涼しさと、悲しみと、絶望と

作者:ゆうきつかさ

●都内某所
 古き良き時代、扇風機は蒸し暑い夏には、無くてはならないモノだった。
 どんなに暑い夏でも、扇風機さえあれば、それで天国。
 そんな時代が、かつては……あった。
 だが、時の流れとは残酷。
 扇風機が神扱いされていたのは、何十年も前の話。
 彗星の如く現れたクーラーの出現によって、扇風機の存在が脅かされる事となった。
 そもそも、扇風機は風を送るだけのモノ。
 しかし、クーラーは違う。
 どんな暑くても、温度を下げれば、冷え冷えである。
 それ故に、扇風機に勝ち目はなかった。
 むしろ、雑魚扱い。
 どんなに頑張っても、クーラーを越える事の出来ない過去の存在。
 この扇風機の所有者も、同じような考えを持っていたらしく、扇風機はゴミとして使われ、二度と動かされる事はなかった。
 その事を恨みに思ったのか、漆黒の残留思念に引き寄せられるようにして現れたのは、小型の蜘蛛型ダモクレスであった。
 小型の蜘蛛型ダモクレスは、扇風機の中に入り込むと、機械的なヒールを掛けた。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 次の瞬間、ダモクレスと化した扇風機が、産声の如く耳障りな機械音を響かせ、辺りのゴミを蹴散らし、人々を求めて、街に繰り出すのであった。

●セリカからの依頼
「カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)さんが危惧していた通り、都内某所にあるゴミ捨て場で、ダモクレスの発生が確認されました。幸いにも、まだ被害は出ていませんが、このまま放っておけば、多くの人々が虐殺され、グラビティチェインを奪われてしまう事でしょう」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、教室ほどの大きさがある部屋にケルベロス達を集め、今回の依頼を説明し始めた。
 ダモクレスが確認されたのは、都内某所にあるゴミ捨て場。
 この場所は元々空き地だったようだが、大量の家電製品が不法投棄されているせいで、ゴミ捨て場だと勘違いをされているようだ。
「ダモクレスと化したのは、扇風機です。このままダモクレスが暴れ出すような事があれば、被害は甚大。罪のない人々の命が奪われ、沢山のグラビティチェインが奪われる事になるでしょう」
 そう言ってセリカがケルベロス達に資料を配っていく。
 資料にはダモクレスのイメージイラストと、出現場所に印がつけられた地図も添付されていた。
 ダモクレスは無数の扇風機が融合したロボットのような姿をしており、生暖かい風を送りながら、襲い掛かってくるようである。
「とにかく、罪もない人々を虐殺するデウスエクスは、許せません。何か被害が出てしまう前にダモクレスを倒してください」
 そう言ってセリカがケルベロス達に対して、ダモクレス退治を依頼するのであった。


参加者
カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)
氷岬・美音(小さな幸せ・e35020)
リンネ・リゼット(呪言の刃・e39529)
霧矢・朱音(医療機兵・e86105)

