黄泉路の開闢

作者:崎田航輝

 暮れと夜の間は生と死の境のようだった。
 風も空気も静謐に融けて、薄雲から時折淡い雨滴だけが落ちる。寒くもなく暑くもなく、全ての感覚が薄らいでいくようで。
 遠い木々の葉鳴りだけが聞こえる、隔絶されたような時間──けれどその中で、天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)は何かに気づいて振り向いていた。
「──」
 予兆があったわけでも、予感があったわけでもない。
 だが広がる野原と、ここへ歩んできた自身の足取りを想起して、自分はここに導かれたのだという直感を得ていたから。
 その思いが去来した、その直後。祇音が武器に手をかけようとしたのと時を同じく──闇からふわりと降りてくる影があった。
 深く艶めく黒髪に宵闇の瞳。
 冷え冷えとした白い膚と、明滅する雷と焔の欠片。
 美しき人影のようだったが──それが人などではないのだと祇音はその目で、その本能で理解していた。
「お主は……」
「──嗚呼」
 と、女は言った。
 優美な笑みを見せて、優しく嫋やかな声音で。そのずっと内奥に鋭い刃の如き気性を覗かせながら。
「総てが、丁度良い頃合い」
 祇音の姿に視線を這わせて、祇音の声音に満足気に瞳を細めて。
「だからその躰も心も魂も、捧げなさい。大丈夫──自分から死を望む程の、絶望に堕としてあげるから」
 言葉と共に、女は闇色の刃を抜いて──ゆっくりと祇音へ振り翳した。

「天崎・祇音さんが、デウスエクスに襲撃されることが判りました」
 黄昏を過ぎ、夜に差し掛かった空の下。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロスへ説明を始めていた。
「予知された未来はまだ訪れてはいませんが、一刻の猶予もないのが事実です」
 祇音は既に現場にいる状態。
 こちらからの連絡は繋がらず、敵出現を防ぐ事もできないため、一対一で戦闘が始まるところまでは覆しようがないだろう。
「それでも、今から現場へ急ぎ、戦いに加勢することは可能です」
 時間の遅れは多少出てしまうけれど、充分に祇音の命を救うことはできる。だから皆さんの力を貸してください、と言った。
 現場は自然の景色の広がる野原。
 辺りは無人状態で、一般人の流入に関しては心配する必要はないだろう。
「皆さんはヘリオンで現場に到着後、すぐに戦闘へ入って下さい」
 夜間ではあるが、周辺は静寂。祇音を発見することは難しくないはずだ。
「敵は死神です」
 高い戦闘力を持っており、一人で長く相手できる敵ではないだろう。放置しておけば祇音の命が危険であることだけは確かだ。
 それでも祇音を無事に救い出し、この敵を撃破することも不可能ではない。
「祇音さんを助け、敵を倒すために。さあ、急ぎましょう」


参加者
天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)
ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)

■リプレイ

●標
 薄闇に吹く風に、死を纏う気配と見知った匂いを感じる。
 ──間違いない。
 彼女はこの先に居る。その確信を得るから、地に降りた深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は前へと奔り出していた。
「向こうです。遠くはないでしょう」
「今はとにかく、早く合流しないとな……!」
 レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)もゴーグルを目に掛け、叢を縫ってゆく。
 未だ姿は見えない。
 だがその先で戦いがあることが直感的に判るから。
「天崎さん……これほど度々襲われるだなんて、何の因果なのでしょう」
 その連鎖がただの偶然ではないと、訝るようミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)も声を零す。
 そうねぇ、と。安海・藤子(終端の夢・e36211)も小首を傾げて。
「今回もまた厄介なモノに目を付けられたみたいだし……あの子もたいがいじゃない?」
 言いながらも、惑わず笑んでみせるのは──頼もしい味方が揃っているからでもあった。
 自分達は彼女を助けに来たのだから。
「さ、頑張りましょう?」
「勿論です。大事な仲間ですから、死なせはしませんよ!」
 ミリムの声にも皆は頷き──捉えた戦場へと、直走る。

