TOKYOスカイクリーパー~レイの誕生日

作者:吉北遥人

 ケルベロス大運動会!
 言わずと知れた、年に一回開催されるハイパーエクストリームスポーツ・アトラクションである!

 ある日、レイ・ウヤン(地球人の光輪拳士・en0273)が、ケルベロス大運動会2020のパンフレットとにらめっこしていた。
 今年の舞台は東京──ケルベロスにとってはお膝元だ。すなわちそれは、本番を想定したトレーニングがしやすいことを意味する。
「できれば会場予定地で、といきたいですが、さすがに厳しいでしょうね」
 設営準備や警備の邪魔になることを考えると遠慮した方がいいかもしれない。
 とすれば次善策として似たような地形を練習場所にしたいが、はたしてそんな場所が都合よく……。

●なんとかなった
「よろしければ今年も、本番に向けてともに鍛錬しませんか?」
 場所は、近々ヒールする予定の廃墟街。
 さすがに東京タワーやスカイツリー級とはいかないが、高層建築もあるので不足はない。
 ナノナノ風船も大量に用意したし、パズルができる休憩スペースも抜かりなく確保している。
「今年のパンフレットはもうご覧になりましたか? 競技はいくつかすでに公表されていましたね」
 東京タワージャンパー。
 スカイツリーパッカー。
 真・居合アタック。
 お台場ケルベロスキャノン。
 おもてなしパズル。
 本番の一週間前に詳細が発表されるとのことだが、これらの競技に関しては、まあ名前からして例年と似たようなものだろう。
「新競技もあるかもしれませんが、今回はこれら五種目に絞って取り組みたいと思います。個人で研鑽するも良し、皆で協力して高得点を狙うも良し。競争するのもいいですね」
 大運動会に向けての肩慣らしにひとつ、どうだろうか。


