駆使する『門』の剣技が、これを作り出した。
 そして『門』は再び、大剣を引きずり歩き出す。


「磨羯宮ブレイザブリクの隠し領域から転移門が発見されました。発見者はリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)さんです。調査の結果、この転移門が双魚宮『死者の泉』へと繋がる通路であることまでは確認できました」
 これは大戦果だ。イオ・クレメンタイン(レプリカントのヘリオライダー・en0317)の説明に、ケルベロスたちの胸も躍る思いだ。
 同時に、ただの通路ではないだろう、という考えも頭をよぎる。
「ここは魔空回廊に似た異次元通路ですが、防衛機構『門』によって護られています。死者の泉へ向かうにはこれを突破しなければなりません。『門』は『死を与える現象』が実体化したような黒い鎧のエインヘリアルで、死んでも蘇る守護者です」
 思わぬ敵の性質に、ケルベロスたちは顔を見合わせてしまう。
「敵は不死身、ということか?」
 1人のケルベロスが質問したが、イオは首を左右に振った。
「撃破しても再生される、という意味では不死身に近い性質と言えます。ですが『門』を42体撃破することで、死者の泉への転移が可能になると予測されています」
 つまり『門』を倒していけば、それだけ死者の泉への転移に近づく、ということだ。
「むしろ、魔空回廊に似た空間であるため敵の戦闘力が強化されていること、攻略に時間をかけすぎるとエインヘリアル側に察知されて対策を取られてしまうこと、これらの方が厄介かもしれません。『門』の武器は巨大な剣です。どのようなグラビティを使用するのかについては、こちらの資料で。それとヘリオンデバイスも使えますので、こちらも活用してください」
 クリップでまとめられた資料を、イオはケルベロスたちに配布する。
 死者の泉への直通ルートが開けば、エインヘリアルとの決戦も近いはずだ。
 そのためには、まずは『門』を1体ずつ確実に撃破していかねばならない。
「『門』は強敵、かなりの激戦になるでしょう――でも、ここまで戦い抜いてきた皆さんなら倒せるはずです。どうかよろしくお願いします!」
 ケルベロスたちを信じるイオの瞳が、真っ直ぐに向けられた。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)
オズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)

■リプレイ


 連なる捻じれた螺旋の石柱、果てなく続くは波打つ歪んだ石畳。
 死者の泉に繋がる回廊を、ケルベロスたちは慎重に進んでいく。
 死者の泉への転移には、この回廊を守護する番人を一定数倒す必要がある。その数、42体。死しても復活する防衛機構を、根気よく潰していかねばならない。
「死者の泉関連は僕には縁のない地だけど……まさかそんな伝説の地に至ろうとしているなんてね。人生、何が起こるかわかったものじゃない」
 蛇の下半身を這わせて進むオズ・スティンソン(帰るべき場所・e86471)は、周囲に視線を走らせ、警戒を怠らない。
 回廊の守護者たる『門』は、まだ姿を現さない。
「耳に痛いほど静かです。『門』はどこかに潜んでいるのでしょうか?」
「ふふっ。気づかぬうちに通り過ぎていて、後ろからバッサリ! なんて目には遭いたくないね」
 小首を傾げる仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)に、メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)が微笑んだ。
「不意打ちには注意しないと、ですね。安全に帰還できるよう帰りのルートも記録しておかないと」
