地底幻想

作者:藍鳶カナン

●地底湖
 知る者もほとんどなく、面白みもないがゆえに、誰も訪れることのない洞窟。
 ゆえに、僅か数十メートルで行きあたる洞窟の最奥から斜め下方へ延々と掘り進んだ先にこれほど美しい光景があるとは、誰ひとり夢にも思わなかったろう。あてもなく我武者羅に掘削を続けてきた巨大掘削機型ダモクレス、『暴食機構グラトニウム』さえも。
 氷の世界に迷い込んだと錯覚しそうな、涼やかなフロスティブルーに満ちた空間だった。
 暴食機構グラトニウムが随伴する二体の投光器型ダモクレス達に照らされ、氷河のごとき淡い青を返すのは、そこが石英、すなわち水晶を含む鉱脈内に生じた空洞であるがゆえで。
 大きな空洞が地中深くへ広がり、照明の光で澄んだターコイズブルーを見せるほどの水を満々と湛えた地底湖を成しているがゆえだった。
 一旦静止していた暴食機構グラトニウムの無限軌道が駆動する。小島や小山のごときその巨体が地底湖に身を躍らせれば投光器型ダモクレス達も行動を共にする。水陸両用と思しきそれらが湖底に至れば程なくして、掘削音と重い振動が空洞を満たした。
 めぼしい鉱物資源といえば石英のみ、しかも罅が多く白濁しているがゆえに鉱石としても宝石としても然したる価値は見出せない。それにも関わらずグラトニウムは巨大なアームの先端に備わる回転刃で岩盤を粉砕して、巨大掘削機の胴部とも小山の中腹とも思える位置に何故かあるクジラの口を開き、岩石も鉱石も構わずに吸い込んでいく。小山をまばらに彩る草木のごとき植物の緑が重い振動に踊るように湖中に揺れて。
 照明部に電球ではなくホタルブクロめいた輝く花を咲かせる投光器型ダモクレス達がその光の角度を変えるたびに、涼やかな氷河の青が、鮮やかな蒼穹の青が地底湖に揺らめいて、石英に数多奔る罅が虹色の煌きを瞬きのように散らす。
 美しい、夢幻のごとき光景だった。

●地底幻想
「――悪夢みたいな光景でもあるけどね。この『暴食機構グラトニウム』が何機もあって、こんな風に各地で資源を貪ってるのかも……って考えるとさ」
 屑鉱石でも構わず手当たり次第掻き集めていると見えたのは、グラトニウムが質より量の『暴食』であるためか、それとも採掘を命じた者が屑でも欲しいと思うほど資源に困窮しているがゆえか。いずれにせよ確かなのは、グラトニウムにも随伴の投光器型ダモクレスにも植物的な要素が見られること。
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はユグドラシル・ウォーで大阪城から姿を消した一派の可能性があるねと続け、
「暴食機構グラトニウムはあなた達ケルベロスと搗ち合ったりしないように、って動いてるふしがあるけど、こうして予知に引っかかったし、ダモクレスにこの星の資源を渡す義理も無いし、予知のまま掘りまくられるわけにもいかないからね。今すぐ急行するから、動けるひとは僕のヘリオンへお願い。あなた達に、彼らを撃破してきて欲しいんだ」
 今回の招集に応じたケルベロス達へとそう告げた。
 現場は名水で名高い観光地とそう遠くない地の奥深くに眠る地底湖だ。
「地底湖のある空洞周りの鉱脈や岩盤を多少掘削されるくらいなら問題はなさそうだけど、予知のままガンガン掘りまくられて、万一別の地下水脈なんかにぶち当たったりしたらさ、観光地の名水で地酒を造る酒蔵とかが取り返しのつかないことになるかもしれないからね」
 事態は急を要するってわけ、と遥夏は語る。
 逆を言えば、最速で現場に到達し戦闘を仕掛ければ敵も掘削を中断して応戦してくるし、戦闘の衝撃が問題になるほど掘削も進んでいないというわけだ。
「ただ、ヘリオンで送り届けられるのは洞窟の入口前までで、洞窟の奥からグラトニウムが掘り進んだっていうか掘り散らかした坑道もひとの足で進むには大分難があってね。だから今回は、『ジェットパック・デバイス』の飛翔で地底湖に向かって欲しいんだ」
 新たなる力、ヘリオンデバイス。
 その内クラッシャーが装着できる『ジェットパック・デバイス』は、本人は勿論、ビーム牽引によって他のヘリオンデバイス装着者も飛翔させることが叶う。主人が抱えるなり騎乗なりするならば、サーヴァントも主人の一部としてともに移動が叶うが、戦闘となれば当然そのままとは行かない。
 また、『ジェットパック・デバイス』による飛翔は本来のポジションの効果はそのままに『飛行中』の特性である後衛に位置取ることになるから、ケルベロス達自身も飛翔したまま戦うか否かを作戦の一環として定めておく必要がありそうだ。
「巨大なグラトニウムが潜ってるから地底湖の水位がかなり上がっててね、水のない空間は狭くなってるし、グラトニウムも投光器型ダモクレス達も湖底にいるから、飛翔のままでも水中戦だって考えて。キャスターの『マインドウィスパー・デバイス』もあるといいかも」
 水中で呼吸なしでもケルベロス達は問題なく戦えるが、声が届かぬとなれば思念で会話が可能となるデバイスの存在が心強い。
