黒き剛壁

■リプレイ

●「ヘリオンデバイス・機動！　――ご武運を」
　ヘリオライダーのコマンドワードが、ケルベロス達の耳朶を打つ。
　ヘリオンより迸った光線が『ヘリオンデバイス』に実体化する中、ケルベロス達は双魚宮「死者の泉」へと通じる、磨羯宮ブレイザブリクの隠し領域へ――。
　先頭は、チェイスアート・デバイス――靴型のヘリオンデバイスを装着したエステル・ティエスト（紅い太陽のガーネット・e01557）。
（「門、か……」）
　これから対峙する敵を思うその横顔は、苛烈にして険悪。
（「門を冥府の門に押し込めるなんて、滑稽だな！」）
　『門』は、死者の泉に呑まれたエインヘリアルらしいが……エステルに取り立てて感慨はない。どんな存在であれ、デウスエクスは殺す、それだけだ。
「うふふ、何だかここは、とっても心地よくて安らぐの」
　剣呑なエステルと対照的に、アンナ・トーデストリープ（煌剣の門・e24510）は楽しそうだ。魔導装甲の下で、満面の笑みでいるのだろう。弾む声音と、悪魔の如き鎧装とのギャップが著しい。ちなみに、鎧に埋め込んだゴットサイト・デバイスで索敵中の様子。
「『ヘリオンデバイス』のお披露目でありますね！　新しいこの力で、門たる黒騎士を倒すであります！」
　意気軒昂なクリームヒルト・フィムブルヴェト（輝盾の空中要塞騎士・e24545）の言う通り、今回はヘリオンデバイスを得ての初陣。ケルベロス達にも力が入るというもの。
　殊、戦闘時のデバイス運用に於いて、要となるのはファルゼン・ヴァルキュリア（輝盾のビトレイアー・e24308）とアビス・ゼリュティオ（輝盾の氷壁・e24467）が配置に就くクラッシャーであろう。
　クラッシャーは『ジェットパック・デバイス』――ジェットパッカー型デバイスを得る。自身ばかりでなく、他のヘリオンデバイス装着者をビーム牽引して飛翔出来るのだ。
「ヘリオライダーの話では、戦闘不能になっても効果は続くそうだけど」
「牽引する人数も、分けるべき、だろうか？」
　冷静に機能を確認するアビスに対して、道具音痴のファルゼンは慣れない新装備にやや困惑の表情か。
　ヘリオンデバイスについて大凡の説明はあるものの、細かな使用感は実践を通して識っていく事になる。
「自分の翼以外で飛んで戦うのは、不思議な気分でありますね」
　早速「飛翔」すれば、案の定。クリームヒルトがはしゃいだ声を上げる一方で。
「サーヴァントは飛べぬのか？」
「ビーム牽引出来るのは、『ヘリオンデバイス装着者』だから」
　何処か羨ましげなテレビウムを見下ろし、エクレール・トーテンタンツ（煌剣の雷電皇帝アステリオス・e24538）はちょっぴり残念そう。
「ついでに、旅団パワーがサーヴァントに乗らないのは……ケルベロス・ウォーと同様だな」
　アビスに捕捉しながら、ファルゼンもジッと相棒のフレイヤを見詰めている。
（「頭に乗せたら……一緒に飛べるか？」）
　例えば抱っこしたり、ライドキャリバーなら騎乗する等、『ケルベロス本人の一部』と認識出来る状態であれば、サーヴァントの飛翔も可能そうだ。
　だが、ボクスドラゴンは柴犬の成犬並の大きさだ。体高40㎝を頭に乗せての戦闘は……多分、首がヤバイ。
「あの……」
　そして、気懸りそうに口を開いたのは、メディックとして参戦するファタリッタ・ノルマーレ（輝盾の舞踏・e24869）。
「後衛の数、多い、ですよね？」
「確かに」
　飛翔する仲間を見回したコル・ヴァニタス（煌剣の焔凰騎・e24574）も同意する。
　『飛行中』のポジションは、『後衛』に類する。今回はケルベロス８名に加え、エクレールの雷光の従者、アビスのコキュートス、クリームヒルトのフリズスキャールヴ、サーヴァント３体も地上で後衛に在った。合計で11。列系のグラビティの威力、エフェクト付与率は大幅に減衰する。
