紫紺の妖狐

作者:星垣えん

●合わせ鏡
 夜も程近い、夕刻。
 昼間の参ってしまうような熱気が徐々に冷めゆく街並みを、オルファリア・ゲシュペンスト(ウェアライダーの巫術士・e23492)はてくてくと歩いていた。
「今日も大変だったのじゃ。早く帰ってゆっくりしたいのぅ」
 デウスエクスの退治でもしてきたのか、はたまた街ぶらして遊び疲れただけなのか、扇でぱたぱたと顔を仰ぎながら家路を急ぐオルファリア。
 数分もすれば、住居はすぐに見えた。
 ひとけのない寂れた神社。古めかしい鳥居をくぐり、小さな社殿に入ると、オルファリアは小綺麗にしている床にごろりと寝転んだ。
「疲れたのじゃー。昼寝には遅い時間じゃが、ひと眠りすりゅかの……」
 天井を見上げながら、ゆっくり瞼を閉じるオルファリア。
 ――そうして体が眠りかけた、瞬間だ。
 強烈な殺気が奔った。外からだ。
 オルファリアが本能的に飛び起きると、紫紺の衝撃波が社殿の壁をぶち破る。それは一直線にオルファリアが寝ていた床に直撃して、爆散した木片が彼女の頬を掠めた。
 暗殺。としか思えない攻撃。
 風通しが良くなってしまった建物からオルファリアが飛び出すと、一人の女が境内の真ん中に立っていた。
「儂の攻撃をかわすか。トロそうな割にはやるのぅ」
「誰じゃ! おぬし……は…………?」
 女の顔を認識したオルファリアが、言いかけた口を止める。
 自分を殺そうとした目の前の女は、自分そっくりの姿をしていた。似ているなどという話ではなく瓜二つだ。小さな背丈も、狐の耳も尻尾も。
 けれど差異もある。背に生えた蝙蝠のような翼や、禍々しく伸びた爪、血のように赤い瞳はオルファリアとは違う。露出の多い紫の衣装も到底彼女が着るものではない。
「……ワイルドハント……?」
「儂が何であろうと構わんじゃろ? どのみちおぬしはここで死ぬのじゃ!」
 頭に浮かんだ言葉を口にしたオルファリアに、『オルファリア』が片手に持ったマジックロッドを差し向ける。
 戦いは、避けられそうもなかった。

●救援依頼
「オルファリアさんが襲撃されます!」
 連絡を受けた猟犬たちがヘリポートに集まるなり、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は切迫した状況を告げた。
 彼女はこれから起こることの予知をありのまま、皆に話した。オルファリアが自宅としている神社で襲われること、そのデウスエクスが彼女そっくりであることを。
「急いでオルファリアさんに伝えようとしたのですが、連絡がつかない状況で……ですから皆さんにオルファリアさんの救援を頼みたいんです」
 セリカによれば、今から現地に急行すれば戦いが始まる頃には到着できるらしい。逆に言えばどう急いでもその時点までということだ。もはや猶予はまったくない。
 少しでも早く神社に着くために、セリカは猟犬たちをヘリオンに促す。そうして速足で歩きながら敵のことについて説明を始めた。
「オルファリアさんを襲撃するデウスエクスはドリームイーターのようです。オルファリアさんそっくりということぐらいしか現時点では情報がありませんが……決して弱くはない相手です。注意して下さい」
 戦場となるのは、古ぼけた神社。
 境内にも周囲にも人はいないので、一般人の巻き添えを気にする必要はないようだ。
「……一対一ではオルファリアさんに勝ち目はありません。ですが皆さんの力があれば、ドリームイーターを打ち倒し、オルファリアさんを助けることができるはずです」
 よろしくお願いします――。
 そう告げて、セリカはヘリオンの搭乗口をひらくのだった。


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
皇・絶華(影月・e04491)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
オルファリア・ゲシュペンスト(ウェアライダーの巫術士・e23492)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)
エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)

