マキシマム・クーラー!

作者:baron

 時候の挨拶で言えば夏至のころ。
 六月下旬の事だが、既に暑い。たまらなく暑い。
 そんな時、山に面した森の奥で叫ぶ声があった。
『コール! ク-ラー。クラッシャー!』
 ビュウと音がしたかと思うと、森が凍り付いていく。
 それだけではない、森の中に流れる小川までが徐々に凍り付いていくではないか!
 それは川の勢いが弱いからなせることだが、それでも生半可な冷気では不可能な事。
『グ・グ・グ。ぐらぐらぐら、グラビティ! 大募集!!』
 そして重力弾が山と森との境目を貫いた。
 木々が倒れていく中、山の中にアスファルトで出来た道。
 そして街へと連なる光景が見えたのである。


「山の中にある森へ捨てられていた家電製品の一つが、ダモクレスになってしまう事件が発生します。どうやら山にある道の上から捨てると、ちょうど森の中に隠れるようですね」
 セリカ・リュミエールが地図とカタログを手に説明を始める。
 そこは森の中に小川が流れる静かな場所らしい。
 六月の熱い最中で涼みに行くにはちょうど良いかもしれない。
「このダモクレスはクーラーを元にしています。出力の強力なタイプで電気はかなり使ったようですね。壊れた時には古びていたのと電力消費が激しいことから直すよりも捨てられてしまったのでしょう」
「最近はエコが流行りだからなー……」
「家電製品を捨てるのはエコじゃないよ!」
 セリカの言葉に憤慨するケルベロスたち。
 こんなことだから廃棄家電型ダモクレスが居なくならないのだとため息を吐く。
「敵の能力は?」
「凍結攻撃に重力弾などですね」
「バスターライフルを持ったレプリカントというところかな? 了解した」
 形状はあくまで参考にしているだけなので、能力は既存の武器が近いらしい。
 もっとも変異修復する仮定で武装と微妙に能力が違ったりするのだが。
「罪もない人々を虐殺するデウスエクスは、許せません。よろしくお願いしますね」
「ちょっくら川へ涼みに行くついでに片付けて来るか」
「……峠の料理屋さんとかないのかな」
 セリカの言葉にケルベロスたちはそれぞれのペースで返事をしながら相談を始めるのであった。


参加者
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)
シルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)

■リプレイ


 暑い。しかもこの時期の森の中はジメジメしているが、目的地付近は清々しかった。
 小川そのものが清涼感を増し、その周囲には木々が少なくなるので風が吹き抜けるからだ。
「さすがに……誰も居ませんね」
 視界が開けたことで兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)はキョロキョロと周囲を探るが、一般人が入り込んだ様子はない。
「良かった。もし居たら大変だものね。来ないでって伝えるとしても、最悪の場合は私たちの誰かが連れて行かないといけないかもだし」
 シルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)は四つ足の利を活かしてもう少し遠くまで探してみるが、やはり誰も居ないようだ。
 反応があるとしても小さな動きを見ると、小動物の類だろう。
「それなら安心です。この辺りのはずですし、逃がさないように迎え討ちましょうか」
 空から探していたアクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)は翼を畳みながら着地し、別の意味で周辺を確認し始めた。
 先ほどまでは紛れ込んだ一般人が居ないかを探していたが、今はどこで戦うのが良いかを確かめているのだ。
「もうこっちに向かってましたし、もう少ししたら来ると思います」
「そっかー。じゃあ準備しないとだね」
 アクアが空から見た光景を告げると、颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)は飲んでいたジュースをゴクゴクと空けていく。
 喉が鳴るたびに、暑さが吹き飛んで気分が少しだけ良くなった気がした。

