絡む者、絡まれし者

作者:秋津透

「山も森も、あまり好きではないんだけどな。まして、こんな時間に」
 長野県上田市、群馬県との県境に近い郊外の山中。深夜。
 蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)は、自分でも多少不思議に思いながら、暗い山道を躊躇なく歩み進んでいた。
 そして、とある大岩の角を曲がった時。
 そこに立っていた燐光を放つ者……それは白い片翼を広げたオラトリオの少女に、太い蔦が幾重にも絡まったような異様な姿をしていた……を認め、真琴の足が止まった。
「燈杜美……」
「否。我が名は、ケイプス・アゥスバイトーグ」
 少女の姿に似合わないしわがれた声で、異形が告げる。
「この素体の縁者か? 重畳、重畳。そろそろ力が尽きかかってきたので、次の素体を呼んでいたのだ」
「攻性植物……その子を放せ!」
 真琴が鋭い声を放つと、異形……攻性植物『ケイプス・アゥスバイトーグ』は、絡みついた少女の口を通して耳障りな笑いを返す。
「カカカカカカ、良いとも。お前が代わりの素体となれば、用済みの搾りかすなどすぐ放してやる。もっとも、もはやすべてが尽き果てているので、すぐに崩れて消えてしまうがな」
 ぎり、と、真琴は奥歯を噛み締めた。

「緊急事態です! 蒼天翼・真琴さんが攻性植物に襲われる、という予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「真琴さんは、長野県上田市郊外の山中にいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。真琴さんを襲う攻性植物『ケイプス・アゥスバイトーグ』は人に絡んで取り憑くタイプのようで、現在はオラトリオの少女に見える人物に絡んでいます。この人は真琴さんの知人らしいのですが、詳しいことはわかりません。攻性植物は、現在絡んでいる人を用済みとして捨てて、新たに真琴さんに取り憑こうとしています。ケルベロスの真琴さんが取り憑かれてしまうかは不明ですが、もちろん放置はできません。『ケイプス・アゥスバイトーグ』は、攻性植物のグラビティとオラトリオの種族グラビティを使います、ポジションは、おそらくキャスター。一対一で闘ったら、絶対に勝てないとまでは言いませんが、真琴さんの勝ち目は薄いでしょう」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援も呼びません。真琴さんに取り憑けば目的を果たして撤収しようとするようですが、そんな真似をさせるわけにはいきません。どうか真琴さんを助けて、攻性植物を斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
鏑城・鋼也(ボルトオンブレイブ・e00999)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
水無月・実里(ストレイドック・e16191)
ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)
 