 暴食機構グラトニウムは戦闘に特化したダモクレスではないのだが、巨大なだけに頑丈で防御も固く、
「クジラの口から麻痺の衝撃波を迸らす範囲攻撃と、掘削用の回転刃を射出して状態異常を深める単体攻撃、そして更に護りを固めるヒールも持ってるから、油断しないで」
 二体の投光器型ダモクレス達は『黄金の果実』相当のグラビティでグラトニウムの回復に努めるだろう。こちらは戦力としては雑魚、ヒールの威力は無視しても構わない程度だが、状態異常耐性と癒し手の浄化は侮れない、と続け、
「なかなか厄介な相手だけど、あなた達ならきっちり撃破してきてくれる。そうだよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せ、遥夏はケルベロス達をヘリオンに招く。
 さあ、空を翔けて、地中も翔けていこうか。
 夢幻のごとき地底湖で悪夢の光景を生みだす、暴食機構のもとへ。


参加者
ティアン・バ(くじら座の尾・e00040)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
輝島・華(夢見花・e11960)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
ナターシャ・ツェデルバウム(自称地底皇国軍人・e65923)

■リプレイ

●地底飛翔
 ――愚者の黄金。
 それはミミックのグラビティ名であり、黄鉄鉱に冠された二つ名でもある。
 洞窟内には見当たらなかったが、この星ではありふれた鉱物であるがゆえに、暴食機構が我武者羅に掘り進んだ岩盤の中に散見されはじめた黄鉄鉱。明るい金色に煌く様子を黄金と見紛うことに由来する異名を戴くそれが陽の射さぬ世界で照明にきらきら瞬く様は、
「大地の中で、星空を飛んでるみたいだな」
「地底も美しいでしょう? 機会があれば皆さんにも色々な地底の絶景をお見せしたい!」
 地上よりひんやり涼しい大気を貫いて飛翔するティアン・バ(くじら座の尾・e00040)に幻想的な感覚を齎し、彼女と同じくジェットパック・デバイスで仲間を牽引しつつ飛翔するイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が朗らかに笑った。なれど、己が城とした洞窟に住まう彼だからこそ、地中の資源を貪る敵への憤りは並ならぬもの。
 相棒であり相箱たるミミックを抱く彼とは対照的に、花咲く箒めいたライドキャリバーに騎乗したまま飛翔する輝島・華(夢見花・e11960)は星空を翔ける感覚に胸を躍らせる。
 愛機に乗って星空を飛べるなんて、
「宇宙人と心を通わせた少年が自転車で空を飛んだ映画みたいな気持ちです……!」
「ああ、華が言ってるのは――これか」
 少女の言葉で満月に彼らと自転車のシルエットが重なる象徴的なイメージを思い浮かべたレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が、マインドウィスパー・デバイスの能力で皆とそのイメージ画像を共有する。新しい玩具を手にした子供の気分になったのは秘密だ。
 脳裏に燈った鮮明な画像にエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)はわあ、と歓声を咲かせ、
「皆と思念を交わせるのはレスターくんだけ? ならハンドサインもあるといいよね」
「あれば万全だろうな。おれに見せてくれ、そのまま映像で皆と共有する」
 地底の湖で待つ水中戦での意思疎通をより確かにするハンドサインを、レスターを通じて皆に伝達した。全速で先頭を飛翔するクラッシャー達に振り返ってもらう手間を省けるのがありがたい。短い言葉なら皆の思念をレスターがテキスト画像に変え、チャット画面の如く皆と共有するという手段も採れそうだが、戦いながらでは画像化も読み取りも取りこぼしが生じる可能性がある。重要事項は思念で伝えるのが最善だろうか。
「ハンドサイン認識、了解した。――と、此方のデバイスで敵性存在を確認」
 会敵まではあと数分ほどか、と続けたティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)がゴッドサイト・デバイスで捉えた敵を『送り出した』者へ思考をめぐらせ、
「奴らの本拠はどこにあるのか……今は目の前の敵を叩いて釣り出すしかないな」
「だが、奴に採掘を命じているのがジュモー・エレクトリシアンなら、そう簡単には――」
 釣り出されんだろうな、とナターシャ・ツェデルバウム(自称地底皇国軍人・e65923)も神の視野で捉えた敵に眼差しを険しくする。地底の故国を滅ぼした暴食機構グラトニウム、己が仇敵たる相手は先日海底で討ち果たしたと思っていたのに、
 ――よもや、量産機であったとはな……!!
