●魔犬のビジョン
そのプレハプは犬舎として利用されていたが、持ち主は『工場』と呼んでいた。
子犬を生産するための工場だ。
腐臭と糞臭に満ちたプレハブの中に神々しい光が生じた。
光の奥から現れたのは、鹿に似た白いデウスエクス『森の女神メデイン』。
悲しみを湛えた瞳でメデインはプレハブ内を見回した。
腐臭と糞臭の発生源である大きなケージが左右の壁に四つずつ並べられている。『大きな』といっても、その中にいる大型犬たちにとっては狭苦しい牢獄でしかないだろう。しかし、犬たちに不満を表明する術はない。七頭は既に息絶えており、残された一頭も虫の息だ。
その一頭――雌の白いサルーキがいるケージのプレートには『クロワ』と記されていた。それが彼女の名前。だが、『工場』の主たる男は愛情を以て名付けたわけではない。適当な単語をアルファベット順にあてがっただけだ。つまり、クロワは三番目の犬……いや、三番目の機械だった。子犬を産むための機械。
「……」
メデインは無言でクロワのケージに鼻先を近付けた。
途端にケージが四散し、クロワに変化が起きた。
そこかしこにあった痛々しい瘡蓋が消え去り、そこから錆色の蔓が伸びて、胴や足に絡みついた。
カルシウム不足で溶けた歯に代わり、ナイフのように鋭くて長い牙が生えた。
白く濁っていた片目も復活した。青く揺らめく炎となって。
「グルルル……」
異形と化したクロワはゆっくりと立ち上がった。
怨嗟の唸りをあげながら。
「復讐はなにも生みません」
と、メデインがクロワに語りかけた。
「恨みなど忘れて、人間たちのいない場所で静かに暮らしましょう」
「ウォーン!」
拒絶の咆哮。
かつて機械として扱われていた白い魔犬はプレハブの壁を突き破り、外に飛び出していった。
●音々子かく語りき
「ユグドラシル・ウォー後に姿を消していた『聖王女アンジェローゼ』の一派が動き始めたようです」
ヘリポートに並ぶケルベロスたちの前で、少しばかり浮かぬ顔をして語り始めたのはヘリオライダーの根占・音々子だ。
「その一派に属する『森の女神メデイン』のことが予知できました。そいつは、京都府舞鶴市某所の犬舎にいたクロエちゃんという犬に攻性植物を寄生させやがったんですよ。いえ、犬舎というよりも収容所って感じの酷い場所だったようですが……」
二週間ほど前、その犬舎の管理者である男が交通事故に遭い、意識不明の重体となった。彼には身内がいなかったため(また、劣悪な環境の犬舎を秘匿していたため)、犬舎は放置される形となり、ただでさえ弱っていた犬たちは次々と死んでいった。
「で、かろうじて生き残っていたクロワちゃんをメデインが攻性植物化させたわけです。おそらく、アンジェローゼの戦力を増やすことが目的だったのでしょう。だけど、勧誘は上手くいかなかったようですね」
クロワはメデインの導きに従わず、自分を飼っていた男への復讐を選んだ。現在、男の臭いを辿り、彼が収容されている病院に向かっているという。
「ところがですねー。今朝方、その悪質ブリーダーのクソ野郎はくたばりやがったそうです。そうとも知らずにクロワちゃんは病院を目指しているわけですが……標的がこの世にいないことを知ったら、自棄になって大暴れして、無関係の人まで傷つけるかもしれません」
幸いなことにクロワが病院に行くルートも予知済みである。そのルート上で待ち構えていれば、容易に接触できるだろう。
「クロワちゃんは標的のクソ野郎以外は眼中にないので、皆さんをスルーしようとするでしょうが、強引に行く手を阻めば、相手をせざるえないはずです」
そこまで語ると、音々子は肩を落として溜息をついた。
「当然のことながら、クロワちゃんを元の状態に戻すことはできません。やりきれないですよねー。皆さんもいろいろ思うところがあるとは思いますが……きっちりと任務を果たしてください。お願いします!」
参加者 | |
---|---|
大弓・言葉(花冠に棘・e00431) |
源・那岐(疾風の舞姫・e01215) |
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711) |
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850) |
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450) |