■リプレイ

 熱気を孕んだ風が廃墟をけだるく吹き抜ける。
 その風にわずかばかりの涼を求めながら、玉榮・陣内は腕を組んだ。黙して想うのは、相対して立つ比嘉・アガサのこと──正確には、アガサにこれから教える居合い斬りについてだ。
「……」
 ──しかし、このじゃじゃ馬が俺に正面から教えを乞う日がくるとはね。
 少し前。きっかけはアガサがトレーニング項目から居合いに目を留めたことだった。
「居合いアタックか」
 やや考える素振りののち、ふいにアガサは陣内を仰ぎ見た。
「そういえば忘れそうになってたけど、あんた刀剣士じゃなかったっけ?」
 簡単なコツみたいなの教えてよ──と、そんなわけで今、こうして腰に刀を吊ってここにいるわけだが。教えるにあたって、一つ問題があった。
「……」
 ──俺、実は居合いナントカに出場した記憶がないんだよな……。
 大運動会で頭に強く残っているのはパズルと、パズルに熱中してるうちに全ての競技が終了してしまっていた会場の空の色。高揚と寂寥が隣り合わせだと思い知らされる時間。
 弁解するわけではないが、刀剣士の肩書きを背負って全世界の前で失敗をするのが嫌だというわけでは、断じてない。
 さておきそんなわけで、刀剣士だからといって教えられることなどないのだが、めったにない機会なので陣内はそれっぽいことを言うことにした。
「……いいか。よく聞けよ」
「うん」
「居合いの真骨頂は納刀状態にあると言われている。刀を抜いて敵を斬るのはあくまでその延長、結果に過ぎなくてだな──」
「いや、そういうのじゃなくてさ」
 不要な会話シーンをスキップするようにアガサが遮った。
「真髄とかいいから。得意じゃないけど、あたしだって一応は刀剣類を扱えるわけだし。競技で使えるコツみたいなのをお願いしたいんだけど?」
「お前な……」
 そんなもの逆に俺が知りたいと言ってやりたいのを堪えて、陣内は刀の柄頭を爪でコツコツ叩いた。
「こういう一見役に立たなさそうな真理が実は近道だったりするんだよ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだ」
 知らないけどな。
 心の中で目線を明後日の方向に飛ばしながら教師ムーヴを継続する陣内。
「とりあえず目を瞑って、心を鎮めてみろ」
「は? 瞑想しろってこと?」
「居合いは精神統一が肝。己の奥底に意識を集中して、波紋の一つもない水面のように神経を研ぎ澄ませるんだ」
「精神統一ねぇ……」
 アガサがすぅっと呼吸して、瞑目する。
 静寂が訪れた。あるのは眩しい陽光と、髪を撫ぜるぬるい風。
「そうだ。いいぞ、アギー」
 適当に精神統一とか言っておけば教えてるっぽいし尺も稼げる作戦は成功だ。黒い獣毛に陽射しがきつくなってきたので、陣内は日陰に移動した。
「そのまま集中だ。心の水面を意識しろ」
「…………」
「相手の呼吸を読め。相手の動きを自分の心に映し出せ」
「いや、うざいわ。やかましいわ。ここぞとばかり兄貴ヅラすんのやめろ」
 唐突にアガサが目を開けた。いつの間にやら建物の陰に移っている陣内をじっとり睨む。
「勝手にやめるな。いやお前本当に集中力ないな⁉︎」
「集中力? 精神統一? どう考えても適当言ってるようにしか思えないんだけど?」
 バレてる。
 陣内が一瞬言葉に詰まる一方、アガサは盛大にため息をついた。
「そういやあんた刀剣士じゃなくてデコピンマスターだったよね。聞いたあたしが馬鹿だった」
「うるせーな。好きで刀剣士になったわけじゃない」
「もういい、刀はやめ」
 刀を固定する腰帯をアガサがしゅるりと解いた。小さな金属音を立てて刀が地面に転がったときには、アガサは両足の踵を浮かせて軽快に体を揺らしている。
「やっぱり敵には蹴りで一撃のが楽だわ──こんな風にね」
 次の瞬間、陣内の視界からアガサが消えた。
