闇海の道

作者:崎田航輝

 夜の暗がりの中を歩むと、あてのない旅路をしているようだ。
 遠くの目的地は見えず、振り返っても辿った道筋も見えない。果てない海を泳いでいるみたいね、と、安海・藤子(終端の夢・e36211)は小さく呟く。
「……」
 ふと思い立って、もう一度後ろを見る。
 そこに広がるのは変わらぬ闇で、少し離れた自分の足跡すら確認することは出来ない。まるで自分そのもののようだと、藤子は歩みを再開しながら思った。
 ──と。
「物思いに耽るだけの情緒があるのね」
 不機嫌と言うよりは、ただ確認をするような──そんな温度のない声音がどこかから響く。
 藤子はすぐに気づいて後ろを見遣った。
 そこに、一人の影が立っている。
 それは藤子自身にも似た、艷やかなこがね色の髪を持つ女性だった。帯と毛先を柔風に揺蕩わせ、所作は伝統的な雅ささえ感じさせる。
 けれどそこに美しいという感情を、藤子は抱かない。何よりも先に、自分の心が本能的な警告を発しているのに気づいたから。
「そして力もある。それはある意味で、幸運かも知れないけれど。まだ、使いでがあるということなのだから」
 彼女は一歩歩みながら、焔と冷気、そして膨大なまでの魔力を漂わす。
 藤子はとっさに戦いの体勢を取る。だが内奥にあるのは──或いは圧倒的な存在に対する恐怖の心。
「あなたは勝てないわ。自分で判っているのでしょう」
 だからここで、終わり、と。彼女は手を翳し、冷徹な殺意を藤子へ向けた。

「安海・藤子さんが、デウスエクスに襲撃されることが分かりました」
 夜の静謐に満ちるヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達に説明を始めていた。
「予知された出来事はまだ起こってはいません。ですが、時間の余裕はないでしょう」
 藤子に連絡は繋がらず、藤子自身も既に現場にいる。おそらく、敵と一対一で戦いが始まってしまうところまでは、覆すことは出来ないだろう。
「それでも今から急行し、戦いに加勢することは出来ます」
 合流までは、時間の遅れはある程度生まれてしまうだろうが……戦いを五分に持ち込み、藤子を救うことは十分に可能だ。
「ですから、皆さんの力を貸してください」
 現場は街と街の間に広がる野原。
 敵が人払いをしているのか、周囲にひとけは無いのだという。一般人については、少なくとも心配は要らないだろう。
 敵は死神だという。
「その正体や目的など、判明していることは多くありません」
 ただ、藤子を狙ってやってきたことは事実。故にこそ猶予はないから、ヘリオンで到着後は、戦闘に入ることに注力して下さいと言った。
 現場は静寂の中。藤子を発見すること自体は難しくないはずだ。
「藤子さんを助け、敵を倒すために。さあ、行きましょう」


参加者
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)
天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)
ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)

■リプレイ

●鎖
「あはは……」
 彼女の貌を目にして、安海・藤子(終端の夢・e36211)は小さく笑った。
 喜びでも、愉しみでもない。さざめく心を抑えようと、内にある恐怖と畏怖を押し込めようとする、歪な笑いだ。
「……会いたくなかったのに、ね」