■リプレイ

●護る! そして斃す!
「ケイプス・アゥスバイトーグ……よりによって光導十二神将のテメェか」
 オラトリオの少女に絡まる攻性植物を見据え、蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)は鋭い声で告げながら、胸元に淡い蒼い光を発する燈火を収める。
 その燈火が、少女の髪飾りに呼応して互いに光っていることを、真琴自身だけが知っている。
「だったら、黄道十二騎士団、巨蟹宮の騎士として倒すだけだ」
「我の別体と因縁があるのか? まあ、どうでもいい。我はお前を打ち倒し、新たな素体とする。それだけだ」
 少女の口を通して耳障りな声で告げると、攻性植物は凄まじい速度で真琴に向かって蔓を飛ばしてきた。
 避けられない、絡まれる、と思った瞬間。
「やらせませんよーっ!」
 雄叫びとともに高空から降下してきたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が、真琴と攻性植物の間に飛び込み、蔓と激突する。
「ルドルフ!」
「大丈夫、さすがにかすり傷とは言えませんが、ディフェンダーは伊達じゃないです」
 にっこり笑うと、イッパイアッテナはオリジナルグラビティ『窮言葉(キワミコトバ)』を自分と真琴、そして同時に降下してきたサーヴァント、ミミックの『相箱のザラキ』に向け使う。
「さあ、正念場ですよ」
 このグラビティはドワーフの種族グラビティ「戦言葉」の応用で、味方の一列を癒し、命中率上昇を図る。
 続いて『相箱のザラキ』が、攻性植物の根のように見える部分にがぶりと噛みつく。真琴は二本のゾディアックソード「想蟹連刃」を抜き放ち、攻性植物の枝葉……ちょうどオラトリオの少女が広げていないのか既に失ったのか、欠けた片翼の部分に代替のように広がる部位を超重力で一気に斬り飛ばす。
「うぬ……やりおる……」
 少女が表情を歪めて呻いた時、いささか場違いに思えるほど能天気な声が響いた。
「助けに来たぜ。大丈夫かまこぴー?」
「大丈夫、無傷だ。ルドルフがかばってくれたからな」
 誰がまこぴーだ、と内心思いながらも、真琴は降下してきた戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)に告げる。
 すると久遠はにんまりと笑って、ライトニングロッドを取り出す。
「そんじゃ、治癒とBS耐性付与いくぜ! ライトニングウォール!」
「ありがたい……さっきの一撃で、捕縛をつけられたような気がするので」
 イッパイアッテナが呟き、それはいいけど大声で敵に手の内聞かせていいのかよ、と真琴は唸る。
 すると久遠は、まるで見透かしたように、したり顔で真琴に告げる。
「敵さんのグラビティにブレイクはねえんだ。全員にBS耐性つけときゃ、捕縛も催眠も怖くないってことよ」
「実に的確な分析ね、ドクター・戯。同業として頼もしいわ」
 降下してきたノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)が、笑みを含んだ声で久遠に告げ、そして表情をきりっと引き締めて攻性植物を見据える。
「久しぶり、と言えばいいかしら? ケイプス。相変わらず、胸糞悪いやり方しているわね。しかもウチの大事な継承者を狙うなんていい度胸しているじゃない」
「さて、何の話かな。まあ、新たな素体は一人いればいい。そいつが大事なら、お前が代わって素体になるか?」
 攻性植物の応答に、ノルンは露骨に眉を寄せる。
「何これ、分体? まあ、いずれにしても2代目蟹座の騎士として、ぶった斬ってやるわよ」
 凄みを帯びた口調で言い放ちつつ、ノルンは真琴に命中率上昇効果を備えた蝶を飛ばす。
 一方、彼女のサーヴァント、テレビウムの『ディア』は、イッパイアッテナに応援動画を送る。
 続いて降下してきた喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)は、ケルベロスチェインを飛ばし前衛を癒し、防御力を上げる。
 そこまで、味方の態勢を整える措置が続いたが、次に降下した水無月・実里(ストレイドック・e16191)は、素早く踏み込んで日本刀を振るい、大蔓とも幹ともつかない太い部分をばっさりと斬る。
「……ぐぬ……」
 少女が、顔を歪めて呻く。ケルベロスたちは彼女の身体を避け、極力傷つけないように攻撃しているが、しかし、攻性植物に攻撃が入ると、彼女の指先や髪の先、広げた片翼など、末端部分がさらさらと崩れていく。
(「燈杜美……」)
 声には出さずに、真琴が呻く。
 そして最後の一人、鏑城・鋼也(ボルトオンブレイブ・e00999)が降下し、鎧装備「ブレイブチャージャー」に変身しながら、前衛にヒールドローンを飛ばし、防御力をあげる。
 実際のところ、イッパイアッテナが受けた一撃は、ここまで治癒してやっと治癒可能部分が完全に塞がったのだが、本人が言わないどころか表情にも出さないので、誰もそこまでとは思っていなかった。

