ビッグホエール追撃戦~深く、静かに

作者:天枷由良

●大阪湾・海底
 深き水底に腹をつけて、息を潜める鋼鉄の鯨。
 主機すらも停めたその中枢で、長の席に腰掛けるダモクレスの男は目を瞑り、静寂が示す俄拵えの平穏に浸っていた。
 物資を満載して大阪城地下港を脱し、水底に潜伏して幾日か。
 このまま大戦の熱が冷めるまで隠れ続けて、脱出の機を窺う。
 それが艦隊司令キャプテン・ホエールの決定。厳守すべき命令。
「――――」
 男は無言のまま、僅かに傾いた軍帽を直す。
 まるで窮地に在る事を感じさせない佇まいは、機械兵であるが故か――。

●ヘリポートにて
 ケルベロスたちはユグドラシル・ウォーに勝利した。
 攻性植物のゲートの破壊。三年半もの長きに亘り占拠されていた大阪城の奪還。
 おめでとう、と。改めて快挙を祝うミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は、ケルベロスたちを労うように穏やかな笑みを贈って――暫しの後、表情を引き締める。
「最大の目標は成し遂げられた一方、大阪城に巣食っていた敵の大多数がゲート破壊で生じた地下空洞の崩壊に紛れて逃走。行方をくらませてしまったわ。その殆どは目下捜索中だけれど……」
 一時、言葉を止めたミィルは地図に指を滑らせる。
 それが示した場所は――大阪湾。
「数隻の潜水艦型ダモクレス“ビッグホエール”で構成される潜水艦隊。大阪城地下港から脱した彼らは、未だこの海域に潜伏している事が分かったわ。どうやら敢えて離脱を急がず、水底に潜んで警戒網が緩むのを待っていたみたいね」
 しかし、その目論見はこうして虚しく崩れ去った。
 ビッグホエールに重大な情報や研究成果などはないようだが、大阪城に残されていた大量の物資が積み込まれているようだ。その物資ごと海の藻屑としてしまえば、敗戦続きで資源不足に陥っているダモクレス勢力には手痛い損失となるだろう。
「皆には、ビッグホエール1隻の撃沈をお願いするわ」
 ミィルは語り、そのまま説明を続ける。

●作戦詳細
 ビッグホエール追撃に際しては、二通りの攻略法が立てられた。

 一つは、海底に潜むビッグホエールの艦体そのものを奇襲する作戦だ。
 動力を停止している敵は防御力も低下しており、回避行動もとれない。
 発見されないように近づいて攻撃すれば、初手で大きなダメージを与えられるだろう。
「攻撃を受けた敵は当然、戦闘態勢に移るでしょうけど。皆の力なら、そのまま撃破出来るはずだわ」
 注意するべき点があるとすれば、敵が強行突破を試みるであろう事。
 戦闘不能者が続出した場合、ビッグホエールはケルベロスの包囲を破り、戦場を脱してしまうはずだ。
「ビッグホエール級潜水艦の戦闘能力に関しては、久米島近海での同型艦との戦闘記録がある程度参考になるはずだわ。此方の作戦で臨むなら、それぞれの力量も勘案して、部隊が崩壊しないように助け合いながら戦う事が重要になるわね」

 そして、強行突破という懸念を払えるかもしれないのが、第二案。
 予知で確認された“ビッグホエールの非常用出入口”を破壊、内部に潜入する方法だ。
「先に述べた通り、敵は動力を停めている状態。索敵機能も最低限しか稼働していないから、発見されずに乗り込める可能性があるわ」
 内部は物資に埋め尽くされており、出入口から艦長の座す中枢部まで迷うことはない。
 護衛のガジェットシーカーを排しつつ、艦長――エクスブレイン・イストファを撃破すれば、後は主の消滅に連動して自爆機能が起動するビッグホエールから脱出すれば任務完了となる。
 だが、此方の策を採って“潜入に失敗”した場合は、厳しい戦いを強いられるはずだ。
 内部に乗り込めなければ、敵は当然ながら強行突破も図る。そして奇襲による優位性のない状態では、それを許してしまう可能性も高くなるだろう。
「イストファの詳細な能力は不明だけれど、彼は最前線で戦闘を行うべき存在でなく、ビッグホエールをコントロールする艦長ユニット。護衛の存在を含めても、ビッグホエールそのものには及ばないでしょう。此方の作戦で最も重要なのは、発見されず乗り込む為の隠密行動よ」

