ケルベロス大運動会~料理を我等に

作者:土師三良

●音々子かく語りき
「既に御存知だとは思いますが、今年のケルベロス大運動会の開催地は……そう、この東京でーす! どんどんどん、ぱふぱふー!」
 ヘリポートの一角に並ぶケルベロスたちの前で、ヘリオライダーの根占・音々子が興奮気味に語り始めた。
「デウスエクスどもの脅威の矢面に立ってきた日本で世界的なイベントが開催される――この意義は大きいですよね。だから、皆でもりあげていきましょー。『ケルベロス・ウォーの戦費獲得』という本来の意義のためにも!」
 今回の大動会の目的はケルベロス・ウォーの戦費を賄うことだけではない。ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクションによる防衛力増強も視野に置かれている。アトラクションの施設の建造にケルベロス用の決戦装備の技術を使い、運動会の終了後も防衛用の施設として流用する予定なのだ。また、より多くの戦費を得ることができれば、新型決戦装備の開発に着手できるかもしれない。
「そういう重要なイベントですから、世界各国の元首とか王族といったVIPが来日されますし、一般の観光客もどっと押し寄せるはずです。なので、海外の皆様をもてなすための前夜祭的なイベントを開催することになったんですよー」
 そのイベントの一環として、東京ドーム周辺を中心に『東京グルメタウン』なるエリアが設けられる。名前からも判るように、来日客に料理を振る舞うエリアだ。
 ただし、ただの料理ではない。
 ケルベロスたちがプロデュースした料理である。
「というわけなので、世界中の人たちのほっぺたが一斉に落っこちちゃうような素晴らしい料理を考案してください! それを帝国ホテルの総料理長さんが監修して、日本の誇る一流料理人さんたちが完全再現し、グルメタウンで販売しまーす!」
 国をあげてのイベント故に予算は潤沢ではあるが、なにも高級料理にこだわる必要はない。B級グルメもまた誇るべき食文化の一つ。料理によっては『屋台での買い食い』という販売形式を取るのもいいだろう。
「B級グルメ路線でいく場合も一流料理人さんが最高の技術と食材を使った上で安っぽい味を再現してくれますよー。たとえば、老舗料亭の板長が腕によりをかけてつくった屋台風焼きそばとか、三ツ星レストランのパティシエが丹精を込めてつくった梅ジャムせんべいとか。ある意味、フツーの高級料理よりも贅沢ですよねー」
 グルメタウン内にはケルベロス直営店も設置される。各国のVIPが訪れる、格式の高い店だ。当然、その格式に見合った接客が求められるだろう。
「接客といっても、いろいろありますけどねー。派手なパフォーマンスを交えて目の前で料理したり、考案した料理の解説をしたり、ウエイトレスやウエイターをしたり……まあ、とにかく、おもてなしの精神でお願いしまーす」
 そして、音々子は合掌のポーズを取り、皆が『絶対、言うだろうなぁ』と思っていたフレーズを恥ずかしげもなく口にした。
「お、も、て、な、し!」


■リプレイ

●タルトとおにぎりとパンケーキ
 東京ドーム周辺に設けられた一夜限りの飲食街。
 その名も東京グルメタウン。
 訪日者たちがあちらの店で料理を味わい、こちらの店で舌鼓を打ち、そちらの店で満足げに曖気を漏らしていた。

 その数日前。
「こんな感じかな?」
 都内某所の大きな厨房の一角で、桜庭・果乃が円筒状のタルトをクリームやマシュマロやアラザンやカラーシュガーでデコレートしていた。
 東京グルメタウンで販売するスイーツの試作をしているのだ。
 外からは判らないが、タルトの中ではバニラ味のムース、様々な果物、チョコ味のババロア、砕いたメレンゲなどが層を成している。『びっくりタルト』とでも呼ぶべきか。
「VIPさんたちの口に合うかな?」
 期待と不安を同時に感じながら、果乃はびっくりタルトを完成させた。