■リプレイ

●化けて出たのは
 静謐な境内に、岩砕の音が響き渡る。
 紫の妖気に吹き飛ばされたオルファリア・ゲシュペンスト(ウェアライダーの巫術士・e23492)は、石畳の上を転がっていた。
「にゅう……っ!」
「ふふっ、よう飛ぶのぅ」
 オルファリアを見下ろし、愉悦を浮かべる偽オルファリア。
 その嫌らしい笑みを見返して、オルファリアは着物についた砂埃を払い落とした。
「ぬしが何者かはしらにゅが一つ言わせてもらうぞ」
 オルファリアの人差し指が、正対する自身の似姿へと向けられる。
 そして視線も走る。
 自分そっくりの敵が恥じらいなく露出している、肌に。
「服きゅらい着ぬかっ。儂が変態やとおもわれりゅではないかっ!」
「構わぬじゃろ。どうせこの場で死ぬのじゃからな」
「儂が死にゅ前提で考えりゅのではない! ここに来りゅまで誰かに見られ――」
「やかましいのぅ」
「っ!?」
 オルファリアが言い終わるのも待たず、偽オルファリアが空間の歪みに潜りこむ。
 気配は完全に消えていた。
 音もない。匂いもない。存在を気取らせる一切が。
 オルファリアが知覚するときには、もうすでに、背後に発生した『割れ目』から偽オルファリアの上半身が飛び出ていた。
「しまっ……!?」
「まずは背中でも裂いてみるかのぅ」
 猛禽のごとく力を込めた爪がオルファリアの背面に襲いかかる。
 鋭い爪は白い肌に突き刺さり、喰いこんだ。
 ――ただし、オルファリアの肌ではない。
「苛烈な攻撃だ。母としては称賛するべきか」
「……何じゃ、おぬしは?」
 ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)が、偽オルファリアの一撃をその身で受け止めていた。
「援軍と言うわけじゃな」
「ああ。私だけではないが」
 ユグゴトが茫洋たる笑みを浮かべる。
 その刹那、境内の中空に雷光が閃いた。
「オルファリア姉は、やらせないのだよ!!」
 はるか高空から落下してきたのは叢雲・蓮(無常迅速・e00144)だ。その手に纏わせた雷撃が唸り、直上から偽オルファリアに叩きつけられる。
 そして立て続けに降下する、人影が二つ。
「オルファリアさんの日常、壊させはしません」
「早急に消えてもらおう」
「ぐぬっ……!」
 源・那岐(疾風の舞姫・e01215)の細剣から迸る花嵐が、皇・絶華(影月・e04491)の靴の仕込み刃が、偽オルファリアに直撃した。
 が、蓮は敵の姿にきょとん。
「世の中には何人か似た人が、ってヤツでもなさそうなのだよ……?」
「だいぶ前に、ワイルドハントなるものが多く出現した事件がありましたね。まあ、姿は似ても違いは歴然ではありますが」
 敵から視線を離さぬまま答える那岐。
 顔かたちは似ていても、その印象はまるで違う。みなぎる妖気も。
「いずれにしろ似たような存在との戦いというのは恐ろしいものだな」
 絶華が宝剣を構え、黄金に輝く柄を強く握る。
 その横をつかつかと過ぎて、ユグゴトは両腕をひろげた。
「偽物でも贋作でも構わないが、本物、他に迷惑を掛けるなど不良の極みだ。仔が悪意を抱いて滅ぼしに動くならば早々に仕置を為さねば成らぬ。真実が混沌の内で在れ、私は貴様の在り方を嘲笑しよう――おいで。私こそが母親だ」
「随分と可笑しな者がいるようじゃな」
 箍の外れた包容力を見せる女を一笑して、偽オルファリアが猟犬たちをひと睨みする。
 と、そのとき。
 オルファリアたちの足元に、ぱらりと包帯が転がった。包帯は優しい光を放って石畳に魔法陣を描き、同時にどこからか涼風が吹いて猟犬たちの体を撫でてゆく。
「みんな大丈夫ー?」
 遅れて境内に降下してきた心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)が、ソウ(ウイングキャット)と一緒に仲間たちを見渡してウインクした。
 さらに――。
「自分に瓜二つの人物が、自分に成り代わろうとする。まるで真夏の心霊特番ですね」
 輝くオウガ粒子を振りまきながら、エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)が境内に着地する。寂れた神社風景を見回すと彼女はくすっと笑った。
「雰囲気は満点、でしょうか」
「かつてはきちんと手入れしている人がいたんでしょうけど、ひとけのなくなった神社には妖怪変化が住み着くようです」
 最後に降下してきた知井宮・信乃(特別保線係・e23899)も、降り立つなり傷みの見える社に目を奪われる。
 オルファリアは、むーっと唇を尖らせた。
「何じゃ。儂の住処に言いたいことがありゅのか」
「「い、いえ、そういうわけでは……」」
 詰め寄らんばかりの社の主に、ぶんぶんと手を振るエレスと信乃。
 戦場に居ることを忘れているかのようなやり取り。偽オルファリアは高笑いを発した。
「気の抜けた連中じゃな。まぁ楽しむがよい。どのみち長くは生きられんのじゃから」
「……そうでしょうか?」
 オルファリアに苦笑いを見せていた信乃が、打って変わって厳粛な眼差しを返す。
 その手が、腰に佩いた斬霊刀の柄を握った。
「キツネは本来、神様の使いなんです。キツネを騙るデウスエクスには、お帰りいただきましょう」
「儂を討とうと言うか。不敬な奴じゃ」
 妖狐はにやりと、笑っていた。