 どちらの作戦を採るのかは、戦いに臨むケルベロス次第だ。
「そして何れにせよ、最終的に目指すところは同じ。海底に潜伏するくらいでケルベロスの皆から逃れられるなんて甘い見立てを、艦体諸共、木っ端微塵に打ち砕いてやりましょう」


参加者
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
烏賊流賀呑屋・へしこ(の飲む独活の緑茶は苦い・e44955)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)
ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)

■リプレイ


 大阪城を脱した、ダモクレスの“ビッグホエール”潜水艦隊。
 その内の一隻を沈めるべく、八人のケルベロスが密やかに海中を進んでいく。
 先陣を切るのは、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)の三名。彼らは海中と同色の迷彩服や布地、その他ダイビングの基本的な装備などの上に、特殊な気流を纏う事で隠密性の向上を図っていた。
 動力を停めた状態でも動く最低限の機能のみを残した敵は、すぐさま戦闘行動には移れない――つまり非戦闘状態にある。仮に艦体の周囲を視認する機器などが存在し、稼働していたとしても充分に欺けるはずだ。
 惜しむらくは、気流の効果が本人と使役するサーヴァントに限られる事か。つまり絶奈のテレビウム、カロンのミミック“フォーマルハウト”は主と同じ効果を得られているが、ディミック・イルヴァ(物性理論の徒・e85736)以下、追随する五名の仲間とその従者たちに隠密効果は齎されない。これは世の理が保たれていれば何時でも何処でも変わらない。
 もっとも、隠密行動に特殊能力が必須かと問うならば、否である。それらは所詮、手段の一つにすぎないのだ。むしろ頼り切りになる方が危険ですらあるのは言うまでもない事。
 故に、後続の仲間たちがそれぞれに施す策も意味があろう。たとえばオニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)のように、密やかに先行する仲間からの報せを待ってから、海中をただ泳ぐのでなく岩陰や窪地を最優先にして渡る。単純ではあるが、しかしケルベロスたちが複数で行動している意味を十分に活かす動きだ。
 或いは烏賊流賀呑屋・へしこ(の飲む独活の緑茶は苦い・e44955)の知識を元に、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が回遊する生物を刺激しないよう泳ぐという作戦。
 地上より大幅に視認性が低下する海中で、敵が頼りにするのは“音”に違いない。さらには非戦闘状態で潜伏する敵が索敵の為に自ら音波などを発信するとは思い難く、可能性として最も高くなるのはパッシブ――受動的な探知。ならば魚類などと仲良くなることで想定外の水音が立つ可能性を減らすのも策の一つではある。
 とはいえ、それら全てが有益であったかは、まだ判らない。
 それは奇襲の成否という、唯一つの事実で以て明かされるのだ。
(「気付かれてはいないと思うでありますが……」)
 テレビウム“フリズスキャールヴ”と寄り添って海色の布を被ったまま、クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)は先を見据えた。
 絶奈が進めのハンドサインを送っている。了解の合図を返して泳ぎ出せば、所謂ビキニアーマー姿で妖艶さを醸すプランと共に優雅な魚群が二掻きほど前を進む。
 それは、戦いに赴く事を一瞬ばかり忘れさせてしまうような光景であった。

