夜光の海

作者:崎田航輝

 静波の音が藍空に優しく響く、夜の浜辺。
 海に冷やされた夜風は、夏の只中にあってひんやりと涼しくて。歩きながら沖を望めば、星を映す水面がきらきらと揺蕩って美しい。
 こんな夜には、浜で過ごそうと訪れる人々も少なくない。
 海を眺めて歩を進める人、耀くシーグラスに目を留める人──夏の涼やかな宵、各々のゆったりとした時間を楽しんでいた。
 と──そこから遠くない岩礁の一角。
 波が寄せては返す岩の間に、落ちている物がある。
 それは人工的な角張りを持つ、機械。幾つかのスイッチと円いレンズ、長方形の形をした──デジタルカメラ。
 いつから此処に放置されているのだろうか、それは旧い型であるばかりか既に壊れてしまっている。
 どれだけの思い出をその眼に収めてきたのかは判らない。けれどもうそれは、何ものをも写すことはない──はずだった。
 かさりかさりと、岩礁を這ってくる影がある。
 それはコギトエルゴスムに機械の脚が付いた、小型ダモクレス。
 岩場の間に降りて、壊れたそのカメラにたどり着くと一体化。小さな四肢を生やして俄に動き始めていた。
 そうして浜へ出たそれは、レンズをきらりと明滅させて。
 あらゆるものを写し、切り取り、己が物にすることを求めるかのように──人々の元へと歩み出していく。

「集まって頂いて、ありがとうございます」
 夜のヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
「本日はダモクレスの出現が予知されました」
 曰く、海辺にて放置されていたデジタルカメラがあったらしく──そこに小型ダモクレスが取り付いて変化してしまうようだ。
「このダモクレスは、人々を襲おうとするでしょう」
 そうなる前に撃破をお願いします、と言った。
「戦場は浜辺となります」
 広く平坦な砂浜が広がっている環境で、ダモクレスは岩礁からそこへ現れる。こちらはそれを迎え討つ形となるだろう。
 なお、一般の人々の避難は事前に行われる。
「戦闘に集中できることでしょう」
 周囲も荒れずに済むでしょうから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利できましたら、皆さんも浜辺を散歩などしていってはいかがでしょう」
 海を眺めてもいいし、燦めくシーグラスを探して歩んでもいい。涼しい風が吹いていて、夏のさなかに快い時間を過ごせるはずだ。
「飲み物などを用意して寛いでもよさそうですし……手持ちの花火などを持っていっても、夏らしい楽しみが味わえると思いますよ」
 そんな時間のためにもぜひ、撃破を成功させてくださいねと、イマジネイターは皆へ言葉を贈った。


参加者
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
輝島・華(夢見花・e11960)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)