 そして告げられた通り、敵の姿が徐々に見え始めた。
「クーラーのダモクレスか。この季節には重宝するのに、消費電力が高いからと捨てられるのは可愛そうだね」
 シルフィアはそう言いながらシューズの具合を確かめ、背からオーハを放って戦いの準備を整える。
「巨大なものは確かに消費電力も大きいですから。核家族化が進んだら不要になるものも多いですよね」
「使い勝手が悪いですしね、小型化した方が電力も抑えられて便利なのですよね」
 アクアの言葉に紅葉は頷きながら、二十年以上前の機械との差を比べてみる。
 森の中で受信状況は微妙だが、確認すると確かに物凄い電気代の差があった。
「……確かに昨今では特に重要視されちゃうか」
 ちはるはそう言いながらキャリバーであり妹分でもある、ちふゆのメットイン……ヘルメットを入れる場所を空けた。
「まぁ需要が時代と共に変遷するのは、それは仕方ないけど……。でも少なくとも、これ捨てた人には機能に文句言う資格ないよね。不法投棄なんて何時の時代でもダメだもん!」
 ちふゆちゃん、これお願いー。と飲み切ったジュースの缶をそこに入れれば、ガランと小気味よい音がする。
 その様子を見て仲間たちもクスっと笑った。
「でも、破棄されたのはちょっと可哀そうですね」
「まぁ、だからと言って人に危害を加えて良い理由にはならないけど、ね」
 紅葉とシルフィアは一足先に足を留め、敵がいつ動き出しても治療や攻撃ができるように狙いを定める。
『コール! ク-ラー。クラッシャー!』
 森の方から叫ぶ声があったのは、そんな時である。

 ビュウと音がしたかと思うと、森が凍り付いていく。
 それだけではない、森の中に流れる小川までが徐々に凍り付いていくではないか!
「ちふゆちゃん、ここで喰い止めるよ~」
 ちはるはちふゆと共に左右に展開、仲間たちに向かう凍気を遮る壁に成る。
 そして印を組みながら前衛を増やそうと分身し始めた。
「ありがとうございます。接近して動きを留めながら戦いますね」
 アクアはそう言って水流の加護を祈った。
 大槌の先に水が集まり始める。
「青き竜砲弾よ、敵の動きを止めてしまいなさい」
 アクアが掲げた槌を杖の様に突き出すと、そこから勢いよく水とグラビティが噴出していく。
 水そのものは凍気に阻まれて凍っていくが、その大水流が発生する衝撃が敵の周囲で響いた。
「チャンス。この飛び蹴りを、見切れるかな?」
 シルフィアはパカラパカラと足音を響かせ軽快に走り込むと、勢いよく大ジャンプ。
 四角いクーラーの上に飛び乗り、自重を掛けて……(そんなに重くないもん!)行ったのである。
「真に自由なるオーラよ、仲間に癒しの時間を与えなさい。寒くなくとも良いのです凍えなくとも良いのです」
 紅葉は暖かな部屋で炬燵ヌクヌクな記憶を思い出しながら、できれば蜜柑も欲しいなと己の記憶を補正した。
 これで一週間は大丈夫。そんな気分を分けてあげよう。と仲間たちにも記憶から来る力を分け与えていく。
 ああ、でも記憶の中身は渡さない。これは自分だけの物だから。みんな動かなくなると駄目だからね。
『グ・グ・グ。ぐらぐらぐら、グラビティ! 大募集!!』
 次に放たれる敵の攻撃は、周辺を揺らがせる重力波だ。
 そこへ誰かの影が飛び込み、接近と同時に仲間を庇うために動き出した。
「わっちっと。ちはるちゃんDIE・ピ~ンチ! なんてソレは、分身でした。反撃いっくよー」
 ちはるはテテペロしながらその場で一回転すると、掌底で殴り掛かる。
 分身で重力波の直撃を防ぎ、その陰からひっぱたいて一撃食らわせる。
 こっちの負荷も効かなかったが、まあ相手のも聞いてないのでこんなものだろう。
「さすがに時間が掛かりそうですね。……スライムよ、敵を貫いてしまいなさい」
 アクアが何もない所に手をかざすと、ポトポト黒い塊が集まって大きな槍を作り上げた。
 そして重さを感じさせない動きで手を前へ、その槍は自ら動いて敵を貫いたのである。
「人数少ないしね。まあ私たちが倍働けば良いってことで。あなたに届け、金縛りの歌声よ♪」
 シルフィアは誰かが聞いたら『えぇ~』と否定しそうな意見を呟きながら、歌を紡ぎ始めた。
 その歌声はクーラーの動きに軋みを生じさせ、カタカタとリズムを狂わせる。
 動きを止めるための旋律、呪われ魂を縛る歌声だ。
「ええと……。見た目より攻撃力が高いかな。どっちかといえば邪魔して来る見た目だけど……大型で大出力だから?」
 紅葉は仲間たちの様子を見て、負荷がそれほどない事に気が付いた。
 吹雪での凍結は範囲攻撃なので仕方がないが、先ほどの重力波は仲間の動きを縛ってはいないのだ。
「この血液で、元気になって下さい」
 紅葉が指先をそっと、噛むと人差し指から赤い雫が零れる。
 それは周囲のグラビティと混ざり合い、仲間の方にそっと飛ばすと泡が溶けるように……傷と共に消え失せた。