 ヘリオンデバイス『ゴッドサイト・デバイス』越しの視界に映るのは、目も眩むような異次元通路の光景と光学表示される様々な情報。何らかの異常を検知したら見逃さぬよう、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は各種の数値を注視する。
「敵もこの場所も、まだまだ情報が少ない。不測の事態が起こり得ることは覚悟しておきたいな」
「不測の事態……我々の動きにエインヘリアル側が感づいた、あたりですかな。まあ、さすがにまだ気づいてはいないでしょうが」
 メンバーの中には既に『門』と刃を交えた者たちもいる。楡金・澄華(氷刃・e01056)とラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)は敵の手強さをよく知っている。決して油断のできない敵だが、今後のためにも『門』に共通する弱点や動向などの情報を得たいところである。
 先頭を歩くフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が足を止めた。前方の景色が陽炎のように揺らめいて見えたからだ。彼女に続くケルベロスたちも足を止め、前方を警戒する。
「……侵入者」
 10メートルほど先の、太い石柱の陰から尋常ならざる殺気と声。
 黒い甲冑に身を包んだ騎士、『門』が姿を現す。その頭上へと石柱の欠片が落ちてくる。
『門』が引きずる大剣の切っ先が床から離れ――超高速の斬撃が繰り出された。
 石柱の欠片は小さな8つの石ころに分割され、ケルベロスたちの足元まで転がってくる。それがおまえたちだ、と言うかのように。
 床に散らばる石の欠片の全てに鮮やかな切断面。『門』が大剣の切っ先をケルベロスたちに向ける。おまえたちにも同じ傷を刻みつける、そう言うかのように。
「エインヘリアルの封じた記憶の先ー、死者の泉はまだまだ遠くー。何にしても訪ねてなければー、門は開きませんのでー」
「私たちはその先に用がありまして。すみませんが、道は開かせて頂きます」
 謳うフラッタリーが鞘から鉄塊剣を抜き、レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)は服の袖からケルベロスチェインをたなびかせる。
「……抹殺する」
 感情のない声を響かせた『門』。
 その闘気が足元の小石や砂埃を空中に浮かび上がらせ、渦を作り出す。


「まずは確実に勝つこと、そして帰還すること。まぁ、ソレがいちばん難しいのだがな。援護、頼む」
「お任せですっ」
 得意の二刀流で澄華が斬りかかり、フォーマルハウトとともに駆けるカロンはスターゲイザーで『門』の足止めを図る。
 先制攻撃で『門』の注意を引いた隙に、残る面々は味方の火力強化や防壁の展開を急ぐ。エインヘリアルらしく敵は巨体、加えて重装甲の甲冑と空間の特性故に強化された戦闘力、最初から全力で当たらなければこちらが危ない。
「準備完了なのでしてー。それでは――打テ、uテ、搏tE!」
 前頭葉の地獄を活性化、サークレットの展開とともに金色瞳を開眼させたフラッタリーが突撃する。
「先ヲ求ム那レバ、血ト肉ト骨ト、己ヶ威ヲ叩キ告ゲヨ!」
 真正面からの激突、彼女の鉄塊剣と『門』の大剣が激しく打ち鳴らされる。
「前回も今回もそしてこれから何度でも。敬意をもってお潰ししましょう。我々が彼を殺すのも、彼のそれと同じお仕事でございますのでねえ」
「剛腕だけでなく大剣の切っ先まで正確に操る精妙さ……仲間を細切れにはさせません」
 ラーヴァのバスターライフルによる射撃に続き、レフィナードが『門』へ拳を叩きつける。だが手応えが鈍い。どちらも『門』の甲冑に阻まれて内部までは届かない。
 まとわりつく前衛組を散らすように、『門』が大剣を一振りした。そして片足を半歩、引く。反撃に出る動きか。