■リプレイ

●静波
「皆様、足元にもお気を付け下さいね」
 さくり、さくり。
 深い藍色のヴェールのかかった夜半。柔らかな砂を歩みながら、輝島・華(夢見花・e11960)は腰に吊るした灯りで前方を照らす。
 広い浜の只中は、まるで標のない宵闇にも似ていた。
 ただ海辺の傍まで辿り着けば、そこは暗闇ではなくて──シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)はぽんと両手を合わせた。
「まあまあ、日中の深くて青い海も綺麗だけれど。月と星の煌めきを映す夜の海も、趣がありますわね」
 前方に広がるのは無限の宝石が瞬く空と、その光を宿した海の水鏡。
 明滅する夜の輝き。
 美しさに、時間を忘れて眺めたい気持ちを抱かせる景色。
 ──ただその中で、キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)はテレビウムのバーミリオンと共に持っていた提灯を向ける。
「……こちらから寄る手間は、省けたようね」
 言って見据える視線の先。
 岩礁の隙間から這い出てくる一つの影があった。それは番犬の灯りに釣られたように近づいてくる──。
「デジタルカメラ、かぁ」
 笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)は戦いの態勢を取りながら、その敵──ダモクレスの姿を観察する。
 いつに使われていたのか、それは旧い型のものだったけれど。天司・桜子(桜花絢爛・e20368)はほんの少し小首をかしげて、顎に指を当てた。
「放置されるなんて勿体ないねー。修理すればまだ使えそうなのに」
「……そうだな」
 と、静かな声音を零すのはヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)。
 けれど人はそうしなかった。
 今まで放置して、ダモクレスが憑りついて放置できなくなったから、番犬達が漸くやってきて倒そうとしている。
 それは人間の身勝手なのかもしれないとも思う、けれど。
「人に危害を加えさせる訳にはいかない。だから止めさせてもらう」
 凛然と、意志に濁りなく。
 ヒエルは皆の心をも鼓舞するように『当足一閃』──氣を高め皆の魂に働きかけて、集中力を鋭く研ぎ澄ませていた。
 その力を活かすよう、氷花は既に敵前。
 踏み込んだ足を軸にくるりと廻りながら、冷気を纏う漆黒のナイフを奔らせて。『血祭りの輪舞』──縦横に踊る斬撃で硬質な躰に傷を刻む。
 生まれた間隙に、キリクライシャは林檎樹の成長を促して。備えは早くあるべきと、夜闇に小さな陽光を生むように黄金の果実を鳴らせ、耀く薫風で皆を守護していた。
 そのさなかにも、ふと小さな手足で動く敵を見遣って。
「……蟹みたいよね」
 するとダモクレスは何を思ったろうか。微かに地団駄を踏むと、自らをカメラと顕示するようにフラッシュを焚こうとする──が。
「させません」
 深海色の髪をさらりと揺らし、ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)が跳躍していた。
 可憐なゴシックロリィタのドレスを靡かせて、空を踊るように。身軽に回転すると頭上を取って一撃、魔力の茨を纏った靴で強烈な蹴撃を叩き込む。
「カメラも良いかもしれませんが」
 と、ミントはそのまま飛び退きながらふと声を零した。
「最近ではスマホでも充分いい画質の写真が撮れますし……私はスマホでも良いかなって思います」
 するとダモクレスは一層反抗するように眩い閃光を放つ。
 だが仲間を襲う衝撃へ、氣を纏うヒエルがライドキャリバーの魂現拳と共に飛び込み真正面から防御。耐え抜いてみせると──。
「豊穣の恵みよ、奇跡の果実よ、仲間を癒す力を分け与えてね」
 桜子が桜の枝を屋根のように伸ばし、結実した輝きから護りの甘露を滴らす。
 触れた雫が皆を癒やすと、華は杖先より魔力を閃かせ──幾重もの光を編んでゆくように、雷の壁を展開して皆を回復防護してみせた。
「これで皆様の体力は、問題ありません」
「では私は、後方の護りを」
 と、シアは二本一対の杖を合わせて輝かせ、光の花垣を成すように稲妻を無数に咲かせ、護りを後ろにまで広げていく。
 ダモクレスは再度の攻撃態勢に入ろうとしていたが──羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)がつい、と静かに指を差し向ける。
「無駄です。それを止めるのは、あなた自身の心ですから」
 紡いだ言葉が、機械に影を見せる。
 朽ちゆく自身と全てを隠す砂塵。敵自身が生み出す恐怖の具現──『まつろう怪談』。夢に縛られるよう、ダモクレスは動きを止めた。
 その一瞬に華のライドキャリバー、ブルームが風を掃くように加速。花弁を舞わせながら突撃して後退させれば──バーミリオンもまた走り込んで一撃、果物ナイフで刺突を喰らわせていた。
 よろめくダモクレスはそれでも反撃を狙う、が。
「少々、留まっていてもらいます」
 清楚に、そして真っ直ぐな声音でシアが指をのばし、花風渦巻く魔弾を発射。貫く衝撃で機械の足を凍結させる。
 そこへ氷花が砂を蹴り、夜空に眩い焔の虹を架けて。
「この炎で、オーバーヒートしてしまえー!」
 轟と火の粉を散らせて蹴り落とし。弾ける火花を伴って、痛烈な一打でダモクレスに膝をつかせた。
「今の内だよー」
「ええ」
 頷く紺は既に連撃態勢。
 夜闇に形を取らせるかのように、暗色の流体を鋭く流動させて。突き出す一撃で機械の躰を深々と貫いてゆく。