 暗い海のような夜闇が静謐の中に広がる。
 凪に満ちるのは、息の詰まる気配。
「厄介なのがいそうだな」
 それを強く肌に感じるから──戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)は柔軟をしながら暗がりの野原へ視線を巡らせていた。
「そろそろ打ち止めにならないかねえ? 藤子のやつ、どんだけ狙われてんだよ」
 続く闘争は、その総てが無関係なものではないとも直感している。
 だから空より降り立つアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)も、苦境にあるその仲間を思って声を零した。
「……ま、何つーか色々と大変だよな、藤子も」
「ああ。だがいずれにせよやる事に変わりはない」
 四辻・樒(黒の背反・e03880)の声音は淀まない。
 隣に立つ月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)を見つめて。彼女が無事で、そして皆に被害を出さず、この先にいる仲間を無事に助け出す。それだけのことだからと。
「灯、それでは行こうか」
「了解なのだ!」
 こくりと頷く灯音も心は同じく、樒と共に奔り出していた。
 皆も駆ければ、すぐに気配が濃くなるのを感じる。膚を圧迫する感覚に、椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)は柳眉を動かした。
(「ふむ、これは──“会いたくない”と言っていた相手、ざんしかね……?」)
 擡げるのは強い胸騒ぎ。
「あの時の安海も妙な事を言っておったのでささんす……」
「とにかく、急いだ方がいいってことだな」
 久遠は験担ぎに唐揚げを頬張る。同時に皆も戦意を満たせば──天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)はそんな面々を見渡した。
(「懐かしい面子じゃのぅ」)
 これもきっと縁。
 だからこそと、気合を込めて袖を縛り紐で纏める。
「さて、先刻の恩をきっちりと返さねばいかんのぅ?」

「無駄だと言ったのに、抵抗するつもりなのね」
 魔力を湛える藤子を見て、眼前の女──桐壺は呟いた。
 整った容貌に浮かぶ、手間が一つ増えただけとでもいうような、浅い感情。
 藤子は僅かに躊躇ったが、迷う猶予は無いと判断。煌々と滾る焔を渦巻かせ、狼の姿を与えてゆく。
「新しい贄が手に入らないからってアタシに固執しないでよ。また、何もかも奪うだけなんでしょ」
 ──これ以上大事なものを奪わないで。
 心をぶつけるように。炎狼に牙を剥かせて奔らせた。
 だが桐壺は冷気に狼の形を取らせている。風をも凍てつかせるそれは──呆気ないほど一瞬に炎狼を喰い破った。
「──!」
 氷狼は直進し、藤子を護る霊犬のクロスへ爪を振るう。
 クロスは倒れながらも消滅はしない。だが藤子の治癒を受けても癒えきらず──その頃には桐壺が次手を構えていた。
「私の術を劣化させたような力に、負けるはずがないでしょう」
 畝る炎が龍を成し、圧倒的な威容を見せる。
 判ってはいた。
 心の警鐘を、藤子は自分でも理解していた。けれど己の術が真正面で破られて、その現実が一層強く突きつけられる。
「……ほんと、厄介だよ」
 藤子はせめて魔力で逸らそうと試みた。だが炎龍は慈悲無くそれを突き破り、藤子の膚を灼き裂く。
 藤子は崩折れる。脚から血が滴り力が入らなかった。
「ちっ……動いてくれよ」
 けれど体は言うことを聞かない。或いは、千切れた心の残滓が恐怖を叫んで、藤子を縛り付けてしまったように。
 桐壺は微かに上機嫌な様相を見せる。
 勝負が視えたと思ったのだろう。再び冷気を凝集し、藤子へ狙いを定めた。
 ──が。
 そこで轟と風が唸り、光が闇の間に明滅する。
「そこまでにしてもらうぜ」
 それは輝く翼をはためかすアルシエル。『Blood Bullet』──血の魔弾を放ち桐壺の足元を爆散させた。
 はっとする桐壺へ、弓弦を引いているのが樒。射放つ一矢で風を裂き、桐壺を穿って下がらせてゆく。
 その頃には久遠が皆と共に駆けつけていた。
「よう、毎度毎度、懲りねえな藤子」
「……、皆──」
「安海……まだ、正気ざんしかね?」
 笙月は藤子の瞳を覗き込む。あの時も、“あとどれくらい残せるか?”と呟いていたことを想起して。
「笙ちゃんが判るざんしか? 自分の名は、皆のことは見えておる?」
「……、ええ」
 藤子は見回し頷いた。助けが来てくれたことだけは、理解するように。
 アルシエルはよしと呟いてから仰ぐ。
「治療は任せるからな」
「うん。しっかりやっておくね」
 応えて藤子の元へふわりと舞い降りるのが、ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)だった。
 弟にしかと頷きも返してから、氷色の魔力を閃かす。それは無数の細かな六花となって風に踊り、蒼く輝く渦へ変遷した。
「少しだけ、我慢して」
 瞬くその冷気を、ラグエルは藤子へ注ぐ。すると焼け爛れた膚も裂けた傷跡も──零下の温度に包まれて癒えていった。
「これでとりあえずは心配要らないよ」
「じゃ、先ずは守りだ。いくぜ」
 久遠は金色の闘気を纏うと、その燿きを広げて壁を形成する。
 藤子の無事に、灯音も安堵と共に戦いの態勢を取ろうとするが──敵の姿が見えると一瞬、固まってもいた。
 その相貌が、藤子と不思議なほど似ていたから。
 無意識に樒の腕を掴む。
「樒、嫌な相手なのだ」
「確かに、よく似ている。だが──間違える程じゃない。私達のやる事には問題ないさ」
 応える樒の声に惑いはない。だから灯音も迷いなく、銀槍を振るって眩い雷光で防護を固めていく。
 桐壺も稲妻を燦めかせていた。が、危険を直感した笙月がファミリアを解き放ち牽制の斬撃を加えると──。
「今ざんしよ」
「うむ」
 地を蹴った祇音が桐壺の眼前へ。夜天が瞬くような光と共に、雷の刃を握っていた。
 纏うその力は以前よりも強く、眩く。放つ痛烈な一閃で、桐壺へ傷を刻み込む。