■リプレイ

●都内某所
 かつて扇風機は、家庭に無くてはならないモノだった。
 扇風機さえあれば、何もいらない。
 これさえあれば、夏を乗り越える事が出来る。
 そう思えてしまう程、扇風機は必要とされていた。
 だが、それも今は昔……。
 クーラーの登場によって、扇風機は過去の存在と化した。
 それ故に、持ち主にもゴミとして捨てられ、人々の記憶からも忘れ去られた。
 しかし、扇風機だけは違っていた。
 俺を忘れるな!
 まだ動ける!
 俺はゴミじゃない!
 そんな叫びに反応し、小型の蜘蛛型ダモクレスが現れたとしたら、実に皮肉な話である。
「どうやら、この場所のようですね。それにしても、凄いニオイ……」
 氷岬・美音(小さな幸せ・e35020)が仲間達と共に、ゴミ捨て場の山を見上げた。
 ゴミ捨て場には、普通のゴミだけでなく、様々な家電が捨てられており、異様なニオイが漂っていた。
 そのニオイが纏わりつくようにして、美音の身体を包み込もうとしたため、反射的に後ずさった。
 そんな場所であるせいか、辺りにはまったく人の気配はない。
 それどころか、誰かが近づく様子もなかった。
「何やら悲しい過去があるようですが、私も扇風機より、クーラーの方が好きですね。風自体が冷たい方が、やっぱり良く涼めますし……」
 リンネ・リゼット(呪言の刃・e39529)が、念のために殺界形成を発動させた。
 おそらく、それは扇風機にとって、死刑宣告にも等しい言葉。
 自分の存在を全否定されているようなモノなので、絶望と共に怒り狂い、真っ先に襲い掛かってきてもおかしくない程の意味を含んでいた。
 それでも、嘘はつけない。
 それが本心なのだから……。
「美音も暑いのは苦手なので、涼しい方が良いですね。美音もどちらかと言えばクーラー派です」
 美音が納得した様子で、自分の考えを述べた。
 扇風機の気持ちを考えると、複雑ではあるものの、それでも嘘をつく事など出来なかった。
 それに、ここで嘘をついても、扇風機が救われる訳では無い。
 それどころか、ダモクレスにならない訳でもない。
 それが確定した未来、回避する事が出来ない現実であった。
「確かに、扇風機は風を送るだけのものだから、エアコンの方が現代的な物にはなっているよね」
 カシス・フィオライト(龍の息吹・e21716)が、何やら察した様子で口を開いた。
 おそらく、扇風機の持ち主も、同じような考えに至ったはず。
 それ故に、用済みになった扇風機を捨て、クーラーと共に過ごす事を選んだのだろう。
 その選択が間違っているとも言えないため、持ち主を責める事も出来なかった。
「まぁ、機械と言う者は、より進歩した物が生き残り、性能の劣るものは破棄されるという運命があるとはいえ、ちょっと悲しい事になっているわよね」
 霧矢・朱音(医療機兵・e86105)が、同情した様子で口を開いた。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイ!」
 次の瞬間、ダモクレスと化した扇風機は、耳障りな機械音を響かせ、耳障りな機械音を響かせながら、まわりにあったゴミの山を弾き飛ばした。
 ダモクレスは無数の扇風機が融合したロボットのような姿をしており、扇風機をフル回転させ、生暖かい風をケルベロス達に送り込んだ。
 それと同時に生暖かい風が、ネットリとケルベロス達の身体を包むのであった。