●REVENGE TO HUMAN
外灯に照らされた車道にオラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)と英国貴族のエリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)が立ち、彼方を見据えていた。
ボクスドラゴンのぶーちゃんが二人の横顔を……いや、二人が顔に装着しているゴッドサイト・デバイスを凝視している。
玩具屋のショーウインドーを覗く子供のごときその眼差しが上に向けられた。そこに滞空しているのは、トランプ型のレスキュドローン・デバイス。
「チビ竜くんがデバイスをガン見しているんだけど……」
ドローンの主のメロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)が苦笑した。彼女はメリュジーヌだが、今は人間の姿をしている。それでも、周囲に多数の一般人がいる状況であれば、きっと人目を引いただろう。シルクハットにタキシードという古典的なマジシャンのごとき出で立ちをしているのだから。
「ぶーちゃんってば、デバイスに興味津々なのよ」
デバイスで索敵を続けながら、言葉がメロゥに言った。
「ほら、男の子って、メカメカしいものが大好きでしょ」
「なるほど。あちらの御仁と同じだね」
と、メロゥが目をやった先では――、
「おい、メロゥ! 編隊飛行させようぜ!」
――初めてラジコンに触れた子供のようにはしゃぎながら、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が自分のドローンを操作していた。
「あ! クロワちゃん、見っけ!」
と、言葉が叫んだ(おかげでメロゥは編隊飛行につき合わされずに済んだ)。
「エリオットくんも捕捉できた?」
「はい」
言葉の問いに頷き、エリオットが仲間たちを振り返る。
「こちらに近付いています。慎重に匂いを辿っているせいか、速度は遅めですね」
「会敵までの時間は?」
尋ねたのは黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。彼もまたヘリオンデバイスを活用していた。アームドアーム・デバイスでバリケードを築いているのだ。
「地形や建物までは把握できないので、正確なところは判りませんが……たぶん、五分とかからないでしょう」
「では、こっちもラストスパートでいくか。手伝え、アギー」
「さっきから手伝ってるでしょーが」
人型ウェアライダーのアギーこと比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)はイリオモテヤマネコの尻尾を不機嫌そうに揺らしながら、アームドアーム・デバイスを操作していた……が、その手を止め、ヴァオを睨みつけた。
「遊んでないで、おまえも手伝え」
「……はーい」
母親にお使いを命じられた子供のように渋々とラジコン遊びを中断するヴァオ。ちなみにこう見えても五十路である。
高齢児童たる彼がさぼらないように横目で監視しつつ、アガサは陣内に疑問をぶつけた。
「でも、バリゲードなんかで足止めできるの?」
「物理的な足止めは期待してないさ。『ここで食い止める』という俺たちの意思が伝われば、それでいい」
「万が一、突破されたら――」
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)がチェイスアート・デバイスの履き心地を確かめるように踵を踏み鳴らした。
「――このデバイスを使って、追いかけるよ。もちろん、皆をビームで繋いでね」
ビームを繋げられる別のデバイス――ジェットバック・デバイスを装着している者たちもいた。
シャドウエルフの源・那岐(疾風の舞姫・e01215)とオラトリオの火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)だ。
「ビームで牽引すれば、他の方々も飛行できますが……全員が恩恵を受けられるわけではないようですね」
「あぶれちゃう人がいるなら、使わないでおこうか」
二人が目を向けたのは、テレビウムのマギーとオルトロスのイヌマル。どちらも非飛行タイプのサーヴァント。そして、サーヴァントであるが故にガジェットは装備できない。
