罪人エインヘリアル 巨大な小悪党

作者:秋津透

 福島県、磐梯山。
 会津磐梯山の名で民謡にも歌われるこの名山には、一年を通して多くの人々が訪れる。
 しかし、その日。
 空から降ってきた隕石のようなものに遭遇してしまった人々は、不幸だった。
 落ちてきたものは、身長4メートル近くありそうな凄まじい巨漢。腰の周りをわずかな布で覆っただけの裸だが、その肉体そのものが恐ろしい威圧感を発している。
 デウスエクスに詳しい者なら、そいつが凶暴な巨漢戦士「エインヘリアル」だと一目でわかっただろう。居合わせた人々の中には、それと察していち早く逃げ出す者もいるが、大半の者はあまりにも常識外れな事態に硬直してしまっている。
 ところが、落ちてきた巨大な男は、あっけにとられている人々に向かって、妙に気弱げな笑みを浮かべてこう言った。
「こ、怖くなんかないよ。ぶ、武器も持ってないしね。ほら、素手だよ」
 いや、お前なら素手でも充分人が殺せるだろ、と、突っ込む余裕のある人は、もうとっくに逃げている。常識外れの存在の、常識外れの言動に、少なくない数の人が、そのまま立ち尽くす。
 すると大男は、いきなり豹変した。
「ヒャッハー! かかったな、バカどもめ! 油断しやがって!」
 一転して凶悪な声を出し、エインヘリアルはどこに隠し持っていたのか、両手にナイフとおぼしき刃物を持って人々に襲い掛かり、たちまち周辺は血の海になる。
 ……っていうか、仮にもデウスエクスのエインヘリアルが、地球の一般人相手に、わざわざ油断誘ってるんじゃねーよ。情けないぞ。
 
「ナイフ使いのエインヘリアルが現れるような予感を覚えて、予知をしてもらったのだが。何というか、どうにも姑息な奴が来るようだ」
 ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)が、どことなく憮然とした表情で唸る。
 一方、ヘリオライダーの高御倉・康は、むしろ淡々とした口調で告げる。
「ヒエルさんの予感のもと、福島県の磐梯山に罪人エインヘリアルが出現するという予知が得られました。既に地元警察に連絡して、予知された区域の立ち入りは禁じてもらっていますが、山全体を立ち入り禁止にしてしまうと、罪人エインヘリアルの降下地点が変わってしまう恐れがあるので、そこまではやっていません。急行すれば、罪人エインヘリアルの出現に間に合うので、他の区域に移動する前に撃破してください」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「予知された降下地点はここ、敵の外見は見ての通り。エインヘリアルとしても大柄な相手で、相応に力も強くタフだと思われます。武器は、惨殺ナイフと思われる小型……といってもエインヘリアルにとっての小型なので充分大きいですが、とにかく刃物が二本です。そしてこいつはナイフを隠し持ち、一般人相手に自分は素手で無害だ、とアピールして油断を誘おうとする、異様なほど姑息な性格をしています。ポジションは、おそらくディフェンダーでしょう」
 そう言うと、康は少々うんざりしたような口調になった。
「もちろん皆さんがそんなセコいアピールで油断するわけもないし、問答無用で殲滅していいと思いますが、注意が必要な点として、こいつは自分が不利と判断したら恥も外聞もなく逃げようとする可能性があります。逃げ切れるわけはありませんが、一般人がいる場所まで入り込まれたら、無駄な犠牲が出る恐れがあります。できるだけ、接敵したその場で潰してください」
 そして康は、一同を見回し、気を取り直したように続ける。
「セコい小悪党とはいえ、エインヘリアルはエインヘリアル。けっして油断していい相手ではありません。新装備『ヘリオンデバイス』での支援も可能になりましたし、どうぞよろしくお願いいたします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
日柳・蒼眞(無謀刀士・e00793)
美津羽・光流(水妖・e29827)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)
チャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)

