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「今年は日本だよ!」
集まったケルベロスたちを前に、ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)がニコニコ顔で報告する。そのうしろには巨大な「2020 ケルベロス大運動会」のポスターが張られていた。
ケルベロス大運動会とは。
全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)発動の度にかかる莫大な戦費を賄う為、毎年企画されるイベントのことだ。
開催国は持ち回りで、これまでも様々な国で行われ、世界中の人々を楽しませてきた。
「それがついに……日本の首都、『東京』で大運動会が行われることになったんだ!」
今回の大運動会は、戦費獲得は勿論の事、『ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション』による『東京の防衛力増強』も目的とされている。
「大運動会用に作られたアトラクションは、そのまま東京の防衛施設として使われることになっているんだ」
それだけじゃない、とゼノは目を輝かせる。
「世界のみんなを喜ばせて、たーくさん義援金を集めることができたら……『新型決戦装備』の開発に着手できるかも。これって、すごくない?」
――と、ここでセルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)が、ゼノの背中を指でつついた。
「それより早く、募集事項についてを説明しろ」
「そうだね。なんでみんなに集まってもらったか言わないとね」
セルベリアに手伝ってもらいながら、ゼノは「2020 ケルベロス大運動会」のポスターをはがした。
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下から現れたのは日本地図だった。愛媛県から山梨県まで、赤い線が引かれている。
山があり、海があり。なかなか風景の変化に富んだコースだ。
「みんなには、このルートの聖火ランナーをやって欲しいんだ」
せっかくケルベロスの地元である日本で大運動会をするのだから、会場となる『東京』以外の、日本全国の観光名所や特産品を海外に発信したい、ということで今回、聖火リレーが企画されたらしい。
セルベリアは丸めたポスターを脇に挟み持つと、ケルベロスたちに強いまなざしを向けた。
「そのほかにも、東京以外の日本各地の人々にケルベロス大運動会を楽しんでもらおう、という意図が、この聖火リレーには含まれている。常日頃からデウスエクスに苦しめられている日本の人たちを、私たちのパフォーマンスで勇気づけるのだ!」
ゼノがあとを受ける。
「この程度の距離なら、キミたちの身体能力があれば、あっという間に駆け抜けてしまえるけど……それじゃあ、つまらないたせろ? せっかくだし、地元の観光名所や名産品を紹介する旅番組のような聖火リレーをやって欲しいんだ」
どのようなパフォーマンスをするかは、実際に区間を走るケルベロスに一任される。
例えば、とゼノは瀬戸内海に面する県をポインターで指示した。
「スタートの愛媛県。愛媛といえばミカンだよね。ミカンをおいしそうに食べながら走るとか。ミカンそのものじゃなくても、給水場で100%ミカンジュースを飲んで感想をいうとか」
「『坊ちゃん』のコスプレをして走るのも面白いかも」
「……それ、海外の人にはちょっと分かりにくいんじゃないかな」
ゼノの突っ込みにセルベリアが頬を膨らませる。
「む。そ、それならわかりやすく紹介しながら走ればいいじゃないか。朗読しながらしはる、とか」