「なにも全員が飛ぶ必要はないんだから、遠慮なく使えばいいだろう。できれば、俺も牽引して飛ばしてほしいしな」
「迷惑でなかったら、僕もお願いしたいね」
陣内とメロゥがジェットバック組に要請すると、マギーとイヌマルが何度も頷いた。ジェットバック組に『あたし/僕たちのことは気にしないで』という意思を伝えているのだろう。
「そろそろ、目視できます」
エリオットが皆に告げた。
バリケードの設置を終えた陣内とアガサがアームドアーム・デバイスの腕を折り畳む。
那岐とひなみくがジェットバック・デバイスを噴かし、少しばかり浮上した。要請に応じて、陣内とメロゥを牽引しながら。
三人とともに浮上したメロゥはドローンを後退させ、自分の体で隠すように配置した。場合によっては死角からドローンを飛び出させて、敵の気を引くつもりでいるのだ。
地に立ち、あるいは空に浮かび、車道の先を見つめるケルベロスたち。
やがて、体中に蔓が絡みついた異様な犬が視線の先に現れた。
クロワである。
●REASONS OF HATRED
『殺ス! 殺ス! 殺ス! ソコヲドケ!』
怒りに満ちたクロワの思念が楔のようにケルベロスたちの心に突き刺さった。
もちろん、道を空ける者など一人もいなかったが。
「子を産む道具として扱われた無念と悲しみはよく判ります。私もまた母となる道を定められた者ですから」
那岐の手の中で、蒸気機関を有した大鎚『クリーヴブレイカー』が何枚もの歯車を軋ませて砲撃形態に変形した。
「うん、判る! 復讐したいっていう気持ちはすっっっごく判る!」
言葉が翼を広げて舞い上がり――、
「判るけども……代わりに悪徳ブリーダーの野郎をぶん殴ってやりたいくらいなんだけども!」
――すぐさま急降下してスターゲイザーで攻撃した。
「ウォン!」
クロワの咆哮に追い立てられるように言葉が離脱した瞬間、『クリーヴブレイカー』から竜砲弾が撃ち出された。
「ウォーン!」
爆音と二度目の咆哮が同時に響き、クロワの姿が爆煙に覆い隠される。
その奥から何本もの蔓が飛び出し、攻撃者を含む後衛陣(ジェットパック・デバイスの使用者と被牽引者は後衛としてカウントされる)に襲いかかった。
「クロワちゃんは……なんにも悪くないのに……」
乱舞する蔓の間を縫うようにして飛び回りながら、ひなみくが呟いた。
「ううん……だからこそ、わたしたちが殺すんだ! クロワちゃんを!」
悲哀の呟きが覚悟の叫びに変わり、御業が解き放たれた。
「そう! 罪のないクロワちゃんを!」
爆煙が晴れて姿が露わとなったクロワに熾炎業炎砲の対地攻撃が浴びせられた。
次に仕掛けたのは陣内。
彼が空中で毒気を放つと、それに呼応してサーヴァントのウイングキャットが被毛を紫に変色させて、クロワに微笑みかけた。対象を当惑させて攻撃力を削ぎ落とす『キルケーの家畜』というグラビティだ。
「まあ、家畜に戻るつもりはないだろうけどな。家畜として飼われた結果が……これなんだから」
「グルルル……」
陣内の独白を肯定するかのようにクロワが唸った。攻撃力は低下したのかもしれないが、怒りは減じていないらしい。
「繋がれているうちに溜め込んだ毒の牙を折るのは本意じゃないが……」
そう呟く陣内の眼下でピジョンとエリオットが同時にサイコフォースを放った。
「残念だけど、僕らは君を幸せにしてあげられないんだ。だから――」
かつて家畜だった魔犬にピジョンが語りかけた。前半は声に出して。後半は心の中で。
(「――全力でかかってきてもらおうか!」)
「ウォン!」
クロワが凶悪な顎門で右腕に食らいついた。
もっとも、その右腕の主はビジョンではない。
ピジョンの前に立ち、盾となったアガサだ。
彼女は縛霊手を装着していたが、クロワの牙は装甲を貫通し、肉にまで達していた。
「ずっとずっと辛い思いをしてきたんだろうね」
腕に噛みつくクロワの目をアガサは至近距離から見据えた。肉を貫く痛みを感じながらも眉一つ動かさずに。
「命を削って産んだ子供たちは、みんな取り上げられて……産む苦しみばかりで、育てる幸せを実感することもなく……」
ぶん! と、音が出るほどの勢いで腕を振り払うと、二色三種多数の軌跡が描かれた。一種は白。腕から口を離して着地したクロワの軌跡。もう一種も白。縛霊手から噴き出した紙兵群の軌跡。最後は赤。牙に穿たれた穴から流れ出たアガサの血潮。
「でもさ、復讐なんかを考える前に祈るくらいはできるんじゃないの? 自分がこの世に産み出した命たちの幸せを……なんて言っても通じるわけないか」