 同じ厨房の別の区画では、君乃・眸と尾方・広喜が料理人たちとともにメニューの開発をしていた。
「訪日者の多くは日本らしいモのを求めていルはず。日本らしいメニューといえバ――」
「――やっぱ、おにぎりだよなー」
 眸の後を引き取る広喜。二人の前にはタラコや鮭や鮪などの具材が並べられている。どれも最上の品だ。
「鮪は冷製おにぎりにしよウ。お茶漬けにシて食べルのも良いかもしれないナ」
「タラコのおにぎりには、あいじょーをいっぱい込めてくれな。眸の好きな具だからっ!」
 料理人たちに提案や要望を述べながら、眸と広喜はおにぎりの試作を始めた。
 先に完成させたのは眸のほうだ。
「鮭にイクラを加えテみた。試食を頼めルか?」
「喜んでー!」
 両手でおにぎりを作り続けながら、広喜は顔を突き出して、眸のおにぎりにかぶりついた。
「うめぇーっ!」
「『あいじょー』を込めタからな」
 と、微笑を浮かべる眸の前に大きなおにぎりが差し出された。
「俺のもできたぜー。食ってくれ」
「うム」
 眸はおにぎりを一口かじると、微笑を深くした。
「とテも美味しイ……ありがとウ」

 マヒナ・マオリもまた日本らしさが感じられるメニューを生み出そうとしていた。
 だが、和食ではない。
 パンケーキである。
「ニホンといえば、オコメ! 米粉を使えば、モチモチでふわふわな食感が出せると思うの」
 和風パンケーキのコンセプトを料理人たちに伝えるマヒナ。
「生地はプレーンと抹茶、それにほうじ茶ときなこね。トッピングは、食べる人に選んでもらうスタイルでいこう。ほら、アンコとかが苦手な外国人もいるかもしれないから。ワタシは好きだけどね」
 すべての指示を聞き終えると、料理人たちは和風パンケーキを作り始めた。一流のプロだけあって、実に手際がいい。
「ワタシにとってパンケーキは幸せの味なんだよね」
 料理人たちの腕前に感心しながら、マヒナは呟いた。
「食べた人が喜んでくれるといいな」

 マヒナの願いは叶った。
 東京ドーム周辺に設けられた一夜限りの飲食街。
 その名も東京グルメタウン。
 訪日者たちがあちらの店で和風パンケーキを味わい、こちらの店でおにぎりに舌鼓を打ち、そちらの店でびっくりタルトを食べ終えて満足げに曖気を漏らしていた。

●点心と大判焼きと冷やし鯛焼き
 国外の元首や王族が訪れるケルベロス直営店の一つ。
「各国のVIPに振る舞うとなると、さすがに気後れしそうですが――」
 幸・鳳琴は厨房で緊張に震えていた。
「――これでも超会議のカフェストリートで栄誉を賜った身! 頑張ってまいりましょう!」
 気合い一発、震えを止めて作り始めたのは、点心等の中華料理。
 伊勢海老をたっぷり詰めた蒸し餃子。
 エビとイカとホタテとウニをふんだんに使った焼売。
 三国産の越前蟹を山形県のブランド卵で包んだ芙蓉蟹。
 日本の高級食材を用いているところがポイントだが、見た目の面でも日本らしさを出すために京漬物が添えられている。
 完成したそれらを給仕するのはシル・ウィンディアだ。
 チャイナドレスとエプロンを着込んだ彼女に鳳琴は囁いた。
「幸せをお願いします」
 シルは無言でウインクを返し、VIPのもとに料理を運んだ。
「特製中華セット、お待たせしましたっ!」
 見た目も艶やかな料理に賞賛の声をあげ、あるいは感嘆の吐息を漏らし、慣れぬ手で(慣れている者もいたが)箸を取るVIPたち。
 暫くすると、賞賛の声と感嘆の吐息は完全に止んだ。
 皆、ただ食べることだけに夢中になっているのだ。
 厨房の扉から様子を伺っている鳳琴に向かって、シルが二度目のウインクを送った。

 東京グルメタウンには屋台形式の店もある。
 リリエッタ・スノウとルーシィド・マインドギアがプロデュースしている店もその一つだ。
「せっかくだから、作っているのを見て楽しくなるようなのがいい……って、思ったんだよね」
「確かに楽しいですわ」
 リリエッタとルーシィドの視線の先では、屋台に派遣された料理人がボクスドラゴン型の大判焼きを作っていた。もちろん、焼き型は特注品。ボクスドラゴンだけでなく、すべてのサーヴァントの焼き型が揃っている。
「どの焼き型もよくできてるね。かわいい」
「知り合いの鯛焼き屋さんに紹介してもらった優秀な業者さんに頼み、日本の技術を結集して作っていただきましたからね」
 やがて、ボクスドラゴン型の大判焼きができあがった。それを受け取って客が去ると、新たな客が現れ、型と具を指定した。そう、この大判焼きは具も選べるのだ。餡子、カスタード、チーズ、チョコレート、サツマイモなど。
「複数の具を選んでもらっても楽しいかも?」
「そうですね」
 ルーシィドはリリエッタの言葉に頷くと、誰もいない場所に顔を向けて、謎のメッセージを口にした。
「なお、『大判焼き』はあくまでも便宜的な呼称であり、『今川焼き』等の呼称を否定する意図はありませんわ。あしからず」
「……なに言ってるの?」
「お気になさらないで。不毛な思想闘争を防いだだけですわ」