■リプレイ

●姑息に乗らずんば姑事を得ず?(意味不明)
「さて、極セコなエインヘリアルは、どこや?」
 着地した美津羽・光流(水妖・e29827)が周囲を見回すと、先に降りた日柳・蒼眞(無謀刀士・e00793)が応じる。
「ヘリオライダーの話では、俺たちが降りる方が少し早いらしい」
「ふうむ……あ? あれかいな?」
 轟音とともに空から降ってくる隕石のようなものを見やり、光流が眉を寄せる。
「なんや、もう、見るからに暑苦しそうやなあ」
「間違いなさそうだな。行くぞ」
 続いて降下してきた副島・二郎(不屈の破片・e56537)とチャル・ドミネ(シェシャの僕・e86455)を促し、蒼眞は隕石もどきの降下地点へと、ジェットパックデバイスで飛ぶ。
 光流は蒼眞と同じデバイスを装備しており、チャルは自力飛行できるので、二郎だけがビーム牽引されて飛ぶことになる。
(「落ち着かんが、長い距離でもなし。文句を言うところでもあるまい」)
 むしろ、自分のデバイスの使いどころを考えておくべきだろうな、と、二郎は声には出さずに呟く。
 そして、轟音とともに罪人エインヘリアルが地球の大地に降り立つと同時に、ケルベロスたちはその周囲に着地した。
「……あ、ああ?」
 罪人エインヘリアルは怪訝そうな表情で周囲を見回し、ケルベロスたちに気が付くと、ヘリオライダーの予知通り、妙に気弱げで卑屈な笑みを浮かべて告げた。
「こ、怖くなんかないよ。ぶ、武器も持ってないしね。ほら、素手だよ」
「ふむ。抵抗するつもりがないなら、素直に降伏するか?」
 無雑作に間合いを詰めながら、蒼眞が訊ねる。するとエインヘリアルは、目を丸くして応じる。
「降伏って、あんたたちに捕まれってことか? 嫌だよ。何も悪いことはしないから、自由にしてくれよ」
「残念ながら、そういうわけにはいかへんなあ」
 言いながら、光流が蒼眞の反対側に回る。
「地球に危害を加える気はないんやな? せやったら大人しく投降しや」
「いや、降伏とか投降とか、俺は戦いに来たわけじゃないんだってば。ただ、何だか知らないけど、地球に行けと言って落とされたんだ」
 哀れっぽい声で、罪人エインヘリアルは訴える。近づいたら仕掛けてくるかと思ったんやけど、予想以上にセコいやっちゃな、と、光流は内心唸る。
 そして二郎は無言で、チャルに向け命中率上昇効果を備えた光の蝶を飛ばす。
 チャルは二郎に向け小さくうなずき、殊更に声を張って告げる。
「そうですね。刃を持たぬ者を斬るのは道に反しますからね」
「そうだろ? そうだろ? 俺、素手だからさ。戦いようがないんだよ」
 両手を広げて見せて、罪人エインヘリアルはアピールする。
(「参ったな。襲ってこないのかよ」)
 どうする、無駄を承知で拘束するふりでもするか、と、蒼眞は唸る。
 誰かキープアウトテープとか持ってなかったかな、と思い浮かべてみるが、残念、誰も持っていない。
(「じゃあ、仕方ない。本当は戦闘中にやるつもりだったんだが……」)
「おっと、しまった!」
 かなりわざとらしく言いながら、蒼眞は斬霊刀を取り落とす。それを隙と見て、相手が襲ってくるかと期待したのだが、来ない。
 相手から殊更に視線をそらし、ゆっくりと武器を拾うが、エインヘリアルはきょとんとした表情で眺めているだけだ。
(「あ、そうか。敵には、こっちに攻撃仕掛けた時の命中率が見えるんだ。それが上がらない以上、わざと油断したふりしても無駄ってことか」)
 うーむと唸って、蒼眞は光流を見やる。
 すると光流は、氷水を取り出してごくごくと飲み始めた。
「あー、暑い暑い! 暑うてかなわんわ!」
「あ、うまそうだな。俺にもくれよ」
 罪人エインヘリアルが臆面もなく言うと、光流は即座に答える。
「やらん!」
(「まあ、手詰まりなら手詰まりで、俺は味方を強化し続ければいい」)
 声には出さず呟き、二郎は再びチャルへと光の蝶を飛ばす。味方に掛ける分には、同じ技を続けても見切られることはない。
(「まさか、こんな展開になろうとは……」)
 私も、強化型のヒールグラビティを持ってきておけばよかったかな、と、チャルが小さく吐息をつく。
 残念ながら、用意しているヒールグラビティは、ダメージを共鳴回復するウィッチオペレーションしかない。治癒される者に多大な苦痛を与えるという、サド気質のチャルお気に入りのグラビティだが、誰もダメージを受けていない状態でそれを使うのはあまりにも不自然だ。
 そして、少なくとも罪人エインヘリアルの方には、まだまだ茶番劇を終わりにするつもりはないように見えた。