 閃く雷光が地を割り、衝撃を弾けさせる。
 その眩さに、熱さに、天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)は驚愕して佇んでいた。威力の強さ故に、だけではない。
「……まさか。斯様な事が」
 ──これはまるで、自身の雷。
 信じられぬ心で刃を構え直す。だが眼前の死神がその刀に纏う霊力まで、まるで。
「わしと同じ力……」
「同じではなく、あなたがそう“成った”というだけ」
 死神は愉快げに笑んだ。
「私の、思い通りにね」
「……貴様、は」
「黄泉津・誘美──『母なる神』とでも」
 優しい声音は慈愛を思わせる。けれどそこには確かに、壊れかけの玩具を握り締める、酷薄で加虐的な色が在った。
 ──嗚呼。
 祇音は理解する。
 此処へ導かれたことも、繰り返された戦いの経験すらもそうだったのだ。ずっと前から、自分は糸があることに気づかぬ操り人形だったと。
「……禍音。神籬。わし自身の、偽物まで」
「戦いは辛かったでしょう、苦しかったでしょう? けれどあなたは傷ついて、乗り越えた。そして極上の生贄に成長した」
 誘美は喜悦を湛える。
「私の描いた通り。だから──」
 あなたが死ぬことも、と。
 誘美は巨大な孤月の衝撃波を描いた。
 レイジが庇おうとするが、防ぎきれずに片翼を裂かれる。膨大な斬線は祇音の躰をも深く抉って血潮を散らせた。
「……っ」
 意識が明滅して祇音はふらつく。
 怒りはあった。けれど誘美の言葉に、そして余りの力の差に──心を覆うのは絶望だ。
 力なく刃を振るう。だがそれは呆気なく弾かれて、逆に腹部を岩焔で貫かれた。
「ぐぅ……!」
 見上げる誘美は、嗤っていた。
 楽しんでいる、弄んでいる。
 絶望を真綿にして首を絞め、最後まで此方の苦しみを味わっているのだ。
「全ては、貴様の思い通り……か……」
 これが予定調和なら、己が生きた意味は何だ?
 誘美が傍へ歩み寄る。祇音はゆるゆると刀を拾い上げながらも、反撃の構えを取らなかった。
 元より敷かれた未来なら、きっと同じ。
 その時、祇音の前には確かに自ら死を望む道が伸びていた。
 その顔に、誘美が歓喜して手を伸ばす──しかしその一瞬。
「──ふざけんじゃねぇよ」
 乱雑に投げられる、鋭く尖った声音。
 轟と風を切って、耀く翼で高速の滑空をするアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の白烏・e39784)。
 膨大な光を伴った御業を解き放つと、無数の氷刃を形成。串刺しにするように誘美の全身を穿っていた。
 誘美が微かな驚きに止まると、その面前へ跳んだのがルティエ。
 風音に、地を蹴る震動。衣が棚引く音、全てが一瞬遅れて聞こえる、その頃には拳を固く握り込み。
「そこを退け!!」
 突き出して一撃、頬を強烈に抉り誘美の体を吹き飛ばしていた。
 直後には藤子も、オルトロスのクロスを伴い合流。皆と共に祇音を護るよう陣を敷く。
「増援の到着だ、ってね」
「……、皆……」
 ぼうと見上げる祇音を、アルシエルは見つめる。かけるべき言葉は浮かべど、今は苦しみを取り除く事を優先に。
「頼む」
「うん、任せて」
 弟の意を汲むように、ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)は祇音の傍らに駆け寄っていた。
 その傷は浅くない。
 或いは斃れる寸前だった、けれど。
「すぐに治療するから」
 手をのばすと細氷が踊るように燦めく。七彩に耀く氷は、そのうちに美しい氷晶となって祇音に溶けゆき癒やしを齎した。
「まだ必要だ。お願いできるかな」
「はいっ!」
 明朗に応えたミリムは、紋章に淡い光を帯びさせ治癒の力を引き出す。『コルリ施療院の紋章』──揺蕩う輝きを祇音へ宿し、傷と苦痛を祓っていった。
 そこへ藤子が大地の魔力を注ぎ、ルティエも匣竜の紅蓮に癒やしの焔を注がせれば──祇音は瀕死から脱する。
「……済まぬ」
「危機とあらば、助太刀することに理由は要らない」
 縁があるわけではなくとも、それは変わらないと。ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)は祇音へ言いながら歩み出していた。
 見据える先は、誘美の姿。
「死神か……休戦している勢力については譲歩しよう」
 だが、と。
 手先から虚空に領域を展開。内包される無数の刀から耀く一刀を抜き出して。
「人にあだなす死神ならば容赦はしない」
 風に揺れる黒髪が、力の行使によって本来の白に戻りゆく──その刹那。ハルは疾駆し一閃、視認も叶わぬ速度で誘美の足元を斬り裂く。
 誘美が傾ぐ一瞬を、逃さぬのがレヴィン。
「悪いけど、本気で行かせてもらうぜ」
 高々と跳躍すると、脚先へ魔力の光を眩く凝集していた。
 誘美は防御態勢を取ろうとする。が、躊躇わず蹴り抜くレヴィンが一瞬疾く、その輝きを打ち出して弾ける衝撃を叩き込んだ。