 端境・括は鯛焼きの屋台を出していた。
「ただの鯛焼きにあらず! ひんやりあつあつの親子鯛焼きじゃ!」
 山芋とメープルシロップを練り込んだ厚皮の大きな鯛焼きを【氷結の槍騎兵】で急速冷凍。
 続いて、薄皮の小さな鯛焼きを熾炎業炎砲で焼き上げる。
「まずはひんやりな親鯛焼きで舌と体を冷やし、次にあつあつな子鯛焼きで本来の熱さに引き戻すというわけじゃ」
 屋台を訪れた人々の中には鯛焼きを知らぬ者も数多く含まれていたが、親子鯛焼きは大好評であった。大量に買い込み、通訳係や警護者にも配っているVIPもいる。
「鯛焼きに国境はないのう」
 会心の笑みを浮かべる括であった。

●二軒のカフェとオムライス
『魔法の男の娘アイドル・ラジカル☆ぴえりん』こと盛山・ぴえりがプロデュースしたのはメイドカフェだ。
「ジャパニーズ・カワイイでお、も、て、な、し♪」
 猫耳を装着し、ミニスカ仕様のメイド服を身に着けて、店内でポーズを決めるぴえり。同じ衣装のウエイトレスたち(男の娘ではなく、本物の娘である)が店内を忙しなく動き回り、接客につとめている。
 サブカル大国ニッポンに幻想を抱いている客層にとっては天国も同然だろうが、それ以外の客(とくにVIPたち)を迎え入れるに相応しい空間とは言えない。
 しかし、ぴえりに抜かりはなかった。
「全方位をカバー済みだよ!」
 そう、対オタク用ウエイトレスだけでなく、対VIP用の伝統的なヴィクトリアンメイドスタイルのウエイトレスも動員していたのだ。それに和服と割烹着を身に着けた大正浪漫風メイドのウエイトレスも。
 ヴィクトリアンメイド系ウエイトレスたちの中にはレリエル・ヒューゲットの姿もあった。
「こちらの紅茶はいかがでしょう?」
 とあるVIPに紅茶をサーブするレリエル。
「普段は緑茶用に使われる品種の茶葉を使った国産紅茶でございます」
 この紅茶以外にも彼女は何種類もの茶を持参していた。北は北海道のラベンダーティーから、南は沖縄のさんぴん茶まで。

 リューディガー・ヴァルトラウテがプロデュースする『Cafe Mondenkind』のテーマは花と星空だ。
「Ach!」
 カウンター席で初老の女性が驚嘆の声をあげ、少女のように微笑んだ。
 その笑顔を生み出したのは、見るからに涼感を誘うスイーツ。有色透明のジュレに食用花とハーブを閉じこめた『食べるハーバリウム』とでも呼ぶべき逸品である。
(「この時期の東京は熱いからな。少しでも快適に過ごしてもらえるように……」)
 ぎこちない笑みを女性客に返した後、リューディガーは別の客の前にグラスを置いた。チョウマメで色付けされたソーダにバニラアイスの満月が浮かんでいる。アイスが溶ければ、ソーダの青に白が混じり、夜空のごとき色合いが晴れやかなな朝のそれに変わるだろう。
 ソーダとは逆に店内には夜空が生まれた。
 照明が落とされ、天井に星々が投影されたのだ。