「せいぎのみかたのお仕事の時間です。いっぽは皆のお手伝いをしてくださいっ」
『門』が繰り出す斬撃は脅威だ。サーヴァントを味方の援護につかせたかりんは、前衛へとガーディアンピラー。味方の防備を更に厚くする。
「キミは手品はお好きかい? こういうのは――どうかなっ」
 敵の動きをモノクル型デバイスで把握したメロゥは、手にしたステッキをくるりと一回転させた。直後にステッキの先端から放たれる轟龍砲、しかし『門』は直撃にも怯まず推し進んでくる。
「やれやれ、こっちには来ないでおくれよ。正面から君とやり合うのは痛そうだしね」
『碧落の冒険家』で仲間たちを支援するオズ、その脇には盾役の相棒トト。ケルベロス側はサーヴァントも総動員するが、『門』は歯向かう全てに死をもたらすかのような一撃を繰り出した。
「魔弾……!」
 大剣から放たれる禍々しいオーラ。襲いくる衝撃と圧力に弾き飛ばされたサーヴァントたちは波打つ床を転がり、ケルベロスたちは足を踏ん張って堪える。
 そう簡単に勝たせてくれる相手ではない、地の利も向こうにある。
 しかし決して分の悪い勝負ではない、こちらには数の利がある。ケルベロスたちは『門』を囲むように動き、敵の死角からの攻撃を狙う。


 前衛組が『門』と激しい斬り合いを展開、中衛は足止めと妨害を担い、後衛組がこれを支える。
 だが敵はケルベロスたちの猛攻にも怯まず、手痛い斬撃を繰り出してくる。
「我が名は『門』……! いかなる侵入者にも等しく死を与える……!」
『門』の斬撃はこちらの防具も呪的防御も紙のように斬り裂いてくる。その刃を受ければ深手は免れない。
「フラッタリー殿っ」
 張り巡らしたチェインを斬られながらも、盾役として味方を庇ったレフィナードが叫ぶ。
「死ヲ嗤エ!」
 背後からレフィナードの頭上を飛び越えたフラッタリーが『門』の頭部へ鉄塊剣を叩きつけた。
「死Ni呑マレタル器ヲ野干ニ喰ワセヨ! 滅ビヲ告ゲヨ! 滅ビnO地獄ヲ煌々ト掲ゲ、死ノ先スラヲモ業火ニ沈メン!」
 全身の力と鉄塊剣の重量を乗せた一撃。勢いのままに、彼女は『門』の全身をめった打ちにする。さしもの『門』も巨体をよろめかせたが、それも一瞬の出来事だった。
「流星……!」
 疾風のような高速の斬撃。ダメージを感じさせない『門』の挙動に、オズの額を汗が伝う。
「タフなやつだ。別班の人たちも撃破には苦労したのだろうな……でも倒せたのなら、僕らにだってやれるさ」
「装甲が厚ければ、隙間っ」
 背の翼で小さく羽ばたいたオズは負傷者を『トーンアパート』で治癒。『門』の大剣を紙一重で避けた澄華は、装甲の隙間へ刃を捻じ込み毒を浴びせる。いかに『門』が強敵であろうとも、その体力も無尽蔵ではないはずだ。
「ラーヴァさん、合わせましょうっ」
「いいですともっ」
 カロンのファミリロッドから放たれた小動物は渦を描くように。ラーヴァの絶空斬は肩から脇腹へと。ジグザグの傷を『門』の巨体に刻みつける。周囲に甲冑の装甲片だけでなくドス黒い血も飛び散り、『門』の片膝が折れて床についた。
 しかし『門』は大剣を支えに立ち上がろうとする。
「君にもご協力願わせてもらうよ。ふふ、大丈夫、遠慮しないで。一切を僕に任せてくれれば悪いようには――」
 メロゥが飛ばしたスカーフが、大剣を掴む『門』の右腕に被さった。
「するかもね?」
 彼女が右手の指を弾き、スカーフが消える。『門』の右腕の一部はコインに入れ替わっている。力ずくで毟り取ったような荒々しい傷跡からコインが床に落ちるが、その音は『門』の声にならない絶叫で掻き消された。
 右腕が使いものにならなくなった『門』が、左手で大剣を掴んだ、その時。
「……あれは?」
 味方の回復に駆けまわるかりんは、『門』の巨体の各所から黒い何かが微かに吹き出ているのを見た。滴る血ではない。もっと小さく細かい、粒子のような何か。