残念ながら、それは大人の事情で却下。
坊ちゃんのコスプレで道後温泉の前を走る……ぐらいが現実的か。
「それなら、松山城の前を松山城の張りぼてをきて走るのもあり?」
「ありだね。他にも大阪だったら、タコ焼きとかお好み焼を作りながら走るとかも面白いよね」
「大阪は、大阪城の復興具合も世界中の人に見てもらいたい。ランナーがヒールで回復するシーンなどはケルベロスの能力がアッピールできてなかなかよいぞ」
大阪に限らず、他の県でもやれそうだ。
コースは陸路に限らなくてもいい。手漕ぎボートで湾や川を渡ってもいい。あるいは泳いでも。聖火を持ったままなので、苦労しそうではあるが。
「地元の名産や観光名所のアッピールする、ケルベロスの能力をアッピールする。そしてなにより、聖火を持って走るみんなが心から楽しんでほしい」
そう締めくくると、ゼノはセルベリアとともに長机に移動した。
「参加してくれる人、こっちで受付するよ。誰が誰と、何処を走るのか教えてね」
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愛媛県。道後温泉前を出発した聖火ランナーは、四国カルストを越えて高知県へ。ウォーレン・ホリィウッドと美津羽・光流が待つ桂浜まで走った。
聖火を受け取ると、二人は白砂を駆け、海に入った。
ウォーレンは高知の地金魚トサキンをイメージした水着、光流は四万十川名物の河童をイメージした緑色ウェットスーツだ。
二人はここから室戸岬を泳いで回り込み、次のランナーが待つ有名なウミガメの産卵地、高知の大浜海岸を目指す。
坂本龍馬像に見送られて、片手でトーチを掲げつつ平泳ぎすること数十分。ウォーレンと光流は早くも太平洋の黒潮を、近く、強く、感じ始めていた。
「太平洋、世界に繋がってる海……。僕の故郷USAに繋がっている海だ」
ウォーレンは感極まりながら、ドローンカメラに話しかける。
「これを機に、世界のみんなに美しい高知の海を知ってもらえたら嬉しいな。いっぱいお魚も獲れるんだよ」
古式泳法で泳いでいた光流が、ウォーレンの横に並ぶ。
「そうそう、高知ちゅったらカツオの一本釣りが有名やな。生憎今は季節ちゃうけど、鯛やサバやマグロは美味いで」
さすがカッパ……。どこからともなく魚を取り出しては、カメラの前に掲げて逃がす。荒波をものともせず、高知沖で取れる海の幸を紹介しながら順調に距離を稼いだ。
室戸岬に差し掛かろうとした頃――。
「ん? あれ、今何か大きなものが横切って? ……鯨だ!」
「へ~、大物がおるやん。あれはニタリクジラやな」
いま二人が泳ぐあたりは海が浅く(といっても水深は二百メートル以上あるのだが)、ニタリクジラの回遊コースになっていた。もう少し沖へ出れば、マッコウクジラたちとも出会える。
「ここはホエールウォッチングの名所でもあるんだよ、一緒に泳げるかなーって、近づいてきた?」
好奇心旺盛な一頭が、二人に近づいてきた。頭を水から出して、どんどん接近してくる。
怖くはない、むしろ嬉しい。一緒に泳ぎたい。
だが、クジラが起こす波をかぶると、聖火が消えてしまう……。
ウォーレンは少し迷って、聖火トーチを光流に託すことにした。
「光流さん!」と投げ渡す。
「ほい。ほな、こっからは俺が持って泳ごか」
「それじゃ僕は鯨と一緒にジャンプして、世界中の人々にみてもらうよ」
ニタリクジラとジャンプするウォーレン、イルカに囲まれて聖火を運ぶ光流の姿が全世界に中継された。
ボランティアたちによって聖火は徳島県の佐田沈下橋を渡り、香川県の金毘羅宮を通って瀬戸内へ。遊覧船で渦潮の横を通って大阪に入った。
「こないだファンガスと戦った折、何より痛感したのは数の不利、じゃったからの。此度、衆目を集める機を得られたは僥倖」