●攻勢
「全員、この神社とともに消し去ってやろうぞ」
 偽オルファリアの波動が、豪風をあげながら迸る。
 それを、最前に立っていたユグゴトが受け止めた。
「貴様が此処で殺すと言うならば、先に母への牙を剥くが好い。私は如何なる存在でも胎に受け入れて魅せる」
 波動の威力を押しとどめながら、小さき偶像から女神の幻影を繰り出すユグゴト。さらにエイクリィ(ミミック)が具現化した鋸で斬りかかり、敵に一歩を退かせる。
 そしてその一歩が地に着く前に、一体の槍兵が突撃した。
「簡単に下がらせはしませんよ」
「ちっ。面倒な奴じゃ……」
 那岐の生みだしたエネルギー体――氷結の槍騎兵が刺突を繰り出す。一直線に氷の道を作った槍兵の一撃が偽オルファリアを貫くと、絶華が跳躍して飛びこんだ。
 業火を伴った蹴撃が、妖狐を石畳に叩きつける。
「くあ……っ!」
「退く瞬間がわかれば、当てるのは容易だな」
「……おぬしら、よくも儂に狼藉を!」
 苦々しく歯噛みした偽オルファリアが、燃える体を空間の隙間に投げこむ。
 数秒後、狐が現れたのは絶華の背後だ。
「後ろから抉ってやるのは実に楽しいのじゃ!」
「くっ……やはり簡単には掴めないか……」
 紫爪が絶華の背中を切り裂く。鮮血を噴かせた絶華は激痛にわずか表情を歪めるが、すぐさま振り返って追撃を許さない。敵が死角を狙ってくるとわかっていれば耐えられぬこともなかった。
「絶華さん、背中の傷は任せて下さい!」
 衣装に血の染みをひろげる絶華に、信乃がすぐに治癒の手を伸ばす。出血が止まるとともに己の分身の影が生じると、絶華は信乃に目線だけで礼を返した。
 手を上げてそれに応じた信乃は、偽オルファリアへ目を向ける。
「『狐七化け、狸は八化け』とか『狐と狸の化かし合い』とか言いますが、なるほど狐らしい戦い方をしてきますね」
「放っておいたら狐の評判が落ちりゅのじゃ」
「しっかり倒さないといけないわねー」
 信乃の言に何やら看過できぬものを覚えたオルファリアを、後ろから括がそっと優しく抱擁する。すると微細な傷が不思議と塞がり、さらに得も言われぬ安心感がオルファリアの胸の内に沸いてくる。
 慈愛、母性、その類か。
「ふみゅ、悪くはないのじゃ」
「いいなー! ボクもぎゅってされたいのだよー!」
「なら蓮くんもいいわよー?」
「ホントなのだよ? お言葉に甘えるのだよ!」
「あのー、いま戦ってる最中ですよ……?」
 眼前で行われたバックハグに辛抱たまらなくなった蓮が、両腕をひろげてウェルカムする括の胸に一瞬で飛びこむ。傍で見ていた信乃さんはツッコむしかなかった。
 が、蓮くんとて戦いを失念しているわけではない。
「何だかとっても落ち着いたのだよ! というわけで行ってきます!」
「儂も一発かましてくるのじゃ」
「いってらっしゃーい」
 括にたっぷり抱擁された蓮とオルファリアが、溌溂とした顔で偽オルファリアへと駆けだした。
 気づいた偽オルファリアも、迎撃すべく手に魔力を集める。
 だが、蓮が速い。
 喰霊刀の軌跡が煌めく。一足飛びで妖狐の至近まで飛びこんだ蓮は、霊体うごめくその刀で敵の横腹を斬り抜けていた。
「つ……ッ!?」
「オルファリア姉!」
「うみゅ、よくやったのじゃ」
 空高く跳躍したオルファリアが、蓮の声に笑みを返す。
「儂の姿をしておりゅ訳は気にならにゅことはないが片付けさせてもらうのじゃ」
 中空を疾走したウェアライダーが、弓のように引きつけた脚を繰り出した。豪快な飛び蹴りが偽オルファリアの脚部を打ち、突き抜けた威力が石畳まで踏み砕く。
「儂の脚を……!」
「脚が傷みましたか? では私は腕を貰いましょう」
 脚にくらった痛撃に悲鳴を零す妖狐へ、さらに仕掛けたのはエレスだ。
 エレスが手中で小型の棍――『幻影棍』をくるりと回し、先端を偽オルファリアの腕へと差し向ける。すると途端にその腕は捩れ、ばきりと嫌な音を立てた。
 そう、偽オルファリアは認識していた。
「ぐおおおっ……!?」
「これでもう、好きに爪を振るうことはできませんね」
 腕を押さえる妖狐へとエレスは言い放つが、その実、腕は折れてはいない。
 ただの幻影だ。
 しかしあまりに生々しい幻影に、偽オルファリアはそれを真と信じていた。疑うことすらできず脂汗さえ浮かべる彼女は夕焼けの空に悲痛な叫びを放ちつづけた。