「『寂寞の調べ』の破剣効果が、見込めなくなりそうです」
　眉根を寄せるファタリッタ。常は前線に出ない、つまりは援護中心の身としては、初手の不発は避けたい所。
「最初にエンチャントを掛けてから、飛べば……否」
　思案顔で呟いたコルも、すぐに頭を振る。
　戦闘開始してからジェットパック・デバイスを起動するのは、「飛行中」へのポジション移動と同義。ケルベロス全員の序盤の一手を、丸ごと無駄にする価値があるかと言えば……元より、今回の編成はサーヴァントと魂を分け合う者が多い。減衰を被らずとも、列型のエンチャントの成功率は高くないのだ。
　『門』と早々に遭遇しなかった幸い。ケルベロス達は新たな力を十全に活かすべく、実践の最中にも考察を深めていく――。

●黒き剛壁
「……っ！」
　前兆の類は、皆無――アンナのゴッドサイト・デバイスが突如反応するや、エステルが動くより早く、実体化した『門』が剛剣を振う。
　――――！！
　唯一地上のディフェンダーとして、『門』の初撃を受けたボクスドラゴンは、小さく悲鳴を上げる。
　迷いの表情を浮かべ、手を伸ばし掛けるファルゼン。だが、ここで地上の盾を無くせば、後衛のサーヴァント3体は、剛剣の餌食となろう。火力も体力も分け合うケルベロスとサーヴァントの強みは、手数。早々に崩される訳にはいかない。
「フレイヤ……頑張れ」
　小声で激励し、ファルゼンは改めて『門』を見やる。
「何かアンナの鎧に似てるんだが……それに、門？　パクられ過ぎじゃないか？　アンナ、肖像権とか大丈夫か？」
「うふふ、懐かしい」
　装甲の内で、アンナは笑み零れる。続く言葉は、歌うように抑揚を付けて。
「記憶が無くてもわかるわ……貴女は私。封印時に別たれた私の成れの果て。今も昔も変わらない、死の体現者」
「何でも、この黒騎士、元アンナさんらしいのですけれど……そう思うと、寧ろ攻撃するにもやる気が出てきますね」
　アンナと特に親しいファタリッタの捕捉にも、ファルゼンは釈然としない面持ち。
「元アン……？　訳が判らん。帰ったらレポートな」
（「確かに、アンナに似ているみたいだけど……まぁ、なんだかんだ助けてもらっているし、手助けといこうか」）
　ともあれ、『門』が斃すべき敵であるのは明白。翠の炎より武器を取り出し、コルは「寂寞の調べ」を地上のボクスドラゴンへ歌い掛ける。
「つまり、アンナ様の宿敵でありますね！　撃破に協力するであります！」
　得物を握る手にも力が入るというもの。意気強く声を張るクリームヒルトだが、やはり「寂寞の調べ」を歌おうとして、躊躇する。
　居並ぶ後衛の数は11――エンチャントの付与率は約22％。使役修正を含めば15％を切る。
　それでも、短期決戦を目指すならば、敵の防護は剥がせるに越した事は無い。ファタリッタと頷き合うクリームヒルト。輪唱のように歌声が響き渡る。
「ふははは！　雷電皇帝たる余が推参したからには、門など鎧袖一触よ！」
　雷纏う槍を構え、声も高らかに――先陣を切るのは、エクレールとその従者。狙い澄ましたスターゲイザーと凶器攻撃が、黒き鎧に交錯する。
「やれやれ、真相は煙の中、って事か……」
　早速、フレイヤが自らとフリズスキャールヴの属性で回復するのを視界の端に、ファルゼンは兜の通気孔より煙を吐く。グラビティの煙に巻かれた敵は、思考が弛緩し動作を鈍らせる。フレイヤと魂分かつが故に、その効果は必然と言い難いが、まずは総攻撃の素地作りだ。
「まあ、エインヘリアルの要所に攻め込むチャンスでもあるし……因縁があるっていうなら、このくらいはね」
　クールに肩を竦めたアビスは、一気に『門』へと肉迫。
「逃がさないよ」