●魂
 弾ける光と共に、桐壺は後退していた。
 その姿を笙月は見据えている。色香すら纏う容姿は、確かに藤子と重なる面影が在って。
 ──嗚呼。
(「コレが全ての元凶……なの、かね?」)
 確信を抱く程度には、深い縁を読み取ってしまう。
「……想像通りよ。親だなんて、言葉を使うべきか判らないけれど」
 藤子は言った。仮面の奥に歪な笑みを作ったまま。
 そうしなければ崩れ落ちてしまうからだろうと、笙月には判った。桐壺が一歩近づくと、藤子は微かに怯む様子さえ見せたから。
 立ち向かえない心の澱。
 だから笙月は歩み寄って。
「駄目だよおばさん? ソレは笙ちゃんのだから」
 護るように、藤子を抱き寄せてみせる。
「アンタの手に堕ちる前に、笙ちゃんが手折っておいたからさぁ? あげないよ」
「……笙月」
 呟く藤子に、笙月は笑んでいた。
「そうざんしな……乙女ラブリー? な笙ちゃんとイケメン笙ちゃん、どっちがよい? 藤子が選ぶのでありんし。なにせあの時の『約束』がまだ果たされておらんしな?」
 ブラフの入り交じった戯れ。
 けれどそれが気付けになったように、藤子は笑いを仄かに和らげる。
「どっちも好きよ」
「──下らない飯事ね。それは最後には、私のものになる」
 桐壺は強大な魔力を陽炎の如く漂わせ、攻撃態勢を取っていた。だが、祇音もまた立ちはだかる。
「奪わせはせんよ」
 言って、藤子に振り返って。
「ふふっ。この前と逆じゃのぅ? 互いに持つ縁は至極面倒なものばかりじゃな?」
「……、ええ。そうね」
 藤子の声に力が戻るのを感じれば、祇音は前を向く。
「いざとなったら、わしが隠してやるから安心せい。俗にいう神隠しというやつじゃな?」
「楽しみにしておくわ」
 藤子が仮面に手をかける。それを目にしてアルシエルも一歩前へ出た。
「じゃ、さっさとやるか」
 事情は知らない。自分は決着をつけるための手助けくらいしか出来ないけれど。
「やれるだけのことはやるぜ」
「そうだね。私も力は尽くさせて貰うよ」
 ラグエルもそう居並んだ。
 からかわれるし、遊ばれる相手ではあるけれど。そういう部分だって含めて、藤子は大事な友人の一人だから。
 藤子はありがとうねと、皆に呟いて──仮面を取り払う。その瞳に、桐壺は気を害したように魔力を向けた、が。
「遅えよ」
 アルシエルが円刃状の氷を蹴り出し、鋭く足元を斬り裂く。
 よろける桐壺へ笙月も、しゃらり。艶やかに光の刃を抜き、舞うように連閃を加えた。
 雪崩を打つのは番犬の猛攻。だが未だ斃れぬその強さと、間近で見る桐壺の顔に、灯音は癇癪気味に地団駄を踏んだ。
「やっぱり、これじゃクロスと遊べる状態じゃないのだっ! やり難いったらないのだっ」
「心配は要らないさ」
 けれどそれも、樒が優しく宥める。
 藤子の様子を見れば、躊躇う必要はないと分かるから。自分の頭を撫ぜてくれる手の温もりにも、灯音は頷きを返して。
「……判ったのだ!」
 ひゅるりと廻した槍先から、護りの光を広げて仲間の耐性を十全にした。
 故に樒も止まらず攻勢。
 夜に紛れ、風すら置き去りにして。ナイフで鎌鼬の如き斬撃を見舞い、桐壺の全身を刻んでゆく。
 だが桐壺も雷渦を展開していた。
「……くそ、面倒な相手だぜ」
 その威力が分かるから、久遠は吐露するけれど──退きはしない。
 敵の実力を理解しながら、それでも戦いを拒む理由になりはしないのだと。
「悪いな。そう簡単に通す訳にはいかないんだよ」
 足に力を込め、寧ろ前に出ると──自身の体で雷を庇い受け被害を防ぐ。だけに終わらず、雷壁を輝かせて護りと治癒を兼ねた。
「補助するよ」
 ラグエルも氷の結晶を連ねた美しき鎖を振るう。
 氷気で描かれた軌跡は魔法陣を成し、吹き抜ける治癒の風を顕現。皆を護って戦線の憂いを絶っていた。
「……その場凌ぎを」
 桐壺は感情を零して次撃を狙う、だが視界に煌めくのは巨大な光。
「我、狼なり……我、大神なり……我、大雷鳴……!!」
 それは祇音の神力が降ろす雷。
 始めから、加減をするつもりはない。祇音は獣化した四肢に全力を込め、爆発的な加速で疾駆する。
「轟け……っ!! 覇狼・風迅雷塵撃!!」
 刹那、迸る閃光と共に一閃、雷ごと桐壺を捌き血潮を噴かせた。
 地を滑った桐壺は、体勢を直しながらも──歩んでくる藤子を見て目元を歪ませる。
「……どこまでも抗うつもりなの。私の贄が、道具が」
 声が響くと、藤子の記憶の破片が、体に奔る鎖状の魔術回路が明滅する。母と繋がる文字通りの鎖。その痛みが、自分を代償の檻だと告げてくる。
「違う」
 けれど藤子は否定する。
 揺らぐ魔力を更に高め、限界を超えて暴走させて。瞬間──弾ける感覚と共に己の魔術回路を焼き切った。
「こんなものはいらない」
 贄じゃない、道具じゃない。
「私は私だ」
 魂の底から声を張り、藤子は滾る魔力の刃で一刀。反骨を斬撃に乗せ、桐壺を斬りながら夜闇へ突き飛ばす。