端境・括は遊覧船を下りたランナーから聖火トーチを受け取取ると、岸和田市を目指し走った。
声援を求めるゼノのアナウンスで、沿道に詰めかけた大阪の人々が小旗を振る。
長い間、デウスエクスに蹂躙され続けた鬱憤を晴らすかのように、疾走する括を大きな声で応援する。
「がんばれー」
括は聖火トーチを高く掲げて、声援に応えた。
岸和田で括を迎えたのは、市民が手作りした大きな大きなだんじりだった。白木の屋根に止まる四方の鳳凰は、金箔を張られてキラキラ輝いている。
「災いにより、したくてもできなかったお祭り。此度、怪力無双使って、やらせてもらいたく思うのじゃ!」
さっそく聖火トーチをだんじりの屋根のてっぺんに取りつける。
「お祭りなれば楽しみ、楽しませなくてはの!」
地鳴りのようなどよめきがあがる。括は太い綱を肩に回しのせ、ぐっと身を倒した。
「そーりゃ」の掛け声で、巨大なだんじりが動き出す。
狭い道や曲がり角を恐れもせず豪快に走り回るだんじりに、世界中の人々が熱狂した。
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岸和田から和歌山まで、ボランティアランナーたちによって、聖火は道成寺に運ばれてきた。
「道成寺レース?」
首をかしげたセルベリアに、ゼノは尾方・広喜から聞いた話のあらすじを簡単に教えた。
「つまり、聖火トーチをもったみかんとパンダと鐘と清姫に捕まらないように、安珍が逃げる話か」
「……そんな感じ」
もちろん違う。そもそもストーリにあわせるなら、道成寺はスタート地点ではなくゴール地点になるはずなのだ。
「『道成寺』は能とか歌舞伎の演目にあるよ。中継をみている世界のみんなも、検索してみて見てね」
櫟・千梨扮する安珍は、聖火トーチを受け取るなり走り出した。袈裟風の衣装を風でバタバタと揺らし、道成寺の六十二段ある石段を飛ぶように駆け下る。
最初から本気の走りを見せた。
というのも、このレース、これまでに溜めたカレー屋などの『ツケ一括支払い』がかかっていた。逃げきれず、清姫のエトヴァ・ヒンメルブラウエに追いつかれた瞬間に、身ぐるみ剥がれてしまうかもしれないのだ。それは怖い、悪夢だ。
ひぃぃぃという悲鳴が参道にこだました。
「和歌山だって温州みかんがあるのです!」
千梨の安珍が出発して一分後、みかんの着ぐるみを着たジェミ・ニアが、パンダのきぐるみを着たカルナ・ロッシュと、釣鐘を肩に担いだ尾方・広喜が揃ってスタートした。
(「あれ……僕、結構走りやすくない?」)
ジェミは片手にミカンジュースを入れた水筒を持って走っていた。振動で、タパタパと中のジュースが音を立てるが、走る邪魔にはならない。
それにくらべてパンダのカルナは、手にした笹がわさわさと大きく揺れるので走りにくそうだ。もう一方の手には、笹団子を入れた白いビニール袋を下げていた。そのうえ、笹茶の入った水筒をたすき掛けしている。
そりゃ、走りずらいだろう。
広喜に至っては、明らかに遅れ出している。人ひとりがすっぽり入る大きな釣鐘を胸に抱いて走るっているため、前が見えていないのだ。
「日本の綺麗なもん見てもらえると嬉しいな。大事に持って元気に運ぶぜ」
怪力無双のおかげで釣鐘の大きさや重さは気にならないが、前が見えない事と、釣鐘に巻いた美しい帯がほどけはしないかと気を使って、早く走れないでいる。
広喜はうなじに剣呑な気を感じ、ちらりと振り返った。
もののけか、いや清姫だ。
アスファルトに火花を散らしながら迫りくる、超借金取りモードのエトヴァ清姫だ。
「安珍……逃がさぬぞ……」
あまりの剣幕、恐ろしさに、広喜は笑いだした。持っていた釣鐘をエトヴァの前に投げだした拍子に転ぶ。
ごぅんん、と落ちた鐘が鳴った。
「おのれ安珍!」