●狐祓い
 赤い炎がひろがる境内に、鎖が擦れあう硬質な音が鳴る。
「皆さん、火傷はありませんか!」
「ありがとう信乃さん。私は大丈夫」
「ボクも平気なのだよ!」
「私も無事だ。まあ、もとより我が身は地獄だ。今さら焼けようが問題はない」
 信乃の放ったサークリットチェインに癒され、纏わりつく狐火から解放された那岐や蓮、ユグゴトが背を向けたまま彼女に謝意を返す。
 己の振りまいた狐火を鎮められた偽オルファリアは、苛立つままに舌打ちした。
「ええい、忌々しい! なぜおとなしく燃やされぬのじゃ!」
「他者を焼き殺そうとは罪深い。その心根は正さねばなるまい」
 虚ろな目で妖狐を見つめるユグゴトの足元から、エイクリィが飛び出す。容赦なく齧りついたそれを振り払わんと狐は身をよじるが、歩み寄ったユグゴトの囁きがそれを許さない。
「殺せ。殺せ。殺して終え。奴が我等を滅ぼすものだ。殺される前に殺して終え」
「やめろ……やめるのじゃーー!?」
 耳を押さえ、絶叫する偽オルファリア。だがユグゴトの声は脳に染み入る。じわじわと侵蝕する精神攻撃に妖狐はぶんぶんと頭を振った。
 だが沈みかけた意識は突然もたらされた激痛によって浮上する。
 絶華の神速の刺突が、腹を貫いていた。
「ぐがっ……!」
「貴様はオルファリアを殺してどうするつもりだ。オルファリアそのものにでも成り代わるつもりなのか?」
「どうするか、じゃと……? そんなものを訊く意味があるのか……?」
「一つの好奇心だ。貴様のような奴は何度か見てきたからな……そして、私も似たようなモノでもある」
 貫通した宝剣を引き戻し、刀身の血を振り払う絶華。
「故に私はこう言おう。お前はどうあろうとオルファリア自身になる事はできない。元より別に存在している以上はどうあっても無理といえるのかもな」
「そんなものは……おぬしが決めることではなかろう!」
 絶華に喰いかかるように、妖狐の体が前傾する。
 だが彼女の怒りが絶華に届く前に、ふたつの刃が奔った。
「が……ッ……!!」
「変な真似はさせませんよ」
「そろそろ倒れてほしいのだよ!」
 エレスが逆手に持った惨殺ナイフが、蓮が両の手で握るチェーンソー剣が、偽オルファリアの胴体を左右から切り刻む。暴力的な刃に蹂躙された妖狐の体は鮮血を散らし、ぐらりと倒れかけた。
 そこへ、斬霊刀が閃く。
「おぬ……し……ッ!」
「私は狸のような幻術は使えませんが、剣の技で幻を打ち破って見せましょう」
 信乃の繰り出した剣閃が、ダメ押しを与える。三度の斬撃で全身の傷がひらかれた偽オルファリアはもはや立つこともままならない。
 だから、彼女はもう異空間に逃げこむことしかできなかった。
「逃げたのじゃ!」
「厄介ですね……ですが討ち漏らすわけにはいきません」
「ええ、ここでしっかり終わらせちゃいましょ!」
 括が掲げた応急治療用ロッドから一つ、二つと電撃が放たれる。二発の電撃はそれぞれオルファリアと那岐の体を撃ち、強烈な活力を与えた。
「捉えてみせりゅのじゃ……!」
 双眸を閉じるオルファリア。
 すべての感覚を総動員して、空間の乱れを探る。音も匂いも気配も消えようと、何かしらを感じ取ることはできるはず――と狐娘は精神を研ぎ澄ました。
 そして察知する、わずかな揺らぎ。
「オルファリア! その命は儂が――」
「それは無理じゃな!」
「!?」
 横合いに現れた偽オルファリアの紫爪をかわし、お返しの螺旋掌を打ちこむオルファリア。
 深奥に潜りこむ螺旋が、妖狐の臓腑を破壊する。
「ば……かな……」
「これで、おしまいです」
 最後の不意打ちもオルファリアに迎撃された妖狐が力なく傾ぎ、それを見据えながら那岐が石畳の上で舞い踊る。
 吹きあがる藍色の風、そして風刃。
「風よ、斬り裂け!!」
 風に乗り、無数の刃が、倒れゆく妖狐の体を斬り裂く。
 一瞬の嵐が過ぎて境内に静けさが戻ったとき、もう彼女の命は散っていた。