●空
 倒れていた桐壺は、唇を震わせて立ち上がる。
 見開く瞳は、現実を受け入れられぬというように。
「有り得ない。こんな事が──!」
 手を伸ばし反撃を望む。
 が、ラグエルが手を虚空へ向け氷粒の雨を降らせていた。注ぐ無数の衝撃は、命を蝕むウイルスとなって桐壺に突き刺さる。
「アルシエル」
「ああ」
 言われなくてもやってやる、と。
 アルシエルは血弾を発射。桐壺を貫きその身を縛った。
 桐壺はそれでも焔龍を放つ。が、灼ける痛みへ灯音が『焔姫召喚』──清らかな緋焔で浄化し癒やしを齎した。
 同時に力を高める恩恵も与った樒は──すれ違いざま、手の甲で灯音の肩を軽く叩く。
「助かった、灯。これで次の一撃を叩き込める」
 灯音が頷きを返す、それを力に樒は前進。研ぎ澄ませた一刀、『斬』で膚を抉った。
 桐壺は呻きながらも魔力を高める、が。
 既に笙月が燿きの中に白虎の巨獣を喚んでいる。
「無駄でありんしよ」
 奇蹟を成して召喚した御業の真なる姿は、【雷獣ノ咆哮】──苛烈な雷撃を伴った吼え声で桐壺の魔力を霧散させた。
 次には久遠が『万象流転』。掌打で陰陽の均衡を瓦解させ、命に罅を入れていく。
 同時に祇音が一撃、稲光を纏う打突で体力をこそぎ取っていた。
「これで、あと一手じゃ」
「だとよ。幕引きの時間だぜ、藤子」
 久遠の言葉に、藤子は頷いて歩んでいく。
「あなたは私の、もの、よ──!」
 桐壺は掠れた声で氷狼を放っていた。藤子はそこへ再び焔を燃え盛らせる。
「いいや。あんたらにもう、何もやらない」
 ──我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。
 ──そは怒れる焔の化身。全てを喰らい、貪り、破滅へと誘え。
 ──その恨み、晴れるその時まで。
「この器に残る残滓もろとも燃え尽き、消えてなくなれ」
 縛られぬ心が、澄み渡る焔を熱く、強くする。『紅蓮の焔・狼怨』──略奪者への雪辱を果たす鋭い牙が、氷狼ごと桐壺の命を貫いた。