●希望
 土煙の奥で、誘美は言葉を零す。
「随分と──邪魔してくれるのね」
 それは抑えた声音。
 けれど鋭い怒りを隠せない、感情的な吐露でもあった。
「どうせ最後は絶望する。自ら死を望むようになる。その運命に、無為に抗うの?」
「運命、ねぇ」
 藤子は肩を竦めながら隣を見遣る。
 そこに佇む祇音は──動けずにいた。刃を握ろうとも、誘美の言葉に縛られたように。
 その瞳にあるのは絶望の残滓だ。
 藤子にはそれが判る。
 誰もいなくならないでほしいと言って、周りを見ない。それでいて一人は嫌と泣いている──そんな祇音の姿を知っているから。
「言わせておいていいの?」
 活を入れるよう、言ってみせる。
「わし、は……」
 祇音は力を入れようとして、それでも思うようにならない。藤子はその凝りをほどくように見回した。
「皆がいるわよ。助けてくれる心強い仲間が、ね」
「……ああ」
 頷くのはアルシエル。
 心には複雑なものを抱きながら、それでも今この時、祇音に死を望むことなどさせたくはないから。
「あいつにはもう、何もやらせない」
「そう。それに──」
 と、美しくも鋭い日本刀を抜くのはルティエ。
 夜色の瞳を、真っ直ぐに敵に注いで。
「義妹をそう易々とくれてやるわけがないだろうが」
 一歩踏み出し祇音を背に守る。
 そこへ皆が居並べば──ね? と、藤子は祇音へ笑んだ。
「誰もが諦めないために来てるのに。──何もかも明け渡してしまったら、本当に消えてしまうわよ?」
「……、皆……」
 祇音は、そこで己の体に力が戻っていることに気づく。
 見えたのは敷かれた道の上じゃなく。何もないと思ってしまった闇の中に瞬く光明。
 きっと、希望と呼べる何か。
「……、不甲斐ない姿を……見せてしまったようじゃ」
 目を伏せてから、刃を構え直す。心の暗がりの全ては消えていない。けれどそこにあるのは確かに、自信と気合に満ちた姿だった。
 消したはずの灯が燻って、誘美は微かに歯噛みする。
「──不愉快。今一度、絶望を見せてあげるわ!」
 天が瞬く程の雷を宿し、此方へ翔んできた。が、既にその眼前にルティエ。
「絶望に堕ちるのはお前だ」
 斬ると決めた敵への一閃は慈悲もなく。鮮やかな月を描く斬撃で膚を斬り裂いた。
 誘美は眉を顰めながらも、前進を止めないが──ひらりと舞うように、その面前に降り立つのがハル。
「まずはその動きを、断つ」
 流麗に廻りながら、領域より抜くのは黒き水銀が成した刃。闇色の旋風を吹かすよう、鮮烈に、疾く。撫で斬る横一閃で脚を捌く。
 アルシエルも掌を突き出し『Blood Bullet』。血を媒介に生んだ弾で躰を貫き、その身を呪で蝕んでいた。
 それを契機に、藤子も仮面を取り払う。
 様相は宛ら戦闘狂。瞳も心も戦いに向き、顔には笑みを湛えたまま──水晶の焔で誘美の全身を突き刺した。
 誘美は後退しながらも斬撃の嵐を繰り出す。が、銀灰色の髪を棚引かせながら──ミリムは暴風の只中で決して怯まない。
「誰も、斃れさせはしませんよ……!」
 意志を体現するように、呼びかけるのは地に眠る記憶達。
 育まれた命、巡る輪廻。その総てから癒やしの力を借りるように、膨大なまでの光量を昇らせていた。
 その輝きが前衛の痛みを拭ってゆくと──。
「お願いしますね!」
「判った、後はやっておくよ」
 ラグエルが星剣へ零下の魔力の渦巻かせる。
 耀く氷の結晶が淡く眩く、明滅する光を宿して星となって。描く星座が護りの加護を齎し皆を護った。
 前線が危機を免れれば、レヴィンはナイフを抜き放ち誘美の至近に迫る。
 誘美も刃を掲げるが──鈍った機動力がそれを邪魔した。直後、懐に滑り込んだレヴィンが縦横に斬撃を奔らせ傷を深めてゆく。
「さあ、次を宜しく頼むよ」
 その声に応えたのは、祇音。惑わず誘美と向き合い──雷を纏う拳で苛烈な打突を喰らわせていた。
「……っ」
 忿怒を表す誘美は、反撃に手を伸ばす、が。
「させませんよ!」
 ミリムが魔術で深色の鎖を生むと、それを操り飛翔させ──誘美の手足を絡め取った。
 その一瞬に、氷の棘へ魔力を注ぐのがラグエル。
 祇音の宿敵、彼女が同じく神であるのならば。
「『殺神ウイルス』なんてある意味ピンポイントな名称だよね」
 呟きながら指先より棘を放つ。誘美を穿ったそれは──確かに命を蝕むように侵食した。
 誘美が苦悶する刹那、ハルは斬霊刀と光の刃、二刀を振るって。
「斬り刻む。倒れ伏すがいい死神」
 風巻く斬撃を舞わせ、無数の衝撃で誘美の四肢から血煙を噴かせてゆく。
 よろめく誘美へ、レヴィンは銀色の銃を向けていた。
「頼むぜ、氷の女王様!」
 放つのは氷気の尾を引く弾丸。小さな多重螺旋を奔らせて飛んだそれは、誘美を貫通し、膝をつかせた。