エトヴァ清姫が弁慶顔負けの八艘飛びを決めて、請求書を雪のように撒きながら鐘を飛び越える。
仲良く並走するみかんと笹団子を食うパンダに追いついた。
「みかんさん(ジェミ)、みかんジュース美味しそうですね。笹団子と交換しませんか?」
「ありがとう、パンダ(カルナ)さん。喜んで!」
「あ、鐘さんもジュース飲む?」
振り返ったカルナの笑顔がたちまちのうちに凍りつく。
ジェミも横で小さく悲鳴をあげた。
「清姫様。あの請求書、本物では……」
敵にまわしてはいけない、そんな気がする。
みかんとパンダは安珍を裏切って、清姫に道を譲った。
抜き去り際、エトヴァは一瞬で清姫の着物と笠を取った。般若の面をつけ、黄金の大蛇風に早変わりする。
「美味しそウ……」
怖い。怖いわ! 清姫、恐ろしい子。
ジェミとカルナは震えながら広喜を助けに戻った。
「逃がさぬぞぉ、千梨ぃ」
怨みのこもった声を耳にして振り返れば――エトヴァ清姫の姿を認めて安心……する訳ない、怖いわ。
木の葉隠れしたり、光る蝶を顔に飛ばして攪乱を目論むが、謎の半透明の手(ジェミの仕業)に捕まって、すってんころりん。
こうなったら奥の手だ。
千梨は袈裟の内から、道成寺銘菓・釣鐘饅頭を追いついたエトヴァに差し出した。
「聖火は頼んだ……」
がくり。千梨は力尽きた。
ジェミたちがやってきた。広喜がそっと寝ている千梨に釣鐘を被せる。
聖火をボランティアランナーに引き継いだ後、みんなで仲良く持ち寄ったジュースや団子を食べた。
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忍者衣装に身を包んだ淡島・死狼は、静かに目を閉じて聖火の到着を待っていた。
(「奈良の大仏さまについては、いまゼノが解説中。で、ボクがやらなきゃいけないことは……日本出身のケルベロスとして、しっかり日本の魅力アッピールしなくっちゃ」)
「シロー!」
何事、と目を開ける。セルベリアが鹿せんべいを持った手をブンブン振っていた。
「聖火トーチが来たぞ! 頑張って走れー!」
死狼はVサインでセルベリアの声援に応えた。
つづがなく聖火トーチを受け取って、鹿たちと一緒に東大寺の参道を走る。
走りながら分身の術を使って、自分の影を増やしていった。
たくさんの死狼は、沿道の応援に手り返し、鹿と観光客と団体記念写真を撮り、『みんなの友だち、ケルベロス』の演出に余念がない。
パフォーマンスをして見せながら、死狼は浅茅ヶ原園地の浮見堂まで走った。
ここはデウスエクスとの戦いで橋が落ち、堂の屋根が壊れてままになっていた。
「行くよ、忍法鹿分身」
ヒールをかけて浮見堂と橋を復元していく。
「シロウ、みんながケルベロスの力に感動してるぞ」
死狼は照れくさそうに笑うと、復元した橋を渡って、浮見堂の中でカメラに向かって聖火を振った。
山を越えて、聖火は三重県に入った。三重県の中でも特に有名な観光スポットが集まる伊勢へむかう。
出迎えたのは巫女装束を着たミチェーリ・ノルシュテインとフローネ・グラネットだ。
二人はうやうやしく拝礼して、死狼から聖火トーチを受け取った。二人で仲良く一本の聖火トーチを持つ。
「まずは皆さまを伊勢神宮の外宮にご案内いたしましょう」
「伊勢神宮の参拝は、外宮から内宮の順で行うのが古からの習わしなのです」
ミチェーリとフローネは小さく走り出した。外宮前で一旦足を止めて、呼吸を沈める。参道の玉砂利を静々と踏みしめながら、優しく木漏れ日のさす道を行く。
フローネが外宮の歴史について説明する。
「ここ外宮には衣食住・産業の守り神である豊受大御神が祀られております。参道はもう、神域なのです」
ミチェーリが清流のせせらぎのような声でドローンカメラに、いや、海外の人々に向けて説明する。
