鵠の誕生日~すぱいSeaサマー

作者:猫鮫樹


「んー、今年は何しよっかなー」
 アイスキャンディーを片手に河野・鵠(無垢の足跡・en0303)は、携帯端末に指を滑らせて悩んでいた。
 来る7月17日、そうこの日は鵠の23歳の誕生日。
 自分の誕生日に託けて、去年の誕生日のように今年もまた、みんなと楽しく過ごしたいと鵠は考えていたのだ。
 イベント事なんて夏にはたくさんある。あれもやりたい、これもやりたいと鵠はひたすら携帯端末に映る情報を流し見ていく。
 時折溶けだすアイスキャンディーを齧っては頭を悩ませている鵠だったが、一つのページに目を止めた。
 ―――これだ!

「良かったら、みんなでカレーフェスに行かない?」
 声を弾ませ、金色の瞳を太陽のように輝かせた鵠は携帯端末にあるページを指差した。
 それはどうやら海で行われるカレーフェスのようだった。多種多様なカレーが特設会場にて振舞われるとか。
 海で遊んで、しかもカレーが食べられる。
 一石二鳥なイベントじゃないかと鵠は尻尾をぶんぶんと振り、そう皆に誘いの言葉を投げかけた。
「インドカレーでナン食べたり、ドライカレーやキーマカレー! カレーパンもあるみたいだ! いっぱいカレー食べて、みんなと海で遊んだりしたら楽しいと思うんだ?」
 だから、良ければ行かない? と、鵠はにっこりと笑って皆にそう声を掛けていた。


■リプレイ

●ルーSea
 梅雨開けがいまだに来ない七月。
 ぐずついた天気が続いていて、当日も太陽を見る事が出来るかどうかだったが……天は彼に味方したようで、鮮やかな青色が空いっぱいに広がり気温もテンションも上昇させるように太陽が輝いている。
「晴れて良かったー!」
 真っ白な砂浜に青い海。賑わいを見せる世界がここにはあった。
 自分の誕生日だから天気も祝ってくれてるのかな、なんて河野・鵠(無垢の足跡・en0303)は真っ白な翼を大きく広げて、海風の香りを胸いっぱいに吸い込んでいく。
 賑わう人々の声、しょっぱい潮の香りに混じるスパイシーな匂い。
 スパイシーな匂いがする場所は、この海水浴場に作られた建物で行われるカレーフェスからだ。
 暑くても、食欲をそそられる香りには抗えない。鵠ももちろんそうだ。
 散々携帯端末を弄繰り回し検索しまくった鵠は、今日の天気は勿論、来てくれたケルベロス達に感謝をしてもしきれない。
 そんな風に砂浜で真っ白な尻尾を隠すことなくゆらゆらと揺らしている鵠の元へ、ケルベロス達がやってきていた。
「鵠さん、お誕生日おめでとっ!」
 楽しさを隠し切れない鵠に、鈴を転がしたような声が祝いの言葉を響かせる。
 振り向けば空よりも澄んだ青色の髪を靡かせたシル・ウィンディア(光のシャドウエルフ・e00695)と黒いコートを身に纏ったコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)の二人のケルベロスの姿があった。
 二人の登場に、太陽のような明るい笑顔を浮かべて鵠のテンションがもりもりとあがっていく。
「わー! 祝ってくれてありがとうー! 今日はめちゃくちゃ楽しもうね!」
「はい! 目一杯楽しんでいきましょー!」
 ワーイと腕をあげる鵠の真似をするようにシルも腕をあげて答えると、コクマはそれを横目にスパイシーな香りを堪能する。
 こういうイベントなどに来る事は無かったコクマだが、美食には興味がある。故に今回はシルと共にここへ来たのだ。
「ちなみにカレーフェスはすぐそこの建物でやってるから」
 本当に色んな種類のカレーがあるから迷っちゃうかも! と鵠は笑って、シルとコクマをスパイシーな世界へと導いていった。