●地平
「嘘よ……こんな、事が……!」
 金切り声にも似た唸りで、誘美は胸を押さえる。
 ヒステリックに爪を立て。現実を受け入れぬよう、己を治癒の雷で包んだが──。
「まだまだ、俺と遊んでくれよ」
 零距離へ飛び込んだ藤子が一撃、破魔の拳で加護を傷つける。
 同時、低空を翔けて肉迫したアルシエルも打突を見舞い、誘美の得た力を打ち砕いた。
「このまま畳み掛けてくれ」
「了解だよ」
 と、ラグエルが大地より氷を這わせて『氷華咲檻』。足元を囚えて動きを制すれば──同時に跳んだレヴィンが光を纏った蹴り落とし。痛打を加えて素早く飛び退く。
「任せるぜ!」
「ああ」
 応えるハルも影を奔らすように連閃。傷を抉り体力を削ぎ取った。
 よろける誘美へ、ルティエは『紅月牙狼・爍蓮』。斬撃で瀕死に追い込み、業火の檻でその身を閉じ込めて──。
「祇音」
 瞳を向ければ、藤子もまた祇音を見ていた。
「けじめは大事でしょ? 行っておいで」
「……ああ」
 いってくる、と。
 声に応えて、祇音は前へ。
「補助します……!」
 そこへミリムが月光の魔力を注ぎ、祇音の力を引き上げる。
 皆の思いも力も、全てを受けて──祇音は膨大な神力を湛えていた。
「終わらせよう……貴様との因縁を!」
 翔びながら、抱くのは眩い光。
「我は大地を駆ける狼なり。我は生命を守護する大神なり。我は天空に轟く大雷鳴──」
「……何、なの……その、力は──!」
 誘美が愕然と仰ぐ。それは己の神格が持つ力を最盛期「神代」へと回帰させる業。
 瞬く間すらなく、祇音は誘美に触れて。
「地神五代、神世七代を超えて至るは天地開闢! 混沌を別ち、穢れを祓う……それが我が真の権能! 我が神名は──!」
 叫ぶその先の言葉は、誰の耳にも届かない。
 悪意あるものを全て塵へ還す『別天津罪』の一撃は──違わず誘美の体を灼き、魂を散らし。残滓も残さず虚空へ消滅させた。