「最後の仕上げ、と……」
 リュシエンヌ・ウルヴェーラがケチャップのチューブを手に取り、アーモンド型のキャンバス――オムライスにスマイルマークを描いた。
「なかなか可愛くできたじゃないか」
 赤い笑顔を覗き込んで、ウリル・ウルヴェーラが妻の絵心(?)を誉めた。
 この夫婦がつくったオムライスはどれもミニサイズだった。『他の料理もたくさん食べていただけるように』という心遣い。
 ウリルはギャルソン姿であったが、女性客への給仕はリュシエンヌが率先しておこなった。『旦那さまがカッコよすぎて心配なんだもん』という杞憂。
 そんな妻の心配も知らず、ウリルは女性客の一人に声をかけた。
「それ、俺たちの自信作だよ」
 もっとも、リュシエンヌの感情が乱れることはなかった。相手は十歳前後の少女だったので。
「お味はいかが?」
 リュシエンヌが尋ねると、少女は返事の代わりに笑顔を見せた。ケチャップ製のスマイルマークよりも良い笑顔だ。
 夫婦は互いを見やり、小さくガッツポーズを決めた。

●カレーと水着とかき氷
 駆逐艦『オウマ荘』の面々が運営している店の厨房には、濃密な芳香が漂っていた。
「いい香りですー。でも、アイスエルフ的に熱い食べ物は苦手なので、向こうのブースでデザートを作ってきますねー」
「おう。頼んだぜ」
 退散するクリスタ・ステラニクスに声をかけながら、相馬・泰地は寸胴鍋の中身をお玉でかき回した。
「美味しそうですね」
 寸胴鍋を風魔・遊鬼が覗き込む。中身はカレーであり、遊鬼はそれをトッピングする係だ。トッピング用の食材は牡蠣や鰺などの魚介類のフライ。
「オウマ式伊勢海老とアワビの高級シーフードカレーだ」
 と、泰地が料理の名を告げた。
「いつにもまして気合いを入れて作ったぜ。今回の大運動会ではケルベロス・ウォーの戦費だけじゃなくて、新型決戦装備とやらの開発費も稼がないといけないらしいからな!」

 カレーライスが盛られ、伊勢海老の殻で飾られた皿。
 テーブルを囲むVIPたちの前に給仕係の土方・竜がそれらを静かに置いていく。
 その様子を水着姿のミスラ・レンブラントがにこやかに眺めていた。もっとも、心中で臍を噬んでいたが。
(「この格好やちょっとした仕草で男心をくすぐちゃっおう……と、思ってたのですが、裏目に出たみたいですね」)
 彼女に対するVIPたちの反応は芳しくなかった。女性陣(夫人同伴の元首もいれば、そもそも女性が元首を務めているケースもあった)に良い顔をされなかったのは当然として、一部の男性陣もあきらかに気分を害している。『水着姿の女を見たら、すぐに鼻の下を伸ばすような安い男』と見做されたと思っているのだろう。
「こちらが我がオウマ荘のカレーライスです」
 TPOを見誤ってしまったことを反省しつつ、ミスラは料理の解説を始めた。営業用の笑顔を維持しながらも、口振りは真剣。仲間たちが作ってくれたカレーに対する熱い想いが込められている。
 その想いが伝わったのか、VIPたちの意識はカレーへと向いた。
「伊勢海老やアワビを贅沢に使うだけでなく、それら魚介類の旨味を引き立てるために香辛料の配分にも気を使っております」
 ミスラの解説が流れる中、カレーを食べ始める人々。
 誰かが『むぅ!?』という呻きを漏らしたが、それが不満を示すものでないのは明白だった。

 竜は片隅のブースの前に移動した。
「カレーは大受けですよ」
「それはなにより」
 と、答えたのはトッピング担当の遊鬼。
 竜は彼の横に並び、待機する態でガードを始めた。ガードの対象は、ブースの奥にいるクリスタだ。柄の悪い客が彼女に近付いたら、相応の対処をするつもりでいる……のだが、そんな客など現れなかった。
 ブース内のクリスタはといえば、氷界形成を用いて気温を下げ、デザートのかき氷の用意をしていた。
「氷を作って削るのも調理の範疇に入るのでしょうかー?」
 首をかしげつつ、球体状に盛ったかき氷に小豆と自家製の練乳をかけていく。
「できましたよー」
「はい」
 遊鬼がブース内に入り、寒さに震えつつ、かき氷に彩りを加えていった。様々なカットフルーツ、アイスにシャーベット、餡子に白玉、ビスケットやスティック状のウエハース。
 そして、VIPがカレーを食べ終わったタイミングを見計らい、竜がかき氷の配膳を始めた。