●夜風
 破片を零しながら、ダモクレスはよろめいている。
 ちかりちかりと、明滅するフラッシュ。それが誰かのための光であった頃を思うよう、氷花はふと呟いた。
「どんな思い出が詰まっていたんだろうね」
「……ええ」
 華も静かに瞳を伏せる。
 今までどんな景色を見て、それを残してきたのか。その記憶ごとここに忘れ去られたことが、可愛そうに思えてしまう。
「せっかくたくさんの思い出を集めていたでしょうに。どなたの忘れ物なのかも判らないのは、少し悲しいですね」
 紺も仄かな声を零した。
 それでも、写真に収めるくらいの思い出をその身に宿しているのだから。
「それを悲しい思い出で上書きなんてさせません。せめて悲劇が起きる前に、その思い出を守ってあげたいです」
「──そうですね。静かに、眠らせてあげましょう」
 華が真っ直ぐに、花色の瞳で見据えれば──皆も頷き戦いの気勢を継続する。
 ダモクレスは反抗の意志を示すよう、此方の複製体を写し取った。だが放たれる剣撃も打撃も、手足に眩い氣を輝かすヒエルが弾き、いなし、防いでみせる。
「通しはしない」
 言葉と共に気迫で己が偽物も吹き飛ばしてみせると──その間隙にミントが青薔薇意匠のパイルバンカーを掲げて冷気を収束して。
「雪さえも退く凍気を、受けなさい!」
 鋭き杭を稲妻の如く撃ち込んで機械の躰を穿った。
 同時、ミントの頭上を飛び越えるように跳躍するのが氷花。
「そのまま、凍結させてあげるよ!」
 掲げた大ぶりの杭打ちに魔氷の杭を生成させると一撃。細氷を踊らせながらダモクレスを貫きその半身を凍りつかせてゆく。
 生まれた隙に、紺は銃口を突きつけていた。
 ダモクレスが身じろごうとも狙い違わず、闇色のマズルフラッシュを伴って躰を貫通させて傷を深めさせてゆく。
 異音を零しながらも、ダモクレスは足掻くように閃光を返したが──。
「大丈夫? すぐに治すからね!」
 直後には桜子が軽快に踊るかのようにステップを踏んで。同時に唇から清らかな旋律を紡いでいた。
『──』
 響くメロディは美しく、同時に愉しく。心を癒やし弾ませるよう、皆を蝕む苦痛と傷を拭い取ってゆく。
 時を同じく、シアは『羽衣草の芳香』──ヤロウの花を薫らせていた。
 花言葉を具現するよう、優しく揺蕩う香りが皆を癒やしてゆく。仲間が万全になったとみれば、シアは敵に向き直っていた。
 打ち捨てられた記憶の匣。辿ってきた道筋はもう判らないけれど。
「元のカメラさんも本当はこの美しさを残そうというお役目だったのかも」
 ならばと、野花のあしらわれた鞘から刃を抜いて。
「このうつくしい景色のなかで、送り出してさしあげましょう」
 羽ばたき迫って一閃、優美な剣閃を刻みつけた。
 よろけるダモクレスに、ヒエルも躊躇わずゼロ距離に近づいて。苛烈なまでの打突で躰をひしゃげさせて吹き飛ばす。
「あと少しだろう」
 言葉に頷いた華は、掌に花弁を生み出していた。
 瞬間、宙に踊りゆくそれは『風に舞う花弁』──無数の衝撃が切り刻むように敵の体力を奪ってゆく。
「最後は、お願いしますね」
「……ええ」
 応えたキリクライシャは、手を翳して林檎樹を頭上を覆うほどまでに伸ばしていた。
 さらさらと揺れる枝葉、その先端に実るのはキリクライシャの記憶にあるものと違わぬ──真っ赤な林檎。
「……終わりに、しましょう」
 自由落下するように枝から離れ、齎される衝撃は『林檎落』。直上からの一撃に破壊されたダモクレスは、斃れて霧散していった。