 実際には踏み込みと素早い回転動作で陣内との間合いを詰めたアガサが深くしゃがんだのだが、そう気付いた陣内が下に目をやったときには、アガサの右脚が槍のように突き込まれている。地面を蹴る反動で推進力を得た蹴撃は、彼我の身長差をものともせず陣内の顔前で炸裂した。
「〜〜〜〜」
 可愛らしい悲鳴がした。アガサの蹴りを受けた陣内のウイングキャットが目を回して墜落する。
「ふぅ、念のために猫をDFにしておいて正解だったぜ」
「なにそれずるい」
「ずるい、じゃない。蹴るな! いいか、練習してるのは居合い斬り。い・あ・い・『ぎ』・り! 『げ』じゃなくて『ぎ』な!」
「居合い『げ』り、ね……」
 アガサの体が独楽のように回転した。遠心力で尻尾が弧を描き、続けて右脚が大鎌のように陣内に迫る。
 上体を引いて爪先を回避する陣内の、次は足下を下段蹴りが襲った。刈り取るような足払いをジャンプしてかわすが、直後には身を起こしたアガサが中段蹴りを放っている。
「誰がうまいこと言えと」
「感心するな」
 アガサの蹴りに対して身を引かず、逆に陣内は踏み込んだ。突き込まれた靴底を半身になってきわどくかわすと、腕を伸ばす。ぐっとたわめられた指先がアガサの額で弾かれた。
「ったあ⁉︎ デコピンとか、もう!」
「足癖の悪い猫娘にはこうだ」
 真っ赤になった額を押さえてうずくまるアガサ。デコピンマスター陣内はアガサがさっき捨てた刀を拾うと、彼女のそばにそれを置いた。
「ほら、集中。もう一回やる」
「また⁉︎」
 ──この訓練が本当に役立つのか、それはまだ誰も知らない。

 青空を背景に浮かぶいくつものナノナノ風船。
 それらをレンズ中央に見据え、イッパイアッテナ・ルドルフはeverywherと銘打たれた双眼鏡から静かに目を離した。獲物を狙う猟師のような眼差しを空に向けながら、傍らの砲身の射角を微調整する。
「本格的ですね」
「これはレイさん。いえ、まだまだですよ」
 大砲の角度が決まったらしく、イッパイアッテナが砲身をしっかりと固定する。その足下では彼の相棒、ミミックのザラキが、まだかまだかと言うように作業を見守っている。
「一回で満足のいく結果が出る、というものでもありませんから。より多く風船を壊せるように。風船に当たった後に体勢を崩さぬように。そして空中で相棒とバラバラにならないように。何度も挑戦して精度を上げていくスタイルです」
 サーヴァントとともに挑むメリットをレイ・ウヤンは彼から以前に教わっていたが、利点を抜きにしても砲身内に収まるイッパイアッテナとザラキは楽しげだった。
「ところでレイさん。あなたも今では得意種目とか自信のある競技ができたのではありませんか?」
 砲口から顔を出して、イッパイアッテナが偏光ゴーグルの奥で目を細めた。
「楽しみにしている競技もあるのでは?」
「そうですね、得意というわけではありませんが、私もケルベロスキャノンには熱中しています。より長い距離を。より多くのポイントを──そのためにもルドルフさんの飛翔を見て勉強したいです」
 お互いに親指を立てて、カウントダウンが始まる。三秒後、轟音とともにイッパイアッテナとザラキは天高く撃ち出された。
 軌跡上のナノナノ風船が次々と破裂していく。なかなかのポイントが期待できそうだ。
「──聞いたぞ、レイ」
 呼ばれた方にレイが振り返ると、ナッツバーが目の前に投げられていた。反射的にキャッチする。峰・譲葉が自分のナッツバーを囓りながら笑った。
「キャノンに熱中してるって? それなら勝負しないか。純粋なポイント勝負。負けた方は罰としてジュース奢りだ」
「面白いですね。ぜひ、受けて立ちます!」
 包装を開けて、レイもナッツバーに囓りついた。
 勝負は大砲の調整から始まっている。互いに角度が決まったところで各々が砲身に入る。
「誕生日だからって手加減してもらえると思うなよ」
「私も譲葉さん相手に手を抜いたりしませんよ」
 三秒後、二つの大砲が同時発射。譲葉とレイの姿が空に消えた。