 そうして静かなる進軍を続けること暫く。
 先駆けを務める三人は、ついに求める敵の姿を発見して歩みを止めた。
 すぐさま後方にサインを出しつつ、此処までよりもさらに一段警戒の度合いを強めながら、海底で静止している敵の様子を慎重に窺う。
 程なく後続の仲間たちも続々と合流を果たし、最後に殊更慎重な歩みのディミックが到着した。呼吸不要のグランドロンである彼には、その巨体を何かに打ち付けた際の衝撃音が最も注意すべき事柄なのだろう。
(「鉄のクジラが、まるでヒラメのように伏せおって」)
 くくく、と心中で笑いながらも、オニキスは自らの目で敵艦の周囲を検める。ともすれば哨戒機のようなものが存在しているかと警戒していたが――それは杞憂で済んだ。
 即ち、眼前の敵は本当に只々“潜る”という策だけで窮地を切り抜けようとしていたのだ。彼らなりに考えての行動であろうから馬鹿にするつもりはない。しかし、対ケルベロスの戦術という観点からは愚かと断じる以外にない。
(「この水底を汝の墓場としてくれよう――!!」)
 戦いを前にして昂ぶる心を、オニキスは力へと転化する。
 それと同時に、他のケルベロスたちも各々の戦闘態勢を整えた。そのまま遠距離からの一撃を狙う者は待機しつつ、至近距離から仕掛ける仲間が最大限の注意を払いながら接近していく姿を見守る。此処まで来てしくじる訳にはいかないと気を引き締めれば、篠葉には己の呼吸さえも騒音であるように感じられた。
 だが、逸ってはならない。此度の戦いでは最初の一撃こそが肝心。
 今一度、深く、静かに、息を潜めて――。
(「……今年初めての海だっていうのに」)
 口元から零れた小さな泡のように、沸々と雑念が湧き出す。
 七月。各地で海開きやプール開きが行われて、人々は夏の余暇を思う存分満喫するだろう。其処で繰り出す女子の水着姿とは――こう、何というか、結構色々大事なのだ。多分。
 だと言うのに、往生際の悪い機械兵のせいで篠葉の海開きは隠密潜水行動となってしまった。恨むまでは行かなくとも無念ではある。それを晴らすには、勿論――。
(「鉄の塊だろうとなんだろうと、呪っちゃうわよ!」)
 それこそが篠葉の篠葉たる所以。たっぷり呪いを込めて不可視の虚無球体を生み出せば、いよいよ接近戦を挑む仲間たちも船体の側にまで辿り着いた。
(「最初<はじめて>でも遠慮はしないよ。凄く、おっきいのあげるね」)
 プランが妖しげに微笑み、自身の周囲を衛星の如く漂う紫水晶へと力を注ぐ。
 そして――戦いの火蓋は切られた。


