遠からんものは音にも聞け

作者:星野ユキヒロ


●大阪緩衝地帯復興工事予定地にて
「さあ、ぱっぱと済ませちゃいましょうか!」
 大阪緩衝地帯では、これから復興工事をするにあたっての下準備を行うために現地に入った土建屋ががれきの撤去を行っていた。
「アケミさん、そこユンボでさらっちゃってください」
「あいよー!」
 積み上げられたがれきは膨大で、重機が使える者の活躍は目覚ましい。操縦者の操る重機のネックががれきにぶつかり、盛大に音を立てて崩れた。
『グォオオオオ……ン!』
 音で目覚めたかのように現れたのは攻性植物『スロウン』!! 身体の一部をツルクサの茂みの如き「蔓触手形態」に変形させ、重機ごと操縦者を締め上げた!

●スロウン駆除作戦
「アイヤー! ケルベロスの皆サン、ユグドラシル・ウォーの勝利、さすがの一言アルヨ!」
 クロード・ウォン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0291)は笑顔とともに称賛の言葉をケルベロス達にかけるが、瞳には疲労が残っていた。
「大阪緩衝地帯で攻性植物『スロウン』の出現が予知されたアル。エインヘリアルの策謀術士リリー・ルビーの命令で潜伏していたようヨ。命令で人間が近づくまでは休眠状態になっているようではあるカラ、予知によって工事は中止になって被害は出てないのコトだけどこのままじゃ復興がいつまでたっても進まないカラ皆サンに排除してもらう必要があるネ」

●スロウンについて
「さっきも言った通り、スロウンは人間が近づくまでは休眠状態で、近づいたら奇襲をかけるように命じられてるようヨ。もちろんケルベロスであってもそれは例外ではないネ。探索というより奇襲を避けて撃破する対策が重要になってくるアル。スロウンそのものは両手を鞭のようにして攻撃してくるケド、それほど強くはないネ。ただ、30体ぐらいが潜んでるようだから1~3体ずつ相手にしていくといいと思うアルヨ」
 ケルベロスに資料を配りながら、クロードはスロウンの説明をした。資料には一度に襲撃してくるのは3体程度であると書かれていた。

●クロードの所見
「数が多いのコトだから、手分けして探索するのもアリヨ。もちろんちゃんと対策が立ててあっての話だけどネ。安心して工事を再開できるように、力を尽くして頑張っチャイナ!」


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)
ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)
国東塔・蘭理(地球人のブラックウィザード・e86421)

■リプレイ

●無言のやり取り
 ケルベロス達の降り立った大阪の地は、復興中のまましずかに沈黙していた。数多くいると言われているスロウン達を駆除しなければ、復興は遅々として進まないだろう。
『まだまだ復興を妨げる置き土産が尽きないようだねぇ。しかし、こうなることをある程度予見しての嫌がらせだろうか。策士の考えることはわからないよ』
 声に反応してスロウンが覚醒することを危惧して、無音でメッセージアプリを動かすのはディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)。着物の裾からはロボットの足が見え隠れしている。
『スロウンをどうにかしねえと大阪の復興もままならねえからな、きっちり退治しようぜ』
 裸足でがれきの道を踏みしめるのは相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)。アクアカーモに包まれてなお肩の筋肉から闘志が湯気になってゆらゆらと立ち昇った。
『大阪城を取り返すのに長い時間かかったからね。ようやく復興が始まったんだ、余計な置き土産なんかに人の営みは邪魔させないよ。邪悪な植物は根こそ駆除しよう』
『長い間デウスエクスに占拠されていた大阪がようやく大阪の人達の手に戻ったんです、余計な置き土産に復興の邪魔はさせません!!邪魔な植物は根こそぎ駆除ですね』
 源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)と如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)が同時にそっくりなメッセージを送る。顔を見合わせて、同じこと考えてた……と微笑みあう。
『漸く大阪の街を取り戻せましたが、まだ人々の生活は完全には戻っていませんものね。この場所に早く人々の笑顔が戻ってくるように、危険はしっかり取り除かないといけませんね』
 現場の地図を矯めつ眇めつしながら周りに目を配っているのはアリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)。紫の瞳に映るがれきはどこまでも広がっているかのように錯覚させられる。
『大阪の復興はここから。皆さんには建物の再建をお任せしていますし、ケルベロスにはデウスエクスの討伐をお任せ下さい! といったところですね』
 そんなアリッサムの瞳の揺れを察知してか、励ますのはイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)。人懐こい笑顔を見ていると不安が溶けて消えていきそうだ。
「……由奈、やっぱり私消えれば良いって思ってる」
『大丈夫。ほら、人を救うことだけ考えましょう』
 意識しているのかいないのか、小声でぶつぶつと独り言を言う国東塔・蘭理(地球人のブラックウィザード・e86421)に、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が励ましの言葉をモバイルの画面に表示してとんとんと見せる。独り言を言っていたことにようやく気付いた蘭理が恥ずかしそうにした。
 そうしている間にも、予知された場所にたどり着いた。戦いを始めよう。