「……このように、神聖な場所である神宮の境内は歩いてください。走ってはいけません」
豊受大神宮で聖火にパワーを分けてもらい、二人はおはらい町通りへ向かった。
宇治橋から五十鈴川に沿って続く石畳みの通りを中心に、約六十軒のレトロなお店が建ち並ぶエリアをおはらい町という。おはらい町のちょうど真ん中付近に位置しているのが、おかげ横丁だ。
小走りで移動しながら、フローネがお店の紹介をする。
太鼓櫓から聞こえる楽しい音、赤福、豚捨などの美味しいお店などなど。時に団子を頬張りながら、時に記念撮影に応じて店の人たちと一緒に写真に取られたりしながら……。
詳しいのも当然。伊勢はフローネが恩人のおばあちゃんと出会い、レプリカントとなった思い出の地であり、故郷である。
ミチェーリにとっても思い入れの強い場所なのだ。
一度、二人で伊勢神宮をお参りしたことがある。夕焼けの帰り道に夫婦岩へ寄って――。
フローネが聖火トーチを持ったミチェーリの手を軽く引っ張った。いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「ちょっと寄り道をさせてもらいましょう」
そういって、宇治橋とは反対方向へ引っ張っていく。連れていかれたのは、内宮地下参道だった。
「これを見て」
「あ、ハートの石」
「パートナーと一緒に見ると、更に愛が深まるって言われているの」
頬を桜色に染めたまま引き返し、宇治橋を渡って静謐な神域に入った。
「……またミチェーリとこうして一緒に来られて、嬉しいな」
「今度はこの素敵な場所を、たくさんの人に知ってもらいましょう」
幸せに満ちた笑い声が聖火を揺らす。
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ボランティアの聖火ランナーは名古屋城の前を走って、エビフライを食べつつ静岡へ。海沿いを走り、栗山・理弥が待つ浜名湖に到着した。
「理弥が浜名湖の大遠泳に挑戦! 地元の偉人も学生時代に泳いだというコースを泳ぐよ。なんと、完泳率は四割以下なんだって。がんばれ、理弥!」
ゼノの応援を背に受けて、 頭に聖火の鉢を乗せた理弥は、浜名湖の水に体を沈める。
波をかぶらないように気を配りつつ、荘内半島を視野の右に納めながら泳いだ。セルベリアの乗るボートが伴走する。
(「覚悟はしてたつもりだけど……きっつ!! あと何キロだ……?」)
日本で唯一、湖の上を渡る舘山寺ロープウェイが右に小さく見えた。登った先の山頂には浜名湖オルゴールミュージアム、下った先には舘山寺温泉街がある。
温泉、入りてぇなぁ……。
ボヤキはしたが、理弥はすでに元気を取り戻していた。
常人なら水泳時間は六時間を超える。だが、四苦八苦しながらも体力に優れるケルベロスは、四分の一以下の時間でコースの半分を泳ぎ切っていた。
気賀に泳ぎつき、理弥は「よっしゃー!」とガッツポーズする。
「けど、疲れた……」
大の字に寝転がった理弥は、夢の中でむにゃむにゃ浜松のうなぎを食べていた。
気賀から朱桜院・梢子が待つ伊豆までは、ボランティアが聖火を運んだ。
「ここよ、ここ!」
『伊豆の踊子』に扮した梢子が、階段を駆け下りてくる聖火ランナーに手を振る。浄蓮の滝から放たれるマイナスイオンを浴びて、肩の後で書生姿の『葉介』がゆらり、ゆらりと揺れた。
「え? 踊子って歳じゃない? 私、若く見えるからいいじゃない」
実況のゼノに食って掛かる梢子を『葉介』がなだめる。
ようやくスタート。
梢子は踊り子と書生の銅像に手を振って、階段を駆け上がり、名作「伊豆の踊子」の舞台となった旧天城路を整備したハイキングコースを走り始めた。
二時間後……。
「ぜぇぜぇ……あー、なんで踊子歩道走ろうと思ったのかしら……!」