　雁字搦めにすべく、冥府の冷気を凍らせた鎖が迸る。その軌道をコキュートスのブレスが辿るも、拘束には至らなかった。
　凡そこれまでのやり取りで、『門』はアンナと縁浅からず、そして、ヴァルキュリアである7人は、旅団を同じくする仲間と知れた。
　――――！！
　尤も、デウスエクスが眼前に在る限り、エステルにとっては些末事。敵の動きを封じるべく、魔力籠めた咆哮を上げる。
（「浅い、か……」）
　眼力が報せる命中率は万全とは言い難い。だが、何よりジャマーの持ち味を考えれば、単体の敵に列攻撃は色々と勿体ない。
「うふふ、私とひとつになりましょう」
　一方で、アンナはあくまでマイペース。『門』にスターゲイザーを放ちながら囁き掛ける。反応乏しく物言わぬ様子もお構いなしだ。
　ガチリ――。
　まだ、然したるダメージも被っていないだろうに、『門』は不動の構えを取る。重厚の度合いを増したように見えるのは、気の所為ではないだろう。
「崩せ！」
　すぐさま、ファルゼンの武装が唸りを上げる。ボクスドラゴン達はタックルを敢行。幸いにして破剣を得たエステル、コル、エクレールも次々と攻撃した。
　どれか一撃でも、敵の体勢を崩せばそれで良し。僅かに蹈鞴を踏んだのを見逃さず、アビスは高速演算を以て痛打を繰り出す。
「話が通じるかわからないけれど、邪魔だから消えてもらうよ。覚悟してよね」
　辛辣を言い放ちながら、忌々しげに眉根を寄せる。装甲を破るクラッシャーの一撃を浴びながら、聳え立つ『門』は厚き鋼の如き。
「敵はディフェンダーであります！」
　轟竜砲の手応えに、確信を得たクリームヒルトの言葉に否やは無い。
「長引くと、困りますね」
　刹那、攻撃を迷ったファタリッタだが、現状はまだまだ命中の目は低い。それで、フレイヤへマインドシールドを展開する。
「まずは焦らず、弱体化に専念しましょう」
　アンナより、熱持ぬ水晶の炎が迸った。

●終
　――――！！
　重く、速い、斬撃が、とうとうボクスドラゴンを切り捨てる。
　小さく鳴いて倒れ伏したフレイヤを見下ろし、ファルゼンは低く呟いた。
「アンナ、これは『貸し』だ。相当大きいぞ」
「えぇ？」
　元より『硬い』と評された敵。更に、転移門の内部では『門』の戦闘力は数倍に強化されている上に、ディフェンダーの体勢で守りを固めている。
　敵にキュアの術が無いなら、弱体を重ねる戦術は正しい。だが、今回の編成は半分がサーヴァントを伴っており、厄付けに於いて些か不利であった。
　飛行するケルベロス達に唯一届く『門』の攻撃は、列に及ぶ。威力を散らされるのを嫌ってか、防護回復とフレイヤへの攻撃が繰り返されたのも、戦闘が長引いた一因と言えよう。ブレイク技が飛び交う中、ファタリッタとフリズスキャールヴが癒し続けるも、ヒールには限りがある。コルとクリームヒルトも奮闘したが、ディフェンダーとて全ての攻撃を庇える訳ではないのだ。
　それでも、唯一の地上の盾として、フレイヤはよく頑張った。
「さあ、張り切って片付けようじゃないか」
　ファルゼンの視線に、凛と頷き返すファタリッタ。最も実戦経験の浅い彼女の眼力が、十分な命中率を報せている――それは、ケルベロスの総攻撃の時が来た証。
「光よ。ヴァルドルの加護よ。槍に宿りて逆巻けば、穿ち貫く牙を成せ！」
　満を持して、グラビティチェインをゲシュタルトグレイブに纏わせるファタリッタ。その力を後方へ解放、瞬間的に加速。電磁砲の如き速度で投擲する。
「……舞え、煉獄の使者よ」
　ファタリッタの疾槍に合わせ、コルは自らの地獄を顕現する。光の翼と共に放出された翡翠の炎が鳳凰を象る。一閃と共に『門』へと羽撃き燃え上がった。
「私の痛みを思い知れ！」