●息を止めろ
 ディミックとフローネ、ディフェンダーの二人が囮として先行する。
(生命の脈動の薄い種族だが大丈夫かねえ……)
 ディミックは心で嘯きながら隅々を視認した。フローネがハンドジェスチャーでこれでは? と指し示す先に、なにかアボカドの種のようなものが三つ埋まっている。二人は少し離れると、遮蔽物のない広いところに小石を拾って投げつけた。小石は地面に当たってカツンと音を立てる。
『ギギギィ!』
 現れたスロウン達が小石に殺到した。
 そのスロウンの一体を忍び寄ったクラッシャーの泰地が聖なる左手で引き寄せ、闇の右手で粉砕する。続いて同じく隠密気流で身を隠しながら近づいていた瑠璃が氷結輪『寒月』で魔法の霜の領域を展開し、スロウン達を足止めした。
『ギギギギーッ!』
 スロウンの一体が蔓触手を瑠璃に伸ばす。すかさずフローネが間に入り攻撃を受け止めた。
 その後ろで沙耶が大きすぎない声で定められた未来からの解放を求めて歌い上げ、敵群の攻め手を封じにかかる。
「銀天剣、イリス・フルーリア―――参ります!」
 イリスが名乗りを上げながらフローネに巻き付いていた触手を捌いて剥がした。
「紅玉の内に眠りし炎よ、目覚めよ、賦活せよ、紅く染めよ――」
 ディミックが続いて真紅に輝く変種鋼玉の欠片を触媒に呼び寄せた炎で周囲を焼き尽くす。
 アリッサムは 地面にケルベロスチェインを展開し、味方を守護する魔法陣を描いた。前列の守りを固めつつ、フローネの負った傷を癒す。
「気味の悪い触手……あれに縊り殺される命になるのってどうなんだろう?」
 ケルベロスとスロウンの戦いを横目に見てぶつぶつつぶやきながら蘭理は古いメモ帳をめくる。そのままおぞましき悪霊の群れを召喚し、スロウンの生命力を喰らわせた。
 ケルベロス達は最初の動きでこの戦いのリズムをつかむことができたようだ。引き続き同じように怪しげなところにディフェンダーを先行させ、釣られてきたスロウンを全員で叩く戦法で次々とスロウンの群れを片付けていった。

●閑話休題
 予知されたスロウンの半数ほどを倒し終わり、ケルベロス達は安全地帯まで撤退してきた。なにせ数が多い。休憩しながらでなければ先に息が上がってしまう。
「ああいうところに隠れている敵にあっという間に折られて終わりっていう終わり方も……」
「そこは崩れそうなので気を付けたほうが」
「死角になるところは慎重に動こうねえ」
 蘭理は重機の陰や見えないところを伺っている。イリスとディミックはともすればすぐに死へと意識が囚われてしまう彼女をそっとみんなのほうへ押しやった。
「こんなにいいお天気の日なのに」
「ほんとうにそうですね……暑い……」
 アリッサムはダメージを引き受けがちなフローネの傷を癒しながら空を見上げる。夏の太陽はてっぺんへ登り、日差しがさんさんと降り注いでいる。
「日陰に入れねえのは体力を奪うな。早いとこやっとちまおうぜ」
 泰地は飲み残したミネラルウォーターを頭からかぶり、立ち上がった。
「沙耶さん、大変手間がかかる戦闘になるけど、頑張ろう。全ては大阪の人達の未来の為だ」
「そうですね、瑠璃。今回は大変そうです。頑張る必要がありそうですね」
 差し出された瑠璃の手を取って立ち上がる沙耶。ケルベロス達は再びスロウン退治の戦線に赴いた。

●虱潰し
『ギギギギィ~!!!』
 先ほどまで繰り広げていた戦法でうまくいくことはわかっているので、引き続きディフェンダー二人の斥候、石投げでのおびき出しからの袋叩きで着々とスロウンを潰していく。
(旋風斬鉄脚!)
 大声は出せないので心で叫んで、泰地は光の弧を描く強靭な回し蹴りを一番近くにいたスロウンに見舞う。
「はいっ」
 吹っ飛ばされたスロウンをイリスの如意棒が叩きつけようとするが、スロウンは触手を器用にがれきに這わせて一撃を避ける。
『ギギギギ!!』
 イリスの横合いから飛び掛かり食らいつこうとするスロウンの前にディミックが立ちはだかり攻撃を受けた。
 すかさず、瑠璃がガネーシャパズル、水鏡『カーバンクル』から竜をかたどった稲妻を繰り出し、スロウンを仕留める。
『ギッギ!』
「ふっ!」
 きしむ声を上げながら別のスロウンが瑠璃に飛び掛かるが、飛び出したフローネがマインドリング、ココロの指輪から具現化した剣ではじき返した。
 沙耶のドラゴニックハンマー、The Mallets of Sluggerが砲撃形態に変形し、竜砲弾ではじかれたスロウンを撃破した。
 踊るようにくるくるとスロウンたちを翻弄するケルベロスたちを目にし、戦闘慣れしていない蘭理は自分にもできる事を、と急いでメモをめくった。
「忌まわしきレンの深淵の主人よ、我が求めに応じその顎門を開き給え……」
 蘭理の呼び声に応えてか、吐き気のする悪臭と共に渦巻く粘液の飛沫が呼び出され彼女が指し示した方向にいる敵に襲い掛かる。
「ふむふむ、なかなか、なかなか」
 それを見て目を細めたディミックは、戦闘の衝撃で目覚めた別のスロウンに向かっていった。
「みなさん、小さい傷でも甘く見ないでくださいね」
 アリッサムの黄金の果実が、傷だらけの前衛の傷や毒を癒していく。
 ずいぶん倒した。あともう一息だ。