●姑息の顔も9ターンまで?(意味不明)
「そろそろ、充分だな」
 罪人エインヘリアルとの遭遇から、十分後。自分を含むケルベロス全員の攻撃命中率を充分に上げ、かつBS(バッドステータス)の自動解除を付与したところで、二郎は冷静な声で呟く。
 そして彼は、元警察官の面目躍如と言うべきか、朗々と声を張って告げた。
「地球侵略犯、エインヘリアルに告ぐ。お前が凶器を隠し持っていることは、わかっている。本当に投降するつもりがあるなら、まず凶器を捨て、身体検査の上での拘束連行を受け入れろ。そうすれば、この場での殺処分は見合わせる」
 これで本当に凶器を捨てて投降されたら少々困るが、と、二郎は言葉には出さずに続ける。
 しかし、さすがにそうはならず、罪人エインヘリアルは一転して凶悪な表情になると、隠し持っていた惨殺ナイフを両手に構えた。
「畜生!」
 罵声とともに、エインヘリアルは手近の蒼眞に斬りつける。
「くっ!」
 躱そうとしたが躱しきれず、蒼眞の肩口から血がしぶく。どうやら、トラウマ発動の斬撃を受けたらしく、蒼眞の表情が歪む。
 そして次の瞬間、蒼眞はオリジナルグラビティ『情人節破壊者の拳(ブリット・シャルムーンブレイカー!)』を発動させる。
「RB!」
 トラウマは自分の行動開始時に自動解除されるが、その短い瞬間、彼は一体何を見たのだろう。胸の奥に滾る熱い何かを拳に充填して、蒼眞は罪人エインヘリアルの顔面に強烈な一撃を叩きこむ。
 そして、続いて光流が遠慮会釈なく、氷結の螺旋を叩きこむ。
「凶器を隠し持っといて、騙し討ちたぁ良え度胸やな! 頭冷やせ、ボケェ!」
 罵声とともに攻撃しながら、光流は内心、全然違うことを思う。
(「そっか! ホンマに素手か、身体検査するいうて刃物に手ぇかければ、こんな延々と猿芝居に付き合わんでも、キレさせることができたんやな。覚えとこ」)
 そして二郎は、負傷した蒼眞にマインドシールドを掛け、チャルは命中強化された攻撃グラビティを駆使し、彗星のごとく光を放ちながら罪人エインヘリアルに体当りする。
「く、くそおっ……」
 罵声とともに、もはや血まみれのエインヘリアルはけっこう巧みにナイフを振るい、今度は光流に向けドレインの斬撃を放つ。多少は傷が塞がるようだが、とても間に合う量ではない。
「こいつで……どうだっ!」
 至近距離から、蒼眞が念波を叩きつける。光流は負傷をものともせず、エインヘリアルの傷を正確に抉る。二郎は光流の傷を癒し、チャルは阿頼耶識から光線を放つ。
 それからしばらく、罪人エインヘリアルは懸命に戦ったが、回復がドレインしかないのではどうしようもない。
 かといって、逃走を図ろうにも、ケルベロス四名の包囲は完璧に近い。
 絶望的な戦いを続けるうちに、皮膚が破れ筋肉が裂け、身体の各所に氷が張り付いて動きを阻害する。
 そして、ついに麻痺が生じて攻撃が外れ、味方を回復する必要がなくなった二郎が、オリジナルグラビティ『掻き毟る群青(スクラッチング・ウルトラマリン)』を発動させる。
「――爪痕を残せ、錆びた刃の如くあれ」
 沈痛とも言える詠唱に続き、混沌の水が満身創痍のエインヘリアルに襲い掛かる。全身の傷が裂け、浸透した水がデウスエクスの身体を内部から破壊する。
「ち、畜生……畜生……」
 呻きながら、罪人エインヘリアルはばったりと倒れて動かなくなる。念のため、斬霊刀を振るって首を刎ね、蒼眞は独言のように呟く。
「そういえば、あれだけ無駄に言葉を交わしたのに、こいつの名前を聞いていなかったな」
 墓を作るとしても無名になるか、と、蒼眞は小さく首を振った。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月6日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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