気軽に走れる河津七滝エリアは長く続かなかった。宗太郎杉並木を抜けるころには、 虚弱体質の『葉介』が早々にダウン。梢子が背負って走るはめに。
「トーチが……ううっ、『葉介』起きてよ~。腕を振らずに走るのがこんなにキツイなんて」
もう息も切れ切れだ。旧天城トンネルに差し掛かろうというころには、ゆっくり景色を眺める余裕もなくなっていた。
「あ~、真夏でもトンネルは涼しいわ~助かる~」
トンネルを抜ければ次のランナーが待つ文豪の碑まであと少し。
梢子は「無事走り終えたら温泉に入る!」と決意し、ラストスパートをかけた。
「聖火がいよいよ第四ルート、最終エリアの山梨を走るよ。フルーツ王国の異名をとる山梨の魅力を、ラインハルト・リッチモンドとイピナ・ウィンテールの二人が走りながら魅せてくれるって。楽しみだね」
「二人が最後に作るフルーツパフェも楽しみだぞ。早く食べたい!」
ラインハルトとイピナは、富士五湖を走りながら巡って、様々な富士山の姿を世界に紹介する。と同時に山梨で取れる旬の果物、桃、葡萄、サクランボを集めていった。
ゴールがある山中湖に着くころには、夕日が富士の山肌を赤く染めはじめていた。
「ふぅ……ゴールのキャンプ場はまだでしょうか?」
ラインハルトが背に担ぐ聖櫃のようなクロスボックスの中には、道々差し入れられたり、自ら収穫して集めた沢山の果物と、アイスクリームや保冷材が入っている。
隣を走るイピナもクーラーボックスを担いでいるが、こちらはほぼ空だ。
走りながら器用にモモのパフェやブドウパフェを作り、走りながら沿道で応援してくれる人々に配り、走りながら食べてきた。だからイピナのクーラーボックスは空なのだ。
彼にちょっと申し訳ないな、と思いつつ、ラインハルトの横顔を盗み見た。
「最後のパフェは、ゆっくり食べてもいいですよね?」
「もちろん。二人でゆっくり食べましょう」
最後のパフェはとびきり豪勢に。それを見た世界中の人々が、早くデウスエクスがいなくなった日本を訪れたい、と思うようなものを二人で作るつもりだ。
西の空どころか、全天がラベンダー色に染まる荘厳な夕焼けの空となった。
「あ、セルベリアさんたちですよ!」
聖火のゴール地点に、地元の人々とゼノやセルベリアの他、ここまで聖火を持って走ったすべてのランナーたちが集まっている。
「すごい、パフェを作るテーブルも……」
「お待たせいたしました。腕によりをかけて、最高のフルーツパフェを作りましょう!」
わーっと歓声が上がった。
「その前に……」
二人で一緒にトーチを持って、特別に作られた灯火台に聖火を映す。
とたん、河口湖に花火が打ち上げられた。空と湖いっぱいに、あでやかな花が咲く。
熱狂と興奮の中で二人は、桃、葡萄、サクランボを使ったフルーツパフェを次々と作った。最後に自分たちが食べる分を作り終えたときには、空に星が出ていた。
「イピナさん……はい、アーン?」
蕩けるような笑顔でフルーツパフェを食べるイピナを、ラインハルトは最高に幸せな気分で眺める。
「楽しかったですね」
「はい。遊びに行くのもいいですけれど、こうして一緒に汗を流すのも楽しいですね。一緒にパフェを作るのも、行ってみれば共同作業ですし……忘れられない思い出になりそうです」
聖火が照らすラインハルトの横が、より赤く輝く。
作者:そうすけ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年8月10日
難度:易しい
参加:15人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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