　怒りを叫ぶエステルは、満月状のエネルギー球を放つ。自らの悲しみ、悔しさや苦しみ――『痛み』を根源とする憎悪と拒絶に染まった暗色は、傷を癒す力を奪う。ジャマーの厄は、掛かれば重い。
　――――。
　殺到する攻撃に案の定、剛壁と化すも『門』の装甲は、幾重にも亀裂が入ったまま。アビスは冷ややかに吐き捨てる。
「その程度で凌げるとでも？　こっちには新装備も、仲間もいるんだけどね……！」
　コキュートス渾身のタックルが、『門』を揺るがすと同時、アビスの稲妻突きが鎧の継ぎ目を貫き爆ぜる。すかさず、ファルゼンの斬撃が、ジグザグに鎧装を斬り払った。
「雷電皇帝に討たれる栄誉を、冥府の海への土産とするのだな！」
　エクレールとは紫電。エクレールとは雷光。故にこそ――至高。
「死者の泉まで雷電皇帝の威光を届けるが良い！」
　光の翼を暴走させ、全身を「光の粒子」に変じた光速を以て突撃する。同じく紫電を纏い、雷光の従者の刃もその軌跡に追随した。
　――――。
　畳掛けられる総攻撃に、『門』は幾度もその身を震わせる。それでも、まだ膝突くを良しとせず、その全身から初めて噴き上がったのは、場を圧する禍々しき闘気。
「皆様は、ボクとフリズスキャールヴが守るであります！」
　クリームヒルトとテレビウムは、ヒールに備えて身構える。そんな大盾の少女の肩を叩き、悠然と前に出たのは――『門』と鏡合わせが如き鎧装。
「うふふ、貴女は分かるでしょう？」
　喩え嘆き叫んでも、最期には静寂が訪れる。だから、死は美しい――『門』の闘気も構わず、アンナは優雅に肩を竦めてみせる。
「ごめんなさい、今は皆と過ごすのが楽しいから、死んではあげられないの」
　代わりに死を与えると、構えた尸剣ムリエルの切っ先より、零れるオーラが世界を浸食する。
（「……それに、実は『自分』を殺せる事にゾクゾクしてるの」）
　常の笑みに剣呑にして殺伐が浮くも、全ては装甲の下に隠されて。
「それじゃあ、おやすみなさい」
　永劫の時、来たれり。死出の門、開門――永劫とは、灰に色褪せた静寂の世界。『死を与える現象』へ昇華した存在にすらも、引導を渡す。

「アンナさん、エクレールさん、他に『味方』はいませんか？」
　1体目撃破後の小休止。その間、ゴッドサイト・デバイスを起動する２人に、エステルは礼儀正しくももどかしげに声を掛ける。
「味方がいれば戦闘中でしょう。援護に向かわないと」
　仲間は見捨てられないと――その実、デウスエクスを１匹でも多く潰したいという、昏い執念はおくびにも出さない。
「うーむ……余らの他は、誰もおらぬようだが」
　首を傾げるエクレールに、アンナも同意する。
「そう言えば……最初の『彼女』、何の先触れも無く現れたのですよね」
　『門』は死者の泉の防衛機構。喩え死んでも蘇る守護者、と呼ぶには、自動的であり機械的か。
「フレイヤもまだ回復していない。万全でない連戦は危険じゃないか？」
　ファルゼンは思案顔。へリオンデバイスのお陰で、２時間程度で全回復し戦闘不能からも復帰、重傷すら短時間で回復する。だが、『門』の出現周期は全く未知だ。
「もし２体目と戦うなら、ボクが皆様を護るであります！」
　クリームヒルトの意気や良し。だが、全員で連戦を意図しない限り、１体撃破で帰還の方が確実だろう。
「長期戦は、避けたいですね」
　ファタリッタの言葉に、コルとアビスも頷いて――今回は安全策を採り、ケルベロス達は帰路につく。

作者：柊透胡	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年8月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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