 巨人が大槌を振るうような、強烈な殴打の一撃が船体を叩く。
 超重のそれに、しかし紫水晶は塵ほども砕けることなく。対して鋼鉄の鯨はひと目で解るほどの凹みを作り上げ、まるで苦しみ悶える呻きのような音を漏らす。
 破損箇所に掛かる水圧が齎すであろう、その惨たらしい響きと共に、主機の起動と思しき振動が伝わってきた。
 けれども、大鯨が自由を得るまでの僅かな時間が、今は致命的。ディミックが瑪瑙を触媒とする魔法を、クリームヒルトが長銃から凍結光線を放てば、凶器を振りかざすテレビウムと共に接近した絶奈が、プランの一撃を再現するかの如く巨鎚を叩きつける。
 その衝撃に僅か弾んで浮き上がった船体へと、すかさずカロンが腕を伸ばした。
 ただ穏やかに触れただけのようで、それもまた敵を苦しめる一手。接触面から送られる電気信号が離脱目指して奮闘する主機や諸々の機器を侵し、ようやっと泳ぎ出すかと思われた鉄鯨はフォーマルハウトに齧られながら再び沈んだ。
 未だ好機は続いている。ならば癒し手さえも果敢に攻めるべき。
(「こんな鯨が大阪の海に沈んでいちゃあ、世のためになりやせん。あっしも一撃、くれてやりまさァ!」)
(「測深機に謎の小狐が映る呪いとかハッチが開かなくなる呪いとか換気が上手く行かなくて空気が悪くなる呪いとか魚雷が詰まっちゃう呪いとか保存食が賞味期限切れになる呪いとか――とにかく全部まとめて呪っちゃうわよ!」)
 へしこと篠葉。二人はそれぞれに思いつつ、塗料と不可視の虚無球を飛ばす。その直撃に僅か遅れて、へしこのナノナノ“メレンゲ巻き”が尖った尻尾で刺せば、満を持して力を解き放ったオニキスが龍の如き海流に乗って迫った。
(「滾れ! 漲れ! 迸れ! 龍王沙羯羅、大海嘯!!」)
 吐き出せない言葉の代わりに両眼を爛々と輝かせながら、鋼鉄の鯨を激流で呑み干す。
 歪んだ船体は、まるで風に弄ばれる木の葉のように大きく不規則な動きを見せて――程なく、海底に勢いよく打ち付けられた。
 もはや疑いようはない。奇襲成功。誰しもが断言するだろう光景、状況が其処には在る。
 だが、鉄の鯨は浮上も降伏もせず。猛攻を受けて尚図っていた再起動を成し遂げ、艦首をケルベロスたちへと向けた。
 艦長ユニット――エクスブレイン・イストファも健在なのであろう。艦を直接攻撃して沈めると決めた以上、その能力や性質を知る機会は無いが、やはり一艦を預かるだけあってダメージコントロールなど秀でた一面が有るに違いない。
 なればこそ、今此処で沈めるべきだとも言える。有象無象と一線を画す敵を物資と合わせて沈めれば、未だゲートの所在すらも判明していないダモクレス勢力を少なからず苦しめる事になるはずだ。
(「ええ。決して、逃しはしません」)
 本格的に稼働する船体から離れつつ、絶奈はテレビウムへと指示を出した。
 合わせて、フリズスキャールヴ、フォーマルハウト、メレンゲ巻き――全てのサーヴァントたちが、主人の命令に従い最前線へと躍り出る。
 唯一、それに足並みを揃えるのはディミックであったが、彼とサーヴァントの役割は真逆だ。ケルベロスの力の一部であり、損失が戦線崩壊に繋がらないサーヴァントたちは盾。使役する者を持たず、一線級と評して間違いない力量のディミックは矛。
 そう明確に分かれている分、ダメージソースとして活躍できるはずのディミックが手番の半分以上をヒールに割きかねない構えで居るのには少々疑問も残るところだが。
(「彼らが存在を保っていられる間に、少しでも敵を追い込まないといけないね」)
 海に溶け合う弓へと、ディミックは自らに祝福を与える矢を番う。
 それを制するかのように、鋼鉄の鯨は艦首から光を迸らせた。


 しかし、その一撃も十分に予期していたものだ。
 同型艦との戦闘記録を調べ上げ、この戦いに活用しようとしたケルベロスをいきなり脅かす程ではない。傷ついたサーヴァントたちにはすぐさま篠葉が黒鎖の陣で治癒を図り、僅かながら多くのダメージを負った絶奈のテレビウムには、へしこが身振り手振りで「日本一!」とでも言わんばかりに鼓舞激励して奮い立たせる。
 そして当のサーヴァントたちも、ヒールを行えるフリズスキャールヴやメレンゲ巻きは回復に努めた。ならば攻撃技しか持たないフォーマルハウトは木偶かと言えば、勿論そんなはずはない。敵に喰らいつき、愚者の黄金でセンサー類を惑わし、エクトプラズムの武器で襲いかかる――盾を務めながらでも出来得る限りの、ミミックなりの戦い方を繰り広げてみせた。
 柔軟性に欠ける性質と使役補正なる現象の為に、時に働かせ方も悩ましくなるサーヴァントたちだが、此度の戦場においては間違いなく、その真価を遺憾なく発揮していただろう。四体全てを最前に並べて盾にするという、一見して大胆な作戦を採ったケルベロスたちの思い切りも称賛に値するものだ。
 だからこそ、最も体力の少ないメレンゲ巻きが奮闘の末に倒れ、耐性の噛み合わないテレビウム二体のうち絶奈の使役する方――閃光で敵を引き付け続けた方が献身の果てに落ちたところで、ケルベロスたちが“ポジション変更”を行おうとしたのは悪手と断言せざるを得ない。
 一定数のケルベロスが戦闘不能になれば敵を逃すと予知された以上、戦況に応じた態勢を整えようと考えるのは決して誤りではない。けれども、それはより平易な手段で行われるべきであり、そもそも彼らに求められている事をより正しく言い表すならば“倒されないようにする”のではなく“倒される前に倒す”なのだ。
 目的を達する為には、たとえ一手でも下の下の策に割くべきではない。その特殊な動きが有益となるかもしれないのは、例えば戦闘時間の経過で大きく性質を変化させる相手……一昨年頃の封印から目覚めたドラゴンなど、非常に限定された状況のみ。
 とはいえ、ケルベロスたちが盾の枚数の維持に“何を犠牲としても成し遂げる”程まで固執していたかと言えば、そうではないはずだ。愚策の代償を尋常ならざる痛打という形でクリームヒルトが受けた時、後に続く予定でいたプランは、役割を変えるという考えを海中深くへと投げ捨てた。
 そして、その程度の失策で戦況が覆らない程の優位性をケルベロスたちは有している。
 ほぼ完全なる奇襲の成功だ。繰り出す技の全てが神の雷霆の如く炸裂したあの一時に、敵が奪われたものは今のケルベロスの比ではない。加えて、敵は時を減る毎に船体を蝕む様々な異常を直す手段、ダメージを修復する機能を持ち合わせていなかった。
 既知のビッグホエールと同型ではあるが、同一ではないからだろう。イストファにより何らかの改修が施された結果、その能力が変化していても不思議ではない。故に戦闘記録も“ある程度”参考になるはずと述べられていたはずだ。