 跡形も無く、桐壺の亡骸は消えてゆく。
 それを見据えてから祇音は武装を解いていた。
「終わったかのぅ?」
「みたいだな。今回も厄介だったぜ」
 ほれ、怪我の具合を見せてみな、と。久遠は皆の状態を確認してゆく。
 笙月も藤子へ歩み寄った。
「無事でありんしか」
「ええ」
 藤子は応えて、皆へ視線を巡らせる。
「助けに来てくれてありがとうね。アタシとくーやんだけじゃダメだったと思うからさ」
 その声は少し柔らかくて、もう大丈夫なのだと分かるから──ラグエルも頷いて冷たい飲み物を渡した。
「力になれたのなら良かった。はい、これ」
「あら、ありがとう」
 藤子がそれを受け取る、その姿をアルシエルは見守っている。
 同時に、少しだけ祇音の方も見遣る。すると祇音も、アルシエルを少々窺いつつも……普段通りの様子を見せていた。
 だからアルシエルは寧ろ、距離を置いてしまう。表さないようにはしていたが、祇音のことは自分の中でまだ整理がついていなく、ぎくしゃくしてしまうだろうから。
 それでも今は、藤子の様子に安堵して。
「ま、無事で良かった」
「そうだな。安海も皆も無事で良かったよな、灯」
 樒が目を向ければ、灯音も頷いている。
 だから樒も満足そうに手を差し出す。灯音も手を取って繋いだ。
「では、帰るのだ」
「ああ。皆もお疲れ様」
 言うと二人は帰路へ向かってゆく。
 皆もまた、帰ろうと告げるから──藤子も歩み出した。
 その野原にもう何も、誰も残っていないことを確認して。
「これで本当に自由、なのかなぁ」
 呟き夜を仰ぐ。
 幾つもの思いが去来するけれど。
(「まだ、私であれれば、それでいい、のよね」)
 それから皆と並んで帰路へ向かう。
(「……大丈夫、私は笑えてる」)
 それがどんな笑みだとしても。今はただ、その思いだけを抱えて──夜空の下を、一歩一歩と進んでいった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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