●ダモクレス
「さぁ、行きますよ、氷雪。一緒に頑張りましょうね」
 すぐさま、リンネがウイングキャットの氷雪に声を掛け、ダモクレスを囲むようにして走り出した。
「……!」
 それに合わせて、氷雪が仲間達を援護するため上空に飛び上がった。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィイ!」
 その事に気づいたダモクレスが耳障りな機械音を響かせ、生暖かい風と共にビームを放ってきた。
 それは、とても不快で、気分の悪い攻撃……。
 思わず仰け反ってしまう程、嫌悪感を覚える風であった。
「……!」
 そのため、氷雪もビクッと身体を震わせ、ダモクレスと距離を取った。
「……嫌な風だね。ある意味、ビームを喰らう事よりも、嫌かも……」
 朱音が軽く皮肉を皮肉を言いながら、ダモクレスから遠ざかった。
 間違いなく、それは本能的なモノ。
 人であれば、誰もが嫌がる攻撃であった。
 故に、誰であっても、心地良いとは思わない。
 むしろ、逆。
 嫌悪感を覚える事が、人として普通の反応であった。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 その事に苛立ちを覚えたダモクレスが、扇風機をフル稼働させ、生暖かい風と共に、再びビームを放ってきた。
「とても気持ち悪い風ですが……負けません! 負ける訳にはいかないんです」
 美音がゾクッと鳥肌を立たせながら、俊霊斬(シュンレイザン)を仕掛け、猫の本能として敵を狩る瞬発力を発揮し、自らの爪に霊力を込めてダモクレスの身体を斬り裂いた。
 その途端、生暖かい風が美音の身体を包み込んだものの、決して怯まなかった。
 だが、生ぬるい。
 全身に鳥肌が立ち、身の危険を感じてしまう程に……。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 そこに追い打ちをかけるようにして、ダモクレスが扇風機型のアームを伸ばし、美音に生暖かい風を送った。
 それはまるで中年オヤジに囲まれ、一斉に生暖かい息を吐きかけられたような感じであった。
「……!」
 そのため、美音が身の危険を感じ、ダモクレスと距離を取った。
 だが、ネットリとした空気が、風に乗って付き纏い、再び美音を包み込もうとした。
「……嫌がっているのが分からないんですか!」
 リンネがダモクレスを叱りつけ、スターゲイザーを炸裂させた。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 その影響でダモクレスがバランスを崩し、ギチギチギチと耳障りな音を響かせた。
 その間に氷雪がリンネに迫り、清浄の翼を羽ばたかせた。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 しかし、ダモクレスは諦めておらず、全身の扇風機をフル稼働させ、ケルベロス達に対して、生暖かい風と共にビームを放った。
 それは無数の中年オヤジ達に休む事なくハグされたのと同じほどの破壊力。
 ある意味、ビームよりも強力なのでは、と錯覚してしまう程の威力があった。
「この雨で、どうにかなるといいんだけど……」
 その事に危機感を覚えたカシスが、メディカルレインを発動させ、薬液の雨を戦場に降らせる事で、仲間達を癒そうとした。
 だが、それは気持ち的なモノ。
 そのため、薬液の雨でどうにかなるものでもなかった。
「とにかく、早めに終わらせた方がいいようね」
 そんな空気を察した朱音が、プラズムキャノンを発動させ、圧縮したエクトプラズムで大きな霊弾を作って、ダモクレスにブチ当てた。
「スライムよ、敵を飲み込んでしまいなさい!」
 それに合わせて、美音がレゾナンスグリードで、ブラックスライムを捕食モードに変形させ、ダモクレスを丸呑みさせようとした。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 その途端、ダモクレスが再び全身の扇風機をフル稼働させ、生暖かい風をブラックスライムに送り込んだ。
「……!」
 それはブラックスライムにとっても、御遠慮レベル。
 本能的に身の危険を感じたのか、ゾワゾワっとさせながら、逃げるようにしてダモクレスから離れていった。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 その隙をつくようにして、ダモクレスが耳障りな機械音を響かせ、扇風機型のミサイルを飛ばしてきた。
 扇風機型のミサイルは生暖かい風を送りながら、アスファルトの地面に落下したのと同時に爆発し、大量の破片を飛ばしてきた。
「貴方のトラウマを、このナイフに映してあげますよ」
 その破片を避けながら、リンネが惨劇の鏡像を発動させ、ナイフの刀身にダモクレスが忘れたいと思っているトラウマを映し、それを具現化させた。
 それは冴えない中年オヤジ。
 その中年オヤジが、ゴミを見るような目で、ダモクレスを睨みつけていた。
「セ、センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ」
 それと同時にダモクレスが耳障りな機械音を響かせ、リンネが具現化させた中年オヤジを消し去ろうとした。
 だが、中年オヤジは消えない。
 ……消える訳がない。
 それでも、ダモクレスは、執拗に中年オヤジを攻撃した。
「この炎で、オーバーヒートしてしまいなさい!」
 その間に、美音が死角に回り込み、グラインドファイアを仕掛け、ダモクレスの身体を炎に包んだ。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 その熱さから逃れるようにして、ダモクレスが耳障りな機械音を響かせ、ケルベロス達を攻撃しようとした。
 だが、全身の扇風機をいくらフル稼働させても、熱風が吹き荒れるだけ。
 しかも、前面だけにしか、熱風がいかないため、避ける事は難しくなかった。
「……いまさら何をやっても手遅れだよ」
 次の瞬間、カシスがダモクレスの背後に回り込み、断罪の千剣(ダンザイノセンケン)を発動させた。
 それと同時に、罪を浄化する為のエナジー状の光の剣を無数に創造し、ダモクレスの身体に次々と刺さっていった。
「センプウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
 その攻撃を喰らったダモクレスが、耳障りな機械音を響かせ、崩れ落ちて動かなくなった。
「終わったみたいね。皆、お怪我は無いかしら?」
 朱音がホッとした様子で、仲間達の無事を確認した。
 仲間達は妙なトラウマに襲われているようだが、肉体的には無傷。
 おそらく、無事……。
 しばらくの間、中年オヤジを見るたび、たじろいでしまうかも知れないが、トラウマレベルではない……はず。
「流石にゴミ捨て場で戦ったから、かなり汚れちゃったね」
 そう言ってカシスが苦笑いを浮かべ、ヒールで辺りを修復するのであった。

作者:ゆうきつかさ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月23日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。