 空になったカレー皿をミスラが厨房に次々と運んでくる。
 それらを見て、泰地は満足げに何度も頷いた。
「よしよし」

●和菓子と万葉集と小料理屋
 その店には何十枚ものパネルが設置されていた。パネルに記されているのは、万葉集から選ばれた和歌とその解説文。
「当店の和菓子はすべて、万葉集の和歌を題材にしたものなんです。それぞれの和歌をイメージして描かれた絵を参考にして、和菓子職人さんに作っていただいたんですよ」
 ハイパーリンガルを駆使してVIPたちに解説しているのは新条・あかり。撫子をあしらった紺の浴衣を身に着けている。
「たとえば、この菓子の元になっているのは――」
『恋々(こいこい)』と名付けられた菓子をあかりは一人のVIPの前に置いた。
「――ようやく逢えた恋人に愛の言葉を乞う歌です」
 隣のVIPの前に置いた菓子の名は『星林』。
「こちらの菓子の元になっているのは、空を海に、雲を波に、月を船に例えた歌です」
 あかりの接客振りを獣人型ウェアライダーが隅の席で眺めていた。和歌のイメージ画を描いた玉榮・陣内だ。
「タマちゃん発案のお菓子、とても好評だよ」
 陣内の姿に気付いたあかりが彼のもとに緑茶を運んだ。
「そうか」
 ポーカーフェイスで応じる陣内ではあるが、尻尾が揺れている。先程までは不安げに。あかりの報告を聞いた今は嬉しげに。
「忙しくなければ――」
『片山椿』という名の赤い練り切りを片手でつつきつつ、陣内は反対の手であかりの手を引いた。
「――隣に座っていかないか?」
 だが、そのタイミングを見計らっていたかのように新たな団体客が入店し、二人のミニデートは始まる前に終わった。

 他の店がそうであるように、小料理屋『龍』も超一級の食材を惜しみなく使用していた。
 しかし、扱っているのは高級料理ではなく、日本のごく一般的な家庭料理だ。
 故にVIPたちには喜ばれた。
(「王族クラスともなれば、こういう料理を食べる機会は少ないだろうからな……」)
 目論見通りの展開にほくそ笑みながら、巽・清士朗はカウンター内で料理を作っていた。大将を務める彼の衣服は藍色の甚平に黒の前掛け。長髪は束ねて団子状にしている。
「天ぷら、あがり」
「はーい」
「はーい」
 カウンターの上に置かれた料理を二人の仲居がテーブル席に運んでいく。藍色の着物にフリルのエプロンのエルス・キャナリー、空色の着物に紺の前掛けの蓮水・志苑。
 給仕をするだけなく、簡潔に判りやすく料理の解説もしている。日本の家庭では一般的な料理といえども、多くのVIPにとっては未知の味なのだ。
 解説の締めは満面の笑顔。
「皆様、どうぞごゆっくり――」
「――お寛ぎください」
 食事を終えたVIPたちのお見送りも忘れない。
「ご利用ありがとうございました」
『上手く接客できたかな?』と自問しながら、深々と頭を下げるエルス。実に初々しい……が、一連の動作でVIPの視線をさりげなく壁に誘導している。
 そこにはエルスたちが暮らす九龍町の観光ポスターが張られていた。
「どうぞ、またお越しください。その際には九龍町にも……」
 と、志苑がVIPに追撃。
 そして、九龍町の町長である清士朗がカウンターの奥で白い歯をキラリと光らせた。
「いいところですよ。是非一度ご来訪を!」

 海外から来た人々はおもてなしを受け入れ、美食を味わいながらも、驚き、呆れ、首をかしげていた。
 このような大規模で活気溢れるイベントを開き、無数の客人をもてなすと同時に自分たちもまた楽しんでいるケルベロスや日本の国民に対して。
 優先的な復興が約束されているとはいえ、日本は常にデウスエクスの脅威にさらされてきたはずだ。にもかかわらず、国民たちはバイタリティに満ちている。しかも、そのバイタリティは、地獄と隣り合わせの状況故に生じた捨て鉢めいたものではないらしい。
「ニホンジン、ナンカ怖イ!」
「ニホンジン、メッチャ凄イ!」
「ニホンジン、ワケ判ンナーイ!」
 驚き、呆れ、首をかしげながらも、人々はおもてなしを受け入れ、美食を味わい続けるのであった。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月10日
難度:易しい
参加:24人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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