 そして戦いは乱打戦に移る。
 敵味方の攻撃が数分……もしかしたら十分くらい飛び交う。
 偶に後方にも飛び火して、運悪く守りきれず直撃する者も出た。
「強敵……だけど……そろそろかな」
「うーん。そうだねー。向こうは回復しないもんね」
 ここまで時間が掛かったのは単純だ。
 人数の問題もあるが味方は回復に手を取られるが、敵は攻撃の手を休めない。
 回復の一手間の差も大きいからこそであり、同時にこちらの牽制を向こうは解除していないのが勝機に繋がっている。
『クール・クーラー・クーレスト!』
 ダモクレスは損傷などお構いなしにガンガン砲撃して来る。
 今回は単発攻撃ではあるが、最大の火力(冷気に火力と言うのも変だが)を持った冷凍ビームだった。
「ああ……ちふゆちゃんがー」
「大丈夫。凍ってないし、まだ壊れてない」
 ちはるの目の前でちふゆの一部が大きく欠けるものの、破壊されたわけでもなければ凍結もしていない。
 その傷を見た紅葉は、他の仲間に残る傷と比べて治療をどうしようか考え始めた。
「もーおこった。本気だーす」
「最初から本気を出しておいてくださると、後で食事に行ったりする時間が出来て助かるのですが」
 ちはるは胸の話で弄られても特に怒らないが(ムっとするけど)、ちふゆがボロボロになったら流石に怒る。
 そんな彼女にアクアは苦笑しつつ、変わりゆく戦況に目を向けた。
「いずれにせよ、ここから逆転の目が出ます」
「それなら頑張らないと」
 アクアの見立てに頷きながらシルフィアが気合を入れ直す。
 こちらは防壁や結界を張って態勢を整え、相手にはこれでもかと負荷を浴びせている。
 ダメージ的には同等であったとしても、ここから逆転する可能性は高いだろう。その可能性をどこまで守れるかが鍵だ。
「おいで、有象無象。餌の時間だよ。――忍法・五体剥離の術」
 ちはるはクーラーに接近して相手を蹴っ飛ばし、表面を跳ね上げて掌を突っ込んだ。
 喋っている間に描いておいた印を相手の体内で起動させる。
 ダモクレスとしての枠を虫たちの棲家に変えて、中から食い荒らせたのである。
「虚無球体に飲まれ、消えてしまいなさい」
 アクアは空間を歪めて敵の方に投げ放った。
 それは避けようとするダモクレスの周囲ごと空間を切り取り避けることを許さない。
「パズルに眠る竜よ、その力を解き放て!」
 シルフィアは天空より雷撃を落としながら、空は良いよねー。またヘリオンから降下したいなーと思いつつ走り出す。
 次なる一撃に向けて走り込み、助走の為に動き出したのだ。
「あっ……もう走り出したら、ガード範囲から出ますよ? まあ当たるときは当たるから良いですけどね」
 そう言いながら紅葉はキャリバーに累積したダメージを見て、回復……というか修復を始める。
 破損具合はまあまあだ。相手の威力が高いからしょうがない。
 問題なのはもはや負荷よりダメージ。血潮を振りまいて一気に回復した。