ほんの一瞬だけ、アガサは悲しげな表情を見せた。
その両脇を小さな影が駆け抜ける。紙兵に異常耐性を付与されたぶーちゃんとイヌマルだ。
ニ体がボクスタックルと神器の剣でクロワを攻撃すると、遅れてならじとばかりにマギーが愛用の凶器(大きな鋏だ)を繰り出そうとしたが――、
「マギーはヒールを頼むよ」
――ピジョンに止められたので、応援動画(犬が出てくるカトゥーンだった)を流した。
「ヒールなら、僕に任せてくれてもいいんだけど?」
メロゥがマジシャンのごとき所作でハンカチ(の内側に隠していたガネーシャパズル)から光の蝶を飛ばし、アガサの傷を癒した。
「いや、メロゥをあてにしてないわけじゃないんだ。ただ、クロワを凶器で攻撃するのは、なんというか……ちょっと心情的にね」
ピジョンは肩を竦めてみせた。自嘲するかのように。
「お気持ちは理解できますが――」
やり切れぬ思いに顔を曇らせながら、エリオットがゲシュタルトグレイブを一閃させた。
「――残念ながら、クロワには伝わらないでしょうね」
「グルォォォーッ!」
稲妻突きで体を抉られ、クロワが吠え狂った。
●REQUIEM FOR HER
「貴方の身が血で穢れる前に止めてみせます。しかし――」
戦闘開始から数分が過ぎ、何度目かの蔓の乱舞が収まったタイミングで、那岐が舞を披露した。
その華麗な動きが藍色の風を生み出し、更にその風が刃と化して、クロワを斬り刻んでいく。
「――必死で命を育んてきた貴方の無念は私が引き継ぎます。命を背負い、護るものとして」
「ウォン!」
血塗れになりながらもクロワが猛々しく吠えると、片目を覆っていた炎が青から赤に変じた。
もう片方の目が睨みつけていた相手――アガサが咄嗟に縛霊手で前面を庇う。
四半秒後、縛霊手が燃え上がった。
「火遊びはいけないな」
胡散臭い微笑を浮かべて、メロゥが『碧落の冒険家』を歌い出した。マッシュアップとばかりにヴァオも『紅瞳覚醒』を弾き始める。
メディックのポジション効果を持つ両者の歌と音楽(とアガサ自身の紙兵)によって炎が消え去ると、代わりに猛風が吹き荒れた。アガサのグラビティ『あらましの風』だ。
クロワの体が宙に浮かび、一緒に巻き上がった無数の砂利とともに空中で攪拌された挙げ句、バリケードに叩きつけられた。
間髪容れず、竜の形をした稲妻が撃ち込まれる。ピジョンのドラゴンサンダー。
「かなり弱ってるみたいだ」
月を模したガネーシャパズル(稲妻の残滓を帯びていた)をいじりながら、クロワを見つめるピジョン。倒すべき敵が弱っているというのは喜ぶべきことだが、その声は重い。
「そだね」
アガサが小さく頷き、縛霊手の焦げ跡に目をやった。
「サイコフォースや陣のやらしいグラビティで攻撃力も落ちてるみたい」
「やらしい言うな」
陣内が惨殺ナイフ『ウビンジャスン』を素早く操り、絶空斬でクロワの傷を斬り広げた。
だが、クロワはまだ倒れない。四本の足を踏ん張らせて、何本かの蔓を地に刺して体を支えている。
「ちっ……」
陣内が舌打ちした。
もっとも、苛立ちの対象はクロワではない。
メデインだ。
「『恨みを忘れて楽しくやろう』とか言われて、誰がおとなしく引き下がるものか。デウスエクスにもおめでたい奴がいたもんだ……」
「おめでたいっていうか、無神経だよねー」
ひなみくがハウリングフィストをクロワに叩きつけた。本当に怒りを叩きつけたい相手が目の前にいないという事実に歯噛みしながら。
「もし、クロワがメデインの『無神経』な誘いに乗り、復讐に走らなかったとしたら……彼女は救われたのでしょうか?」
ゲシュタルトグレイブで絶空斬を見舞いつつ、エリオットが自問した。
そして、すぐに自答した。
「否。救われなかったはずです。攻性植物の尖兵として罪のない人を殺すことになっていたでしょうから」
「ところで、クロワちゃんのことを『クロワちゃん』と呼ぶのって、なんか抵抗なーい? どうせ、悪質ブリーダーが愛情も込めずにつけた名前だろうし」
言葉が回し蹴りのアクションを披露した。エアシューズの爪先からクロワめがけて発射されたのは時空凍結弾。
「別の名前で呼んであげたいなー。たとえば……シロちゃんとか?」
「……」
ぶーちゃんが眉間に皺を寄せ、かぶりを振った。『シロちゃんはないっス』と言いたいのだろう。
一方、ウイングキャットは『にゃあ!』と明るく鳴いた。『いいんじゃない』と言いたいのだろう。