 目にも鮮やかな内装はこのためだけに作られたと思うと少し勿体ない気もするような、そんな光景が二人の目に飛び込んできた。
 鵠が言っていた通り、本当に様々な種類のカレーが用意されている。
「カレーって、こんなに種類あるんだね」
 そこそこに広いカレーフェスの世界に目を輝かせたシルはどこから食べようか悩みながら、一緒に来ていたコクマとあちらこちらのカレーに目移りしていた。
「……うーん、何食べるか悩むけど、辛さ抑えめならうれしいかな。コクマさんは辛いの得意なのかな?」
「辛いのか……寧ろ好きだとも!」
 漂うスパイスの空気を纏い、どれから食べようかと悩むシルの問いかけにコクマは肯定の言葉を口にする。
「燃え盛る様な灼熱の辛さは実に刺激的よ」
「コクマさん、辛いの好きなんだね! わたしは苦手なの」
「うむ。とは言え極端だと味を損なうので辛口レベルが良いものだ」
 辛いものが苦手なシルと得意なコクマの対照的な二人。
 お互いにあっちも美味しそうだ、いやこっちも捨てがたいなんて会話を弾ませ、ようやく何のカレーを食べるか決めたようだ。
「ワシは……そうさな、まずはこの海軍カレーからだな」
 ごろごろとした具材が入ったカレーを受け取り、コクマがスプーンで一掬い。立ち上る湯気に混じるカレー特有の香りに胃袋を刺激され、コクマはたまらず口に放り込んでいく。
 ふむ、うまいとコクマは次から次へとスプーンを進め、さて次はバターチキンにキーマでも食べようかと考えていると、
「えーと、ここからここまで、3人前ずつお願いしまーすっ!」
「シルぅ!?」
 小柄な体でそこまでの量を食べる事ができるのかと思うほどのカレーを頼み、コクマのいるテーブルにやってくるシル。
 後ろには注文したカレーを運んでくる店員の姿もあった。
 とんでもない量がテーブルに並べば、一面カレーの海ができあがり、シルは近くにあるカレーからスプーンで掬い口に運んでいく。
「んー、辛いけどおいしいねー」
 なんて愛らしい笑顔を浮かべてシルは、次から次へとカレーをその小さな体に収めていく。
「何という食べる量か……そうか……」
 ―――あのエネルギーを全て魔力に変換しておるな……!
 驚愕の表情を浮かべたコクマはそう納得し、バターチキンカレーに手を付けるのだった。

●日陰は仏の居場所
 シルとコクマがカレーを食べているということは、もちろん鵠もカレーを食べていた。
 満たされる胃袋に、スパイスによって滲む汗を拭えばどこか心地の良い暑さを感じられる。臨時会場には空調があり室温の調整はされているが、スパイスの力は侮れない。辛さも楽しさもどんどん上がってくるこの場所で鵠がラッシーを片手にまた会場をぐるぐると回っている最中、外から賑やか……というよりもどこか言い合うような声が聞こえ、そちらに向かっていくことにした。
「嫌じゃぁああああああ!」
「アホかお前は! 朝から晩まで毎日毎日ゲームゲームゲーム時々アニメ……引き籠ってばかりで、培土栽培の白アスパラガスみたいになってるだろうが!」
「自宅警備の確かさに定評のある箱入り引き籠リカントこと内気なルイルイが、何故この炎天下で塩水と戯れねばならんのじゃぁああ!」
 日焼け対策かしっかりと長袖パーカーを着こみ、日陰のある場所から出る事を断固拒否するルイス・メルクリオ(キノコムシャムシャくん・e12907)とそこから引っ張り出そう奮闘するマリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)がぎゃいぎゃいと言い合いを繰り広げている姿がそこにはあった。
 激しいバトル……というよりも散歩を嫌がる黒柴犬を引っ張る、白いお姉さんっていう図がぴったりだなぁなんて、鵠はラッシーをずずっと吸い込んでその様子を眺める。
「少しは表に出ろ! 日光に当たれ!」
「嫌だ! お前らコンクリートの上で焼かれる哀しいミミズの気持ちを考えたことがあるのか!」
「ミミズ? ………環形動物の気持ちなんぞ考えるか! どういう心理状態だよ!」
 マリオンは必死になってここまで連れてきたものの、会場についた途端に日陰のある位置に飛び込んで動かなくなった義弟であるルイス。
 周りには陽の者しかいないんだぞ! とルイスはマリオンに叫び、ただひたすら日陰である闇に留まることを譲る気配を見せてはくれない。
 引き籠りである、自分達闇に生きる者にとって、真夏の太陽だの水着だの波打ち際でキャッキャウフフだの、そんなもの苦行でしかないのだ。それをマリオンは理解をしないとルイスは鼻息荒く抵抗を見せ、そんなルイスにマリオンも負けじと策を練る。
「ほらほら、この日に合わせて新調したお姉ちゃんのセパレートパレオ水着ですよ!」
 ルイスのパーカーから手を放したマリオンはその場でくるりと一回転。海という場所に行くのだからと買った水着はマリオンには良く似合い、他に来ていた人らもその姿に歓声をあげるものだった。だがしかし……。
「……」
「……って、なに死ぬほど興味ないわって顔してんだこのスカタン!」
 浜辺の視線を奪うような水着姿のマリオンに、ルイスは興味なさげに日陰で佇み、真っ青な海をぼーっと眺めていた。
 そんな態度のルイスにマリオンも呆れてしまったが、それでも日陰からテコでも動かないと決めこむルイスをどうしたものかと、眉根を寄せてマリオンはただただ考える。
 何かしら考え始めたマリオンにルイスは先手を打つように言葉を放り投げた。
「俺はこの日陰から一歩も動かんぞ……!」
 そう言ってルイスは日陰の中でごろりと横に……いや、涅槃のようなポーズをとって抵抗の意志を示すとともに、
「あ、でもカレーは食べます」
 海老カレーで辛さはマイルド、ナンはプレーン、飲み物ラッシーでオナシャス、とまで言ってのけるものだからマリオンは思わずその場にしゃがみ込んで、深い息を漏らしてしまった。
「カレー持って来いって、先に鵠さんのお誕生日をお祝いしてからで……」
 マリオンが額に手を当て、呆れた声でそう言ったところで鵠が飲みかけのラッシーを片手に近寄って声を掛ける。
「二人とも~来てくれてありがとうね!」
「いえ! 鵠さんもお誕生日おめでとうございます」
 ヒマワリの様な笑顔で鵠は嬉しそうに声を弾ませ、マリオンが慌てて立ち上がっておめでとうと伝えると、どこかほっとする空気が流れたように感じた中で、聞こえるトン・ツー音。
「へ?」
 音の発信源はルイスからで、鵠は繰り返されるトン・ツー音にきょとんとした顔になってしまった。
「……何モールス信号でお祝い送ってんだ!」
 とマリオンの華麗な突っ込みが入り、音の謎も解けた鵠はぴこーんと電球マークを頭に思い浮かべると、2人のやり取りを見つめて声をあげて笑った。