 静謐の中、ミリムは戦場を見下ろしていた。
「終わりましたね」
「ああ」
 頷くレヴィンも武器を収めて息をつく。
 皆と共にハルもまた──祇音へと歩み寄っていた。
「無事か?」
「皆の、おかげでのぅ。本当に……助かった」
 静かに佇んでいた祇音は、視線を巡らせて礼を述べてゆく。
 ルティエは表情を和らがせて頷いた。
「おかえり」
「……うむ。ありがとう」
 祇音も、普段は言えない言葉を素直に口にする。それから、とアルシエルへ向き直り、幾つもの謝罪を込めて目を伏せた。
「すまない」
「……いいや」
 アルシエルは首を振る。
 ただ、その心は未だ複雑だ。
 今まで傍に居て守れれば良いと思っていた。それだけで十分だと。
 けれど彼女が『消えて』しまいそうな時、それを彼女が受け入れた時。もし、少しの心残りにさえ、小さなトゲにさえなれないのであれば……はたして自分という存在に意味はあるのだろうか、と。
 思ってしまうから、改めて自身の想いを見つめ直すように。決して距離は詰めないで、今はただ無事を喜んだ。
(「……アルシエル」)
 ラグエルは小さく呟くだけで、弟を静かに見つめている。
 祇音がどうするのか、それをアルシエルはどう受け止め、彼自身がどうするのか。
 何も変わりはしないのかもしれないけれど──何かが変わるのなら、自分はそれも含めて見守ろう、と。それが自分にできることだと思った。
 さて、と。藤子は仮面をつけ直す。
「これでひとまず終わりかしら?」
 言うと、祇音へ笑みかけた。
「もう独りじゃないのよ。みんな、あんたの事、大事に思ってるから来てるの」
 だから投げ出しちゃだめよ、と。
「貴女が貴女であるためにも、ね」
「……そうじゃな」
 祇音は藤子に、そして皆に微笑みを向け──皆と共に歩み出す。
 ふと、遠い星と月を見上げた。
 戦いの目的は完遂された。それが空虚な心と、どこか寂しげな表情を作らせる。
「……これから、どうしようかのぅ」
 呟きは風に紛れてゆく。
 祇音は視線を戻し、前を見た。地平には、先の知らない未来が広がっている。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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