マギーは応援動画を流し続けていた。ノーコメントということだろう。
「殺シタイ! 殺シタイ! 殺シタイ!」
いつの間にか、クロワの思念が変わっていた。
『殺ス』から『殺シタイ』へと。
ただそれだけの変化ではあるが、ケルベロスたちは彼女の意を理解することできた。
「うん。判るよ」
メロゥが何十枚ものトランプを空中にばら撒いた。あいかわらず怪しげな微笑を浮かべているが、それは彼女のデフォルトとでも呼ぶべき表情であり、この残酷な状況を楽しんでいるわけではない。
「『殺シタイ奴ガイル。デモ、ソレハオマエラジャナイ。ダカラ、ドイテクレ』と言いたいんだね?」
指を鳴らすと、宙を舞っていたトランプの一枚が消え、クロワの体を突き破って再び現れた。あまりにも凄惨なカードマジック。
「自力では突破できないことを悟ったのですね」
那岐が『クリーヴブレイカー』をクロワに叩きつけた。
「それに私たちが敵意を向けていないことも……」
「うぉんうぉんうぉん!」
今の一撃で潰された左の後ろ足を引きずりながら、クロワが何度も吠えた。『判ッテイルノナラ、ソコヲドイテ』と訴えているのだろう。もはや、哀願に近い。
「すみません……」
「……」
エリオットが呟くように詫びて稲妻突きを放ち、アガサが無表情かつ無言で血襖斬りを見舞う。
その流血の余波で衣服が汚れることも厭わずに言葉が肉迫し、ブレイズクラッシュを浴びせた。
「シロちゃんを行かせるわけにはいかないのよ。私たちは……ケルベロスだから」
「うぉんうぉんうぉん!」
クロワの鳴き声に悲痛な思念が重なった。
『ドウシテ? ドウシテ? ドウシテ?』
それを真正面から受け止めながら、ピジョンがジグザグスラッシュで傷を悪化させた。青瑪瑙の刃の惨殺ナイフで。
その刃が残した軌跡が消えぬうちに陣内も『ウビンジャスン』で斬りつけた。
「随分な十字架を背負わされたようだが、それを贖うべきはおまえじゃない」
「うぉんうぉんうぉん!」
「おまえじゃないんだよ、クロワ……」
「うぉんうぉんうぉん!」
思念が途絶えて、鳴き声(あるいは泣き声か?)しか聞こえなくなった。
そして――、
「うぉんうぉ……っ!?」
――鳴き声のほうも途絶えた。
グリーンの目をした怪物がいきなり出現し、クロワにとどめの一撃を与えたのだ。
「クロワちゃん!」
倒れ伏したクロワに駆け寄ったのは、怪物の召喚者――ひなみく。
「終わったよ! 辛かったね、苦しかったね……あのね、あなたを苦しめた悪い奴には天罰が下ったんだよ」
「そうです。あの男は地獄に落ちました」
エリオットもクロワに近寄り、彼女の傷だらけの顔を覗き込んだ。
『天罰』や『地獄』などという概念を持ち出すことが欺瞞であるということを自覚しながら。
それと同時に『いつの日かこのような悲劇をなくしてみせる』と誓いながら。
「もう、他の犬たちがあの男に苦しめられることはありません。君が誰かを傷つける必要もありません。どうか、せめて最後は安らかに……」
「あと、あなたの子供たちは幸せに生きているよ!」
と、ひなみくが叫び声を被せた。
「だから、だから……」
彼女の優しい嘘に対して、クロワはなにも答えなかった。
既に眠りについていたのだ。
エリオットが願ったようにそれが安らかなものかどうかは判らないが。
「クロワの人生というか犬生って、なんだったんだろうね」
「さあな」
誰にともなく問いかけたアガサの横で陣内が肩をすくめる。
互いに知らぬことではあるが、両者は同じことを祈っていた。
(『せめて、クロワの子供たちが幸せでありますように……」)
祈りを終えて視線を横に向けると、そこでは言葉とメロゥとヴァオがクロワの骸にヒールを施していた。
やがて、骸は(健康だった頃の)生前の姿に近い状態に戻った。あくまでも『近い状態』であり、完全とはいえないが。
「……」
ピジョンがなにも言わずに近寄り、マギーに手伝ってもらいながら、白い布でクロワを包んだ。柔らかくて暖かい布。
「最後まで他人に利用される犬生だったけど……ひとまず、お墓を作ってあげたいわねえ。犬舎とやらに一緒にいた子たちの分も」
言葉が皆に提案した。
もちろん、反対する者はいなかった。
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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