 元より量産機であったのか、あるいはナターシャの故郷を壊滅させた機体を原型に後から製造されたのか。いずれにせよ片っ端から破壊してくれると決意を新たにした瞬間、暗闇の彼方に光が見えた。
 一気に坑道を突き抜ければ、視界すべてが涼やかなフロスティブルーに染まる。
 氷の世界を思わすそこは水晶を含む鉱脈内に生じた大空洞、眼下には鮮やかに透きとおるターコイズブルーを湛えた地底湖。湖水そのものが宝石のごとく耀いて見えるのは、湖底で敵が光を燈しているがゆえと識りつつ、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)が瞳を奪われたのは一瞬のこと。
「牽引、切るぞ。いこう、あそこへ」
「ええ、参ります!」
 飛翔の牽引がティアンの声とともにふつりと途切れれば、星の重力に導かれるままに湖へ突入し、湖水の冷たさを全身で感じとる。澄みきった水に魂まで漱がれる心地になりつつ、湖水や空洞そのものを揺るがす敵の掘削の振動、そして彼我の照明が、涼やかな氷河の青と鮮やかな蒼穹の青の彩を踊らせる水中世界の底へ。
 目指すは湖底に聳える塔のごとき、暴食機構グラトニウムのもと。

●地底幻想
 涼やかな青と鮮やかな青が揺らめく水中世界に、周囲の鉱脈の石英に奔る罅が虹の煌きを鏤める。夢幻のごとく美しい湖の底に異様なる偉容で聳える巨大ダモクレスは、無限軌道で巨躯を支え、頭部に長大なるアームと巨大な回転刃を備えた、まさに生ける大型掘削機。
 だったけれど、
「クジラさん、お食事中にごめんだけども、そこまでなんだよっ!」
 暴食機構グラトニウムが胴部に備えたクジラが岩石や石英を吸い込む様にエヴァリーナは何より瞳と心を奪われながら妖精弓を引き絞る。胸を駆けめぐるのは紅水晶や紫水晶めいた琥珀糖や、湖水のブルーソーダに浮かぶアイスをブルートパーズの原石みたいなクラッシュゼリーが彩るフロート、夏菫の花のインクルージョンを内包した錦玉羹の鉱石標本!
 鉱石スイーツ食べてるみたいというイメージを仲間と共有するのは叶わなかったが、
「ああ、この風情のねえ暴食野郎に食事の作法ってやつを教えてやる」
「ええ、この機体も資源を貪るというのなら、見過ごしはしない!!」
 彼女が射ち込んだ矢で破魔の祝福を得たレスターが己が竜翼で猛然と水中を翔け、思う様叩き込んだ竜骨と鉄塊の大剣が刻む怒りで巨大な敵の意識を惹きつけたなら、妨害手として布陣したミミックも巨躯へ牙を剥き、何の変哲もない杖を装うイッパイアッテナの如意棒が瞬時に伸びて襲いかかった。
 暴食機構でなく小山のごときその巨躯の麓で輝く花の照明を燈す投光器型の随伴機を狙う如意棒、鋭いその突きは掘削を中断して旋回した長大なアームに受けとめられたが、
「丁度いい、貸してもらうぞ」
 旋回で生じた盛大な水流に髪を煽られながらも銃口の狙いは揺らがさず、ティアンの手で無機の鋼が咆哮すれば、アームに跳弾した弾丸が一撃で投光器を粉砕する。眩い光となって敵機が消える様を華が湖中に咲かせた雷壁の加護の輝きが掻き消して、暴食機構を牽制する中衛陣の盾となるべくセレナのヒールドローンが翔ける水中世界をナターシャも馳せ、
 ――貴様自身か同型機かは知らんが、我が故郷だけでは食い足りんとでも言うつもりか!