●大海
 カレーの海を堪能した彼らが次に堪能するのはそう、この青い海。
 全てを包み込むような、飲み込んでしまうような深い青を携える海に、今度はその身を預けようとカレーフェスの会場を後にしていく。
「さ、食べるの食べたし、およごっか?」
 そう言ったシルの言葉にコクマも頷いて、スパイスの海から一緒に潮風溢れる砂浜に降り立ち、胸いっぱい塩気のある空気を吸い込んだ。
 海風がゆるりと吹き抜け、髪を揺らすこの場所は何とも平和なもので、遠く海の水平線を眺めていたコクマはシルが自分を呼ぶ声に視線を移動させる。
 コクマの視線が自分の方に向いたのを確認したシルは、少し頬を赤く染めて鮮やかな青と白の水着姿をコクマにアピールするようにくるりと回った。
「えへへ、似合うかな? 結構お気に入りなんだっ♪」
 深海に住む人魚の尾びれのようなひらりとしたリボンが揺れ、シルの青い髪や瞳、白い肌を包み込む水着は可憐でいて、シルにとてもよく似合っているものだった。
 踊るようにくるくると回る彼女は本当に人魚姫なのではないかと、見るものを錯覚させてしまうようで。
「水着か……」
 まじまじとシルを眺めていたコクマは、静かに思考を巡らせていく。賢者を名乗るコクマだからこそ、いろいろと考えてしまうこともあるのかもしれない。
 あまりこういうことは趣味ではなかったが、挑戦するのも悪くはないだろうとコクマは一人納得し、再度シルの水着姿に目をやる。
「中々に素晴らしきラインよな」
 コクマの言葉にシルはさらに愛らしい笑みを浮かべているが、コクマの視線は水着というよりも、引き締まった腹部に向いていた。
 先ほど食べたすごい量のカレーがシルの体内にあるとは思えない、引き締まった体。
 さすが妖精というものなのか……。
(「やはり鍛えておるな……?」)
 そんなことを考えるコクマは、シルが楽しそうにはしゃいで海に飛び込んでいくのをゆっくりと追いかける為に砂浜を歩きだしていく。

「本当に海入らないの?」
 いまだにパーカーも脱がず、ラッシーをすするルイスにマリオンがそう尋ねていた。
 マリオンは日陰からルイスを無理やり引っ張り出すのは諦めたようで、今は横に並んで座っている状態だ。
 周りから聞こえる楽し気な声をBGMに、ただ穏やかに二人並んで会話をしているのはなんだか不思議で、ちょっと前に一緒に出掛けた時は散々突っ込みしまくった思い出が脳内に溢れてしまいそうになり、マリオンは慌てて頭を振った。
 ネックレスに火薬仕込もうとした過去は振り返ってはだめだ……。
 マリオンが悶々と考えこんでる横で、ルイスはずずずっと最後まで飲み切ったラッシーの容器を手持無沙汰に遊ばせて、ぽつりと声を零した。
「泳いでくれば?」
 折角の水着なんだしとまで淡々と付け加えていくルイスの様子は、どこかぶっきらぼうに見えるがいかんせん彼は拗らせ系男子だ。
 かっこよく見えるとかはないが、マリオンはそんなルイスの言葉に小さく笑みを零して、
「ルイスが一緒に入ってくれるならいいけど?」
「姉ちゃん、俺は二次元の海にしか入らない」
 ブレないルイスに本日何度目かのため息をマリオンは零すが、まぁこうして外に出ただけいいかと自分を納得させていくことにした。

「みんなー! カキ氷買ってきたから好きなの食べてー!」
 鵠は色とりどりのかき氷をお盆に乗せて、砂浜にいるシル、コクマ、マリオン、ルイスに聞こえるように声を張り上げる。
 嬉しそうに聞こえる返事に、このイベントに誘って良かったと温かい気持ちを胸に宿し、なおかつ新しい思い出が刻まれた事に感謝の思いを募らせていく。
 いまだにデウスエクスの脅威は消えないが、ケルベロスとしての使命を忘れないように、この平和をしっかりと胸に刻み込んで彼らと戦っていこうと再認識し、残りの時間も目一杯海を楽しもうと鵠は太陽の様にみんなへと笑いかけるのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月22日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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