 更に数分が過ぎたころ、ようやく戦いに終わりが見え始めた。
『コール! ク-ラー。クラッシャー!』
「ちふゆちゃーん! できれば、ちはるちゃんの分まで頑張ってー」
 ちはるは一緒に飛び出したちふゆに声をかける。
 猛吹雪を遮断するためだが、ちょっと前には壊れた事を怒っていたのに良い気なもんだ。ぷんすか言いそうな雰囲気だがいつもの事である。
「よいせっと」
 ちはるは後で良いオイルでも入れてあげるかなと思いつつ掌底で敵を叩く。
 螺旋の力が伝わったところでいつもなら飛びのくところだが、そのまま踏み留まった。
「逃がしません」
 アクアはその隣に位置して、敵の動きを遮りながら槌へ力を集めた。
 零距離射撃で放つ衝撃波が、足跡を大きく地面にめり込ませていくほどだ(あ、体重が重いわけじゃないよ! そりゃ甘い物は好きだけどね!)。
「あとちょっとだと思うんだけどね!」
 シルフィアはこれまで何度使った変わらないほどの飛び蹴りを食らわせた。
 走り込み高い位置から放つ蹴りがダモクレスを抑え込む。さすがに攻撃の気配を感じたので下がるが、それでも相手の逃走を考えて視線は切らない。
「ええと……ここまで来たら攻撃……んー。でも私が攻撃はしなくてもいいかな。じゃあこのままで」
 紅葉は一息ついた状態に攻撃した方が良いかと悩んだが、結局火力の問題で次の一周の途中と見た。
 ならば自分が攻撃してもしなくても変わらないよね? と自分の周囲に結界を張ろうとやる気のないままオーラを放ったのであった。
『ぐ、ぐ……ぐら、びてぃ……ぃ』
「ぺいっ。このまま反撃」
 ちはるは重力波を防ぐと、そのまま組んだ印でダモクレスの中に虫を追加。
 更に中身をひっくり返して追い込んでいく。
「惜しいですね。途中で外していなければ、これで終わりでした」
 アクアが指示を出すとスライムが内側から上下に伸びて槍の様になる。
 その一撃はダモクレスの残った体の大半を砕くが、僅かに足りないところだ。
「これで終わりかな。お疲れ様」
 最後にシルフィアの歌声が打ち砕く。
 呪いを帯びた震動が消え去った時、もはやダモクレスは動くことなくクーラーであった物が横たわるのみであった。

「ヒール要るかな? ……凍り付いたりしてたら、治してあげた方がいっか」
「そうかな。面倒だけど手分けすればなんとか?」
 ちはると紅葉は顔を合わせ、メンドイ~とハイタッチならぬロータッチをした。もちろんイエス・ロリータ・ノータッチの略ではない。
「じゃあ一っ走り行ってくるね」
 シルフィアはドローンたちを引き連れて周辺を修復し始めた。
「薬剤の雨よ。この辺りを修復してください」
 アクアは雨を降らせて広範囲を修復していった。
「こんなものかな」
「かもー。ちはるちゃん汗かいちゃった」
 シルフィアが戻って来るのに泡得て、ちはるは踊るのをやめた。
「せっかくですし少し川で涼んでおきたいですね」
「良いですね。川へ涼みに行ってみましょう」
 紅葉の言葉にアクアが賛成すると、他一同にも異論はない。
「ひゃっこーい。……あ、蟹だ。魚も居るねー」
 ちはるはさっそく今夜のおつまみを考え始める。
 今から捕まえていくかは別にして、魚介系で晩酌も良いだろう。
「何だかお腹すいちゃったね」
「峠の料理屋さん、あるのでしょうか? あったら行ってみたいですね。甘い物でもあると良いのですが」
 今度はシルフィアの音頭でアクアたちは料理屋を探しに行くことにした。
「もしあれば行ってみたいです」
「お土産に鮎か何かあるかなあ?」
 そういって紅葉やちはるたちも続いていく。
 暑い中での戦闘も終わり川で涼んだ彼女たちは、美味しい物でも近くの店を探すことにした。
 和風か洋風かは別にして、彼女たちの凱旋を料理屋が祝ってくれることだろう……。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月5日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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