 滾る激情は胸に秘めたまま、冷徹に狙い澄ました巨大な無限軌道へ大地を割らんばかりの強撃を叩き込めば、その傍らの投光器を狙うティーシャの轟竜の砲弾を呑み込んだクジラが超重の衝撃波を轟かせた。
 怒りゆえに中衛へ迸ったそれを遮ったのは、白銀に輝く翼を咲かせた華とその愛機。
 ――遥夏兄様、私のアームドアーム・デバイス……どんな形状がいいと思いますか?
 ――無理に考えなくてもいいんじゃない? 華さんが華さんらしく戦いに臨めばきっと。
 降下前に相談した相手が、あなたがあなたらしく皆を護って、必要な時には愛機を優しく掬える、そんな形状になって顕現すると思うよ――と語ったように、花々に彩られた白銀の翼のごときデバイスは衝撃波に煽られたライドキャリバーを翼で抱くよう支え、少女が背に庇った仲間を護りぬく。
 華が更に雷壁の輝きを咲かせれば競うよう黄金の輝きを咲かせた投光器がグラトニウムの禍を祓い自浄の加護を燈したが、暴食の眼差しを誘うよう高々と跳躍したレスターが流星の煌きと破魔の祝福を重ねた蹴撃で加護を破砕して、繋がれた機を掴んだイッパイアッテナが気ままな黒猫から変じた杖から迸らす魔法の矢と、湖水ごとナターシャが蹴り込んだ幸運の星が投光器を貫いた。
 途端、蛍袋めいた花を散らして霧散する投光器の直上を、巨大な影が翔ける。
 湖水を掻き乱しながら射出されたのは巨大な回転刃、だがナターシャを狙う鋼の嵐の如き暴虐を咄嗟に水中を翔けたセレナが全身で抱きとめ、防具でその威を大きく殺せば、
「皆の援護も癒しも私に任せて、行って! セレナちゃん!」
 横合いにふわり跳び込んできたエヴァリーナの眼差しと敵を指す金華の杖が彼女の意志を伝えてくれたから、
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
 敵へは届かぬ言の葉の代わりに気迫を乗せ、一気に氷結輪を躍らせた。
 氷の世界とも、氷長石――アデュラリアの世界とも見える夢幻の光景に鮮烈な凍気が奔る様を瞳に映して、エヴァリーナが揮うは金のカレンデュラを咲かす杖、描く輝きが魔法円を結べば小さな妖精めいた光が数多溢れ、仲間を癒し護る紗幕を織り成していく。
 デバイスは申し分ない命中率を齎してくれているが、ライフルから撃ち込む眩い光弾から理想的な手応えが得られないのは、ティーシャが思う様に敵の隙を見出せずにいるからか。
「戦闘特化でないとはいえ……防御が固いからか、なかなか隙を見せないな」
「いや、相手の隙は見せてくれるのを待つもんじゃねえ。こっちから作ってやるもんだ」
 呟きめいて零れた彼女の思念にそう応え、己が惹きつけた超重の鯨波をレスターは大剣で断ち割りながら貫いていく。力任せの破壊攻撃をいなすのに長けたミミックも怯まずに偽の財宝を振り撒く様を頼もしく見つつ、一気に突入するのは巨大なクジラの口の中。
 巨大な敵に吶喊すれば偶々そこに巨大な口が開いていた訳だが、それは突出した機動力で鯨波を割ったからこそ得た好機。お誂え向きだと撲ち上げた大剣でクジラの頭蓋を掻っ捌き更なる怒りを刻んで湖中へ跳び出した。
 そのタイミングをティアンが過たず読み取っていたのは、互いを錨として繋ぎとめてきた絆ゆえ。眼差しひとつで二人の銃口が狙いを定めれば、
 ――後でおかわりを頼まれるのも癪だ、二発同時に喰らってけ。
「うん。もうおまえに、鉱物のおかわりはさせてやらない」
 男の思念とティアンの思念が重なった瞬間、完全に同期した二人の銃撃が絶大なる威力を乗せて、巨大なクジラを頭上と顎下から貫いた。

●地底階段
 暴食という名の暴虐に故郷を滅ぼされ、立ち直る気力すら喰らい尽くされてしまったかの如き皆の姿がナターシャの脳裏をよぎる。戦士の種族たる誇りをも喰らわれたような、姿。
「ゆえに、たとえ貴様らが星の数ほど存在しようとも、全てを破壊すると決めたのだ!」
 ――岩盤、鉄塊、龍の鱗……ドワーフに掘れぬ道理無し!