●一番の除草剤
「オラッ!! 声が出せないんじゃ力の半分も出せなかったぜ!」
 もうほとんど目を覚ますスロウンも潜んでいないと踏んで、泰地は急に大声を出しながらスロウンを引き寄せ、粉砕する。
「意志を貫き通す為の力を!! 全力で行くよ!!」
 瑠璃も凛とした声を上げ、秘めた太古の月の力を剣にして一気に振り下ろす。
『ギギギギイギギギギギギイギィ~!!!!!!』
 両断されたスロウンの後ろから、別のスロウンが耳障りな鳴き声を上げながら大きく伸びあがる。地面が大きく揺れ、ボコボコと隆起する。それは前衛のケルベロス達を取り囲み、飛び出した地下茎が襲い掛かった!
 ディフェンダーのディミックとフローネがクラッシャーの泰地と瑠璃を抱え込むように護った。殺到した地下茎に吹っ飛ばされるフローネとディミックに沙耶が駆け寄る。
「沙耶さん、大丈夫。戦いを続けて」
 守ってくれた二人の様子を間近で見た瑠璃の言葉にうなずいた沙耶は駆けだした。
「貴方の運命は……皇帝の権限にて、命じます!! 『止まれ』」
 沙耶の示した運命に、地下茎を伸ばしていたスロウンの動きが鈍る。
「光よ、彼の敵を縛り断ち斬る刃と為せ!  銀天剣・零の斬!!」
 動きの止まったスロウンに、翼に光を集めたイリスが一刀。さらに溢れた光が刀の分身になって超高速の連撃を叩き込み、沈黙させた。
「こ、こんな……」
 横たわるディミックとフローネの姿は蘭理には刺激が強く、ドクンドクンと心臓が脈動した。
「大丈夫だよぉ、蘭理嬢。ケルベロスはそんなにヤワじゃないからねぇ」
 そんな蘭理の肩をぽんと叩き、ディミックはよいしょと立ち上がった。蘭理の心臓は落ち着きを取り戻していく。
「な、治さなきゃ! ええと。全部うまくいきます!」
 一拍おいてディミックの傷に気が付いた蘭理は、慌ててメモをめくって彼を占う。ネクロオーブの力により、ディミックの傷は治っていった。
「可憐”な青は、幸福の兆し。困難を乗り越え、”どこでも成功”です」
 それを見ながらふんわりと笑ったアリッサムもフローネに治療を施していた。ネモフィラの花に包まれた地竜の巫女のおまじないの花言葉は、偶然にも蘭理の占いとほぼ一致していた。
「さあ、これで終わりにしてしまおうねぇ。紅玉の内に眠りし炎よ、目覚めよ、賦活せよ、紅く染めよ――」
「ええ、そうしましょう。アメジスト・シールド、最大展開!!」
 フローネがディミックを覆うように盾を展開すると、アリッサムのネモフィラが煽られて巻き上がる。その中をディミックが駆け抜けて――。
 蘭理が顔を上げると、残りのスロウンはすべて焼き尽くされていた。

●大きな声は出なくても
 大阪緩衝地帯復興工事予定地。ケルベロス達の今いるこの場所は先ほどまでの死闘がウソのように静かだ。しかし、ボコボコに盛り上がった足場や崩れたがれきが本当のことだと告げていた。
「策謀術士は、何の目的でスロウンを遺していったのでしょうか? ……どうかこれ以上この地で、大きな事件が起こりませんように」
「大阪を元に戻す為に。出来る限りのことをしていきましょうか」
「そうだね。大阪はこれからも大変だけど、出来ることからやっていこう」
 荒れ果てた街を眺めていたアリッサムと沙耶、瑠璃がこの地の復興を祈る。
 ヒールが使える者は仲間と現場、両方の戦いの痕を癒し、使えないものは危ないところを確認し慣らしておいた。
「もうここにはスロウンは残ってないようだな。しっかり退治できたぜ」
「ええ、討伐完了ですね」
「引き揚げましょう。次の戦いのために」
 念のために周りを見回ってきた泰地、イリス、フローネの三人も戻ってきた。
「次の戦いで、今度こそって? 由奈の望みはそうなのかな……」
「蘭理嬢。明日のことは明日考えたほうがいいよぉ」
 作戦終了の電話を入れていたディミックが思考の迷宮でぶつぶつつぶやく蘭理の背を押して帰還を促した。
 復興を妨げる者のいなくなった地は、予定通りここを任された者たちがきっと元通りにしてくれる。大きな声が出なくても、戦う力がなくても。きっと。

作者:星野ユキヒロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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