「『おもてなしぱずる』とはいかなるものなのか」
 昨年度までのもそうだったが、今年も今年でよくわからないネーミングである。
 いや、言葉の意味は当然わかる。だがそれがパズルの中身とどう繋がるのかが見当つかない。ティアン・バの考察が迷宮に足を一歩踏み入れる。
「おもてなし……おもて無し……裏?」
「ふふふ、謎は解けましたよ、ティアン」
 自信たっぷりの手つきでアイヴォリー・ロムがブルックリンパズルの数字札板を並べた。4が揃って5と転じ、5が6へ、6がハンバーガーのイラストへ──。
「今年の舞台は我らが誇るTOKYO! となれば、パズルは日本の美しさを存分に訴求できる内容に違いなく」
 うんうんと藍染・夜が神妙な面持ちで相槌を打った。もっともその指先は余った数字板を手持ち無沙汰に弄っている。アンニュイに細められた眼は、ひょっとしたら眠いのかもしれない。
「こう、ぱちぱちとパズルを揃えて日本の百景を作り出すのです。特殊柄は富士山で決まり!」
「おおー……」
 アイヴォリーの名推理にティアンが小さく拍手。富士山。ありそうだ。
「ほかの特殊柄は何があるだろう。花なら桜や菊。鳥ならキジやツル?」
「スシ、テンプラ、サムライ、ニンジャ。シンプルに日の丸も捨てがたいかと」
 乙女たちが盛り上がる傍らで、何とは無しに夜は数字板をコツンと卓上に立てた。平らだから意外と安定感がある。感心していると、立てた板の隣に別の板がコツンと立てられた。
 ん、と顔を上げた夜と、板を立てたサイガ・クロガネの視線が合う。
「…………」
 双方、言葉はない。だが夜がさらに別の板を立てると、その先を行くようにサイガも板を立てる。それに応えるように夜がすかさず板を立てて、サイガも間髪いれず板を立てる。
 あたかも示し合わせたように板の道が紡がれていく。サイガが気の向くまま立てていくのを夜が板同士が離れすぎないよう道を繋いでいくのは、もはや高度な連携技だ。
 熱くなってきた──口の端が上がるサイガの指が、しかし空を滑る。手元の板を使い切っていた。しょうがないのでアイヴォリーの手元から頂戴する。
「もう、邪魔しないでくださいクロガネ」
 パズルに使用中だった板を取られて振り返ったアイヴォリーが、思わず息を呑んだ。
 卓上から椅子、床にかけて数字板がおびただしく列を成している。あまりの規模に一瞬、大蛇かと思った。何をしてるんだ男子。
「けるべろは例年ドミノの腕を競ってると聞いた。おもてなしドミノ。違いねえな」
「競ってません! 夜まで子供みたいなことして、仕方ない人」
「まったく。こちらはまじめに取り組んでいるのに」
 ぺしーん。
 ぺしーん。
 ティアンが卓に板を叩きつけ、別の板が衝撃でひっくり返る。
「サイガ、夜、何してるの」
「いやお前が何やってんだよ。壊れんだろ、板」
「こんな遊びが昔あったなって」
「メンコじゃねーんだよ。お前がまず注意されろや」
「結構難しいんだぞ。紙と違って風圧で裏返らないから、入射角が肝要だ」
「だからメンコじゃねーんだよ。パズルの難易度を語れっつの」
 アイヴォリーの肩越しにパズル盤を覗き込んだサイガが鼻で笑った。
「つうかよおー、お前らも大概だって。全然ムシしてんじゃねーか、はめ込むとこの形? みてえなの」
「くっ、ドミノ遊びしてる人に言われるのは癪ですが、否定できません……が」
 アイヴォリーの背中の羽が小刻みに震える。
 だがその震えは乱雑なパズル盤を煽られたからではない。今もずっと板を並べ続けている夜と、再開したサイガ。脇道に逸れて遊ぶ男子たちにくすりとこみ上げる気持ちを唇に押しとどめ、アイヴォリーは肩をすくめた。
「そちらは無秩序に過ぎるのでは? 夜、クロガネ。あなたたちが使っているのは『おもてなしパズル』でしょう」
 ことん。
 アイヴォリーの小さな指が、数字板を床に立てた。
「どうせ作るなら『魅』せてあげましょう。我々ケルベロスのおもてなしをね!」
「ドミノはクリスマスの行事じゃないのか? でもやるなら手伝うぞ」
 ティアンが盤に板を載せて持ってきた。
 予備のパズルはまだまだある。素材には事欠かない。
 サイガがヒュウと口笛を吹く。
「結局俺らにゃフリースタイルしか合いっこねえってワケだ」
「おもてなし……描くドミノは日本のココロ、か。風雅だね」
 手慰みに始めた遊び。それを皆で取り組む不思議さに、夜が口元を綻ばせた。
 そしてドミノは拡がる。拡がっていく。
 色が欲しいところにはイラスト札板を配置する。
 ドミノでの表現が難しそうなものもとにかく物量で再現する。
 集中のあまり四人とも汗が、顔中に珠となって浮かんでは顎まで伝って落ちる。だがそれを不快に思う者はいない。
 すべては最後の一瞬のために──。
「……」
 夜が息を詰めて数字板を置いた。
 こと、ん……。
 最後の一欠片が前後の板を繋ぐ。
 広大なおもてなしパズル──。
 ならぬ、『おもてなしドミノ』が完成した。
「……」
 夜がそっと顔を上げた。
 あれだけ眩しかった外は、もう日が暮れようとしている。休憩スペース内の柔らかな照明に汗を輝かせて、四人はしばし見つめ合った。やがて完成の実感が湧き起こり、それぞれに微笑が浮かんでくる。アイヴォリーの背中で翼がぱたぱた揺れた。
 ぱたぱた。
 ぱたぱた。
「あっ」
 その音が翼のはためきだけじゃないと最初に気付いたのはティアンだった。
 だが時すでに遅し。翼から生じた風で倒れたドミノは徐々に加速して連鎖的に倒れていっている。
「ああああーっ」
 やらかしたと気付いたアイヴォリーの悲鳴が響く。
 しかしドミノは拡がる。拡がっていく。
 優美な鳥が現れる。美しい花が咲き乱れる。
 デフォルメに再現されたデウスエクスが現れる。「完成時にぶっ壊すことで俺がヒーローに」と言っていたサイガが絶叫する。
 広大な湖面の向こう、そびえるは日本の誇る名山、富士山。
 その周りをパタタタタタといくつもの花火が咲き彩った。
 壮大なスケールのおもてなし。
 紛れもない大作だった。
 感動的だった。
「……」
 だがアイヴォリーは打ちひしがれていた。
「ヴォリー」
 そんなアイヴォリーに、サイガが優しく声をかけた。
「宇治金時カキ氷」
「……」
「宇治金時カキ氷な」
「くっ、わかりましたよわかってますよクロガネ! お詫びに奢ります……! お代わりしてもいいですから! ね!」
 ヤケ気味なアイヴォリーの敗北宣言であった。
 もともとはパズルで勝敗つけて、負けた者はアイスを奢るという話があった気もするが。
「勝利とはいったいなんだったのか」
 倒れきったドミノをティアンが改めて見る。祭のあとのような寂しさもある、が。
「まあでも、倒れたのが完成してからでよかったな」
「確かに」
 夜も頷く。そこは不幸中の幸いだし、アイヴォリーが気に病むことはないとも思う。
 だがそれはそれとしてティアンも夜も高級アイスを奢ってもらうことにためらいはなかった。
「お代わりありか。なら店のアイス、全部買い占めっか!」
「なっ、クロガネ、それは限度というものが……って、どうしてわたくしの頭を見てるんですか!」
「そりゃカキ氷にイチゴ添えでもと」
「……サイガ、アイヴォリーの花はイチゴだが多分実はないぞ」
「なんだよ、実あれよ!」
「実あれってなんですか!」
 言い合ううちに太陽は沈んでいく。
 その後、皆はアイスの奢り──おもてなしに舌鼓を打つのであった。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年8月2日
難度:易しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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