 なればこそ己の心の炎を皆に燈すべく、ナターシャは地底皇国軍用シャベルを岩山の如き巨躯へ突き立てる。護りを穿つ幸運の星は投光器へ向けるのみ、グラトニウムは近接攻撃で一気呵成に削り尽くすというのが彼女の策。
 だが、戦力的には雑魚に過ぎない投光器達よりも、巨躯に相応しい頑丈さと防御の固さを備えたグラトニウムにこそ護りを破る技が必要なのだ。ゆえに、
「ナターシャは心のままに戦うといい。こいつの護りは、ティアンが破っておく」
 無限軌道の陰に滑り込んだティアンが湖水を唸りで震わす駆動刃で軌道も外装もセレナの氷とともに斬り破る。彼女へ撃ち下ろされんとした回転刃が怒りで己に向かってくるのを、纏う潮の性能も活かしたレスターが大剣で弾き飛ばした、瞬間。
「このチャンス! もらっちゃうんだよ!」
「この地底湖を見せてくれた貴方に、私からも美しい光景をお見せしますの!」
 癒し手たるエヴァリーナも極小の星を撃ち込む攻勢に出た。煌き弾けた星めくカプセルが敵の巨躯を神殺しのウイルスで冒せば、夏花咲くライドキャリバーが激しいスピンで強襲、
 ――奇跡は、確かにここにありますの。
 愛機に無限軌道を轢かれた暴食機構を見上げた華が手を伸べて、青き光が揺らめく湖中へ青薔薇の花弁を舞わせる奇跡の魔法を解き放てば、巨大な無限軌道が盛大に弾け飛ぶ。
「これは……敵の弱点、魔法攻撃です!」
「魔法に弱いなら、これのおかわりはくれてやってもいい」
 相手の弱点を探り続けていたセレナとティアンが即座に魔法主体の攻勢に移り、極限まで凝らせたセレナの精神の魔力が巨大な回転刃を爆破するのに続いてティアンが撃ち放つ黝い地獄の炎弾が猛然たる勢いでクジラに喰らいつけば、魔法が弱点だ、と皆の脳裏に響かせたレスターも思うさま魔力を籠めた超音速の拳を叩き込んだ。
 先日海の底で戦った機体とは揮う技も手応えも異なるように、この弱点もこの機体特有のものであり、他のグラトニウムに共通するとは限らないと考えるべきだろう。だが今は、
「その弱点、ありがたく活かさせてもらうぞ!」
 私の戦術にはまだまだ磨く余地がありそうだなと強く実感しつつ、ナターシャも輝きごと握りしめた拳を揮えば、音速を超える衝撃とともにグラトニウムの巨体が吹き飛ばされる。堪らず開いたクジラの口から溢れた石英や岩石が巨躯の護りを固めていくが、癒しの威力は神殺しのウイルスに減じられ、
「地球の資源で護りを固めるその悪辣さ、決して許しはしない!!」
 海底でも資源を奪われる様を目の当たりにしたイッパイアッテナが義憤とともにその身に纏う輝きを漲らせ、超音速の拳を全力で打ち込めば、序盤でエヴァリーナから破魔の祝福を贈られたミミックもエクトプラズムの斧を叩き込んで、主とともに鉱石の盾を砕いて三重の石化を奔らせた。
 更に畳みかけるのは自陣最高火力を備えた、ティアンの超音速の拳。
 青き湖中に濃藍の影を落とし、胴部を砕かれた巨躯が横転する。
 何とか体勢は立て直したものの鉱石を溢れさせんとしたクジラの口に新たな石化が奔り、態勢を立て直すことは叶わない。
「どうするナターシャ、自分の手でけりをつけるか」
 脳裏に響いたレスターの思念、
「ナターシャ姉様が行かれるのでしたら、力を贈らせていただきますの!」
「うん、私もナターシャちゃんにとどめをお願いしたいんだよ!」
 華が撃ち込む賦活の電撃が力を高めてくれる様、エヴァリーナが放つ銀色の吹雪が視界を冴え渡らせてくれる様に彼女達の心を受け取って、
「私もです! ナターシャさんが再びグラトニウムを斃す様を、この眼で見たい!!」
 雄弁にその心を語るイッパイアッテナの眼差しに送り出されて、ナターシャは渾身の力で湖底から跳んだ。全身全霊で巨躯に突き立てるのは当然、地底皇国軍用シャベル。
「貴様らにくれてやるものなど、砂粒ひとつ無いと知れ!!」
 塔とも岩山とも思える巨躯を種族の矜持で穿ち、その命すべて掘り尽くせば、暴食機構の全身が湖全体を輝かせる光となって爆ぜた。喰らわれた石英が虹色の煌きを振り撒きながら地底湖の水中に舞う。またひとつ昇れただろうか、とナターシャは胸裡で呟いた。
 ――故国復興への、きざはしを。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年9月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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