 かくして、戦闘はケルベロスの優勢で推移する。
 へしこと篠葉、二人の癒し手が様々な効果の術法で生き存えさせていたフリズスキャールヴとフォーマルハウトが砕けても、その事実は変えようがない。
 むしろ従者たちの奮戦を無駄にしまいと、ケルベロスたちは海中で静かに闘志を燃やしていく。
 それが形作るのは当然、敵方の弱化と自陣の強化でより威力を増したグラビティの数々だ。ディミックが放つ不可視の虚無球が鉄鯨の腹を抉り、オニキスのナイフが数多の霊体によって大業物にも勝る斬れ味で強固な装甲を裂く。カロンが喚んだ竜の幻影は海中に在って地上で撃つより激しく燃え盛り、プランの魔力光線は船体をまるで慰み者にするかのようにあらゆる場所から出入りを繰り返して、撃った本人をもぞくりとさせるような光景を作り出した。
 絶奈が幾度も敵を屠るのに用いたであろう、魔法陣から顕れる巨大な槍の如き輝きも海神の三叉銛のように大鯨を貫いて。不測の事態で痛手を負ったクリームヒルトも、一心不乱に神籬を振る篠葉と、やはり身振り手振りで応援するへしこに――その見た目の怪しさはさておいて治癒されているのは間違いなく――支えられて、エネルギー光弾と竜砲弾を浴びせ続ける。
 その猛攻の前に、ビッグホエールは歪み、捻れ、潰れ、見るも無残な姿になりながら悲壮な音を響かせる。まるで役目を果たせぬままに沈む間際の己を嘆いているようだ。
 それでも、せめて最後に一矢報いようと決意したのか。鉄の鯨は艦首砲でも小鮫魚雷でもなく、巨体に物を言わせた全速力での突撃を敢行した。
 だが、それは偶然かつ何とも皮肉な結果に終わる。下策で最前に立っていたヴァルキュリアという盾に阻まれたのだ。もはや共に沈む贄も得られない。その末路は惨憺たるもの。
 ケルベロスたちから反攻の一斉攻撃を浴びたビッグホエールは、頭を垂れるように沈んでいきながら――ぐっと大きくひしゃげた後、盛大な爆発を起こして海の藻屑となった。

 そして散華を見守ったケルベロスたちは、暫し戦闘態勢を保って海中に漂う。
 イストファが離脱するのではないかと警戒したのだ。
 けれども、じっと鉄屑を見据える彼らの視界に、それらしき姿が現れる事はなかった。
 やはり艦が沈む時は、その長もまた命運を共にするものなのだろう。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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