「さて、それじゃあ後は片付けですね」
「住処が荒れては平穏はない。元通りは叶わんが最善は尽くすとしよう」
「とても助かりゅのじゃ。このままでは風通しが良すぎりゅからのぅ」
 荒れ果てた神社を見回す信乃とユグゴトに、半壊して建物のていを成していない社を見つめるオルファリアが礼を返す。
 ただでさえ寂れていた神社は、戦闘の余波でもはや廃墟と化していた。
「虫刺されとか凄そうなのだよ……?」
「そうねー。ちゃんと直してあげましょ」
「ええ、そうしましょう」
「ボクもがんばるのだよ!」
 括とエレスと一緒に壁の吹き飛んだ社を眺めていた蓮が、両手を握りこんでやる気を示した。あわよくば『修理がんばったね』と女性陣に褒めて撫でてもらいたいと思っている。
「では、オルファリアさんがゆっくり休める家を取り戻しましょう」
 重い瓦礫を持ち上げる那岐の一言で、『おー』と神社の修復に着手する猟犬たち。
 それを尻目に、絶華は境内を後にしていた。
 消滅していった妖狐のことを、考えながら。
 次期党首の影武者として育ち、しかしあまりに不出来な偽物だった、己のことを考えながら。
「結局は……偽物とか本物とか、どうでもいいのかもしれないな」
 たとえ贋作であろうと、確かにそこに存在している事実は変わらない。
 今はそう思えるから、男が踏み出す一歩は、軽やかだった。

作者:星垣えん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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