●斃す! そして……。
「白き焔舞い踊り、立ち上がりし者らに祝福を。仇名す者を惑いへと誘う加護を与えん」
 ノルンがオリジナルグラビティ『白焔蜃陽楼(ハクエンシンヨウロウ)』を唱え、後衛にエンチャントを与える。
(「攻撃に……出ろということなのかな?」)
 波琉那は声には出さず、少々戸惑い気味に呟いた。二人の後衛のうち、スナイパーの実里は攻撃一辺倒で敵に大きなダメージを与えている。メディックの波琉那は、前衛をヒールしながら防御や命中の上昇を図っていたが、そろそろ充分、ということなのだろうか。
(「よし、行こう!」)
 小さくうなずき、波琉那はオリジナルグラビティ『女王蜂の雷槍(ジョウオウバチノライソウ)』を発動させる。
「我が槍が汝を大地に縫い止め…破滅へ誘う…畏れと共に跪け!」
 詠唱とともに光の矢が放たれ、オラトリオの少女を避けて、攻性植物を地面に縫い留める。
 すると実里も、ここが攻め時と見たのだろう。オリジナルグラビティ『獣殴武刃(ジュウオウムジン)』を敢行する。
「切り刻む」
 短い呟きとともに、実里は両腕、両足を限界まで獣化させ、限界を超えて身体を稼働させる。獣の肢体はしなやかに、強靭な筋肉で以て空間を駆け、発達した爪が攻性植物の太い蔓をずたずたに裁断する。
「よしっ! 俺も行くぜ!」
 植物野郎、狙った相手が悪かったな、と嘯きながら、鋼也もオリジナルグラビティ『Hi-Arts『Scarlet Arcadia』(スカーレットアルカディア)』を放つ。
「燃えろォォォォォォオオオッッ!!!」
 鎧のパワーを一時的にオーバードライブさせ、限界を超えた出力で加速。そのまま勢いを乗せて飛び蹴りを放つ。発動時、余剰エネルギーで全身が燃えるように赤く輝く事が技名の由来だが、炎の効果があるわけではない。
「灰になりやがれェェ――ッッ!!」
 熱い一撃を受け、攻性植物の全体がのたうつように動く。少女の表情が虚ろになり、翼や手足が大きく崩れる。
 そして攻性植物は、彼女の頭上に黄金の果実を出現させた。
 それは治癒とBS耐性を付与するグラビティだが、もともと列を治癒するためのものなので、ダメージの回復は小さい。
 実際、オラトリオの少女の身体は、黄金の果実に照らされ崩れが止まるどころか、更に大きく崩れていく。
 その様子を見て、手番の回ってきたイッパイアッテナが真琴に告げる。
「ここは、真琴さん、あなたが決めるべきところだと思います」
「そう……らしいな」
 呟くと、真琴はオリジナルグラビティ『血誓命符・源(ブラットプレッジ・ソウルス)』を発動させる。
「万象生みし根源たる力、我が血の元に呼応せよっ!」
 それは、己の血で染めた符を用い、森羅万象を限定的に操る符術。血に秘められた魔力は、天地をも動かす。
 真紅の符は黄金の果実に貼りつき、攻性植物の全体が崩れる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 少女の喉を通した声ではなく、攻性植物そのものが震えて断末魔の絶叫をあげる。
 微塵と化した植物が濛々と煙を上げる中、真琴は躊躇なく走り込み、崩れていく少女の頭部を抱える。
 その髪飾りが淡く光り、崩れていく少女の口が小さく動いた……と見たところで、ノルンと『ディア』が他のメンバーの前に立つ。
「今は、そっとしておきましょう」
 ノルンの言葉に、久遠が真っ先にうなずく。
「そうだな。怪我残ってる奴いるだろ? 処置するぜ」
「し、しかし……」
 煙の中に姿も朧な真琴が気になるのだろう。躊躇うイッパイアッテナに、久遠が苦笑交じりに告げる。
「野暮はするなよ。粋じゃないぜ?」
「そう……ですね」
 イッパイアッテナがうなずき、一同は真琴から距離を取る。
 そして、真琴は暫時その場を動かなかったが、やがて踝を返し、仲間たちの元へやってくる。
「悪いな、皆。ここまで来てもらって。お陰で助かった」
 そう言って真琴はノルンを見やったが、すぐに鋼也と実里に視線を転じる。
「コウと実里も心配掛けた。他の皆も……わざわざありがとうな」
 そして真琴は、ゆっくりと仲間たちから遠ざかる。
 その懐中には、崩れ去った少女……蒼天翼・燈杜美が付けていた髪飾りと、その髪飾りと対になって淡く光るハーモニカが収められている。
 歩む真琴は、燈杜美の最期の呟きを、胸の中で繰り返していた。
(「ゴメン、真琴って……それは、俺の台詞だ。お前は俺を「覚えて」いたのに。探していてくれたのに。俺は……」)
 すると、その時。背後から久遠の大声がかかる。
「へっ、表面上は元気じゃねえか……俺は愛称で呼ぶことを諦めないからな、まこぴー!」
「誰がまこぴーだ!」
 反射的に立ち止まり、真琴は振り返って怒鳴り返す。
「戦闘中は無視してたが、そんな呼び名は認めてねぇぞ!」
 言い捨てると、真琴は再び歩き出す。懐中の髪飾りとハーモニカに触れ、彼は声には出さずに呟いた。
(「……ただいま。そして、おやすみ。燈杜美」)

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月28日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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