「みんな、『門』の様子が!」
 彼女の叫びとと同時に、それは『門』の全身から吹き出した。


 吹き出る黒いそれは、蒸気や煙のように『門』を包んでいく。
「今になって煙幕……違う、これはっ」
 黒煙のように見えたのは暗黒物質、それが『門』の傷や甲冑の破損を修復していく。これに気づいたカロンが放ったのは科学魔法の魔弾。数多の魔弾が『門』に撃ちこまれ、暗黒物質の放出が止まる。魔弾の力が標的の治癒能力を阻害する。
「回復技能を使うほどに追い込まれているワケか」
「では残りの体力も奪ってしまおう」
 メロゥのハットが翻るや、それは砲口となって炎弾が放たれる。オズは毒の尻尾の一撃を叩きこむ。ここで一気に押し切る、ケルベロスたちは『門』へと火力を集中させる。立て続けの被弾に『門』の甲冑はヒビ割れ、砕け、生身が露わになっていく。
「この先へは……進ませぬ!」
 口から血の塊を吐き出しながらも『門』は大剣を振りかざし、ケルベロスたちとの間合いを詰めていく。死しても復活するとはいえ、死を恐れることなく向かってくる姿は、見ている者の背筋に寒気を走らせる。
「大事なものを守る為に、倒されても倒されても立ち上がる……ぼくたちも同じですから、お互い退けませんね!」
 かりんの手が、髪のピンク色の花飾りにそっと触れた。
(だから……守ってくださいね、兄様)
 彼女の飛ばした星座のオーラが、『門』の左腕を氷で覆っていく。
「敵は……そこか!」
 なおも『門』は左腕のみで斬撃を繰り出す。
「……片腕でも大剣を軽々と扱う剛腕。追い込んでいても侮れませんね」
 大剣はレフィナードが受け止め、『門』の顎を真下から拳で打ち抜いた。夥しい傷を負ってなお重い斬撃だったが、狙いの正確さには狂いが生じていた。もしかしたら『門』は視力を失いつつあるのかもしれない。
 ここが、勝機。
「ならば仕上げといきましょう!」
 兜の地獄炎を一際大きく燃え上がらせ、ラーヴァが両腕を広げた。右手からはフラッタリーへ。左手からは澄華へ。超感覚をもたらすオウガ粒子を注いでいく。
 真横に薙ぎ払うような敵の斬撃をかいくぐり、フラッタリーの鉄塊剣が『門』の甲冑に突き立つ。同時に宿していた封炎が起爆して――花火のような爆発が起こる。
 それは『門』への手向けの花。
 爆発が収まった時、『門』の胴には向こう側の景色が見えるほどの風穴が開いていた。
「我が名は……我が名は……『門』……侵入者は……」
 床に落ちた大剣を拾おうと、両膝をついた『門』がよろよろと左手を伸ばす。
 呼吸を整えた澄華が愛刀を構える。
「凍雲。仕事だ……!」
『門』が首筋に何か冷たいものを感じた時、その首は宙を飛んでいた。
 氷空。冷気を纏った黒夜叉姫の刃が、『門』の首を断ち切っていた。
『門』の体が彼の守護する場所だった回廊へと崩れ落ちる。
 首は落としたが、ケルベロスたちは完全に『門』を倒したと確信できるまで警戒を解かず――数秒後、『門』の体が灰のように崩れ出し、ようやく彼らは安堵の息を吐いた。
 どのようにして『門』が復活するのか興味はあるが、ここは敵地のど真ん中、居座るのは危険度が高い。傷の手当ても応急処置に留めて、ケルベロスたちは速やかに撤収する。ここまでの道のりはカロンのヘリオンデバイスにも記録されているから、道に迷うことはない。
「……まだまだ打ち合えますわねぇー」
 自動防御機構である『門』は、いずれ復活する。復活すれば、また打ち合いが楽しめる。
 振り返って回廊の奥を見つめるフラッタリーの顔に、微笑が浮かんでいた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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