●夜光
 緩やかな風が吹いている。
 番犬達は安全を確認して人々へ無事を伝え──穏やかな平和を取り戻していた。
 静けさの帰ってきた浜は、優しい海の匂いが漂っていて。ゆっくりした時間が流れ始める中、紺は先ず巫山・幽子に礼を述べている。
「ご協力していただいてありがとうございました」
「……私こそ、皆さんのお力に助けて頂きました……」
 幽子がぺこりと頭を下げて返すと、紺はまた頷いて。皆がそれぞれに歩み出すと、自身ものんびりと散歩を始めることにした。
「綺麗、ですね」
 仄かな波音に誘われて進めば、月明かりに照らされた水面がきらきらと光る。海風は涼やかで快く、暫しその心地を味わった。
 夜の海は、昼とは違った趣を伝えてくれる。
 昏いけれど、同時に光に満たされてもいるから。
「こんな景色が……あのカメラにも残っていたのでしょうね」
 だから自分もそれを心に残して。
 再び歩みを進め、シーグラスを探す。
 すると宝石のような光が一粒二粒と見つかって。あまり海に足を運ぶ機会もないから、その感覚が楽しくて──いくつか拾っていく。
 そうして目の前の海と同じ蒼を集めて、自分だけの小さな海を作った。
 貝殻も添えれば、真夏の海といった風景が出来上がる。
 それが何とも美しく、可愛らしくて。
「またいつか、来たいですね」
 素敵な時間を送ることができた実感と共に、紺はそんな思いを抱いていた。

「無事に済んで何よりだ」
 少し散策していかないか、と。
 ヒエルは戦いの労いを兼ねて、シアへと声を掛けていた。まあ、と満開の笑みを見せたシアは頷いて。
「もちろんです。早速参りましょう?」
 寄せては返す波にほど近い、海辺を二人で歩み出してゆく。
 小さく揺らめく海には無数の星が映っていて、眺めているだけでも心惹かれる景色。ただ、シアはゆるりと見回して。
「浜辺にはシーグラスが流れ着いている事があるそうですよ! それを是非見つけてみたくて……ヒエルさんもご一緒に如何でしょう~?」
「シーグラスか」
 ふむ、とヒエルは顎をさする。
 想像するのは無垢な子供達の顔だった。
「確かに孤児院の子供達も喜びそうだな。俺も一緒に探してみるとしよう」
 頷くと、二人は暫し視線を下ろして注意を注ぐ。のんびり歩きながらも、シアは目を光らせて。
「ふふ、宝探しみたいで燃えますわっ」
 一瞬一瞬をわくわくとさせるように瞳を巡らせると──そのうちに砂の中に、夜光を反射する煌めきを見た。
「みつけました!」
「早いな。どれ──」
 と、ヒエルが覗き込むと……波に削られたのだろう、綺麗な丸形が揃っている。
 緑に水色、黄色。どれもが鮮やかながら、淡く光を透かしていて。シアは掌にのせて瞳を細めていた。
「優しい色合いね」
「この辺りには、多くあるようだな」
 ヒエルも、周囲に転がっている輝きを発見している。
 拾い上げるそれは色も艶も、大きさも千差万別で。
「アクセサリーの様な物を見定めるのにはどうも疎くてな。これなんかはどうだろうか?」
 と、示したのは夜空のような深い青。そして星のような白。
「あら素敵ですよ! きっと皆さん喜びますわ」
「よし。これだけ集まれば良い土産になりそうだ」
 同系色、そしてまた綺麗な色があればそれを拾って──夜の輝きを手に、二人は浜を歩んでゆく。

 耳を澄ませると波の音が夜に反響して、心地良く。空と鏡写しになった耀く海を、ミントは見つめていた。
「浜も海も荒れずに済んで良かったですね」
「うん。桜子達も少し散歩しよっかー」
 けん、けん、ぱ、と。
 砂をぴょんと跳びつつ、笑みを向けるのは桜子。折角の景色なのだからと、探検してみたい気持ちを表情に表す。
 二人に並ぶ氷花もうん、と頷いていた。
「海辺、歩こうよ」
「では、シーグラスも探してみましょうか」
 ミントは言って波に近い場所を見やる。
 空の光を映して燦めくそこには、他の光も交じっているだろう。それに肯く二人もまた、灯りで照らしながら歩み出した。
 その一帯は水分が反射していて、ライトを当てると眩いほどだ。
「この辺りに色々と落ちていそうですね」
「こうしていると、宝探しみたいで楽しいねー」
 ミントの言葉に応える桜子は、視線を右左。砂を覗き込みつつ、そこに無二の光を求めて観察を続けていた。
 すると、氷花があっとしゃがみ込む。
「これ、シーグラスだよね?」
 二人も覗き込むそれは──鮮やかなピンク色の硝子玉だ。
 波に揉まれ、砂利を転がり、少しずつ磨かれて流れ着いたシーグラスは──すべらかな表面と、元の硝子の色彩が相まって美しい。
 二つ、三つと見つかるそれは、不揃いだけれどそれが類のない魅力で。
「凄く綺麗なシーグラスですね」
 ミントは一つを拾い上げて空に翳す。
 月明りを通すそれは、中で光が屈折してほどけ、もう一つの星空を内包しているかのようだった。
 そして探せば探すほど、煌めきの粒は見つかってゆく。
「わぁ、こんなにあるんだねー!」
 氷花が愉しげに、濃密な紅色や清廉な白、艶めく黒を見つけていくと──隣では桜子も淡い桜色や翠色を発見して。
「こういう色合いも、和むなぁ」
 ぽんぽんと地面に置いて、まるで春の花園のような彩を楽しむ。
 その中から、特に美しい桜花の色と、瑞々しい葉のような翠の二つを拾って。
「これ、持って帰ろうかな」
「良いですね。では、私はこれを──」
 と、ミントが選んだのは内側にアメシストのような紫を、表面に暗めの蒼を湛えた一粒。
 元々グラデーションを持った硝子だったのだろう。光に当てると二つの彩が交じって幻想的な美しさだった。
「どっちも綺麗だねー。それなら私はこれと、これで──」
 氷花は青い粒を複数と、ピンク色のものを一つ。
 これを纏めて瓶にでも入れれば、青い海辺で耀くピンクを見つけた思い出を、後からでも味わえそうだったから。
「楽しかったですね」
「もう少し散歩、していこうかー」
 ミントの言葉に桜子が答えれば、氷花もまた頷いて。涼風の吹く海辺を三人、再び歩き出していく。

 静かになった海は、ゆっくりと波打つ水面がやわらかい風を導いて。
「無事にこの浜辺を守れて良かったです」
 華は景色を眺めながら一息ついている。
 頬を撫でる夜の温度は、仄かにひんやりとして気持ちいい。そして星灯りが海面に煌めいて美しく。
「素敵な眺めですね。幽子姉様もそう思いませんか?」
「はい……とても綺麗で、ずっと眺めていたくなります……」
 隣り立つ幽子も、こくりと応えた。
 波のリズムが時間を緩やかにする中、華は暫し夜色の海を見つめる。それから見回して、ふと歩き出した。
 折角の静けさだから。この中で少し、浜に落ちているものを探したくなったのだ。特にシーグラスは──。
「小さいのしか見た事ないんですが、見つかるでしょうか……」
 視線で円を描くように見回す。
 と、そこにきらりと光るものが一つ。近づくと、淡く桃色がかった紫の硝子だ。
「とても、綺麗」
 拾い上げて空に翳すと、藤の花のような色合いで。
 歩めばガラス瓶に、何処かから流れてきた花弁と、流れてきた道のりを想像させるものが次々と見つかった。
「こんな海の楽しみ方もあったんですね」
 他にはどんなものが待っているでしょうか、と。心に期待を交え、華はまた歩んでゆく。

 キリクライシャはバーミリオンと共に散歩へ。
 海辺を眺めながら、シーグラスを探し始めていた。
「……この辺り、かしら」
 夜闇に眼を慣らして照明はなし。
 暗いけれど、少し経てば海と空の光が充分な灯りだ。
 その証拠に、浅瀬の中に燦めくものを見つけると──海水に手を潜らせて、少しばかり冷たい感覚を得ながら……。
「……見つけたわ」
 拾い上げると、バーミリオンが顔を上げて見てくる。
 それは海を凝縮したような青のシーグラス。
 角度を変えると水面のように煌めいて、空に翳すと星灯りに応えるよう、夜空に似た輝きも見せた。
 よく見つかるのは、海の色に近いものらしい。その通りに、青だけでなく翠も見つけて、掌に海色が転がった。
 ただ隣をみると、ぱしゃぱしゃ、ころころ。
 砂から、海中から。バーミリオンがより多くのシーグラスを見つけていた。果実みたいな紅色や、眩い橙も含めて色とりどりだ。
「……沢山見つけたわね。目線が近くて、見つけやすいのかしら」
 すると褒められてバーミリオンはぱぁ、と。笑顔の顔文字を浮かべていた。
 キリクライシャも仄かに瞳を優しくして──見つけた輝きを手に、また浜辺の散策を続けてゆく。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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